その④「男たちの心奪うたびにお前綺麗になってくコト」
こんにちは。第4話です。前回から随分離れた更新となってしまいましたが、けっして誰も読んでくれないからやる気なくしたとかではありません。今回からまた新たに女性キャラクターが出てきますが、決してハーレム物でもなければポロリ(死語)しまくりのお色気物でもないのでこれから先女性ばかりが登場するわけではありません。むしろヒロインというポジションのキャラクターは彼女で打ちきりです。
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須田凛のスカウトに成功した黒川だが、凛はある意味で最も重要であるU星人とのコンタクトを未だ取れていない。どちらかと言えば宇宙人の下りを本気で信じているかすら分からない。それにああは言ったものの、やっぱり親の倒産は一大事ではなかろうか?浮かれていた黒川だが、気分が落ち着いてくると改めて成り行きで進み過ぎているような気がしてならなかった。
「今更、無責任なこと言うけどさ……親御さんとかは大丈夫なのかな?」
「え?え、え、どうでしょう? 保険とか降りるんでしょうか?私アホなので分かりません」
「まあ、でも、あの、大学行くとき、卒業までは絶対戻らないって……言っちゃったので……それを貫けばいいだけです……えへへへ」
「そ、そっか」
「あの、私も質問なんですけど、宇宙人さんってどんな方なんですか?」
「どんなって………言われてもなあ……思ったより普通に相談に乗ってくれるし……ちょっと我が強いけど、ある程度信頼してもいい…というかスマートな奴だとは思うよ」
「光栄だね」と声がする。そうか今この瞬間も会話を傍聴しているのか。先程までのやりとりにも一切かかわってこなかったUに対し、我が強いと言う評価は訂正するべきかもしれない。
「……お話を聞いた限りだと、今も会話は聞かれてるんです……よね? 頭の中で声がするとか」
「うん。でもこっちから喋りかけねえ限り、一言もしゃべらねえぜ。さっきも、金を取り返した時もずっと黙りっぱなしだ」
「ウフフフフ、そうだと思いました。 さっきの黒川さん、一生懸命で……あんまり……スマートな感じじゃなかったし………」
「Oh……」
「あ、すいません。 生意気言っちゃって。その、安心したんです。 憧れてた黒川さんの、なんていうか、画面越し以外の姿が分かって………」
「画面の中の俺って、単なる音痴ボーカロイドだろ?」
「あんなに繊細な歌は機械音声では出せませんよ!」
「放送禁止用語とまで言われた俺の歌をそこまで褒めてくれるとは」
「? だって、声が変わってるだけで音程は信じられない程正確じゃないですか。 十分、規格外の歌唱力ですよ!」
「ここまで称賛されるとなんか中学時代を思い出すぜ……」
雑談をしながら、とりあえず黒川の家に行く。星畑が終始居ついてるおかげですんなり家に招くことができた。
「あ………そういえば、忘れてた」
「どうしたんですか?」
「いや、星畑から凛ちゃんに渡すよう頼まれてたものがあるんだけど……まあいいや、どうせあいつ家にいるし、自分で渡させよ」
「星君が私に!? え、え、何だろ? 句集かな?それともツーのゴイゴイかな?」
顔を真っ赤にして浮かれる凛の口から、星畑のネタの一部と思わしき意味不明なワードが飛び出る。ダイアンの津田が差し上げるのはスーの方だろと、内心で突っ込む。多分、ネタ中でもそう突っ込まれているに違いない。会ったこともない先輩をネタで使うなよ。
「……あいつ句集出してんの?」
「あ、いえ、句集と言っても星君が考えたものじゃなくって!! あの、梅沢富美男さんのボツになった俳句を集めたものを句集に………」
「永世名人の名誉に傷がつくから今すぐやめさせろ!!」
「アハハ!」
勢いでいつもの星畑との掛け合いよろしく全力で突っ込んでしまうが、凛の笑顔を拝めたのが嬉しくてそこまで気恥ずかしさを感じなかった。ネタ中でもこんな風に笑っているのだろうか?
