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その④「せめて笑顔が救うのなら僕は道化師になれるコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆好きな芸人は野性爆弾。くっきー!のYoutubeを見ながら作業することが至福。


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆好きな芸人はトータルテンボス。さまぁ~ずとダウンタウンは殿堂入り。


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:20歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆好きな芸人は金属バット。無問題チャンネルはスタッフが惜しいと思っている。


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

☆好きな芸人はマツコ・デラックス。芸人じゃない?どうでもいいわよ。


天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆好きな芸人は博多華丸大吉。やっぱり安心感と清潔感が大切ばい。


岩下陽菜いわした ひな 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生

女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。

☆好きな芸人は千鳥。相席食堂に出て絵画として飾られるのが小さな夢。


 更新がめっちゃくそ遅くなってしまいました。マジですいません。一応、弁解というか理由なのですが、またもや本編の内容と世間を騒がせているニュースがかぶりました。しかも今回はわりかしガッツリかぶったので急遽話を作り直しました。そのせいで本来悪役でないキャラが悪に染まってしまい悪いことをしたと少し気に病んでいます(嘘)そして何より話が多くこじれ、なんだかややこしくかつ要領を得にくいものになっています。こちらも相当気に病んでおります(本当)

 あと、どうでもいいことですが、ブログを始めました。リンクも詳細も明かしませんが逆にブログの方では本作のプチ宣伝なんかをしていますので良かったら軽く探してみてください。

 

               1



 朝に黒川と星畑、そして時間をずらして凛が座っていた公園のベンチに今度は三人プラスワンで座っている。厳密には星畑と凛はベンチの前に立っていて、星畑は斜向かいにそびえるビルを、凛は星畑を、それぞれ見据えている。


「…………ゾロゾロ観客が出てきたな。丁度終わったらしいぜ」


 星畑の言葉を受けて、黒川も首をグリンと回し、ビルを見る。


「ホントだ。今から会場入れんのかな?」


「それは大丈夫だけど…入るところは見られんなよ?あくまでずっとどっかで観覧してた体にしなくちゃな」


「えっと……黒川さんが行ったあとに……少しして私とブリ釜さんも入って、トイレの前で合流するんですよね?」


「そう。分かってると思うけど、中では芸名では呼ぶなよ?おまえとブリはあくまで女友達だ」


「は、はい!もちろんです!」


「…………うう、緊張するなぁ」


 やる気満々というふうではあるがどうもあがっているらしい凛の心を代弁したように、鎌田がポツリと呟く。どこからどう見ても美人な女子でしかないが、声は男性のそれである。


「………鎌田くん裏声とか出せないの?」


「ヴヴーンン……厶リィガナァ」


 黒川の質問におしりかじり虫のような声で答える鎌田。女声を出すのは致命的そうである。


「ブリは極力喋んなよ?声色もそうだけど、余計なこと言う可能性しかないからな」


「わ、分かった!」


「よし!……じゃあそろそろ黒川から出発だな」


「お、おう」


「ファイトです!黒川さん!」


 一同に見守られながら、人混みに紛れ込みビルに入る。この大会の後に開かれるというマグマ芸能社総出の宴会に潜り込むべく、綺麗所二人を抱えた黒川が先輩に挨拶をしに行くという作戦。中々に穴だらけのぎこちない策だが、これが上手くいく可能性がそう低くないほどには、マグマ芸能は女に飢えているようなのである。


 手筈通りトイレの前で待っていると、すぐに凛と鎌田の綺麗所二人がやって来た。凛の片耳には自前のBluetoothイヤホンが髪に隠して着けられており、通話で星畑の指示が受け取れるようになっている。ここまではすこぶる順調である。緊張しているかと思った二人だが、少なくとも凛はニコニコと余裕そうである。時折、フヘヘと笑いが溢れている。


(どうしたの凛ちゃん?何か笑ってるけど?)


(フヘヘへへ…す、すいません。星君が、星君が定期的に面白いことを言ってくるんです)


(アイツマジメにやれよ…)


 合流したところで、次の段階である先輩芸人探しなのだが、星畑が身バレする前に、宴会の話を持ちかけて来てくれた先輩芸人が見えない。


(参ったな……どこだろ?)


(あ!黒川くん黒川くん!あの人もマグマ芸能の先輩だよ!あの人で良いんじゃない?)


(え?……ダメだよあの人帰り支度してるし)


(黒川さん黒川さん!今、星君から連絡がありました!目当ての人たちは多分優勝してるだろうから、賑わっているところに行ってみろって)


(なるほど)


 美人二人と固まってコショコショ話しながら、言われた通り人通りの多いところを探してみるも、そこまで盛り上がっていそうな集団はいない。会場を二三周しかけたその時、会場内でどよめきが起こる。慌てて騒ぎのある場所まで駆けつけると、そこには明らかにその他の参加者とはオーラが違う二人組がいる。探していた先輩芸人も似たような浮き方をしていたが、別人である。というよりその芸人たちと比べてもオーラが違う。決して横にいる二人のように見目が麗しいわけではないのだが、輝いて見えるその様は俗にいうところの華があるというやつなのだろう。事実、黒川はテレビでその二人組を見た覚えがある。本物の…といえばなんだかミーハーすぎるが、正真正銘のタレントである。


「……なんか見たことあるんだけど……誰だっけ?芸人だよな?」


「パ、パリパリ無限キャベツの2人だよ!ぼ、僕サイン貰ってきていいかなぁ?」


「あ、良いって………星君が……そっかパリキャベもマグマですもんね」


「やったぁ!ちょっと行ってくる!」


 パリパリのファンというよりかは単なるミーハーなようである鎌田が集団の中に混ざりに行く。


「凛ちゃんはいいの?」


「はい。別にファンでもないので」


「あ、そうなの?」


「はい。スキャンダル専門芸人さんですし……一回ネタも見たことありますけど…そんなに面白くないですよ?もろSNS受け芸人ですね」


「よ、よくもまあ…数メートル先に本人がいる状態でそんなにボロクソ言えるね」


「へ?……別に悪口のつもりじゃなかったんですけど……芸人さんと一口に言ってもいろんな売れ方があるじゃないですか」


「いやまあそうだけどさ……言われていい気分になるかどうかだぜ?肝心なのは」


「フフン……そんなのプロなら受け止めるべきですよ!自分で選んだ道なのですから!!」


(俺への批判コメにはキレてたじゃん)


 なぜか得意げに目の前のスターへ批評めいたことを言っていた凛だが、そのパリパリの2人がこちらに向かってきたのを見てビクッと身を震わせる。


(ヒ、ヒィ!こ、こっち来た!もしかして聞こえてたんでしょうか!?)


「悪口じゃないんでしょ?ビビんないビビんない……それに…どうもこれは違うだろ?多分、お手柄だぜ鎌田くん」


 黒川の予想通り、パリパリと共にサイン片手にやってきた鎌田が既に、飲み会へのチケットを手にしていた。サインをもらうついでに、ひょっこり飲み会の方もお呼ばれしていたのだ。交渉術というよりはそのビジュアルによる効果だろう。どちらにしろ第一の関門は見事突破した。


「えっと……こっちが友達の凛ちゃんで……こっちが僕…じゃない私たちの推しの…くろ……じゃない童貞さん!!」


 たどたどしく黒川らをパリパリに紹介する鎌田。おまけで付いてきたもう一人の美少女にすっかり気をよくしたパリパリの片割れがどうでもよさそうに黒川を見る。


「童貞?」


「は、はい!げ、芸名っす」


「フフフ……改名した方がいいんちゃう?めっちゃ良いファンの娘に囲まれてるやん自分。事務所は?」


「えっと……アマチュアです。マグマに入れたらな~って……ちょっと思ってて」


「マジ?わざわざウチに?」


 その時、今まで凛にばかり話しかけていたもう一人のキャベツが口をはさんでくる。


「ラヴさんの抱えやろ?本番前にラヴさんに檄入れられてんの見たで」


「は、はい……そうですね…ラヴフールさんにお世話に…なってます!」(そんな前から大会に来てたのか)


「……ってことは大破廉恥の生き残ってる方の新しいコンビ君か。自分らのネタけっこうおもろかったで。少なくともテンポが素人のレベルではなかった」


「あざす!!」


「ファンの子勝手にナンパしてごめんな?えっと…名前なんて言うんやったっけ?……あ、童貞君やのうて、相方の方……あ、そうやシバラクシバラク!シバラクくんはここにいんの?」


「あ!……いえ、帰りました。今ここにいんのは俺だけです」


「あ、そう。ならよかった。シバラク君はマグマと共演NGやからな。君だけならええやろ。一緒に行こや。お金は出したるから。もちろん凛ちゃんとかも」


「ごちそうさまでーす!!」

「…………アジャマシュ」


(作戦成功はいいけど……確かこの人らってラヴさんの間接的な仇だよな?いいのかな、お世話になっちゃって……でも待てよ?冷静になれば…この人らから誰がパワハラ被害を言い始めたか聞けば終わりじゃねぇの?)


