その③「呼べばこたえる腐れ縁ただれた仲間だコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:21歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆クレしん映画で好きなのはカスカベボーイズ。つばきちゃんしか勝たん。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆クレしん映画で好きなのはヤキニクロード。ぶっちゃけ泣ける要素別にいらない。
③須田凛 性別:女 年齢:20歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆クレしん映画で好きなのはロボトーチャン。感動有り余ってMADとか見ちゃうタイプ
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆クレしん映画で好きなのはブタのヒヅメ。この映画で山寺宏一を知った。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆クレしん映画で好きなのはオトナ帝国。凄まじい程泣く。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆クレしん映画で好きなのは温泉。丹波哲郎が好き。
いきなり何ですが謝罪させてください。まず3話で終わりませんでした。マジですいません。いつかまとまらなくなると念押しこそしてましたが、まさかここまで早くに崩れるとは思いませんでした。
そして次はミスで掲載がズレました。そのせいで恐れていた更新したと思ったら作者の自己満コーナーだったというガッカリ感を与えてしまったことです。まあ、これに関してはそもそも注目度の薄い駄文なのでそこまて深刻ではないですが、とにかくご迷惑おかけしました。
1
二人で入場 ☆センターマイクに立つなり周囲を見渡す。
●それには気づかず笑顔で挨拶
●「どうも~!!(コンビ名)ですー!よろしくお願いします!……名前は覚えなくていいですー!」
☆「あれ?あれ?」(自己紹介せずその場で慌てる)
●「……………おい、挨拶しろよお前」
☆「無い………あれ?どこにもない……」
●「何?何か無くしたんかお前?」
☆「………マイバック無くした……」
●「ええー………楽屋に置かへんかったん?」
☆「だってロッカーの一つもないタコ部屋やで?盗まれたら嫌やもん」
●「そやからって無くしたら一緒やんか……貴重品は?」
☆「それは大丈夫……財布と鍵と、スマホ……もあるわ」
(シャツやズボンから物を出す。財布と鍵は普通に出す)
●「ズボンの後ろポケットに黒の長財布刺してる奴嫌いやわ俺」(財布を見てボソッと)
☆(少しだけ●を睨みながら)「………あとスマホな」
(シャツの内側から同人誌を取り出す)
●「お前それ………」(同人誌を取り上げてパラパラ捲る)
☆「スマホやけど?」
●「お前これスマホやなくて『素股で終わる本』やんけ!」
☆「うん……スマホやん」
●「違う違う!!俺が言ってんのはスマートフォンや!素股で終わる本やない!」
☆「あ、そっちは鞄の中や……」
●「逆やろ!携帯電話言ってるんやから携帯しろや!!」
☆「素股で終わる本かて携帯やないんか?」
●「これは『挿入れたい』や!!』
(同人誌を床に叩きつける)
●(同人誌を拾ってさり気なく自分の服に仕舞いながら)
「まあ、鞄の中に携帯あるんやったら俺の電話で探せるから……ちょっと呼び出したるわ」
☆「ええんか?今、本番中やのに」
●「お前が困ってるのにほっとけるかい」(自分のスマホを取り出す)
☆「………お前」(ちょっと照れたように●の背中を軽くたたく)
●☆「…………」(アピールするようにチラッと客席を見る)
●「あれ?連絡先が知らん奴ばっかになってる」
☆「ああ!しまった!!そうや、俺、イタズラでお前の電話帳を全部漫画のキャラに変えたんやった!」
●「…………トータルテンボスの大村さんにしか許されへん凶行に走りやがって」
☆「ごめんごめん!俺の名前は吉野貴史やから」
●「カラミざかりのハゲ!!」
☆「かけてかけて!早く!!もう我慢できへんわ!」
●「………なんか含みを感じるわ~」(スマホを耳にあてがう)
☆「あ!ごめん!!やっぱやめて!!」
●「も~……何?」
☆「ごめん!俺、お前からの着メロ、ナマ出しセッ〇スのASMRにしてたん忘れてた!!」
●「な、な、な、なんで!?」
☆「言い訳する気はない」
●「いやいやいや!!まだ言い訳でもいいから情報が欲しい段階なんやけど俺!」
☆「ええやんか別にどうでも……」
●「そもそも……エロ音声を着メロって言うなよ」
☆「え?ナマ出しセッ〇スのASMRかて着メロやろ?」
●「お前それは『着床でメロメロ』やんけ!」
☆「とにかく!違う方法で探してくれ!」
●「違う方法~?……じゃあ鞄の特徴教えてくれよ」
☆「ん~……青色で丸くてちょっと大きめ、鈴がついてて……」
●「けっこう特徴豊富やね」
☆「あ!あとな!!バター塗ってあんねん!いざって時の為に!」
●「ホンマに何で!?」
☆「いざって時に犬が見つけてくれると思ってさ」
●「ええ~………でも、今ここに犬おらんやん」
☆「そこは催眠術で何とかするわ。ほい!お前犬な」(パン!と●に猫だまし)
●「うう~ん……」がっくりと倒れ、すぐに立ち上がる
☆「よし!成功!」
●「メシ食うなァー!メシ食うなァー!」(●センターマイクを鷲掴みにして歌う)
☆「あかんこれバンドの方のINUや」(パン!と再度猫だまし)
●「ハッ!!……俺は何を!?」
☆「犬もダメか~………どうしよ」
●「ちゃんと鈴までつけてたのにな……」
☆「鈴?」
●「うん……落とした時ように付けてたんじゃないの?」
☆「いや………猫を集めるためらしいけど」
●「お前ドラえもんの事カバンって呼んでんの!?」
☆「だって無機物やん」
●「馬鹿!友達や友達!!返して来い!のび太君に!」
☆「え?持ち主の名前のび太やなくてたかしやけど?」
●「た、たかし?……え?何?ドラえもんやないの?猫型ロボットの」
☆「いや?幼女型ロボットののぞえもんやけど?」
●「のぞえもんの方!?」
☆「おう」
●「え!?大人の都合で単行本一巻分の活躍しかできひんかったあののぞえもん!?」
☆「おう」
●「終始ヨダレ垂れ流してるあののぞえもん!?」
☆「おう」
●「ヨダレ拭いたら反動でお漏らしするあののぞえもん!?」
☆「おう」
●「☓☓☓の奥に地球破壊爆弾があるあののぞえもん!?」
☆「おう」
●「マジか~……お前それ失くしたらヤバいで……変態の手に渡ったらどうすんねん。地球滅ぶで」
☆「せやんな~」
●「うん……………」
☆「………………………………」
●「………………………………………………」
☆「………………………………………………………………」
●「お前幼女型ロボットにバター塗りたくったん!?」
☆「うん……」
●「は、は、犯罪やん………」
☆「だからさ、ええやん別に、無機物なんやから」
●「ええわけあるか!!」アアーンキモチィーンダシテェーン!
