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その⑦「旅をゆく若いわれらに鐘が鳴るコト」

こんにちは。せっかく一件ブックマークをしていただけたのに、投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。色々と添削しているうちに気が付けば一か月以上空けてしまいました。本当に申し訳ありません。そしてできるなら、こんな本作を今後ともごひいきにお願いします。

                      1



勝負が終わって次の日の午前11時の黒川宅。黒川と星畑はボーっとテレビを見ながらリビングで寝そべっている。部屋の隅にはまとめられた凛と星畑の荷物が固められていて、いつでも帰る準備はできているという状況だ。凛はもうじきこの部屋に来て今後の話し合いをすることになっている姫月を迎えに、先程マンションを出ている。大した面白味もないスポーツニュースを眺めながら大あくびをしていると、玄関口に騒がしい声が響く。姫のお出ましである。


「何で私が……一人暮らしの冴えない男の部屋に来なきゃいけないのよ………。案の定、漫画だらけで不潔だし……」


「不潔とは心外だな……。ちゃんと毎日掃除機かけてんのに………」


「黒川さんは綺麗好きなんですよ!! 私なんて綺麗すぎて逆に緊張するくらいで……」


「アンタの部屋はゴミ屋敷っぽいわね」


「うぇ!? ゴ、ゴミ屋敷ってことは………そんな……ちょっと散らかってはいますけど……」


「まあ、いいから座れよ。今から宇宙人に会うって覚悟はできてるか?」


「まだ言ってんの? もう別にそんな設定どうでもいいから、パッパとテンポよく回してよ」


「まあ、会うって言っても……声だけなんだけど…………」


苦笑しながら黒川が醤油さしスピーカーの電源を入れる。


「設定とは随分ご挨拶じゃないか。10億円くらいじゃ納得は難しそうかな?」


「だ~か~ら~!! そんな醤油さしが喋るとかそういうの別にどうだっていいの!!何なら宇宙人だって信じてあげるから……早いとこどんなものを撮るつもりなのかとか、10億円どうすんのかとか、そういうの教えなさいよ!!」


「マジか……そこが一番重要だろうがよ」


「流石エミ様……自分以外の存在にこれっぽっちも興味を示さないのですね………」


「どうでもいいと言われると流石にちょっと傷つくな……。撮るものに関してだが、まあ、それは別に気にすることはない。その時になれば指示を出すからその通りに動いてくれれば十分さ」


「私はともかく……こいつらは毛すら生えてない素人よ。そんなんで大丈夫なの?」


「一番大切なのはライブ感だからね。それに面白いように見せるのはキミたちではなく私の仕事だからそれも任せてくれて構わない」


「あっそう……まあ、分かりやすくていいわ。 それで?10億はどうするの?」


「それに関しては黒川らに言ってきたとおりだ。まだ仲間が集まっていない現状では教えられないな」


「何よそれ!? アンタたちよくそれでモチベーション上げてられるわね!これなら私が握ってた方がよかったんじゃないの?」


「俺的には別に金がどうこうじゃねえんだよ」


「Uの感覚だと番組資金の平均以下らしいし、普通に必要経費になると思ってるし、金は振って湧いたもんって感じだなぁ。 モチベはやっぱ宇宙ってところだろ」


「私は憧れの皆さんのご活躍を間近で見られるのが楽しみです!」


「凛の馬鹿が正常運転なのはいいとしても……あんたら宇宙って言葉に踊らされ過ぎじゃない?」


「た、たしかに………色々と不安は多いですよね………」


「私が宇宙人というのは、そうだな……ぶっちゃけると黒川以外に別段打ち明ける必要はなかったのだが、まあ、キミらが共に行動するために、何かしら分かりやすい肩書だとか目標みたいなのは重要だろ?」


「私たち撮って……その映像は宇宙で配信されるだけなの?」


「ああ。宇宙というよりかは私の星でだな」


「フーン………それでどうやってお金が入るのよ」


「どうって……そりゃ広告料さ。 キミらのとこの動画サイトと大して変わらないと思うが」


「………………知らないわよ。私その手の奴見てないから」


「まあ、とにかくまだ俺らはスタートにも立ててねえってことなんだから………さっさとメンバー2人捕まえようぜ!」


「その通り。システムや現状にケチをつける暇があるならまず課せられた仕事をこなしてからにしてくれ。キミらは少なくともメンバー集めに関しては睨んだ通り優秀なんだからそのままやってくれればいいさ。一先ず次は天知九だな」


「? 誰?」


「…………あ、スタントマンさんです。えっと……こ、この方です」


案の定、天知を知らない姫月に凛が写真をかざしながら説明を入れる。


「スタントマンってなんだっけ? え~っと…何でアンタ映ってんのよ…これ?これが天知?……まあ、悪くはないけど………かなりおっさんじゃない?」


「そうなんです……私たちとは距離がありすぎですよね。社会的にも、年齢的にも」


「アンタみたいなガキと一緒にしないでくれる? 私はむしろおっさんにこそモテるタイプだし…これくらい何てことないわよ。下手な不細工入れられるよりかずっとマシよ」


何だかんだ言いながら、話し合いを進める。途中、黒川がカメラの役割も果たすという話を聞いて、姫月が不満をあらわにするなどトラブルもあったが、基本的な説明は済み、一先ずは解散という事になった。美男美女三人衆が横に並んで帰っていく様を見送りながら、確かに自分は大いに場違いかもしれないと、改めて不安になる黒川だった。問題はビジュアルだけでない。星畑はコミュニケーション能力に長けてるし、アクティブだ。凛は真っすぐで心優しく居るだけで場を和ませている。姫月はトラブルメーカーのようで割と的を得た意見もズバズバ指摘し、話を円滑に進めている。