 ラヴフールのパワハラ疑惑はもともとパリパリの告発動画によって世に放たれたものである。彼らは仕事の一環で同業から仕入れたゴシップを話しただけと星畑は問題視していなかったが、何となく無視できない。


「…………ラヴさんの兼、えらい大事になってもうたな」


「!!」


 突然、パリパリの片割れが今回の本題とも言うべき問題に切り込む。心を覗かれた気分の黒川はドギマギしながら何とか受け答えする。


「は、はい………まさかニュース番組であの人を見ることになろうとは」


「あれな。告発したんは俺らやけど、パワハラされたって俺らにタレコミしたんは別のコンビやねん」


「大事になるようなことや無いと思ってたからな。こっちとしてはネタの一つとして軽く言ったつもりなんやけど」


「何か芸能レポーターが事務所の若手掴まえて聞いたら結構大勢が口を揃えて自分も似たような被害に遭ったって言うたらしくてな。気がつけばあんな極悪人みたいに報道されてた」


 何故か交互に確信に迫るようなことばかり言ってくるパリパリの二人。黒川は独りでに唇が震えてくる。


「………ひ、被害って?なんスカ?」


「余興や」


「余興?」


「丁度このあとある飲みの席であった恒例の余興大会や。流石にここまで騒ぎになったらもうやらんやろけど」


「?」


 今ひとつ要領が得られず、横を歩いている凛と訝しげな顔を見合わせる。そうこうしているうちに、会場に到着する。どこにでもある居酒屋の大部屋で、既に席には大勢の男女が酒を酌み交わしていた。パリパリの二人が入った瞬間、会場がワッと沸き、何人かの芸人が立ち上がって荷物や上着を預かる。


(清々しい程の縦社会……こんな世界で本当にパワハラだ何だが騒がれてのか?)


 黒川らが案内された席の向かい側にパリパリが座る…かと思いきや、二人は「じゃあな」と別の場所に行こうとする。


「あれ?一緒に飲まないんですか?」


 あまり喋らないようにするという事前の話は何だったのかというほど口が開きっぱなしの鎌田が名残惜しそうな声を出す。


「ハハハ……俺らも凛ちゃんらと飲みたいけど…俺らここには挨拶以上にネタ集めに来とるから…一か所には固まれへんのや」


「あ……そうなんですか……」


「…………黒川くん黒川くん」


「?……ハイ?」


 おそらく最大の情報源であろう男たちを見す見す行かせていいものか悩んでいる黒川だったが、その対象の方から手招きで黒川一人を呼び出してきた。


「な、何でしょう?」


「………いや、君らさぁ何しにここに来たん?」


「え?の、飲みに……というか…まあ、ぶっちゃけるならコネクションを得るためですけど」


「シバの坊主と違って全くボケへんなお前……まあ、その分、探りやすくてええけど」

「ホンマにホンマをぶっちゃけてみ?俺ら別に邪魔するつもりないから」


「ええ!?………えっと……」


「あれやろ?ラヴさんの件で……誰が俺らにタレこんだんかを知りたいんやろ?」


「!!」


「ハハハハ!!ホンマ分かりやすいやっちゃな!!……別に隠さんでええよ。シバに頼まれたやろ?ただな…そいうことなんやったら俺らも筋で忠告しとかなあかんことがあるんや」


「えっと……」(星畑も凛ちゃん越しとはいえこの場にいるんだけど…黙っといた方がいいかな?)


 どうも全てを見抜かれているようである。否定も肯定もせずただどよめくしかできない黒川だったが、有難いことにパリパリの2人は黒川の返答を待たずに忠告とやらを伝えてくれた。


「あのな……俺らもプロというか流儀的なところで誰が俺らにタレこんだんかは言えん。ただ、はっきり言っとくけどそいつは今回の元凶ではない。せやからそいつを詰めても君らに意味はないで」


「元凶じゃない……?でも、その人がラヴさんがパワハラしたって言ったんですよね?」


「ああ、言った。でも、それはこれからある宴会の催しでやる即興ネタ見せでラヴさんにムチャブリされて鬼スベリしたって言うしょうもない……言わば身内ノリみたいなもんやってん。分かるか?」


「………えっと…何となく……でもさっき言ってたじゃないですか。その宴会の催しかなんかで大けがした若手?……がみんなで口をそろえてラヴさんを悪者にしたんでしょ?」


「ああ~……あれはな、半分ガセや。君がホンマにマグマの関係者かどうかチェックするためのブラフみたいなもん」


「へ?」


「もしマグマに興味あってラヴさんの世話になってるんやったら。若手が口をそろえてあの人の悪口なんか言うわけないって分かるはずや。あの人の人望はそれだけ半端やない」


「そ、そうなんですね……」(星畑はブラフに気づいてたってことになるけど…凛ちゃんに何にも言わなかったのかな?)


 彼らの言うことをまとめると、告発したパリパリはもちろん、タレこんだ誰かしらもラヴが本気でパワハラしているとは思ってすらいなかったということになる。星畑が言う通りでっち上げられた冤罪で間違いはなさそうだが、その誰がでっち上げたのかてんで見当がつかない。


「えっと……じゃあ何でここまで話に尾ひれっていうか…大それた報道になったんですか?ひょっとして芸能記者の誇張記事とか?事務所の圧力でラヴさんが消されたとか?」


「それもあり得るけど多分ないな。流石に罪をでっちあげて消さなあかんほどあの人に価値はない。それより濃厚なのはやっぱタレこみや。俺らの動画を受けて…マジでラヴさんに恨みを持ってる誰かがライターに持ち込んだと見るのが一番自然や。そいつの…でっち上げか被害妄想か知らんけど…悪意あるガチ告発を結果的に俺らの動画が後押しする形で大騒動になったんやろうな」


「ラヴさんに恨み……誰ですかその人って?」


「それが分かったら苦労せんわ……俺らとしても犯人見つけたいんやけど…誰かわからん」

「マグマかどうかも分からんけど…あの人に恨みを抱くほど関係持ってるってことは多分マグマや」


「てことは……やっぱり今回の飲み会に元凶はいるってことですか?」


「せや。ちなみに俺らにタレこんだ方の芸人はそもそもこの会に来てへんわ。いつも来てたんやけど、さすがに騒動の責任感じてんのかもな」


「はあ……」


「んで……参考になるかどうかはわからんけど……マグマの芸人の中でラヴさんと反りが合わなそうなやつらを何人かリストアップしといた。参考にしてくれ」


「え?マジすか……ありがとうございます……」


「それと……鎌田くんにはあんま喋んなって言っといて……見た目は完璧女の子やけど声で即バレするで!さっきも笑いこらえんの大変やったわ!」


「あ、はい……すんません」


「ハハハ何で君があやまんねん」

「自分、タレントには向いてへんな。雰囲気が小物っぽすぎるわ」


「…………なる気ないですから」


 最後に宇宙のビッグスターに悪口を言ってパリパリの2人は去っていった。黒川は会場に戻る前に、渡してくれたリストの顔と名前を頭に入れておく。会場でおおっぴろげにはできない。


容疑者①ラムが三頭の小柳吟一

ジャルジャルのようなセンス系コント師を目指しているコンビのネタを考えている方。学生時代に取ったというしょぼい文学賞の受賞歴を永遠に擦り、自分は他とは違うというアピールが鬱陶しい。とことんネタは受けないが、センスを優先しているためだと芸術家ぶり己のつまらなさを認めない。長いものに巻かれるタイプで影末さんに引っ付いている。ラヴさんたち汚れ芸人を基本的に見下している。


容疑者②観光総裁のびっくら三八

仁丹市住みます芸人だが、長年仁丹市で根強く地下生活をしているラヴさんに地元愛でも知識でも劣りまくっている。別に性格に難があるわけではないので恨みを抱いている可能性は薄いが、無いとは言い切れない程ラヴさんに見せ場を奪われている現状である。相方の腕まくり洋司はラヴさんとパチスロ友達の為、線は薄い。


容疑者③クリーチャーのギガンティック真似事

巨漢を売りにしているリアクション芸人。超が付くほどの女好きであり、女性芸人や女性のお笑いファンに対する手癖の悪さがたびたび問題になっている。一度ラヴさんに女関係できつく注意されていてマグマ内でも話題になった。逆恨みの可能性大。


容疑者④カモン蒲生

ピン芸人。自分のチ〇コが鼻についてしまったと嘆くショートコントを3年間やり続けている剛の者。ネタの系統がラヴさんに似通っており、ネタかぶりを気にしているようである。事実この前飲み会で下ネタは若手に譲っていい加減卒業してほしいと愚痴っていたと小耳に挟んだ。本人の性格も根暗で陰湿。


容疑者⑤SOU☆曹操

ピン芸人。ラヴさんと芸歴が近いわりに面倒見が良くないと後輩から比べられることが多いので、疎ましく思っている可能性がある。寡黙というか何を考えているかわからない不気味なところがある。ラヴさんとは仲が良いようではある。可能性は低め?


