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その②「不細工な精液など飲みたかァないコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆5コスト HP3000 死亡時、相手の手札を一枚捨てる。 


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆7コスト HP8000 可能であれば毎ターンアタックする。


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:20歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆2コスト HP1000 自分のほかに味方がいない時、ターンエンド後に死亡する


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

☆9コスト 7000 毎ターンデッキから3体の味方を呼び出し、ターンエンド後に破壊する。


天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆7コスト 12000 攻撃時HP-3000 防御時HP+5000 バトルに勝つたびに手札を一枚引く


岩下陽菜いわした ひな 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生

女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。

☆4コスト HP2000 自分以外の味方が破壊されたとき、墓地ではなくデッキに戻す。


遅くなってすいません。

話の中身が満足いくものにならず悩んでいたらえらく時間がかかってしまいました。満足云々以前に、まとめられている気がしませんね。トホホ。

                        1




 東風小学校の近くにある公園内で、数人の児童が横一列に並んでいる。その列の中からひと際身長の高い少年が前に飛び出し、心なし低めの声で号令をかける。


「うし……じゃ、右から番号と名前……」


「一番!田辺鶴雄!」


「二番!木下透!!」


「三番……加藤毛夢」


「四番、岩下陽菜……」


 列の最後尾にいた陽菜が少し弾んだ調子でぴょんと手を伸ばして、号令に応える。そして、そのままジッと列の向こう側、日陰のベンチに座ってスマホをいじっている女を見る。陽菜だけでなく、その場の子供全員分の視線が向けられたのだが、それでも女は変わらずスマホをいじり続けていた。


「………五番、姫月恵美子」


 仕方がない…と言うリアクションで、陽菜がスマホ女の名前と番号を代弁する。その言葉に、正人が冷や汗をかく。


「……ま、マジで姫月さんも混ざんの?……何で?」


「……私も詳しくは分かんないんだけど……カード転売してる犯人を直々にやっつけたいんだって」


 何だそりゃと正人がうなだれるが、彼以上に面識のない田辺と透が一斉に詰め寄ってくる。


「………まあちゃん、あの人って参観日にいたモデルだよな?……岩下の知り合いの」


「さっき挨拶したら無視されたんだけど、そんな人と行動を共にできる気がしねえよ」


「ごめんね。エミちゃん、子ども苦手だから」


 狼狽する男子に対し、心底申し訳なさそうな陽菜が中に割って入って、謝る。そんな彼女をさささっと避けて、正人ほか男子二名は小さな輪を作る。


(……ていうかそもそも何で岩下がいるんだよ!)


(……知るか!……なんかあのおっかねえ姫月さん引き連れて来たんだよ!)


「ごめんね……ヒナ、邪魔だった?帰った方がいい?」


「邪魔だよ!そもそもお前、ガイコロやってねえだろうが!」(帰らないで……)


「まあちゃんこいつ追っ払ってくれよ!ヤマセンにチクられるぜ!」(今日もいい匂いする…)


 何か含みを持っていそうな顔ではあるが、男子二名がいつものように陽菜を邪険にしようとする。しかし、反対に悪態筆頭の正人は神妙な顔で陽菜の参加を許可した。むしろどこか縋るような雰囲気も感じる。


「……いや。ぶっちゃけ大分邪魔ではあるが……お前が居ないとマジで姫月さんの対応に困るからな。頼むからあの人が帰るまではそこにいてくれ」


「うん分かった。エミちゃんも態度程は怖くないから安心していいよ」


「……………………おう」


 一切の躊躇をせずに小学生の顔面を殴る女のどこに安心する要素があるのかは分からないが、一先ず陽菜も正人らと行動を共にすることが決まる。


「まだ?」


 会議を終了させて顔を上げると、目の前に不満そうな顔の姫月が立っていた。陽菜以外の全員がビクッと体を震わせる。


「もう終わったよ。お待たせ」


「じゃあ、さっさと行くわよ。アンタらの言う転売ヤーってののトコに案内しなさい」


 ミンミンゼミの声がけたたましく響く公園で、案内しなさいとか言っていたくせに何故か先頭を歩く女とちびっ子たちの奇妙なパーティが行動を開始する。そもそもこのパーティが何で、これから何をするのか……事の発端は夏休みが始まる前にまで遡る。




                        2



 先ほど正人の親友である透が口にしていた「ガイコロ」は、ガイア・コロシアムというトレーディングカードゲームのことを指している。ガイコロは黒川が幼少期のころから現在に至るまで全世界に幅広く愛され、大会が開催されるほど人気のコンテンツで、例にもれず東風小でも大流行していた。もちろん正人たちもカードゲームでのバトルに熱狂しているのだが、最近になって少し正規とはズレた楽しみ方が浸透しつつあった。

 転売である。フリマアプリなどが浸透した今、長らく人気コンテンツだったガイコロも多くの人気カードゲーム同様、コレクターや転売屋間でレアカードの価格が高騰しているのだ。正人らが持っていたカード、あるいは購入したパックの中にもお宝が眠っていることがあり、月千円を超えるお小遣いをもらえることなどない彼らでも千どころか万を超える巨万の富を得ることができたのである。


 その結果、バトルの躍動感を演出するため、カードをアスファルト上に叩きつけていたはずの少年たちがわざわざ金を出して保護フィルムやケースを買うまでに遷移したのである。そんな中で、正人のクラスメートで熱心なガイコロ通だった少年、加藤が掬われてしまったのが、夏休み前、二週間のことである。


 相場より安くレアカードを譲ってやるという甘言に見事に騙され、団地内の中学生にパチモンのカードを掴まされたのだ。この被害は加藤のほか、多数の東風生でも見られており、ただいま男子たちのカードゲーム界隈は非常に殺伐としてしまったのである。親の目が怖いのと、引きが悪くレアカードをそこまで持っていないのと、親の目が怖いのとで転売には手を出していなかった正人だが、クラスの顔役として、ここまで治安を荒らされれば黙ってはいられない。

 二週間かけて犯人の中学生の身元を調べた結果、仁丹団地に住んでいるしがない不良であることが分かった。大して層の厚くないグループに属しているうえに、彼の住んでいる棟のボスにはちょっとした面識があり、多少の沙汰も見逃してもらえるだろう。そう踏んだ正人は仲間とともに、諸悪であるパチモン野郎に殴り込みを決起したのである。そして、その当日なのだが、どこからかそのことを聞きつけた陽菜が何故か自分も参加したいと言い出し、断る間もなくやって来てしまったのだ。しかも、何やら大きすぎるこぶをつけている。


 この騒動に姫月が混ざった理由は、彼女が金欠であること、ひょんなことで自分がかつて加藤と同じように騙され金を奪われた過去があるのを思い出し、怒りを再燃させたことの二点である。しかし、正人たちは何も知らされず、びくつきながら彼女の黒い髪たなびく後姿を追っている現状。その時、反対に最後尾を歩いていた加藤が憂鬱そうな顔でブツブツと愚痴のような意見のようなものをこぼし始める。


「……無理だって……絶対アイツ一枚岩じゃないもん。ほかにも仲間いるし……ボコられるって……」


「うるせえなぁ」


 もともとそこまで仲良くないこともあり、当たり強く透が睨む。


「あのなぁ……ヤマセンにも親にも言えないからって俺らに相談したのはお前だろうが。だから貴重な夏休み割いてここまでやってんだろうが」


「………お、俺は……別に…」


「別にいいだろ透。そもそも別に加藤のためにやってるわけじゃねえし。俺らのクラスに手ぇ出さなきゃ別に今後も勝手にやらせりゃいいんだからよバッタモン売るなんて。高圧的にはなるけど、喧嘩しにいくわけじゃねえんだから、あんま加藤も深刻になるなよ」


