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その⑥「落ちてきたら今度はもっと高く高く打ち上げるコト」

こんにちは。当初はもっとスムーズに仲間を集めるはずだったんですが、事のほか長くなってしまいました。何というか、それでもこんな怪しい企画に乗っかる奴いないだろという疑念の心のせいでシーン不足な気がしてなりません。

一先ず説得力を出すスカウトをすることを諦めて、登場人物をアホばかりにして乗り切ろうと思います。読者の皆様もできる限りIQを下げてお楽しみいただけると幸いです。

                      1



舞台の上ではトップバッターの星畑がマネキンを使ったネタをやっている。一人ごっつの真似事のようなミニコントだったが、客席の受けは悪くなかった。にもかかわらず黒川と凛の反応はまるで意味の分からない伝統芸能を見させられている子どものように冷え切っていた。マネキン男がマネキン女に告白をしている最中、馬鹿チャラ男役の星畑が乱入して、下ネタ満載の告白を披露、結局顔だけでマネキン女が星畑を選ぶというシナリオは、どことなく、今朝黒川を苦しめた悪夢に通じるものがあった。とはいえ二人がいまいち盛り上がりに欠けているのはコントの内容云々が原因ではない。今の二人にはもはやお笑いを楽しむという感覚すら持ち合わせていないのである。


二日前、半ば一方的に始まった姫月との金儲けバトル。10万円を元手に3日間でどれだけ増やせたかを競う勝負は、降って湧いて来た10億円が懸かった大一番である。の、はずなのに、今に至るまであまりにも緊張感が抜けていた事を痛感せざるを得ない現状である。つい先ほど、姫月が129万円もの大金を手にした事実が呑気にお笑いライブを鑑賞している2人に突き付けられたのだ。対する黒川陣の習得金はわずか5万円である。てんで勝負にならない。ライブが中入りになり、10分間の休憩に入るや否や、2人は我先にと劇場から出て喋り出す。


「ど、ど、ど、、ど、どうしましょう!! 120万円なんて………今更勝てっこないですよ!!」


「そもそも姫月はどうやって稼いだんだよ!!んな大金!!」


「うう………馬券で大勝ちしたみたいです……そっか…だから、全然……報告の…催促が…………なかったんだ…」


「くっそ!!そもそもこんな勝負引き受けるんじゃなかったぁ!!」


「エミ様……やっぱり凄いです……!こうなったら……潔く負けを認めるしか………」


「マジで言ってんの!? 10億円だよ!! 俺がサラリーマンなって生涯稼ぐよりも何倍もでかい金だよ!!」


「は、はい……だからこそ、その………最初からなかったことに……なんて……えへへ」


「それ以前に!! 番組資金だったこと忘れてねえだろうな!!」


目を白黒させて諦めモードに入る凛と頭を抱える黒川の背後から声がかかる。出番を終え私服に着替えた星畑である。


「うお!!星畑!何で金で負けてるって知ってんだよ」


「お前らの低すぎるテンション見てたら何となく察しつくわ!!」


聞けばもう既に先輩芸人たちに断りを入れて、荷物もまとめた状態で出てきているようである。先程までエロラップをマネキンに披露していた男とは思えない察しの良さだ。


「で? いくら負けてんの?」


「ざっと……100万くらい………」


「です」


「ンフフフ……もう終わりやん………」


「笑い事じゃね~よ~……マジでぇ! 勝負とはいえ、10万円おいそれと競馬に全額突っ込むような女に10億も持たせるなんて……自殺行為にもほどがあるぜ………」


「そうですね……エミ様はお金遣いも堂々としてますから……」←賭け将棋に10万円出した女


「10億円で……Uが何するつもりだったのか見てみたかったんだけどな~」


「マジで何するつもりだったの?」


「今となっては言わない方が華じゃないか? それに君らはそう言うが、私はむしろ彼女に任せた方が撮りでのあるものが観れると楽しみにしているんだが……」


Uからしてみれば、10億円は端から不要の長物なのかもしれない。それで何かしらする予定は立てていたようだが、その予定通りに進行するよりもイレギュラーな姫月の采配にゆだねる方が番組が盛り上がると踏んでいるのだ。


「Uは何もわかってねえよ……10億手に入れたらあいつは俺たちとの関係とか約束なんてスッパリ斬っちまうだろうよ…」


「そうかな?ギャラも出すんだし、呼べば来てくれそうな気がするが?」


「で?どうするよ…………何かする? 俺らも賭け事するか?」


「いや~………やめとく」


100万円の力はあまりにも大きく、元気だけが取り柄の若者たちから活力という活力を全て絞りつくしてしまった。そのまま何するでもなく帰路につき、黒川宅に帰り、米を炊き、風呂を沸かし、順番に風呂に入り、一息つく頃には一周回り談笑する余裕すら出てき始めたていた。今朝、須田が握っていたフライパンが、今度は星畑の手に握られ、同じく星畑が刻んだ玉ねぎと人参とピーマンをくるくるかき混ぜながら熱していた。


「…………………星君、料理上手なんですね」


「ホストの前は、レストランでバイトしてたからなぁ……まあアイツ生粋の外食好きだから作ってくれたことないんだけど……」


「あの…………何かお手伝いできることはないでしょうか……」


「じゃあ、人数分の皿とか出しとくのと…………あ~、あとそこのポテトフライ、揚げといて」


「あ、………はい、分かりました! わ、わあ……あんかけだ…美味しそう…………」


「…………あの、俺もなんか………」


「お前は音楽でもかけとけ」


「……………あ~い」


しばらくすると、いつの間にか用意されていたタラのフライにトロリと野菜あんかけが入った美味しそうな料理が大皿で食卓に並べられた。ちなみにこの大皿も星畑がわざわざ家から持ってきたものである。そしてその両サイドには何故か冷凍食品のポテトフライがもっさり盛り付けられたものとローストビーフが入ったレタスと水菜、パプリカのサラダが置かれていた。人数分のお茶碗がないための苦肉の策だったが、白ご飯は皿に盛りつける西洋スタイルで配膳され、代わりに黒川のお茶碗には何故か凛のこんにゃくゼリーが溢れんばかりに盛り込まれていた。


