その②「今の中で君を愛してるコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:21歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆お風呂で一番初めに洗う部位は股間。無駄に巨根なので蒸れる。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆お風呂で一番初めに洗う部位は足。裸足移動が常なのでゴミが裏にくっついている。
③須田凛 性別:女 年齢:20歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆お風呂で一番初めに洗う部位は肩。昔しこたま肩パッドを入れていた時代の名残
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆お風呂で一番初めに洗う部分は二の腕。部位ではないが己に見惚れるためにまず鏡の曇りを払う
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆お風呂で一番初めに洗う部位は頭。まずシャワーで軽く全身を洗う。汗をよくかいていた名残
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆お風呂で一番初めに洗う部分はお尻。エミちゃんクイズの時は自分に当てはめて考えてしまった
おそらくこれに付き合っていただいていたほとんどの方(そもそもの絶対数が少ないですが)が「あ、この作者エタりやがったな」とお思いになったことでしょう。なんて威張って言うことじゃないですね。ほんと申し訳ございません。
先に言っておきますが、この章が終わると本作は第一部的な部分が終わるという予定でして、それ以降は一章箸休め的なものを挟んで、かなり宇宙人方面(放送的な面)が強くなる予定です。今までの第一部のパートは土台作り的な、いわば青春篇的な感じを想定していました。おおまかな雰囲気自体は変わらずコメディですので、引き続きご愛顧いただければと思います。
1
ガレージ下のスタジオにて実に半日をかけた練習がとりあえず一段落ついた。もう本番まで一週間しかない月下美人のメンバーたちは大至急、当日演奏予定の楽曲の練習を行うが、これが殊の外手間取った。そもそも自分の持ち歌である黒川と、何でも器用にこなす星畑は良くても、他の2人。特に急に呼ばれてバチを握らされているドラムスの鎌田は大分苦戦しているようである。
ボーカルの姫月は、さっさと演奏隊を前に歌の練習ができると高をくくっていたところに喰らった大ブレーキで不機嫌になり、一人でどこかに消えてしまった。
JINTAN CALLINGは順当に進めば全部で3回歌を歌うことになるのだが、そのうちの一、ニ回目は既存の曲、つまりはカバーと決められている。今回のために昨日の今日組んだばかりである月下美人一同としてはこのパートをさっさと終えて、まだ一曲もないオリジナル曲作りに精を出したいところである。最後まで勝ち残れた場合、バンドそれぞれ、オリジナルソングを歌わなければいけないのだから。
シャワーを浴びて、一息ついた面々はそれぞれの演奏に対する話をしばらくしたのち、オリジナルソングに関して言及することになった。星畑が黒川の背中を小突く。
「お前、かりそめにも歌い手だったんだから何かしらオリジナル曲とかねえのかよ?」
「………まあ、ぶっちゃけあるけど……姫月に歌わすような曲じゃねえよ」
「エミ姉が歌うことを意識するってことは?……カッコいい系ですか?」
「サドッ気の強い歌じゃない!?百恵ちゃんのプレイバックPart2みたいな!」
色々と期待のこもっていそうな各々のイメージを聞きながら、星畑が「なるほどなるほどザワールド」と言いながら、メモを取る。
「何?…お前が歌詞書くの?」
「まあな、時間もねえし……黒川はなんか姫月のイメージとかねえのかよ?」
「……………ん~……シビアな感じ?…愛とか夢とかそういうのは歯牙にもかけないというか」
「ん……なるほどな…」
「………何?誰が愛も夢もないって?」
今までどこにいたのか。いつの間にか姫月がムスッとした顔で突っ立っていた。
「休憩がてら自作する曲のテーマについて考えてたんだよ。お前っぽい歌にするために雰囲気を言いあってたの」
「フーン……それで何かいい案は出たの?」
「ああ……星畑がメモしてくれてたんだけど……ちょっとそれ貸してくれよ星畑」
「おお」
星畑が熱心にとっていたメモをのぞき込む黒川。
『その恵美子で、悪夢を断ち斬れ!エミ化した恵美子を人間に戻すため淫らに奮闘する恵美子の物語。屋敷に一匹の恵美子が忍び込み、恵美子たちに術を掛け眠らせる。悪夢か吉夢か?!夢の中、添い遂げたい想い恵美子と一心不乱に欲望のまま身体を震わせる。呼吸を乱し頬を染め、汗は吹き出し、蜜は滴り零れイキ果てる。ねんねんころり恵美子が来ようとこんころり。果てしなく続く、無限のエミ心地へ誘う…』
「……………………………」
「?……何よ?そのメモに何か書いてあるんじゃないの?」
「いや………ごめん。何でもない……それよか腹減ったし何か食いに行こうぜ?」
「?………何よ。急に話題逸らして」
「うん、ごめん……歌詞は……俺が頑張るよ。うん」
露骨に話題をそらされてムッとする姫月だったが空腹なのは同じだったようで、特に言及することなくメンバー一同、外食をすることになった。
2
一方、真昼の岩下家では久しぶりに家に帰ってきた陽菜が部屋中を忙しそうにパタパタと走り回っている。掃除を終えて暇な大地がそれを家政婦は見た!のようにコソコソと気にしている。
「…………お母さん、あんまり見られたら恥ずかしいよ」
「恥ずかしがるようなことをやっているのですか?そもそも何をされているのか分からないのですが?」
気まずそうな陽菜に対し、あまり悪びれることもなく不思議そうに小首をかしげる大地。すると突然、陽菜が「あ、それいいかも」と言い、真似をするようにかくっと小首をかしげて見せる。
「?……???」
何が何だか分からない大地を無視して、真顔のまま首を傾げさせた陽菜がてててと小走りで鏡台の前まで移動する。そして、フクロウのような自分の姿を見て「うーん」と不満げな声を漏らす。
「あの、すいませんヒナさん?……これは何かのお遊びですか?それともお芝居?」
「可愛いの練習」
「??????????」
質問をしてその答えが返ってきているはずなのに、謎は増すばかりである。大地はとりあえず、可愛いという言葉に対して掘り下げてみることにした。
「練習などしなくてもヒナさんは十二分に可愛いですよ」
「ほんと?」
「ええ。私の娘ですからね」
「どんなところがかわいい?」
「え………それは……もう…目に映るすべてと言いますか……仕草もステキですし…とても良い子ですし」
「………もうちょっと具体的に」
「………すいませんね。言葉にするのが苦手なもので。凛さんに聞いてみればたくさん言っていただけるのではないですか?」
「それはダメ。凛ちゃんは敵だもん」
「え?…………て、敵ですか?」
「うんそう。あ、でも凛ちゃんは超かわいいから、凛ちゃんの演技すれば可愛くなるかな?」
「凛さんは確かに愛くるしいですが……それよりもなぜ敵対を?ダメですよ。仲良くしないと。エミちゃんさんならともかく」
「あ、うん……エミちゃんも敵だよ」
「ええ……ヒナさん、孤立無援ってことですか?それで急に帰って来たのですか?」
「うん……そう。みんな敵になっちゃったから……」
「は、はあ……それはそれは」
敵という言葉の響きに驚く大地だが、彼女のあっけらとした態度から例の企画で何かやっているのだろうと察する。