いや、ビジュアルでも個人の能力でもない。自分があの3人に比べ圧倒的に足りていないのは本気度だ。自分が中心にいておきながら、あまりにも意識が薄い。先日、凛が言っていた「自分のしたいコト」が何なのか分からないままに単純なテンションだけで今日ここまで来てしまっている自身にどうしようもないほど不安が込み上げる。


                      

                      2



 その翌日、朝早くに黒川宛に荷物が届いた。竹久夢二の絵画が届いたのである。天知に連絡すると今日今すぐにでも会えるという事だったので、そのまま街に向かった。星畑や姫月はおろか凛にすら、天知に会う事を伝えず、黒川なりの確固たる覚悟に身を包んだうえで以前と同じカフェを目指すのだった。


カフェの中ではすでにソファに腰を下ろしている天知が新聞を広げて、黒川を待っていた。


「やあ。連絡ありがとう。すまないね、今日の今日で。大学は大丈夫だったのかい?」


「はい。大学は春休みなんで平気っす。えっと………これ、絵です」


「はいはい確かに…………注文は?またアイスコーヒー?」


「ああ!いえ、えっと…ホットでお願いします」


ウェイトレスに注文を伝え、しばらく沈黙。天知も広げていた新聞を畳み、隣の空席に置いてしまっている。静寂に耐えられなくなった黒川はお冷を一気に飲み干すと、そのままの勢いで口火を切ろうとした。………が、同じタイミングで天知も声をかけたため、2人はお互いに譲り合ってしまう。結局、先に天知の話を聞くことになってしまった。


「その…………黒川君は…えっと、どうして動画投稿をしようと思ったんだい?」


「えっとぉ……深い意味はなくて、単に趣味で歌ってたのを、動画にしてみただけというか。何かやってるって実感が欲しかったんだと思います。ホラ、俺の歌聞けたもんじゃなかったでしょ?だから、その、改良の意を込めて自分の歌を録画してたんですけど、それを消すのが何となく惜しくて、上げたみたな……ハハ」


苦笑するほど薄っぺらい動機に情けなくなってくる黒川だが、天知はそんな黒川をジッと見つめ「そうか」といってゆっくりすでに半分ほどなくなっているコーヒーを口に入れた。


「その、今何だかやってる奴って言うのは、いつかプロになろうとしての事なのかな?」


「プロなんてそんな……まあ、何だかんだ多分配信者まがいの事はしていくことになるんでしょうけど。でも、俺が少なくとも目に見える形で、歌でヒットしようとすることはないと思います。ていうかその気はないです。好きなんですけどね、滅茶苦茶………歌うことは」


「でも、見てくれてる人がいるじゃないか。アマチュアだとしてもそれで立派な歌手と言えるんじゃないかな?」


「はっはは……ありがとうございます。でも、え~っと、ほとんど俺の音痴を馬鹿にするような内容ばっかですよ。どうでもいいんですけどね。ああいう奴らに笑われようが別に街中で指さされるわけでも社会的に後ろめたい存在になるわけでもなし。雑音だってのは俺が一番存じてますから、へたくそって言われても別に気になりませんし」


相も変わらず、天知の前では信じられないくらいスムーズに本心だとか弱音が吐き出せる。


「むしろ……逆ですよ。好きだって言ってくれるたった一人の、お察しの通り、あの紫髪の…あの女の子ですけど。ああいう人がいるってわかった時の方が重圧も不安も半端ないですよ。なんせ自分はすっかり自信なくしちゃってるわけですから。自分は下手だって思ってるくせに、褒めてもらえたら滅茶苦茶嬉しくなりますし、期待を裏切りたくないって思うんです」


ここで黒川は宇宙の何万人よりも断然、地球の一人であるという自分の身勝手なファンびいきに初めて気が付いた。しかしその認識自体は別段つっかかることもなく自分の中で踏ん切りをつけることができた。宇宙人にウケて何になるのだという点では自分も姫月と何ら変わらないのだ。


「そん時、思ったんです。俺は何だかんだ自分さえよければとかあくまで自分用にとか精一杯取り繕ってましたけど、何だかんだ誰かに見て欲しかったんだって。別に歌を誉めて欲しいとかそんなだけじゃなくて、なんか何でもいいからこの世に俺をアピールしたかったんだって…」


将来への不安やこのまま何の才覚もない凡人として社会に出る劣等感。それらを一晩で拭われた気がして、テンションだけで実行を決意したこの企画。今もなお薄っぺらい自身のやる気に嫌気がさしていた黒川だったが、話しているうちに自分が要するに、何をどうしたいのか見えてきた気がした。


「分かるよ………。私も注目を浴びるような立場ではないからね。そんな自分が、私個人が好きだと言ってくれるファンの子に出会ったのは嬉しかったし、興奮した。年甲斐もなくはしゃいで、即興でサインまで考えてしまったくらいだよ」


「ああ!あれ即興だったんですか?」


会話をしながら、黒川は考える。ひたすら垂れ流しのように願望が湧いてくる。

芸人になった星畑に置いていってほしくなかった。できることならいっそコンビになってみたかった。自分の気持ちに正直になりたかった。自由に生きる勇気が欲しかった。追いかける夢みたいなのが欲しかった。凛にもっと自分は凄いって言って欲しかった。自分でも全く思っていなかった自分の凄いところをそれらしい肩書で語って欲しかった。もう一回くらい誰かに歌を誉めて欲しかった。自分の歌をまた、好きになりたかった。2人になんでもいいから家にいて欲しかった。いつまでも一緒に馬鹿な話をしたかった。俺は場違いだなんて思いたくなかった。姫月には………アイツには……一回くらい俺の顔を見て、笑って欲しかった。


