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その①「別に仲間なんて一人か二人いればたくさんだコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆得意科目は国語…ただし古典は苦手


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆得意科目は体育…ただし個人種目限定


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:20歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆得意科目は国語…言ってるだけ


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

☆得意科目は歴史…何となく授業内容を覚えてる


天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆得意科目は社会全般…ただしもっとも成績が良かったのは体育


岩下陽菜いわした ひな 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生

女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。

☆得意科目は算数…ただし一番好きなのは国語


お久しぶりです。今回は特に言うことがございません。

              1




 仁丹市随一のアホ小学校と呼ばれている東風小学校だが、所々に洒落にならないバラガキが混じっているだけで、生徒全員が不良というわけではない。特に最近は仁丹市も都市開発が進み、若者の移住も増えたことで徐々にではあるが、アホのデパートと呼ばれていた東風小学校も浄化の一途をたどり始めている。

 その東風小学校でかれこれ5年間教鞭を奮っている山川が自身が担当しているクラスである4-3の扉を開いた。朝の会、東風小の一日が始まるのである。


「おらおらー。正人も透も田辺もー。さっさと座れ!もうチャイムなって何分経ってると思ってんだー!おーい!辯次ベンジーも!さっさと席に着けオラ!」


「そーいうんだったらチャイムと同時に入って来いよー!」

「「「そーよそーよ!!」」」


「うるせー!先生の足裏には今、ノドグロサイズのウオノメができてんだよ!ちょっとはいたわれー!」


 騒ぐ児童を慣れた態度で席につかせ、自身も教壇の上に立つ。


「はいじゃあ、朝の会な……お、今日はアレだな…目に木工ボンドが入って一昨日から休んでる氷川以外は全員来てるな。結構結構。えーっと……まあ、特に言う事も無いかね…あ!いや、そうだ……あの…もうじき夏休みだけどさ。それより先に夏休み前の参観日があるから…ほんでね。そん時にあの、班に別れて発表会するだろ?プレゼンでも劇でも漫談でも、ちゃんと調べたこと発表できてたら何でもいいけど、いい加減各々何するか決めとけよ。親の前で恥かくことになるぞ。じゃ、起立!」


 朝の会が終わり、授業が始まるが、この日の1、2時間目はその発表会の準備に費やされた。山川先生は隅のデスクで黙々とパソコン作業に明け暮れているため、大抵の生徒たちはここぞとばかりに談笑したり、遊んだりしている。クラスのガキ大将である正人も例外なく、同じ班の透と消しゴムサッカーに興じていた……のだが、真面目にせっせと発表用の資料を作っている女子の一人がじぃっと見てくるため、今ひとつ白熱できない。


「………………何だよ岩下。ジロジロ見てきやがって」


「何やってるのかなって思っただけだよ」


「お前にはカンケーねぇよ。あんま見てくんじゃねえよ。優等生らしく発表会の準備してろや」


 正人が悪態をついている間に、彼の消しゴムはスコーンと机から弾き出されてしまう。今まで負け越してばかりだった木下透が愉快そうに笑う。


「へへへ……岩下の『にらみつける』のおかげでまあちゃんの防御がグーンと下がってるぜ」


「別に睨んでないけど……」


「テキトーなこと言ってんじゃねぇ!消しゴムに防御力もクソもねぇだろうが!もっかいだもっかい!」


 机の上で右往左往している消しゴムを不思議そうに見ている岩下陽菜。当然、見つめている間は彼女も手が止まっているので自然に、資料を作っている人員がいよいよ一人になってしまう。その一人である少女、鎌倉あみんが苦言を呈する。


「ヒナちゃん……もう男子たちは放っといて私たちだけで終わらせちゃおうよ」


「…………あ、うん、そうだね」


「…………なあまあちゃん。鎌倉の奴、イメチェンしてから何かあたりが強くねえ?」


「まだ中身はグレてんだよ。裏番とか目指してんだよ」


 刻まれたてホヤホヤの黒歴史をいじられたあみんだが、スマートに無視をする。それよりもまた、手を止めて正人を見ている陽菜をじろりと睨む。


「…………ヒナちゃん、また手が止まってるよ」


「…………あ、ごめん」


(………………なんか岩下のやつやたらまあちゃんのこと見てきてるじゃん。惚れられてんじゃねぇの?)


(ん、んなわけねぇだろ!?)


(じゃあ何であんなに見てきてるんだよ)


(見て…………るか?)


 チラッと陽菜の席を確認すると、向こうも同じようにチラチラと、確かにこちらを伺っているようである。しかし、他の男子たちと比べ若干付き合いの長い正人は何となく彼女の心境を察することができた。


「………………………………岩下、もしかしてお前…やりたいのか?」


「………………………………………………………………」こくん


 チラ見する者同士、目があったしまったので探りを入れてみる正人。自分ではなく消しゴムサッカーを凝視していたという彼の推測はどんぴしゃりだったようで、陽菜は少し恥ずかしそうに頷く。


「いやいやいや………準備しようよヒナちゃん」


「うん……やらないから安心して……」


 あみんにたしなめられ、またも作業に戻る。「オトナ女子の岩下陽菜さんでもこんな子どもの遊びをやりたがるんですね〜」と透がありふれたイジりをするついでに、彼女が書いていたプリントを覗き込む。そして驚愕する。丁寧にまとめられた、仁丹市の伝承にまつわる資料の端々に奇天烈な、毛玉のような物体がひしめいていたのである。


「うわっ!!キモっ!……なにそれ……潰れた蚊か?」


「……………輪入道ですけど」


「…………何それ」


「……この辺りに出現する妖怪ですけど」


「……俺らはまあいいんだけど、これ資料としては正解なのかよ」


「妖怪だって立派な伝承だもん」


「いや、そういうことじゃなくてよ……」


 正人が横目であみんを見る。あみんもどうやらこの絵に関しては完璧に想定外だったようで、目に見えて唖然としているのが分かる。


「ヒナちゃん……一応一学期の晴れ舞台なんだからもうちょっと真剣にやろうよ」


「私は真剣ですけど……みんな妖怪を邪険にし過ぎだよ」


「妖怪云々じゃなくてその下手な絵に文句があるんだろ」


「………下手……」


 正人のツッコミを受け、どことなくショックそうな陽菜。ここぞ狙い目だと正人と透は2人掛かりで陽菜の絵をコケにする。


「ド下手だよ!!チンパンジーかなんかが描いた絵じゃねえの!」


「俺がその妖怪だったらお前のとこに化けて出てやるわ!」


「ちょっと二人ともやめて!私は別に絵が汚いことをとやかく言いたいわけじゃなくって!発表用の資料に描いちゃったことを言ってるの!…例え、この絵がもう少し何が描いてあるか分かるクオリティーに上がったとしてもダメなものはダメだし」


「………いいよ、私が悪いんだし……ありがとあみんちゃん。余計なことしてごめんね?」


 男子二人の猛攻を庇うあみん。さりげなく汚い絵呼ばわりしたことには誰も触れず、改めて資料を見るが、もう取り返しがつかない程に方々に輪入道の亜種が点在してしまっている。