「はい…………スープ」


「スープまであんのかよ………随分豪勢だけど………」


「負けたときは食いたいだけ喰って忘れるに限るぜ。それにコーンスープとポテトとローストビーフは市販を皿に入れただけのテキトー飯だし」


「俺の家に…パルメザンチーズなんてあったんだな………」


黒川は子どもがいじくり倒した後のスノードームよろしく真っ白に染まったローストビーフサラダを見ながら、つぶやく。


「………持って来たんだよ。これがあるかないかでローストビーフサラダの全てが決まるからな」


「どれも本当に美味しそうです!! い、いただきます!………いただいていいんですよね?」


「逆に何で駄目だと思ったの………いただきます」


「あい、召し上がりなさい。………黒川、音楽消せ」


レオン・イェッセルの『おもちゃの兵隊のマーチ』をかけたのは黒川なりのボケだったのだが、誰一人にも指摘されることはなかった。虚しい気分で音楽を止める黒川。その猫背ばった背中に凛の「美味しい~」という声がのしかかる。


「黒川さん!!はやく食べてください!!滅茶苦茶美味しいですよ!これに比べたら私の卵焼きはカスですよ!!」


「自分で言ってて虚しくならない?それ」


「鱈と比べ()()でややこしいわ」


「まっちゃんみたいなこと言ってんじゃねえ……」


「ンフフフ……それより、俺のネタはどうだったよ……黒川ちゃん……」


「いや、正直、100万のショックであんま頭に入ってこなかったけど……お前がマジで人気あんのは分かったよ」


「地下だけの人気なんて井の中の蛙もいいとこだけどな」


「でもさ、ぶっちゃけお前はあそこで気楽にやってる方が楽しそうな気がするけどな?」


「それは売れて見ねえと分かんねえなぁ…今が楽しくないわけではないけど」


「あの金髪って本物ですか?」


「ああ、俺の地毛だぜ」


「体張ってんな…あんな前座なんかで」


「いや、檸檬好きさんなんてこの前、落語の下げで物理的に落ちるバンジー落語とかいうのを動画で投稿してたんだぜ……身の入れ方がちげえ」


「体の張り方間違えてない?」


「落語もされるんですか?」


「あの人、落研(落語研究会)出身だからなぁ」


和気藹々と食事を楽しむ3人だが、途中から凛がスマホを気にしては暗い顔を見せるようになる。こういう細かな変化にも、しっかり気が付くのが星畑である。


「何?どうしたの?……なんかあった?」


「いえ………何でもないんです……ただ、100万円以降、エミ様からの連絡がなくって………」


「ああ、俺らの事なんか忘れて浮かれてるんだろうな」


「エミ様、ホントに私たちを切り捨てて10億円だけ持って行っちゃうんでしょうか……一緒に番組つくってくれなのかなって…思ったら、悲しくて………」


その言葉を聞いて星畑はバツが悪そうに黒川を見る。つい先程の「忘れている」発言と言い、姫月を金の亡者扱いする発言を重ねたことに、負い目を感じたのかもしれない。咄嗟に黒川が自分なりのフォローを入れる。


「イヤ、まあ………でも、さ、流石に10億円もの金が入ったら……アイツも純粋な物欲だけで終わらさないんじゃないかな?」


「そ、そうだよな! アイツにも辛うじてモデルだとか女優だとかになりたいって言う夢みたいなんもあるんだし……。10億もあればそれでプロデュースとかも考えるんじゃねえかな?」


「でも、そのプロデュースだって………私たちと一緒にやるとは………」


「何を言っとるんだ………キミたちは」


尚もしょげ返る凛に対し、Uが割って入る。言うまでもないが、黒川がスピーカーの電源を入れたのである。


「そもそも、例の金をキミたちに託すのは、番組作りのメンバー集めの為だろうが……姫月がどう使いたがるのかは別にどうでもいいことなんだよ。私は別に10億円を失うのは痛くも痒くもないが、それで姫月まで手放すのだけは阻止してもらわなくては困る」


「それは………Uさんもエミ様を撮りたいってことですか?」


「当たり前だろう。ここまで条件がそろっている上に、メンバーと既に交流がある人材なんて他にないほどの優良株じゃないか。ほら、キミらも須田を見習って、金の事ではなくて番組の事を考えろ」


「そうですね!! そうでした!! 高校の時みたいに何を言われても、引っ付きまわったらいいんですよね!!だってカタツムリなんですから!!」


嬉しそうに、自信をつける凛を見て安心したようにほっと息をつく星畑。上機嫌に戻った凛を見て嬉しいのは黒川も同じだが、正直、残りのメンバーが支持する程の魅力が姫月にあるとは思えず、今一つ彼女の食い止めに身を入れることができなかった。



                      2



3日目、遂に勝負が決まる最終日である。勝負の終了は21時。勝負開始時に集まっていたファミレスで落ち合い、金の集計を行う手はずなのだが、黒川ら一行は昼過ぎには既に街に着いていた。早く来た理由は「どうせ負けたら俺らの15万も没収されるんだし、そうなる前に街でパーッと使っちまおうぜ」という星畑の案からである。しかし、言い出しっぺのはずの星畑はバイト先のホストを辞職する為、まだどこも営業していない飲み屋街に消えていってしまった。結局、15万は凛と黒川の二人だけで使い切ることになった。


「とんだシュガーマウンテンだな………どうしよっか?15万円何に使う?」


「わ、私は………大丈夫です!お、お任せします!………星君が使わないのに私が使うわけには………パソコンとか新しくしてみたら、どうですか?」


「う~ん………俺、ゲームとかもしねえし、せいぜい学校のレポート使ったり、動画見るくらいだからなあ………今更パソコン買うなんて」


「じゃあ……えっとぉ……本棚とか!インテリアはどうですか?」


「それもなぁ……天井とか扉の長さとか測ってこなかったし……」


「ああっとぉ……それなら……ええ~っと……そうだ!すっごい高い本とかレコードとか買ってみるのはどうでしょう!」


「本か……確かに、それが一番かもな~」


といったその時、黒川の頭にパッとダンディな声がよぎった。


(竹久夢二の複製画なら、3日後にここで物販店が特設されるはずだよ)