●☆「!?」
●「…………あ、あ……え?」アアーンキモチィーンダシテェーンアアーンキモチィーンダシテェーン(服の間からこっそり回収していた同人誌を落とす→ページの隙間からスマホ出てくる)
スマホ「アアーンキモチィーンダシテェーンアアーンキモチィーンダシテェーン」
●☆「………………………………………………………………」(見つめあう)
●☆「へへへへへへへへへ」(笑い合う)
●「あったやん。素股本からスマホ出てきた」
☆「挟まってたんやな。素股だけに」
●「しょうもないこと言ってんなよ。誰から?はよ取れや」
☆「知らん番号や………もしもし?」
●「……誰?………なんて言ってる?」
☆「……泥棒や。のぞえもんはいただいたって言っとるわ」
●「誘拐犯って言っとこうやそこは」
☆「あー…………あかんわ●」
●「何?」
☆「電話取ったはずやのにエロ音声が聞こえてくんねん」
●「うっわ地球爆発やん」
☆「やっぱ………物は落としたらあかんなってことや」
●「上手いことオチがついたやん……やないよ、もうええわ」
☆「また来世ー!!」(観客に手をふる)
2
「無理だな」
●ことイーガーハン童貞が台本内のツッコミ以上に辛辣な声色で吐き捨てると同時に、台本もベンチに投げる。相方の☆こと大馬鹿下劣がそれを拾い、怪訝な顔でペラペラと捲る。
「やっぱり?ちょっと自由に作りすぎたかな……」
童貞がちらりと30メートル程先のビルを見る。11階建て。今日、その最上階で漫才の新人大会が開かれる。童貞こと黒川と下劣こと星畑は先輩芸人のパワハラ報道の真相を探るため、その大会に出場し芸能会社に潜伏しようと企てていた。のだが、まだ潜入のための大会すらも始まっていないタイミングでコンビはピンチを迎えていた。
元々この大会出場は自然な流れを作るためのポーズみたいなもので、無理に注目を浴びたり実績を設けずとも、協力者かつ同じく出場者である先輩コンビのコネで潜り込めるはずだったのだが、その先輩が芸歴を一年間違えていた事により、大会に出場できなくなったのだ。早い話、二人が大会後の新人歓迎会にお呼ばれされるためには、真っ当にネタで注目されないといけないわけだ。
「まあ、お前腐ってもプロだし……ネタが面白いか否かについては言及しねぇよ………俺、そういうユーモア無いし……でもさ、それ以前に漫才ってこんな自由に小道具使っていいのかよ?これじゃコントだぜ……下ネタもフツーに発禁ものだし」
「ええー………前見せた時はやる気だったじゃん」
「…………あん時は素面じゃ無かったから」
「俺も正直、未知数……ていうかぶっちゃけえげつない程スベると思うけどさ。一回くらいいいじゃん!!今回の放送のギャラ!全部お前にやるから!」
「いや、それはいいけど………のぞえもんって……斎藤が学校に持ってきて騒然となった漫画だろ?誰がわかる云々の前に誰が面白いと思うんだよ。これを擦って」
「うるせえ!斎藤からこの漫画借りて散々擦りまくってた分際で偉そうに!」
「こ、こ、擦ってねえよ!!」
「まあ、確かに……お前の言う通り、素人の分際でスマホだの同人誌だの持ち込んでりゃ悪い意味で注目浴びて、宴会に呼ばれるどころか出禁食らう可能性すらあるしな……どうしたもんか」
「………出るのはそりゃ出るけどさ……この際スベるのも我慢するけど……でも、お前には悪いけど本来の目的は果たせなさそうだな」
「うう~ん………ラヴさんに申し訳ねえのもそうだけど、一応プロとしてのプライドが傷つくぜ。正当かどうかはともかく本気で作ったネタなのに」
始まる前からすっかり負け犬ムードの2人であるが、いよいよ会場は開きゾロゾロと漫才師たちがビルに入り込んでいく。泣いても笑っても参加する以上は舞台に立たねばならない。そしてこれを撮影として宇宙に放送するということは、あまりにも情けない姿は曝せない。観念して黒川と星畑もその群れの中に突っ込んでいくのだった。
3
さて、そんな二人の後ろ向きな入場から経つこと30分。先程黒川らがうなだれていた公園に一人の地味~な女がやってくる。偶然にも黒川らが座っていたベンチに腰を掛けキョロキョロと辺りを見渡す女はあるものを見つけ、嬉しそうに手を振る。手の方角にはブロンドヘアの少女がキャリーバックを引いて歩いてきている。その少し後方には同じく大きなカバンを両手で持った陽菜が歩いている。黒髪の地味な女は凛で、ブロンドヘアで外国人に化けているのは瑠奈である。双方ウィッグをかぶって変装しているのだ。高校時代の自分自身に扮した凛の注目は真っ先に一切変化なしの陽菜に向けられる。
「おはようございます……どうしてヒナちゃんはノーメイクなんですか?……ま、まあおかげで瑠奈さんが来たことに気づけましたけど」
重そうな荷物を持っているからか未だに凛のもとにたどり着けていない陽菜の代わりに姉が答える。
「なんかこの場で披露したいみたいで……私にも内緒なんですよ……ていうか凛さん!化けましたね~。手を振ってくれないと誰か分かんなかったですよ!」
「ふへへへ……在りし日の私です。多分、エミ様なら一発で気づいちゃいますね」
「………凛ちゃん…………あみんちゃんみたいになっちゃってる……」
「ヒナちゃんもおはようです!……そ、それってつまりどういう意味です?」
「かわいくて勉強できそうってこと」
「えへへへへ……残念ながら常に留年の危機と追いかけっこの青春でしたけど……」
「それで?……ヒナはどんなかっこするつもりなの?こんな会場付近まで堂々と来ちゃってからに」
「フフフ………あそこのトイレで着替えてくるからちょっと待っててね」
そう言って公園内の公衆トイレに入っていく陽菜。「そういえば星君も黒髪に染めてたんですよ!」「え!?マジですか!?見たい見たい!!」なんて会話をしているとしばらくしてトイレからちっちゃな黒い塊がやってくる。数メートル近づいてそれがどうもダースベイダーだと気づき、凛と瑠奈は口をあんぐりと開ける。
「…………ヒ、ヒナちゃん?い、いえ……ヒナキン・スカイウォーカー?」
「………そ、それ………本気でそれ……ええ?」
「コー」
「いや、コーじゃ無しに……アンタそれどういうつもりで選んだの?」
「コー!!」
ヒナキン・スカイウォーカーはノリノリで袋からライトセイバーを取り出し、構えて見せる。ひょろひょろとした剣さばきでそれを姉に振りかざしたところで、その姉からチョップをお見舞いされ、おでこを抑える。
「コ、コー!コー!」(←おそらく何かを抗議している)
「アホヒナ!そんな目立つ格好で潜伏できる場所があるとしたら10月31日の渋谷くらいだよ!!」
「ほ、他に何か服は持ってきてないんですか!?」
「こ、こー」(←意気消沈)