「あ、でも…天知さんは仲間だよ。味方」
「!!!!」
「あ、それで…そろそろ作戦会議のために天知さんが来るんだ。ちょっと一階のテーブル借りるね?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「………す、すっごい驚いたね……どうしたの?」
ゴッドエネルもかくやと言わんばかりの落雷を落としつつその場にへたり込む大地を、これまた驚きながらうずくまって目線を合わせる陽菜。
「………ヒナさん。その、それはアレですか。宇宙のテレビ的なとかいう……」
「あ、うん……そうだよ」
「ヒナさんと…あ、あ、あ天知さんと……ほかにヒナさんのお仲間は?」
「いないよ。二人っぽっち」
「……………………………」
何も言葉を発さず、しかしその脳内にはこれでもかというほど言葉を行き交わせ、大地はようやく「ふほう」という濃いい息を口から漏らす。そして、震える手で陽菜の両肩を優しく抱き、震える口で陽菜を激励する。
「ヒナさん……生まれた時からずっと思ってはいましたが、ヒナさんは最高です」
「へ?……えっと……ありがと……お母さんも最高だよ?」
かくしてそこからの大地は普段の落ち着いた生活からは想像もできないほどバリバリのハードワークで豪勢な昼食と部屋の掃除とを完璧に済ませ、お昼に控えた天知訪問に備えた。お昼ご飯を済ませてからの集合だったことを忘れていて言わなかった陽菜であるが、当の天知は入るや否やの歓迎っぷりに気圧され食べて来たとはとても言えないまま食卓を囲むことになった。
「すいません。お昼をごちそうになってしまって……いつにも増して手が込んでいますね。いやあ、陽菜ちゃんは幸せ者だね」
巨大なビフカツを前に息を呑む天知。流石にここまでの御馳走は滅多にないのだが、天知は呼ばれるたびにこのクオリティなのでそれが分からない。陽菜が夢中でカツを頬張って話にならないので、代わりに大地がミーティングについて概要を天知に訪ねる。
「ところで……今回は一体、どのような対決をなされるのでしょうか?ヒナさんからは天知さんを除いて皆さんが敵になったとしかうかがっていなくて」
話題作りのために聞いているが、ぶっちゃけその概要には興味のない大地。しかし、対決がライブ対決で、二人が他メンバーから戦力外通告されたことを知るや目の色が変わる。
「ふむ……にわかには信じられませんね。ヒナさんと天知さんを切り捨てるなどとは。このお二人が揃っていて熟せないことなど無いというのに」
「ハハハ……まあ、今回は姫ちゃんのコンセプトに沿わなかっただけですからね」
「それが如何ほどのものかは存じ上げませんが、ルナさんがいればみっともない結果にはならないでしょうが」
不満げなようで、結果的に自分が美味しい思いをできているのでそこまで腹は立てていない大地である。今は近い未来、娘と夫(予定)がステージ上で芸を披露するという事実を呑み込むのに必死だ。そこに、ようやく食事に一区切りがついた陽菜が口を挿む。
「多分ね?エミちゃんも凛ちゃんもカッコいい感じで行くと思うんだ。だから、私たちは可愛いで行こうと思うの」
「……かわいい?……もちろんコンセプトは陽菜ちゃんに任せるけど。それ、僕足を引っ張らないかな?」
「大丈夫。ちゃんと考えてるから」
「なるほど」
笑顔で頷く天知であるが、その内心は不安でいっぱいである。
「えっと………確か、僕がピアノで伴奏して陽菜ちゃんが歌を歌うんだよね?」
「そう。音楽の先生みたいに、隅っこの方で弾いてて。私は、中央で歌うから。だから、私が可愛く目立たないといけないの」
「なるほど!……要するに僕は裏方ってわけだね。それならやりやすいかも。陽菜ちゃんが可愛さで注目なんてお茶の子さいさいだろうし」
ちなみにこの時、隅の方、裏方…という言葉に猛烈な不満を抱いている大地であるが、流石に空気を読んで黙っている。
「そうでもないよ……私、顔が整っているだけで派手さに欠けるから…私、ヒナとしてのステージだからあんまりお芝居はしたくないし……ありのままの私だとアイドルは不向きかも」
「それで可愛さの練習をしていたのですね」
ちなみにこの時、顔が整っているだけ、アイドル…という言葉に若干引っかかっている天知だが、波風を立てたくないので黙っている。
「それで……ヒナは可愛いを全力で学ぶことにしました。お昼ご飯を食べたら早速、可愛い梯子の旅に出かけます」
「なるほど。昔からヒナさんのプロデュースは私がしていましたからね。今回はヒナさん主体とはいえ、アドバイザー代わりに付き合わせていただきましょう」
「うん。天知さんとお母さんも付いてきて」
ちなみにこの時、天知は「陽菜ちゃん、ぷにるみたいなことするんだね」と言いたいのをこらえ、大地は「うおりゃあああ!!親子デートじゃいいい!」と叫びたいのを堪えている。
3
さて、昼食を摂りに来た黒川たちであるが、着替えを取りに戻りたいという鎌田の要望を受け、一度自宅付近に戻ることになった。腹ペコの姫月は不満を言ったが、黒川から景気づけを兼ねてウルフサヴァイブステーキのランチを奢ると聞いて渋々了承した。ウルフサヴァイヴステーキとは東河原の繁華街に昔からある有名ステーキハウスで、夜になれば一食万を超えるお高い店である。ランチ限定百食で、相場よりかなりリーズナブルにいただけるため、黒川はそこを狙っている。
「………でもあそこって、いっつも並んでません?食べれますかね?…予約も受け付けてないし」
ご近所さんである瑠奈が心配そうに尋ねるが、無論リサーチ済みである。
「大丈夫大丈夫!夏休みシーズンとはいえ平日だし!それにここら辺は金欠のガキしかうろつかないし!観光客くらいしか来ないから、ちょっと並ぶけど絶対食える!……ガキはせいぜいそこら辺のコスパ最悪のカフェ飯でもパシャってろ」
「アハハ……なるほど~……」(←普段ここらへんでカフェ飯をパシャってる金欠のガキ)
「でもここら辺のカフェって美味しいとこ多いよね~。僕、そこのレモンツリーってとこのレモンスパゲッティ好きだな」
「ええ!?鎌田さんアレ食べれたんですか!?めちゃ並ぶって聞きましたけど!?」
「フフフ……僕、暇だからね!!」
「アハハハハ!いばることじゃない~!!」
「これ、写真見る?……キレ―な店員さんに撮ってもらったんだけど」
「見ます見ます!うわ~……洒落てますね~…ルミナリエみてぇ……ってアハハ!!鎌田さんなんでおでこにおしぼりへばりつけてるんですか!?」
「へ?……いや、だって暑かったし……」
「ハハハハハハハ!!……い、一周回ってむしろ若者っぽい~!」
カフェトークで盛り上がる鎌田と瑠奈。そして最初こそそこに並んでいたが、徐々に笑顔のまま後ろにずれていく黒川。もてる男ともてない男の差を感じながらゆっくりフェードアウトしていると、後方を歩いているいじわるコンビがいじってくる。
「今から三千円近いランチ奢るってのに女子からないがしろにされるってお前、どんだけだよ」
「そもそもアンタ普段チェーンのラーメン屋しか行ってないじゃない。カフェ飯のがよっぽど高いわよ」
「………うるせえ。パスタにレモンってなんだよ。上等な料理にハチミツのそれだよ」
「意外に美味かったぜ?」
「何お前も食ってんだよ!?」
「いいだろ別に……罰ゲームで鼻からスパゲティ食べる羽目になってよ…そん時に」
「お洒落カフェで空き地の小学生がやるような罰ゲーム執行されてんじゃねえよ!」
「…………なんだって私の周りの男共ってこうバカばっかなのかしら」
なんだかんだ星畑という鞘に収まった黒川をしり目に毒づく姫月。そうこうしているうちに目当てのステーキハウスに到着するのだが、案の定、店の前には行列ができていた。姫月に軽くぶー垂れられながらも速やかに並ぶ。15分ほどして、店員が黒川らに注文を聞きに来る。当然、限定のランチセットを注文するが、店員がひいふうみいと列を数えて、一旦店内に戻り、帰って来たかと思いきや絶望的なことを言い出した。