姫月に初めて会った日(といっても彼女との面識はその日こっきりだが)に出会った長身紳士が言っていた言葉である。竹久夢二の複製画!本当に自分の欲しいものを好きに買っていいなら、願ってもないチャンスだ。黒川は凛を連れ、書店を目指した。3日前は店内でばらけた二人だが、今回は揃って、まっすぐ特設店に向かった。


「わあ………これが竹久夢二さんですね……」


「うん。あ~……やっぱいいな!夢二の美人画は」


書店の隅にある特設コーナーの壁には、一面に竹久夢二の大小さまざまな複製画が張り付けてあった。

もともと写実画だと画家ごとの違いが上手くわからないため、抽象画やデフォルメ調のモダンアートを特に好む黒川だが、中でも竹久夢二の美人画には強い憧れがあった。理由は本人にもよく分からないが、ケチの黒川にしては珍しく画集を新品で購入する程には心酔していた。


「あ、これ、カワイイ……猫ちゃんだ……黒川さん、私、これが好きです」


「ああ、『黒船屋』ね………定番っていうか……一番有名なんじゃないかな。俺もできればそれがいいけど……」


値段は35万円である。とても手が出ない。うへ~と舌を出すと同時にこれが片手で買えてしまう姫月に対して、やはり100万というのは桁が違うなと溜息を吐く。


「黒川さんは……どれがいいんですか?」


ぐるりと周囲を見回して凛が聞く。


「うん……実はもう決めてんだ…家にある画集で見たときからずっと欲しかった奴…『赤い鳥』っていうんだけど…」


「あ!それっぽいのさっき見かけましたよ!これじゃないですか?」


「ああ!それそれ!うん、やっぱいいわ………これ」


「小っちゃい絵ですね……でも、カワイイ…これは、なんていうか美人画って感じがしないですね」


「うん。もともと『赤い鳥』っていう昔の児童雑誌で使われた絵だから、多分ちょっとは子どもを意識してるんだと思うよ。林静一と滝田ゆうを合わせたみたいな絵だよな」


「へ~………黒川さんって絵にも詳しいんですね!」


日本を代表する画家の絵をあえて漫画家で例えたのは、凛にもわかりやすいようという黒川なりの不器用な配慮だったが、どうやら凛にはそれが伝わらなかったようである。それはそうとして絵画を購入する黒川。基本的にこういうものは何日か空けて現品が郵送されるものだが、料金は店頭に先払いである。お客様都合での返金は受け付けられないと念を押され、黒川の買い物は無事に済んだ。


「でも、これ……5万円ぽっちですよ。これでいいんですか?お金余っちゃいますけど………」


無料で配布されるパンフレットを見ながら凛が聞く。


「あとは、凛ちゃんと星畑が好きに使えばいいよ。一人5万ずつってことで……そうしないと、俺が気持ち悪いからさ」


「え………でも………」


「いいって!ぶっちゃけ凛ちゃんだって欲しいものてんこ盛りあるでしょ!」


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて………えへへ…ちょ、ちょっといいですか?実はこの前、気になった服が……」


ふら~っと凛が踊るように振り返った瞬間、後ろで絵を見ていた長身の男にぶつかってしまう。小柄な凛は「ギョっ」と短い悲鳴を上げてそのままコロリとしりもちをついた。慌てて駆け寄る黒川の耳元に「すまない。大丈夫かな?」とどこぞで聞いたような穏やかな声がする。


「あ!あの時の!………素敵紳士(小声)」


「ああ!キミか!…………と、この娘はキミのお連れさんかな?申し訳ない。絵に夢中になってしまっていてね……」


「あ、ええっと……すいませんこっちも不注意で……ほら凛ちゃん立って……あ、やっぱ、来てたんスね。竹久夢二……」


「フフ……それはこっちのセリフだよ。もっとも私は今回は絵を買うつもりはないんだけどね………その娘、全然起きないけど、本当に大丈夫?」


黒川を見つめながら、相も変わらず黒目を細めるだけの静かな笑みを浮かべ、そのまま覗き込むように凛へ目を移す男性。凛はと言えば…


「あ、あ、ああ、あああ……こ、腰、腰が……あああ、何で、何でぇ……う、ウソ…嘘嘘嘘」


尋常ではない様子である。


「ちょ、ちょっと凛ちゃん!腰抜けたの!?大丈夫、そんなに強く打ったようには見えなかったけど」


「ち、ちが、違います、ち、あ、ひ、ね、黒川さんんんん……し、お知り合い……なん、この」


「何かまずそうだね……人を呼んでこようか?」


ググっと男性が凛に顔を近づけると、「ひいあ!」と奇声を上げ、凛がシャカシャカと両手両足で床を這いずり回るように逃げようとする。


「………………何?どしたの凛ちゃん?ちょっと怖いんだけど……」


「ハア―ハア―ハア―……く、黒川さん………この方と、ハア―、お知り合い何ですか?」


「いや、知り合いっていうか…ほら、この前、話したじゃん。カッコいい紳士がいたって、その人だよ」


「……紳士と言われるほどの年齢ではないんだけどな………」


「あっ!すんません……」「そうですよ!」


苦笑しながらつぶやく男性に慌てる黒川だが、何故か同じようにぺたんと座り込んだままの凛が合わせる。


「…………この方は……まだ40代なんです………から…」


「この方?」


「はい…………あ、天知、天知九さんです。は、はあああああ、初めて……生で…お会いできた…!」


「あまちきゅう?」


はて、どこで聞いた名前じゃったかと黒川が記憶をたどっている間に、天知九と紹介された男性の方が凛に手を差し伸べながら、口を開いた。


「驚いたな…………別段、テレビに出てるわけでもないのに私の顔を知っているなんて…いや、名前を知ってるだけでも大したものだが……え~っと……凛ちゃん?だっけ?立てそう?」


