その②「昨日はクルマの中で寝たコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:21歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆担々麺だったら毎日でも食えると思っている。その実、3日が限界。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆チョコレートだけでも暮らしていけると思っている。栄養面無視すれば実際余裕。
③須田凛 性別:女 年齢:20歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆できることなら野菜なんて食べたくない。肉と生魚だけ食べていたい。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆二食続けてパンを出されたらキレる。それはそれとしてパンは好き。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆下積み時代、お茶漬けしか食べていないことがあった。一番好きなのはイタ飯だったりする。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆「ヒナさんはもう一生分食べました」ということで節分の日の豆を禁じられている。
実に2か月ぶりの更新失礼しました。最近、途中で作品を放り出しちゃう現象をエタるというらしいと知ったのですが、とりあえず今のところは時間こそかかれどエタる予定はないので、引き続きお願いいたします。なお、今回遅れた言い訳を申させていただきますと、実に5年間お勤めしてくださったマイノーパソ君がついにご臨の終されてしまいました…ということで、もう新しいパソコンをお迎えしているので、忙しくなければすんなり投稿できると思います。ていうかしていけるよう努めますので、重ねて引き続きよろしくお願いいたします。
1
前回までのあらすじ!!
ー地方で行われる肉フェスに手に入れたばかりのマイカーで参加しに来た黒川、凛、陽菜そしてその友人たちは景品のサイン入りギターとその場のテンションに釣られ、あれよあれよとハンバーガーの大食い対決に参戦することになった。凛のバンドメンバーであるまみるや眼前。急遽、やって来た星畑も加わり、強敵たちとの激闘に燃えるのであった!
初戦は女陣に良いとこ見せたい佐田の頑張りもあり、まずまずの成果を残せたが、次のLサイズの戦いで己の胃袋を大いに過信した凛が盛大に足を引っ張った!その負け分を取り戻すべく、奮闘する3人目のチャレンジャー星畑だったが……順調に食べ進める彼にヒールたちから山盛マスタードの妨害が入ってしまう!
「ああ!!なんてこと!!星君は辛いのが苦手なのに!!」
「たいへんだ……ヒナが余計なこと言ったから」
「罰ゲームだと思って舐めろ!!芸人の意地を見せろ!!」
檄を飛ばしたり慄いたりする一同だが、果敢にマスタードの山に挑んだ星畑の結果はむごいモノだった。彼の端正な顔に、きちゃない真っ黄色の鼻水がまみれる。
「黒川~見て見て。俺の鼻水まことちゃん」
「言ってる場合か!!」
「全く見ていられん!!」
その時、何を思ったか、大将であるまみるが応援席から勢いよく飛び出し、星畑の元までやって来た。そして、司会のお姉さんにパチンと指を鳴らす。
「ヘイ!レフェリー!!……このゲームのルールでは確か、選手のバーガーを時間内で食ってはいけないというルールがあったはずだね!?」
「あ……ハイ、そうですねー……時間までは残念ながらフォローできませんよー!!」
「しかし!それはあくまで用意されたバーガーの話だ!!今、応援席の陽菜嬢が手に着いたソースをぺろぺろ嘗めていることから分かるように、関係ない食べ物は食べてもOKだろう!?」
「あ、はい……そうですねー」
「………余計なこと言わないでよ」
「や~んも~かわいすぎ~!!(≧▽≦) 」
「…………♡」(愛及屋烏……という顔)
人差し指と中指の間をぺろぺろ舐めていた陽菜が何ともバツの悪そうな顔をする。それを見て、女性陣はきゅ~んと胸を締め付けられる。
「…………みんな星君の頑張りも見てくださいよ……」
「それよりまみるは何してんだろうね?」
舞台で大仰な態度を取り、注目を浴びているまみる。黒川の疑問に応えるように、「つまり、これも無問題だー!!」と叫び、バーガーに塗られたマスタードをその人参みたいな指でこそげ落とし舐める。間抜けな光景にも見えるが、観客席からは「おおー」と感嘆の声がする。
「そ、そうか!あのハンバーガーのマスタードは本来含まれてないモノだから……まみるくんが食べてしまっても違反にはならない!!……流石の機転です!!まみるくん!!」
それでいいのかと思わないでもないまみるの作戦だったが、事実、主催者側は何も言ってこない。星畑はここぞ攻め時と変なテンションでまみると自分に喝を入れる。
「よっしゃ!光明が見えたぜ!……俺が本体を頬張るからまみるはその周辺をペロペロ舌の先で舐めとってくれ!……ピクルとジャックの噛みっこみてえな体勢で行くぜ!!」
「ピンクフロイドの『対』みたいな体勢か!!了解した!!」
(…………ダブルフ〇ラみてえなことになってる)
二人のアホみたいなフォーメーションは視覚的にはうんざりするほど最悪だったが、まあまあ効果的で、一先ず数秒後にはマスタードの心配をすることなく、星畑はバーガーに専念することができた。結果、ほんの少しだけ追い上げに成功した。したとて、凛が築いた大きな歪は埋められそうにない。
「星ちゃんお疲れ様……じゃあ私行ってくるね」
「頑張ってね!ヒナちゃん!……あんま無理しちゃダメだぜい!!٩(ˊᗜˋ*)و 」
「星ちゃんかなり頑張ってたけど。やっぱ須田ちゃんのマイナスは大きいな」
「う………すいません」
「これがエッグ〇シングスのパンケーキだったらもっとイケたんだけどな~」
「肉フェスなんだよこれ」
