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中入ー⑥「ヒナズ・キッチン~真夜中のミニラーメン編~」

今回は本当に特に言う事がありません。強いて言うならサブタイトルの「真夜中のミニラーメン」は呪みちる先生のホラー漫画「真夜中のバスラーメン」から取っています。めちゃくそプレミア価格ですがよければ読んでみてください。

 時刻23:53シェアハウス内のキッチン。岩下陽菜は冷蔵庫の前に仁王立ちしながら、深々とため息をついた。


(全然………冷蔵庫の中に何にも入ってない)


 いつもカッコイイ星畑お兄ちゃん。略して星ちゃんがいっぱいにしてくれている冷蔵庫なのだが、その星畑が最近人生で訪れたことがなかった繁忙期らしく、全く買い出しができていないのである。真夜中の一人夜食を生きがいにしている陽菜には悲しい事態である。彼の手料理が食べられないことも悲しいと言えば悲しいが。


(………カップラーメンで済ませよっかな……でもヒナの好きな奴がない……BIGサイズじゃないカップヌードルなんて食べた気がしないよ)(←あくまで個人の感想です)


 冷蔵庫がダメならと近くの引き出しの中の保存食コーナーを漁るが、これまた不発である。特大のビーフジャーキーが置いてあり、犬のように涎を垂らしかけたものの、残念ながら黒い付箋が張ってある。


(またお兄ちゃんか……お兄ちゃんの食べ物はいつだって私を刺激するよ)


 文句は多々あれど、「だから食べない」とは決してならない陽菜である。カップラーメンを二つ抱きかかえてお湯の準備をしようとしたとき、裏口の扉がガチャッと開いて星畑が入ってくる。驚いて、声にならない悲鳴を上げながら持っていたヌードルをバラバラと落してしまう。秘密の食事を見られてしまった。


「……………星ちゃん。何で裏口から帰ってくるの?」


「………玄関の扉はでけぇ音立てるから、夜中に帰る時はこっちから入るようにしてんだけど……ちゃん陽菜はお取込み中か?」


「ま、まだ何にも取り込んでないよ!」


「あっそう……カップラーメンかよ。そういや最近補充してねえな食いもん。悪いね」


「ううん……いいよ。気にしないで」


「まあ、俺以外が用意すればいいはずなんだけどな」


「………はあ………やっぱり食べるのやめた」


「ありゃ?なんで」


「………気分じゃなくなっちゃった」


「あらら、そりゃ申し訳ない。乙女の秘事を見ちまったな」


「…………最近、何でそんなに忙しいの?もしかして星ちゃん売れちゃったとか?」


「俺が売れて忙しくなってるなら万々歳なんだけどな……先輩芸人が何かちょっとお茶の間を賑わかせてるんだよ。俺は何て言うかその付き添いっつうか手伝いっつうか」


「………へえ」


「何だよ。あからさまに元気なくしちゃって…………そんなに夜食邪魔されたのがショックだったのか?別に止めねえのに」


「ううん……いいの……こ、今回だけだからね!ちょっとお腹が空いて……」


「お、おう」


 精一杯取り繕うとする陽菜に苦笑する星畑。すごすごと二階に退散しようとする陽菜だが、どうやらその長い後ろ髪は引かれまくっているようで、「くぅ~」とカワイイお腹の音がする。


「…………もし良かったらさ。俺とラーメン食わねえか?」


「…………遠慮しとくよ」


「ラーメンつってもカップラーメンじゃねえぞ?……近所のラーメン屋まで行くんだけど」


「!?……え、ええ!こ、こんな遅くに!?許されるの?」


「マジレスしていいならあんま良くはねえけど………まあ、明日休みだろ?それに……最近家を空けがちでせっかく来てくれてんのに何も振る舞ってやれてないし……あ!でも誰にも言うなよ?俺も陽菜がカップラーメン食おうとしてたの黙っとくからさ」


「ええ~………で、でも~……いいのかな~……お母さんにバレたら大人チョップじゃすまない気がするけど……」


 そわそわとしている陽菜だが、「じゃあ俺一人で行くわ」と星畑が再び裏口から出ようとすると、慌てて引っ付いて来た。真夜中の公園は驚くほど静かで空気が冷たかった。夕方まで雨が降っていたからだろうか。


「もう6月なのに涼しいね」


「ん?あ~……そうかもなぁ……夏はジメジメしてる方がエロティックで良いって思いませんか?陽菜先生」


「へ?せ、せんせい?………えと、ジメジメしてるのは嫌かな」


 相も変わらず陽菜相手に黒川くらいにしか伝わらないボケをする星畑。


「どこのラーメン屋行くの?エミちゃん?」


「いやいや……もっと近場だよ。あそこのラーメンも上手いけどな」


 ちなみにここで言うエミちゃんは忘れがたきロケ地でもあるラーメン屋「惨殺えみこ」のことを指している。その後も大したことのない雑談を交わしながらラーメン屋を目指す。しかし、目的の看板が見えてきたタイミングで、星畑が渋い顔をする。