容疑者⑥ケツ穴バクシーシのドン蛙

普段は大人しいが酒が入った瞬間セクハラモンスターと化す酒乱。ブリ釜という中性的な若手にキスをし、その後ガチ恋してから酒抜きでも面倒くさい人になった。ブリ釜を庇ったラヴさんに「アイツは映画の中の人やったんや。そう春日部ボーイズのツバキちゃんのようにな」と嘯かれ、所在をはぐらかされ続けているので逆恨みをしている可能性が大。


(………なんかあんまり核心に迫ってる容疑者がいねえな…まあ、それは本人らも自覚してたことか…曹操さんまでいるし……ん?この人って)


容疑者⑦電気ブランの中堂圭太

若手実力派。事務所の時期有望株と噂されているコンビのツッコミ兼ネタ担当。実力は高いがそれ相応にプライドが高い。認めていない先輩への風当たりが強く、後輩と飲みに行くと決まって先輩の愚痴をこぼしているらしい。その筆頭がラヴさんのようである。自分より早くにテレビに出たのでそれを疎んでの犯行はあり得るかもしれない。


(やっぱり!この人ら……俺らを飲み会に誘ってくれたコンビの人だ。やっぱオーラが違うとは思ってたけど…実力者だったんだ)


 リストの最後に載っていた芸人。黒川が唯一面識のある容疑者である(曹操は黙殺)。何の根拠もないが知っているというだけで、何となくこの中堂が第一候補で脳内に刻まれる。とにかくこのリストと先程のパリパリの忠告を星畑に連絡せねばとスマホを開ける黒川だが、凛からメッセージが届いているのに気づき、まずそちらを確認する。


『たちゅけて』


「!!」


 凛からのメッセージはSOSだった。フリック入力なのに噛むくらいには切羽詰まっているようである。慌てて会場に戻る黒川だが、自分の席だったはずの場所に誰か知らない男どもが座っている。酒の入った芸人たちが凛たちに絡んでいるのである。おまけに先程リストで見たばかりの女好き真似事がいるではないか。


(て、てめえは!!ギャラクティカ真似事!!凛ちゃんに近づくんじゃねえ!!)


「なあなあ……今日誰がいっちゃんおもろかった?俺らクリーチャー言うて……二階下のホールでやってたんやけどさぁ」


「ミィ………」


「ア、ミテナイ……オッキイトコイタノボクラ」


 近づいてみると確かに凛と鎌田がギャラクティカ真似事に言い寄られていたが、別段内容は眉を顰めるようなものではなかった。それはいいのだが、人見知りでガツガツ来られるのが苦手な凛は相変わらず鳴き声のようなものを上げるだけでうつむいている。同様に、鎌田も小声でボソボソと話すだけで聞こえていそうもない。ようやく自分の男声に危機感を抱いてくれたのだろうか。


「あ、どもっす……その人たち、ずっと違う会場にいたんで見られてないんじゃないですかね?」


「あ?……ああ、自分あれか。大破廉恥の……」


「あ、はい……すいません……ここが席なもんで」


「く、黒川さん……ゴニョゴニョゴニョゴニョ」


「え?な、何?どうしたの凛ちゃん?」


 真似事を遮るように黒川が席に着く。すると早々に凛が耳打ちしてくる。


(星君が何を話してたのかって……)


(あ……うん……いやまあ、それはいいんだけどさ。大丈夫なわけ?助けてって言われたから来たんだけど)


(あ!そ、そうなんです!この人、急に連絡先とか聞いてきて……)


(………教えるだけ教えてブロックすれば?どうせこれっきり二度と会わないよ)


「何かコソコソと、何話してるんや?ていうかもしかしてお前のツレか?あかんでこんな人外魔境に彼女連れてきたら~」


「ハハハ…友達っていうかファンの子ですよ。恋人ではないです」


「………へえ~……ファンねえ……まあ、恋人じゃないんやったらええやろ?別に変な意味とかないからさ。連絡先交換するんは飲みの席での挨拶みたいなもんやんか。名刺交換や」


「………うう……!!……そ、そんな軽い女じゃないですよ……『私はミス・バレンタインのような女なのです!』」


「はあ?」


 今までうつむいていた凛が突然、顔を上げて何やら必死そうな顔で頓珍漢なことを言っている。このズレて分かりにくいボケた言い草には既視感がある。


(………星畑がなんか凛ちゃんに吹き込んでるな……これは波乱の予感……)


「……なんや急に変なこと言って……ミス・バレンタインって確か軽くもなれるやろ?」


「え、えっと……『カラオケでモーモールルギャバンのユキちゃんを優紀ちゃんの前で熱唱してドン引きされてフケられたくせにまだ女のケツ追いかけてんのか!こ、このタンポンマン!!』……です」


「な、何でそれを知ってるんや!?」


「僕はいいと思うけどな……そういうの。ドラマティックで」


(こいつら二人とも……いや、三人とも黙らせないとダメなんだろうけど……めんどくせえなあ割って入るの……ここで一人で飲んでいたい)


「えっとえっと!『でも、クリーチャーのドッキリ百連発チューブチャンネル登録者53人の最新動画面白かったぜ』……です!」


「え!?あれ見てくれてんの!?うれしいわぁ!!……チャンネル登録者の数は余計やけど」


「『鼻フック食らって鼻取れてへん?ってべたなリアクションするギャラクティカ真似事さんに対してあったで!って道ばたに吐き捨てられたガム拾ってるパーソナル他人事さん(※相方)が最高だった!』……です」


「よかったん俺やないんかい!!」


「あ、でもえっと……私もチャンネル登録してますよ?…ハナクソ食べちゃうドッキリが好きです」


(まさか全世界に53人しかいない登録者がうちに二人もいたなんて…)


()ってなんや()って……ま、まあ俺の事知ってくれてるんやったらええやん。ホラ、交換しようや」


「『え……でも私まだ始めたてでビッパしか持ってなくて』……です』


「ポケモン交換やないわ!連絡先や連絡先!!」


「あひぇ……フフフフ……ビ、ビッパしか持ってない……フフフ……」


「な、何笑ってるんや?自分の言ったことやろ?変な子やな…」


「ふへへへへ……ごめんなさいごめんなさい」


(………星畑アイツ、真面目に犯人捜しするつもりあんのかよ)


 事のカオスさに嫌気がさしてきた黒川が一人で酌をしていると、鎌田がそっと顔を寄せてくる。不覚にもドキッとしていると、鎌田が微笑みながら耳打ちする。


(凛ちゃんの緊張解けたみたいだね……真似事さんももう連絡先聞くこと忘れちゃったみたい)


(え?)


 言われてみるとさっきまで真っ赤になってうつむいていた凛が今ではニコニコと上機嫌そうである。


「やっぱシバのファンだけあって…言動がアイツみたいやな。中身までああなったらあかんで?せっかくかわいいんやから」


 対する真似事も相変わらず言動はセクハラ臭いが連絡先攻撃は消えている。星畑の頓珍漢に思えた裏工作が事態をよい方向に回しているのは間違いなさそうである。


「………アイツ……計算してやってんのかな?」


「さあ?でも、凛ちゃんが緊張してるからそれをほぐそうとしてたのはあるんじゃない?」


「……仲間思いだな」


「おれもそうだけど…何より凛ちゃんはシバちゃんのファンだからね。ファンには笑っててほしいんだよ。きっと」


「…………………なんだよそれ…かっこいいな」


 その一方で、凛のピンチが大したことないと分かるや、すぐに投げ出し凛のフォローをしなかった黒川。さんざん彼女を心配するようなことを言っておいて、保身に入った自分が恥ずかしい。すると、真似事と会話中だった凛が突然、こちらをじっと見てくる。


「く、黒川さん!!……えと……その」


「?……何?凛ちゃん」


「その……こっちのことを気にしすぎないで……自分にできることを頼むぜ!……です!」


「!!」


「………何の話や?」


 凛の突然の激励にキョトンとする真似事だが、黒川にはそのメッセージが誰からどのような意図を思って贈られたものなのか十分すぎるほど伝わった。自分のネガティブ思考まで視野に入れて檄を飛ばしてくるなんて、ここで己が奮い立たなければいくら何でもふがいなさすぎるだろと、黒川もやる気をめらめらと燃やす。


(今の俺にできること……考えられるのはリストにある芸人を探すことだな。俺の勘だけど…真似事さんはこんな手の込んだ悪だくみできそうな人に見えないし、除外だな)


 そうと決まれば席を立たねば、なのだが、自分一人ではアウェイすぎる。芸人たちとスムーズに交流するためにも、ここは美女というパスポートが必要だ。


「カマちゃん、ちょっとほかの席にも顔だそうぜ。凛ちゃんはここで真似事さんと飲んでるよな?」


「あ、う、うん。行こっか(小声)」


「え~……カマちゃんまで行くんかいな」


(……上辺だけでも俺の名前も出せよ。このクソ野獣め)


 ひとまず鎌田を連れて宴会場を右往左往する。その間、小声でお互いに近況を報告しあう。


(……ってことはホントのホントの黒幕はパリパリさんたちでも分かんないってこと?)