「あ~!言ってたなそういえば!引退したスタントマンで好きな人がいるって……!この人がそうなの?」


「はひ………須田です。え、え、あい、わ、ひええ、テ、てぇ、手、手、わあ…」


「いかにも……引退したスタントマンだよ……もう42だからね。いい加減、体が限界になってきて、今は無職の独り者だよ」


「へ~ッ………すげ~立派なガタイですもんね………頑丈そ~」


「ははは…。と言っても僕はスーツアクターばっかりで爆破とかカーアクションとかそういったものはあんまりやってこなかったんだけどね」


「『仮面ライダーZ』のバイブルスタン(怪人)からデビューして……最近では『仮面ライダージェノサイドキック』を担当されてたんですよ!」


「……ほ、本当に詳しいね………怪人の名前なんて僕でも覚えてないよ」


「えと……あの、えっとぉ……その、サイン………いただいても……」


「勿論、構わないよ。ただ、ここだと人目もあるし、少し場所を変えないか?」




                   3



そうして天知に連れられるまま書店のあるビルの最上階に行く黒川と凛。最上階には普段二人がまず訪れないようなお洒落なカフェがあった。そこに入って窓際の席に座った。天知は穏やかな声で「奢るよ」と言ったが、萎縮しっぱなしの二人は結局、天知と同じアイスコーヒーを頼んだだけに終わった。


「それで、サインだったな……何か書けるものはある?」


「あ……………えと、ペンはあるんですけど……あ、じゃ、じゃあこれ!このシャツの背中に!」


「い、いいのかい?」


(これ『ルックバック』で見たな……)


羽織っていたカーディガンを脱いで白Tシャツの背中を向ける凛。そこに戸惑いながらもマーカーでサインを書く天知。黒川はその光景をぼんやり眺めながら、よく見たら無地ではなかった凛のシャツに書かれた英字を読む。〈This guy is shameless and famous〉直訳すると、「こいつは恥知らずで有名だ」となる。本当にそこに書いて大丈夫だったのかと、冷汗を流す黒川をよそに凛は非常に上機嫌で、ピョンピョン飛び跳ねている。確認しようとシャツを脱ごうとする凛を二人がかりで止めたところで、3人分のコーヒーが届いた。


「………どうも、浮かれてしまい…………すいませんでした」


コーヒーを飲んで落ち着いた凛が顔を真っ赤にさせ、呻くように謝罪する。これは英字の件まで知った暁には土下座まで行くだろうなと、黒川は内心ほくそ笑む。


「いや、全然かまわないよ……しかし、本当に僕の事なんかよく知っていたね」


「えへへ、もともと、特撮が、えっと好きだったんですけど、その、何だか好きになる歴代ライダー全部動きが似てるなって言うか………キレが違うなって思って、調べてたら天知さんの事知って……」


オドオドと照れながら話す凛を見て、そういえば自分に初めて会った時もこんな感じだったなと思う黒川。色々ありすぎて忘れそうになるが自分はまだこの美少女と知り合って一週間ちょいしか経っていないのである。


あの時自身も動揺しっぱなしで一緒に驚いたり、しきりに質問を返したりしていたのとは打って変わり、天知は凛の話を静かに相槌を打ちながら聞いていた。何となく本物のタレントというか、大人の魅力のようなものを感じ、コンプレックスをつつかれたような敗北感と、自分もこうありたいものだという憧れの二重の感情をごちゃまぜにしていた。


「で、でもっ………どうして…ここに?引退後はご家族とご実家に戻られたと聞いてましたが…」


「んん……ああ~、それはね………別れたんだよ家族とは………それこそつい最近に……」


「あ……………えあ………す、すいません!!差し出がましいことを!!ごめんなさい!」


「いや、いい、いい。気にしないでくれ…………こちらこそ申し訳ないね。憧れてくれていたのに…蓋を開けてみたらバツイチ男だなんて。凛さんのイメージにひびを入れてしまったね」


「いえ、それは全然!むしろ、バツイチで渋さが増したというか……え~っと2度おいしいというか!」


「やめとけ凛ちゃん。語れば語るほど無礼がかさましされていっちゃうから」


そういえば先程、独り身だと言っていたなと黒川は思う。そうかこんないい男でも離婚したりするんだな、人生って難しいんだ。それとも、こう見えてものすっごい女遊びをするタイプなのだろうか。


「妻に逃げられてしまってね………娘も、アイツについていってしまったもんで……僕は一人で自分の方の故郷に帰って来たんだよ」


「そんな…………天知さんのどこに逃げるようなところがあったんでしょう?どこをどう見ても魅力しかないのに」


「それは画面の中の……メディアの僕だろう?そいつとは恋愛こそできても、生活まではそう、うまくいかないものさ」


天知は多くは語らない。当然である。さっき会ったばかりの、おまけにファンの娘とそのツレに自分の離婚談を語るほど、軽い男ではない。しかしこの天知九が言う生活上の問題というものが何だったのか2人は気になって仕方がなかった。


「生活…………?」


「どういったところが上手くいかなかったんですか?」


無礼とは分かりつつも斬りこんでしまう下世話な好奇心である。否、ここではいっそ下心といったほうが相応しいかもしれない。しかし意味ありげに糸の綻びを見せてしまったのは天知の方だ。ここまでくればシュルシュルと解いていくほかないだろう。心なしか先程よりも一層低い声で天知は静かに語り出した。


「妻は、とにかく物を知らなかった……。散歩をしていて見つける花の名前も、立っている銅像の人物も、テレビを見ていて流れる歌も………。僕はそんな妻に物を教えてやるのが好きだったんだ。妻も興味深そうに話を聞いてくれていた。楽しかったんだ。これが自分の幸せだとすら感じていた」

「僕が家にいるときは…………食事時には録画しておいた番組を見ながら食べていた。『ブラタモリ』、『サイエンスZERO』、『ダーウィンが来た』、『大科学実験』、『歴史秘話ヒストリア』…」


(N〇K大好き…………)


「で、でも……………素敵なことじゃないですか………それのどこに問題が?」


「ある日、妻が間男をしていてね……………。家を空けていることが多かったからそれでかと思った。娘も繊細な年なのにと、柄でもなく声を荒げたよ………」

「そしたら妻も………静かな……おおらかな奴だったんだが、人が変わったように激怒してね。あなたと一緒にいてもくだらないことを一人で喋っているだけで、何も楽しくない。ちっとも私の話を聞こうとしてくれない。テレビだって、あんなつまらないものばかり見て、家族のだんらんを何だと思っているんだってね………情けない話さ。僕が家族の幸せだと勝手に思っていたものは、全部妻にとっては苦痛以外の何者でもなかったんだ」