「すいません~……ランチセット…丁度、みなさんのひとつ前のお客様でラストとなってしまって~」
「ええええ!?」
「おいおい…平日は大丈夫なんじゃねえのかよ」
「すいません……原材料の高騰などで…80食に変更しておりまして~…二ヶ月ほど前からの運用なんですけど~」
残念。黒川の情報は古かった。
「黒川アンタ、五感のうちどれがいらない?」
「それ答えたらどうなるヤツ!?」
「申し訳ございません~……単品のメニューや他の…丼ブリなどならご提供できるんですけども~」
「あっそ……じゃ、入るわよ…元々決められたセットって引っかかってたのよね。私、億千万グラム」
「アハハ……牛何頭分ですかそれ」
「お前、そこまで言うならせめてキロ換算しろよ」
「僕、ステーキ重お膳ってのが気になるな~」
当たり前のようにそのまま店内に入っていく一同。黒川が慌てて、前に立ちふさがる。
「ちょ!ちょっと!!……待ってくれって!」
「何よ?………アンタはたくわん定食とかでいいんじゃない?」
「いいわけねえよ……ってそれよりも!俺、流石に単品は奢れねえって……安く見積もっても一人7000円コースじゃん!!」
「まあ、そうですよね~……お店替えます?」
「嫌よ。もうステーキの口になってるもの。景気づけなんでしょ?そこケチって勝負勝てると思ってんの?」
「う……いやでも……流石に……俺、最近凛ちゃんたちとのバンド練習でスタジオ借りたりで金欠で……」
「俺が出してやってもいいんだけど……俺、今、現ナマ持ってねえんだよな」
「シバちゃん、未だにキャッシュオンリーだもんね」
「お前もだろうがよ」
「僕はしてないんじゃなくって!できないの!!ばあちゃんに百パー破産するからやめろって言われてるんだ!」
「より情けねえじゃん」
「私もお金は無いですよ~……金欠のガキなもんで……へへへ」
「『しゃあねえ背に腹は代えられねえか!エミ様に恥かかせられねえもんな!』って言いなさいよアンタ」
「誰が言うか!」
店の入り口前で言い争っている迷惑な一同。なお、後続の客はこの騒ぎでランチが無くなったと悟り、ゾロゾロと店を後にしている。その時、店の中からひょこっと小さい影が現れる。
「あっ!やっぱり!!キレのいいツッコミにカリスマ性あふるる声と思ったら!エミ様と黒川さんです!」
「凛ちゃん!?」
「凛?何してんのよアンタ?」
「おお……星君まで…お揃いで……ってええ!?鎌田くんにルナさん!?……あ、そっか…お二人とも楽器できますもんね…ドラムとピアノ……ってええ!?……な、なんて私得なグループ!右から左まで推ししかいねえ……こんなの須田凛のバチェラーでしょ!?………ってええ!?……このメンバーでバンド!?対決!?私が!?……うおお……いくら私たちのバンドが最高でも…強敵過ぎます…幻影旅団対ゾルディック家みたいな……か、勝てるのか……私たちはってにゃむみゃ!?」
流石の理解の速さと流石の入り込みやすさで、ブツブツ長くてでかい独り言を展開した凛だが、質問を無視されご立腹の姫月に頬を摘ままれ、中断させられる。
「うっさい!私の質問に応えなさいよ!この猿知能!」
「ふぇふぇふぇふぇひょひょひぇひぇみゅひぇ!!」
「こいつ自分が言ったことで三回驚いてたぜ」
「凛さん今日もテンション高いですね~……かわいい~」
「で?何してんの凛ちゃん?…まあ、ステーキ食べに来たんだろうけど」
「あ…です!……えへへ、我が同胞の皆さんと……前祝いってやつですかね」
「いきつけのコンビニ駐車場でホットスナックでも齧ってなさいよ。何一丁前にステーキなんて」
と、滅茶苦茶ないちゃもんをつける姫月だったが、どうも凛がまだ席についていないことを知り、一転して機嫌を戻しポンポンと凛の頭を撫でる。
「ま、でも…今回はでかしたわよアンタ。私にステーキを譲りなさい」
「えへへへ……有難きシアワセ……ってええ!?」
「何驚いてんのよ?アンタ、私の下僕でしょ?主人におあずけさせて自分だけごちそうにありつけると思ってんの?」
「そ、それは……でも、その……えと……今日は他の方も一緒だから……だから…そ、その」
「他のはフツーに食べたらいいじゃない。アンタ一人が私一人に譲ったらいいだけ。ほら、早く。アンタの順番きちゃうでしょ」
「あえ……あ、しょ、しょん……あ、で……おお」
「おい姫月……凛ちゃん困らせんなよ」
「須田も社交的な付き合いがあんだよ。お前みてえに暇なニートじゃねえの」
「うっさいわね!この私を連れておいてズッコケな計画立てるクズとロクに金も用意してないバカは黙ってなさい!」
リンのフォローをする黒川と星畑だが、不機嫌な彼女にチョンチョンと立て続けに罵倒され、萎縮する。その傍では我関せずと言った風の鎌田が、エミ姉の暴君っぷりに少し引いている瑠奈の耳元でコソコソ耳打ちする。
「ズッコケって久しぶりに聞いたよね」
「ア、アハハ……確かに」
「…………何よ?アンタ?……そういえばこの前肉フェスとかのに行った時もこの私に何のお土産も包まなかったわよね?……ちょ~っとトモダチっぽいのができたくらいで調子に乗ってんじゃないでしょうね?」
「あうあうあう…………」
「おい!姫月!いい加減に……」
あまりのいじめっ子ムーブにストップをかけようとする黒川だが、その前に何と凛本人が冷や汗まみれの顔を目一杯姫月に近づけて、消え入りそうな声を上げる。
「い、い、い、い、い、い、い……今は…てきどうしじゃないでふか……」
「は?何?……なんて?……敵城視察マフラー?」
「て、敵同士じゃないっすかぁ!!」
「!!」
デコをぶつけそうな勢いでグイっとサイド顔を近づけ、叫ぶ凛。その迫力に思わず半歩引く…のはあくまで黒川で、当の姫月は怒り顔から一転、怪訝な顔で凛をじろりと睨む。反対に凛の方が、「うおお…面良しゅぎぃ~」などと小声で呟いて目をそらす。
「目、逸らさないで私を見なさい」
「ひ……」
「今のは……本気じゃないのよね?ちょっと頭に血が上ってしょうもない見栄張っただけよね?すぐに土下座して謝れるわよね?アンタなら」
「あびびびびび」
ブルブルと震えながらその場にへたり込む凛。こんな町中で土下座はマズいですよ!と黒川が止めに入るが、またも彼が止めるべくもなく凛の方がピタッと動きを止める。あとは頭を下げさえすれば土下座成立なのだが、その姿勢でまたも姫月を睨みつける。震えは止まっていないが、眉毛はキリっとしている気がする。
「さっさとしなさいよ。それとも私が踏めばいいのかしら?」
「………今、私が一人なのだとしたら……い、いえ!陽菜ちゃんや黒川さんたちと一緒でも…喜んでエミ様にステーキを献上させていただきます!ランチセットなんてケチなこと言わず…特上を奢らせてもらいますとも!………で、でででででで……でも!今回は!今回だけはダメです!……こんな色々とボツな私に…ついてきてくれた…一緒にやろうって言ってくれた……みんな大事なお友達なんです!仲間なんです!このステーキランチは!……みんなとの大事な……だからお譲りできません!!そして、JINTAN CALLINGに関してもです!!……勝つのは……私たち!火星魔だぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………………………………」
凛の咆哮のような涙ながらの決意表明に、今度こそ目を丸くして驚く姫月。その後ろで黒川らも凛の覚悟に感動のようなものを憶えていた。その背後では、星畑の背中をつついて鎌田がコソコソ耳打ちしていた。
(ねえねえ僕思ったんだけど……特上が奢れるんだったらエミ様に特上振舞って自分はそのままセット食べればうまく収まるんじゃないの?)