星畑の小ボケに黒川が突っ込んでいる間に、陽菜の席には彼女の顔よりも大きいジャンボなハンバーガーがやってくる。あまりにもミスマッチな光景に会場内がざわつく。比較的スタッフのいる舞台裏に近い黒川の耳に「なんで年齢制限を設けなかったんだ!」という怒声が走る。
(………うちの食いしん坊がすいません)
「………………」(多感多愁……という顔)
「本当に大丈夫なのかね……陽菜嬢は。何かノリで送り出してしまったけれども」
「平気平気。仮に食えなくっても、気に病むほど軟じゃねえよ」
「ていうか食えないってこともねえよ。見ろよ、あのがっつきっぷり……がっつき…がっつ」
ここで想定外の事態が起きてしまった。ほかのチームが恥も外聞もなく、ハンバーガーにかじりついている中で、彼女はお行儀よく両手で持ち上げて、ゆっくりゆっくり食べているのだ。否、本人的には急いでいるつもりなのかもしれないが、周囲の素早さと比べて明らかに遅い。
「…………そっか……早食いは不慣れだよなそういや」
「ヒ、ヒナちゃん!どの口が言ってんだって思うかもしれませんが!もう少しだけペースを上げてくださ~い!!」
「………!!」(こくんこくん)
「よかった!!伝わったみたいです!!」
「いや…ダメだろ。見ろよ、口についたソース拭いてるぜ」
「くうう……まさかここに来ていい子が仇になるなんて!」
「相撲チームが優勝かもな。もうジャンボサイズ食べ終えちゃうじゃん」
「おいおい……何やってんだよレスラー軍団」
「あの端の大学生チームに牛さんの命の尊さについて語ってるよ」
「………………本当に何やってんだよ」
「まあ、参加者である前にイベントスタッフだし……全チーム平等にちょっかいかけてんだろ」
「いや……妨害するにしてもやり方というか」
黒川と星畑の緊張感のない会話。それを聞いていた陽菜がきらりと目を光らせる。
「妨害……そうか!!」
「しろくろジョーカー?」
「絶対言ってないだろ」
何を思ったか、自分のテーブルを椅子ごとずらし、前にせり出る陽菜。そして、もぐもぐとハンバーガーを食べながら、現在トップの相撲チームをじぃ~っと見続ける。
「なんか相撲チームめっちゃ見てない?ヒナちゃん(・ω・?)」
「力女だったんでしょうか?」
「妖怪だと思ってんだろ」
「ハンバーガー欲しがってんじゃない?」
「黒ちゃんたちあの子のことなんだと思ってんの?」
ノンシュガーズメンバーのズレた見解はともかく、陽菜は残り少ないバーガーを片しに入っている大学生力士に熱視線を送り続けている。
(な、なんでごわすあの幼女は!?……あんなに見つめて、ひょっとしておいどんに気があるんどすこい!?)
「……勝手に力士の心をアテレコすんなよ…あと星畑力士への先入観バグってるだろ」
「でも奴さん。マジでテンパってるぜ?ちゃん陽菜に見つめられてから明らかにペース落ちてるもん。いや、もうほとんどフリーズ状態だな」
「あ、あれがヒナちゃんの作戦?」
「…………!!」(作戦看破!!……という顔)
「ええ!?……眼前さん!あのヒナちゃんの作戦が分かったんですか!?」
きらーんと涼しげな眼を光らせ、眼前が一言も喋っていないとは思えないほど丁寧に凛たちに解説する。
「つ、つまり……アレはじっと見つめることで相手の集中力を欠く作戦という事なんですね!」
「見つめられるくらいで集中力下がるか?」
「アレじゃない?ほら、子どもの前でアイス食べてたらすっごい見てきて食べにくくなる奴ヽ(‘ ∇‘ )ノ」
「つまり……陽菜嬢は別段欲しくもないハンバーガーを羨望のまなざしで見ているというわけかい!?」
「ヒナちゃんは元が付けども天才子役ですからね!表現力は凄まじいのです!」
「え、子役なの!?……すっげえ~…あとでサインもらおっかな」
「かわいいもんね~……納得(*´ω`*)」
(陽菜ちゃんならワンチャン演技抜きでハンバーガー欲しがってる可能性あるけどな)
「どうしたでごわす!松葉山!!はよ食べるでごわす!!」
「し、しかし、駅弁の里……」
「……………………」
振り返れば彼女がいる。じっと見てくる。自分はモソモソハンバーガーを食べているくせに、期待と不満と疑問が混じった不思議な圧力をかけてくる。文句を言いたいところだが、彼女は見てこそいるが傍目には単なる真顔だし、何よりこの対決で妨害は何の反則でもない。
しかし、小学生に見つめられてたのでご飯が進みませんでしたなど、言い訳として苦しすぎる。松葉山と呼ばれた青年は大口を開け、できるだけ陽菜を見ないようにハンバーガーを食らおうとするが……。
「おお~っとぉ~……お前のバーガー冷めててマズそうだなぁ!!ホレ!熱熱ベーコンのトッピングだぁ~!!」
ここで、再び極悪レスラーの巡回がやって来てしまった。素手で持つのも躊躇われるほど熱された極厚のベーコンが松葉山のバーガーにがっしりと圧し掛かる。
「ひいいいいい!!お、おいどんのバーガーに!極厚のベーコンが内無双!!」
「やったぁ!あの妨害は痛手ですよ!!」
「ヒナちゃんすっげえ!……気が付けばもう半分以上減ってるのが一番すごいけど!!(≧▽≦)」
「マジでMVPじゃん!!……あ、で、でも!レスラーが…レスラーが陽菜ちゃんに来ちゃったぜ!」
「小学生だから手を抜いてくれるような奴らじゃない!陽菜嬢にいなせればいいが!」
「お嬢ちゃん……えれえ食うなあ……」
「もぐもぐもぐ……」
「へへへへ……悪いが、これ以上進められると俺らも不利になるんでなあ。おら!催眠!」
「お前はこれ以上何も食えなくな~る!参加賞のベルギーチョコアイス以外何も食えなくな~る!」
レスラー二人係で陽菜のテーブルを囲んだかと思いきや、突然変なことを言いながら変な踊りを踊りだした。催眠術をかけているつもりなのだ。
「………思いっきり手心加えられてるじゃねえか」
「アハハ……ま、まあ良かったじゃん」
しかし、当の陽菜本人はこのあまりにもな子供扱いに不満を抱いたのか、ごくんと呑み込むと、じとっとレスラーを睨む。
「………なにそれ」
「え……い、いやだから催眠術。腹が膨れてくる」
「……そういうのいいから。ヒナにもベーコンとかチーズちょうだい。楽しみにしてたんだから」
「…………………………」
「おお~っとぉ~!!極悪ジャムソーセージ!女子供にも容赦なし!!たっぷりのラクレットチーズとベーコンの波状攻撃!!悪魔の差し入れで~す!!」