「じゃあ、歌を歌うのはそんな彼女の為だったりするのかな?なんて」


「いえ、俺は……」


そう俺は………


「浮かれてるんです。どうしようもないくらい。今が経験したことないくらい楽しくて。正直、何だっていいから、このままやってみたいんです」


「それが君のモチベーションってわけだ」


「あ、はい。そうか………俺のモチベ。ああ、そうですね」

「でも、こんなんじゃダメなんですよ。もっと向上心もっていかないと。例えそうすることで苦しい思いとか楽しくない結果になったとしても、今のこの感覚が続くんならやる価値はあると思います」


「なるほどね」


「それで、さっき言いかけてた。俺の話に繋がるとこでもあるんですけど……その~もし良かったら、浮つきまくってる俺を天知さんが引き締めてくれないかな~って」


「ん?」


「はい」


「え?何今の?ひょっとして…………………スカウト?僕を?」


「はい。………はい、本気です………………はい、知ってます。はい。言いたいことはいっぱいあると思いますが、取り合えずこっちの話からさせていただきますね」



                   3



黒川は大いに嚙み倒し、なおかつ熱が入りすぎて話がまとまってなかったり、と、散々なプレゼンを始めた。正午過ぎのカフェの店内でよく分からないが、何か妖しそうな話をしている男は悪目立ちし、怪訝な顔で店員にチラチラ見られもしたが、天知はバツを悪そうにすることもなく、穏やかな顔立ちで聞いてくれた。


「……………………なるほどね。宇宙人もユニークなことを考えると、いうか、それが本当なら大事件じゃないか。まあ、だが、キミは宇宙人だとかはあまり考えないことにしたんだね」


「え? 宇宙をですか?まさかそこ考えないことないでしょ」


「イヤ、キミ自身ひどく実感がないんじゃないか?僕だって今の話だけで、宇宙人をやぶさかに信じることはできても、実感を感じることはないと思うよ?声とお金だけじゃあねぇ」


「あ……………まあ、そうっすよね」


「でも、キミはとりあえずあの……凛って娘たちととりあえず何かしてみたいってことだろ?宇宙うんぬんよりも気になるのはそっちの方ってわけだ」


「あ、はい。そうですね…………そうかもしれないっス」


「それを………宇宙人はもうキミ越しで聞いてるってことだろ?そこのとこ大丈夫なの?」


「ああ、アイツも別に気にしてないって言ってます。だって知らない体で、意識しない体でやらなきゃダメなんですから」


「フーン……なんかややこしいな」


「すいません。混沌無形な話で、俺も正直、よく分かってないんですけど……………」


「うん。それはいいんじゃないかな? 向こうも別に必要以上に気張って欲しいわけでもないんだろ?」


「はい。あの………それで」


「ああ、僕をって話だよね? まあ、正直、おっかないというかいくら何でも混沌が過ぎてるし…面白そうではあるんだけど…………だが、まあ、これはキミらの為にも止めといたほうがいいんじゃないかな?」


「俺らの為?………ですか」


「ああ、僕は何も面白いことも気の利いたことも言えないんだ。分かるだろ?つまらなすぎて家内に逃げられてるんだから。それに引き締めるってんならそのUがやってくれるんじゃないかな」


「いや!でも、その~……」


「黒川!私が必要としていると言え、何なら仲間にしないと帰れないとかそういう事を言って同情を買え! ここまで話しておいて逃がすのだけは絶対にやめろ!」


黒川の脳内で切羽詰まってそうなUの声がする。しかし黒川の頭にUの文字は無かった。信じられないことに、凛の為とか、目の前の40男の年齢的なことも一切考えていなかった。ただ、何が何でもいざという時、チームを支えてくれる大黒柱的な存在は必要だと思った。いつ安定を欠いて倒れるか分からない脆い脆い砂の塔。それを支えられるのは情けないことに自分じゃない。こういう明確に頭一つとびぬけた身も心も達観している大人だ。と、信じて疑わなかったのである。


「見守ってくれたら…………それでいいんです。俺らがしてることを……Uはやっぱほら、宇宙人だし、姿も見せらんないみたいですから…………」


「………………見守って欲しい……アドバイスをして欲しいというのなら、力になっても構わないが、私の意見なんぞ何の参考にもならないよ?」


「いや、アドバイスとかそんなんじゃなくて…………ウ~ン、なんていったらいいのか…………暴走しないように抑えといて欲しい、というか……これが変で、何が大丈夫そうか判断して欲しいって…これはアドバイスか……。後は……あ!そうだ、金とか、そういうのをきっちりできるようにして欲しいんです。俺らが……」


要約すると、寄りかかれる柱が欲しいのである。それを言ってしまえばすぐ伝わりそうなものだが、いきなり相手を物に例えるのは無礼な気がしたし、何よりあなたに責任を押し付けますと言っていると思われたくなかった。だが、天知は黒川が言い渋っている事すらもお見通しのようである。


「安心………安心ねぇ。言いたいことはなんとなく分かったよ。今のキミの環境が壊れないよう、一緒に支えればいいんだね。要するに柱になればいいんだ。年長者として」


「はい!!………………ダメでしょうか?」


「私のキャリアだとか仮にも芸能界でやってきたとか、そういう方面で期待されてないことが分かって、まあ、安心したよ。いや、本当に。嫌味とかじゃなくてね……。そういう事なら、そうだな。あまり頼りにならないかもしれないが、力になろう」


「マジすか!?」


「ただし!条件がある。その、10億を使う方法を、明らかにして欲しい。それと私がチームに属していても違和感のない設定だ。その2つが条件!これがないと、私は()()()()出ないよ。一友人としてこうして会って話を聞くくらいなら、全然、当然無償で引き受けるがね」


「なるほど…でもそれ俺の一存じゃ……」


「当然、キミのボスに言ってるんだよ?聞こえてるんだろ?」


(理解が速い!!!)