「………単なるウケ狙いの悪ふざけじゃないってところが恐ろしいよ……我が妹ながら」
「………こー」
陽菜のコスプレに驚きながらも常に微弱に揺れてソワソワしていた凛が爆発したかのようにスマホを取り出しズダダダダと何かを打ち込む。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
同刻、犬塚大学キャンパス前のス〇ーバックスにて
「お!凛ちゃんのリンスダグラムが更新されてるにゃー(=^・^=)」
『暗黒面に落ちても可愛いってうちの天使無敵過ぎじゃないですか!?』
「?(・・?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ヒナ……アンタ、今すぐダッシュで帰って服取ってくるかそのまま家に帰るか選んだ方がいいんじゃない?」
「こー!こー!」(←やだやだと言っている)
「しょーがないでしょ!そんな微妙なサプライズ仕掛けてくるのが悪いの!黒川さんたちは本気なんだから!!」
「こーだけでここまで意思疎通できるなんて流石ヒナちゃん……」
「ヒナさんどうせ覆面するなら仮面アイヤーさんにしておきなさい」
「……う~ん……でも、いくらご近所でも取りに戻ってる暇ないかもです……前の方の席が埋まっちゃうかも……入場はできてもヒナさんだけ個別で席を取ることになってしまうかも」
「ええ~!?……漫才自体に興味あるわけでもないのに顔が見れないところ行っても意味がないですよ!」
「うう~ん……それにいくら暗黒卿とはいえ、子どもを一人にするわけには」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………コー」
「………………………………………ヒナさん、こっち向いてください」パシャ
「……おい」
「……………はい?」
「な・ん・で・い・る・の・か・な~………お母さん!?」
ひょっこり紛れ込んでいる大地につかみかからんばかりの勢いで迫る瑠奈。本来ならば朝一の新幹線で東京へと向かっていかねばならないはずの身なのだが、仕事をほっぽってヒナキンを撮影している。
「い、いつの間に紛れ込んでいたんでしょう……」
「こー……」
「しかもちゃっかり変装っぽいグラサン持ってきてるのがムカつく!!母親としてどうたら言ってなかったっけ?先週!!」
「…………てへっ☆」(←超ぶりっ子ボイス)
「ヒナ、ライトセイバー」
「コー……」
「ウェ、ウェイトウェイト」
ヒナキンからライトセイバーを譲り受けたルーナ・スカイウォーカーがそれを振り上げ、大地は慌てて制する。
「………まだギリギリ間に合うでしょ……幸い駅も近いし……このまま東京に行って!分かった?」
「………お母さんも一緒に漫才を………」
「行け」
「…………はい」
「ヒナ、ちょうどいいわ。お母さんと一緒に駅まで行ってちゃんと京都駅行きの電車に乗るか見送って!……そこまで行ったらいくら何でも新幹線乗るでしょ」
「コ~……」(漫才見たい……的なニュアンス)
「ダースベイダーは会場には入れません」
そのあともしばらくは捨てられた子猫のように「コー」「コー」言っていた陽菜もいい加減観念したらしく、観念できていない母親を連れて、駅に向かっていった。陽菜が再起不能になり、凛と瑠奈の2人で早速会場の観覧席に向かう。会場は全くと言っていいほど盛況ではなく、二人は最前列に進むことができた。途中、瑠奈がトイレに行くと一人席を立つ。
(……会場ガラ空きでヒナに悪いことしたと思ったけど……さすがに開演間際になると混んできたな。良かった良かった。お母さんも無事、新幹線に乗ったみたいだし……)
古今東西、こういう会場の女子トイレは開演間際によく混む、順番待ちをしていると突然、黒髪のイケメンが声をかけてきた。
「あれ?瑠奈?………何してんだよ。こんなところで」
「はひ!?」
黒髪のイケメンはまごうことなき星畑である。あっさりと正体がばれ、瑠奈は尿意を催していたことも忘れ、ふらふらと列から出る。
「い、いや~……ちょっと仕事で………このホールで……え~っと」
「ああ!これ?入り口でチラシ渡されたわそういや!」
星畑がポケットから取り出したポスターには『どうして摩利支天』と書かれたみょうちきりんなコメディ劇についての情報が載ってあった。どうもこの一階下の劇場で今日やる予定らしい。
「ああ~…そうです!!それです!!なんか上で変なことやってるな~と思って!!」
「漫才の大会だよ。俺これ出るの」
「へ、へ~……残念!!見たかったな~……もうちょっと時間ずれてたらな~」
「まあ、心配すんなよ。今回多分鬼スベるから!」
そんなこんなで星畑と別れる瑠奈。変装がばれたこともショックだが、驚くほどフランクに声をかけてきたことからもしかしてこれ端から私たちに隠す気なんてサラサラ無かったのではという疑念にかられる。しかし、わざわざ黒髪のカツラまで購入した凛を思うと、そのことを報告はできない。そして自分もここで観覧するわけにはいかなくなる。
「………帰るか」
―岩下瑠奈 再起不能
4
「なんかこの辺りで小っちゃいダースベイダーが嫌がる美女を拉致してたらしいぜ」
「………それ、新しい漫才の設定?」
ネタで事前にこき下ろしていた楽屋よりも数段みすぼらしい楽屋にこれでもかというほど詰め込まれた中で、星畑と黒川はうんこ坐りで隅に固まっていた。
「あ……そういや瑠奈に会ったわ」
「え!?……もしかして見に来たの?」
「いや?この下でやってる喜劇に出るみたいなんだけど…でもポスターの中に名前ないんだよな」
「………思ったより売れてないんだな瑠奈ちゃん。でも、こんなに近いんだったら、陽菜ちゃんも見に来れていいだろうな。今日休日だし」
「………いや……多分だけど嘘だと思うぜ?姉妹で俺らの漫才見に来たんだろ?フツーにノンシュガーズに話してたし、俺」
「………いや、まずいだろ」
「何で?いいじゃん別に……芸人の中で俺とあいつらの交流知ってる奴なんて一人もいないし」
「そうじゃねえよ!!陽菜ちゃんが見てるってのにあのネタできるわけねえじゃん!!」
「そういやそうだな………」
「どうすんだよ!俺ら、いよいよどん詰まりじゃん!!」
「………もう、フリーで行くか」
「いやいやいやいや……」
そんなこんなでビビり倒しているうちに、大会の出順が発表された。黒川らはかなり中盤になっての登場なのだが、それ以上に目を引くのはブロックごとにネタをする会場が違うことである。楽屋を出てよく見てみると、ホールのほかにトイレの前や、二階下の大会議室、果てには階段の踊り場など、いたるところに特設ステージが作られている。