「う~……ん。別にヒナちゃんを責めたいわけじゃないけど。これはもう資料として使えないかもな」


「う……ごめんなさい」


「岩下!お前~班の足引っ張るなよ!」


「もう本番まで間もねえのにどうすんだよ!言っとくけど、俺居残りで資料作りとかマジ勘弁だからな」


「居残るのが嫌だったら最初から真面目に手伝ってくれたらよかったんじゃない!……ヒナちゃん気にしないでいいよ。別にどうしても資料が必要なわけじゃないんだし!調べたことを覚えて上手く口答で発表できたらちゃんと様になるって!」


「………うん」


 今回の発表会は自分たちが調べた仁丹市のアレコレをまとめて発表するものなのだが、その方法は自由である。陽菜、あみん、正人、透の班は(主に女子側の独断で)無難な資料を用いたプレゼン形式を予定していたのである。しかしたった今、陽菜のせいでその資料がダメになってしまったのである。土壇場で滞ってしまった事態に、透がわざとらしい溜息と共に愚痴を吐く。


「あ~あ……つまんねえよな~……辯治ベンジーの班は人気ラーメン店の誕生秘話をコントでやるって言ってたぜ。俺らもそんなんが良かったよな~」


「うるさいなあ…そっちがお前らで勝手に決めろって押し付けてきたくせに」


「コント………そっか……お芝居……」


「ヒナちゃん?」


 透の愚痴を受け、陽菜が何かを閃いた顔(と言っても無表情)をする。


「………私、仁丹市の伝説……お芝居する」


「はあ!?……い、いや…まあ、劇でも良いってヤマセン言ってたけど、マジでやる奴いねえだろ。教壇で?は、恥ずぅ~」


「ヒナちゃんはいいだろうけど……私も演技はヤダよ」


「大丈夫……責任もって私一人でするから。みんなは隅でじっとしてればいいよ」


「ええ~……私、親が見に来るんですけど」


「俺と透は親来ねえから別にそれでも全然いいけど……そういや岩下(おまえ)んとこは来んの?」


「うん……お母さんは今、仕事から解放されて無敵モードになったから」


(何かその言い方だと無職みたいに聞こえるな……悪いニュースとかで出てくるタイプの)


「いや…そっちじゃなくてさ。ホラ、お前んとこのもう一つの家の方」


「あ…………そっか…考えてなかった。わあ…そっか…来てくれるかもしれないんだ」


 参観日に大好きなお姉さんやお兄さん方が来てくれるかもしれないという僥倖にずんずんと明るくなる陽菜。その横で「これは劇で決定だろうな」とあみんが軽くため息を吐いていた。


「……みんな…誰を誘おっかな……エミちゃんとか、来てくれるかな」



                  2




『…………と、言うわけでそんな彼女の参観日を企画として利用させてもらおうと思っている』


 陽菜が輪入道を量産して、演劇を提案して、昼休みに消しゴムサッカーで正人たちを蹴散らしている間、彼女のあずかり知らない緊急会議がノンシュガーズ宅で行われていた。陽菜以外の全てのメンバーがリビングに集まり、どんな無茶苦茶を言われるかどぎまぎしながら聞いている。


「……まず、何で家でもなければ黒川もいねえのに、ちゃん陽菜の話が聞こえてるんだよ」


『黒川が以前、ランドセルに仕込んだマイクで音声を拾っている』


「………そういえば回収すんの忘れてた」


「アンタ、いつの間に女児に盗聴器仕込むようなロリコンになってたのよ……あ、元からか」


「そんなんじゃねえよ!!……あくまでその、仕事の一環としてだな」


 黒川の必死の弁解は一同から総スカンを喰らい、天知がUに話の筋を確認する。


「それで……陽菜ちゃんの参観日を見に行くってことかな?それが放送?仕事?絶対に行かないとダメ?」


「……えらく消極的ですね天知さん」


「そりゃあ……だって言うなれば僕って精々近所のおじさん程度の間柄だよ?別に大地さんが来れないわけでもないのにノコノコ授業を見に行くなんて…色々きついじゃない」


「……ヒナちゃんには悪いですけど……私もその、子どもは苦手ですし、アウェイなのも嫌ですし…ただでさえ東風生にはトラウマがありますし」


「珍しく凛と同意見よ。何が悲しくてくだらない授業を見に、クソガキどもの巣窟に行かなきゃいけないのよ」


 割といつものことだが、放送に対して消極的なメンバーたち。「まあまあ」とどっちつかずの態度で一同をいさめる黒川だが、実を言うと彼だって行きたくない。同級生たちの前で「お兄ちゃん」なんて言われようもんなら「あんな美少女の兄がこれ?」みたいな冷ややかな視線を受けるコト間違いなしである。そんな生き地獄はごめんだ。


「おいおい……天知さんと姫月はともかく…須田は陽菜のファンなんだろうがよ。言わばワンマンショーを間近で見られるチャンスなのに、蹴っていいのかよ?」


「う……ま、まあ…確かに、その、見たいのは見たいですけど……で、でも!やっぱり東風小に行くのは嫌です!…それに最近、私は陽菜ちゃんは演技してるよりも素の方が可愛いことに気が付きました!」


「アイツの演技なんて頼まなくても嫌ってくらい見せられるじゃない」


『話は最後まで聞け。私だってキミらがこの話を快く受けてくれるとは思ってないさ。だからと言って企画を明るみにして、無理やり行かせるのは岩下陽菜自身に悪い。そこで…キミらが行きたくてしょうがなくなるような案を考えておいた』


「案?……金でも出すの?」


『いや…最近はキミらに金を注いでもあまり意味がないことが分かってきたし、アメをやめてこれからはムチで対応することにさせてもらおうと思ってな』


「………それって」


『ああ……ズバリ、彼女の参観日に誘われなかった者、行かなかった者は罰を用意している。一人一人に特別な奴をな』


「「「「「ええ~………」」」」


 あんまりの事態に全員がしかめっ面になるが、特別な罰という言葉はわりかし効果的だったようで、全員が一先ずは参観日に前向きになった。


「全く……恐怖政治は長続きしないよ?それじゃ結局無理やり行かせてるようなものだし」


 天知が訝し気な顔をするが、その直後に「まあ、あんまり渋るのも陽菜ちゃんに悪いしね」と己を律する。その横では姫月が苦々しい顔で舌打ちをしている。


「ま、まあ……最悪こっちから言えば絶対見には行けるだろうし…回避しやすい罰なんだからいいじゃないっすか」


 何となくフォローしたくなった黒川だったが、フォローされた側のUはというと、とんでもない二の矢を放ってきた。


『いや。参観に行けるのは3人までだからな。二人は必ず罰を受けることになるぞ』


「ええ!?……そ、そんなご無体な!」


「行けって言ったり、行けないって言ったり……わがままな宇宙人もいたモノね」


『私がというより…これはもとよりの学校のルールだ。昔、8人兄弟の長男が未就学児の弟と父母全員を連れてきたことがあったらしくてな。それ以来、一人の児童につき4人までの保護者という風に決まったらしい…岩下大地を合わせて、行けるのはあと3人ということだ。あと、言うまでもないが企画のことは陽菜含む誰にも口外するなよ?』