「………星畑のネタってさ……俺実は見た事無いんだけど…面白いの?」
「面白いものと、そうじゃないものの振れ幅が激しいんですけど………ツボにはまったら滅茶苦茶面白いです!でも、それ以上になんて言うか、あの毅然としてる感じが魅力的っていうか、好きなところで、それなのに喋ったら急に中学生みたいなことばっかり言うのも可愛いし……」
女性のお笑いファンがよくかわいいと評することがあるが、あれって言われた芸人はどんな気分になるんだろう?なんて考えているうちに家に就く。中では星畑が大の字になって眠っていた。全く毅然としている男の寝姿には見えない。
「星君。こうしてみるとホントにかっこいいですよね…………」
「ああ、うん。そうだね………女のファンとかも結構いたらしいよ? チームのメンバー探しも後はこいつのイケメンパワーに任せて、俺はもう説明係に徹するぜ……ほれ、いい加減起きろ!!」
星畑の布団を跳ね飛ばす。
「え………あ、お、起こしちゃうんですか?」
「せっかく3人揃ってるんだし、こいつも交えて話しあわにゃあ損だろ」
名残惜しそうな凛の様子が微妙に気になるが、当の星畑は褒められたばかりのイケメンフェイスをくしゃくしゃにしながら、大あくびで黒川が入れてやった水に手を伸ばそうと起き上がる。水を飲みながら目線の端で凛を捉え、「ンフフ」と笑う。
「……………そんな気がしたわ」
「え、あ、よろしく、お願いします。えっと、これから!」
「おう!宇宙のギャラクシー賞総なめしようぜ!」
「………宇宙に銀河でややこしいな。…………ほれ、星畑。これ自分で渡しな」
「ん、おお。……うい、これ」
「へ、あ、また封筒…………あ、やっぱり10万円……気持ち悪かったでしょうか。すいません」
「て、あ、あれ? ジャラジャラ?……封筒から。って……へ! 小銭!いっぱい!……なんで?」
「気持ち込めてるらしい金を返すのはファン泣かせだからな……。でもまあ気持ちってんなら俺には1円で十分伝わった。あとの9万9999円は返すぜ」
「ダサッ!」
「外野は黙ってなさい! 手紙にテンパってる間に金パチられたくせに!!」
「え、あ、あ、ありがとうごさいます……えへへ、流石芸人さんですね……」
凛は嬉しそうにいそいそと封筒をポーチに入れる。
「まあ、俺はあんま他所様の家庭の事情に首突っ込むつもりはねえから、そっちはいいけどさ。 プライベートの問題というか自分の姿撮影されるってのは須田的には大丈夫なの?」
「う、あ、確かにそれはちょっと困るかも………です。 ていうか、私なんか撮っても、意味ないんじゃないでしょうか?」
「そんなことは断じてない。 やるからには徹底的に撮るぞ。よしんば撮る」
「ひゃあああ! お醤油が喋ったあ!!」
突然、しゃべりだした醤油さしに仰天する凛。Uに促され、黒川がスピーカーのスイッチを入れたのである。今思えば、凛をチームに入れてからまだ一言も宇宙人は喋れていなかった。
「え、え、え? お醤油が宇宙人なんですか?そんな『デッド寿司』みたいな』
「違う違う!!」
「そうだ! あれは確か島津健太郎が寿司に魔改造を施したんであってエイリアンではない!」
「『デッド寿司』は今どうでもいいんだよ!! 星畑お前ちょっと黙ってろ!」
「これはスピーカーだよスピーカー。 本物の宇宙人はここにはそう易々と来れないんだってさ」
「へ、へえ~。 すごい、本当にただのお醤油なのに………すごい……これがバイオテクノロジー…」
(それも意味違うと思うけど……若干…頭緩いよなこの娘)
「………もう喋って大丈夫かな?」
「へあ! はい!す、すいません!!」
「……須田凛、キミがどう思おうが、撮るものは撮るぞ。それくらいは覚悟してもらわねば困る」
「……はい、そ、そうですね。すいません。ナマ言ってました!!どうぞどんどん撮ってください!!」
「いや、だからって、そのプライベートなところ撮るのはやっぱ不味いだろ?」