「な、な、なんじゃこりゃ!?」
「………思ったより芸人多いなって思ってたけど…どうも主催側も想定外だったみたいだな。そして意地でも今日中に終わらせるという凄味を感じるぜ」
「舞台の落差激しすぎるだろ」
「とりあえず、俺らのやる場所確認しようぜ。あと、鎌田達にも教えねえとな」
「瑠奈ちゃんたちはどうすんの?」
「いや~嘘ついてたくらいだし……お忍びって体なんじゃねえの?ここはそっとしとこうや…マジで劇に出るのかもしれないし」
5
同刻、詳細について書かれたパンフレットを何度も読み返している凛も、会場の中をあたふたあたふたしていた。
(ま、まさか……ここまで最前列の席が意味をなさないなんて…ていうか!星君たちはどこでやるんでしょう!…確認しようにも……パンフにコンビ名しか載ってません…写真すらないし…どうすれば…私、お二人のコンビ名知らないのに……しかも…ルナさん帰っちゃうし)
仕方がないので、星畑が付けそうなコンビ名をフィーリングで考え、目星を付けることにする。とりあえず何組か、セレクトしてみる。
・ガスバス爆発……9階会議室 10時45分
・ちりとてちんこ……トイレ前 11時00分
・差し押さえ……11階大ホール 12時30分
・むけちん……11階大ホール 14時45分
(うう~ん………とりあえずこの4組でしょうか?でも、全然わかりません。あっちこっち移動しても後ろの方ばかりで見られなさそうだし……これはもうここにいといたほうが……)
そんなこんなで大会が始まる。始まるのだが、15分ごとにコロコロ入れ替わるコンビのどれもがまあ、驚くほどつまらない。完成度に寛容な凛でさえもポカンと口を開けることしかできないようなネタから、練習不足でトンでしまっているモノ、嚙み倒しているモノ、活舌が悪く何を言っているのか聞き取りづらいもの……エトセトラ。
(う~ん……冷静に見直してみれば……ここ、せっかくの大ホールなのに出るのが素人さんばっかりです。星君たちばかりじゃなくって、名前を知ってる人でも会場をセレクトしとくべきでした)
苦渋の思いで凛は折角とった最前列の席を手放し、会場を出ることにした。そして事のほか、席がガラガラでどこの会場も容易く前を陣取れることが分かった。そうなると話が変わってくる。そこから凛は忙しなく方々の会場を巡ることになった。
6
「流石、素人の大会……スベリ倒してるな~……どこも」
「ンフフ……今の人ら俺より3年は先輩のプロだぜ」
「ええ………ま、まあ…スベッてくれてた方がありがたいけどな……うん」
出待ちの間、舞台の袖で漫才を見ている黒川たち。思ったより出演者の実力がしれていることを知り、仄暗い安堵をする。
「て……いうか………これ、誰がどうやって審査してるの?」
「あそこの端にいるのとか審査員っぽくね?……」
「どれ?………ヒヒヒ、曹操さんじゃねえかよお前!ふざけんなって」
「ンフフフ」
「星ちゃん星ちゃん」
「………………………………」
突然、背後から誰かが話しかけてくる。怪訝な顔で黒川が後方を確認するとマスクとサングラスで顔を隠した謎の男が星畑を呼んでいた。現在素性を隠している星畑はと言うと、まるで聞こえてすらいないかのように無視を決め込んでいた。流石のアドリブ力だなと、黒川が感心している折、謎の男は尚も星ちゃんと呼びながら肩まで触ってくる。こうなると無視をしてもいられない。
「………………人違いじゃないっすか?俺、磯野藻屑源素太皆っていうんですけど」
「随分おはぎいっぱい食べそうな名前だな」
「………ハハハハ。俺やんか星ちゃん。ラヴやラヴ」
「え!?この人が!?」
「あ!こ、こいつは失礼しました!!」
と、言いながら中指を立ててお辞儀する星畑。
「アホ!そんな挨拶があるかい!!」
星畑の頭を叩くラヴフールだが、その顔は朗らかである。確かに面倒見が良さそうというか、慕われてそうな面影を感じる。
「君が星ちゃんの新、相方君か」
「は、はい!初めまして!!……あ、あの……えっとぉ~大丈夫ですか?色々と……」
「う~ん……何やCM決まってたみたいやけど流れたわ!!まあ、そんなんどうでもええ。それより今回はえらい大規模で」
「いや良くないっすよ!!」
ラヴがへらへらととんでもない被害をサラッと打ち明ける。同じく嬉しそうにヘラヘラしていた星畑だったが、その告白を受け、目を見開いて驚愕する。
「声でかいって!!向こうでネタやってんのに!!」
「いやいやいや……マジっすか!?んな……マジで……人生の転機だったんじゃねえすか!」
「…………星畑」
見たことがないほど取り乱す星畑に黒川も少なからず動揺し、思わず本名を呼んでしまう。ラヴさんはなおもヘラヘラとした態度で星畑のでこをはたく。
「アホ!それが今からネタする奴の顔かい!……今回のネタもな!ワシのことなんか一ミリも考えんなよ?変な打算抜きで……目の前のお客さん見据えて笑かせ!!星ちゃんはワシよりもそういうことを全力でやってきてるんやから!大丈夫や!!」
「……………………」
「が、がんばります」
なおも深刻そうに黙り込んでいる星畑に代わり、黒川がラヴの檄に応える。ラヴは再度、バシバシと二人の背中をたたいて、軽快な足取りで去っていく。こういう体育会的なノリを初めて体験した黒川だが、こうも熱くなれるものなのかとひっそり興奮する。
「ラヴさん!」
星畑も同じく熱いものを感じたのか、先輩の背中を追う。
「何や?」
「この前、雄琴に行くっつって鎌田とアンタに貸した1万円……いつ返してくれるんすか?」
「………す、すまん……エヴァーにエヴァーに持ってかれたんや。今度耳そろえて」
(エヴァンゲリオンをエヴァーと呼ぶ世代……)
ラヴから檄を注入してもらったはいいものの、ネタは没な上、代案もなしの危篤みたいな状況は変わらない。変な気を張るなと言われたもののそもそも、その気すらすかしっ屁みたいなものなのである。
「………どうする?」
「いいんじゃない?3万円くらいで」
「誰がご祝儀の相談してんだよ。ネタだよネタ!この際、前のコンビの時の使いまわしでもいいだろ?はよネタ合わせしようぜ!?」
「つってもなあ……俺この時間帯はいつもバナナだから」
「平井堅かお前は!?」
「バカ!平井堅っつったらマキシマムトマトだろ?」
「……そりゃポップスター違いだ!」
「ンフフ」
「……どうしたんだよ?……いつにもまして際どいというか……不明瞭なボケしやがって」
「いや……やっぱお前がツッコミだったら大丈夫だな」
「え?」
「お前、色々あって忘れてるかもだけど……もう次が俺らだぜ?」
「うえ!?……あ、マジだ!!」
「15分間何があっても俺のせいだから……お前は気にすんなよ。いつも通り頼む」