「で、でも!それでも!!不倫をしていい理由にはなりませんよ!不満があるなら言えばいいじゃないですか」


「言ったところで、僕はこういう人間だ。何も変われない。僕は自分の好きなものしか、というより見たいようにしか見てこなかったんだ。その責任は僕にあるだろう」


「娘さんも……その、嫌がってたってことなんすか?」


「まあ、退屈だとは思ってたみたいだよ…妻は、娘を僕以上に求めたし、娘も母に着いた方がいいだろうと思ったみたいだ」


「それは………何というか……」(思ったより重かった……)


「すいません……その、プライベートなことを………」


「さっきも言ったが気にしないでくれ。ここまでキミらに話したのも、自分の中である程度踏ん切りをつけることができたからだ。もう、割り切れているよ」


「そう………ですか………」


「それより、キミらはどういう関係なんだ?おじさんに言ってごらん?」


「いえ!ただの!ファンなだけです!!私が!!」


(ただのファン……)「いや、ファンというか……何というか………」


「え?ひょっとしてキミもスタントだったのかな?失礼。何役の人かな?同業者はある程度頭に入れているつもりだったが」


「いやいやいやいや!違います違います!!そんなんじゃないです!」


「黒川さんは、歌手なんです!私、あの、音楽も、好きなので……」


「いや、歌手でもないんだけど………」


「歌手!へぇ~………どんな歌出してるんだい?僕も知ってるような歌だったりするかな?」


「いえ!カバー専門の方ですから!独自のアレンジは加えてますけど………メインの活動もメディア進出やレーベルじゃなくてあくまで個人の動画投稿を中心に活動されてるんです!!」


「ペラペラとそれらしい文句並べないで!!それ要約すれば趣味でやってるだけの素人だから!!」


「なるほどねえ。時代に合わせてるわけだ……動画ってどんなの?ちょっと見せてくれないか?」


「え……でも、あの、いいですか?黒川さん……」


「うん。だめ」


「駄目だぞ。こっちは全部正直にしゃべったんだから、キミもさらけだなきゃ……そんなんじゃいつまでもプロになれないぞ?ほら、観念して見せて見なさい」


そういわれると逃げられない。仕方なく動画を出して黒川のイヤホンを渡す。こんなおしゃれカフェで流していいものでは断じてない歌が、容赦なく天知の耳に叩き込まれる。


「こ………これは?これ、キミが歌っているのか?」


「はい………」


「キミが投稿したのか?」


「………………………………はい」


「驚いたな…………こんなことがあるのか……」


「聞き苦しいものを大変失礼いたしました」


「いや、違うんだ!そういう意味ではなくてね!!」


天知が何か訂正しようとした瞬間、天知から返してもらった黒川のスマホに着信が入る。思わず反射的に電話を開いてしまった。相手は星畑である。


「黒川!! やったぞ!マジでやった!! 今、どこ、に、いるんだ!須田、も、いる?」


「何?バイト辞められたのか?何そんな慌ててんだよ」


ホストを辞めるため、別行動をとっていたはずの星畑が電話口ではえらく息が上がっていた。そんなにバイトを辞めたかったのだろうか。


「んなのどうでもいいんだよ!! 姫月にあったんだよ!そしたら、あいつ、逃げやがって!!怪しい、思って、追いかけてさ………そしたら………こいつ!金、ほとんど、はあ、あ~……しんど」


その後、慌てっぱなし浮かれっぱなしの星畑から無駄に時間をかけて聞いた話によると、どうも星畑は半ば一方的ではあるが取り合えず、バイトの方は辞めることができたようである。その後、プラプラ歩いていると何と姫月に出会ったのだ。ところが、向こうも星畑に気づいたと思いきや、急に慌てたように逃げ出したのである。怪しく思い、追いかけて逃げた理由を問い詰めると、何と例の120万もの金がもうほとんど懐に残っていないことが明らかになった。


馬券で大勝ちし、浮かれた姫月は少しくらい使っても構わないと行きつけの飲み屋に向かったらしく、そこで、自身の勝負強さ、ギャンブルの大勝ちを意気揚々と語ったところ、なら貯めているツケを払えと、店側が催促してきたのだ。だが、そこは100万円稼いだ女。拾えと言わんばかりにお金をばらまき、まだまだ温かい懐をさすりながら店を後にしたところ、店の前で列を作っていた飲み屋の店主たちに捕まったのだ。早い話が姫月は色々なところで無銭飲食を繰り返していたのである。にっくき女に金が入ったという情報は瞬く間に飲み屋ネットワークで各地に送られ、気が付けば姫月の元には12万ぽっちしか残っていなかった。


「やったぜ!!逆転勝利だ!!お前ら、まだ金使ってねえだろうな?アイツは21時までまだ勝負は終わらないとか言って、どっか行ったけど絶対上手くいくわけないんだから……おい、聞いてんのか?」


「………………………………うん、聞いてるよ。あははは、やった~……」


言いながら血の気がみるみる引いていくのを感じた。黒川は凛の目の前に置かれているパンフレットを見つめ、溜息を吐く。


「どうした?溜息なんかついて?」


「いや、アイツやっぱアホだな~って思って……分かった。凛ちゃんにも言っとく…うん、じゃあ切るね……はい」ブツッ!