(うん……今参考になるのは俺がもらったリストだけなんだよな。何とかそこに挙がってた人たちとだけでも話したいけど)


(オッケー任せて!僕が仲介役は引き受けるよ!)


(すっごい乗り気……ていうかハニトラ役が板についてるじゃん……女装嫌いなんじゃなかったの?)


(フフフ…僕のことをいびってた先輩たちがちょっと近づいただけで鼻の下伸ばしてるのが愉快でたまらないのさ!)


(………ははは)


(それで?まずは誰から堕とす?)


(……堕とすって言うのやめてくれ……えっと……あ!いた!アイツもリストの一人だぜ。確か名前は…)


(カモンさんね!分かった行ってくる!)


(頼んだ!……小声で抑えてるし分かってるとは思うけど…声でばれないように気を付けてね)


(アハハ……凛ちゃん越しにさっきシバちゃんにも怒られたよ)


 やけに頼もしい女装男子がカモン蒲生なるピン芸人に向かっていく。カモンよりも先に彼から酌を受けていた中年男性に呼び止められる鎌田。


「お!なんやキミ、一人?席どこ坐ればいいかわからんくて悩んでんのか?ほな、こっち坐っておっさんの酒注いでくれや!蒲生の酒は不味くてかなわん!」


「ちょwwwwそれwwwどういうことっすかwwww」


 声を積極的には出せない鎌田がぺこりと会釈だけして、その中年男性の隣に座る。黒川の予想に反するキャラクターだった蒲生がビールを渡す。確かにその鼻筋は伸びている。


「キミ、誰に連れてこられたんや?推してる芸人とかいんの?」


「ちょっとちょっとwww連れてこられたってwwwんな魔境みたいに言わないでくださいよww」


(…………文字におこしたらURLみたいになってそうだな蒲生の喋り方)


「『文字に起こしたらURLみたいだな…とか思ってんのか?』……です」


「おわ!!り、凛ちゃん!!いつの間に」


「フフフ……星君の巧みな話術で真似事さんを買い出しに行かせることに成功したので加勢しに来ました!今の私は無敵ですよ!!」


「へぇ~…アイツすげえな。巧みな話術ってどんな風にしたの?」


「フフフ……『OKAMOTO`Sと9㎜買ってきて』って言ったら勝手に勘違いしてドラッグストアに向かっていきました!!」


「…………それ、色々大丈夫……後で面倒なことにならない?」


「大丈夫です!!……………多分」


「星畑…………ちゃんと責任とれよ?」


「『あの人本来は東京の芸人だからもう会うことない』……そうです」


「ま、まあいいけど……それより、二人も聞いてほしいことがあるんだよ」


 鎌田がハニトラに励んでいる間にパリパリから聞いた真相を凛と星畑にする黒川。凛は芸能界の闇に触れたかのように驚いていたが、星畑の反応は反面、クールだった。


「あ……黒川さん、星君が話したいことあるみたいです。こ、これ!」


 凛が片耳にだけつけていたBluetoothイヤホンを外して、黒川に手渡す。誰からも見られない角度でそれを取り付ける黒川。


「……ってことなんだけどさ星畑……なんかお前が怪しいと思う人っている?」


『曹操さん』


「うそ!?」


『ンフフ……嘘嘘、芸歴長いベテランなのに人脈なさ過ぎてこの会に呼ばれてないような人だぜ?数少ない親友のラヴさんを陥れるかよ』


「ボケんなよ!心臓に悪い!……っていうか割と余裕そうだな。もしかして多少分かってた」


『うんにゃ全く。見当違いな見方してて恥ずかしいぜ。タレコミした芸人さえ分かればこっちのもんだって思ってたのに』


「……結局誰なんだろうな。パリパリにラヴさんのこと話した人って。パリパリさんらが言うには責任感じてここには来てないみたいだけど」


『あ~……多分脳汁の2人だろ。これはギャグじゃねえぜ?』


「ええ!?マジで!?」


『おいおい……んな驚くことじゃねえだろ。パリパリさんの言ってる通り、単なるネタで言ってただけの身内ノリなんだから。マジでパワハラされてたって思ってるわけじゃねえ。ある意味、今回の騒動でラヴさんに次いでの被害者だな』


「そ、そっか……そうだよな。でも、なんで分かったの?」


『いくら何でも自分の芸歴忘れる芸人なんかいねえだろって思って調べたら、やっぱあの人らまだ芸歴10年行ってなかったんだよ。だから、何かあるとは睨んでたの。まあ、俺らの調査を打ち切りたくて嘘ついたんだろうな』


「はへ~………」


『まあ、さっきも言ったけどタレこんだ奴が誰でももう関係ないだろうがよ。今はそのガチの悪評をバラまいたっていう芸人探さないと』


「うん……で?誰だと思う?」


『う~ん………怪しいのは…お前の言う通り、電気ブランさんだけど…正直確証はねえ接点ないけど、脳汁の霧島さんが仲いいはずだぜ?悪い人ではねえよ』


「そっか……本人たちにそれとな~くラヴさんの話を持ち掛けたらいけるかな?宴会の勢いでゲロるかも」


『無理だろ。しらばっくれられて終わりだ。大抵のマグマの芸人はラヴさんを慕ってるだろうし、大ぴらに悪口言う奴なんざいねえ』


「じゃあどうすんだよ?」


『どうもこうも………さっきの真似事さんみたいにある程度接して判断するしかないだろ?』


「いやいや……あんなの多少話して勘で人柄を計っただけじゃん……あてにならないだろ」


『そうでもねえぜ?さっき須田に言ってもらった真似事さんがカラオケでドン引きされてふけられたって話。アレ、そのリストに書いてある騒動の火種になった事件なんだよ。ラヴさんに女癖の悪さをガチ説教されて軽いニュースになってたやつ』


「え?そ、そうだったの?」


『うん。いじられてもそこまで気にしてないって感じだったし、ありゃ白だな。逆恨みするくらい説教が尾を引いてるなら、あんな初対面の小娘にぶり返されて平気でいられるわけがないだろ?』


「なるほど……す、すごい冴えてるなお前。まだリストのことも知らせてない段階だったのに」


「ンフフ………偶然だよ偶然。俺があの人に対して知ってる情報それだけだったからさ」


「………別にあった人全員をいじる必要ないんだぞお前……ただでさえ今回は凛ちゃん越しなんだから」


『でもまあ、それでも中々に厳しいぜ。全員とうまいこと会話するなんてなあ…参加者も多いし』


「そうだよなあ……」


「あのう……何のお話をされてるんですか?ひょ、ひょっとして何か私、致命的なミスを!?」


 黒川と星畑の長いミーティングに混ざれない凛が不安そうに黒川の周囲をうろちょろしていると、突然大手を振って鎌田が帰ってくる。


「ブリ……鎌田さん?……どうしたんですか?」


「あ!凛ちゃん!真似事さんからは解放されたんだね!ごめんね押し付けちゃって!」


「いえいえ!ご心配なく!今の私はさいきょーですから!」


「凛ちゃんの中に入ってる奴は宿儺よりたち悪いから気を付けなよ?はいこれ、特級呪物(イヤホン)返すから」


「あ、は、はい!ありがとうございます!……で、で…結局作戦とか、何か決まったんですか?」


「いやあ、正直ほぼ手詰まり。一番いいのはリストの人全員と話してふるいにかけることだけど、なかなかそんなに八方美人するのは難しいよなって」


「そうですね……いや、今の無敵の私なら……あ、いややっぱダメか…」


「そうだよね~……」


 嫌に陽気な二人がうんうんと頷く。特に鎌田は妙ににこやかである。そんなに男を手籠めにするのが楽しいのだろうか。


「鎌田君にも悪いぜ。あんな地獄の2人(※カモン蒲生とそのツレ)と長時間喋ってもらったのに」


「いいのいいの!すぐに切り上げたし!」


「え?……いや、俺と星畑、20分くらい喋ってたし十分長いだろ?」


「ううん。僕も蒲生さんと飲んだのは2分くらいだよ。その後、小柳さんと5分くらい、電ブラの中堂さんと8分。観光総裁の……えっと誰だっけ?……まあ、その人と3分くらい。ケツ穴のドン蛙はごめん。顔バレする可能性があるから声かけられなかった……昔いろいろあってさ」


「へ?」


「え?え?……わ、私たちがミーティングしている間に……リストのほぼ全員とお話しされたってことですか?」


「ん?うん。あ、でも全然話してないから、誰が白とか黒とか全然分かんないよ?その代わり、約束は取り付けてきたけど」


「約束?」


「うん!この後、別個で二次会開くからそっちに来てくれませんかって!多分、全員来てくれると思うよ!」


「……………………」(←黒川)