あまりの物わかりの良さに驚く一方で、脳内ではUの呻くような声がする


「正直、心苦しいが……まあ、いいだろう。黒川、10億は1週間後に用途を伝えると言え!そして天知がグループにいる上辺の理由はキミらで考えるんだ」


ありのままを天知に伝えると、一先ずは了承してくれた。しかも天知はその用途を自分だけでなくメンバー全員の前で大々的に発表するように念押しした。察するに自分が知りたいからではなく、チーム全体が知りたがっているであろう問題を解消してくれたのである。信じられない程期待通りの行動だ。



                    4


一先ず天知の加入がほぼほぼ上手くいきそうなことをメンバーに伝えた黒川。その反応は三者三様だった。


「黒川、お前、今からでも芸能プロダクションにでも就職したらどうだよ?超敏腕じゃん。平成生まれの三輪田勝利じゃん」


「噓でしょ!?嘘ですよね!?え、本当ですか?嘘!?どっちですか!?あ、本当ですか!?と、見せかけて嘘ってことは………ええ、本当ですか…そんな、すごい…わ~……………どげんしょ………」


「私の中で、天知とかいうのの評価がちょっと下がったわ。まさかこんなアホなスカウトを受ける奴だったとはね……。私?私はいいのよ。美人に破滅なんて無いんだから。それよりその10億の使いどころがしょうもなかったら、私は抜けるから、その穴埋めも考えときなさいよ?」


そのまま一週間後の発表に合わせて全員が集まる算段が付いた。そうして一週間後、もう黒川が所属している大学は予備履修登録をはじめ、春休みも終わりが見えてきたころである。黒川の部屋、ではなく何故かUが指定した丘の上にある公園に集められた5人。これまたUの指示で、19時になるまでそこで天知の件について話し合いを進めることになった。ちなみに公園は黒川宅から徒歩で20分足らずの場所である。


どうにも落ち着かなくて、約束の一時間以上前に公園に着いた黒川だったが、案の定、既に凛が待っていた。天知に会う事を意識してか、心なしかいつもより落ち着いた服装である。


「おはよう……………って……時間でもないか……早いね……相変わらず」


「あ、お、おはよう……ございます。え、えへへ……へへへ………昨晩は眠れなかったんです」


「俺も………気分が落ち着かねえよ……ず~っとソワソワしちゃってさぁ……」


「えへへへっへへっへっへへ………黒川さんも………目にクマが出来ちゃってますよ?」


「俺のクマは慢性的だよ。…………………しっかし………こんなとこに公園があるなんてなあ……」


「フフフ………わたしのお家……ここから大体、5分くらいなので……こんな天気のいい日は……よく……音楽を聴きながら散歩をしてました……………」


「そ………そうなんだ………」


「はい…………この丘の上に…………とても素敵な……おっきなお家があって、空き家なんですけど……その裏で、よく……あ、えっとぉ…………バンドの練習してたんです………」


「え?………何? 凛ちゃんバンド組んでたの!?」


「え、へへへへ………そうなんです!メンバーは私一人ですけど………」


「そりゃ………バンドって言うのかな?」


「募集中なんです! 張り紙も作って………大学に来たんだからと思って………」


「へ~………いつもながら………すっげえアクティブだよなあ………」


「趣味の範囲でやろうっていう……ショボショボバンド目指してるので……黒川さんみたいなガチと一緒にしちゃ……失礼ですけどね………」


「いや………俺も十二分に趣味の範囲内なんだけど…………」


動画投稿ってそんなハードル高いコトなんだろうか?と急に自分が恥ずかしくなってくる黒川。何か基準にしたいバンドとかあんの?と聞こうと思った黒川だが、口火を切ったのは凛が先だった。


「ホントに………黒川さんは……歌手としてはもちろん………最近も本当に、支えてもらってばかりで………お世話になりっぱなしで………尊敬も感謝もしっぱなしなんですけど……今回ばかりは本当に五体投地で……拝みたくなるほど………感謝してもしきれません………」


「ああ、天知さんのこと?」


「………はい。私…………星君や黒川さんに会った時もそうだったんですけど……今回は特に、興奮が止まらなくて………ずっと自分が保てないくらいドキドキしてるんです………」


「すっげえ好きなんだね……天知さんのこと。まあ、カッコいいもんな~」


「あ、それもそうなんですけど………それ以上に……好きな期間が長かったんです。中学生の時からだから………」


「そっか……じゃあ、ファン歴一番浅いのは俺かな?」


「た、単純な長さだとそうですけど………そ、そもそも……ジャ、ジャンルが違うじゃないですかぁ」


「ハハハハハ……冗談冗談」


「も、もう……!…………本当に好きなものはランキングなんて作れないんですよ!!」


「ごめんごめん」


「あああう……でも、でもぉ……ああ、ほんっとうに……また、天知さんに会うんですよね……。しかもファンじゃなくって……一人の知り合いとして……パンクしそう……顔があったら死んじゃうかもしれない…………こっちに向かってるって思うだけで……ドキドキしまう……」