「俺らが出演するのはポ〇ルノハブの素人投稿だったのか!?」
「ヤジを飛ばすな。キミらが気にしているようなイカガワシイものを撮ろうと言うつもりはない。キミらには確認しようもないだろうが、そういうものは仮に映ってもカットする。着替えとか入浴とかそういったものはカメラに収めたところでデータの無駄だからな」
「結構需要ありそうなもんだけどな」
「好きな奴は好きだろうが、犯罪だ。公共の電波においそれと流せるものではない」
「おい、前俺には終始撮ってる的なこと言ってなかったか?」
「キミはそもそもキミ自身がカメラじゃないか。 流しっぱになっているんだからそれが私の目に入るのは致し方ないことだ」
「黒川さん………すごい負担ですね……」
「ホントだ。 お前、オ〇ニーどうすんだよ」
「そういうこと気軽に言うな!!」
「////………あの………私も何か……サポートしますから………」
「え!! オ〇ニーの!?」
「ち、ちが、ち、違います!! もう、馬鹿!!星君の馬鹿!」
「お前、星畑!! マジでもう喋んな!!」
「………とにかく、キミが心配するようなものは撮らないから……」
「あ…………はい……分かりました。ありがとうございます」
「あと………金の問題だが、何とかしようと思えばできない額ではない。まだ黒川にも言っていないことだが、かなり膨大な量の番組資金を余らせている。それをまあ少しくらいなら、返済に割いてやっても構わない」
「マジで!? めっちゃ太っ腹じゃん!!」
何だかんだ一番危惧していた問題が予期せぬ形で解決しそうである。思わず声を弾ませる黒川。
「それは……正直魅力的ですけど……あの、その、えっと、お金は私がちゃんと稼いだお金で返したいんです。あの……お父さんとお母さんに…私一人でもちゃんとできるって……証明したいし……これはえっと、私の勝負なので!!だから大丈夫です!!」
凛の口から出た言葉は正直予想の範囲内だった。そのため黒川も取り乱すことなく冷静に彼女を諭す。
「勝負って…まあ、気持ちもわかるし、本気で挑みたいってのはすごいことだけど……それ以上にまず足場というか身柄を安定させとくに越したことないんじゃないの?俺もああは言ったけど、金が工面できるなら、できるうちに最悪のケースにならないようにはしとかないと!」
「あう…………」
「待てよ黒川。 そもそもその金ってのは、これからの軍資金だったんじゃないのか?お前にも内緒にして……なんかでけえこと考えてたのかもしれないじゃん。 もしそうなら……俺も須田と同じで勝負に出る方にノるぜ」
「………そうなの?」
「そうだといえるし、そうでないとも言える。金は番組をよりよくするためのものだ。このまま何事もないのなら、用途は決まっていた。だが、それ以上に今は固定メンバーの獲得こそ最重要事項だ。須田凛の手綱を放さないための金なら多少払っても惜しくはない。それだけの価値はあると思ってる」
「そんで……当の凛ちゃんがああ言ってるなら、俺にはもう何の口も出せねえよ」
「すいません!……ありがとうございます!!みなさん!!」
「で………金の用途って何よ?」
「それを言うには最低でも後3人メンバーを増やしてもらう必要がある」
「………じゃあやっぱり星畑の常連も視野に入れといた方がいいかもな」
「星君の常連さん……ですか?」
「ああ、すんげえ美人のモデルみたいなんがいてよ。自分でもトップモデルだーって言ってやがるからちょっくら目利きしてやろうかってな」
「わざと団鬼六の竿役みたいな言い回ししてる?」
「ンフフ……団鬼六」
「えっと……常連さんにそんな方いましたっけ?」
「ああ、芸人の方じゃなくてさ。 こいつホストもやってるからそれの客だよ客」
「えええ!! ホスト……やられてたんですか……もっと早く知りたかった」
「そう! でもつまらねえぜ? 王子様に扮さねえといけねえからあんまふざけられねえし」
「チンチンスニッカーズゲームやっときながらよく言うぜ………」