「え?え!?……マジで!?」
『差し押さえのお二人!ありがとうございました~!!では続きまして……フフ、すごいコンビ名ですね!天さん死なないでのお二人お願いしま~す!!』
デンデンと高らかな音が鳴り響き、運がいいのか悪いのか、メインの会場だった大ホールに立つ黒川と星畑。否、イーガーハン童貞と大馬鹿下劣。会場の前列隅には先週知り合ったばかりの芸人たちと鎌田が手を振って応援してくれている。そして、決して多くはないが、決して少なくもない人間が拍手とともに会場を沸かせる。現実離れした景色に黒川は思わず息をのむ。数年前のあの華々しい黒歴史を嫌がおうにも思い出す。
☆「大馬鹿下劣です」
●「い、イーガーハン童貞です」
☆「二人合わせて……」
●「え?……て、天さん死な」
☆「チェスマーリモでーす」
●「え!?俺、ワポル王国の戦士だったの?どっちがチェスでどっちがクロマーリモ?」
☆「まあその話は玄関に家族写真置くみたいに置いときまして……」
●「置いといたらダメなんだよそれは風水的に」
☆「えらいねえ……盛り上がってますねえ大会」
●「あ?…あ~!そうですねえ!特設ステージ何個も作って」
☆「飯田圭織のバスツアーくらい盛り上がってますねえ」
●「あれは地獄の盛り下がりようだったと聞いとりますが……」
☆「いやでもね……僕らここでできて幸せですよ」
●「あ~それはそうやね。トイレの前とかでもやってるって話ですからね」
☆「アレってトイレの中が演者の舞台裏代わりってホンマなんすかね」
●「んなアホなとは言い切れないのが今回の大会の破天荒さですね」
☆「んで、女子トイレと男子トイレからそれぞれ芸人が『ハイどうも~』って!」
●「ハハハ!!そんなん男女コンビしかやれないじゃなっすか!」
☆「そやから金属バットさんとトムブラウンさんくらいしか」
●「いや、どっちも男性同士よ!?」
☆「え?そうなん?」
●「お前、髪長かったら女性やと思ってんの!?」
☆「そりゃ女は髪長くなかったらあかんやろ」
●「古い価値観!!平安時代くらい古いやん!!」
☆「平安時代の女性って動力が電気って知ってました?」
●「流れるように嘘つくやん関暁夫かお前」
☆「いやだってさ……めっちゃでかい電池、身に着けてたんやろ?」
●「あれ単十二じゃなくって十二単や!!着物の事言うてんの!!」
☆「マジで!?……うっわ長いこと騙されてたわ~!」
●「そもそも電気で動く人間なんてこの令和にもいいひんやん」
☆「いや、現代の女性は電気で動くやろ?」
●「はあ?そんなん美空ひばりくらいやろ」
☆「ンフフAI美空ひばり(ボソッ)……いやいや、だってさ!今の人らスマホのバッテリー切れたら急に無口になるやん!」
●「言い得て妙」
☆「………こんな感じに現代に噛みつく漫才していきたいですね」
●「噛みつくまでのスパンが長すぎるわ。『アイ・アム・ア・ヒーロー』かよ」
即興でスラスラとしゃべり続ける黒川と星畑。さて、会場はというと、中々どうしてかなり盛り上がっている。ネタのクオリティというよりかは、流石に場慣れしている星畑と、マイクを使ったパフォーマンスには絶対の自信がある黒川のべしゃり芸は今までの素人たちに比べ群を抜いて聞きやすく、とにかく笑うことに飢えていたオーディエンスに初めてまともな芸を与えることができていた。さらにテンポや間もよかった。高校時代から延々と続けていた二人のバカみたいな絡みがここにきて初めて良い方向に回ったのである。
15分間といえど、人間は盛り上がっている場所に集まることには長けている生き物だ。空席が目立っていたメインホールには次から次へと客が入ってきて、スタート時に比べ倍に近い量の入りとなっている。あっちへこっちへフラフラしていた凛も例にもれずその輪に紛れ、メインホールに足を運ぶのだが、舞台を見て度肝を抜く。推しだ!推しが立っている!なんか盛り上がってるな面白いコンビいるのかなと思ったら推しが立っているではないか!!
(うえ!?うえ!?うええええええ!?……うわあああ!!差し押さえさんが黒川さんと星君じゃなかったうえに超つまらなかったから慌てて出たのが見事に仇になったぁああ!!ひいいいい!!もうネタが終わるうう!!そんなああああ!!松ちゃんをリスペクトしてる星君が『死』なんて縁起でもないコンビ名つけるとは思わなかったのにぃ!!……)
☆「それでね……ジェンダレストイレって言うのも変な話やと思いません?」
●「ありゃ!そんなとこにも噛みつきますか!?」
☆「そもそもねえ、元々大抵のトイレは男子女子以外にもオマケに作ってるんですからそれ使えばいいんじゃないかと!」
●「そうですねえ……あのトイレがありますもんね車椅子とか赤ちゃん連れでも入れるねぇ」
☆「でしょ?……誰でもご利用できますっていうね?」
●「はい…あの~……さっきから正式名称、先言ったら負けみたいなチキンレース始まってません?」
☆「何がいな……別に言ったらあかん言葉でもないでしょうに……」
●「まあ、そやけど……そこ使ってやんちゃしたコント芸人がいてますやん。言いづらいやん」
☆「何やそれ……ところで童貞さん、『きてくもた』を逆から言ってくれません?」
●「身も蓋もねえなおい!!」
☆「まあ、いいじゃないですか。大女優不倫専用15分間ぽっきりコーストイレのことは」
●「言い過ぎ言い過ぎ言い過ぎ言い過ぎ!!急に曝け出し過ぎ!!」
☆「あ!!そろそろ俺らの15分間ぽっきりコースも終わりそうですよ!?」
●「最後の最後までトイレから出れませんでしたね俺らのネタ」
☆「まあ、会場がホールで良かったですよ。トイレの前やったらずっと待合室やったってことやもん」
●「ははは……そういうことでもないと思うけど」
☆(←便器に座るパントマイムで待ってるふり)
●(←☆のパントマイムを見てすぐに合わせて同じ姿勢)
●☆「………………………………………」
☆「♪~(←エリーゼのためにを口ずさむ)」
●「うわ……アイツ音姫使っとる」
☆「ンフフ……どもありがとございました~」
割れるほど……というと語弊があるが、それでもわりかし広い会場にはふさわしいくらいの拍手に見送られながら、天さん死なないでの2人が舞台袖に引っ込む。掃ける移動の速度としては若干ふさわしくない程の速足で、童貞と大馬鹿から黒川と星畑に戻った二人が小声で話し合う。
(終わったな童貞………)
(そうだな下劣)
(…………ちょっとウケてたな)
(……………うん、他に比べるとな)
(…………俺、今までのどのネタより客多かったよ)
(そりゃ、あの地下のステージの5倍くらいの広さあるじゃんここ)
(……あと、まあ、なんだ……そのさ……)
(何?)