「そういえば何で先生に言っちゃだめなの?ケンカしないためにも絶対言った方がいいと思うけど」


 事情を把握できていない陽菜が不思議そうな顔をして尋ねる。


「アホ。学校じゃ、転売禁止されてんだぞ。こんなこと公になったら転売はもちろんカードの規制も強まっちまうじゃねえか」


「ふうん……私、別にそれでも困らないし、先生に言おっかな」


「バーカ。お前らが休み時間中にやってるタロットカードもアウトだぞそうなりゃ」


「う……それは困る。じゃあ、何で親にも言えないの?」


「へっ……それは加藤に聞けよ」


「……………………」


 陽菜の質問に正人の代わりに田辺が答える。振られた加藤は気まずそうに俯く。何も答えないので、結局そのまま田辺が訳を話す。


「こいつ。カード買うのに、手持ちがねえから。ばあちゃんの財布から金パクったんだよ。今、それがバレそうだから慌てて金の工面したがってんだよ!」


「フーン……」


「盗んだんじゃない……借りたんだよ。そん時は……すぐにまた、金が入ると思ってたから」


「クズはみんなそう言うんだよ!ボケ!!」


「……なんかなべっちゃん当たり強くね?」


「こいつおばあちゃんっこなんだよ」


「ちょっと!こっから先どこいくの!?」


 突如、姫月がデカい声で話をさえぎる。「あ、はい…えっとこっちを…」と透が慌てて先頭に入り道を示したために、これ以上加藤が糾弾されることはなかったが、陽菜の心からの顰蹙を買ってしまったために、彼の顔色は一層曇ってしまった。



               

                     3




「ここです。この部屋にいる奴です。瀬戸海場っていう奴です」


 ついに仁丹団地の奴の部屋まで来た一行。先頭の姫月が有無も言わさず扉を蹴ろうとしたので慌てて「まずは俺らが話をつけますから」と姫月を隅に追いやる。しかしインターフォンを鳴らしても反応がなかったので、結局は「出てこい!」と声を荒げる結果になってしまった。恐る恐るという顔で、ドアチェーンをかけた状態で、金髪のひょろっとした男が出てくる。複数人のカチコミに怯みはしたものの、相手の等身が低いことに安心したのか、チェーンを外して「んだよ?」と人相悪く出てくる。


「すんませんね。先輩……夏休み中に……トレカの件でお話があんすけど」


「あ?俺はねえよ……さっさと帰りやぶびぇ!!」


「ええ!?」


 眉を殊更にあげまくって威嚇する瀬戸だったが、姫月のニーが凄まじい速度で彼の顔面をとらえ吹っ飛んでいく。


「ちょ!エミちゃん!手を出しちゃだめだよ!!」


「なんっつー…綺麗なニーキック」


「つえー…こえー」


「な、な、な、な……何しやがるこのアマ!?」


 ひるみながらも起き上がって、姫月に詰め寄る瀬戸。しかし対する姫月はマジマジと瀬戸の顔を見て「誰アンタ?」とまさかの返しをし、周囲をずっこけさせる。


「だ、誰ともわからん人の頭を蹴ったのか」


「こいつどう考えてもガキじゃない。私にパチモン売った奴じゃないわ。もっと大人よ」


「ええ……そうなんすか?…ていうか姫月さんも騙されてたんですね」


「騙されてたんじゃなくって、知らなかったの!」


「はあ」


「……や、やっぱ……ほかにもいるんだ……ヤクザとかも嚙んでんだよこれ」


「………チッ……てめえか加藤。極秘ルートだから他言すんなって念押ししたの忘れたか!?」


 慄く加藤に気づいた瀬戸が声を荒げて睨むが、凄みを見せつける暇もなく姫月に髪を引っ張られ、部屋の中に入られてしまう。


「いってぇ!は、離せこら!髪引っ張んなって!」


「……うおお……岩下、姫月さんアイツの部屋入ってくぞ……」


「がさ入れか!?」


「ううん……エミちゃん、多分外暑いから中で話聞きたいんじゃないかな?」


 しかし、小学生ズが慄いている間に姫月が髪を引っ張った状態のままで部屋から出てくる。


「エミちゃんどうしたの?」


「……ん。近くの喫茶店案内しなさい。こいつの部屋、たばこ臭いわ。中坊の分際で吸ってんじゃないわよ」


「か、関係ないだろ!……い、いで!いって!引っ張んなってぇ!!」


「……次、ため口聞いたら指折るから」


「エミちゃん!乱暴はダメだよ!」


 ズルズルと瀬戸を引っ張ったまま団地を出ようとする姫月と陽菜。その背中を追いながら、不安そうな透が正人の肩をゆする。


「まあちゃん!めっちゃ暴力沙汰になってるじゃん!大丈夫かよ!?」


「知らん……もう何も知らん」


「あの人、葉っぱやってるだろ」



                     4



ー喫茶店・ハッピーマーチ(36席・年始お盆除き無休・喫煙可)にて

 

姫月「で?……アンタの仲間?…同業者探してんだけど」


瀬戸「し、知らねえよ」


姫月「ヒナ。シャーペンと豆電球」


瀬戸「ま、マジで知らねえんだよ!俺も大して仲良くもない先輩に譲ってもらっただけで!」


透(まあちゃん…今の道具、何に使うつもりだったんだろうな?)


正人(知らん知らん)


陽菜「えっと……コーヒーゼリーパフェと、バニラアイスのクッキー乗せ、あと、カフェオレあったかいのも冷たいのも両方ください……あ、あとガトーショコラ…ホールでください」


正人「ってお前!なに注文してんの!?」


陽菜「エミちゃんがおごってくれるんだって。いっぱい頼んだからみんなで食べよ?」


田辺(……天使)


透(……二人きりになりたい)