「……………………」(←さいきょーの女)

『……………………』(←宿儺よりたちの悪い男)


「「『ええええええええええええ!?』」」


「す、すげえじゃん!すげえじゃん!鎌田君!大手柄だよ!……さっきの『そうだよね~』って何だったの!?」


「………さ、流石は星君の相方さん……できる女…あ、男すぎます…『お前の真価は美人局だったんだな』って、星君も大賞賛してますよ!」


「………それって褒めてるの?」


「え?じゃあ、その二次会に俺らも参加すれば……とりあえず舞台は整ったわけか」


「こ、ここからが真の本番ってことですね……気合い入れていきましょう!」


「ちなみに……みんなに伝えてある時間はあと20分くらいだから、もうそろそろ僕らも移動しないとまずいね」


「え、えらい急だな……大事な飲み会ほっぽって見ず知らずの女と二次会開くって……どうなんだよその芸人たち」


「ま、まあ……マグマは何より色事優先だから」


「よ、よし!それじゃあ行きましょう!!……作戦成功まであと少しです!!」


 大張り切りで先導に立つ凛だったが、会場の出入り口でバッタリとお使いに行かせていたギャラクティカ真似事と鉢合わせ、腰を抜かすほどのショックを受ける。


「ヒ、ヒィ!!わああああ……お助けぇ!」


「お!凛ちゃんどこ行くねん!!言われた通り買って来たで!岡本の九ミリ!」


「あ、あわわわわわあわわわわ……わ?」


(こ、これ……もしかしなくても過去最大級のピンチなのでは?……ってん?)


「何でそんなビビってるんや?ほれこれ……え~…オカモトズと9mmやんな?CDでええんかいな」


「………………えあ?……あ、あ……」


 よくよく見ると、キチンとOKAMOTO`Sと9mm Parabellum BulletのCDアルバムを持ってきている。


(…………通じてたんだ)


「あ、ありがとう……ございます…………」


「なんか微妙な反応やな?違ったんか?」


「い、いいえ!合ってます!大正解です!!どうもすみませんでした!!」


「…………星畑、マジでゴム持ってこられたらどうするつもりだったんだろうな」


「………真似事さん…思ったよりいい人そうだね」




                     2



 真似事とのひと悶着を終え、鎌田がセッティングしてくれた二次会が開かれようとしていた。鎌田が事前に声をかけたというメンバーはほとんど集まっていたが、黒川が(勝手に)第一候補に仕立て上げていた電気ブランの中堂のみ予定の時刻になっても来なかった。

 欠席者がいたとして、調査を進める千載一遇の好機であることには違いなかったのだが、一つのイレギュラーが発生してしまう。なんと会場の飲み屋に向かう道中で同じくはしごしていたラヴさんと鉢合わせてしまったのである。おまけにこれから全員で飲むという話を聞き、「俺も俺も」と混ざってしまった。これではパワハラの話題を出すことができないではないかとガックリ気落ちする黒川だったが、容疑者たちは別にラヴが混じっても嫌そうな雰囲気は出していない。ここに集まっているのは彼と確執がある面々ばかりのはずなのだが、早くも当てが外れたのだろうか。


(まさか……ラヴさんまで混ざることになるとはな……これじゃパワハラの話題なんて出せないよな)


(星君はとりあえずフツーに飲み会しといてって言ってますけど」


(フツーって言ったって……全員初対面だぜ?何の話すれば……)


(鎌田君、一体どういう誘い方したんでしょうね?)


(………あんなボソボソ声でよくもここまで男を手玉に取れるぜ……)


(私、女として恥ずかしいですよ……)


 鎌田はと言うと、正体が男の元後輩とも知らずホイホイついてきた男どもに囲まれニコニコ笑っている。ラヴが黒川に声をかけてくる。


「………あのお嬢ちゃんは一体何や?あそこだけホストクラブみたいになっとるやん」


「え〜っと……俺らの知りあいだったんですけど……気がつけば何か芸人さんたちに囲まれ始めちゃって……」


「そうか………確かに美人やもんな。あ!ワシは凛ちゃんの方がタイプやで!」


「あえ!?え、えへへ……ど、どうも……って、自己紹介しましたっけ?」


「自己紹介も何も、前、サイン書いたがな。星ちゃんのファンの凛ちゃんやろ?そういや何で星ちゃんはおらんねん」


「うえあ……こ、光栄です!覚えててくださるなんて……えっと……あ、星君はその、『今頃、伊豆小笠原海溝の底の底』に」


(…………マリワナ海溝)


「沈めたんか!?……ハッハッハ!星ちゃんみたいなボケやなぁ!」


(まごうことなきあのアホのボケですからね)


「しかし、こう不自然にメンバーが偏ってたらつまらんなぁ!ワシが何とかしたろ!」


「え?何とか?」


 突然、ラヴフールが立ち上がったかと思うとズボンのポケットから大量の割りばしを勢いよく取り出す。黒川がまさかと思う前に、凛が「ええ!?王様ゲームですかぁ!?」と仰天する。おそらくラヴの何とかしたろ発言を受けて、早い段階で察した星畑が凛に告げ口したのだろう。


「おおい!!お前ら!!王様ゲームの時間や!!集合せぇ!集合!!」


「ラヴさんまたでっか」

「いくら何でも好きすぎでしょww」

「注文した飯も届く前から王様ゲームって……女の子引きますよ?」


「ええやんけ!!そうでもせえへんかったらお前らその娘から離れへんやろうが!」


 鶴の一声で開催された王様ゲーム。一本目の割りばしくじを引きがてら黒川らのもとに帰還した鎌田がほっと一息つく。


「いや~……正直助かったよ。僕あんまりしゃべれないからさぁ」


「そ、そもそも……そんなコンディションでどうやってこんなに人を集められたんですか?」


「えへへ………小っちゃいメモを書いてね…ポケットに忍ばせておくんだ。みんな本音ではあんな目上だらけの宴会抜けたいに決まってるだろうし……いっぱい芸人さんが来ますって付けたらイチコロだったよ!」


「す、末恐ろしい女……」


「男だよ!!」


「で、でも……まさか王様ゲームするなんて緊張します……変なこと命令されたらどうしよう…」


「俺も人生初だぜ……こんなチャラ付いたゲーム」


「アハハハ……ラヴさんこれ大好きなんだ……まあ、エッチなことは命令せずにギャグ振ったり、本音を暴露させたりって楽しみ方だから安心してよ」


(……パワハラってそれのことじゃねえの?)


『どんなクオリティでも死んでも滑った空気にならないよう配慮するし、本音の暴露も主に風俗ネタとかそういうの関連だからそれはない』……そうです。黒川さん」


「あ………そう………エスパーかよアイツ」


「それにみんなこういうの逆に美味しいって思うタイプでしょ!じゃなかったら芸人なんてやんないよ!」


「おおい!そこの花二人と、童貞!王様が決まったぞ!ちゃんと命令聞いとけよ!」


「あ、はい!」


 いつの間にやら選ばれていた一人目の王様は誰か知らない芸人だった。イマイチ反応に困る顔をしていると、星畑が憑依しているのか、地で芸人に詳しいのか分からないが、凛が「観光総裁のびっくら三八さんじゃない方です。腕まくりさんです」と知恵を貸してくれた。


「じゃあ~……5番!!」


「ゲェ!!い、いきなり私です!!」


 「ア、バカ」と小声で焦る黒川。相手はまだ番号しか言っていないのに自分だと告げてしまったらどんな命令をされるかわからない。


「お……お嬢ちゃんか……そっか……ええっと……その、こ、この中で付き合うとしたら…だ、誰選ぶ?」


(中学生かな?)