「………なんかヤンキーみたいなのがいるな。バイパス沿いだし…暴走族か?」


「ヤンキー苦手………エッチな写真撮ろうとしてくるんだよ?」


「だよなぁ……滅多なことはねえと思うけど……陽菜もいるし、危ない橋は渡らねえ方がいいな」


「………入らないの?」


「うん。やめとこーぜ。まあ、他にも店あるから」


「……ヤンキーめ」


 憎々しげに陽菜が毒づく。しかし内心は星畑との夜散歩が延長し、そこまで腹が立ってはいない。心底減ってはいるが。


(………星ちゃん、凄くゆっくり歩いてくれてるな。私がいるから?)


 何となく星畑の顔を見上げる陽菜。街頭の明かりは頼りなく彼の整った顔をぼんやりとしか照らしてくれていないが、それでもやっぱり陽菜の目にはすこぶるカッコよく写った。カッコよすぎて少し照れてしまい、目を逸らす。

 その時、そのカッコイイ星畑がわざとらしくプライバシー保護のために加工したような声を出す。


「やべえ警察サツだ!」


「アハハ!何その声!」


「いやいや笑い事じゃねえぜ!職質或いは補導されるかも」


「大丈夫だよ。私たち何にも悪いことしてないもん」


「陽菜……警察の仕事は何も悪人とっちめるだけじゃねえんだよ。怪しい奴がいたら声かけんのも仕事なの」


「陽菜たちのどこが怪しいっていうんですか刑事さん」 


 今度は陽菜が冗談めいた事を言う。星畑が冗談を言っていると思っているのだ。


「いやいや……どう見ても怪しいだろうがよ」


「平気だy」


「ちょっとそこの二組ー!止まって止まってー!!」


「「!!」」


 突如ポリスメンズが声をかけてくる。陽菜がその言葉通りカチーンと固まっていると、その手を星畑ががっしり掴む。


「走れ!!失敬するぞ!!」


「え!え!?えええ!!」


 陽菜の手を引いて星畑が路地に入り込む。そしてそこから狭い道へ開けた道へ公園の中へ、スルスルと曲がって進んでいく。陽菜は必死に足を動かしながら、はち切れん程の胸の鼓動に困惑していた。警察から逃げるという非日常、深夜の外という異世界、そして星ちゃん。何もかもが陽菜のテンションを経験したことのない方向へ引っ張っていた。


「……必死に逃げたはいいけど…全く追いかけて来ねえな」


「ハァハァ……つ、疲れた」


「悪い悪い。俺らに声かけたんじゃなかったかもな」


「いいよ。楽しかったし………でも、目的のラーメン屋から離れちゃったんじゃ……」


「………まあ、そうだな……今日は行くなって言ってんのかもなラーメン屋」


「ええー!?………警察め………」


「しゃあねえな………久しぶりにアレやるか」


「アレ?」


「ああ……家帰る前にちょっと寄道してもいいか?」


「え……う、うん……え、でも……ラーメン屋さん?」


「いや……昔の俺の家……ちょっと汚いけど」


「え!………まだ入れるの?」


「うん……まあ心配すんなよ。汚い以外は問題ないだろうし」


 星畑に連れられるまま、今度は薄ボロいアパートに連れてこられる。星畑が鍵を取り出し、なんの造作もなく侵入できてしまう。


「…………フツーに家具がある……誰か住んでるの?」


「ああ。芸人仲間とシェアしてたからな……お前らと住むから抜けたけど」


「…………そうだったんだ。今住んでる人はどこにいるの?」


「俺を忙しくした原因のおっさんとガス抜きに行っちまったよ」


「?………ふーん」


「よし!!……じゃあ今からラーメンを作ります!……ってもほとんどできてるんだけど」


「え?……星ちゃんが作ってくれるの?」


「うん……ていうか厳密には作っただな。ここに今住んでるアホ。麺類しか食わねぇんだよ。そんでせがまれたからこの前、チャーシューとか煮卵まで用意してラーメン作ったんだよ。それが余ってるだろ」