「えと、どうしたんですか?エミ様に何か………?」


「うん、あいつ、方々で借金作ってたみたいで……それの精算で金なくなったんだと……」


「え!? それって………私たち勝ったってことですか?やったあ!」


「いや、でも、12万はまだあるんだって………」


「あ……………」


「どうしよ……使っちゃったよ」


「ど、どうしましょう……今からパチンコ……とか?」


「いや、やったことねえし……逆に姫月がこのまま金溶かすのに賭けるしかないんじゃない?」


「なあ、一体、何の話をしているんだ?キミたち……本当にただのファンと歌手なのか?」


「いや、え~っと……」


「話したくないなら、別に話さなくてもいいが……何なら相談に乗るよ?」


「いや……………え~っと………ちょっと……今後についての勝負をしてまして……」


「今後?」


「えっと………黒川さんたちで……その、ユニットみたいなものを組んで活動することになりまして…私もその、お手伝いをしてるんですけど……その活動指針を決めるための……というか……今後、どうしていくか決める勝負みたいなのを……」


年の功が為せる業なのか、不思議と天知には悩み事を打ち明けたくなる包容力のようなものがあった。夢二展でこそ、タレントらしいオーラや物々しい雰囲気のあった彼だが、気が付けば黒川も凛も普段Uに相談してるような心持で10万円の勝負について明かした。


「なるほどねえ…………しかしどれだけお金を稼げるかの勝負だなんて、ずいぶんユニークな発想というか、だが、そんなことでお金の管理を賭けて大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないんで、なんとか勝っておきたいんですよ。向こうが言っても聞かないやつ何で……クソ、どうしようかな。いっそ、もうなりふり構わないで俺の金を混ぜるか……」


「それはやめておいた方がいいんじゃないか?万が一、バレたとき単に勝負に負けるだけじゃなく、その娘との信頼関係までなくなってしまうよ。同じユニット?のメンバーなんだから」


「ですよね…………。じゃあマジでどうしよ………」


「エミ様なら、きっとお金をゼロにしてくれますよ……信じましょう!」


「凛ちゃん……自分が何言ってるか分かってる?クッソ、返金は無理だって言われたしなあ……いつもの癖でレシートクシャクシャにしちゃって、どこにやったかも覚えてないし、こりゃ詰んだか…」


「それなら、私がその絵を買うっていうのはどうかな? 勿論5万円で」


「「ええ!!」」


天知からの思いもよらない提案に声を合わせて驚く二人。


「いや、でも、買うつもりないって言ってませんでしたっけ?」


「まあね、でも欲しいことは欲しいんだし、別にいいよ。絵が届いたら渡してくれたらいいよ」


「でも、イイんすか……こんな会ったばかりの若造に……」


「いいよ。せっかくファンの方に会えたのにつまらない身の内話しかできなかったお詫びさ。書面もいらないよ。料金はここで手渡しでいいね?」


「いやいやいや………でも………ええ……」


「何て話の早い………これが、大人の男性…………なんでしょうか?」


瞬く間に話が進み、5万円が手渡される。「夢二を手放すのは嫌だったかな?」という天知のズレた配慮に、首を大振りで横に振りながら応え、結局、絵画が届き次第、この町で適当に落ち合うことになった。最初は黒川と同じように「本当にいいのか?」という顔をしていた凛だったが、天知の連絡先を知れてご満悦そうな表情である。


「ありがとうございます。マジで!助かりました!!」


「ああ。何をするかはよく分からないが、頑張ってね。応援してるよ」


「あの~………よければお写真一緒に………」


「いいよ。……………ホント、まさか引退してからファンの娘に出会うなんてね」


ツーショットを撮っている二人を眺めながら、そういえば引退後の天知はどのように暮らしていくんだろうと気にかかる黒川。独り身とはいえ、人生百年と言われている時代に、42歳から無職で暮らせていけるほどスタントマンというのは儲かる仕事なんだろうか。と、考えている矢先、脳内でUの声がする。


「聞かなくていいのか? 今後、職の当てがあるのか無いのか」


「…………お前って、心も読めるのか?(小声)」


「読めないが? それよりさっき何でまだメンバーを募集しているとかそういうことを混ぜておかなかったんだ。全く」


「ひょっとして、狙ってんのか?天知さんを……。いや、確かに元々、凛ちゃんが候補に挙げていた人だけど……流石に42歳の人にやってもらう企画じゃないだろ。性格的にもやるとは思えないし」


「そうかな?私はそうは思えないが……」


「お前はそればっかだな」


「黒川さん………?えっと、行かないんですか?」


「あ、ああ!!行く行く!今行くから!すいません。天知さんマジでありがとうございました!絵来たらすぐ連絡するんで! じゃあ、これ、コーヒー代置いときます!」


何度も頭を下げる黒川を天知は最後まで例の笑顔で見守っていた。カフェを出る最中、店員の「ありがとうございました~」の声を背中に受けながら、ちらりと振り返ると天知は尚も笑顔でこちらを見ていた。そして黒川の視線に気づくと、こそっと小さく手を振った。



                     

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星畑と合流した黒川と凛だったが、21時までにはずいぶん時間がある。暇つぶしの為、ゲームセンター内のコインゲームで誰が100円分15枚のコインを一番多く増やせるかという、今回の勝負のデモのような大会を開催してみたが、結果30分も経たずに全員が所持コインゼロという棒にも箸にもかからない、暇もつぶせない結果で終わった。やはり自分たちの勝負弱さは伊達じゃないことを再認識した3人は時間になるまで素直にカフェで待つことにした。


「へえ~………確かに言ってたな…………クールで知的な俳優にぞっこんだって…相変わらず狭い世界だ事。というか須田お前………なんか、Uサイドの仕掛け人とかじゃねえだろうな……いくら何でもお前の好きなもんが集いすぎだろうがよ」


「ち、違いますよ!! いえ、私も正直、ここ数日でポンポンあこがれの人と関係築けすぎて………正直、信じられないですけど……………で、でも私は本当にただの……え~っと…大学生ですから!!」


「それに関してはUも驚いてるってよ…………。これで天知さんまでチームに入ったらいよいよ凛ちゃんのアベンジャーズだぜ」


「え!! 天知さんを………スカウトされるんですか!?」


「いやいや。仮の話だよ仮の!」


「え……あ………そうですよね……へへへへ」


(この反応……やっぱ凛ちゃんは入って欲しいのか……でもな~、いくら何でも年が違いすぎるだろ)


「でも、ここまで来たら須田の好きな奴ばっかで組んだ方が面白そうだよな!」


「面白いって………天知さんと喋ってる時凛ちゃんずぅ~っとテンパってたけど……」


「えへへへ……カッコよくって………」


「だから面白いんじゃねえかよ。 それにチームで撮影すんのに、カメラ意識しない体でやるっていうなら、俺ら軍団にもつるんでる理由というか筋みたいなんは必要じゃねえか」