「っはっははは……いくら何でも大げさすぎd」   


「向かうどころか後ろに立ってたりして………」


「あえ? ひゃああ!!」


「おわ!」


気が付けば背後に立っていた天知に気づいてすっ飛ぶ凛と、そんな凛の頭が顎にクリーンヒットし、よろめく黒川。


「あららら……おいたが過ぎてしまったかな?」


「いいえ!!そ、そんなことは!す、すいません!私……またびっくりして!ごっつぁんです!」


「そ、そう? まあ、今度は腰を抜かさなくて良かった」


「ふ、フフフフ……その節は………ああ、恥ずかしい………」


「黒川君………ごめんね?無理を言ってしまって……宇宙人に話を通してくれてありがとう。感謝するよ」


「あ、はい!…………………ほちらこほ…来へくらはって……はれ?」


「きゃあああああ!!! く、黒川さん!!く、口!切れちゃってます!血、血があ!」


「こりゃ大変だ! そこで口をゆすいでおいで……ハンカチ使うかい?」


「はあ……あ、どうも………ふんまへん……い、いや、全然痛くは無いんス…ホント」


言いつつも口を押えて水飲み場に行く黒川。予期せず二人きりになってしまった凛と天知。そこでどんな会話があったのかは、黒川の知りえぬことある。


「…………あ、あれって……私が頭ぶつけちゃったから………ですよね……うう………また、ご迷惑をかけてしまいました」


「いや、もともとは私のくだらないイタズラのせいだよ。キミが気にするところじゃないさ」


「うううう………足引っ張ってばかりです………私………」


「そうなの?」


「あ、はい。私………とんだお荷物で……………………すいません。これからって時なのに……」


「ふ~ん……ま、向こうはそうは思っていないみたいだけどね」


「へ?………………そ、そうなんですか?」


「ああ!ま、詳しくは本人に聞いてみることだね……」


言いながら天知は凛を見つめて二ヤリとほほ笑む。目が合った凛は真っ赤になってうつむく。それを受けて、また、天知も微笑む。


「とんだ………似た者同士だな………」


「へ?何か…………言われましたか?」


「ん……いや、何でもないよ……。それより、須田さんはどうして……この……なんだ……企画?に参加しようと思ったんだい?」


「え………あ、私は…………その……お誘いを受けて、図々しくも、それに乗っかっちゃったんです。動機みたいなのは、ほんっとうに不純の塊というか、それすらもないんじゃないかって言うくらい行き当たりばったりなもので………お恥ずかしい………」

「あ……………でも、でも、やれることは全力で!やろうとは思ってますよ!ホントに………それに、目標ではないんですけど………夢みたいなのはあったんです。今、何というか………それが現在進行形で叶いまくってるていうか…………夢を掴み過ぎて勢い余って零れてしまってそうで……不安になるくらいなんです」


「夢?」


「あ………………全然、大したものではないんですよ?………なんていうか、えっと…………自分を元気づけてくれた人や生きがいになってくれた人に恩返しがしたいんです。今は………それだけですね」


「なるほど。すごく素敵な夢だね」


「!!! い、いえ!そ、そそお、そんなことは!!ホント全然で……役立たずで………」


「ほんっとに似た者通しだなキミら」


「へ? 私が誰と………ですか? ショッカーとか?」


「いやいや! あんまり自分を卑下しすぎちゃいかんよ」


「へあ!あ、ああ、はい。す、すいません。えへへへ……じょ、冗談です」


「!! そうか。今のはギャグだったのか!すまない。そういうのに疎くて……なんせ今まで動きだけでやって来たもんだから。しゃべりの方はからっきしで……」


「あ……………ギャグってわけでもないですけど……ウフフフフ……………あ、あの、天知さん」


「ん?」


「し、失礼を承知で、し、し、質問があるんですけど………ど、どうして……今回のお話を受けて下さったんですか?………その、こういうことはされない方だと思ってましたから……ちょっと以外で」


「…………そうだよね。こんなおっさんが若者に交じって配信者になるなんて……私自身目も当てられないくらい、場違いというか、こっぱずかしい事案だと思う。だから、まあ、正直、出演の方は今でも信じられないし、自信はないよ。べストは尽くすつもりだけど」


「い、イエ!わ、私はそんな、無理があるなんて思ってませんけど!!すっごくすっごく光栄で嬉しいコトなんですけど!!それ以上に、ふ、不思議なんです。天知さん自身がこのお話を受けて下さったのが…………」


「……………………そうだね。まず受けなかったろうな」


言いながら、天知は遠くで口をゆすいでいる黒川に目を向ける。水飲み用の蛇口の調節をしくじって上半身を濡らしてしまった間抜けな男をジッと見守る。凛はそんな横顔をチラチラ見つめる。


「僕も、キミと一緒だよ」


    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「それじゃあ…………私は業者の方とお話をつけてきますから。こんな終わり方にはなってしまいましたが、今まで20年間ありがとうございました」


「ああ………………随分、仰々しい言い方だな」


()()、今回の破談は私が原因ですから」


「そうだな…………否定はしないよ」


天知の妻、いや元妻が家を出る。今はまだ自室でスマホをいじっている娘も、もうじき出て行ってしまう。一人で住むには広すぎる家は、もう引き払うことになった。天知は準備がちゃんとできているか娘に最後の小言を言いに行く。