「なるほどね……言わばこれは誰がちゃん陽菜に招待してもらうかのチキンレースってことか。企画らしくなってきたじゃん」


 なぜか嬉しそうに星畑が言う。どよどよ…と黒川と凛が周囲を見渡すと同時に、天知が苦笑する。


「それなら僕は甘んじて罰を受けることにするしかなさそうだな…だって、どうあがいても僕がみんなを押しのけて陽菜ちゃんからご招待を受けるわけないんだし」





                       3



「………というわけで、何とか天知さんをヒナさんの参観日にご招待したいのです」


 ところ変わって、陽菜が消しゴムサッカーにて殿堂入りという名の出禁を喰らい、天知が勝負を放り投げた翌日の昼間、例によって大地から召集された黒川と星畑が彼女の秘密の作戦を聞かされていた。


「ええっと……一応聞きますが……それはなぜ?」


「もちろん。将来におけるシミュレーションです。いずれ家族になるのですから、今夫婦っぽいシチュレーションを満喫しといても悪くはないはずです」


「………はあ」


「聞いた話によりますと、ヒナさんはお芝居をされるそうで、そんなヒナさんをほほえましく眺める天知さん。それを熱っぽい視線で見つめる私。とっても良いと思いませんか?」


(アンタも娘見ろよ)


「それが良いかどうかはともかく……天知さんにも予定とかありますし…行けるかどうかは分からないっすよ」


「なのでお二人にご相談しているのです。何とか天知さんが授業参観に来ていただける方法などありませんでしょうか?」


「いやー……難しいんじゃないですかね。こればっかりは」


「あまりにも身内のイベント過ぎますぜ。今回は抑えてまた別の機会を練ったほうが……」



「……これを見てください」


 もごもごと煮え切らない反応を続ける二人に対し、スマホを取り出す大地。画面内の動画の中には大勢の子どもの前に立つ大地の姿があった。察するに彼女が散々嫌がっていた東京にあるという子役スクールでの映像であろう。


「すっげ……いっぱい子どもいますね。大繁盛じゃないっすか」


「そんなことはいいので、再生しますよ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


コーチ『はーい!今日はね!みんなに会いにオーナーの大地さんが来てくださってますよ~!』


子どもたち『キャーキャー』パチパチパチパチパチパチ


保護者達『(*^^*)』パチパチパチパチ


大地『ど、どうもみなさん……………この城の主でs』

コーチ『はい!!では、まずはオーナーからご挨拶をお願いしまーす!!』


子どもたち・保護者達 パチパチパチパチパチパチ


大地『…………え~…本日はお日柄もよく……えっと』


大地『えっと皆さんはその、演技をする際に大切なことを知っていますか?』


大地『それは笑顔です』


大地『誰が言ってんねん』ビシッ


子どもたち『…………』←真剣なまなざし


大地『…………………そんな私が最近声を出して笑ったものがあります』


大地『ピコ太郎です』


大地『何年前やねん』ビシッ


保護者達『………………』←真剣なまなざし


大地『………………………PPAP』


その場の全員『えっ……………』

動画見てる黒川と星畑「えっ…………」


大地『あいはぶあぺん…あいはぶああっぷる……あー……あっぷるぺん』


大地『あいはぶあぺん……あいはぶあぱいなっぷる……あー……ぱいなっぷるぺん』


大地『あっぷるぺん……ぱいなっぷるぺん……あー……ぺんぱいなっぷるあっぷるぺん』


大地『ずぅ~…ん…ピロピロピロピロ』


子どもたち・保護者達『…………………………………』


保護者達『……………………………ハッ!』


保護者A(真凛ちゃん!!笑って笑って!!)

保護者B(ゆうくん!!お願い爆笑して!!)

保護者C(樹里亜ちゃん!!スマイル忘れ物だよ~!!)


子どもたち『ハッ(察し)……アッハハハハハハハハハハハハハ!!』(←大爆笑)


大地『……………………………』


コーチ『え~っと……あ、ありがとうございまs』ピッ(←動画を切る音)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「以上です」


「「…………………………………」」


「…………少しくらいご褒美があっても良いと思いませんか?」


「あ、はい……」


「そうですね……そうですとも」


「あと、この動画の内容はお二人のお墓まで持って行ってくださいね。くれぐれも誰かに言いふらしたりしないよう」


(そもそもどう伝えりゃいいんだよ)


「……はい……あの~…ちなみにですね……仮に天知さん以外で参観について行っても良い人っていたりします?」


「エミちゃんさん以外なら誰でも………と、言いたいところですが、ご招待する権利はヒナさんにありますからね。ヒナさんがエミちゃんさんを誘ってしまうとなっても私に止めることはできません。非常に不本意ではありますが」


 淡々と娘思いな一面を見せる大地。「そこなんですけどね」と星畑が膝を叩く。


「東風小のルールっつうか決まりで参観日に行けるのは1生徒につき4人までって決まってるらしいんですよ」


「はい、当然把握済みです。ですが、まあ…私と天知さんが埋めてしまってもあと二席残ってるわけですし、そこまで深刻な問題ではないかと思うのですが」


「……めっちゃ言いづらいですけど。陽菜の独断っつーか……そのご招待…あの子任せにしてたら絶対天知さんはハブられますよ」


「…………というと?」


「つまり……その…姫月と須田は間違いなく確定で…あとは黒川か俺のどっちかになるってことです。平日なんでお姉ちゃんが混ざることは無えでしょうけど」


「……それはヒナさんが天知さんを無視して、皆さんの方を先に誘ってしまうと言うことですか?」


「言うことですかっつうか……まさにさっきそう言ったんですけど……まあ、その通りです」


 星畑の意見を受け、大地は面白くなさそうにフムと静かな溜息を吐く。


「なぜヒナさんは天知さんをないがしろにするのでしょう?前々からかなり気になっていたのですが」


「いやいや!!仲はいいですよ!!すこぶる!!……ただ、その~…やっぱ年が離れすぎてるんですよ。俺らはまだギリ友達って感じですけど……天知さんともなると陽菜ちゃんからすればもはや保護者なんですって」


「保護者上等です。結構じゃないですか。そもそも参観日は友達ではなく保護者を呼ぶものですよ?」


「お、俺じゃなくって陽菜ちゃんに言ってくださいよ」


 陽菜の中のノンシュガーズカーストで天知が芳しくない立ち位置であることにご不満な様子の大地だが、年齢を理由に関係上、一線を引いて接しているのはむしろ天知の方ともいえる現状である。そういった意味も込めて星畑が真面目にリアルな意見を出す。


「やらしい話ですけど…ガチの保護者でもない、保護者っぽいだけの立場の人が参観日に来たら変な噂たっちまいますよ?……陽菜は気にしないだろうけど、色々と学校生活とかに不都合起きるんじゃないですか?」


「そこは大丈夫です」


「え?なんか考えあるんです?」


「私、表現力には自信があります。天知さんの横で、圧倒的なオーラを漂わせてみせますので」


「オ、オーラ?」


「それは具体的にどういう?」


「『私はこの人とただならぬ関係ですぞ』…というオーラです。嫁オーラとでも申しましょうか。周囲はすぐさま私たちの関係性を察してくれるはずです」


(……「ですぞ」て)


 大地は至って真剣とはいえ、星畑のマジな意見を冗談みたいな対策で返されてしまった。


「…………いや、だから…そういう関係性に見えたらまずいって言ってんですよ。まだ再婚もしてない恋人を、未亡人が娘の参観日に連れてきたって……まあまあえぐい状況ですからね!?」