「た、確かに! 全員黒川さんの友達で筋を通すのは難しそうですもんね!!」


「でも、『凛ちゃん好きな奴アベンジャーズ』ってだけで集まってんのもかなり無理あるんじゃねえか?」


「そこはうまく考えるんだろうがよ!Uは何か考えてねえのか?」


「…(受信中)…大まかなシナリオは考えてるけど、どうするかはメンバーが決まってからにするって…」


「とにかく、メンバー集めてからってことだな!もうその天知九でいいじゃん!!早く集めて本題入ろうぜ!!」


「いや、だからシナリオ作りで無理が生じるから天知さんはまずいんだって!!いくら何でも年が離れすぎてるだろ?」


「そうかな?ラヴ・フールさんも40代だけど普通に遊んでるぜ?無理があるってんなら、姫月とお前が友達っていう時点で無理があるだろ」


「芸人と大学生一緒にすんじぇねえよ……姫月に関してはまあ、その通りだけど………」


「でも、シナリオはUさんにお任せすればいいんじゃないですか?あ、でも………個人的には天知さん大歓迎ですけど、ご本人がやりたがるとは私も思えませんけど……」


「年齢云々以前にまずそこだよな」


「天知九って人がどんな人なのかは俺知らねえけど……話聞いてる分には確かにやりそうもねえよな」


「まあ、その、スカウトするだけならいいかとは思うけど……どんな形に終わるにしてもあんま気を使わせたくは無いんだよ。俺らの事気にかけてくれてたし…」


「あの………私たちやUさんの意見とか………天知さんの性格を鑑みるのも……すごく大事なことですけど………黒川さんが……ええっと、どうしたいかも大切にしてくださいね……」


「………俺?」


「はい……もし、私が必要なら精一杯…………アシストしますので…勿論!天知さんじゃなくても」


「まあ、アシストは当然俺もするけどさ……Uと直接コンタクトが一番スムーズにとれんのはお前なんだし、いざという時は頼むぜ?」


「………………………………うん。うん。………分かったよ。ありがとう2人とも……」



珍しく真面目な話をしている間に、空はようやく暗くなり、カフェを出た3人はファミレスに向かう。まだ1時間ほど時間はあるが、空腹なのも相まって、とにかくさっさと事を済ませてしまいたかったのだ。あんな話をした後は無性に何となくアクティブな気持ちにさせられるのである。


すると、向こうからずんずんと歩いてくる姫月にばったり出くわす。もうあきらめてファミレスに向かっているのだろうかと思う黒川だが、負けを認めている割に、徐々に鮮明になる彼女の恐ろしく整った顔は、明らかに明るい。その顔から激しい胸騒ぎを催したのは、黒川だけではなかった。


「あら、雑魚電波三人衆!奇遇じゃない。どうしたの?もしかしてもう、ファミレスに向かおうとしてるわけじゃないわよね?駄目よ勝負はまだ1時間もあるんだから……最後まで雑魚なりに足掻きなさいよ」


3日ぶりの姫月は相変わらずというか、本当に現実の人間かと疑いたくなるレベルで大して親しくもない知人に暴言を重ねてくる。


「あ、えっと、え、エミ様は………………その、ファミレスに向かわれているんじゃないんですか?」


「何よ?もしかしてホントに終わってるの? アハ!!ちょっとぉ~……まさかたった3万円ぽっちの優位で勝った気になってたわけ?ていうか、しょぼい将棋で老人相手にせこせこ稼いだ5万円足らずでゲーム終了なんて、単純に遊び相手としてつまらなさすぎるわよ!アンタらそれでよくテレビなんかやろうとしてるわね!!」


「そういうお前は、何するつもりだったんだよ……あと一時間で」


「換金よ!か・ん・き・ん!! あ、そうだっけ?聞いたわよ!アンタら5万円で買った絵を売りさばこうとして結局仕入れ値と同額で買いたたかれたんでしょ? 目の付け所が雑魚だからそんな大損こくのよ」


「凛ちゃん………そういう風に伝えてたの?」


「あう……………だって、お金の出入れは逐一報告しろって命令でしたし………すいません」


「時代はね………トレーディングカードなのよ!!この前、一緒に飲んでた豚みたいな女が言ってたの思い出したのよ!それで!私の人脈と人望で……知り合いから高いカードを手に入れたの!!」


意気揚々、鼻高々に語りだす姫月。どうも自分が優位に立つと口数が増えるタイプらしい。いや、自分よりも劣っているものを蔑むときだろうか……どちらにしてもこの態度が相変わらず黒川には合わなかった。こんな奴と仕事なんかできるのか?どれだけ凛が彼女を評価してもそう思わずにはいられない。


「ホラ!これよ!! 市場に出せば20万円はするんだけど!!私だからって特別に9万円で買えたの!今からその手の店に持ってくの!!」


ルンルン気分で小踊りを踊る姫月。凛は立場を忘れて、そんな彼女に素直な讃辞を投げかけている。しかし何だかどこかで聞いたことがあるような胡散臭い話に男性陣は怪訝な顔で互いを見合っている。


「何よ。アンタら、悔しくって声も出ない感じ?なんか言ってみなさいよ、ホラ」


「何かって、『おかえり』としか言えねえよ」


「なあ?……………姫月。それって…………ヴァルキリーディストピアドラゴンのプレミアム30thレアだか……何だかじゃない?」


「へ?あんた………知ってるの?」


「凄い!黒川さん!!トレカにまで詳しいんですね!!」


何故か気まずい心境で姫月の切り札を看破する黒川。対する姫月は今日を削がれたとでもいった不満顔を見せる。黒川的には正直その顔の方が安心する。彼女の笑顔は正直、性格を知っていてもときめきそうになってしまうほど美しいのだ。そしてその横では凛が反対に眩しい笑顔を見せる。あっちを誉めこっちを誉め、忙しい女である。