 想定外に初心な質問にずっこける黒川。


「ええ!?え、ええ~っと……(チラッ)」


「?」


 一瞬、ずっこけている黒川と困り顔でキョロキョロ辺りを見渡している凛の目が合う。凛はなぜか頬を赤らめてプイッと目をそらし、恥ずかしそうに無言で鎌田の腕をつかみ、レフェリーが勝利したボクサーにするようにそれを掲げる。


「おお~……」

「百合や百合」

「俺がキングやったらあの乳こねくり回してたのに」

「アホ!冗談でも言うな!今時そんなこと!!」


 芸人の反応は肩透かしを食らったようなものが多かったが、ゲストであること、美少女であることを加味してか不満を露にする声はない。まんざらでもなさそうな顔でにやけている鎌田を引きはがして、黒川が小声で凛に聞く。


「結構際どい手ぇ使ったね。それも星畑の指示?」


「い、いえ……なぜか星君が何にも言ってくれなかったので…ダメもとで」


「僕もこの中で付き合うなら断然凛ちゃんだよ!」


「そりゃそうだろ。この中で唯一の女子なわけだし」


 などとのたまっている間に、矢継ぎ早に第二の王様が決められる。今度はゲームの発起人であるラヴさんが王様である。


「よっしゃ!じゃあ、3番がこの場にいる一人一人に耳元でセクシーボイスをささやくで行こか」


「めちゃくちゃエロい命令出してるじゃねえか!」


「こ、これはそういうボケでしょ?やだなぁ…男に耳元でささやかれるなんてしかも全員って」


 早くも話が違う事態に黒川が鎌田に突っ込み、それに対し先程から女装中であることを忘れまくっている彼が嫌そうな顔でフォロー的なことを言っている。そしてその背後では3番の札を持った凛がカタカタ震えていた。


「え……ま、また凛ちゃんだったの!?」


「うううう……せ、せくしーなことなんて言えませんよぅ……もうやだぁ」(セクシーボイス)


 セクハラみたいな命令を前にただでさえそういう耐性がない凛が半泣きになっているが、そんな彼女の意思を一切尊重する気がなさそうなアホな男どもが早くも列を作っている。その列にちゃっかり鎌田も混じっている。


「ま、まあ……あくまでお題はセクシーボイスだから……凛ちゃんのいつもの声でなんか適当なこと一言程度つぶやいていけばすぐ終わるでしょ」


「それって……黒川さんは私の声がセクシーだと思ってたってことですか?」


「……………」(←無言で列の最後尾に並ぶ)


「ほ、ほな頼むやで」


 かくして凛の前にはずらりと並んだ男どもと二人の推しが立つことになる。王様であるラヴは大トリということで列の最後に並んだ黒川のさらに一つ後に並んだ。一人目はセンス系コント師に憧れ、ラヴたちのような所謂汚れネタ芸人を嫌っているという小柳吟一である。鼻持ちならないやつと言われていた彼の顔はすっかり鼻の下が伸びあがっており、センス系コント師のような風格は無い。


「あ、別にま〇ことか言わんでいいからな。そういうの逆に萎えるし」


「ううう……い、言うわけないじゃないですか……えっとこのくらいの距離でいいです?」


「おおう……こ、これはすごいわ!」


「ちょ、凛ちゃん顔近づけ過ぎだって……」


「キミのファンの子だろ?気分はNTRなんじゃねえ童貞君」


「そもそも寝てねえっすよ」


 初めましてとは思えない程気安く声をかけてくる男は確か、観光総裁のびっくら三八とか言っただろうか。他の芸人と違い思いっきり標準語だが、仁丹市に住みますする気はあるのだろうか。


「え、えっと……『にゃほにゃほたまくろー』」


「………ぅおお……あ、ありがとうございました……」


 おそらく星畑が指示したであろうよくわからない塩梅のセリフを囁き、囁かれた吟一は呻きながら頭を下げ、その場を後にする。


「お、お礼を言わないでください!!……つ、次の方!!」


(アイドルの握手会かよ)


「『…………ぎちちやめて』」 「わひょ!」

「『…………チョモランマ』」 「うひっ!」

「『…………ここシャネル』」 「ふはっ!」

「『…………まだたすかる』」 「ドキィ!」

「『………ラヴずっきゅん』」 「キュン!」

「『…………カメリア矢島』」 「ティッシュ!」

「『………………CP9です』」  「イぎだい!!」


「すげえっすよ!これ!!ラヴさんこれ最高っすよ!!」


「応!!さいでんから見させてもらってたけどどうやら最高みたいやな!!」


「う、うわぁ……すごい盛り上がりだね……次はいよいよ僕の番だ……」


「ハハ……」(←バカバカしすぎて嫉妬したことが恥ずかしくなってきている黒川)


「じゃ、じゃあ………お願いします!凛ちゃん!!」


「……………『あんま調子に乗るなよカマホモ野郎』」


「…………………………………………」※鎌田


「?………どうしたのカマちゃん」


「………ううん、何でも」(←超小声)


「ホレ!次は黒川くんやで!一発濃いのもらって来い!!」


「え……い、いや……いいっすよ俺は……」


 今更拒む黒川だったが、凛の方から近づいてきてグッとかわいい顔を耳元まで寄せてくる。彼女の長い前髪が耳に当たり危うく声が出そうになる。


「ちょ近い近い近い」


「……………………『ク・ロ・さ・ま』」


「~~~~~~~!!」


 たっぷり間を開けた後に生暖かい吐息と共に発せられたか細い声。黒川の耳はバン仲村の服より赤くなっていた。あと、どこがとは言わないがものすごく熱が集まってしまう。最も、真っ赤なのは言った(正しくは言わされた)本人である彼女の顔もであるが。


(……最低だ……俺って)


「ど、どうした黒川くん?もしかして果てたんか?」


「流石にそこまではイってねえですよ!!」


「………ほな…次はワシの番やな……頼むで凛ちゃん」


「あ、はい………ど、どうぞ!…………え?」」


「うん?なんや?」


「あ、い、いえ!!なんでも……えっと……い、いきますね?」


「応!!」


「………『星畑です。この居酒屋から出てすぐの公園にいます』」


「!?」


「なんかラヴさんだけ尺長くないか?」

「あれやろ?王様やからやろ」

「ラヴさん興奮しすぎて真顔なってるやん」


(………星畑何言ったんだろ?)


 当たり前だが、凛の口から出た言葉はラヴと黒川越しに会話を聞いているUくらいの耳にしか入っていない。その後、適当なリアクションをとり、トイレに行くふりをして席を立つラヴ。間違いなく星畑の待つ公園に行くのだろう。残されたメンバーは王様ゲームをする気にもなれず雑談に戻る。今度は鎌田と大勢ではなく、ちゃんと全員で和気藹々と楽しく飲めていた。パリパリのリストに載っていたような嫌な雰囲気はあまりしない。黒川は横にいる吟一に少し揺さぶりをかけてみることにする。


「えっと………先輩は憧れている芸人さんとかいるんですか?」


「ん~……?…まあ、ジャルジャルさんとか、かもめんたるさんかなぁ。一応、コント師やし。しゃべくりコントみたいなんも好きやけど、やっぱ俺は発想というか奇抜な感じで攻めたいわ。かっこいいやん……それに俺、自慢じゃないけど昔文学で賞取ったことあるねんで?」


「へぇ~…すごいっすね」(どうも情報が間違ってるわけじゃなさそうだな)


(あ、あの!!黒川さん!!)


(ん?どしたの凛ちゃん)


(ほ、星君からのお電話が切れてしまいました!!ど、どうしましょう!?)


(ええ?……なんでだろ?)


(た、たぶん、ラヴさんと二人でお話しされてるんだと思うんですけど)


(マジで!?……アイツ、何考えてるんだろ?もしかしてもう何かしら気づいたのかな?)


「何二人でコソコソ話してんの?ラヴさんがどうしたって?」


「わひ!?」


「あ、何でもねっすよ……そういえば…皆さんってやっぱラヴさんとはある程度交流あるんですか?」


「ん?……ああ、そりゃな……マグマ入ってまずは全員があの人にお世話になるくらいの……まあ、いわば世話役やから。んで、売れたり、売れんかっても別の先輩に世話焼いてもらうようになったりで離れる奴もいてるけど……どっちにしろここにいる全員、世話にはなってるやろ」


「……そうなんですね」


「まあ、せやから芸歴結構いってるのにずっとラヴさんにべったりな芸人はバカにされやすいけどな。それやから、あの人と積極的に仲良くなろうって後輩は少ないで。俺も、その中の一人や」


「………それってラヴさんと仲良くしないようにしてるってことですか?」


「アホ。誰もそうは言ってへんわ!でも、そうやな……なんというか…あの人の周りは居心地が良すぎんねん。収入こそ微々たるもんやけど、あの人とおれば劇場出番には困らへん。飲みや遊びにも連れてってくれるし、些細なことでは絶対に怒らへん。ずっと売れへんかったり、ネタの練習とかサボったりしてても説教どころかまったく気にする素振りも見せへん」


「……………」


「ほんで、ラヴさんは全く売れてへんやろ?せやから事務所の中ではまあ、意識が低いっていうか、ダサい連中っていう風潮があんねん」


(のはずだったのに……自分よりも売れそうになったし、スキャンダル捏造して蹴落とした……って推測とはいえ動機が完成しちゃったよ!!……吟一さんが犯人なのか?)