「なるほど。では、残念ですが夫婦オーラを出すのはやめておきましょう」


「あ、はい……そうしていただけると」


「話を戻して、ヒナさんに如何にして天知さんをご招待してもらうかを考えましょう」


(天知さんが来るのを諦めるって発想は無いんだな……やっぱり)


「……やっぱ天知さんが参観に来るのは絶対ですか?」


「当然です。たとえ周囲に誤った関係性を悟らせてはいけないとしても、私が一方的に夫婦の雰囲気を味わって濡れるのは問題ないでしょう?」


(問題しかねえよ)


「……俺が頼むのも変な話ですけど……お願いですから当日は陽菜ちゃんの授業をしっかり見てあげてくださいね」


「もちろんです。そんな分かり切った話よりも、肝心なのは天知さんがお呼ばれすることですよ?」


 大地の態度は変わらず淡々としているが、焦っているのか心無し、語尾が力強い。黒川と星畑は横目を見合わせ、大地に案を出してやる。


「……ていうか、別に俺らが誘われても断ればいいだけじゃないんですか?」


「?…というと?」


「いや…だから、陽菜から参観日に来てほしいって言われたとしても、その日は予定あるとか適当に断りゃいいでしょ。姫月、須田、天知さん、大地さんの4人で行けばいいじゃないっすか……なあ、いいよな黒川?」


 星畑に聞かれ、「おお」と頷く黒川。つまりそれは罰を甘んじて受けると言うことになるのだが、この際、もう覚悟しようと思いきった。目の前の35歳女性には、なんとなく後押ししたくなるようなそんなひたむきさがある。


(企画としては出来レースじみた展開になるからUは怒るかもだけど……まあ、これもドラマの一環と言っちまえばそれまでだよな)


「お二人はヒナさんの授業参観を見に行きたくないのですか?」


「い、いや……そんなことはないですよ?」(……罰ゲームあるし)


「あくまで譲るってだけですよ。マジで予定あるわけでも無し…今回の話が無かったら行ってましたよ」(罰受けんのいやだし)


「それなら私たちのことは気にせずヒナさんのお誘いに乗ってあげてください。先程も言いましたが、今回の主役はあくまでヒナさんです。そのヒナさんがお二人を選んだのに、私の勝手な都合でそれを捻じ曲げてはいけないでしょう」


「あ、そうっすね……すんません」


(肝心なところは娘ファーストというか……しっかり母親してるよな。しれっと私()()って言ってんのが突っかかるけど)


「本番の明後日までにヒナさんが天知さんを誘いたくて仕方がなくなるような……そんな案があったりはしませんでしょうか?」


「こればっかりは祈るしかないでしょ。ぶっちゃけ天知さんも行きたくないでしょうし」


「では逆転の発想ですね。反対に天知さんがヒナさんの授業参観に行きたくて仕方がないようにしてしまえば」


「ええ~…………それも一筋縄では行きませんよ」


「天知さんは何よりそういうアウェーというか悪目立ちを嫌いますからね」


「そこを何とか。ヒナさんが精一杯演技を頑張るんですよ?あの愛くるしいヒナさんが……多少アウェイでも行くのが普通だと思うのですが」


「いや………まあ、それも難しいでしょ。あの子わりとしょっちゅう精一杯演技を頑張ってますし」


 全く案を出さない黒川らに代わって大地が色々と行くべきメリットを挙げるが、どれもあえなくバッサリと切り捨てられてしまう。天知の性格と関係性を鑑みれば当然だが、だからと言って易々と折れる大地ではない。しかし、流石に遊園地の一件を多少反省しているのか、乱暴な案を強行することもせず、しばらくは端正な顔を捻ってうんうん考えていた。そして、突然何かを閃いた顔(と言っても無表情)で黒川らに案を話す。


「あ、待ってください。今思いついたのですが、凛さんはともかく、エミちゃんさんが授業参観に参加されることは無いのではないでしょうか?」


 的をついた意見ではあるが、残念ながら番組側の介入によりエミちゃんさんは既に参加の意を表明している。ちなみに行くだけ行って陽菜の芝居を見たら速攻で帰ることも既に宣言している。それに一席空いたところで、陽菜の誘う順序は「黒川か星畑か」という状態が「黒川と星畑」という状態に変わるだけに過ぎないだろう。番組のことは言えないので、とりあえず星畑がそのことだけを伝える。


「………なぜ5人もメンバーがいて天知さんが最下位になるのでしょう。我が娘ながら理解に困ります」


 心底ありえないと言った風に嘆く大地。じとりと黒川と星畑を無言で見つめ、「ふむむ」とまた唸る。口にこそ出さないが「なぜアンタら如きが天知さんよりも先に選ばれるんだ?」とでも言いたげな顔である。そして、その苛立ちをぶつけるように投げやりに二人に言い放つ。


「では、もう最後の手段ですね。お二人、何としてでも天知さんがヒナさんの授業を参観したくなるようにうまく誘導してください。もちろん逆でもOKです。ヒナさんが天知さんをお誘いしたくて仕方が無くなるように誘導してください」


「いや……だから一筋縄じゃいかんですって」


「100も承知です。ですが、貴方方は宇宙をまたにかけるスーパースターとお聞きしています。不可能など無いはずです。よっ大統領」

 

「んな雑なよいしょでやる気出すと思ってんですか!?」


「も~……大地さんが言ってくださいよ。陽菜ちゃんに『天知さんを誘ってみてはいかがですか?』って!これで一発でしょ!」


「それでもし『どうして?』なんてあの屈託のない目で詰められたら何とお答えすればいいのですか。いえ、それ以上に、も、も、もし…万に一つ『天知さんはいいや』なんて言われてしまった日には私はもう二度と笑えなくなってしまうかもしれません」


「そん時はピコ太郎でも見ときゃいいじゃないですか」


「プっ(笑)」


 星畑が早速、大地の失態をイジリ、それを受け相方が吹き出す。大地はピクっと体を震わせ、二人にただならぬ怒りのオーラを見せる。確かにすさまじい表現力である。


「…………そうですね。もし、上手くいかなかったときには…やはりあのお車はどこぞに売り払ってしまうことにしましょう」


「え!?」


「ええ……黒川への感謝のプレゼントじゃなかったんですか?」


「それはまた今度別途お渡しということで。そうですね。10年前に作られた私のピンナップはいかがですか?お宝ですよ?」


(へ、返答に困る!!)