「ちょっと、あのレスラーたちひどくない?」
「あの子、せっかく頑張ってたのに…」
「あーあー……あの子、悲鳴上げちゃってるよ」
観客席からチラホラ非難の声が聞こえる。レスラーたちは不本意そうな顔で、きゃあきゃあ騒ぐ陽菜を背に自分たちの席に戻っていく。
(……すいません。ジャムソーセージの皆さん……うちの食いしん坊が)
しかし、上機嫌でハンバーガーを片付けていく陽菜の姿に、応援席の黒川たちはもちろん、去っていったレスラーたちや彼女を心配していた観覧客までも唖然とした顔を向ける。そして、ついにぺろりと食べ終えてしまった。
「う~……食べ過ぎた。お腹いっぱい……フフ、でも美味しかった」
「う、うわ~~~!!な、何とパンク連合の可憐な少女ヒナちゃん!あのジャンボサイズを完食しましたぁ~!!大いにリードしていたはずの相撲チームに並びました!……あ、他のチームも諦めず最後まで頑張ってください!あと、ジャムソーセージチームはさっさとキングサイズ食べ終えてください」
司会者に突っ込まれ、会場の笑いの中、レスラー全員が席に戻り、共同でハンバーガーを片していく。もう時間などとっくに過ぎているため、後の参加者が手伝っても問題ないのだ。
「………妨害してる暇ねえじゃんあの人ら」
「まあ、参加者サイドだし」
「ん?でも、今までの大会全部アイツらが優勝してるんだろ?ずっと今回みたいな調子だったら無理じゃねえ?」
星畑が首をひねっている後ろで、女性陣が満腹状態の陽菜を出迎える。
「ナイスファイトです!ヒナちゃん!!」
「フフフ……ありがとう」
「めっちゃ食べるんだね~!!それでスマートなの羨ましい~!!(*゜∀゜*) 」
「い、いつもはこんなに食べないよ?…その、大食い大会だから……」
陽菜が苦しすぎる言い逃れをするも、「おおーっ!」という歓声だか悲鳴だかにかき消される。一足早くアンカーがついた力士チームの席に真打、パンクサイズが運ばれてきたのだ。そのデカさは事前に見ていたモニターのスケールを容易に超えていた。先ほど、陽菜が食べていたジャンボサイズの軽く3倍は超えるデカさである。パンク連合一同も唖然とする。戸愚呂弟の80%と100%くらいの違いがあった。
「な、何アレ……ヒナの顔どころか……体よりおっきいんじゃ…王マウンテン乗れそう」
「流石にそこまではおっきくないけど……でも、そう思っちゃうサイズ感だね」
「あんなのが最後に控えてるなんて知れたら誰も参加しませんよ」
あまりのデカさに別に食べもしない、参加もしてない連中まで慄いているのだから実際食べる力士はその倍、唖然としている。「まあ、食べるけどさ…」とでも言いたげな不満そうな表情でむしゃむしゃハンバーガーにありつく。もう真面目に戦う意欲は削がれてしまった臭い。その様子を見て、レスラーチームの一人が煽りを入れる。
「けへへへへ!!どれだけ早く食い進んだチームも最後にゃ絶対こいつで躓くんだよ。今までの大会…このパンクサイズを食えた奴ぁいねえ!!完食したのはここにいるプロレスラー兼フードファイターのシロノワール米田だけなんだからなぁ!!」
「ウス…今日に備えて…この16時間、ガムとバターコーヒーしか取ってません」
(…女子高生のプチ断食かな?)
「あー……そっか。ラストは助っ人無しだもんな。誰もラスト食えない以上。レスラーチームはのんびり追いついて最後の30分間で優雅に食い終えれば優勝ってことか」
「あんなの……トータルテンボスの藤田しか食べらんないよ」
(……陽菜ちゃん、大食い有名人で真っ先に出てくるのその人なんだ)
「とか何とか言ってるうちに……俺らの分も運ばれてきたぜ」
「まみるくん…大丈夫でしょうか?……アレ?まみるくんは…」
「あそこで眼前ちゃんに火打石打ってもらってる(^^;」
「武士かよ」
「さてと、大将として……渡されたたすき分の活躍はしなくてはね!!」
~8分後~
「フム………この会場のスタッフに言っておきたいのだが……」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……………………………………(°д°)」
「…………………♡」(英俊豪傑……という顔)
「……パンクを名乗るならもう少しボリュームアップさせた方がいいんじゃないかね?」
まみるが完食した。制限時間の3分の1で完食した。パックマンもかくやと言わんばかりのハイスピードな食べっぷりに最初こそ沸いたオーディエンスだが、すぐにそのえげつなすぎるペースに眼前を除き、コメントすらできなくなった。麩の棒を齧る鯉、サイヤ人食い、アルマゲドンに飲まれていく地球……黒川がそれらのイメージを感じつつ呆気に取られている横で、佐田の「そら、彼女もできるわ…」という声がボソッと聞こえた。黒川は、間抜けな表情で、こくんと首を縦に振った。そのアクションから一拍遅れて、女性陣の歓声と、ギターを持ったマシンの介がステージ上に押し寄せていた。
2
「カンパ~イ!!」
優勝賞品とは別に貰った、参加賞のクラフトビールと近くの出店で買ったソフトドリンクがカチャン!と軽い音を立ててぶつかり合う。大抵の人間が腹十二分目くらいに達しているため、ささやかではあるが祝賀会が開かれた。
「いやー!すごかったねえ!まみるくん!羅刹のごとしだったねぇ!(☆∀☆)」
「なあに……僕なんて米倉を空にしなければいけないような見た目をしているじゃないか!真の勇者…MVPは陽菜嬢さ!!」
「ウム!?……そ、そうかな?」
ビールの飲めない人用の参加賞であるチョコレートアイスを食べていた陽菜がスプーンを咥えたまま照れる。その横で、まみるから手渡されたサイン入りギターを抱きしめる眼前が何度も頷く。ちなみにギターはバンドの共通財産として、リーダーであるまみるが保管することになった。弾く…という発想は一切ないファン心理である。
「いや……でも実際すごいよ……陽菜ちゃんもまみるも二人とも。あんだけ食った後にまだアイス食べれてるんだもん。胃袋が違うんだろうな……もう」
佐田が尚も感心したように言うが、なぜかこれに同じくアイスをチビチビ食べていた凛が得意げに返す。