(それを言ったら台無しだろうが…双方馬鹿でそのことに気づいてないのが幸いなんだから黙ってろよお前)
その時、自動ドアが開いて中から大巨漢とのっぽの黒ずくめ女がやってくる。凛の大事なお友達でお仲間の眼前とまみるである。知った仲である黒川と星畑はともかく、他のメンバーはギョッと身を固める。
「……………そういえばこんなだったわね。アンタのツレ」
「………………ヒナの話が誇張じゃなかったの初めてですよ…でけぇ~……」
「須田凛!!何かトラブルかね!?」
やたらと良く通る声でまみるが泣きべその凛を心配する。これステーキカツアゲしようとしたことバレたら殺されるのではと黒川が震えるが、すぐに凛が平静を装ってくれた。
「だ、大丈夫です!大丈夫です!……ちょ、ちょっと…その……宣戦布告をしただけです!えへへ…一週間後に火花を散らす相手ですから……」
「ああ!!本当だ!!裏切り者の黒川くんじゃないか!!それが僕らを見限って得たメンバーかい!?」
「う……その節はマジでごめん」
「ちょっと……何頭なんて下げてんのよ」
「だって……あまりにもドタキャンすぎたし……」
「ハハハハハハハ!!仕事の都合なら仕方ないさ!!……それに!ぶっちゃけ!我々もキミの代わりにグレイトな新メンバーを招けたことだしね!!」
「…………」(一人当選……という顔)
「え?新メンバー?」
「いえ~い!!どもども~ (*^^)v」
まみるの背後からひょこっと勝美が現れる。まさかの新メンバーに黒川星畑の友達コンビがまたも驚く。
「ありゃりゃ……こりゃ強敵だわ」
「え!?勝美さんもでんの!?」
「おうともよ~!この大会限定のボーカルでねぇ~٩(ˊωˋ*)و」
「………アンタ確か……凛にロンハー貢いでたやつよね?……フーン」
ジロジロと遠慮なく勝美を見定める姫月。ここで初めて火星魔一同が姫月に注目する。今度は彼ら彼女らが驚愕する番である。
「どっしぇ~………マジで美人……こりゃ凛ちゃんが下僕になるわけだわ……(@_@。」
「…………なんてパンクなレディだ……ロキシーのジャケットを飾っていても違和感ないね」
「……………♡」(仙姿玉質……という顔)
「4名でお待ちの………か、火星魔様~……お席空きましたのでご案内いたします~」
タイミングがいいのか悪いのか、凛たちの番が来たようである。「いえーステーキステーキ」とはしゃぎながら、後腐れが悪そうな凛の背中を押しつつ、火星魔一同が店の中に入っていく。と、思いきや、ひょこっと勝美が顔だけ出して、ニヤリと怪しい笑顔を見せる。
「黒川くんたちには悪いけど~……やるからには負かす気で行くぜ~?うちの大将泣かした罪は重いぜ~……エミ様とやら~」
「……………………フン…私は端から眼中にないわよ。アンタも、他の奴らもね」
反応がやや遅かったからか、姫月のセリフが終わる前に勝美は店の中に引っ込んでしまう。結局、ステーキを食いあぐねてしまったわけだが、姫月の顔はそのことを忘れている様子で、何だかご不満げである。
「………あの~……エミ姉……どうします?お昼ご飯」
「あ?……そんなのテキトーにコンビニかなんかで済ませるわよ。さっさと帰って練習しなさいよアンタら。オリジナルの奴も、私らしさとかどうでもいいから勝てると思う曲をさっさと仕上げなさい」
(こりゃ……どうも火が付いたみたいだな)
(そりゃあ、下僕だなんだと散々舐めまくってる須田にあそこまで啖呵斬られたらなあ。ボス猿として負けられねえだろ)
「ぼ、僕の着替えは?……せっかく地元まで来たんだし…せめて準備だけでも」
「だからそれも適当にそこら辺の店で揃えなさい!時間がもったいないわよ!足を引っ張りでもしたら命で償わせるから!アンタら全員そのつもりでやりなさいよ!?」
「………ええ~……エロくて美人なお姉ちゃんとお泊りできるって聞いて来たってのに…トホホにもほどがあるよ」
「フフフ……でも、楽しくなってきたじゃないですかぁ!物事どんなことでもガチってなんぼですよ!」
がっくりと肩を落とす鎌田とは対照的に、瑠奈が勝気な笑みを浮かべる。姫月関係なく、負けていられないのは黒川にとっても同じである。凛たちのステージの成功を祈ってこそいるが、何となく自分は彼女らを超えなくてないけない気がしていた。
4
さて、可愛さ探しの旅に出たという天知岩下母娘一行だが、偶然にも同じ繁華街に来ていた。陽菜が真剣に古着屋やアパレルショップを物色している横で、のうのうと天知とのデート(気分)をエンジョイしていた大地であったが、「次はここ!」と言って陽菜が入ろうとする店を前に足を止める。
「ヒナさん?……ここは……猫カフェ…という……アレですか?」
「うんそう……休憩のついでに、ここで猫から可愛さを学ぶのです」
なぜか得意げにフンと鼻息を吹かす陽菜。天知がショーウインドーにて伸びをする猫をどことなくひきつった顔で見ながら、頷く。
「なるほどね。確かに、これぞ今の可愛いのトップオブトップかも……」
「お好きなんですか?天知さん」
「いや………動物関係あんまり……犬は好きですが……」
「気が合いますね。私も大いに苦手です」
青ざめながらも、天知との共通点に顔は晴れるという複雑な表情の大地であるが、そんな母親を無視して陽菜がズンズンと店に入っていく。かくして、あっという間に大勢の人慣れした猫に囲まれる。足元で甘えてくる猫をたまらんとばかりに抱き上げて、陽菜がじいっと目を合わせる。
「かわいいね……すっごいすっごいかわいいね?どうしてそんなにかわいいの?」
「ヒナさんの方がずっとかわいいですよ………ッ!!」
苦々し気に吐き捨てる大地であるが、足元ですりすりと寄ってくる猫に身を固め、すぐに悪態どころではなくなる。
「ひ、ヒナさん。ヒナさん……とって……あし…とって」
「大丈夫だよ。みんないい子だから、嚙んだりしないよ?」
「ななななななななな何の根拠があって。我が娘は肝が据わりすぎています……あ、ああ天知さんは平気ですか?」
まるで腰かけているソファ自体が揺れているかのようにぶるるるるるると小刻みに震え続ける大地。同士を求めるべく天知を見るが、彼は気まずそうにコーヒーをすすっているばかりで、何も問題なさそうである。というか、そもそも彼の周りに驚くほど猫がいない。
「おお………」
「ハハハ……僕の周り、全くどの子も来ないよ。猫はやっぱり人徳ってのが分かるんだね」
「天知さんかわいそう。せっかくの猫カフェなのに」
「ははははは……僕の分まで陽菜ちゃんが楽しんでくれればそれでいいよ」
ぎこちない笑顔を見せる天知にスススス…と素早く近づく影。言うまでも無く大地である。いつもならありえないほど、あっという間に天知の間近に座り、ジッと体まで寄せるように伸ばし、あと数センチずれれば接触するほどの距離に来る。と言っても、猫から避けるあまり、思わず近づいてしまったがゆえの行動であり、やった本人も数秒して「あ、すいません…つい」とかえって冷静に体を逸らす。
「ハハハ……僕で良ければいくらでも猫除けにしてください。……しかし、本当に猫が苦手なんですね」