姫月「アンタ払いなさいよ?」


瀬戸「ええ!?」


姫月「………それで…先輩ってのに、カード貰ったんでしょ?じゃあ、そいつが仲間ってことじゃない。そいつ呼び出しなさい。今すぐ!」


瀬戸「むむむ、無理だって!!そいつ、他の地域の奴だし!…」


姫月「…………こいつがどうなってもいいわけ?」


瀬戸「そ、それは!俺のスニーカー!?」


姫月「靴ひもぶっちぎるわよ。ホラ、早く時間もったいないでしょ」


瀬戸「わ、分かった分かったよ!!……こ、後悔すんなよ!そいつ、俺と違ってマジの不良だかんな?ひょっとしたら軍団引き連れてくるかもしれねえぞ!」


姫月「いいわよ。全員血祭りにあげるし」


 姫月が何食わぬ顔で宣戦布告するが、たまったものじゃなさそうな他の小学生たち、特に加藤は青くなってブルブル震えている。


加藤「………こんなはずじゃ…こんなはずじゃ……金さえ返してもらえればいいのに」


田辺「………まあちゃん、なんか話がやばい方に行ってない?」


正人「岩下てめえ……しっかり仕事しろよ……何のためにお前を」


陽菜「ごめん……で、でも……確かに、根本の解決をしないと、被害は無くなんないよ。リーダーの人にやめてもらうよう頼まないと」


加藤「……無理だっての。暴力団とかだったらどうすんだよ」


透「加藤は流石に被害妄想だろうけど。でも、マジでこれで高校生とか来たら太刀打ちできねえだろ」


陽菜「う~ん……じゃあ、助っ人呼ぼうかな」


田辺「助っ人?」


陽菜「うん。天知さん、すっごい強いんだよ?」


正人「アホ!思いっきり保護者じゃねえか!しかもかなり真面目な部類の!俺、お前んち入ったとき、ガチ説教食らったっつーの!」


陽菜「そんなこと言ってる暇じゃないでしょ」


田辺「そ、そうだ!まあちゃん、姉ちゃん呼んでくれよ!あのレディース総長みたいな!」


正人「無理無理、なんか最近忙しそうだもん。それにガキ同士の小競り合いに混ざるタイプじゃないって」


陽菜「しょうがいないなあ……じゃあ、別の人呼んでみるから……」


 ぴょんと席を立って、カフェの中にある公衆電話まで走る陽菜。


正人「誰呼ぶんだ?まさか凛さんじゃねえよな?」


透「………なあ、さらっと流しかけたけど、何?まあちゃん、岩下んち行ったの?」


正人「…………行ったって言うか、押し入ったんだよ」


田辺「尚悪いわ!なんだよ!堅物ぶってるくせに!せめて俺も誘えよ!それでそんなに親密風だったのかよ!!」


正人「ばか!成り行きで許してもらえたけど、あんときのアイツガチギレだったっての!」


姫月「………ねえ」


正人「は、はい!?」


田辺「なんでしょうか!?」


姫月「アンタらヒナのこと好きなの?」


正人「ぶえ!?」


透「す、すきっていうか……その」


姫月「かわいい~…とか、付き合いたい~…とか思うわけ?」


正人「お、俺は別に……かわいいともつきあうとかとも……その」


姫月「………そうよね。ガキだもんね。アイツ」


透「アハハ……」


姫月「アンタらの方がバカっぽいけど、ガキ臭いのはヒナの方ね。こうしてみてると」


 突然、何を思ったのか独りごとのようにブツブツ言って、独りでに頷く姫月。てっきりこのまま質問が続くかと思った一同だが、姫月はそのまま何を聞くでもいうでもなく、ボケっとスマホをいじって運ばれてきたコーヒーに口をつけている。同タイミングで運ばれてきたコーヒーゼリーを勝手にスプーンで掬いながら、正人はその様子をしげしげと見つめる。


正人「………すげえきれえだな」


透「何?まあちゃん、何か言った?」


正人「い、いや!?何も!?……それより、早く食おうぜこれ!こうなりゃやけ食いだ!おら!加藤も!ここまで来たらウジウジしてないで、吹っ切れちまおうぜ!」


加藤「だ、だめだ……砂の味しかしねえ」


姫月「フフフフ……」


 ブルブル震えながら、ガトーショコラを食べるも、半泣きで情けないコメントする加藤。その様子が面白かったのか、姫月がニヤニヤとコーヒーの湯気越しに見つめてきている。思わずドキリと胸を鳴らす一同。


姫月「アンタ、加藤って言ったっけ?……いくらくらいぼったくられたのよ?」


加藤「……………5万くらい」


姫月「フーン……怖いならもう帰ったら?私がその分まで取り立ててあげるわよ」


加藤「え!?マジっすか!!」


陽菜「ダメだよ。そんなこと言って…取り返したお金全部独り占めするだけなんだから」


 いつの間にか席に戻ってきていた陽菜がジロリと姫月を睨み、牽制する。姫月は舌打ちをしながら「何よ知った風に」と毒づく。その後、既に半分以上のスイーツを食べつくしている男子に陽菜が怒る平和な時間が流れるが、その後まもなく、瀬戸が若干焦った口調で電話をしたかと思うと、ぞろぞろと4,5人の不良たちがカフェに入ってくる。


加藤「き、きたきたきたきたきた」


正人「透、田辺……帰っていいぞ」


田辺「いや……遅いって……無理でしょもう」


透「い、岩下……マジ隠れてろ、トイレとか行ってろ」


陽菜「大丈夫。ありがと。優しいんだね」


透(もう死んでもいい…)


姫月「……………チッ……こいつらでも無さそうね。ガキばっかじゃない」


瀬戸「千田さん!こいつらが難癖つけてきて……ぼげえ!?」


陽菜「わ……ひ、ひどい……友達を殴った」


 先頭に立つ千田なる不良が歩み寄ってきた瀬戸のボディを殴る。


千田「何お前風情が呼び出しかけてんだよ!?俺らはダチか!?おお!?」


陽菜「あ、なんだ。友達じゃなかったのか」


正人「おい………それで納得すんなよ」


瀬戸「す、すいません!すいません!!ただ、この女が!千田さんを呼べって!」


姫月「こんなガキって知ってたら呼べなんて言わないわよ」


千田「こんな小坊と女に圧されてんじゃねえよカスが!」


 吐き捨てると同時に、瀬戸の髪を掴んで座席に突き放すように放り込む。千田の取り巻きらしき後ろの不良たちがドッと下品な笑い声をあげる。


姫月「ちょっと!私を無視して身内同士でくっだらない小競り合いしてんじゃないわよ!」


千田「あ?……………!!」


 「文句あっか?」と言わんばかりにメンチを切る千田だったが、その相手がとんでもない美人だったからか、固まってマジマジと見つめ直す。


姫月「アンタら、茶髪で……小太りの男いるでしょ?それ呼んできなさい。肩にシャチの刺青入れてるやつ」


千田「………………………」


姫月「聞いてんの!?」


千田「えあ!?……え、あ……ああ!?……だ、誰って!?」


姫月「だ~か~ら~……刺青入れたデブよ!!二回りくらいアンタより年上の奴よ!上司かなんかでしょ!?」


正人「…………刺青……マジでヤクザじゃねえだろうな」


陽菜「ヤクザってそんなズルいことしてるの?」


千田「………………お前ら知ってるか?」


 千田が素直に姫月の質問を聞く。ものの、連れにまわしてみても当ては不発だった。


千田「知らねえよ。そんな奴。そもそもこのカード作ったのはここにいるムートンで、俺らが大元だし」


ムートン「ソダヨ、オレダヨ。モンクアッカネーチャン」


姫月「…………はあああ!?」


陽菜「大元ってことは諸悪の根源ってことだよね。加藤くん、お金返してもらうように言いなよ」


加藤「いやいやいやいやいや!!……そもそも俺の金取ったの瀬戸だし!!」


姫月「これよ!?このカードよ!?アンタらみたいなガキがどうやって作ったのよ!」


 単なる中古ショップのアルバイトだった黒川でさえ簡単に見破れる代物だったことも忘れて、姫月が自身因縁のカードを振りかざす。


千田「ムートンはそういうのつええんだよ!!」


ムートン「マ、サイノウッテヤツダナ」


千田「………っていうかなんだお前ら…まさか金返せっていちゃもんつけに来たのか!?」


加藤「ち、ちちちちち違います違います!!」


陽菜「そうでしょ?」


正人「いちゃもんってわけじゃないんっすけど……小学生相手にせこい金儲けすんのはいかがなもんかと思いましてね。俺ら基本的に金欠でバカなんでターゲットに据えるのは勘弁してほしいってことです」


透(ぶっこむな~)


田辺 (やっぱすげえなまあちゃん)


千田「ああ?……別に、そもそも俺らはSNSで売りさばいてるだけだし、お前ら相手にはやってねえよ。そこの雑魚(瀬戸)と話し合っとけよ」


 危うく見上げるほど大きな不良集団と一触即発だった正人らだったが、幸い今回の加藤の被害に千田らは直接的には関与していなかったらしく、相手にされずに済んだ。…が、この女は別である。