「えへへへ……甘いもの…特にアイスは別腹ですよ!」
「凛ちゃんが得意げにする道理はないでしょ」
「お前、そろそろ腹が減ってくる頃だろ?なんか溜まりそうなもん買ってきてやろうか?」
すかさず黒川と星畑が茶々を入れ、凛は不貞腐れた態度をとる。その後も、ひとしきり盛り上がった後で、黒川が半分ほど残ったビール缶を傾けつつ、まみるに気を利かせる。
「ていうかまみっちゃん。アイスで良かったの?俺の飲みかけで良かったら、ビール飲む?」
「いやいや……帰りの運転もあるし、結構!……って…君も車じゃなかったっけ?」
「……………………………………………あ」
瞬間。びゅおおおおおっという効果音(空耳)とともに、会場の熱気とその熱に浮かされていた黒川の笑みが吹き飛んだ。すかさず黒川の脳内をかすめたのは、困り顔で時間を巻き戻すドラえもんと自分の体を雑巾のように絞ってアルコールを抜いてくれるビッグマムのところのスムージー姉さんだったが、そんな現実逃避と言っても過言ではないイメージは佐田の「ええ~……」という声にこれまた吹き飛ばされる。
「だっから……俺ビール飲まないほうが良かったんじゃんやっぱり」
「ありゃりゃ……ごめんね~……私もすっかり忘れてたよ(´·ω·̥`)」
「ア、アルコールってどこまでセーフだったっけ?」
「ビール半分も飲んだら余裕でアウトだろうがよ。どうしよっかな、俺も乗せてもらおうと思ってたのに」
「お兄ちゃん」
「え………なに?」
「飲んだら乗るな乗るなら飲むな……だよ」
「ああ……ハイ、すいません」
怒ってるのかすらわからない真顔の陽菜が手を掴んで今更な教訓を伝える。それにどんな顔をしていいかも分からず、曖昧な顔で頷く黒川。何となく気まずい空気の中、まみるが先ほどまでとは比べ物にもならない程の小声で、断りを入れてくる。
「……………非常に言いづらいのだけれど、そろそろここも閉まる時間だし、僕らそろそろ失礼していいかね?……明日、バイトなんだ」
「………………」(一意攻苦…という顔)
「あ、は、はい!……今日はありがとうございました!……あの、また……」
まみると眼前をお見送りがてら、というわけでもなかったが、何となく流れで駐車場まで来て、二人に再度別れを告げる。まみるのバイクがイエスの「ロード・アバウト」を相変わらずの爆音で流しながら去っていくのを見届けたタイミングで、肉フェスが終了する旨のアナウンスが鳴り響く。
「………いいのかよ。星畑……みんなも…帰りのシャトルバス乗らなくて」
車が次々に駐車場を出ていくのを死んだ目で見ながら、黒川が力なく呟く。
「……お前のポカが判明した時点で既に最後のサヨナラバスだったよ」
「フフフ……ゆずだ」
「………笑い事じゃなくない?…黒ちゃんさぁ…もうちょいドライバーとしての自覚もとうよ。そうでなくても俺、事前に確認取ったのに」
「………すんません」
「く、黒川さん一人を責めないでください!」
「そうそう、しょうがないじゃん。これが初めてのドライブだったらしいし(´· ·`)」
「山ン中だし時間も金もかかるかもだけど……代行使おうぜ。近くに宿もねえし」
「ごめん……金は全額俺が払うから」
「そ、そんな……」
すっかりショボンムードの一同だが、ここでそこまでショックを受けてなさそうな陽菜がひいふうみいと古風な数え方で、メンバーを確認している。
「ど、どうしたんです?ヒナちゃん」
「『知らない誰かがいるゾ』?」
「え!やだぁ!私、その手の怪談苦手~(´×ω×`)」
「……ううん…そんなじゃなくって……いつ、むー……あ、やっぱり…代行って他のドライバーさんに来てもらう奴だよね?…星ちゃんで車定員オーバーだから、これ以上乗れないんじゃないかなって思って」
「あ~……」
「マジじゃん……いよいよどうすんの」
「もっと言うなら、6人乗るのも物理的にはいけるけど、車のルール的にはアウトだしな…まあ、言ってられないけど」
実際は代行業者に依頼した際は、業者が乗り合わせてくる車に2人のドライバーが乗っているためバッチリ全員帰れるのだが、若い彼らは誰一人してそのことを知らなかった。厳密には、このまま調べたりしていれば、あるいは天知かそこらにヘルプを求めれば気づけたのかもしれないが、ここで凛がおずおずと手を挙げたことで、代行の案は完璧に消えたのである。
「あ、あの~……えっと…良ければ私が運転しましょうか?」
「え?」
「凛ちゃん……免許持ってるの?」
「え?…は、はい……お母さんとお父さんに無理矢理、受けさせられて……お、思い出したくもない悪辣な日々を経てなんとか……ホラ、これ免許です」
凛が財布から取り出した免許は当たり前だが本物だった。写真の顔はまだ黒髪である。
「わ…ほんとだ。フフフ、変装凛ちゃんだ」
「え!?……じゃ、じゃあ運転してよ!……ていうかもっと早くいってよ!」
「ううう……そ、そうですけどぉ~……私、超がつくほど運転下手で……教官に苛め抜かれて…筆記試験も8回落ちたし…最初の適性検査も一番悪い結果だったし…ふへへ、わ、わたし…交通違反連発タイプらしいですよ」
「笑うところじゃないよそれ……」
「で、でも……免許出てるってことは運転できると見込まれたってことでしょ?…山道だけどそこまで険しいわけでもないし、お願いしていい!?須田ちゃん!」
「は、はい……み、皆さんのお役に立てるなら……自信はないですけど」
「マ、マジで助かったよ凛ちゃん……助手席でアシストはするから」
「救いの神よ~!!(≧▽≦)」
3
かくして、若干頼りない凛の背中にすがる形で、黒川たちも会場を後にすることになった。車内は少し前までの不安気だった雰囲気を吹き飛ばすように、星畑が冗談交じりに黒川をイジり、佐田や勝美が次々にそれに乗ったので、すぐに明るい空気に包まれる。ガチガチでハンドルを握る凛を除いてではあるが。
「り、凛ちゃん……大丈夫?……さっきのミスなんてよくあることだし、気にしなくていいよ」
「は、はははははははははひ……だ、だ、だ、だだいじょうびです」