「星君の……王子様………うぇへ」
何を想像したのか凛がニンマリと笑う。まさか彼女も現世に疲れ果てた姫の一人だったのだろうか。
「あんまり……イメージできないですね……ど、どんな、その……王子様をされるんですか? その、参考までに……ちょっと」
「それに関しては俺も色々やってみたんだけど全部店長にボツにされてよ。最終的に語尾に『プリンス』ってつけてたら『ありのままでいいからあんま喋んな』って言われてそっからはずっと自然体だな」
「アハハ! 語尾にプリンスって…アハハハハハハハ!ありんすじゃないんだから!」
「顔がよくなかったら一発でクビだっただろうな…お前。 それはそうと、その性悪モデル娘は来たのかよ?」
「いやあ来ねえ……まあそのうち来るだろ。 まだ結構期間はあるんだし、気長にやろうや」
「一週間も待たずに3人まで膨らませたのは素直に称賛するが…あんまり気を抜きすぎないよう頼むぞ」
心配そうに釘を刺すUに対し、返事を返したのは凛だけであった。
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3日経った。その間2日に渡って王子になった星畑だったが、モデルには未だ出会えない。あれからも度々、3人で集まってはゲームをしたり、Uとミーティングもどきをしたりとそれなりに楽しい時間は過ごせたが、こうなってくると、あまりモデルの尻ばかり追いかけるわけにはいかない。
「て言っても……俺にはもう当てなんかないぜ?」
「すいません……私も全然……一人高校の頃の同級生で女優を目指してた先輩はいたんですけど、音信不通ですし……本当に女優になったのかもわかりません……」
(同級生なのか先輩なのかはっきりしてくれ)「俺もまあ、美人の知り合いはいねえなあ」
沈黙。真ん中に置いたポッキーを飲み込み、黒川が切り出す。
「どうしよ……」
「どうしましょう……」
「どぉなっちゃってんだよ……」
「靖幸すな」
「ンフフ」
「へへへっへへへ岡村靖幸エへへへへへへへへ」
しばし笑いあってからまた沈黙。真ん中に置いたポッキーが底をついたと同時に黒川が音を上げる。
「…………スマブラすっかぁ」
「あ、私、今度はカービィキャラ使ってみたいです」
「俺、ゲーム&ウォッチ」
「星畑がそれ使うとバケツ構えてばっかで勝負になんねえんだよな……」
「あれ以外の何を楽しむゲームなんだよ、これは」
「いくら何でもそれは暴論すぎるだろ……」
「アハハ!」
和気藹々とゲームの準備をしていると黒川の頭で不満げな声が水を差す。
「おいこら、もう少し真面目にしろ。 とりあえずゲームはするな。もう3日間もこの流れじゃないか」
「…………………………………………」
「? 黒川さん?」
「ついに来たぜ……催促が……」
言いながら、渋々とリモコンを置き、醤油スピーカーの電源を入れる。
「進展しないのは仕方ないかもしれないが、それでももう少しアクティブに行動する気概を見せてくれ。危機感を抱いて、行動しろ。若い連中がいつまでもゲームばかりしているな」
「行動って言うと……なんだ? 求人募集でもすんのか?」
「いくら何でもそりゃ無理だろ。 不確定事項が多すぎるんだし」
「……須田よ。なんかいい燻りアーティストとか知らねえか?」
「ええ! あう、え~っと……私が好きなバンドで最近解散したんですけど……ストラディバリウスっていうバンドがいて……でも、その人たちも化粧でごまかしてましたけど……けっこう…皴が…」
「やっぱ美形っていうのが最難関だよな~」
「あとは……天知九っていうスタントマンの方が最近現役を引退されて…でも貯蓄も十分ある方ですし……顔とスタイルはすごい良くて超超イケおじなんです……けど」
「顔がいいのにスタントマンなんだ」
「お芝居が苦手というか………けっこう硬派な方なんです。クールで寡黙で物静かで知的でとにかく……かっこいいのです!」
「………とにかくその人の事が好きなのは分かったよ」