「姫月……。悪いこと言わねーから一回カードを黒川に見せてみろ!こいつその手の店でバイトしてたから…詳しいから………」


「い、いやよ!何、アンタらあからさますぎるでしょ!勝てないからって傷とかつける気でしょ!サイテー!凛!こんな奴らのどこがいいのよ!!」


「星君………いくら何でもカードを傷つけるのは……………」


「凛ちゃん………いくら何でもはこっちのセリフだよ……」


「ひょっ!す、すいません!!そうですよね……お二人がそんなひどい人なわけが……えへへ」


「豚みたいなって俺んとこの常連の転売ヤーだろうが!!そいつがな!!同じ種類のガセカード同じ額でボラレてんだよ!どうせお前もカモにされたんだろ」


「はあ!? まさか!そんなわけないじゃない!」


「いいから……一回見せてよ、そっちが持ったままでいいから」


「い、いやよ!! だって………どっちにしてもアンタらの言葉なんか信じられないわよ!偽物かどうかなんて持っていったら分かる話よ」


「でもここらでっつったら………なあ、俺もそこに持ってってそん時でさえ怪訝な顔されたから…警察呼ばれるかもしれんぜ?」


「警察…………ですか?」


「だ、大丈夫よ……………美人は逮捕されないもの……」


結局、姫月は黒川らに見せることなくホビーショップに持って行った。店の入り口まで付いていった黒川らだが、星畑がいるといよいよ本当に偽物だった時、犯罪を疑われそうなため前で待っていることになった。「見てなさい!!」と捨て台詞を吐いて姫月が店内に入っていく。そして5分後、見るからに不機嫌そうな顔で姫月が帰って来た。


「あ、あの…………エミ様」


「マジで偽物だったのか………まあ、そうだとは思ってたけど」


「ンフフフフ、俺は100%そうだと思ってたぜ」


「うるさい!うるさい!うるさい! まだ分かんないわよ!偽物って気づかずに買い取る間抜けな店があるかもしれないじゃない!」


「それって自分がマヌケだって言ってるようなもんだけどな」


「うっさい!!」


「残念でした~!たった今、21時で~す!!試合終了~!」


「わ、わ~い! これで10億円はUさんに任せるんですよね!!これでもう、変ないざこざは終わりってことですよね!?」


「そうで~す! 黒川く~ん!現在の所持金を発表してくださ~い」


「………15万円です」


「姫月さん!現在の所持金はいくらですか~」


「……………10億円」


「いい加減諦めろボケ!!」


「うるさい!一番稼いだのは私よ!!瞬間最大儲けで勝負でしょ!!」


「黙れ!このアホ!!てめえのクソゲーに付き合ってやったのにこれ以上不満は言わさねえからな!!」


「エミ様!!これから一緒に番組作り頑張りましょうね!!」


「やだ!やめる!!こんなトコやめる!!」


「またまた~……10億円は残念でしたけど………これからいくらでもお金を稼ぐ機会はありますよ!!」


「そうだぜ!俺らとの対戦のおかげで、てめえの借金帳消しにできてんだから、感謝してもらいたいくらいだ」


「そうよ!そもそもアイツら何で私から料金とろうなんて思えるわけ?思い出したらムカムカしてきた!」


「えへへへ……私さえ同伴だったら……全額負担させられていただきましたのに」


「アンタそれ、敬語間違えてない?自分敬ってどうすんのよ」


「? そうですか?日本語って難しくて………」


「自国語すらあやつれない馬鹿と、なんも取り柄のない馬鹿と、え~っとパフェ馬鹿でお金稼ぎなんてできると思ってんのかしら」


「ンフフフフ、パフェ馬鹿って……俺の悪口なんも思いつかなかったのかよ」


「うっさい!事実馬鹿ではあるじゃない!!」


凛や星畑を馬鹿にしているというよりかは、単純に思った通りのことしか口に出していないという姫月の特徴にようやく気が付くことができた黒川。それも相まってかつい先ほど感じた最悪の印象とは打って変わって、素直に姫月に交換に近い感情が湧いた。単純に自分にとっての脅威ではなくなったからかもしれないが、少なくとも目に薄っすらと涙を流したであろう形跡をのこしながらも、気丈に振る舞う彼女を見ていると根拠はないが上手くやっていけそうな気がする。それに冷静に考えてみれば、自分の蒔いた種であるとはいえ120万円もの金を即座に12万ぽっちに減らされて、尚も勝利の為行動するガッツが自分にあるだろうか。と黒川は素直に姫月に感心する。実際問題、星畑が賭け将棋の舞台を整えてくれなかったら?凛が自分を犠牲にして戦ってなかったら?天知が絵を買い取ってくれなかったら?


(俺は………なんて情けないダメなリーダーなんだろう)


今まで、姫月に感じていた恐怖にも似た嫌悪感は、友人の星畑や優しい凛が突かないでくれる痛いところを遠慮なく突いてくる性格から来たものなのかもしれない。だが、その痛いところを誰よりも熟知しているのは自分なのだ。人に傷つけられることを恐れる前にまず、自分が自分の弱さに向き合わなければ……。そう黒川が決意を新たにしている傍ら、姫月がジトッとした目で尚も凛にチームへの不信感を訴えている。


「アンタねぇ!もう少しメンバーに磨きをかけなさいよ!!せめてあと2人は大物じゃないと!!」


「あ、でも、その~……あんまり、名が売れてる人は駄目みたいです……すいません」


「ハア!?何よその条件!! そんなのでホントに上手くいくんでしょうね!!」


「それは大丈夫です!!」


先程までのオドオドとは一変し、胸を張って凛が答える。


「全員!少なくとも今のメンバーは!!私の特別!!アベンジャーズなんですから!!」



































私事ですが、少し前初めてこの小説にポイントとやらが配布されました。このサイトの仕組みを分かっていないのでいまいちどういう原理で入れられているものなのかが分かりませんが、一先ず読んでくれた方がいるという事で間違いないのでしょうか。すごい嬉しい反面、記憶が飛んでいるだけでこれ入れたの自分じゃないのかという疑惑もあったりします。

次回で一先ず第一章は終わりのつもりです。よろしければ是非、次回もよろしくお願いします。

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