先ほど凛は、駐車場を出る際にウィンカーの方向を間違え、それが原因でもたつき後続車にクラクションを鳴らされたのである。これによりただでさえ緊張していた彼女はいよいよガチガチの石状態になり、オリバのパックマン状態みたいなポーズでハンドルを握って、不必要なほど周囲を見渡している。すでにフェスに来ていた車たちはバラけ、目立った後続車もいないのが幸いして、そこまで不安を感じる運転でもないのだが、当の本人は一切気を抜けていない。
「ほ、ほんとに!?……ほんとに平気?」
「大丈夫だって黒川。てゆーかそこで平気じゃないって言われても誰も変わってやれねーんだから。黙って須田を信じればいいの!!」
「そうだよお兄ちゃん。凛ちゃんはやればできる子だから大丈夫。ハンバーガーだってキチンと最後まで諦めなかったし」
「私たちみんな明日は大した用事じゃないから!ゆっくり帰ればいーよ!(o^∀^o)」
「ううう……皆さん優しい……さ、最後まで気を抜かず安全運転で頑張りますね!!………あ、『援助交際』だ!!うへへえ…この歌好き…」
(…………不安だ。助手席にいるからか……なぜ俺だけこんなに不安を感じているのだろうか?……俺も後部座席でやってる誰もやったことなさそうなモノマネ選手権に参加してえ……MCで盛り下がることしか言わない坂上忍のモノマネしてえ)
「じゃあ私、メダルゲームで一番難しい難易度に挑戦して玉砕するお母さんやります」
「ハハハ!!陽菜ちゃんのお母さんやったことないっていうか、そもそも誰も分からないでしょ!?」
「そうでもねえぜ?…ちゃん陽菜の母ちゃん舞台女優で名が売れてたらしいし、ホレ、岩下大地で検索してみろよ」
「え!?マジ!?……うっわマジじゃん……ってか…ちょ、超美人だな……え?会ったことあるの?」
「……………まあ、うん」
「すげええ!!さっすがヒナちゃん!!遺伝子レベル!!(♥ω♥*)」
「ていうかこの車、その大地さんからもらった奴だよ」
「え~!!……マジで家族ぐるみで超密接じゃん!!なかなか車なんてプレゼントしないだろ」
「まあ、新車買ってお古を回してくれたって感じだし……確かに密接っちゃ密接だけど……そういえば陽菜ちゃん、新車はどんな感じよ?」
「………私はこっちのままのがよかったかな」
「え!?……な、何で!?」
「………お母さんもお姉ちゃんも誰もプリングルスの使い方分かんないから、ドライブ中、音楽聞けないんだもん」
「………Bluetoothね」
「そもそも陽菜一家でスマホで音楽聞いてるやつがいねえだろうがよ」
「お姉ちゃんはよくYouT〇beで米津玄師の歌聞いてるけど」
「……そりゃ見てるっていうんだよ。まあ、でも、それでもオッケーだと思うけど。まあ、そんなことしたらギガがえらいことになるけど」
「ぎが?」
「………まあ、そのうちやり方教えるよ……ていうか持ってるCDをUSBに移しとくよ」
「アナログなんだねぇ~…ヒナちゃん!そんなとこもかわいいぜ~(♥ω♥*)」
「あ、あ、あ……し、しまった……間違ったところ曲がっちゃった……」
なんだかんだで後部座席の陽菜との会話に夢中になってしまっていた黒川が、運転席の凛から目を離したすきに、彼女はカーナビに写されたマップを見間違えてしまっていた。
「ありゃりゃ……まあ、戻ればいいじゃん」
「で、でも……ここ一通です……」
「どっかでまた戻れるでしょ。道はマップに出てるし、ここの……この道に戻ればいいんでしょ?大丈夫だって」
真っ青な顔をしてオロオロする凛をぶきっちょに励ます黒川。一先ず凛は黒川の言う通り、そのまま進んで、元の道に戻れる場所を探した。幸い、すんなり元の道に戻れそうな分岐点に差し掛かり、マップと照らし合わせて確認を取ったうえで慎重に先を進んだ。黒川と凛がある程度の緊張感を抱いて道を確認しているのと対照的に、後部座席では陽菜と星畑を筆頭に気楽な会話を楽しんでいた。アクシデントがあっても変わらず、運転は和やかなムードを保っていた。
しかし、そこから一時間ほど進んでも全く山道が終わらないこと……どころかどんどん道が険しくなり、ただでさえ少なかった街灯がいよいよ無くなり、車のライト以外何も照らすものがなくなったとき、佐田をきっかけに後部座席の面々も現状を憂いだした。
「………ねえ、大丈夫?…行きにこんなとこ通ってない気がすんだけど」
「真っ暗だ。昔、見たおっきい顔が出てくる怪談の場所みたい……」
「佐藤健が出てたやつな」
「うえ~……や、やめてよ~……私、マジでホン怖トラウマなんだから~…(ーー゛)」
「………もしかしなくても迷ってるよねこれ」
「……うえ……えっと……その……だ、大丈夫……です……多分」
「マジで!?……あそこにダム内立ち入り禁止って書かれたフェンスあるけど!?…おおよそ山奥にしかないであろう表示あるけど!?ホントに仁丹に帰ってこれてんの!?」
「で、でもさ……ナビはまだ時々アナウンス出してくれてるぜ?…滅茶苦茶回り道だけど、いつかは出れるでしょ…迷ってるわけじゃ」
「………俺が言えることじゃねえかもだけどよく見ろよ黒川。ナビの奴、今走ってるこの道を国道だと思ってるぜ?」
「え?」
「……須田が道間違えた後も、結構グネグネ曲がってたじゃん…山奥も相まってそれでバグっちまったんじゃねえの?そのナビ?」
「ナビが実は呪いのナビで、案内された場所が崖だった怪談あったよね」
「『チョクシンデス』って言うやつな」
「やめてくださいよ!ヒナちゃん!!」
「!!(ビクッ)……ご、ごめんなさい……」
「ゆ、Uターンします!…ちょ…ちょっと電波悪いところに来てナビがおかしくなっただけです!」
「凛ちゃん大丈夫だから落ち着いて!スマホでも現在地調べてみよ!(^^;) 」
「ダメ……俺、電波ゼロ」
「……………俺もだ。さっきまで陽菜ちゃんママの画像見れてたのに」
「さっきっても一時間以上前だろうがよ」
「星ちゃんは?」
「そもそも充電残ってねえ!!」
「私、スマホ持ってない……」
「私もダメだぁ~(´×ω×`)」
「だから今の場所は電波悪いんですって!!……もうしばらくしたら…」
一心不乱に道を引き返す凛、その時、念願適ったのか、久しぶりにナビのポーンという音が鳴る。
『その先、右方向です』
「ぃよっしゃあああ!!きたあああああ!!」
凛が雄たけびを上げながらハンドルを切ったその瞬間。
ドンッ!!