「今の誉め言葉、実質クールだけで事足りただろ」
「ハア……仕方ない。 これだけはあまりしたくなかったが……」
「キミたち……町へ勧誘をしに行きなさい」
「「ハア!!」」
「いや、勧誘って……下手に動きすぎたらヤラセってバレるんじゃねえの?」
「だから、ビラとか動画とかとにかく形に残るものは一切使うな。あくまで言葉一つ身一つで頼む」
「いやいや! 『宇宙人に贈る動画俺らと一緒に作らない?』って何の証拠もなしに…そんなん」
「勧誘って言わねえよ……アホナンパだアホナンパ」
「それならこのまま何もしないって言うのか?」
「と、とにかく街に行くだけ行ってみませんか?……ひょっとしたらいい人がいるかも……」
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勧誘なんて一切する気にはなれなかったが、偶然追っている漫画の新刊も出ていたので取り合えず街に繰り出した黒川。予想外だったのは星畑がオフ日ではあるものの念のため店に出向くと言うのである。結果、予期せずして凛と二人きりになってしまった。黒川は頭に湧くデートという単語を必死に呑み込み抑え込む。余計なことを考えるな黒川。恥ずかしい奴め。宇宙人だって見てるんだぞ。
「……………どうする?」
「え!え~っと…………わ、私も……その~……人と話すの苦手でして………キャンパスボッチですし…………いっつも一人飯ですし……」
「大学でのボッチ飯は別に普通じゃない?」
「ええっと、高校でも……あんまり……友達がいなくって……」
「気にすんな!気にすんな! 俺も星畑と同じクラスなるまでは地獄だったから……」
「えへへ…お互い、音楽が恋人ですね………」
「よし!止め止め!! 本屋行ってタ〇レコ行って飯食って帰ろ!」
「あ、あ、いいんでしょうか?」
「Uもありゃ遠回しに同じ画はもう飽きたって言ってたんだよきっと! 無理難題だ。できっこない!」
「無理難題は無視なんだい……ですね……えへへへ」
案外黒川の解釈は正しかったのか宇宙人からの催促や苦言は無かった。しめたとばかりに本屋に行く黒川。最初は凛と一緒に漫画コーナーを物色していたが、自然と異なるジャンルの本を探しにバラける二人。凛は引き続き漫画コーナーでレディースコミックを探し、黒川は美術書のコーナーに向かう。
黒川は滅多に買う事こそなかったが画集を見るのが好きだった。竹久夢二、伊藤若冲、ルネ・マグリット、安野光雅、パブロ・ピカソ。ジャンルも年代も全く別々だが、とにかく雰囲気に圧倒される絵画独特の感覚が黒川の心を惹きつける。
「いいなあ……どうせなら画集じゃなくて絵で欲しいな……複製画でいいから欲しいなあ…」
「失礼。そこの本取って大丈夫かな?」
「え? あ、ああ、すんません! どうぞ」
どうせ複製画でも買わないくせに妄言を吐いている黒川の横からにゅうっと長い腕が伸びる。慌てて横に除ける黒川と目当ての本を棚から抜いた男の目が合う。まるで穴でも開いているかのような真っ黒な目をすうっと細め黒川を見つめる。それがこの男なりの微笑だと黒川が理解する前に男が口を開いた。
「すまないね、ありがとう。…………竹久夢二の複製画なら…三日後にここで物販店が催されるはずだよ」
「へ? あ、ああ! そうなんですか。ありがとうぞざいます(大噛み)」
「フフ……僕も好きでね。足を運ぶつもりだよ……」
言いながら男はどこかへ歩いて行った。爽やかな風体と穏やかな話し方といい、趣味といい、180はゆうに超えているであろう身長といい、その人は黒川にとって理想の紳士そのものだった。ラ〇フローレンのシャツが世界一似合って見えた。
(カッコイイな……もしかしてモデルとかだったりすんのかな……目つきはちょっと怖かったけど…)
「黒川さ~ん! 私、買い物終わりました~」
「あ……うん、じゃあ、行こっか!」
「? 何かあったんですか?」
「いや、やっぱ身長って大事だなあって思って……」