姫月「ちょっと!!アンタらが作ったんなら、アンタらが金返すのが筋でしょうが!!……ガキどもはどうでもいいけど、私には慰謝料含めて200万耳そろえて返しなさいよ!!」


 美人だからか、あるいはとんでもなく威圧的だからか、この場の誰よりも身長がデカいからか…とんでもない高額請求にもかかわらず、ひるんでしまう千田だが、負けじと言い返す。軍団もこれに併せて口々に声を荒げる。


千田「う、うるせえよ!!察するにお前は俺らのカード買ったアホに騙されて買わされたってことじゃねえか!!」

「そうだ!」

「鵜の真似をする烏にやられてんじゃねえ!」

「オトトイキヤガレ!」

「200万って数字はどこから出てきたんだよ!」

「カードがニセモノってわかったとき泣いてた分際で粋がってんじゃねえ!!」


千田「てめえら騙された騙されたって騒ぐが、俺らは交渉の時点からほんまもんちらつかせてやってんだぜ!?ろくに調べもしねえで価値があると思い込んでる時点で責任はお前らにあるんだよ!!」

「そうだ!」

「プレイする分には問題ねえんだからそのまま遊べばいいじゃねえか!ギャハハ!!」

「ドーセ、オマエモ。カネカセゴウッテヨコシマナキモチガアッテノコトダロ!」

「転売しようって時点で同じ穴の狢なんだよ!」

「見る目腐ってんだからたっかい絵を買うのもやめちまえよ!金がもったいねえ!!」


姫月「…………ちょっと」


 眉間にしわを寄せながらヤンキーたちのヤジを聞いていた姫月だが、突然軍団の中に割り込み、金髪の男を引きずり出す。星畑が混じってヤジを飛ばしていたことに気づいたのである。


姫月「何混ざってんのよこのバカ」


星畑「ンフフフ……バレた?」


姫月「………なんでいるのよ」


 応える代わりに「星ちゃん!」と顔を明るくする陽菜を指さす星畑。姫月は舌打ちをして、星畑を突き放す。


陽菜「来てくれてありがと!急に呼んでごめんね?」


星畑「おお……お前もよく不良に絡まれるやっちゃな」


陽菜「今回はヒナたちが始めたんだよ。カチコミしてるの」


星畑「カチコミってお前。この夏休み大地さんからお前を託されてる俺らのことを少しは考えてくれよ」


正人「助っ人ってあの人かよ」


 げんなりする正人。前のあみん騒動でグダグダだったことを思い出しているのである。


姫月「…………天知に言うんじゃないわよ」


星畑「言わねえよ。余計な心配させたくないし」


千田「……………お前誰だよ」


星畑「こういうものだ」


 名刺のようにカードを渡す星畑。訝し気な顔でカードをチラ見するもポイッと捨てられ、そのまま何事もなかったかのように姫月と口論に戻った。


星畑「ああ…………」(カードを拾いに行く)


陽菜「何渡したの?」


星畑「ワイトキング」


正人(今回も役に立たないだろうなこの人)


 そのまましばらく言い争っていたが、結局店員につまみ出され、団地裏の公園に集合となった。そこで言い争いの第二幕が始まったが、何とも暖簾に腕押し、イタチごっこな無駄な時間が続く。基本的に姫月が払え、千田たちが知らんと言い争い、その隅でちびっ子たちが小学生狙うのやめろ、瀬戸が嫌だと言い争い、陽菜がじゃがりこは明太派、星畑がサラダ派で、言い争っていた。口論はどれも平行線である。


千田「………このままじゃ埒が明かねえな。なあ、おい……反対によぉ。俺らでいがみ合うんじゃ無くて協力しない?」


姫月「はあ?」


千田「お前にカード売ったっていうデブ、俺らで見つけてお前に突き出すからよぉ。あとは好きにすればいいじゃねえか」


姫月「……それはそれでやってもらうわよ。私は今!金が欲しいの!それを一日かけずでやるってんならともかく」


千田「できるから言ってんだよ。SNSのDMに住所とか残ってるし」


姫月「マジ?」


千田「ああ」


姫月「………もっと早く言いなさいよ」


千田「今までの客の中からそのデブ見つける作業が面倒なんだよ。お前のためにそこまでやってやるメリットもねえし」


姫月「………こんな美人の役に立てるのよ?それだけでメリットじゃない」


千田「はっ!抱かせてくれるわけでもないのにか!?」


ムートン「ヘヘヘヘ、エロイコシシテンノニヨ。モッタイネエ」


姫月「……………殺すわよ?」


千田「おお~…っとぉ……冗談冗談。今回は余計なギャラリーも多いしさ。調べた後はアイツら抜きでまた会おうよ。アンタもいない方が都合いいでしょ?」


 芝居ぶったセリフ回しで星畑や瀬戸らを見る千田。


瀬戸「騙される方が悪いんだよバーカ!お前らそもそも教師に転売止められてるようなお子様のくせして金遣い荒いことするからそうなんだよ!俺に騙されなくても、そのうち別の悪人に騙される運命なの!」


正人「………まあ、それは俺もちょっとそう思うけど」


透「おいおい!まあちゃんが折れたらおしまいじゃん!」


正人「だって、俺、正直お前らの転売ついていけなくて嫌気さしてたし。これからはフツーにバトルしようぜ?前みたいに」


田辺「それは調子いいってまあちゃん!カードショップにだけついてくるだけついてきて。ちゃっかり大儲けした奴からのおこぼれ一緒になって貰ってたくせに!」


正人「はあ!?……い、いや、それは……お前らがおごってくれるって言うから…ダチ全員カードショップ行くんだから俺もついていくしかねえじゃん!暇だし!」


透「…………岩下ん家いったらいいんじゃね?」


正人「お前殺すぞ!?」


加藤「…………話戻せよ……ていうか、俺の金は?」


正人・透「知るか!!」


陽菜「……星ちゃんって、お笑いがない日はどうしてるの?」


星畑「ハハハ!!俺にお笑いがない日なんて存在しないんだぜ!!」


陽菜「そうなんだ……すごいね」


星畑「突っ込めよ……この手のボケ、不発が一番ハズイから」


陽菜「え?今ボケてたの?」


 と言う感じの面々の会話を完璧に聞こえこそしないが、傍で聞き、姫月が千田の提案に乗る。


姫月「………そうね。ガキとアホはいない方がマシだわ」


千田「よし!それじゃ、そのデブの情報調べてやるから行こうぜ!……まずはここからふけるとするか」





                      5



「星ちゃん大変です。気がつけばエミちゃんが居なくなってます。不良の人たちと一緒に」


「…………おお」


「あと、何故か正人君たちが仲悪くなってます」


「…………おお」


 話に夢中で周囲が見えていなかった星畑と陽菜だが、気がつけば事態は悪い意味で収拾に向かっていた。姫月は千田もろとも消え、正人らは険悪な雰囲気になっている。加藤は落ち込んでいて、瀬戸は千田たちが消えたことに気づいて悪態を吐いて帰ろうとしている。