(お前と漫才したかったし……ずっとそう思ってはいたし…いや、全然…ブリ釜とが嫌だったわけでもピンじゃなくってコンビでやりたかったわけでもないけど……)
(………う、うん)
(……まあ、なんだ……夢が叶ったよ……一つ)
(………俺も一つ言っていい?)
(………何?)
(めっっっっっちゃ楽しかった)
(ンフフフフフ……)
何やら照れくさい会話をしながら、速足で進み続ける2人。楽屋までの道のりは決して長くなかったが、二人の今の精神状態的にはこのままなんばグランド花月まで行けてしまいそうな興奮っぷりだった。楽屋についてからも、二人はなおも盛り上がり、互いに互いのアドリブについて掘り下げていたが、突然、謎の声に呼び出される。
「お~~~い!!ちょっと~……え~…天さん死なないでって奴らおる~!?」
「はい?」
「……何だ?鎌田たちか?」
慌てて入り口に向かうと、そこには鎌田ら知り合いではなく、何やら場違いに気取った男たちが立っている。気取ったというより、何というか空気間が違う。
「おお!いたいた!!お疲れさん!」
「えっと……何でしょう?」
「いや、俺ら………ついさっきにトイレの前でネタしてきたモノやけども」
「ああ~……それはそれは…お疲れ様です」
「やっぱ待合室は便所でしたか?」
初対面の(おそらく)先輩相手に堂々とボケる星畑をどつきながら、笑顔を固めた状態で目で用件を聞く黒川。
「いや、せやから……俺ら君らのネタ見てへんにゃけどな……かなり評判ええねん。それで、マグマのお偉いさんがさ、君らをこの後の新歓に呼びたい言うてんにゃけど……この後空いてる?」
(おいおいおいおいおい!!)
「あ、そりゃ空いてますよ。俺らのケツは24時間テレビまで無いんで」
事のでかさ…というかまかりまわってまさかの悲願達成に声が出ない黒川に代わり、話をもってきた芸人が「逆に君ら出るんかいな」と軽めのツッコミを入れる。
「はい、俺らチャリティー専用タレントになろうって決めてんだよな?」
「ならねえよバカ……え、えっと…ありがとうございます!」
「おう、せやから……」
と、先輩芸人が話を続けようとした瞬間。楽屋へと続く廊下をズンズン進んでくる黒い影があった。他でもない須田凛高校生モードである。
「あ、須田じゃん」
「え?マジ!?」
「おお?誰?君らのファンか?」
「流石に素人でもおもろかったらファンの子つくねんな」
相も変わらず変装をものともせず真名看破してくる星畑。近づいてくるルームメイトに言われるまで微塵も気が付かなかった黒川が驚くが、事前に想定していた通り別に凛が来たところで問題はない。
「あ、あにょ!!こりぇ!!その……供物です!!面白かったです!!面白かったです!!神がかりだったですぅ!!」
あたふたギャアギャアと忙しなく鞄から取り出した袋詰めのお菓子を差し出す凛。まだ正体がばれていないと思っているらしく、星畑と黒川の顔も見ずに去ろうとした次の瞬間。先程の凛とは打って変わって俊敏な影が、シュバッと凛の行く手を遮る。
「そこまでだ!!観念しろ!!ストーカー女め!!」
「わああ!?な、何ですかぁ!?」
「え?ちょちょちょ!?……何してるの!?」
「か、鎌田……」
「何や何や次から次へと」
そう、星畑がぽつりとつぶやいた通り、鎌田である。どうもこの前黒川に話していた自分のストーカーを凛だと勘違いしたらしく、勇んで突っ込んできたのだ。哀れ、凛は悲痛な叫び声を上げながら地面に突っ伏す。ゴールデンサークルのストロックス間欠泉よりも簡単に噴き出す彼女の涙腺がガバリと崩壊しかけるが、即座にねずこの爆血(という名のアイアンクロ―)によって引きはがされた鎌田の顔を見て、涙を引っ込ませ驚愕する。
「うええ!?ブ、ブリ釜さん!?」
「…………ブリ釜?」
こんな時だけよく通る凛の声。一連のドタバタした騒動ですっかり注目を浴びていたこともあり、楽屋の中にいる漫才師たちがざわざわと騒ぎ始める。
「ブリ釜ってなんか聞き覚えあるな?」
「あれやんホラ!おぼこい顔してるからドン蛙さんに飲みの席でキスされてたやつ!」
「ブリ釜ってアレやろ?あの大破廉恥とかいう……痛い女ファンばっかりによいしょされてた」
「って……あそこの黒髪の男……ブリ釜の相方やった奴やないか?」
「ホンマや!確か……シバなんとか言ってた」
ざわざわが伝播し、ついに星畑の面が割れてしまった。宴会の話を持ってきていた先輩芸人がマジマジと星畑を見る。
「何?自分……自分があのシバラク?え~っと星畑やったっけ?本名」
「ハハハ……ホンマにイケメンやん。こら、影末さん焦るのも分かるわ」
先輩芸人が聞き覚えのある名前を出す。確か星畑にイケメンホストキャラを取られてしまうと危惧して、彼をマグマ芸能社から追放したというベテラン芸人である。察するにこの先輩芸人たちは脳汁だんごのようなマグマの漫才コンビで、事務所内の話題にはよく精通しているのだろう。どうすればいいのか分からず固まる黒川。ちょうど、やらかしてしまった鎌田とよくわからないが何かとんでもないことになってしまったと肌で感じている凛も同じように固まっている。先輩芸人に見据えられ、星畑が冷や汗をかきながら、にへらっと笑う。
「へへへへ……そんな時代もありんしたって……ね~」
「………あ~……星畑君?それと、え~っと……君は…なんて言うの?」
「………えっと、黒川です」
「そう……黒川くん。悪いけど、さっきの話はおじゃんで頼むわ。まあ、接待接待また接待のつまらん宴会やから…出るだけソンソン」
「ええ!?」
水泡のように脆い栄華である。待ったなしで楽屋から去っていく先輩芸人の2人、黒川と星畑も少しだけ顔を見合わせて頷きあい、そのまま会場を跡にした。大会はいいのか?とねずこが叫んだが、星畑は答えなかった。否、厳密には黒川にだけ聞こえる声で「多分、さっきのマグマの奴らが優勝何だろうぜ」と言って、寂しそうに笑って見せた。
7
「申し訳!!」
「ごじゃじまじぇん!!」