「私はバランスが良ければ、何センチでもいいと思いますけど……星野源さんとかみたいに……」
「まあ、私は……その…もっと身長欲しいですけど……」
「俺もだよ……何のかんの言ったってやっぱみんな高がつくものに憧れるんだよ、高身長、高収入…」
「高血圧とか、あまり良いとは言いにくい物もありますけどね…」
「高卒とかな」
「それは……ちょっと違う気がしますけど…」
「いやあ……なんかイケおじがいてさあ……俺もあんなふうになりてえなあって……」
「へへへ……おじさんにしか出せない魅力ってありますよね……」
続いてCDショップに行き、互いのおすすめを言い合ったり、ジャケ買いをしてみたりと楽しいひと時を過ごす凛と黒川。その時、黒川の視界に先程の高身長紳士が横切った。
「あ……」
「え? 黒川さん……どうかしましたか?」
「ん?ああ、いや……さっき言ってたイケおじが……もういないけど…」
「へ~…私も見てみたかったです」
凛が背伸びして黒川の視線を追おうとした瞬間、2人のポケットからスマホのバイブが響く。3人のグループL〇INEに星畑からメッセージが来たのだ。
『モデルキタスグニコイ』
「……何で電報風なんだよ」
「わ、わあ! 来たんですね!遂に……どうしましょう…私、心の準備が………」
「すぐに来いって……あいつもうモデルと接触してんのか?」
「とにかく急ぎましょう! 星君のお店ってどこにあるんですか?」
「実はこの近くだ! どっかで合流して飯食うつもりだったんだ」
店を飛び出すとあたりはすっかり暗くなっていた。最初はそれこそ全力疾走で走る二人だったが、悲しいかなそこは文化系。すぐに息を切らしどちらからともなく歩き出す。ヘロヘロの状態で、星畑の店がある飲み屋街に到着する。ヘロヘロを酔っぱらっていると解釈したのか、ここぞとばかりにポン引きが黒川に声をかけてくる。
「お兄さん! 喉乾いちゃってる顔してるよ~!! 飲まなきゃホラ!!」
「いや、イイっす…すんません…また今度」
本屋に来るたび絡まれている黒川は慣れた要領でポン引きを制する。そしてそのまま振り返らず進み続け、星畑が働くホスト「クラウン・ナイト」があるビルに到着する。階段を上ろうとする黒川の背後からチャラついた声がする。
「待て待て、そこ男は入れねえぞ! のぼんなくていいからこっち来いって!」
うるさいポン引きだ。それが客に対する態度かと露骨なしかめっ面で振り返るが、声の正体はポン引きではなく星畑だった。しかし何より黒川の目を引いたのはその横に立っている絶世の美女だ。
不満げに眉をひそめる顔は先程の黒川と同じしかめっ面でも雲泥の差の美しさである。すらりと長くストレートに伸びた黒髪は美人の特権と言わんばかりに艶を放っている。髪と同じ、真っ黒なワンピースに身を包んでいるからだろうか、白く光っているのではと思えるほど肌は眩しく、その身長は169センチの黒川と大して変わらないまさにモデル体型である。
「………何よ、不細工な顔でジロジロ見て………こいつが金を持ってるようには思えないけど…」
「え、あ……はい、すいません」
すっかり委縮して随分なご挨拶に対してすら素直に謝罪で返してしまう黒川。星畑が苦笑する。
「俺らと同いだから敬語じゃなくていいぜ。……それより須田はどうしたんだよ?」
「え……あれ? ホントだ……やべ……どこ行ったんだろ?」
「逃げられたんじゃないの? アンタ胡散臭そうだもん」
「そんなことはないと思うけど…」
「は!?なんて?」
「すいません……」
「だからあんまビビんなって……須田もいい歳なんだから、店の名前すら分かれば勝手に来るだろ」
「そ、そうだな…店の名前送っとく…どこではぐれたんだろ……」
「何でもいいけど……いつまでここに居なきゃいけないわけ?……ここ汚いから嫌いなんだけど……」
「もうちょっと待っててくれよ……すぐ他も来ると思うから」
(どうよ黒川……モデルやってても不思議じゃねえだろ?)