「悪い陽菜。俺、いまだに状況が上手く掴めてないんだけど、とりあえず今どうしたらいい?」


「うーん……とりあえずあの瀬戸って人、帰らせないでほしい」


「あの中坊か?……よ~し」


 突然、星畑がすぅ~っと息を吸い込み、明後日の方角を指さしデカい声で叫ぶ。


「あああああ!!根本はるみだぁ~~~!!」


 瀬戸はそのまま帰っていった。


「…………すまん陽菜」


「う、うん……大丈夫」


「ああいう面白味のねえ奴は専門外だからダメだけどよ。アイツらは任しとけよ」


「え?……正人君たちのこと?」


 星畑がズンズンと進み、しかめっ面の正人らの肩に手を回す。


「おわっ!な、何すか?…星畑さん」


「時間あるか?……ちょっと俺と遊ぼうぜ?よく分からんけど、もう不良全員帰ったみたいだしさ。お前ら夏休みなのに、しょうもないことで時間浸かってたら損だぜ?」


「…………え…お、お前ら、どうする?」


 正人が戸惑いながら透と田辺に目を向ける。二人も気まずそうにぎこちなく頷く。


「よっしゃ…………お前も来るか?」


 少し離れたところで放心している加藤にも声をかけるが、こちらはそんな場合じゃないといった顔で俯くだけだった。


「星ちゃん、加藤君はおばあちゃんに返さないといけないお金が手に入らなくって落ち込んでるから、それどころじゃないんだよ」


「ありゃまあ……いくら?」


「…………ご、ごまんえん」


 それを聞いた星畑が「しゃあねえなあ」と言って、ポケットから「星畑」と書かれた茶封筒を取り出す。黒川を経由してUから渡されたてほやほやのお給料、現ナマである。そこから5万円を抜き取り、「ほれ」と加藤に手渡す。


「立て替えてやるよ」


 目の前に広がる光景を呑み込めず目を丸くする加藤の代わりに、陽菜や正人らが口々に叫ぶ。


「ええ!?……だ、ダメだよ!星ちゃんのお金なのに!星ちゃん関係ないのに!」


「金返すってより、盗んだのバレたくないだけですよ!?こいつの自業自得なのに!」


「分かってるって!そんな何べんも言ってやるなよ。被害者でもこいつの友達でもないんだろ?お前ら」


「そ、そうですけど……」


「だから星ちゃんも、友達でもなんでもないじゃん」


「そこはほら、下町に現れる気さくで面倒見のいいあんちゃん的な……」


「……それ自分で言っちゃおしまいですよ」


「え……あの、これ……」


 加藤が恐る恐る札に手を伸ばし、そこに押し当てるように星畑が「ホラ」と手渡す。と同時に、かがんで加藤の手を強く握りしめる。


「うお!?」


「………いいか加藤とかいう奴……これ受け取ったからには正直にばあちゃんに…全部話せよ?別に確認するわけでも、後で返せとかいうわけでもねえけど…そこは…人間としてしっかりやれよ?」


「え……し、しっかり?」


「そうだ……こっそり返して、なし崩し的に終わったら…お前の悪行だけが残るぞ。そしたら色々面倒だぜ。ばあちゃんの手料理食うたびに、お前の悪事の味も一緒に嚙み砕くことになるぜ?」


「………………………」


「な?………ちゃんと話しとけ……ほれ行け!」


 背中をバシッと叩いて、加藤を送り出す。加藤は何も言わず、そのまま逃げるように団地まで走っていった。見えなくなるまで、加藤が振り返ることはなかったが、星畑は大声で「振り返るんじゃねえ!いいから行け!」と繰り返し叫んでいた。


「あの………良かったんすか?」


「……アイツ、絶対喋らねえよ」


 加藤が見えなくなったタイミングで、正人と田辺が交互に口を開く。


「いいんだよ。芸人やってたら金の貸し借りやチョンボなんてしょっちゅうだ。俺自身、誰かに金を貸したっきり戻ってこなかったこともある」


「………星ちゃん」


「まあ……その人はお前らの3倍歳食ってるし、額もゼロ二つ少ないんだけどな」


「………………………」


「星ちゃん、かっこよかったよ。ほんとにすごいあんちゃんみたいだった」


「………ありがとよ」


 優しく声をかける陽菜に対し、少しニヒルに微笑む星畑。そのクールな様子に陽菜ならずともカッコよさを感じる。


「………しっかし」


「「「「?」」」」


「五万円て………せいぜい3千円くらいだろと思ってたのによぉ」


 星畑が深いため息を吐きながら、がっくりうなだれる。ガクッとずっこける陽菜たちだったが、誰とも知らず吹き出し、周囲は明るい雰囲気に包まれる。正人らにあった険悪な空気は無事、晴れたようである。




                      6




「でも、遊ぶって何するんですか?」


 自販機で星畑に買ってもらったコーラを飲みながら、正人が代表して尋ねる。


「そうだな。何でもいいけど……今のお前らにタイムリーな遊びを教えてやるよ。ちょっと待ってろよ」


 そういったかと思うと、突然、スマホで電話をかける。相手は黒川のようである。


「おう……俺俺、南斗水鳥拳の星畑。今暇?……何してんの?…バンドの練習?何、もう結成してたの?…まあいいや。もう終わった?今帰りか。じゃあ、須田もいるだろ。二人で東河原まで来いよ。おう、守屋ビルで待ち合わせな」


「よし、東河原まで行こうぜ」


「え!?繁華街まで行くんすか?ゲーセンでもするんですか?」


「それでもいいけど。お前らは金稼ぎたいけど上手く行かなくて辛酸ジュポジュポしてるって聞いたから、もっと別な方法教えてやろうと思って」


「べ、別?」


「な、何させるつもりなんだ?………闇バイトか?」


「ねえねえ…さっき誰呼んだの?お兄ちゃん?」


「んー?……矢田亜希子と大竹しのぶだよ」


「フフフ……冗談ばっかり」


 20分後、約束していた場所で凛、黒川と星畑、子どもたちが会合する。思いもよらない人の多さに目を丸くする黒川と凛。


(おいおい……なんだよこのキッズたちは)


(……いや、なんかこの集まりに突然呼ばれてさ。何すればいいのか分からんし、不良と喧嘩したくないしで、はぐらかそうとしてたら気がつけばお前ら呼んでた)


(……陽菜ちゃんにあらぬ期待をかけられてテンパったのは心中察するけど、気をつけろよ?俺はともかく、凛ちゃんにとってはあの子らだって立派な不良なんだから!見ろよ、俺の後ろで縮こまってファイティングポーズ取ってるぜ)


(あれファイティングポーズか。ヒカキンの真似してんのかと思った)


「あ、凛ちゃんも来てたんだ!」


「ヒナちゃん!!」


 児童の群れの中から、ぴょこんと大好きな天使が飛び出し、ほっと一安心する凛。


「ギター持ってる。練習してたの?」


「えへへ……一応……あの……あそこの正人君の横にいる男子さんたちって……」


「うーん……ちょっと乱暴だけど、悪い人たちではないよ?少なくともヤンキーじゃないから安心して」


 一方、正人の友人二名も突然姿を現した何やら奇抜な格好のレディに若干ビビる。黒川は持ち前の低オーラであっという間に甘く見られた。ちなみに厳密には参観日の日に一度会っているのだが、影が薄かったのが災いして、全く印象に残っていないようである。