……という鈍い音がして、車体が大きく揺れる。同時にビビーと何らかのアクシデントを知らせるアラームが鳴り、「ひゃあ!」と凛の叫び声とともに車が急停止する。目の前のライトが照らしている道は相変わらず真っ黒だったが、数秒凝視してようやく、それが道ではなく水面であることに気づく。目の前には大きな池が広がっていたのだ。その周囲を囲んでいた小さな柵の瓦礫に乗り上げかけたことで、何とか直前で止まることができたが、危うくそのまま浅いのか深いのか人口か天然かも分からない真っ黒な水面に突っ込むところだったのである。
「呪いのナビだ……」
凛に怒鳴られ、シュンとしていた陽菜が少しだけ興奮したようにつぶやいたと同時に、凛が「ぶええ」と泣き出し、黒川は何故か半笑いで、ドンマイと呟いた。
4
「うん……車は何ともねえな……うっすら傷はあるけど…もともとあった奴かもしれないし…」
スマホのライトで車体を確認していた黒川が凛にも聞こえるよう若干大きな声でほっと息を吐く。しかし、その実はそこまで凛のケアをする必要もなかった。事態が事態だけに怖くて少し泣いていた凛だったが、一番黒川が案じた責任に関しては、そこまで感じていなかった。そもそも自分は本来運転しなくてよかったはずであることに合わせて、あまりにもナビに悪意があるとしか思えないタイミングだったことによりヘイトがナビオに集中したことで、凛自身数分後には「うへえ…夜空が近ぇですー!」と、他のメンバーと一緒にはしゃいでいた。当たり前だが、他のメンバーも凛を責めることはなかったし、ここまでくればパニックや恐怖よりも現場の興奮が勝っていた。勝りすぎて、勝美にいたってはこんな提案までした来たほどである。
「え!?……このまま朝まで待つの!?」
「うん!……このまま闇雲に走っちゃうともっと変なとこに行ったり、仁丹市から遠のいちゃったりするかもだし、何よりガソリン無駄使いして、何にもないところでガス欠したら最悪じゃん!それに、凛ちゃんだって疲れてるだろうし…幸い、みんなお腹超いっぱいで腹減りになることもないだろうし~…みんな急ぎの用事もないわけだし!…明日の朝、黒川君が運転して帰ったらよくない!?(੭ˊ꒳ˋ)੭」
「…………それって…ここで一夜過ごすってこと?」
黒川がキョロキョロと辺りを見回す。と言っても、車のエンジンも切った今、辺りは本当に真っ暗で何にも見えない。金髪と黄色いT-シャツで良く目立つ星畑だけが闇の中浮かんで見え、ちょうどその男が勝美の意見に賛同した。
「俺もさんせー。朝になったら周りも明るくなるし、今じゃ気配すら感じないけど車通りもあるかもしれんしな。それに、いま、奇跡的に仁丹に帰ってこれたところで時間的に終電無いから一人一人送ったりなんなりでめんどくさいぜ?」
あらかた、理論的なことを言った後で、「何より面白そう出汁はこれ」とその実10割を占めていそうな本音をぶっちゃけて、辺りを散策している陽菜と凛に混ざりに行った。
あちこちでスマホを振り回していた佐田も、陰でこの会話を聞いていたらしく、黒川の肩に腕を回してわざとらしいほど笑みをこぼす。
(俺も大賛成よ!……なんかただのフードファイトで…しかも俺一切の注目無しで終わりそうだったのに、まさかのお泊りイベントだよ!延長戦!延長戦!!)
勝美との時間が伸びたことをウキーッと喜ぶ佐田に苦笑で返していると、暗闇の中からゆらりと陽菜が登場する。声を出してもよさそうなシチュレーションだったが、顔だけで浮かれていることが分かる様子だったので、とても驚くような雰囲気ではない。
「ここでお泊りすることになったってホント!?……いいのかな?そんなことしても……」
「お願いだから大丈夫と言ってくれ」という期待のこもった眼で見つめてくる陽菜に、「大丈夫だよ。俺らもいるし」と返す。空気を読んだだけの発言で、その実、自分たちが頼りになるとは一切思っていない。その背後で、いつの間にか近づいてきていた凛がこそっと耳打ちしてくる。
(……あの、さっき歩いてるとき、実はフツーにスマホとか繋がったんですけど……大丈夫ですかね?)
(いいんじゃない?……みんなさえよければ……凛ちゃんももう休みたいでしょ?)
(ふ、ふへへ……それはもう、めっちゃそうですけど)
(……お疲れ…ごめんね、マジで)
(あ、謝るのはこっちの方ですって!!)