「………………………………………………35歳」(ボソッ)


「今なにか?」


「いえ、何も!」


「ただいまー!!」


 嘘か本気か、一度プレゼントとして渡してくれたものを返せという35歳に呆気にとられ空気が悪くなりかけた瞬間、瑠奈が帰ってくる。大地はぐぐいっと黒川らに寄せていた顔をひょっと戻して、小声で「では、お願いします」と念押ししてきた。瑠奈に筒抜け過ぎて忘れそうになるが、一応天知への恋慕はまだ娘たちには悟られてはいけない段階なのである。


「お!黒川さんに星畑さん!!来てたんですね~!いらっしゃいませ~!!」


 皮だけはクールに見える母親・次女とは違い、活力あふれる笑顔で客人を歓迎する瑠奈。「お邪魔してます!」と星畑が西川きよしみたいな挨拶を返す横で、淡々と大地が母親する。


「おかえりなさい。ルナさん。戸棚にモロ〇フのプリンが入っていますので手洗いうがいをしたら召し上がってください。私は黒川さんたちをお見送りしてきますので」


「あ、ちょっくら出かける用事があるからお見送りは私がするよ!おやつも夜でいいや」


 というわけで速足の瑠奈に家の外までお見送りしてもらった黒川らだが、瑠奈は用事とやらに行かず黒川らの後ろでニコニコと含み笑いをしている。母親の色恋に興味津々の彼女のことだ。その笑顔が何を意味しているかは鈍い黒川でも分かる。星畑が瑠奈と同じような少しニヒルな笑顔で瑠奈をからかう。


「んで?……お姉ちゃんはいつから話を聞いてたんだよ?」


「あ、バレました?」


「いや、そのリアクションで分かっただけで潜んでた時は気づかなかったよ。産業スパイの才能とかあるんじゃねえ?」


「産業である必要はねえだろ」


「フフフ……大体全部ですよ~……………………すんませっした!!うちの母が!!」


 ニコニコおどけて見せる瑠奈だが、突然シュバリと凄まじい勢いで頭を下げる。産業スパイよりも崖っぷち営業マンの方が向いていそうな綺麗な最敬礼である。


「ンフフフ……謝んなくっていいって。何だかんだ楽しんでるし」


「遊園地の時みたく天知さん本人に対して暴挙に出られるよかここで相談してくれる方が助かるよ」


「ううう……ほんっとすいません。凱旋ノルマが終わったもんだから今、めちゃくちゃ調子に乗ってて。本来参観日とか嫌いなくせに」


「え?嫌いなの?参観…」


「あ、いえ……ヒナの授業自体は見たがってると思いますよ?でもお母さん、基本的にコミュ障だから保護者が集う系のイベントとか苦手なんですよ。だから天知さんが来れなかったとしても誰か知り合いいる方が助かると思いますので申し訳ないですけど、付き合ってやってください」


「な、なるほど……ちなみに瑠奈ちゃんの参観日の時はどうしてたの?」


「アハハハ!……私の時はもう…子役全盛期で可愛さ真っ盛りのヒナがいましたから!全同級生がヒナに殺到して他の保護者もそれどころじゃなかったですよ!!…今の学校と違って発表とかでもないですし」


「あ~…………」


「……学校が変わって授業内容が発表だったら何か変わるの?」


「私も聞いた話ですけど……なんか最後に保護者同士で話し合って一番良かった班を決めるそうですよ。コメントも求められるとか」


(………まあまあだるいな)


「見ろよ瑠奈。黒川の顔を……やる気に満ち溢れてるぜ」


「溢れるかよ」


「ええ~!黒川さんもヒナの奴の参観日来てくださるんですかぁ~?てっきり星さんとか凛さんだけだと思ってましたけど?」


「あ、あ~……まあ、本人に誘われたら行こうかなとは思ってるけど」


「いいんですよ?お母さんの手前断りづらいとかで遠慮してるんでしょうけど…別に行かなくっても?……何ならヒナに不必要に誘うなって釘刺しときましょうか?」


「う、うん……まあ、うん」


 聡明な瑠奈には、黒川が別に陽菜の参観日になど興味がないことが分かるのである。というより、アウェイな場に行きたくないという気持ちが分かると言った方が語弊が無くていいだろうか。いずれにしろ、岩下家の常識人枠としてフォローに回ってくれているのである。

 この上なく的を得ている瑠奈の配慮だが、残念ながら今回は行かなくてはいけない理由がある。宇宙人による前代未聞の罰ゲームを受けるくらいなら、まだ恥を忍んで小学生の知人の授業参観に参加する方がマシである。そのためどうしても煮え切らない不明瞭な返しになってしまい、瑠奈がどよめく。流石に番組が一枚噛んでいるとまでは察せられない。


「え?……ひょっとして行きたいとかですか?」


「ん?…う、うん……まあ、行きたいって言うか…ホラ、この前の俺の漫才見に行こうとしてくれたみたいだし、それなら俺もっていうか」


「そ、それはまあ……何とも…やっぱ優しいですね~黒川さん」


「ハハハ……そんなんじゃないって」(小声)


「へへへ、ありがとうございます!きっと妹も喜びますよ!あ、それと…天知さんの件は今回はシカトって言うか、全面無視してくれて大丈夫ですからね?あの母親もそろそろ我慢を覚えないと」


 話が大地さん関連の話題に戻り、瑠奈が苦笑しながら「お母さんは暇人なので天知さんが来なくっても授業参観には行きますって!」と続ける。しかし、星畑は少し考えて、真剣なのかふざけているのか分からない調子であっけらかんと口を開く。


「いや…やっぱこっちでも天知さんが陽菜の授業参観に行きたくなるよう仕向けてみるぜ。まあ、ダメだったらそれまでってことで」


「え?……そうなの?」


 相棒の意見に瑠奈より先にきょとんとする黒川。


「うん」


「え、え~……す、すごいですね…二人とも…あの、別にふつ~の授業参観ですよ?学芸会とか運動会とは違いますよ?」


 なぜかやけに参加への姿勢が意欲的なメンバーたちに感謝を通り越して少し引いている様子の瑠奈。しかし、すぐに笑顔に戻り、「じゃあ私もそれとなくヒナが誰を誘うつもりか聞いときますね」と言って、岩下家に戻っていった。






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「……それで、何で天知さんを心変わりさせようなんて気になったんだよ。まさか大地さんがマジで俺から車をしょっ引くとでも思ってんのか?」


 シェアハウスに変える道中、黒川は星畑の肩を小突きながら訊ねる。星畑は「んなわけねえだろ」と苦笑して続ける。


「俺は天知さんの事、すこぶる好きだし、あの人のできる限り平穏でいたい、目立ったことしたくないって考えも尊重したいとは思ってる。でもな、今回は流石に折れるのが速すぎだ。番組に参加してる以上、出演者が罰ゲームを受け入れて企画から降りるなんてのは論外なんだよ。大地さんの圧に負けて折れかけた俺が言うのもなんだけど」


「……ああ~……」


「だから天知さんにはせめて参加する気にくらいはなってもらわねえと。ぶっちゃけ、そうなっても望みは薄いんだし」


「陽菜ちゃんから選ばれるとは思えないもんな……余裕ぶっこいてるけど俺も選ばれるかどうか」


「まあ、こればっかりはなあ……別に3枠空いてるからって陽菜が全部埋めたがるとは限らないし」


「だからあんなに大地さんに念押ししてたんだな。行けるとは思えないって」


「うん……安易に分かりましたなんて言っていざ当日来れないとなってみろ。ペンホシハタドーテーエミチャンペンにされちまうぜ」


「姫月とばっちりにもほどがあるだろ」


「アホ!俺らも十分とばっちりだわ!感覚マヒしてるぞ!」


「んで……天知さんをやる気にさせるって意図は分かったけど、方法はあるの?」


「そりゃ…罰で脅すの一手だろ」


「あの人を脅すの!?……無理だよそれは…ヒエラルキーのてっぺんだぜ?一斗缶持ったアジャコングと同じくらい怖いものなしだぜ?」


「そこは…ほりゃ…なんかあるだろ?例えば、昼夜逆転生活強いられるとか、飯が一食だけになるとか、レディース服しか着ちゃダメになるとか…あるいはその全て」


「片岡鶴太郎2号作ろうとしてない?」


「ンフフ……まあ、お前なんか結構あの人と一緒にいること多いじゃん。なんかあの人が絶妙にまいりそうな罰を考えといてくれよ。『こんなんだったらどうします?』くらいのニュアンスで不安にさせる程度でいいからよ」


「う、う~ん……気が引けるなぁ……あんなにお世話になってる人を」


 そんな会話をしているうちにシェアハウスに着いたのだが、玄関に陽菜の靴が置いてある。中学生の瑠奈が帰ってくる時間になっても岩下宅に戻っていなかったことからある程度予想はついていたが、やはりシェアハウスに寄っていたようである。彼女に企画のことがばれてはいけない。


(陽菜ちゃん帰ってるわ……星畑余計なこと言うなよ?)