「春香……………入っていいかな」


「ん」


天知が部屋に入った瞬間、この世のものとは思えない声が聞こえてくる。天知は思わず、ずっこけそうになりながら、娘のスマホを覗き込む。


「な、何を見てるんだ?ニヤニヤと」


「友達が送って来た……………変な動画。今、プチバズってるらしくて」


「妙なものが流行るんだな……………これは……井上陽水か?」


「ん……………歌声って言うより………コメントがおもろい」


「こりゃあ………ひどい。言わんとすることは分かるが………こういう他人を乏しめて笑いを取ろうとする行為は僕は嫌いだな………」


「みんな本気で思ってるわけじゃないよ……………ただ、ここにいる全員注目浴びたいんでしょ……それだけのためにこの動画を使ってるだけ」


「それにしても……………こういうのが誹謗中傷って奴なんじゃないのか?」


ジッと天知の一人娘、春香が見つめる。スマホではなく、父親の顔をである。


「……………………ああ、ごめん。また、説教臭いことを言ってしまったな」


「別に……………………お母さんも一緒だと思うよ」


「一緒?」


「別に……………………口で言うほど、お父さんの雑学とか…嫌いじゃなかったと思うよ。ただ、お父さんと別れて、直樹さんとくっつく理由みたいなのが欲しかっただけでしょ」


「…………………………………そうだったら、いいんだがな」


「………………………私も、テレビが好きなの見れないのはだるかったけどさ…旅行でいく城とか、寺とかは、けっこう楽しかった…………」


「……………………………………………」


「お城が楽しかったって言うより………露骨にテンション上がってるお父さんが面白かった」


「………そんなに露骨だったか?」


「うん……いつもより圧倒的に口数多かったし」


「それは………恥ずかしいな」



「………母さんと離婚して落ち込むのは勝手だけどさ……それに私を巻き込まないでね」


「…………………………………」


「私は別に、ウザいと思ったことないし、お父さんがつまらないわけでも、直樹さんと是が非でも暮らしたいわけでもないから」


「うん……………………………………すごい下手だな、この人」


「凄い下手だね」


「この……………『6回目のマーシー』ってコメント…………好きだな」


「……………………………たまになら会ってもいいよ。会いたいなら、だけど」


「………会いたいよ」


「じゃあ、家族のグループ消しちゃったから、新しく連絡先入れとく」


「……………………………………うん、うん」


「この動画も送る」


「そ、それは………いらないな」


『ご視聴ありがとうございました~』


       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…………………私も彼に、恩返しがしたいんだよ。彼の為に何か、なんでもしてやりたいんだ」


「へ、へ~……そ、そうだったんですかぁ」


「うへ~い………ビッチョビチョになっちまったぜ………」


「だ、大丈夫ですか?黒川さん、タオルありますよ?」


びしょ濡れで帰って来た黒川に凛がタオルをかぶせ、同時にぐいっと引き込む。


「い、一体……どんなスカウトしたんですか黒川さん……!」


「へ?どんなって……別に普通だけど、むしろ情けなかったくらい」


「嘘です! びっくりするくらい惚れこまれてるじゃないですか!?」


「へええ? 何で?」


「は!! まさか同担だったのかな? 歌い河チャンネルのファン?」


「なわけないから……」


それから間もなく、星畑と姫月がやってくる。


「この人が……天知さん? すっげえ貫禄あるわ~………大昔チラッとだけ見た大木ひびき師匠思い出すぜ」


「ど、どうも。よろしくね」


相変わらずリアクションに困る対応を初対面の相手にも臆することなくぶつけるモンスター星畑。凛はそんな星畑を見ながら「すぐ馴染めそうで良かったですね」と呑気に耳打ちする。黒川はそれを聞き苦笑しながらも、この後控えているもう一人のモンスターに内心怯えていた。


(こんな常識的な人に………あんな悪意と非常識の塊みたいなんぶつけちまったら、どうなるんだ?)




                      5


「しっかし…………本当に、宇宙じゃなくっても通用しちゃうんじゃないのか?とんだ美男美女コンビだ」


「フフ………褒め過ぎよ。天知さんだって……2周りも年上だなんて思えない程、若々しいじゃない」


「そうだぜ。そんなに褒めて、何さそうってのさホント……ディープキスくらいまでならいいけどぉ」


「ハハハハハ……ディープキスは勘弁してほしいな」


和気藹々と会話をする姫月と星畑そして天知。星畑の直後にやってきた姫月は来るや否や、マジマジと天知を見て、軽く会釈すると満面の笑みで黒川のもとにやって来た。今日はやけに女性に距離から詰められる日である。「でかしたじゃない!アンタ!写真で見るより5倍いいわよ天知!」と上機嫌でまくし立てる姫月。目を見て笑って欲しいという願いがあまりにもあっけなく叶ったことにやるせない気持ちになりながらも、そう言えば面食いだったと思いだす黒川。そこから打って変わってお上品で、おしとやかになった姫月は、猫撫で声で天知に絡む。


正直、内面を知っている黒川でさえも魅了されない程、妖艶な雰囲気をまとっていたが、一ミリも浮ついた反応を見せることなく応対するあたり、天知も流石である。肝心の会話は、星畑が混じっているせいで死ぬほどくだらないものになっているが。