(……でも、電話もつながるんだったら……天知さんにだけは伝えとこうかな…この時間だったらギリ起きてるでしょ)
というわけで、黒川が代表して天知に電話で「自分がうっかり酒を飲んでしまったので、近くの宿に泊まることにした」と虚実を交えて伝える。流石に私有地かどうかも分からない山中で車中泊しますとは言えない。
「問題はどこで寝るかだよな……」
「ふっへへえ……実は私、ゴザ持ってきてたんだよねぇ!フェスでは使わなかったけど!!(≧∇≦*)」
「わあ……ピクニックみたいだ」
車のCMでよくやっているアウトドアスタイルのように、車を平地まで動かし、トランクを開けてその前にゴザを敷いてみる。最初こそ、大はしゃぎで各々色々な場所で転がったり、くつろいだりするが、すぐに夥しいほどの藪蚊に見舞われ、撤収する。仕方がないので、席に座ったままで休むことにした。
夜の山の中ということで、気温自体はそこまで暑くないのだが、それでも計6人も狭い車中で集まると何となく、エアコンを入れていても息苦しい。結局、どうあっても寝付けないので、勝美ら女性陣を皮切りに外に出ることになった。
「はああ……外は涼しくて、気持ちいいんだけどな~(´△`)」
「真っ暗だからよく分からないけど……近くに川もあるもんね」
「あ、タヌキ」
「マジで!?」
「星ちゃん、それタヌキ見つけた時のリアクションじゃないよ!!……フツーもっとはしゃがない!?」
「ど、どこどこ!?……タヌ吉どこ!?」
「ホラ!!見てよ陽菜ちゃんを!!まだ会ってもないのに名前つけてるぜ!!」
「俺の実家も山の方だったから、別に珍しくねえよ」
「……こ、ここ……熊とかいませんよね?」
「イノシシ注意の看板だったらあったけどね」
「いざとなったら佐田がドクターヒルルクスタイルで助けてくれるだろ」
「俺、全裸で死にたくないよ」
「あのあたりのエピソードマジでいいよねえ……めっちゃ泣いた(;▽;)」
「でもさ、大人になって読み返したら、ヒルルクってわりとシャレにならないことしてるよな。民家に押し入って毒あてがって挙句の果てには発砲だぜ」
「……よくあれで医者面できますよね」
「………大人になってから読んだのにフツーに感動しちゃってすいません(´ε`;) 」
「い、いやいや!!俺も普通に感動したし!!黒ちゃんとかが斜に構えすぎなんだって!!」
「そうだよねえ!ワンピラヴだよねぇ!(*^^)v 」
(でも、チョッパーが仲間になって以来、読んでねえんだよな)
などとくっちゃべりながら辺りをふらついていると、水の流れる音がする。今までは単なる溜息か何かだと思っていたが、いくつか小川のようになっている部分があるようである。体が火照っていた勝美が水に触れ、はしゃぐ。
「うひょおおお!!つめてぇ~~!!(≧∇≦) 」
「………さっきのところよりこっちのが何か爽やかな感じするな!」
「触ったらわかる!綺麗な奴やん!!(≧∇≦) 」
「………ホントだ。冷たくて気持ちいい」
そのまま小川に沿って歩いていると、すぐに流水音の元であろう小さな滝のある場所についた。目ではうっすらしか見えないが、大きな岩に囲まれて、先ほどの小川よりも深くまで水が溜まっている感じがする。
「あ、蛍だぜ」
「だからテンションがおかしいって!!すっげええ……超きれえじゃん!」
「すごい………ホタルってこんなところにいるんだね」
「えへへへ……ヒナちゃん、蛍は初めてですか?」
「ううん……奥入瀬渓流の星〇リゾートで泊まった部屋の窓から見たことある」
(………いい体験してやがる)
「でも、こんなに近くで見たの初めて……しらみゆうれんみたい…」
「え~!!なにそれ!?妖精?(⊙ꇴ⊙)」
「悪霊。海で漁師を引きずり込みます」
「(゜o゜; 」
ポツリ…ポツリと点滅する蛍は綺麗だが、流石に数自体はそこまで多くなく、男どもはすぐに光景に飽きて、辺りをウロチョロしだすが、女性陣はぽ~っと見惚れ続けていた。特に陽菜はご執心のようで、そのまま釣られて川に入ってしまいそうである。
「ちょ……陽菜ちゃん川に入ったらダメだよ」
「あ、う、うん」
黒川の言葉に我に返り、戻ろうとする陽菜だが、すれ違いざまに今度は勝美が川岸まで行き、再び手を水につける。そして、腕まくりしてもう少し奥まで突っ込んでみる。
「………私、ちょっと入っちゃおっかな( ´艸`) 」
「え!?」
「………この機を逃したら……多分、一生ないでしょ…ホタルのいる川に入るって…大丈夫…浸かって膝くらいまでだし、ゆっくり行けば……(^_^;」
「わ、私……今思えばこのために今日はサンダル履いてきたのかもしれません」
「え?……凛ちゃんも入るの?」
「えへへへ……入らいでか!!……です」
「…………なんでヒナはこんな大切な時にこんなに丈の長いスカート履いてきたんだろ」
「スカート脱げばいいんじゃない?(^O^)」
「え!?……でも…」
ちらりと陽菜が男性陣へと振り返る。言わんとしていることを完璧に理解できた彼らのうち、黒川が代表して、陽菜に苦笑する。
「俺ら……一足早く車に戻ってるから……気を付けてね。大丈夫だと思うけど」
「………うん、ごめんね」
踵を返す男衆。その道中で佐田が「やっぱりあの子が障害になったぜ」と悲しげにつぶやいたので「お前その発言はどうよ?」と突っ込む。
黒川らが帰ってすぐに、下をパンツだけにした陽菜がお先に川に入っている勝美や凛に手を取ってもらい慎重に川に入る。川は相も変わらず暗かったが、スマホのライトで照らした水面はやはり澄んでいて、水も冷たく少し凍えるくらいだった。スカート地にうっすら張り付いていた汗ばんだ皮膚がスゥーっとサラサラになっていくのが分かり、陽菜は思わず笑顔になる。当初お目当てだった蛍はいつの間にかいなくなっていたが、それはそれとして爽快感が半端ではなく、3人は居心地よさそうに水面から露出した岩に腰かけ、足湯の要領でしばらく話し込んだ。
「………気持ちいーねー!……凛ちゃんナイスアクシデント!(⌒▽⌒)」
「ふへへへ……雨降って地固まるって奴かもですね!」(←誤用)
「魚とかいないかな?」
「こういう川にサンショウウオとかいるのかもしれないですねぇ……あ、あ…そんなに水に腕を突っ込んだらお洋服が濡れちゃいますよ?」
「……うん……気持よくてつい……今日、いっぱい汗かいたから」
「そうだよねえ……シャワー浴びてえ( ̄∀ ̄)」
「ふへへ……滝ならありますよ」
「…………シャワーじゃないけど……丁度、ヒナのお家のお風呂、あそこくらいの深さだなって…」
「…………肩まで浸かろうとしてます?」
「ヒナちゃんそれ……私的には大ありだぜ(★‿★)」