「…………うお、大人が増えたぜ。マジで何するんだよ」


「何するかは知らねえけど。あの凛さんはいい人だし、大人しいから安心しろよ………ていうか、逆に気をつけろよ?変に威圧してビビらせたりすんじゃねえぞ?」


 正人が滅茶苦茶凛に気を使っている横で、星畑が声高に号令をかけ、向かいのビルを指さす。


「ぃよし!……揃ったことだし!早速始めようぜ!まずは向かいの古本パラダイスだ!」


「え?え?……始めるって何を?」


 目の前には中古商品を中心に展開している大型店舗がそびえている。イマイチ何をするか掴めていないメンバーだったが、旧知の中である黒川だけがその行先に何かを察する。


「………お前、もしかして…宝探しするつもりか?」


「ピンポーン」


「宝探し?」


「それで俺を読んだのかよ。いい大人がやることじゃねえぜ?」


「ンフフ……いいんだよ。メインは小学生(こいつら)なんだから」


「あの……宝探しって何するんですか?」


 いまだに事態が把握できていない一同に、星畑の代わりに黒川が遊びの概要を話す。


「転売だよ」


「え!?」


「結局同じじゃないっすか!?」


「………といっても、多分、トレカを売るんじゃないんじゃない?俺と星畑が高校の時、友達とよくやってたのは……」


 言いながら、店内へと入っていく黒川。子どもたち+凛も付いていく。


「やったのは~………ああ…これとかいいかもな。ホレこれ。こういう漫画とかを安く買って、アプリで高く売ってたんだよ」


「えー………それ…儲かるんですか?」


「そりゃ、生計立ててるやつもいるようなトレカと一緒にしちゃあれだけど…でも結構バカにできないし、何より競合が少ないから白い目で見られることも、トラブルになることもない」


「何より…遊びだからな。あくまで。結構楽しいぜ?価値がある一品を見極めるのって」


 星畑が補足をしながら、黒川の手にした漫画をのぞき込む。


「んで、こいつは昔からこういうの詳しいんだよ。…それ高いのか?」


「まあまあ……100円で買えて千円で売れるし、このくらいのサイズなら送料引いても500円以上は儲かるだろ」


「え!?マジすか!?」


「おう、フリマアプリで調べてみろよ」


「うっわぁ~……マジだ。何でこんな高いんですかこれ?」


「マイナー出版社から出てる本でそもそもの発行部数が少ないのと……作者が一部でカルト人気あって」


「へ、へー?……」


「でも…じゃあ何でこんなにここのお店では安いの?」


「大手で、レア本に力入れてるタイプの方針じゃないから。あとはシステムだな。もとはもう少ししたんだろうけど、たまたま長いこと売れなくて値下げされたんだろ。この店は特に、値下げのペースも額の下がり方も激しいんだよ」


「…………でも、それって黒川さんだから分かることであって……俺らじゃ…」


「最初はみんな分からんくて当然だろうがよ。高そうっての見つけたら、フリマアプリで検索してみて高かったら黒川に聞いてみろ」


「………こんなにある中からっすか?」


「結構絞り込めるよ?……まず、巻数が少ないの…一巻がベストだけど、3巻くらいなら送料抑えられるはず……あと聞いたことない出版社の漫画……まあ、イラストや雰囲気で分かってくるよ。そのうち」


「………はあ」


 明らかに気乗りしていない正人たちだったが、いつの間にか勝手に物色を開始していた陽菜が一冊の漫画を持ってやってくる。


「ねえねえ、お兄ちゃんが持ってるホラー漫画の人の絵だよ?これ高い?」


「う~ん……これは元の値が高いから、あんまりだな」


「お前話聞いてなかったのかよ。値下げされてるやつから探せって!」


「こういうの?」


 正人に煽られて、陽菜がそのまま100円の棚の中にある本を抜き出す。アニメ化して大ヒットしている作品である。


「アホ陽菜!それめっちゃ有名じゃんか!俺、アニメ見てるっつーの!」


 尚も煽られ、ムスッと、本を戻そうとする陽菜だが、黒川が待ったをかける。


「うん?……それ、巻いてある帯……初版の奴じゃない?」


「おび?」


「あ!やっぱり!!すげえ!……これ初版だよ!……他の巻数も全部そうじゃん!これの帯付きは……お!セットで8500円!一冊100円だから~……」


「ここにあるのが11巻分だから7400円の儲け?……すごいすごい!」


「いや……厳密には送料とかで引かれるけど…でもやったな陽菜ちゃん!すげえじゃん!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる陽菜をあんぐりと口を開けて見つめる正人たち。これが起爆剤になり、正人らも夢中になって漫画を漁る作業に没頭した。


「兄さん!これ、高いですよ!!」


「あーダメダメ。もう誰もこの値段で買ってないだろ?暴落しちゃってる。でも、いい着眼点だな。その出版社の奴、狙ったらヒットするかもよ?」


「兄さん、これどうすか?」


「あ~…これ高いのは、新書で出てるオリジナルだけだな」


「兄さん、これ高いですかね?」


「うん。ハンストの沢渡先生がこれに影響受けたって公言したから価格が高騰してるんだよ。いくら?二冊で380円?買いだな。10倍で売れるぜ」


「うおお…よっしゃ!」


「黒川さん!見てください!私の敬愛するパンクロックバンド深層下劣のCDがワゴンでたたき売られてます!……フリマアプリにはありませんが8万は固いですよ!!」


「……そ、そうなんだ」


「………俺は黒川と違って詳しかねえけど…ああやって主観を交えるとヘマしがちだから気をつけろよ」


「…………はい」





                        7




 18時を回った。あれからも何軒か中古ショップを梯子して、正人たちは次々にお宝と思しきモノを入手していく。中には既に出品して売却されたものもあり、ほくほくとすっかり上機嫌そうである。


「いやぁ……俺センスいいのかな?合計で5000円も儲かっちゃったぜ」


「ばっか!透、お前まだ売れてねえ奴だらけじゃねえか!俺なんてもう確実に2300円も手に入ってるし!」


「お前ずりぃよ!黒川さんが見つけたやつ譲ってもらってたじゃねえか!」


「………正人くんたち、嬉しそう」


「まあ、久しぶりにやったからか知らんけど、めっちゃ豊作だったしな。陽菜ちゃんは売らないの?」


「うん。ケータイもってないし……どうしても必要な時はお母さんに頼めばお金くれるから」


「そうだな。俺も、陽菜ちゃんはやんない方が嬉しいかも」


「? どうして?」


「そりゃ……いくら競売相手が居なくて迷惑行為もしないって言ったってやってることは転売屋だからねぇ。あんまり褒められる行為じゃないし」


「え………そうなの?……じゃ、なんでこんなことしたの?楽しかったけど」


「星畑に聞いてくれとしか……まあ、でも……聞いた話、あの子らカード転売の流行に乗り切れてねえで色々トラブってたんだろ?やめさせるために…なんていうかまあ、似たようなもうちっと安全な代替案を出したんじゃない?禁煙補助剤的な…」


「フーン………よく分かんないけど……正人君のために、色々考えてくれたんだね。星ちゃん」


「いや……でもあいつのことだし、ただ暇つぶししたかっただけかもだけど」


 その星畑は「やったぜ!俺のドラゴンボール全巻セット300円が売れた!」とガッツポーズを取り、大損こいてるじゃないですか!と正人に突っ込まれていた。




 

                         8



 一方、そのころ、姫月はタトゥーの入ったデブを不良たちに特定してもらい、何故か彼の家ではなく、どこか知らない倉庫の中に唐突に凸することになり、意気揚々と駆け込み…


「それで?……この美女がどうしたわけ?」


「ハハハハ!!……赤龍さん!美女て!!」


「覚えてるに決まってるじゃねえか!…この見た目だぞ!」


「ハハハ……っすよねえ」


 タトゥーの入ったデブがゴロンと横たわっている姫月の顔をぺちぺちとはたく。千田は若干緊張の面持ちで仲間たちと姫月の顔を凝視する。


 意気揚々と駆け込み、彼女は男衆の前でくうくう寝息を立てていた。


 話は突撃直前まで遡る。「ここに仲間がそのデブを連れてくる算段だから待っててくれ」と倉庫に案内された姫月だったが、そこでただ待つのもなんだからと、千田がウェルカムドリンクなるものを持ってきたのである。