その後、またも昼下がりという微妙な時間帯にもかかわらず居酒屋一番星に集い、酒を飲むことになった星畑と、黒川。そして先週と同じ芸人仲間の一同。今回はそこに凛も混ざっているのだが、彼女はたった今、鎌田と共に土下座を決め込んでいる。鎌田は大汗、凛は大涙、それぞれ種類は違うが夥しい量の液体を顔から流している。
「いいから、いいから……運悪かったんだって二人とも」
「鎌田は外人が作ったエロMMDのモノマネをマンキンでしたら許してやるよ」
「……この世で考えられる中で最も嫌な罰ゲームだなそれ」
「ほ、ほんとに!?」
「え?やるの!?」
「ううう……ほ、ほんとにすいませんでした……ご、ご迷惑だけは!ご迷惑だけは!!おかけ…しないって……ぎめで…うううわああああああああああああああああ!!」
相当まいっているようで錯乱したかのように泣きわめく凛。こうなってはお手上げだなと黒川が溜息を吐いていると、横でガニ股ダンスを踊りながら鎌田が口を開く。
「でも、実際、問題、ごめん、ねっ!僕、かんち、がいして、た!みたい…で!」
「リズムに乗って言葉を区切るのやめてもらっていいすか?」
「勘違いってなんのだよ」
「あ?え、え~っと……なんかストーカーがやばいもの渡そうとしてるって思っちゃって」
「何でそんなエキセントリックな発想に至るのかねお前は」
鎌田の勘違いというか暴走というかの背景には、彼自身が芸人時代深刻なストーカー被害に遭っていた過去があるのだが、そのことは現時点で黒川にしか話していないため、星畑らには濁した形で伝えることになる。そうなると結果的に星畑らの鎌田への風当たりが強くなるのだが、自分が不都合を得る分には大した問題ではないようで芸人仲間からのバッシングを媚びたような笑顔で流している。
(要領が悪いのか……飄々してて抜け目ないのか……よくわからない人だな)
「悪いのはどう考えてもブリのアホよ……凛ちゃんはただ、星ちゃんや黒川ちゃんを応援しに来ただけ?何にも悪いことなんかしていないわ……ね?」(※ねずこ)
ヒックヒックと嗚咽を漏らす凛の背中をさすりながら、ねずこが優しく励ましている。その横では脳汁だんごの2人もなんとも気まずそうな顔でチビチビ酒を飲んでいる。
「まあ、本来は俺らが手引きして宴会に潜り込む手はずやったんやから……」
「ああ、俺らが芸歴を一年間違えてたんも立派な戦犯行為やろ」
「それ分かってんだったら、ほれ!アンタらも鎌田に倣ってホラ踊る踊る!」
「お前のそのエロMMD推し何なんだよ」
「ほな、な?……」
「ああ……ニコラス・クリストフに捧げよか」
神妙な顔で鎌田と共に踊り狂う芸歴10年目の漫才師を尻目に、というか極力見ないようにし、黒川が話をまじめな方向に戻す。
「でも、実際問題。宴会に行けなかったらもうパワハラの真相は掴めないのか?」
「一応……パワハラ騒動の現場だって話だったんだよ。その宴会が…………それにさ、ラヴさんのことは一応ニュースにもなってる事務所内の大騒動になってるだろうし、身内同士の飲み会だったら話題に上がりそうじゃん。そこを探るつもりだったんだけど」
「まあ、後の祭りだよな」
ハアーとため息。星畑も黒川も凜や鎌田を過度に攻めるつもりは無いのだが、流石に今は虚無感というか憔悴感が勝る。そんな空気を鋭敏に感じ取り、凛が一層縮こまる。
「ご、ご、ごめんなさい!!………こ、こんな、こんなカツラまで買って……私は馬鹿なんでしょうか!?」
勢い良くカツラを脱ぎ捨て、見慣れたピンクムラサキヘアーが飛び出す。黒川と星畑以外のメンツがギョッとする。
「おわ!え、えらい派手な髪型やったんやな自分……」
「ホ、ホントだね……これだったらとてもストーカーとは思わなかったのに……」
「ウウッウウウウ……や、やっぱり変装なんてしなかったら」
「だから凛ちゃんのせいじゃないってばさ」(※ねずこ)
自虐をやめない凜に禰豆子というよりビスケなねずこが尚も励まそうとするが、こうなっては凛本人でもどうしようもできずに塞ぎ込んでしまうことを黒川は知っている。何か声をかけたいと思うも、上手く言葉が出てこない。支えなくてはいけないのに何してんだと、黒川も己が嫌になる。その時、顎に手を置いて何か考えていた星畑が凛の顔面間近まで近づき、励ますと言うよりかは確認するように声をかける。
「今回の件は俺、黒川、須田…丸ごと全く非がねぇ。ただ、これは単なる俺の我儘で、先輩や鎌田はそれに協力してくれただけだ、つまり責任を追求するのはお門違い。ここまでわかるか?」
唇を震わし、潤んだ瞳で何とか星畑を見つめる凛がコクコク頷く。
「え?だったら何で僕ら踊ってるの!?」
「ええから!……空気読めブリ!」
「………俺個人の単なる我儘なんだよ。でもな、困ったことに俺らの場合、単なる個人の問題がチーム一丸の仕事になっちまう。俺が引っ張る形で巻き込んじまったせいで、単なる俺個人の残念賞がチームで作った作品のバッドエンドになっちまう。1ミリも関与してない姫月や天地さんにまで大損害だ」
「ううう……」
「歯痒いだろ?でもな…これがチームなんだ。これが一緒に仕事するってことなんだ。須田は俺たちのファンだし、友達だし、同僚だ。めんどくせえから一括りにして仲間ってことにしといてだな。長々と何が言いたいのかというとだな」
「須田、チームのために今回のバッドエンド塗り替えてくれねぇか?」
「え?」
「俺に考えがある。それには須田の協力が必須なんだ。俺たちのために……っていうか助けてくれ。チームを救ってくれ」
「私の………協力……」
「うん、あと黒川も」
「え!?俺も!?……ていうか俺の扱い軽っ!!」
「そして鎌田も」
「ボクも!?」
「須田、イケる?」
立ち上がって、にや〜っと笑う星畑に対し、涙を強引に拭った須田が元気に返事する。
「も、もちろんです!!ほ、ほ、星くんの……いえ、皆さんのお役に立てるのならば!」
「でも何する気だよ」
「ん〜……まず、黒川こっち来い」
黒川を手招きし、素直に従った彼を凛の横に据え置く、そして次いで鎌田も同様に並ばせる。