「せやからな………あの人が売れて……なんだかんだ俺は嬉しかったんや。ああ見えて、自分はちゃんとネタ考えて…常に客に新作見せ続けてたし、努力してたからな。むしろ俺らみたいに口だけの奴らよか……よっぽど。せやからあの人が評価されて、事務所内の…陰気クサい価値感が吹っ飛んだら最高やと…今更、都合よく思ってたんや……俺みたいにへそ曲げた連中は…この会場の中にもチラホラいるし、案外、みんな同じ気持ち何ちゃうかな?」


「…………………………………」


 もはや女声を出すことも忘れて陽気に騒いでいる鎌田とそんな彼の正体に気づかずに一緒に楽しんでいる芸人連中。何か思うところあるのか、泣きそうな顔で黒川と吟一の話を聞いている凛。そして一瞬でも彼を犯人だと疑ったことを悔いている手のひらドリル男、黒川。そのまま星畑の電話も、ラヴも会場には帰ってこなかった。3時間程度飲んで、会場を後にしたとき、飲みの代金は先にお帰りになったお客様から全ていただいていますと、店員からお釣りと共に告げられた。芸人たちは最初こそ三次会の誘いや、連絡先諸々をふっかけてきたが、手ごたえがないと分かるや否や、別にショックそうな素振りも見せず3人と別れた。




                       3



「迷宮入りだな」


 3人で夜道を歩きながら、ポツリと黒川がつぶやく。


「そ、そうですね……少なくとも、あの二次会に参加されてた人たちはみんな違うと思います」


「じゃあ、電気ブランの中堂さん?僕、あの人も誘ったのに来なかったよ?」


「その線が濃厚かもな」


「それもですけど……星君はどこに行ったんでしょう?多分、ラヴさんとご一緒ですよね?」


 そのまま歩いていると、星畑が正面から向かってきた。ラヴは一緒ではない。


「お疲れ……悪かったな。須田。色々変なこと言わせちまってよ」


「い、いえ!!……あんなに好き放題言えたのは生まれて初めてだったので……なんか楽しかったです!」


「あとブリ。男としてなんというか…若干殺意が湧くシーンもちょいちょいあったけど…今回は助かったぜ。ありがとよ」


「フフッ……どういたしまして!!」


「って……何終わりの雰囲気出してんだよ。解決どころかどんどん犯人がこんがらがってってのに」


「ああ~……それがさ。ラヴさんに……もう犯人探しなんてやめろって怒られちまったんだよ」


「うえ!?そ、そうだったんですか!?てっきりご本人にも事情をお話ししてここから本番だって思ってたんですけど」


「そのつもりだったんだけどな。悪いけどもうお開きだ。本人に止められたら終わりよ。大して気にしてなさそうだし」


「いや、まあ、そりゃ……そうだろうけどさ」


「…………シバちゃんはそれでいいの?」


「だからいいも何も…これ以上続けたら怒られちまうんだろうがよ」


「でもさ………いろんな人巻き込んだのに……こんな急に終わっていいのかよ。パリパリさんだってわざわざリストまで作ってくれたのに……まあ、あんま当てにならなかったけど!?」


 言葉の途中でギョッとする黒川。今まで何を言われても苦笑で返していた星畑が、一瞬黒川の方にものすごく険しい顔を向けたのである。しかし、ごく一瞬、すぐにケロッと真顔になり、黒川の肩に手をまわしてくる。


「悪かったな……舞台にまで立ってくれたのに」


「え?…い、いや、いいよ。楽しかったし……」(今のは何だったんだ?雰囲気的に俺が失言したってわけじゃなさそうだけど」


 そのまま4人で帰るのだが、ちょうど駅の前、漫才大会の会場だったビルのすぐ近くで突然星畑がちょっと用事があると輪から離れた。怪訝に思いながらも、凛や鎌田と並んで帰ろうとした黒川だったが脳内でUの声が響く。


『黒川、気づかれないように星畑の後を尾けるんだ』


(え!?……何で?)


『いいから……』


「………………………」


 何となく嫌な予感を感じながら、黒川も適当な理由をつけて星畑の後を追うべく一人になる。その背中に突然、鎌田の声が響く。


「黒川く~ん!!」


「?」


「シバちゃんを………星畑恒輝をよろしくね!!」


 いまだに女装状態の鎌田がブンブンと手を振りながらそう叫ぶ。彼の意図を完璧に汲めている自信はないが、黒川は誠心誠意を込めてグッと親指を立て、そのまま星畑の後を追った。


「…………鎌田君…今のってどういう……」


 不思議そうな凛の顔を見て、無邪気な笑みを浮かべる鎌田。彼女の質問には答えず、鎌田は嬉しそうに「気づいた?」とつぶやく。


「久しぶりにさ……シバちゃんが僕の事……ブリって呼んでくれてたんだ」


「あ……えっと……そういえば最初居酒屋では鎌田でしたもんね!」


「フフフ………黒川くんなんて素敵な相方にはさ、勝てそうもないけど…それでもやっぱりシバちゃんのコンビは僕ってことだよね!」


「そりゃ、そりゃあ!そうですよ!!……私にとっては生きるレジェンド!!…永遠のゴールデンコンビなんですから!!」





                      4



 Uに言われた通り星畑の後を追う黒川。星畑が向かった先はビルの中だった。漫才後の打ち上げが行われていた居酒屋があったビルである。


(おいおいおい……お前はマグマNGなんじゃねえのかよ!)


 ビルの中まで追うべきか悩んでいた黒川だったが、星畑は早々に別の出口からビルの外へ出たようで、Uに誘導されるまま近くの、人気のないガレージまで行く。するとそこで星畑が誰かと会話している姿を目撃し、慌てて自販機の裏に隠れる。


 自販機の裏の細い隙間から様子を伺い、星畑と話をしている人間を見てギョッとする。それは自分たちに犯人を見つけてくれと協力してくれていたパリパリ無限キャベツの2人だったのだ。


「………マグマの飲み会なんかに来たらあかんやんか……今回は影末さんも来てんねんで?」


「ああ~……すいません……」


「そんで、何の用や?蒸し暑いし、さっさと終わらせてな?」


「んじゃあ……率直に……ラヴさんのパワハラの報道……記者に流したのアンタらでしょ?」


「あ?……ああ~…まあ、そやな…俺らの動画が原因で…炎上してもうたんやし…俺らのせいかもな」

「目覚め悪いでホンマ。そんな気はさらさら無かったのに……芸能ニュースのあの悪意ある切り取りはもっと問題視せなあかんで」


「それはアンタらが流したんじゃなくって。アンタらが脳汁だんごの2人から聞いたネタを上げたんだろうが……そっちの方を言ってんじゃねえよ」


「………あれ?脳汁って誰から聞いたん?」


「どうでもいいでしょそんなことは……俺が言ってんのはその後!アンタらがその動画を上げた後に、知り合いだか何だかのマグマ芸能関係者にパワハラの情報を売ったんでしょうが」


「…………何?」

「何を言ってんねんお前」


「アンタらが黒川に見せたっていうリスト。俺も見たよ。確かに書いてあんのはほぼ事実だ。事実を大幅に誇張して伝えてる。ドン蛙さんとか、電気ブランの中堂さんとか、本当にラヴさんを快く思ってない人とか、事務所内でヤバいって有名な人とか混ぜてたから、俺も最初はマジで参考にしちまったよ」


「………何や…自分。あんときから居てたんかいな?」

「それで……リストの情報がオーバーやったんが何で俺らが黒幕ってことになんねん」


「曹操さんだよ」


「はあ?」


「曹操さんを寡黙で得体の知れないって評価したところだよ。あの人、ここ数年は謎の三国志キャラでびっくりするくらい無口になってるけど、それまではゲラでめちゃくちゃよくしゃべる人だったらしいぜ。まあ、金を後輩から借りたり、ライブも逆に呼んでもらったりで面倒見が悪いのは確かだけど」


「………………………」


「ラヴさんと少しでも付き合いがあれば分かる話だ。アンタらほど芸歴があればな。最も、あの人マジでラヴさん以外にまともな人脈ねえから、そこら辺のマグマ芸人に聞いても情報入らなかっただろうけど」


「いや………それがどないしてん」

「せや。関係ないやん。パワハラとは」


「まあ、聞いてくださいよ。あと、これは後から気づいたんだけど宴会場に向かう途中で黒川に言ってた情報にも違和感あるんですよ。打ち上げの飲み会でラヴさんが後輩芸人に無茶振りしたって奴。あの人が事務所のお偉いさんも来てる大事な場でそんなおっかないこと後輩にさせるとはどうしても思えねえ。まあ、俺はその会出たことないし……単なる推測だけど」


「「………………………」」


「脳汁さんだかが言った『飲み会の無茶振り』を勝手にその打ち上げでのことだと勘違いしたんじゃないですか?それを勘違いしたまま黒川に伝えたんだ。少なくとも脳汁さんの言ってたラヴさんの無茶振りは単なるプライベート飲み会での王様ゲーム上の話です。それなら俺もされた覚えがあります。逆にラヴさんに振ったこともありますよ」


「だから!!それが何の関係があんねん!!」

「勘違いしてたんが何や!!俺らが勘違いしてたせいで炎上したって言いたいんか!?」


「そんなわけないでしょ?俺が言いたいのはですね。アンタらはマグマ芸能では超超珍しいラヴさんの世話を一切受けてこなかった……あの人と全く縁のない芸人だってことですよ。だから人から聞いた情報で適当くっちゃべってる。最も、後者の無茶振りに関しては相手が芸人ですらない黒川だから、適当こいてもバレないって思ったんでしょうけど」