 当然、警戒してクンクンと飲み物の匂いをかいだ姫月が訝しい顔をする。


「なにこれ?酒?」


「そう酒。カクテル……こいつ上手いんだぜ?」


 連れの一人を親指で刺し、千田が姫月へ注いだものと同じ容器から自分のコップに酒を酌み、飲み干す。よく冷えていて色も鮮やかなカクテルとやらをマジマジと見つめるも、姫月は「いらない」と突き返す。


「ああ?何で?毒なんて入ってないぜ?」


「それでもよ。酒嫌いなの」


「ジュースみたいなもんだって。喉乾いてるんだろ?……それとも、そんな量でも酔っちまうとか?可愛いとこあんじゃん」


 ケハハと笑う千田に合わせて、他の取り巻きもハハハハと笑う。煽られた姫月はムキになってカクテルをぐいっと煽ってしまう。


 そして先ほどの無抵抗ゴロゴロモードになってしまったのだ。カクテルが女殺しであることもそうだが、なんてことない。彼女はそんな量でも酔っちまう可愛いとこあんじゃんな女だったのである。彼女が無力になってすぐに、千田の宣言通り、姫月お目当てのデブタトゥーが倉庫に入ってくるが、様子がおかしい。ポケットに手を突っ込んで肩をいからせてオラオラスタイルで入ってきて、反対に千田たちはピシッと姿勢を整え、「お疲れ様です!」とお辞儀をしているのである。


 これもまあ、なんてことない話。姫月にパチモンを売った男は千田たちのカモどころか、彼らのリーダーだったのである。姫月がボスを探していることを知った瞬間に、千田たちはこっそり連絡を取って一芝居売って誘導するよう命じられていたのだ。そして、姫月はまんまとそれにハメられたのである。


「でも…わざわざこんな頭のおかしい女をわざわざ招かせるなんて……やっぱそういうことですか?」


 千田がいやらしいジェスチャーとともに下品な笑いを浮かべる。


「まあな……だが、酒が弱すぎるってのは僥倖だったな。こりゃ思ったより楽に楽しめそうだ」


 かなり危ない状況にもかかわらず、呑気にぼ~っと寝ころんだまま天井を眺めている姫月。


「フッ……子猫だなまるで……あの勝気な女が」


 嘲りながら早速、姫月の体に手を出そうとするデブ。しかし、「猫?」と突然姫月が呟き、ビクッと手を引っ込める。…が、姫月は声を出しただけでまた丸くなり、拳をフニャフニャ顔の前で上げ下げして猫の真似をあどけなくこなしている。


「ね~こ~……ねこ~……にゃ~、にゃ~」


「………………………………」


「…………………………………」


 呆気にとられた顔で何故か見つめ合うデブと千田。どちらかともなく、正気を取り戻したがごとく乾いた笑い声をあげる。


「ハ、ハハハ……こ、こいつ…よっぱらってますよ」


「お、おお……そうだな!酔っぱらってるな」


「にゃにゃにゃ~……ねこ~……ねこ~……」


 分かりきっていることをデカい声で復唱し合う二人。そのほかのチンピラ共も固唾をのんで猫の真似を続けている姫月を見守っている。


「フフフフフフ……猫、ねこのまね~……」


「………………………………」


「………………………………あの、赤龍さん……ヤらないんですか?」


「お、おお!……やるやる」


 千田に促され、慌てて姫月に手を出そうとする赤龍などと呼ばれるデブ。しかし、その手は先ほどとは比べ物にならないほど優しさがにじんでいる。まるで赤ん坊のおしめを替えるような繊細な手つきである。


「ねえねえデブ」


「え?」


「お腹見せて、こうびろ~んって」


「ええ……」


 赤龍に謎の要望を出す姫月。赤龍はこれやるべきだと思う?的な視線を千田たちに向ける。これになぜかムートンが神妙な顔で頷いたので、赤龍は言われた通り腹を見せる。ダルダルの腹肉、汚いギャランドゥ。ゴマの溜まったドス黒いへそ。二目と見たくない汚腹であったが、姫月は構うことなく勢いよくへそに指を突っ込み、ぐりぐりと刺激する。


「んのおおおおおおおおおおおおおお!!」


 目に火花が走ったような衝撃を受け、赤龍が悲鳴とともに、勢いよく後退する。それを見て、姫月はケラケラと愉快そうに笑う。


「せ、赤龍さん!!」


「て、てめえ!?……何しやがる!?」


 本当に何をやったんだろうと疑問を浮かべながらも、とりあえずトップに嘗めた真似をされたので姫月に突っかかりに行く。が、先陣を切ったモブ不良は反対に姫月に勢いよく圧し掛かられ、身動きが取れなくなる。そして、もがいているところに、ニヤニヤと笑みを浮かべる姫月の顔が近づいてきて、首を押さえて熱い口づけを交わしてしまう。

 数秒の口づけの後、「フフフ」と妙にドヤ顔の姫月からゆっくりと顔を離す。そのほかのメンバーが唖然としてその光景を眺める中、口づけを受けた不良はというと、目を潤ませて「え?え?」と辺りをキョロキョロしていた。そんな中で罪な女、姫月が次なる相手に目をつけ、こっち来いこっち来いと言わんばかりに手招きする。


「え?……お、俺!?」


 今の流れからキスのお誘いだと思ったのだろう。呼ばれた不良はホイホイ傍によるが、待っていたのはキスではなく、長時間かけてセットしたであろうヘアーに対する残忍なハラスメントだった。ぐしゃぐしゃにされたかと思った刹那、5/1ほどを毟り取られてしまう。その痛みに悶絶しているところへ再びの高笑い。この女は酒に弱いと言ってもかなり特殊な酔い方をするのだと察し始める千田始めの面々だが、なぜか歯向かえず、彼女が目線を合わせてきたら赤面して背けるのみになる。しかしそれでも捕まってしまい、あるものは真っ赤を通り越して真っ青になるほど乳首をつねられ、あるものはどこからともなく引っ張ってきたカクテルの原液をドバドバと顔中の穴という穴に注ぎ込まれていた。


「フあはっはハハハハ!!ちっさ!!うふふふ!…外人のくせに!あはははは!」


「イヤソノ、コレハマダオレノホンキジャネエッツウカ」


「うふふふ……ねえねえこれ切っちゃっていい?」


「イイワケナクネエ!?」


「せ、千田……何がどうなってる!?」


 ムートンが毒牙にかけられている最中、正気を取り戻した赤龍が千田に小声で尋ねる。千田は頼りない顔で「さあ?」と首をひねる。


「あ、デブ!デブ!こっち!こっちぃ!!」


 赤龍が目覚めたことに気づいた姫月が無邪気な顔で上腕をフルに使ってブンブン手招きする。


「……呼ばれてますよ」


「バ、バカ野郎が!むざむざ行っておもちゃになれってか?……い、いや!そもそも単なる女一人じゃねえか!何を押されることがあるんだよ!あのふざけた口…黙らせてやる!!」