「な、何?何だよこれ?」
鎌田と、凛に挟まれ身を縮こませている黒川が星畑に聞く。星畑は「もっと近うよれ」と言って三人をギュッと密着させる。三人の悲鳴を無視して、触れたついでに、凛の手にいつまでも握られていた黒髪のカツラをスルリと取り、鎌田に被せる。
「んで次、これをこう………うん!どう考えても」
「うええ!?ほ、ほんとに何を!?ばっちいですよ!?」
「説明しろって星……ひょ!!」
鎌田にカツラをフィットさせ、整え星畑が離れる。一連の行動に疑問しか抱いてこなかった黒川だが、突然目の前に現れた黒髪の美少女にギョッとする。凛のカツラを被り、少し髪の毛が伸びて、ふんわりとした髪質になっただけなのだが、それだけで鎌田は麗しい女性にしか見えなくなっていた。凛も同様に驚く。
「え、ええー……私が被るより全然美少女だ……」
「相変わらず別嬪に化けるな…ブリは」
「ブリ相手やったらシコれる」
「待てあわてるなこれは孔明の罠だ」
どうも芸人仲間からはお馴染みの流れらしく、別段驚く様子もない。
「…………んで?鎌田くん女装させて何しようっての?」
「時間無いから手短に言うぜ?黒川は今から一人で会場にもどれ、今からなら丁度大会終了くらいだろ」
「え?なんで?」
「んで、黒川のファンでも知り合いでも何でもいいから。お前ら女組は天さん死なないでを応援しにきたって体で黒川に引っついとく。黒川は二人を連れた状態でさっきの先輩に挨拶しにいけ。そん時、俺は不貞腐れて帰ったってことにしてくれればいい」
「おいおいおい……それって早い話…」
「そう!今から再度、宴会に潜り込もうって作戦だ」
「なるほどな……凛ちゃんとブリは美人局ってことか」
色々と察する芸人連中と黒川だが、イマイチ凛にはピンとこない。
「え?え?ど、どういうことです?美人局?」
「この前、霧島さんが言ってたことだけど、マグマ芸能の飲み会に若い女は必要不可欠らしいんだよ。だから、須田やブリ目当てに黒川を宴会に誘うよう吹っ掛ける」
「確かに、凛ちゃんは桂外して別人になってるし、作戦も良さげだけど、それって凛ちゃんにとって危険すぎるだろ」
「そうだな。この前のコンパと違って、かなり下世話な場所に行くことになるだろうな。だから保険のためにブリを連れて行くんだよ。俺と同じでひ弱だけど、仮にも男だしな」
「いや、でもさ………」
凛にとって危険すぎると渋る黒川だが、当の本人はメラメラと燃えている。
「いえ!!……やります!やりますとも!!今回こそ!お役に立ってみせます!!」
「よし!!それじゃ姉さん。いつもみてぇに鎌田に化粧してくだせえ。須田は服着替えてくれ!いつものお前っぽい服装に」
「ま、間に合いますかね?」
「家まで取りに戻ってる暇はねぇからな。鎌田の化粧待ってる間に、このねきの繁華街で買ってきてくれ。これ服代」
「じゅ!?じゅじゅじゅ10万円!!」
「え、えらい奮発したな」
「だって上下一式だし。必要だろ?」
「さ、流石にそこまで本格的にはしなくて平気ですよ!」
「まあ、取り敢えずそれが上限ってことで買ってきてくれ」
「は、はい!わかりました!!三分間で支度します!」
「じゃあ!ブリちゃんはこっちね!」(※ねずこ)
「は〜い」
ねずこに引っ張られるまま、部屋の隅に連れて行かれる鎌田。ニヤニヤしながら佐藤ムネアツがチャチャを入る。
「いつもは女装えらい嫌がんのに…今日は素直やないか」
「ハハハ……流石にね。今回は協力しなきゃ」
「………ありがとう鎌田くん」
「それに、このカツラすっごい女の子の匂いがするし」
「………………………………………」
8
―42分後
「す、すいません!!お待たせしました!!」
「おお!すっかりいつも通りで安心するな!こっちも準備できてるから早速行こうぜ!なんかハプニングあったら俺に連絡してくれよ」
「3分とは何だったのかね」
「女の身支度には時間がかかるもんなのさね。そこに口出すする男は持てないわよ童・貞・君」(※ねずこ)
「……その名は捨てました」
「拾え。お前はこれから再び天死童貞となる」
「略すな」
「名前に似つかわん果報者になれるんやからええやないか!ほれ!美少女のお出ましや!」
「も、もう!やめてよ!」
脳汁の2人にからかわれながらおずおずと部屋に入ってきたのは鎌田の声をした美少女だった。男と分かっているはずなのに、緊張が走ってしまうイーガーハン童貞。
「わ!り、凛ちゃん雰囲気変わったね……」
「えへへへへ……そ、そうでしょうか?あ、あの、お写真撮って大丈夫でしょうか?」
(やっぱ鎌田くんのことも推しなんだな)
「でも……す、すげぇな……もうそこらへんの女子より女子じゃん。大空ひばりかよ……」
「あ、あんまり見ないで……恥ずかしい……写真もダメ!」
「すごいやろ?これのせいでうちのムネアツくんは井手上獏くんでしか興奮できんくなったんや」
(………関係ないじゃん)
「よし、じゃあそろそろ時間もないし行こうぜ!俺は宴会には潜り込めねぇけど…スマホ忍ばせてお前らの会話聞いてるから……須田はこれしてくれ」
「あ……ワイヤレスイヤホン……なるほど!わ、分かりました!星君が司令を出してくれるんですね!」
「おうともよ」
「……あんま無茶な司令出すなよ」
「よ、よーし!!やってやんよー!!……です」
「なんかロボに命吸われて死にそうな掛け声だな」
良いこと言ってる風ではあったもののイマイチ意味の分からなかった星畑の激励にすっかり燃え上がっている凛と乗り気ではあるものの、女装が恥ずかしいのかモジモジぎこちない鎌田。そして凛が心配で仕方ない黒川。ともあれ、無念のうちに終わりそうだった計画は再び前進した。そのことで凛が元気になってくれたことも嬉しいが、何より先程の星畑の「仲間」というクサイ言葉が妙にくすぐったくも、黒川の気持ちを明るく照らしてくれた。
次回こそ終わります。ひょっとしたらいるかもしれない本作のファンの中のひょっとしたらいるかもしれない天知と姫月が好きだと言う方、もう少々お待ち下さい。