「………いや、いやいやいやいや……ハハハ……そうやな。確かに俺らはあの人とそこまで接点はない。せやから多少勘違いしてたんもあるやろ。せやけどな!!そやったら猶更!ラヴさんを告発するような動機は生まれへんやろうが!!」

「そもそも、今のも全部単なる憶測やし!何の根拠にもならへんわ!」


「ええ……だから俺もラヴさん本人に確認しましたよ。思った通りアンタらとラヴさんは数えるほどしか面識なかったみたいですね。動機に関しては……まあ、これも憶測って言うかなんかですけど…」


 言いながら、星畑が立ったままうずくまるように腕を交差させ頭を隠す。そして、片腕ずつゆっくりと剝がすように動かし、頭をひょっこり出す。


「キャベツから……芋虫ニョッキ!!」


「「!!」」


「………これじゃないですか?動機」


「お、お前……それをどこで」


「聞いたんすよ。ラヴさん本人から」


 そこから星畑がまた、長々と解説する。かみ砕いて説明すると、今の奇行はラヴが若き日のパリパリに伝授したという一発ギャグだった。初めてのマグマ芸能の定例飲み会。そこでイベントとなっていた若手による一発芸合戦。そこで披露するものを何一つ考えられなかった二人は直前にラヴフールにそのことを相談し、彼が即興で考えた「芋虫ニョッキ」を伝授された。そして本番で披露されたそれが会場でややウケし、当人らはラヴにオーバーなほど感謝したという。以降、ラヴは共演すると、二人に例のギャグを振るようになったのだというが……


「あんなもんな……あんなもんな……その場凌ぎの恥のかき捨て芸に決まってるやろうが!!それを何回も何回もくどくどくどくど振りやがって!!あのボケ!!」

「おかげで…俺らしばらくは芋虫ニョッキの人扱いや!!そんなん売れるわけないやんけ!!」


「………じゃあ、新ネタでもなんでも考えればよかったでしょ」


「「ああ!?」」


「……すんません」


 睨まれ、とりあえずは頭を下げる星畑だが、態度はなおもとげとげしい。


「そんで………アンタらは早々にラヴさんのグループから抜けて…影末さんとか、事務所のえらいさんと結託するようになる……まあ、それは全然いいと思いますし、むしろそういうハングリーさが俺らには無いんで、煽りとか抜きに尊敬すらしますけど」

「それで……事務所内でラヴさんの地位を落として、あの人と一緒にいる後輩は情けないって風潮を作るのも……引っかかりはしますけど……事実も多いし、まあ、しょうがないと思います」

「………でも、それで……ラヴさんが成功したって瞬間に……一気に蹴落とすのは芸人以前に人として間違ってるでしょ?」


「せ、せやから……その証拠はあるんか!?」


「………脳汁の2人が会場に来なかったのを責任感じてって言ってましたよね?あの2人が会に来なかった理由は俺らが血ナマコで犯人、つまりは自分たちを探してて気まずかったからですよ。そもそもニュースの報道で上げられてた動画の内容も、パワハラの内容も脳汁のタレこみネタとは打って変わりすぎてて本人たちは、自分らのせいとすらそこまで考えてなかったっス。他の芸人が自分たちと同じようにアンタらにガチ目のパワハラタレこみをしたんだろうなって思ってたんでしょうね。ま、ネタを提供した以上、自分らも一枚かんでるとは思ってたみたいですけど」


(確かに……気に病んでるって感じじゃなかったよな。エロ踊りしてたし)


「それを気に病んでるって解釈してたのは…アンタらが二人の告発をズレた解釈したからです。黒川に話したようなズレた内容を記者に伝えたんでしょ?そんで、それをさぞ脳汁の2人が言った話が大事になったって風に演出したかったんでしょ?脳汁が責任感じたって風に()()()()()したかったんでしょ?」


 つまり脳汁たちが話した王様ゲームでの無茶振りを、パリパリが勝手に自分たちの負の思い出である事務所恒例の一発芸大会での話と勘違いし、間違ったまま記者に伝えたために脳汁は自分たちの告発が原因とすら思わなかったということである。


「アンタらの真の目的はラヴさんだけの上がりかけた人気を落とすだけじゃなくって、そこから発展した騒動を利用して、ラヴさん周りの人間関係をグチャグチャにすることでしょ?だから、脳汁の2人を利用したり、リストなんて渡して、黒川に協力するそぶりを見せたりなんて面倒なことをしたんだ」


(そういわれてみれば……あの人ら、鎌田くんのことを芸名のブリじゃなくって名前で呼んでたな。リストに載ってた人がラヴさんのことを良く思ってる人ばっかだったのは、節穴だったんじゃなくて俺らを嵌める為の落とし穴だったんだ)


「…………それで?」

「せやから証拠はあるんかいな?俺らが記者に伝えたってのは?音声でも入手してんのか?」


「いや全然。ねえっすよ?」


「はあ!?」

「なんやそれ!!嘗めてんのか!?」


「そもそも、俺、ラヴさんから犯人探し止められましたし、二人をどうこうしたいわけではないですよ?……まあ、さっきのニョッキの動揺で犯人って自供したようなもんですけど」


「は、はあ~~~?」

「お、おまえ……お前……ホンマに何がしたいねん!」


「いや~……だって……こんなに引っ張ったんだし……オチはつけないとじゃないっすか!ちょっと粗だらけの推理ですけど!」


「何の話やねん!」


「………でもまあ、さっき言った人間としてってのは本音ですよ?俺、アンタらの今回のやり口、どうかと思いますもん」


「「…………………」」


「大方、アンタらラヴさんらの軍団の芝が青く見えて仕方なかったんじゃないですか?こっからはガチで邪推なんで聞き逃してくれたら結構ですけど……羨ましかったんじゃないですか?ウケるウケない売れる売れない別にして楽しんでるって感じのラヴさんのやり方が……まあ、決して見えてるような楽しさだけじゃなくって血反吐みたいな現実がありますけど、楽しいのは事実ですからね」

「売れるために全力のアンタらはシンプルにかっこいいと思いますけど、それでもやっぱ疑問というか、どっかでやりたいお笑いへの憧れとかあったんじゃないです?それは芸人だったらみんなあると思うんですけど……」

「ラヴさん、ずっと気にしてたんですよ。アイツらにもっと良い一発ギャグ考えてやれてたらもっと普通に、自分に自信もってネタ作れたんちゃうかなって……ズバリアンタらはラヴさんのフリのせいでお笑いへの壁ができてるみたいですし……捕えようによったら確かに、立派なパワハラだとも思いますよ」

「…………アンタら……下らねえ芸能ニュースだとかゴシップチャンネルなんかで……無駄に大事にしないで、ラヴさんと酒でも飲みながらきっちり話し合ったらよかったんじゃないですか!?」

「そしたら………アンタらも…フラッとラヴさん側に遊びに行ってみたり、ラヴさんもビッグになってアンタらとでかい仕事一緒になって、動画でコラボとかもして……ってできたんじゃねえの!?」


「「……………………………」」


「…………………すいません……熱くなっちまって……帰ります。今回の件はマジで俺、何もしませんし…これからもマグマには顔だしませんから……それじゃ」


 そのまま黒川が隠れている自販機の方に近づいてくる星畑。慌てて身を潜める黒川だったが、通り過ぎざまに「帰ろうぜ」と声をかけられ、慌てて早歩きの星畑の後を追う。






                     5


「………良かったのかよ」


「ん?……ラヴさんのことか?それともパリパリ?」


「……ていうかこの騒動だよ!お前が言ったことがマジなら!ラヴさんマジでとんだ濡れ衣じゃん!どうにかしねえと!」


「……っつてもできねえし……それにもうあの人もしないでくれって言ってたしさ」


「………ええ」


「被害者が全員犯人に復讐したいとは思わねえってことだよ。もうほっといてくれって思う奴も一定数いるってこと」


「………そう」


「………俺もさ……悔しいよ。アイツらマジでぶん殴ってやりてえ。実際、番組を言い訳にして、ネチネチ一方的に憂さ晴らししたしな。でもさ、本当は…ラヴさんはこんなことして欲しくないんだよ」


「………人が好過ぎるよ」


「バーカ。そんな理由じゃねえよ」


「じゃあ何だよ?」


「………俺がここにお前らを連れてこずに一人で来たってことと一緒だよ」


「………どういうことだよ?」


「………目の前の奴にはずっと笑顔でいて欲しいってこと!!……そのために芸人やってんだもん!」


 そう言って、星畑は少し恥ずかしそうに笑って見せた。



 本編中、割と好き勝手に書いてしまったせいで芸人さんに対し無礼だったり軽んじたりしている発言があるかもしれませんが、それは単に作者が無知かつ無作法かつ無礼者なだけで一切の他意はないことを信じていただきたいです。ゴシップ芸人さんに対してアンチテーゼとかはマジで一切ありません。

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