「申し訳ないです……決して嫌いではないのですが……考えが読めないモノは怖いです」
この場にもし黒川が居れば、「アンタが言うな」と心で突っ込んでいただろうが、それはともかく天知の猫除け効果でようやく大地にも安息が訪れた。ついでに合法的に天知と接近でき、彼女は一転して上機嫌である。
「ところで……天知さんは今晩はどちらでお過ごしになるのですか?」
「え……どこって……ハハハ。ここは地元ですし、普通に家に帰りますよ」
「ヒナさんとの作戦会議は大丈夫ですか?我が家で良ければご遠慮なく泊まっていただいて結構ですが」
「い、いや……大丈夫ですよ…………ははは」
「お家にお一人で寂しくはないですか?聞けば、皆さんそれぞれ拠点を設けて、今はチームごとに寝泊まりしているとのこと……ぜひ、お二人は我が家を拠点に」
「ははははは………って……陽菜ちゃん!?すごいことになってますよ?…いつの間にか猫に囲まれちゃって!」
「ヒナさんは動物に懐かれやすいのです。妖精さんみたいだからでしょう」
陽菜の周りをたくさんの猫が囲み、あるものは膝の上で丸まり、あるものは腹を撫でられ「うお~」と微妙に低い声を上げたりしている。相手をしている陽菜は妖精というより地蔵のような慈愛に満ちた顔で嬉しそうである。
「気持ちいい?フフフ……肉球もプニプニさせてね?。あ、キミはさっき撫でたでしょ?順番だよ?……いい子だから大人しくしててね?」
「凄いですね。猛獣使いです」
「ほんと……見惚れちゃうな」
間の抜けた面でボケっと陽菜を見ている大人二人であるが、他の客や店員に関しても同じように猫を撫でる手も止めて彼女に釘付けである。慌てて仕事に戻り、陽菜の近くを通った店員に「あ、そうだ」と呟いたや否や、彼女が声をかける。
「あの…すいません。ここで寝ころんでもいいですか?」
「え?……いいけど……どうして?」
「猫のかわいいを学びたいからです」
「?……???」
何を言っているのかわからない店員だっがた、先ほどまで見せていた神聖さのおかげか「なるほど!えらいね」と謎の賞賛の言葉が自然と口をついて出ていた。かくして、ころんと転がり猫と同じ目の高さになった陽菜は、にらめっこをするような距離で猫を見据え、じいっと今まで以上によく観察する。
「こうしてみると……何というか…やっぱり天才特有の…独創的な視点を感じますね。何だか可愛さだとかバンドだとかそっちのけで、僕自身陽菜ちゃんがどうなるのか興味深くなってきましたよ」
大真面目な顔で天知が顎をこすりつつコメントするが、横の母親は黙々と愛娘の撮影に勤しんでいた。
「………そういっていただけると母親として鼻が高いです」
「陽菜ちゃんは、仕事をしていた時もああやって勉強したり、目で盗んだりしていたんですか?」
「いえ…ヒナさんのお芝居は完璧独学ですから。私からは何も分かりません。ただ、一つ言い切れることがあるとするなら、他の参加者の方、どのようなコトをなさるのか分かりませんが、生半可な演目では通りませんよ」
「ははは……それは凄い」
「……もし、スターを発掘するような企画だった場合ならゴボウ抜きでしょうね。バンド対決らしいので、演奏力歌唱力云々も関わってくるのがまだ幸いでしょうか」
「……………………………」
天知が黙って、横目で大地の涼しそうな眼を見る。彼女の娘のろけは今に始まった話ではない。天知も最初は冗談半分に聞いて笑っていたが、すぐにいつもとは何となく違う圧があることに気づいた。今の大地は、何かに身構えているかのような雰囲気すら感じる。
「ヒナさん、本気ですね。今までのヒナさんとは違う。お芝居を楽しんでいるヒナさんではありません」
「……………?」
「おそらくですが、勝負をして、誰かを打ち負かそうとしているのでしょう」
「す、すごいですね……う、打ち負かす……」
「ああ、すいません。誤解を招くような言い方をしてしまいましたね」
「誤解?」
「私たちのいた世界では、打ち負かすということは…主役になる…ということを意味しています」
「…………………………………」
「ヒナさんは、生まれて初めて、ステージで自分が一番目立つことだけを考えているということです」
「……………な、なるほど」
並々ならぬ大地の言葉の迫力に生唾を呑む勢いで圧倒される天知。すると、背後からごっついカメラを首からぶら下げた女性が話しかけてきた。
「あの~……すいません。あのお嬢様の…お母様とお父様でいらっしゃいますよね?」
「?……はあ」
「!!!!!!」
頭に?を浮かべて曖昧に頷く天知と、お母様とお父様という言葉に大ショックを受ける大地である。
「もし、もしよろしければなんですが…あそこでうちの子たちと遊んでくださっているお嬢様…撮影させていただいても……そしてもし差し支えなければ~…うちのホームページの写真に起用させていただいてもよろしいでしょうか?」
「私は構いませんが……あの子に聞いて良いと言ったなら、ぜひどうぞ」
大地から許可をもらったや刹那、ありがとうございます!と頭を下げて陽菜のもとに行く店長と思しき女性。陽菜からも許可をもらって撮影し、ホクホク顔で去っていく。
「いやぁ~……ありがとうございました!すっごいいい画が撮れましたよ!!」
「どうも。どうせなら、お母様とお父様の写真もセットでいかがでしょうか?」
「!?」※天知
大真面目な顔で両親発言をこする大地に、愛想笑いしつつ写真を取って対応してくれる店長。アンタらの周り、うちの子いねえじゃねえかという言葉が喉まで出かかっていたのは言うまでも無い。
5
ステーキ屋の騒動から数日が経った。その間、無我夢中で練習した月下美人。結果、事前に決めていた演奏予定の曲は2曲とも、まあまあ様になるレベルまで持っていくことができた。いよいよ今まで触れたくても本格的に触れる余裕がなかった新曲について、姫月を交えて語らうことができた。集まってすぐに、ぼんやりと話し始めたころと比べ物にならないレベルで、話は進んでいく。言うまでも無く姫月の圧によるものである。
「とりあえず黒川が作ってたって言う曲をそのまま出しなさい」
「ああ……でも、マジで……なんの才能も感じ取れないような…ヒデエ歌詞だぞ?」
「んなこと分かってるわよ!歌詞は適宜私が添削してあげるから!!さっさと歌え!!」
観念して、ジャジャンとギターを鳴らす黒川。この数日で謎の一体感が生まれたバンドメンバーが明るい表情でリズムを取ってくれるので、いつも以上に気合を入れて歌うことができた。否、この男の歌唱力をもってすれば、別に気合どうこう関係なくドカンと突き刺さる弾き語りを披露することができた。
しかし……
「雨はやまなさそうだね」 作詞作曲:黒川響
ビニール傘の向こうで見えた 君のカバンのキーホルダー
キライなあの子のハンカチにもいた
雨の断面を見つめて思う 君はどこまで同じなの
骨の数 臓器の配置 染色体の本数 そして歯並びの良し悪し
向かい風 前の君を貫いたしずくがかかる僕の頬 雨はまだやまなそうだね
ああアジサ…
「もういいわよ」
「え!?」