(分かってるって……お前が結城美柑でシコッてたことは絶対言わねえから)


(そういうタイプの余計なことじゃねえよ!!……でもそれも言うなよ?)


(余計な口滑らすのはいつもお前か須田の役割じゃねえか)


 釘を刺した代わりに痛いところを刺された黒川。だが、リビング…というより一階には誰もいなかった。もし陽菜がいれば、いつもならトテトテと階段を下りてきて出迎えてくれるのだが、今回は音沙汰がない。


「あれ?……陽菜ちゃん二階かな?姫月の部屋か?それとも自分の部屋か?」


「……んじゃあもう姫月とか須田はとっととお呼ばれして一抜け二抜けしてるだろうな」


「そういわれてみりゃそうだな。ま、そこはもうシード枠っていうか大阪桐蔭っていうかだし、端から勝てるわけないっしょ」


 とりあえず二階に行くため階段を上がりきると廊下の奥から何かが凄まじい勢いで駆けてくる。うぎゃあ!と悲鳴を上げて飛び上がりかけるが、よく見るまでもなくそれは今回の主役、陽菜その人であった。画用紙で手作りしたであろう恐ろしいイラストのお面をかぶっている。


「おかえりなさい……びっくりした?」


「………ただいま……えっと、それは何かの妖怪?」


 星畑の肘に縋りつきかけたままの状態で、陽菜に質問を返す黒川。陽菜はというと仮面越しでも分かるほどに上機嫌になり、跳ねるように廊下を駆け回る。


「そう!そうだよ!!妖怪!!輪入道輪入道!!流石お兄ちゃん!」


「お、おおう……」(輪入道までは分からなかったけど)


「いのちの輝きくんかと思ったぜ」


「………そんなお面なんか作って……何の遊び?」


「フフ……今度のお芝居で使おうと思って……部屋で作ってたの」


「ふぅ~ん……………姫月は?」


「エミちゃん?私が帰った時からずっと部屋で寝てるよ?」


「あ、そうなの……じゃあ凛ちゃんは?」


「さあ?お出かけしてるんじゃない?」


 どうも今回の最大のライバルたちはまだ陽菜とエンカウントしていないようである。そして廊下での騒ぎに反応して「やあ、おかえり。黒川くんたち」と天知が部屋から顔を出す。どうも今、家の中で陽菜と会話ができるのは男衆のみということになる。これは、ひょっとするとチャンスなのではなかろうか?咄嗟に星畑の顔を見る黒川だが、彼は神妙な顔で首を横に振る。

 そんなこんなでもさもさしているうちに陽菜は忙しそうに再び自室に籠ってしまった。


(おい!これってもしかしたらチャンスなんじゃねえの?俺らだけでもまずは内定取れるんじゃ?)


(気持ちはわかるが落ち着け。ちゃん陽菜とバッチリ会話までしたってのに誘われる素振りすら見えなかったじゃねえか。ここで変にアピールしすぎるとかえって危険かもしれんだろ)


(……いや、だって……本番までまだあと二日もあるんだし……まだ誘う人、選んでるだけかもじゃん。先に唾付けとこうぜ?天知さんと俺らで席埋められればハッピーだろ?)


(……お前は気づいてないかもしれんが、今の妖怪のお面は間違いなくくだんの発表会で使う用の奴だぞ?それをフライングで俺らに見せたってことは…端から俺ら呼ぶ気なんかないってことだろ!)


(か、考えすぎだろ)


(フフフ……白熱してるね)


 陽菜の扉の前で小声で言い合っている二人を天知がニコニコと見守っている。そんな天知を横目で見た星畑が今度は黒川に目で合図する。要するに先程の作戦を実行しろと言っているのだろう。やむなしに黒川は適当に話をつけて、天知の部屋に招かれる。幸い、部屋に入るや否や、すぐに天知側から企画の件の話を振ってくれた。


「どう?……陽菜ちゃんの授業参観にはお呼ばれされそうかな?」


「いや~……どうでしょうねぇ…妖怪に関する発表するらしいですからその縁で俺が呼ばれたりしないかな~…とか思ってはいるんですけど」


「黒川くんは人望があるから大丈夫だよ」


(嬉しいけど…ほかの全メンバーにも同じこと言いそうだよな)


「小学生の陽菜ちゃんとは言え、女の子に選ばれるなんて男冥利に尽きるもんね。僕みたいなおじさんにはもう降りもしない話だけど……ハハハ」


「いや~……それもありますけど…やっぱ一番は罰ですよ。何されるか分かったもんじゃないですし」


「そんなにおっかないの?宇宙人の罰は」


 天知をやる気にさせるための脅しのターンを始めてみたが、当の本人は自分がそれを受けることが半ば確定しているとは思えない程、他人事のように黒川に訊ねる。


「いえ、アイツは都合の悪いことを言わなかったり、隠し事したりはあっても直接何か被害を被ってくることは無いんで……だからこそ怖いんですよ。未知数ですから」


「未知数ねえ……そういえば一人一人個別に用意してるって言ってたけど」


「でしょ!?……それってつまり俺ら個人に効果が甚大なモノを作ってるってことですよね!?幻影旅団を殺す為だけに作られたクラピカの念能力みたいな…俺特化の罰とか考えたくも無いですよ」


「特化した罰か……」


「しかもアイツ、カメラで終始俺らの生活を覗いてて知らないこととか無いわけですから!…とんでもない隠し事とかバラされちゃうかも」


 話しているうちに黒川も罰が本気で怖くなってくる。これは勝たねばいけんと改めて鉢巻きを締める。天知の方も、笑顔が若干こわばり、ちらりと秘密のクローゼットに目を移している。ここを責めない手はない。


「………天知さんの罰も…()()()方面全然あり得ますよ?」


「やっぱり?」


「はい……それの暴露とかだけならまだしも……罰ですから、単なるスクープだけじゃ終わらないかも」


「え……それ以上があるっての?」


「はい……例えば、コレクション全部はした金で売り払われるとか……」


「!!」ピシャ~~~~ン!!(でんでんでーーーーん!!※火サスのOP)


 サラッと言った罰の予想。本当に単なるたられば話に過ぎないのだが、天知への効果は甚大だったらしく、凄まじい勢いで振り向いてくる。なんか聞き馴染みのあるBGMと雷鳴まで聞こえてきた程である。