「……………ホント?ほんとに入る?」
「入ろうぜ………私、お先に真っ裸にならせていただきやす!( ̄∀ ̄)」
「う、うええええ!?……い、いいんですか!?…く、黒川さんたちがもし戻ってきたら」
「どうせ暗いからなんも見えないっしょ!(^^♪」
ざぶざぶとしぶきが立つのもお構いなしに、駆け足で岸まで戻り、するすると服を脱いでいく勝美。陽菜もそれに続いて勢いよくパンツから脱いでいく。結局、女子三人仲良く素っ裸で夜の川で、たわむれることとなった。
5
さて、一足早く車に戻った一行は、行きしなに買った2リットルの麦茶を回し飲みし、車内で一息ついていた。
「…………女子組騒ぎすぎだろ。ここまで声聞こえるぜ」
「うううう……混ざりてえ……マジでなんでロングスカート履いてきたんだよ陽菜ちゃん!!」
「いや……どっちにしろ不可能だな。多分あいつら、服脱いで本格的に川浴びしてるぜ」
「うっそ!!」
「ホント」
「ていうか何で分かるの?」
「星畑イヤーは地獄耳なのさ」
「ちょちょちょ……な、何か言ってる?……会話とか聞こえない?」
「ええ~……どれどれ」
少しだけ開けていた窓をさらに開けて星畑が顔を窓の外に出す。そして、耳を傾けながら会話を抜き出していく。
『わあ……凛ちゃんって…肌きれーだね』
『そ、そんなこと言ったら……ヒナちゃんだって……うへへ…まるでそうめんですよ!』
『レーちゃんもすごい……おっきなのっぺらぼうが二つも』
「…………おい、適当なことほざくなよ…なんだのっぺらぼうって」
「一つ目小僧の方がよかったか?」
「尚悪いわ!!」
佐田に隠れて結構真面目に聞いていた黒川が突っ込むも、佐田は恥ずかしそうに笑って、星畑イヤーでもなんとかというくらいの小声で呟く。
(………俺、勃っちゃったよ)
「ひゃはあははははっははは!!」
「どれ!?どの下りでデカくしたんだよ!!興奮する要素どこにあったんだよ!」
「疲れだから……これお疲れ〇ラだから!!」
「往生際悪いぞこの馬鹿!!」
「いやだって……そうなってもおかしくなさそうな状況じゃん!」
「ならねえよ!!……陽菜ちゃんを不純にするな!!」
「でもあいつら、姫月が捨てたパンツ履いて写真撮ってたじゃん」
「何それ!?…ていうか何でそんなことを知ってるの!?」
「一緒に住んでたら色々あるんだよ……」
「いーなー…マジいーなー……俺も将来、シェアハウスとかしてーなー」
「凛ちゃんと陽菜ちゃんは確かにいい同居人だけど……もう一人が癖あるんだよなぁ」
「そうか?……おもろいじゃん姫月」
「初めて会った時からお前、えらいアイツのこと気に入ってるよな」
「そういうお前はまだ嫌ってるのかよ」
「いや……もう大分、ていうか……俺、個人的にはかなり好感度高いけど、むこうがそんな素振り一切見せないからさ」
「大丈夫だって。アイツのいいところは感じた不満を速攻でさらけ出すところなんだから」
「え?誰?まだなんか女子要るの?」
「いるよ。濃いいのが」
「いるというより、おわするって感じだな」
「でもどうせ美人なんだろ!?」
「うん」
「それはそう」
「謙遜しろよ!ちょっとは、マジでいいなぁ~」
(………やっぱ俺って恵まれてるよな)
あんまりにも羨む佐田を見て、改めて自身の現状を鑑みてみる黒川。姫月には否定されたが、やっぱり自分が良い思いをしているのだろう。その分、苦労もしてきているといつしか宇宙人が言ってくれていたが、黒川はこの生活自体をイヤになったことは一度もなく、そこにはやはりあの癖の強い姫月も含めたメンバーの貢献が多いのだと思う。メンバーを3人も連れて思う事ではないかもしれないが、黒川は少しだけ、シェアハウスが恋しくなった。そして、いつの間にか目を閉じて、そのまま眠りについた。
6
黒川が助手席で目を覚ますと、他のメンバーも同様に車内で眠っていた。当然、少しだけしなびた服を着た女子たちも、もう戻ってきている。時間はまだ早朝5時だったが、外はすっかり明るく、鳥の声が聞こえる。何もすることがないので黒川は外に出てみることにした。
外に出て初めて、自分たちが突っ込みかけた池が、池というより濁った沼で、尚且つ人の手が相当に加えられた人口のため池だったことに気づいた。そういえば、近くにダムがあったなと思い返し、そのまま昨日と同じルートを歩く。
流れ的に、さっきの人工池と繋がっていると昨夜は勘違いしていたが、蛍がいた小川は一切関係のない天然のモノだった。勝美の予想通り、キレイで、土気色の大きなカエルがチラホラ見受けられた。滝の場所まで行き、「陽菜ちゃんたちはどのあたりで行水してたんだろ?」と辺りを見回すと、川岸に一枚の小さな紙が落ちているのが見えた。拾ってみると、そこには「血の池地獄」と書いてある。ヒナ新聞のオマケである。
「持ってきてたのかよ」
と、笑いながらポケットに占いを突っ込み優雅に川岸を歩くと、すぐに突如現れた蚊柱にぶちあたってしまう。今までの優雅な気分が吹き飛び、舌打ちをするがその直後、黒川の顔はみるみる青ざめていく。
目の前の川岸に、巨大なアオサギの死体がでろりと引っかかってたのである。散らばった汚い羽が川の流れに乗って、昨日、凛たちが腰かけていた岩の方まで流れていく……。
「ハエの集り具合的に……昨日からいたよなこれ」
誰かが後をつけてくる前に、黒川はダッシュで車に戻った。
7
黒川が戻って程なくして、全員が起きた。眠気ナマコをこすりながらも尚も元気な勝美が「どうせだし、昨日の場所でひと遊びしてから帰ろう」と提案するが、黒川だけが猛反対し、そのまま帰ることになった。ナビは相変わらず道を見つけてくれないが、スマホの方は時間がかかりながらもなんとか現在地を照らしてくれて、とにかく仁丹市には出れそうである。
(……ナビオ…もしかしたらマジでポンコツなのかもな。すいません大地さん……)
「なあ~…黒ちゃんさぁ…勝美さんの言う通りもうちょい遊んでもいいじゃんか~何急いでんの?」
まだ勝美と一緒にいたい佐田だけが粘ろうとしてくる。黒川はめんどくさそうに「色々あんのこっちにも」と返す。
「色々って何!?……なんか用事あんの!?今日!?」
「…………とりあえず……献血かな……」
言いながら、ミラーをちらりと見る。不思議そうな顔の陽菜がこちらを見ていた。そして、その陽菜がポツリと呟く。
「………おなか減ったな。昨日のハンバーガー、また食べたいな」
前書きであとがきみたいなことを言ってしまったので言うことがありません。まあ、強いて言うなら夜の川はめっちゃ危ないので小説のように入っちゃわないようにしましょう。
それでは次回もお会いできることを心から楽しみにしております。