いかんせん歌詞がダサすぎた。
「………まあ~……アンタよくもまあ、ギター鳴らせてるわね……雑音の神様に銃でも突き付けられながら考えたのこの歌?」
「………『臓器の配置』…あたりの瑠奈の表情お前に見せてやりたかったぜ」
「アハハ………メロディだけなら全然いいですよこの歌」
「黒川くん!この鳥肌はちゃんと歌聞き始めた時の奴だからね!安心して!!……ってアレ?消えてる。興奮って急速冷凍できるもんなんだねぇ」
「雨の日は不審者が多くなる理由がこの歌に詰まってる気がするわ」
「おい!!シレっと酷評の二周目に行くなよ!!わかったから!変えよう!全部変えよう!!」
「メロディはこれでいいのか?姫月」
「ん……まあいいわよ」
(好きなマイナー洋楽ほぼ丸パクリしたリフとはとても言えない)
「僕、編曲なんてやったことないよ……大丈夫かな?」
「アハハ……私も……」
「んなもん曲に合わせてズンドコやってたらいいだけでしょ?そんなことよりこの私が歌う歌詞のがずっと大事よ」
「そんなに言うなら自分で考えてみろよ」
「私も!!エミ姉のソングライティング見てみたいです!!」
「私~?……まあ、いいけど…アンタらに任すことに比べたら」
「カリスマカリスマ私最強~♪……みたいな曲作るなよ?」
「は?……当たり前でしょ。そんな曲どこが良いのよ」
(姫月に正論で返されることほど恥ずかしいことは無いぜ……)
3分後
「ん……できた」
「はっや!!」
「お前真面目に作ったのかよ?」
「まあ~……片手間と言えば片手間だけど……仁丹市歌に輝いてもおかしくないくらいの出来よ。才能が違うの。アンタら超凡人と比べたら」
(縄文人のイントネーション……)
「月下美人」 作詞作曲:姫月レミナ
どうして喉の奥からあなたの名前も出せないの
海の底から浮かぶように 勝手に流れていけばいいのに
ほどよく欠けた月の船 夜空の海へ消えてく
あなたの表情まで闇に連れ込まないで
満ち足りないの満ち足りたいの あなたの言葉が短すぎて
思いの丈まで届いていないの こんな夜じゃ
なぜ明けないのまだ着かないの 月下美人じゃあるまいし
どうせ先も長くなんかないのに 私をもがかせないでよ
「え?……ええ?………い、いいんじゃないですか?これ…本当にエミ姉が?ほんとに3分で?」
「う、うん……なんか暗~い感じだった黒川くんの曲にもよく合ってるね」
「………バンドの催しでいきなりバラードってのには引っかかるけど……なんつーかめっちゃそれっぽい感じはするな」
姫月の歌詞を、彼女がそれを書くのに費やした時間と同等程度、にらめっこして、瑠奈を筆頭にぽつぽつと感想を漏らしていく。そのどれもが肯定的である。黙っている黒川も、何度も何度も歌詞を読み返しているだけで、意見は他メンバーと変わらない。
(………いつの間にか作曲者の地位を奪われてるけど……そんなことどうでもよくなるほど真っ当なものを出してきた……歌う本人が用意してきて、この出来なら……まあ、全然…いやフツーにありだな!)
「どう?………誘拐予告みたいな黒川の歌詞より億倍いいでしょ?」
「はい!……あ、はいじゃないか……でも、マジで私は好きですよ!この歌詞!舞台が夜の海なのも、サビでバンド名が出てくるのも……何よりエミ姉がこんないじらしい歌熱唱してるって思うだけでなんか沸き立ってきますよ!!」
「フッ……ホントは私に適応力なんていらないんだけどね…世の馬鹿どもは直球で美しさを見せつけても惨めに僻むだけって知ってんのよ私。だからあえてありふれて、いじらしくなってあげたの!」
「今更こんなこと言っちまって悪いけど……姫月お前マジでガチだな」
「ぜ~んぜん本気じゃないわよ!!お遊びもいいとこ!……ただアンタら凡人太は全力でやりなさいよ?手ぇ抜いたら、首跳ねるからね?それこそ月下美人みたいに!」
(ボンビー太のイントネーション……)
6
さらに日が経ち、早くも本番間近の最後の夜となった。言うまでも無いことだが、三者三様。それぞれ十分とは言えなくてもできる限り努力をし、本番を迎える準備を終えた。黒川ら月下美人一同も、街中華の3500円食べ飲み放題で、お預けになっていた前祝いをすることにした。
「ついに明日が本番だなあ……俺、何だかんだステージに立つの初めてだから死ぬほど緊張するぜ」
「何言ってんだよお前、中学時代はイ〇モールでの小島よしおもかくやと言わんばかりの盛り上がりを見せてたんじゃねえのかよ」
「………あんなもんステージに数えねえよ」
「黒川こん中で唯一ただのド素人なんだから気合入れて臨みなさいよ」
(………お前もだろうが)
「て言っても、僕とシバちゃんもバンドなんてのは宴の席くらいで、ステージはネタでしかたったことないけどねえ」
「そ~いや、鎌田さんって星さんの元相方なんですもんね~。どんなネタやってたんですか?」
「ネタの傾向で言うと……フットボールアワーかな?」
大真面目な顔で応える鎌田に、ブッとハイボールを吹くシバちゃんこと星畑。
「………そう思いながらやってたのかよ」
「アハハ!………へへへ…あの~もう時効だと思うからいいますけど…あの前の、黒川さんと星さんが二人でコンビ組んで大会出てた時…あの時、私も凛さんと一緒に観戦するつもりだったんですよね~」
「あ、やっぱり?」
「見てくれりゃよかったのに……まあ、見せれるようなもんじゃなかった気もするけど…」
「へへへへ……なんでそうなったのか今思えばわかんないですけど、なんか二人にバレちゃダメって流れになってて変装してたんですよ……星さんに一発でバレたんで…そのまま帰りましたけど」
「美人だもん!!……多少隠してもバレちゃうって!!」
「え?……あ、そ、そっすかね……へへへ」
朗らかな顔で褒めてくる鎌田に照れる瑠奈。髪の毛をいじくるだけの妹と違ってこちらは随分分かりやすい。
「きぃ~~~!!この私を差し置いて美人呼ばわりされるなんて許されないわよ~!!」
「………もしそれが私の心を代弁したつもりなんだったらアンタ関節全部逆に折るからね」
「いや……黒川のつもりだったんだけど」
「………関節全部へし折られたいのかお前?」
シレシレとふざける星畑に笑いながら、即座に空いたお皿を隅にやり、追加の注文をしようとするできる女、瑠奈。追加の飲み物や唐揚げなどを口々に注文する。
「私、マーボー……四川のほう」
「またですか!?……もう2皿くらい食べてません!?」
「別にいいでしょ?食べ放題なんだから」
「いいですけど……そんな美味しかったですか?」
「フツー」
「かなり辛そうだから食ったことねえんだよなコレ……美味いのかね?」
ちなみにこの中華料理店は星畑の行きつけである。
「俺もちょっと食ったけど炒めた唐辛子入ってて美味かったぜ……その分辛いからお前無理だろうけど」
「何シレっと私のマーボー食べてんのよ」
「もとはと言えば俺が注文した奴だからな……一口食うや否や抱え込むように独占したけど」
「エミ姉って意外と食いしん坊なんですねえ~」
「瑠奈ちゃん!!イイ女ってのはね!何事にもハングリーで独占欲が強いモノなんだよ!!」