 誰でもない自分自身に言い聞かせるように、長々とお気持ち表明したかと思えば、勢いよく姫月に突撃する赤龍。手持無沙汰の千田もとりあえずついていく。黙らせるとはいったい何をしたいのかが分からないが、姫月にピンチが訪れる。しかし、当の本人は相変わらず何が楽しいのかケラケラ愉快そうに笑っている。先ほどまでイチモツを握られていたムートンは何をされたのか、彼女の下で伸びている。


「あ、来た来た……デブ!……そこに寝ころんで…」


 また何かろくでもないことを企んでいるらしく、姫月が向かってくる赤龍に命令しようとするが、当然、それを無視して彼女の真ん前まで突っ込んでくる。ソファでゴロゴロくつろいでいる彼女を見下ろす形で間近まで迫るが、そこでピタッと止まってしまい。何をすればいいか分からなくなる。「何でそんな近くまで来てんのよ?」とでも言いたげな不思議そうな目の姫月に上目遣いを食らい、顔をそらすと、今度は先ほどまで彼女にもてあそばれていた面々がジッとこちらに注目している。自身を追ってきていた千田も気がつけば、2メートルほど背後で固まって、モブと同じような視線を向けている。信じがたいことにこの場の主であるはずの自分がアウェーになっていることに、赤龍は気が付いた。というより、薄々察してはいたが現在進行形で、彼はその事実を拭おうとしているのだ。


「………何?フフフ……頭の龍、金魚みたい」


 赤龍の仇名の由来であるスキンヘッドにつけた龍のタトゥー。自慢の一品だったが、角度によっては浴衣の模様なんかで描かれるような金魚のように見えてしまう。クスクスと笑う姫月につられて、モブも笑う。


「わ、笑ってんじゃねえよ!!……てめえ、調子に乗りやがって!」


 死んだ勢いを奮い立たせるように、凄んでみたが、自分でも分かるほどに、驚くほど凄みがない。その証拠に姫月はおろか、普段びくびくしている他の不良たちも、笑顔こそやめたが、慄いている様子がない。

 とっくに手を出してもおかしない状況なのに、手を出せない。胸蔵を掴んでやりたいが、なぜか手が出ない。姫月が強いわけでも、赤龍が虚勢だけなわけでもない。ただ、空気がそういうことをする空気ではなくなってしまったのだ。


「で?何?……何?何?何~?」


 何とカニをかけているのか、ダブルピースをしながらへらへら笑う姫月。


「いや……何じゃねえよ!てめえ、ふざけた真似ばっかしやがって!!」


「うん」


「いや……うんじゃなくて…ふざけたことばっかしてると」


「うん」


「えっと……してると……だな…その」


「うん……フフフフ」


 赤龍が何かを言うたびにこくんこくんと大げさなほど相槌を打つ…端的に言えば舐めた態度をとる姫月。そして、耐え切れず吹き出してしまう。その破顔につられて、危うく赤龍も笑ってしまうところだった。しかし、そこをこらえたとて、赤龍の勢いは完璧に死んでしまった。彼は、勇んで向かっていったことを後悔するほどに、いたたまれない気持ちになっていた。呼ばれてもいない劇に、シナリオも無いまま勇んで飛び込んだような…それほどのアウェイさが彼を襲っている。


 顔を赤くして、黙っている赤龍。不思議な沈黙の時間が続いたが、それを静かに壊したのが姫月だった。白くて長い腕を伸ばして、寝ころんだまま、指を赤龍の二重顎に沿わせる。ぞわりとした感触にピーンと背筋を張る赤龍。そのまま、ゆっくりと姫月が顔を近づけてくる。その場にいる誰もが「またキスか!?」と身構える。が、姫月は口をすんでのところで止めて、イタズラっぽく囁く。


「こゆことしたいんでしょ?……違う?」


 赤龍は真っ白になった。以降、この男の中にあった見栄とでもいうべき、姫月への反感は消え去った。繰り返し言うが、姫月が何かしらのゾーンを作り出す能力を持っているとか、この不良たちが女慣れしてない見掛け倒しだとかそういう問題では断じてない。答えは単純。姫月にもてあそばれた時から、彼女が猫の真似をした時から、あるいは彼女を一目見た瞬間から、彼らはすっかり彼女に魅了されていた、恋に落ちていたのである。





                      9



「うん?…………んん……頭いた……何?」


 数時間後、すっかり暗くなった倉庫の中で目覚める姫月。すっかり素面に戻っているが、同時に記憶もごっそり抜け落ちているようで、自分がなぜここにいるのかすらぼんやりとしか思い出せず、しばらく眉間を押さえながら辺りを見回す。


 彼女が寝ていたソファは綺麗なものだったが、その他は目も当てれないほど荒れていた。ゲロや酒とともに不良共が死屍累々を作り出し、中には縛られているものや、頭を丸めているものさえもいる。その誰もが昏睡と言ってもいいぐらい深い眠りに落ちている。


「うん?……こいつ…」


 姫月はその中の、おそらくソファからずり落ちたであろうデブに目を止める。赤龍である。全裸で横たわるその男の顔をどこかで見た気がするが、思い出せないのである。


「ん~……でも、私が憶えてるってことは…ムカついた奴ってことよね……踏んどきましょ」


 シューズの固い部分で鼻先を踏まれる赤龍。無反応なのが、一番恐ろしい。

 

 次に姫月は、自身を囲むように一万円札が散らばっているのを見つけた。よく見ると自分の服の中やポケットにまでぎっしり詰め込まれている。全てまとめればざっと50万近くはありそうである。姫月は痛む頭とお金を抱えながら、さっさと倉庫を跡にした。




                    10



 騒動から二日が経ったある日の昼下がり、黒川と星畑が一階でゲームをしていると、姫月と陽菜が帰ってきた。二人でランチに出かけていたようである。黒川がさっさと二階に上がろうとする姫月に、首を伸ばして声をかける。


「あ、姫月。分かってはいたけど…やっぱあの動画落ちたよ。化粧品の奴」


「あ?……どうでもいいわよ。そんなの。大体、この私をテストするなんて生意気もいいとこだわ」


「どでもいいって……お前、金はいいのかよ。ランチなんて行っちゃってからに」


「フッ!」


 黒川の心配をよそに、姫月は勝ち誇ったように勢いよく鼻で笑い、そのまま二階に上がった。


「……もう金に困ってなさそうだな……もしかして、マジで不良たちから金巻き上げられたのか?」


 黒川が訝しむ横で、陽菜がこそっと星畑に言伝する。


「ねえねえ星ちゃん。今、街で加藤くんを見かけたんだけど……」


「かとう?……ああ、あのカードの」


「おばあちゃんっぽい人と一緒に買い物してたよ。チラッと見ただけだけど…目が赤かった気がする」


「ほーん」


「ちゃんと謝ったんじゃないかな?スッキリしてそうだったよ?」


「そりゃ良かった……こっちもなけなしの身銭切っただけのことはあるぜ」


「フフフ……」


 幸せそうに笑う陽菜をぼんやり見つめる話に混じれない黒川。そこに、二階から凛が降りてきたので、場を持たすため、声をかける。


「あ、凛ちゃん。凛ちゃんが投稿してる解説系の奴。見ようと思って探したんだけど、見つからなくて。どこにあんの?」


 質問を受け、凛が気まずそうに肩を落とす。


「うう……実は……先日、ご教授いただいた金策術を投稿したら…『転売行為を広めるな』って大炎上して…怖くなってアカウントごと消しました…もう転売も動画もこりごりです……」


(……一人だけ絵にかいたようなトホホエンドで不憫だぜ)













 



 

次回から3話の長丁場となります。よろしくお願いします。

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