「はあああああああ!! なんて豪華な3ショット!一生ここに居たい……」


凛は凛で、会話に混ざらず、ベンチにも座らず、隅の方で恍惚とした顔をしている。もっとも会話に混ぜれないのは、黒川も同じなのだが。


「………………それにしても、あれだな。こんな若くてキラキラした集団に僕が混じるのは、やっぱり違和感が凄い………どういう設定にすれば、シンプルに溶け込めるかな?」


見事な話題のすり替えである。即座に今回の本題に入ることができた。星畑が答える。


「誰かの親族とかは?」


「そうね……凛の……叔父の従弟の奥さんの兄でいいんじゃない?」


「そ、そんな親族なんて…………恐れ多いですぅ」


「いや、今の……聞いてる限り他人よ?」


「天知さんとアンタの溝はこれでも浅すぎるくらいよ」


「黒川。お前の叔父の従弟の奥さんの兄貴……確か大物だったよな?」


(ゲゲ!)「あ~………確か~俺の叔父の従弟の奥さんの兄貴は~……」


「兄貴は?」


「ト、トミー・リー・ジョーンズ……」


「誰よそれ」


「ンフフ……ホントに大物言ってどうすんだよ」


「僕は好きだよ」


「あ……わ、私も!!」


「じゃあ……笑ってくださいや………俺に大喜利振るんじゃねえ」


「凛、アンタも大物だったわよね?」


「うえええ!」


「お、キラーパス!」


「悪魔のような女だぜ」


「え~っとぉ……え~……わ、私の叔父の従弟の奥さんの旦那は……」


「兄貴!兄貴!」


「凛ちゃん!それ、叔父の従弟に戻ってるから」


「あっはははははははは!!……アンタ、ホント馬鹿ね!あ~……おなか痛…」


「あ、そ、そうでした。ま、間違えました。へ、へへへへへ」


「仲が良いんだね」


「……遠慮がないだけっスよ。特にあの2人」


「しかし……お前、ジョーンズ知らないのは世間知らず過ぎだぜ」


「私、人の名前おぼえるの嫌いなのよ。特に横文字」


「フーン……お前、叔父(ryは?」


「デーブ・スペクター(即答)」


「ンフフフフ……横文字じゃねえか!」


「でもさ、冗談抜きで誰の親族だよ?似てる奴なんていないだろ?」


「だーかーらー! 遠縁ってことにすんのよ!それに凛なら親の反対突っ切って半ば無理やりこっち来てんだから……そこんとこ何かドラマっぽくしたらごまかせるでしょ?」


「そうかな?………」


「ていうか、親から反対されてるのかい? まあ、それはそうか。私でも娘にそんな危ない道は歩かせないかも」


「あ……反対って言うか……この撮影とかは言ってないんですけど…親から大学辞めて地元に戻れって言われてて………親が倒産しちゃって」


「そう言えば、あれから結構経ったけど……親御さんからは何か言われたりしてないの?」


「大学卒業するまでは見逃してもらえるようになったんです。その代わり、余裕ないから仕送りは止まっちゃいましたけど」


「………大ニュースじゃん………何で言わなかったの?」


「す、すいません……主に私がそれどころじゃなくって………今は19万円を崩して暮らせてるんで大丈夫です!」


「大丈夫じゃない気がするけど……」


「須田が大丈夫ってんなら大丈夫だろうがよ。それよりも親戚以外にも意見出してくれよ。冗談で言ったのに……」


「お前、ギャグも真顔で言うのやめてくれよ……」


「じゃあ、そうね………私の執事とか!!」


「姫月……それはギャグだよな?」


「良い案でしょ? 総資産10億円のお嬢様と執事と下僕と愛人と………カメラマン」


「まあ、うん。凛ちゃんは何かいい案ある?」


「う、う~ん……えっと、引退された身であることを考慮して………天知さんが芸能プロダクションを開かれたというのはどうでしょう?エミ様たちはそこのスターの卵とか」


「今までの中じゃ一番いい案だけど……事務所らしいものが必要になるし、何よりそれだと天知さんがだいぶ浮いた存在になるのは変わらないんじゃない?」


「社長とタレントの距離が近すぎる小会社なんて嫌よ私は……何かもっさそう」


お察しの通り、あまりにも突拍子もない意見しか出ずに気が付けば、Uとの約束の時間が来てしまった。

何一つ進展しなかった会議だが、進展しなさ過ぎて別に誰かが不機嫌になることもなく、バツが悪そうに「あの、もうそろそろ…」と終了を知らせる黒川を皮切りに一人一人がノロノロと席を立った。苦笑した天知が「何をするかもわからないのに設定を作るのは無理があったね。この条件はなかったことにしようか」と励ますように言った。早い話が全くの時間の無駄だったわけであるが、天知にグループ内の適当さ加減を知ってもらうには十分な機会だったのかもしれない。


 

                   6


 Uに促され醤油スピーカーを置く黒川。Uは一人一人の名前を呼ぶと、今回の事について話をまとめた。それは既に周知の事だったが、誰も遮ることなく黙って聞いていた。いよいよ10億もの金の動かし方が明らかになるのだ。少しくらいの前置きは甘んじて受けるべきだと各々判断したのである。


1. 今から約2週間後から黒川を中心に5人+1人の生活を常時撮影し、そこから撮れ高になりそうなものをこちらで勝手に切り取り、放送する。メンバーがそれをチェックすることはできない。


2. 定期的に指示を出すのでそれに従う事。黒川は固定でメンバーの中からランダムで選ぶことが多い。ギャラはその放送で映った人間で折半する。


3. 基本的に途中離脱は許可しない。もし離脱する場合は何らかの納得いく理由を踏まえて出ていく様を撮影すること。


4. カメラはこちらで望遠レンズがついたものと黒川の視線カメラを使う。望遠カメラは日本国内ならどこでも360度撮影することができるが、音声だけは黒川の身体と黒川の部屋に付けたマイクからでないと拾えない為、基本的に撮影は黒川を中心に行う。カメラは用途に関わらず24時間撮影し続けるが、プライベートな方面については口出ししないため、安心するように。逆に原則、キミらの都合で私のカメラを利用することも禁ずる。


5. キミらは宇宙人に撮影されていることを知らない体で行動するように。だが、こちらでどうとでも編集できるため、私に対する発言などは自由にしてくれて構わない。



ざっと要点をまとめるとUの話はこうである。何度聞いても本当に需要があるのか分からない内容だが、とにもかくにもあと2週間足らずで本番なのだ。他のメンバーがどう感じているかは分からないが、少なくとも黒川は奇妙な緊張感に包まれる。