「お前がそういうタイプが好きってだけじゃねえか」
「アンタいいこと言うじゃない。裏切りカタツムリリストラしてアンタを下僕にしようかしら」
「やめとけ姫月。こいつ身近に置いとくと週三で下着が無くなるぞ」
冗談とは思えないイントネーションだったが、冗談と判断した瑠奈が同調してからかう。
「ええ~?そうなんですかぁ?鎌田さぁ~ん」
「し、してないしてない!!ちゃんと買った奴だから!!僕のは!オプションで!」
「へ?……オプション?」
「それ以上はやめとけ鎌田君……」
「ちなみにアンタの妹は私の下着盗んで履いてたわよ」
「誤解生むような言い方すんなよ。ゴミ箱から須田が拾ったのを履いてただけだろ?」
(……大してフォローになってねえよ)
「お母さんが突然見せてきたあの犯罪臭の凄い写真って……そういうアレだったのか」
そうこう言っているうちに追加注文していた飲み物が到着する。
「アレ?カルピスが二つある?注文ミスかな?」
「一つは私のよ」
「え?エミ姉お酒じゃないんですか?」
「こいつ下戸だもん」
「飲めないんじゃないわよ!飲まないだけ!!不味いから!!」
「久しぶりに酔った姫月が見たいな」
「ええ~……今、凛ちゃんいないから誰も介抱できねえぞ?」
「え?え?……姫月さんって酔ったらどうなるの?」
「スケベになる」
「マジ!?」
「ちょっとクソども!さっさとカルピス寄こしなさい!喉乾いてんだから!!」
「四川麻婆あんだけ食ってりゃ当然だよ」
ひったくるようにカルピスをとって、グビグビと勢いよく飲む姫月だったが、直後にブハッと吹き出しかけ、慌てて口を押える。
「わわわ………どうしたんですか?一気に飲んでむせちゃったとか?」
「ゲホゲホッ!……な、なんか……変な味する……どく、毒盛られた…」
「んなわけないだろ……あ、こりゃ酒だな…カルピスサワーだ」
星畑がジョッキを嗅ぎながら、ついでとばかりに残りを飲み干す。
「あ~……甘ったるくてうめえ……アルコール度数超低いから飲み終わるまで気づかなかったのか」
「……大丈夫ですか?エミ姉……お酒苦手なんじゃ」
「だ~かぁ~らぁ!……苦手じゃないっての!!ていうか注文間違ってんじゃない!!どうなってんのよ!アンタの行きつけ!!」
「酒まみれな注文の中で急なノンアルだったから間違えちまったんだろ……まあ、流石にこんなジュースみたいな酒では酔わないだろこいつも」
~数分後~
(……あの、なんかエミ姉……とろーんってなってますけど大丈夫ですか?)
空になったグラスを見つめながらぽ~っとしている姫月を残りの三人でコソコソ見ながら、瑠奈が冷や汗と共に口火を切る。これに静かに頷いた黒川が、姫月に声をかけてやる。
「姫月……平気か?……」
「んぇ?……黒川ぁ……アンタ……うなじに……ホクロある……」
「え?……あ、ああ……あるよ。九十九折の宝毛が生えてくるからやなんだよなコレ」
「黒川……」
「な、何でしょう?……あの、ほんと大丈夫か?」
「歌って」
「え!?……えっと何を?」
「…………星畑、いいこと教えてあげる……いいことぉ~」
「はいはい……なんだいいことって」
「あれ?あの……歌は?」
「これって……出来上がっちゃってるってこと……でいいのかな?」
「は、はい……多分」
鎌田の言う通り、すっかり出来上がってしまった姫月が早速両サイドの連れに妙な絡み方をする。星畑の頭を鷲掴みにしてグイっと耳元に引き寄せ、食んでしまいそうな勢いで何か耳打ちしている。
「ね、ねえ……姫月さんなんて言ってるの?」
「瑠奈にカンチョ―しろって言ってる」
「ええ!?」
「……くそぉ…なんか思ってるスケベと違ったよ…」
「瑠奈俺と席変わってくれよ……次、同じことされたら俺の理性が爆ぜる」
「ええ~……そっち言ったら私カンチョ―されません?」
「………………………」ぶちっぶちっぶちっ
「ちょ…痛い痛いい!!すね毛を的確に一本一本抜かないで!!」
「ほれ、黒川のスネが狩りつくされる前に早く」
「じゃ、じゃあ僕が行くよ!!ホラ、僕の足、全く毛が生えてないし!」
「ダメだ。お前が行ったら始まりかねん」
「何が!?」
「仲間外れに……しにゃいれぇ~……わたし…あんでもするから~」
「「「!!??」」」
突然、泣き声のようなものを上げる姫月に一同が衝撃を受けつつ、黙して彼女を見る。
「…………ヒナのまね」
「あ、あああ~……」
再び沈黙。数秒後、真っ赤な顔をさらに赤くしつつ姫月が大笑いをする。
「アハハ!アッハハハハ!!……あのかお……アハハハハ!!」
「………酔っぱらってもドSなのは変わらないんですね……」
実の妹をコケにされているからか、いつもと様相が違いすぎる姫月に引いているのか、瑠奈が若干おっかなそうに呟く。それでも星畑の頼みを聞き、席を変わろうとするが…。
「星畑どこいく……ずっとここいろ」
立ち上がるも束の間、姫月に袖を引かれて失敗に終わる。瑠奈は「ありゃりゃ~」と打って変って嬉しそうな声を上げ、そのまま元の席に座る。
「熱烈歓迎だな……ラバウルに行った水木しげるかよ」
たとえツッコミしつつも、顔の紅潮からテレを隠せていない星畑。
「黒川」
「んおおなにぃ!?」
こちらは隠すどころかさっきから片眉上がりっぱなしの黒川。
「帰れ」
「……………………………………」
シッシッと手で追い払われ、アイブルのチワワより気の毒な顔になる黒川。鎌田が養豚所の豚を見る目で黒川を憐れむ。
「惨めだねぇ」
「お前さっきオ〇ニーって叫んでたぞ」
「………うるせえ……明日も早いんだからもう帰るぞ……こいつ、この調子で明日大丈夫なんだろうな」
「黒川くんこそ、大丈夫?……メンタル的に」
「く、黒川さんも……イケてると思うんですけどね……エミ姉は何がそんなに」
「待ち受け陽菜にしてるとことかじゃねえ?」
「……ガチのこという流れでガセ言うのマジでやめろお前」
7
黒川らが中華屋に向かうべくスタジオを出たころ、岩下家ではそれはそれは豪勢な食事が用意された。嬉しすぎて息が止まっている陽菜の横で、お呼ばれされた天知が目を見張る。
「す、すごいですね……」
「決戦前夜ですからね。腕によりをかけて作らせていただきました。たんと召し上がってください」
豪勢な料理の数々に舌鼓を打ちつつ、食卓を囲む。こうなるともう娘は完食するまでろくに話に参加しないので、自然と大地と天知のみで会話のリレーが行われる。
「………結局、この一週間ほどほとんど毎日夕食をご厄介になってしまって……ありがとうございます」
「いえ、今回の勝負とやらに関して、私は陽菜さんのサポーター代わりのつもりですから。チームメイトの天知さんもバックアップするのは当然のことです」
「ハハハ……ありがとうございます。当日は陽菜ちゃんの足を引っ張らないよう尽力しないとね」
「天知さんなら何も問題はありませんよ」
「…………この前の猫カフェで…大地さんがおっしゃっていた……主役になる…打ち負かすという話」
「え?……はい」
「あの時、『私たちのいた世界』とおっしゃっていましたが、大地さんの女優時代にも同じように、鎬を削って来たんですか?」