「本格的だ……たのしみ」


「…………あら?あらあらあら……て、てーへんだ!てーへんだ!麺がギリ一人分くらいしかねぇ!!」


「え………足りないってこと?」


「いや……こんだけ…陽菜の分はギリギリあるかな……」


「足りないね。全然足りないね」


「あ………さいですか」


「………何か?」


「いや……何も無いです。マジでごメンディーだぜ…せっかくここまで来てくれたのにな」


「スープはあるの?」


「ん?……ああ〜そうだな。スープと具だけはある」


「あそこにあるお米……使っていいやつ?」


「え!?……アイツが米なんて買わねえはずだけど……って実家から送られてきたのか。まあ、いいんじゃね?このまま置いても腐るだけだろ」


「フム………」


「え……何?陽菜が何か作ってくれんの?……すげえな」


「いざ参らん……戦国の給仕犬」


「お!『信長のシェフ』のドラマだけで聞ける決め台詞じゃん。アレ厳密にはキュイジーヌって言ってんだけどな」


「…………///」 


 かくして陽菜の体当たり料理が始まった。星畑は適宜フォローに回る。


「………まずはお米を炊きます」


「え!?三合も炊くの?」


「ね、念のためだよ!多いに越したことないでしょ!?」


「炊けるのを待っている間にスープを温めます」


「すでに温めたものは………」


「ありません。…………(ペロッ)」


「あ、つまみ食いした」


「味見です」


「あ、そう。そんでお味の方は?」


「ん……すごく美味しいです。結構なお手前で」


「もったいないお言葉で……」


「温めたスープをフライパンに移します。星ちゃんが細かく刻んでくれたメンマも入れます………熱っ!!」


「ありゃりゃ……ちょっとでいいならズボラせずに道具使って移しな」


「え~っと……ここに片栗粉を入れてトロミを出します」


「あ……シェフ……片栗粉は先に水に溶かしてから入れねぇとトロミでないですぜ」


「……………ちょっと間違えました。え~っと……トロミがでたら……一旦置いといて……ボールにタメェイゴォを入れます」


「ため………何?」


「………卵だよ……星ちゃんいつもトメィトゥとかポティトゥとか英語で言ってボケるでしょ?……それのマネですけど」


「卵の英語はエッグだぜ」


「…………///」


「………なんか薄々分かってきたぜ。天津飯作るのか?」


「正解です。まあ、ご飯にお味はつかないから、天津丼だけど」


「だったらスープにキクラゲと……卵にもチャーシューじゃなくてカニカマ入れようぜ……今度酸辣湯麺やろうと思って用意してたやつがあるから」


「あ………うん」


 今までフォローに徹していた星畑が率先して料理に混ざり始め、みるみるうちに料理が完成していった。陽菜特製のトロミスープには追加で酢が入る。


「卵焼くのは陽菜がやるか?」


「え………あ、でも……星ちゃんのほうが上手にできるし」


「でもこのキッチンでは陽菜が料理長シェフ)だろ?」


「あ………う、うん!そうでした!ヒナがシェフでした!」


 その後、星畑と一緒に卵を半熟に焼き、出汁と絡めて炊けたご飯の上に乗せる。


「はい!完成です!!」


「おお~………ずばり料理名は何ですかい?シェフ」


「えっと………天津……あ!…天使のようなくちどけ天津飯!です!!」


「シャレが聞いてるな……天使のようなくちどけってよく言うけどさ。一体全体天使の何のくちどけなんだろうな?」


「ふんわりトロトロで(美味しさが)ぎゅっとよく締まってることを指すんだよ」


(………オ〇ホのキャッチコピーみてーだな)


 夜食とは思えない量の天津丼がラーメン丼に盛り付けられ、陽菜がウキウキとそれを運ぶ。星畑は一足先にお茶の間に入って陽菜の目に害しそうなものを徹底的に除去する。星畑の分の天津丼まできっちりお盆に乗せた陽菜が後から入ってきて、興味深げに部屋を見渡す。


「マンガがいっぱいだね」


「おお……俺のだな。黒川がいらなくなった奴くれるんだよ。あとは……まあ、俺が好きで買ってる料理系の奴だな……」


「フーン……あとで読んでいい?」


「流石にやめとけ。食ったらすぐ帰るぜ。洗いもんも俺がまたやっとくから」


「え………今何時?………わ……丑三つ時だ」


「ま、たまにはいいじゃん……じゃあ食おうぜ」


「いただきまーす………む……んむ……フフフ……美味しい」


「確かに美味いな……すげえじゃん陽菜」


 内心では改良の余地を多数浮かべる星畑だったが、それをおくびにも出さず陽菜の労をねぎらう星畑。しかし、一度エンジンがかかった少女の食は何人も妨げられない。

 そのままモッモッと食べ進み、蓮華が丼の底をつき始めて物足りなさを感じている矢先、陽菜の前にことりと中くらいのお椀が置かれる。そこにはミニサイズのラーメンがホカホカと湯気を焚いていた。一足早くに食べ終えた星畑が用意したモノである。


「星ちゃん?」


「あんだけ引っ張っちまったラーメン腹はやっぱラーメンでないと埋まらないだろ?」


「…………あ、ありがと………」


 ミニラーメンの湯気越しの星畑は曇っていて、その整った顔立ちがぼやけてしまっているが、それでも、思わず目を逸らして丼に顔をうずめてしまうほど、陽菜にはカッコよく映るのであった。







 『それ町』の「ナイトウォーカー」という回をかなり意識して書きました。というか大筋から細部までパクリまみれです。ヒナズ・キッチンというタイトルに偽りを失くすために陽菜に料理をさせましたが、それが結果的に数少ないオリジナルの要素になってくれて良かったです。


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