モデルの機嫌を取ってから、ひそひそと黒川に耳うちする星畑。やっぱりイケメンは構え方が違う。
(思ってた十倍美人だったけど、思ってた十倍きつそうだな……正直やっていける気がせん)
(お前が思ってるより大したやつじゃねえから安心しろって…ランプソーンくらい見掛け倒しだからマジで……)
(俺、ドラクエのアーケードゲームであれに勝てた例がねえんだけど)
「ちょっと!!何こそこそ喋ってるのよ!感じ悪いわね!」
「ごめんごめん。別に変なことは言ってねえよ……こいつがめっちゃ臆してるからリラックスしろって言っただけだ………ほれ」
「……黒川です」
星畑に促され、黒川が自己紹介する。星畑はどれだけ彼女に俺たちの事を話しているのだろう?と今更ながらに気にする黒川。
「俺は星畑……で、あの娘が姫月レミナ。マジでモデルらしいぜ」
「めっちゃモデルやってそうな名前だな…」
「アンタ………前は確か星城なんちゃらって名乗ってなかったっけ?」
「アレはほら、どうかしてたっていうか……」
「もっと自分の仕事にプライド持てよ………」
「こいつはホストで……アンタは?ダフ屋?」
「いくら何でも俺の印象悪すぎじゃない?………フツーに大学生です」
「そう………トップモデルとトップホストの場に相応しくないわね……帰っていいわよ」
「そんな殺生な!!」
「こいつトップユーチューバーだから……あと、俺ホストじゃなくて芸人……」
「ユーチューバーなんて無職みたいなもんでしょ?」
「やめやめろ!!」
などと言い合っていると、後ろからバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。見ると死ぬほどダサい走り方で凛がこっちに向かっている。何故か「ひえ~~!」と叫んでいる。何も見えないがジェイソンにでも追われているんだろうか?
「あ………ごめ………ごめんなさい!!その……居酒屋に引っ張り込まれて……ヒィ!ここ……怖い…こわいです!!ここ、もう二度と……来たくない!!」
必死の形相で黒川に訴える凛。どうやらポン引きに拉致られてしまっていたらしい、とんだトラウマを植え付けてしまった。
「ああ………ごめんね……気づかなくて…」
「姫月、こいつが須田」
「フーン……いかにも無能って感じね……」
「へあ!……は、よろしくお願いし、ま………え!!エミ様!!、エミ様ですよね!!?」
「はあ? あんた誰よ?」
「あ……わた、私です! カタツムリです!高校の時、お世話になっていた!覚えてませんか!!」
「………そういえばそんな奴いたような気もするけど…」
凛は姫月と面識があったのか、やけに嬉しそうな様子で姫月に喋りかける。一方の姫月は変わらず不機嫌そうな顔でジロリと凛を睨む。
「え……知り合い? 高校?」
「はい!えっと……先輩です。さっきちょっとお話した音信不通になったっていう……。私、凄くよくしてもらって……高校生活何とか生きていけたのもエミ様のおかげなんです!!」
「エミ様……?」
「姫月レミナだったらレミ様じゃない? ていうか向こうなんも覚えてなさそうだけど」
黒川と星畑二人揃って首をかしげる。
「いえ、? 姫月恵美子……でエミ様です! 私、髪染めてなかったからかな?……でも、私がエミ様を間違えるわけがありません!!だって……全くお変わりなく……カッコいい……」
恍惚とした表情で姫月について喋る凛。とにかく嬉しそうな彼女とは正反対にエミ様は激しい剣幕で彼女に詰め寄り、頬を引っ張る。
「アンタ!!何しれっと本名言ってんのよ!…………思い出したわよ!いくらイメチェンしようが、そのなっさけない面構えと喋り方は全く変わってないわね!!カタツムリの分際で私をスカウトしようとはいい度胸じゃない!」
「いふぇふぇふぇふぇ!!ふいまふぇん!!ふいまふぇん!!まふぁかふぇみふぁまふぉはふぃふぁふぃふぁふぇんでふぃふぁ!!」
酷い言われようと辛辣な態度とは裏腹にどこまでも嬉しそうな凛。仲が良かったのかどうかはともかく、2人に面識があるのは本当のようだ。
「まあ……二人が知り合いだったのは分かったからさ……どっかで飯でも食おうや…奢るから…」
3
ファミレスに入った4人は注文を出すや否や、口々に喋り出す。