「そ、そんな……そんな暴挙が許されていいのか?」(でーんでーんでーん……※残響)


「は、はい……まあ。この手の罰ゲームやドッキリはYoutuber界隈では結構王道っぽいですよ」


「信じられない……人の宝を何だと思ってるんだ」


「ハハハ……番組作る奴にしてみりゃ…取れ高に勝る宝無しってことなんじゃないっすか?」


「………狂ってるよ」


 ふらり…とよろめきながら立ち上がる逆立ち眩みのような不安定な動きで、クローゼットを開ける天知。そこにはアニメファン歴1,2年とは思えないほどのBlu-rayボックスが並んでいる。その一つ一つを柴犬をなでる婆さんのような繊細な手つきで触れていっている。何だか見てはいけないような気がしてそっぽを向いている黒川の耳に、「……れんちょん」という呟きが聞こえてくる。いっそ耳も閉じてしまおうかと思った次の瞬間、打って変わったはっきりした口調で天知が力強く宣言する。


「すまない、黒川くん。この前の僕の発言だが撤回させてくれないかな?」


「え?」


「やはり、戦うよ。男として、守らなければいけないものがあるからね」


「あ、はい……頑張りましょう……お互いに」





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 当初の目論見通り、というか星畑が願っていた通りの展開に持って行くことができた。しかし、番組の企画としてはこれが正しい在り方なのだろうが、黒川の主観的にはライバルを一人増やしたうえ、負けたときのデメリットによる精神的負荷まで増やしてしまうというあまり良い成果とは言えない結果が残った。

 先程星畑と話し合っていた通り、やる気になったとて天知や自分たちがこの対決に勝利する可能性は五分以下である。せめて黒川は天知に罰という奴がアニメ関連のモノでないように祈ることしかできない。それはそれとして、あまり人の心配ばかりもしてられない。先程の脅しが自分自身にもじわじわと響いてきたのである。

 そんなことを悶々と考えながら、天知の部屋から出ると、陽菜が姫月の部屋の前に立っているのが見え、思わず「あ!」と声を上げてしまう。


「あ、お兄ちゃん」


 音を立てないように慎重な手つきで姫月部屋のドアノブをいじっていた陽菜が、ジッと黒川を見る。もうお面はつけていない。


「ひ、姫月に何か用あんの?」


 白々しく聞いているが、その内心では(早く姫月に授業参観の話を持ちかけたくてうずうずしてるんだな)と察せられている。そこんとこの焦りというか動揺が言葉の端にドモリという形で表れている。


「……用ってわけでもないけど……」


「ふ、ふ~ん……ま、そのうち起きるでしょ」


「うん………」


 このまま廊下で立ち話を続けるのも不自然だが、かといっていじらしくドアの前で大好きなエミちゃんを待っている少女に「下でお菓子でも食べない?」なんて誘うことは困難である。仕方なく、そのままフェードアウトしようとしたその時、陽菜がドアノブを軽く握ったまま顔だけちらりと黒川を見て、静かに口を開く。


「あの、もうじき………私、輪入道になりきって…えっと…するんだけど」


「う、うん」


 お誘いへの激熱リーチである。思わず前方へ身を乗り出す黒川。陽菜はドアノブに触れていない方の手で髪をクルクルいじり、恥ずかしそうにうつむく。


「お兄ちゃんは…私の家族じゃないけど……その、今度、暇だったら……」


「う、うん!!見に行くよ!暇だし!」


 まだ5W1HのHしか正確な情報がない段階だったが、全てを理解している黒川が食い気味で了承する。どうせお誘いではなく「リハーサル付き合って」とか「エミちゃん誘ったら来てくれると思う?」とかの別件で、ずっこけるパターンかと思いきやのど真ん中ストレート大勝ちである。

 陽菜も陽菜で、黒川の返事にふんわりと笑って、「やった」と言ってくれた。この笑顔を見た瞬間、アウェイだ罰だとウダウダ言っていた自分を張り倒したいほどの、激情にかられる黒川。この笑顔の為だったら、たとえ彼女のクラスメートから誘拐犯だと勘違いされて防犯ブザーの十重奏(デクテット)を浴びせられるとしても、構わず会場に赴くことだろうとじんわり感動する。


「それで、姫月も誘おうとしてるってことか」


「うん……来てくれると思う?」


 ゲームに一抜けした黒川は陽菜の動向を探るだけでなく、冷静に知略…というか悪知恵を働かせるくらいの余裕ができていた。姫月は選ばれて当然、という考えは捨て去って、ここは男どもの下剋上を狙おうではないか。もちろん、誘う人間を決める決定権は陽菜にある。それでも、少なくとも自分が企画のことはしらばっくれて少々捻じ曲げた事実を伝えるのは、何も問題ないだろう。


「う~ん……行きたがるかねえ……言っちゃ悪いけど…絶対めんどくさがるでしょ。ガキどもの群れに行くなんてまっぴら!とか言ってさ」


「…………そうだよね。まあ、エミちゃんが学校来たらあみんちゃんも気まずいだろうし、今回は他の人誘おうかな」


(やったぜ……姫月には悪いが……お前がホントに言ってたことを伝えたまでだ……悔しかったらさっさと起きやがれ!イソップ童話のウサギみたいに余裕ぶってグースカ寝てるからこんな雑魚に美味しいところ持ってかれちまうんだぜ)


 黒川がやたら脳内で饒舌なのは、罪悪感を払拭するためである。姫月にというよりは、陽菜に対しての罪悪感。このまま彼女が起きるのを待ちさえすればほぼ100%お誘いは成功するのだが、これを伝えず反対に引きはがすというその行為には後ろめたさを覚えてしまう。


「でも、凛ちゃんとか天知さんなら来てくれるんじゃない?」


「うん……でも、えっと……」


 さり気なく凛に紛れ込まして天知を推してみるが、何だかモゴモゴと口籠っている。察するまでもなく、彼女は姫月を優先的に誘いたいのだ。逆になぜ黒川をここまですんなり誘ってくれたのか不思議なくらいである。


「………………姫月にも聞くだけ聞いてみたら?アイツも大概暇人だし、ひょっとしたら来てくれるかもよ?」


 目の前で、名残惜しそうに物言わぬ扉を見つめ続ける少女のいじらしい姿に思わず速攻で手のひらを返す黒川。


「……うん………うん!そうだね……やっぱりエミちゃんにも誘ってみる」


 パアッと明るくなる陽菜を見て、(俺もヒールになれねぇお人好しだな)とニヒルにほくそ笑む黒川だが、一抜けして余裕があるからゆえの行動であることは言うまでもない。


 その時、願いが通じたのかドアの奥で物音がして、間もなく髪をかき上げながら寝起きの姫月が出てきた。


「………ふぁ………何?人の部屋の前でたむろしないでくれる?」


 瞬きがちな目で黒川と陽菜を交互に眺め、大欠伸をする姫月にすかさず少女が誘いの一手を見せる。


「エミちゃん!私の授業参観来て!」


「嫌よめんどくさい……それより暇ならお茶持ってきて…鶴瓶のやつ」


(ええ!?)