「………はい。私はヒナさんと違いお芝居自体が大いに好きなわけでも、才能に溢れているわけでもありませんでしたから。それくらいの気概で以て挑まないと、オーディションに残ることすらできませんでした」
「ご謙遜を………引く手あまただったじゃないですか」
「それは主演を勝ち抜けた作品がヒットしたが故の……いわば結果論です。私は演技の幅も狭いですし。私が輝けるようになったのは、私に合った脚本や演出を製作者側がお膳立てしていただけるようになってからです。天知さんのようにご自身で鍛えた体で、ユーモラスなキャラクターも寡黙なキャラクターも、ヒーローも悪役もこなしてしまえるような技量は、私にはありませんから」
すっとフォークを置いて、大地が粛々と語る。語って、薄く微笑む。天知は穏やかな顔で、やんわりとその言葉を否定する。
「………お膳立てしてもらえるような環境を用意されるようになったのは紛れもない大地さん自身の魅力からですよ。そして、それは大地さんが数々の局面で打ち勝ってきたことによって周囲に知らしめることができたんです」
「ぶあああああああああああああ」
「!?……だ、大地さん!?」
「すいません……少しむせました。変なものに喉が入ったようで」
「……ハア……それ、テレコになってませんか?」
天知ポイント急カンストによってドンキだかによく置いてある鶏のおもちゃの腹を押したかのような声を出す大地。胸を押さえながら、天知に質問する。
「ですが……なぜ突然私のことなど?」
「………いえ、感銘というか…目から鱗だったんです。僕は基本的にチームの和とか、場の流れを守るとかそんなことばかり考えてきましたから」
「何も間違ってなどいませんよ。特に役者業などは総力戦ですから」
「……そういえば聞こえがいいですが、僕の場合は、そう唱えることで勝負から逃げていただけのように思えたんです」
「…………そんなこと」
「元々、アクション俳優志望だったのを……他の俳優に先を抜かれてばかりで、見かねた監督から裏方に回るよう言われたところが、僕のスタント業の始まりでした。元妻との出会いからプロポーズから離婚まで、全て彼女主導で行われてきたし、娘とたまに逢うことができるようになったのも娘側の気遣いで実現したこと。僕はいつだって、流されてばかりでした」
「……………………フム」
「ですから!今回のライブだけでなく!今後の黒川くんたちとの仕事でも!!僕はもっとハングリー精神で以てチャレンジしていかなくてはと強く思ったんです!!お二人の勝負への執念を見て!!」
「いえ、天知さんはそのままで結構です。少なくとも、今回のライブに関しては張り切っていただかなくて結構です。2~3回目くらいの伴奏で魅せていただいた演奏力で以て挑んでいただければ十分ですので」
「(´・ω・`)」※天知
再びフォークを握って、ポテトグラタンのひと際大きなポテト片に突き刺す。そして同じくらいグッサリと天知の決意に釘をさす大地。そのまましょぼんとしてしまった彼に淡々と言葉を投げる。
「貴方という方が居ながら不倫をしてあまつさえ離婚したどうしようもない元奥様に関しては私の理解を超えますが、スカウトを薦めた方も、娘さんも、天知さんに光るものや親愛の心を感じていたからこそ、声をかけたのです。私がヒットして以降優遇していただいたことと何ら変わらない、天知さんというその人の評価が成せたことです。いえ、変わらないは語弊がありますね。私の場合は見てくれが良いんだから澄ました顔で澄ました役をやれと同じような役を投げられただけでしたら。新たな道を示されそれを熟せる天知さんの方がやはり素晴らしい才覚にあふれています」
「い、いや……そんなことは」
「あります。もし遠慮して譲りすぎてしまうことがあっても、それは天知さんの魅力に他なりません。変わりたいのでしたら、私は止めませんが、今回のライブに関しては止めていただければ幸いです。ヒナさんから事前に伺っているプランに支障をきたします」
「は、はい……すいませんでした」
「いえ、謝っていただくようなことは…むしろ、ヒナさんのプランに付き合わせてしまい…こちらが頭を下げたいくらいです」
「い、いえ…今までも、当日だってだくさんサポートをしていただくようですし、そんなことは…」
「はい、お任せください。コネというコネを駆使し、お二人には存分に輝いていただきますので。明日は頑張ってください」
「はい!………いよいよ本番ですからね。ハハハ、明日でこの美味しい料理ともお別れかと思うと少し心惜しいですよ」
「ぶひゃべえべべべべべべべ」
8
豪勢な夕食を終え、結局一晩も岩下宅には泊まらなかった天知を別れたあと、大地と陽菜の親子水入らずでお風呂に入った。二人で入浴するのは随分久しぶりなようで、少し感慨深げに大地が陽菜の柔らかな黒髪を撫でる。
「こうしてヒナさんとお風呂に入るのも久しぶりですね」
「そうだね。最近はずっと誰かと入るのも凛ちゃんかお姉ちゃんくらいだったし」
「……あちらのお家ではエミちゃんさんとは入らないのですか?」
「ううん。一緒になんて入ってくれないよ。でもどうして?」
「いえ、普段隠れているところで何かコンプレックスになりえそうな部位がありはしないかと。胸の形が悪いとか、変なところにホクロがあるとか、でべそとか」
「………お母さんはエミちゃんが嫌いだなあ」
「すいませんね。ライバルですので」
「?……何の?」
「え?……あ、ええ……アレです。美しさ比べです」
「なるほど。強敵だね」
「はい。非常に気になる存在です」
「………はあ………明日本番かぁ」
「緊張しますか?」
「うん……ちょっと……」
「先ほど天知さんにも同じことを言わせていただきましたが、私も最大限お力になりますからね」
「ありがとう……」
「………明日が終われば、またヒナさんはしばらくあっちでの生活ですね」
「うん」
「……このモフモフともお別れですね」
頭をわしゃわしゃと泡立てた状態のまま、抱き着くように少し身を寄せる大地。陽菜は少し恥ずかしそうに身をよじらせる。
「………寂しい?」
「ええ少し……ですが、ルナさんもいますし。こちらは気にしなくて大丈夫ですよ」
「ねえ、お母さん……」
「はい?」
「……………ううん……えっと…今日のご飯すっごい美味しかった」
「はい。お粗末様です」
「………………ほんとに…すごく美味しかった」
「……………お風呂に上がって少しまったりしたら、少し早いですがお休みしましょう。明日は早いですし」
「……うん」
「………せっかくですし。今日は一緒のお部屋で眠りますか?」
「!!…………う、うん!…そうする」
三組の中で、一番早くに眠ったのはこの岩下母含む、タキシードねこだったが、この日は誰もかれもが数時間早くに就寝した。明日はついに、舞台の幕が上がる。
音楽編は次回が最後です。あと、ほとんど今回の話の為だけのお膳立てだったので以降、あまり須田のバンド関連の話は出てこないと思います。まみると眼前さんというキャラに関しては気に入っているので出てくると思います。