「黒川君、キミ、カメラだったのか?随分、それは、何というか、大役だな…。年頃の子にはきついだろう?」


「冷静に考えれば、あと2週間でメンバー増やさなきゃいけないんだよな。なんかもう終わった気分だったわ」


「そうですよね……。5人じゃダメなんでしょうか」


「それで? 10億円は何に使うの?」


それぞれが好き勝手に喋る中、Uが静かに声を出す。


「暗くて見えないかもしれないが…そこに古い洋館があるのは知っているか?もともと誰かの別荘だったようだが……」


「何? 急に怪談?」


「あそこって………凛ちゃんの練習場?」


「く、黒川さん!言わないでくださいよ!!」


「ああ、憶えてるよ。確か青い屋根で……モダンな建物があったはずだ。そんなに立派な造りというわけでもなさそうだったけど………」


「あれを、買う。10億で。リフォームもする」


「ええ!! わ、私の………マウンテン・スタジオが……買収された」


「スモークにオンされちゃいそうな名前つけないでよ……」


「買い取ってどうするのよ……スタジオにでもするつもり?」


「半分くらい正解だ。厳密にはあれをシェアハウスにする。そしてキミらにはそこに住んでもらう」


「ええ!?」


大声を出したのは姫月だけだったが、その言葉に驚いたのは黒川も、おそらくはメンバー全員も同じだった。冷や汗を垂らしながら天知が口を開ける。


「ものすごく重大事項じゃないか……何をそんな今更になって。そもそもリフォームってそんなすぐにできるのか?」


「すでに中を見ているからこそ言い切れるが、壁紙を交換するくらいで他に特に老朽化しているところはないだろう。強いて言うならまあ、家具だが、それも業者に頼めば一瞬だろう?」


沈黙。重すぎる沈黙。内心気楽な妄想しか膨らまずウキウキしている黒川だったが、周囲に合わせて取り合えず深刻そうな顔で黙り込む。


「え、ええっと……その、正直、家賃払えなくなりそうだったから………わ、私はすごく嬉しいんですけど……あの、皆さんは……」


「俺は全然いいぜ。 隣のチャイニーズの騒音から解放されるなら願ってもない話だ」


凛と星畑が続けざまに肯定的な意見を出す。このビッグウェーブに乗らない手はない。


「俺も最近大家に嫌われてたしちょうどいい機会かな(超早口)」


「ハハハハ…まいったな……新居を決めたばかりなんだが。まあ、若人が乗り気なのにおじさんが渋る理由もないか……」


さて……と言わんばかりに全員が姫月の顔色を窺う。


「あんな……ボロ屋が10億もするものなの?」


「強がんなって!お前、今家なき子じゃねえか」


「え!そうなんですかエミ様!!」


「良かったじゃないか……新居ゲットだ。しかも無料。こんなおいしい話そうそうないよ?」


ふてくされたようにそっぽを向く姫月。とにかく今回の件に賛成ではあるようだ。


「特に反対はないようだな。それなら2週間後には使えるようにしておくから、一連の契約だけ頼むぞ」


「あんな大きい買い物は黒川君には厳しいし、不動産屋にも訝しまれるだろう。私もそんな大金を動かした覚えはないが、まあ、そっちの役は買わせてもらうよ」


「すんません!ありがとうございます!!」


黒川的にはカメラ役よりもずっとキツイ仕事を変わってくれた天知。やはり年の功というものはありがたいと再認識する黒川。


「これは……さっきも言った気がするけど、さっさと残りのメンバー決めねえとな。俄然やる気出てきたわ」


「もっと早く言っとけば……あんな糞カード買わなくて済んだのに………」


「あの一連の流れがなけりゃ、お前今でも大借金持ちだぜ」


星畑と姫月の雑談に苦笑している黒川の目にボーっと空き家の方を眺める凛が映った。


「? 凛ちゃんどうしたの? そんなにあの屋敷が気になる?」


「あ、そうじゃなくて……いえ、気にはなるんですけど……今、見てたのは……その、今日は、よく晴れてて月も出てないので、ひょっとしてUさんのUFO見えないかなって……」


「アハハ……流石に見えんでしょ!  でも、まあ、あんなかのどっかにいるんだよな……U」


「宇宙なんて壮大すぎて実感わきませんでしたけど……やっぱり凄いことしようとしてるんですよね」


「言っとくけど、私はまだ眉唾だからね」


「俺も」


「僕もだな……気分を壊すようで悪いけど……あ!!」


「「「ああ~!」」」


凛につられて星空を眺める5人の視線の先で、見た事もないほど鮮やかに輝いた七色の星々が一斉に降りそそいだ。流星群である。過去、テレビの絶景特集で見たどれよりも壮大な美しさを誇っているそれは、毎日ニュースをチェックしている天知でさえ、知りえぬ現象だった。5秒ほどでぱったりと途絶えた流星群の余韻に浸りながら、開いたまま塞がらない口を無理やり動かし、「Uがやったのか?」と尋ねるも、醬油スピーカーにも黒川の頭にも全く返事がない。


ただ、この奇跡的な光景を目の当たりにできたのは、全世界で、そこにいる5人のみだった。


























今回で第一章が終了という事で、次回からテンプレートという名の登場人物紹介が前書きに加わります。キャラクターの喋り方の癖のみで話を進めているので誰が喋っているのかとか分からなくなりそうなものですが、最悪黒川と星畑は分からなくっても問題ありません。大事なシーンでは明記しますので。では、また次回今度こそは早々に出すよう心がけますので、お会いできるのを楽しみにしております。

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