「あ、うん………分かった………」


 瞬く間に玉砕し、トボトボとお茶くみ係をこなすべく一階に沈む陽菜。そのあまりにも悲しい背中を唖然としながら見送り、黒川が姫月に小声で訊ねる。


(………お前、良かったのかよ?)


「あ?………何が……ふぁ~~………ん……あー…廊下暑…」


(いや、ホラ…お前……授業参観だよ…罰受けんの?)


「……………………罰?……………………………あ」


 眠そうに頭を掻きながら、端正な顔でボケーっとしていた姫月だったが、しばらく考えて短い声とともに目を見開いた


「忘れてたのかよ!」


「……ていうかなんか反射的に断ってたわ。ヒナが何を言ってたのかすら思い出せないし」


「………早く訂正して来いよ。もう俺は内定したからあと2枠しかないんだぞ?」


「………嫌よ……そんなことしたら私が授業参観行きたくて仕方がない奴みたいになるじゃない」


「いや……事実そうじゃん。罰があるからとはいえさ」


「……そもそも…なんで罰なんか受けなきゃいけないのよ。フツー、ガキの参観日なんて行きたくないでしょ?私は親になんかならないけど、私の娘だとしても行かないわ」


「仕方ないじゃん。決まったんだから。天知さんも罰が怖くなって誘われる方向に転換したから、うかうかしてると」


「あーもう!!うっさいうっさい!!……自分でどうにかするから!!アンタにとやかく言われる必要ないわよ!!」


「何の話?」


 お節介を焼き過ぎたのか、それとも自分はさっさと一抜けしたという事実に調子に乗りすぎていることを看破されたのか、姫月に怒鳴られる黒川。黒川も言い返そうとするが、お茶を持った陽菜が戻ってきたので慌てて止める。


「あ……エミちゃん、はいお茶」


「ん………」


 姫月を諦めきれないのか、お茶を飲む彼女の綺麗な横顔をジッと見上げ続けている陽菜。そんなぎこちない時間にもかかわらず、姫月は特に焦る様子も、気まずそうにするもなく、お茶を飲み終えても変わらず自分の部屋に入っていった。

 またも彼女の部屋の前で立ち尽くす羽目になってしまった黒川と陽菜は顔を見合わせて、どちらからともなく苦笑する。


「フフ……やっぱりだめだった」


「うん……ごめんね、行けるかもなんて根拠のないこと言って」


 本当は根拠に満ち溢れたモノだったにだが、結果は結果である。姫月という女のことがいつまでたっても掴み切れない黒川である。


「しょうがないよ。エミちゃん子どもっぽいことするの嫌だもん」


(授業参観に行くのは大人っぽいこと以外の何物でもない気がするけどね)


「どうしよっかな………あと誰誘お」


「あと二人だよね?……やっぱ凛ちゃん?それとも天知さん?」


 くどい黒川の天知推し作戦。陽菜は少しだけ黒川の目を見て、「凛ちゃんは来てくれるのかな?」と言いながら、そのまま一階に下りて行った。



                      


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「そうか………黒川くんはもう一抜けしたんだね。おめでとう」


「……っていうか現状はお前しか誘われてないってことだよな?マジで何でだ?もうそんな日もねえだろうに」


 その日の夜、陽菜が帰った後に男3人で黒川の部屋に集まり、報告会が開かれた。陽菜が帰るまで凛は帰ってこず、姫月も部屋から出てこずで何の進展もないままに終わってしまったのだ。反対に、星畑や天知とは何度も顔を合わせていたのに、陽菜は何のアプローチもしてこなかった。


「まあ、僕も何のアクションも起こせずじまいだったんだけどね」


 ゲームの復帰を決めたモノの、いざ陽菜を前にして何と声をかけていいのか分からなかったようである。天知が苦笑すると、星畑も合わせる。


「まあ、俺もそうですね。でも、何かチラチラこっちの様子うかがってきてましたし…なんか考えはあるんかもしれないですぜ」


「単純に凛ちゃん誘ってからって思ってるんだろ?あと二枠しかないし慎重に行こうと思ってるんだろ」


「大本命の姫月がダメだったのにまだそんなに悩むことあるかよ」


「でも二枠あるからって全部埋める必要はないんだし、須田さんだけ誘っておしまいかもよ?」


「誰誘うか悩んでるっぽいことは言ってましたけどね。ていううか凛ちゃんは何やっとるんだ?」


 その時、黒川のスマホに着信が入る。相手は瑠奈である。


「もしもし?……どうしたの瑠奈ちゃん?」


『あ、黒川さん…夜分遅くすいません……あのですね。陽菜がお話したいことがあるらしいので、もしその場にいれば星畑さんか天知さんに代わってもらえませんか?』


「え?……うん、分かった……ちょうど二人とも目の前にいるからスピーカーにするよ」


「何?瑠奈なんて?」


「何か陽菜ちゃんが伝言あるらしい……もしかしてもしかするんじゃない」


 すぐにスピーカーから陽菜の声がする。その要件はまさかまさかの「もしかして」だった。天知、星畑のダブルで陽菜から参観日のご招待を受ける。当然、二人は戸惑いながらも二つ返事でこれを了承する。


『フフフ……ありがとうございました。お母さん、今、部屋で2メートルくらい飛び上がってましたよ。天知さん来てくださるんですね!』


 陽菜からスマホを返された瑠奈が笑う。


「うん…それはいいんだけど……凛ちゃん差し置いて誘われるとは思ってなかったから、本人も驚いてるよ。いや、行く気は満々だよ?でも、ホラ、俺らも散々言った通り誘われると思ってなかったから…現にさっきまで家に居たのに誘われなかったし」


『そっちのご都合はイマイチ分かりませんけど……別にお母さんの圧力が働いたとかじゃないんで安心してください!』


「あ……うん…それは分かってるけど…ま、いいか。本人が納得してるなら…じゃ、ありがと…うん、また」


 電話を切り、3人で顔を見合わせる。


「………良かったじゃん。罰ゲーム免除だぜ?お前も、天知さんも」


「……そ……うなんだけど…何というかあまりにも呆気なく片が付いたね」


「須田は最後まで影も形もだったな。なんか裏がある気もするぜ」


「凛ちゃんが行かないことに決めて電話したとか?」


「あのビビりが?……というよりかはヒナ自身が気を使ったんじゃないの?今思えば、須田はあそこの生徒と確執あるんだし」


「そういえば家に入ってきたんだっけ?」


「ハハハ……まあ、ともかくよかったじゃないですか。これで俺らは無事生還なんですから」


 何となく靄が残る結果ではあったが、まさかの大番狂わせで望み薄と思われた3人が選ばれる結果になった。靄を靄のまま、終わらせるのは気がかりそうな星畑を置いて、一先ず安堵する黒川と天知。知り合いの女児が出るだけの授業参観に野郎3人がズカズカ入り込むという場違いなシチュレーションを今更気にする者は誰一人いなかった。









 















本作を書き始めて当初はどれだけキャラクターの常識を無くすかに命かけてた節があったんですが、気が付けばできる限り常識的に振るわせることに重きを置き始めています。驚くほど当初予定していたような話からずれてきていて、こんな小規模なモノでも創作って大変なんだな~と思う次第です。マジで書くことないですね。

では次回もお会いできるのを楽しみにしております。

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