「で? 二人はどういう関係なんだって?」
「……私と食事するのにファミレスなんていい度胸ね……」
「大物ぶるんじゃねえ! ウチでもロクに金ださねえくせに!」
「…………知らないの?美人は自腹なんて切らないのよ?」
「あ……でも、ここの和牛ステーキ………大きくて美味しいですよ?」
「ちゃっかり一番でかいサイズ頼みやがって………」
「ちゃんと国産なんでしょうね?」
「和牛の意味も解らんのか」
「あの~……二人はどういう………」
「あ!えと……同じ高校の先輩で、私の………その……憧れの人です!」
「憧れ?」
「こんなチェーン店の言う事本気にしてるの!? バッカじゃない?」
「今時、産地偽装なんざ中国でもやらねえよ」
「中国の国産は安いんだからいくらでも言えるでしょ!!」
「…………あれに?」
「はい!」
星畑とIQの低い言い争いをしている姫月を冷ややかな目で見る黒川だが、彼女を尊敬しているという凛の表情は眩しく一点の曇りもない。
「さっきも言いましたけど……私こんな性格だから……友達もいなくて……それなのに……一人になりたくないがために……相手の顔色ばかり見て……その結果、逆に避けられちゃったんです。悪口言われたりはしなかったんですけど………変とか媚びへつらってるとか……陰口は言われてて…普通に全部、聞こえてて……そんな時、エミ様が救ってくださったんです」
「アンタ…性格云々以前にセンスが悪すぎるのよ。何であんなバカでかいリュックにしたのよ。おまけにダサい缶バッジ大量につけて、あんなカッコしてたらそりゃイジメられても文句は言えないわ」
「救世主どころかいじめの主犯格みたいなこと言ってるけど………」
「それでカタツムリか……」
「それもあるけど、こいつ馬鹿みたいに足が遅かったのよ。胸、馬鹿みたいに揺らしながら走るから、そりゃ馬鹿な男子どもに媚びへつらってると思われるわよ」
「馬鹿馬鹿言いすぎだろ……」
「良いんです! エミ様は誰に対してもこんな感じですから……ホント…自信満々で……裏表がなくて…私なんかとは比べ物にならないくらいひどいイジメにあってたのに…………気にせず堂々としてすごく……本当に凄く凄くカッコイイ……」
「いじめられてなんかいないわよ。私に圧倒されて周りが惨めに僻んでただけ……」
「えへへへ……そうでした」
「そんで………二人はつるむようになったのか…」
「いえ、一年くらい私が勝手について回っただけで……すぐに転校されてしまって」
「転校?……なんで?」
「トイレで水かぶせた人を八つ裂きにしたんです………それで問題になって……」
「八つ裂きて…………」
「ビノールト(ハンターハンターでビスケに負けたハサミ男)以来だわその単語聞いたの」
「フッ……一人残らず病院送りにしてやったわ」
「で……その後、音信不通だったってわけか」
「はい……女優になるっておっしゃってたので……その業界は調べまくったんですが、見当たらなくて………でも、まさかモデルになられてるなんて………流石すぎます!!」
「すぐに高校やめたのよ…冷静に考えたらこの私がいつまでも通ってやる必要なかったわ」
「ほれこれ……写真……」
星畑が証拠の雑誌を広げる。見開きをどトンと独り占めし、ポーズをつけて妖艶にこちらを見つめる姿は思わずドキリとしてしまう。すげ~と素直に感動しながら顔を上げるとドヤ顔でこちらを見つめる姫月と目が合った。初めて見るしかめっ面以外の表情は美しさ以外に年相応の愛らしさがあり、これまた不覚にも胸がときめいてしまう。
「すごい!すごい!この雑誌私も欲しいです!なんて本ですか?」
「……えーっと……『レディ・スムージィ』……2019年2月号って………随分古い雑誌だな……」
「……もう中古でも手に入りにくいですね……他の雑誌はないんですか?」
そういった瞬間、姫月は急にバツの悪そうな顔をしてそっぽを向き、星畑は二ヤリと含みを持たせた笑みを見せる。
「てない………」
「何?……」
「出てないわよ!!それ以外は!!今んとこ!!」
「こいつ態度悪くて早々にお偉方に嫌われちゃったんだってよ……そんで……」
「冷遇にブチぎれて………たっっかいカメラズタボロにして追い出されたんだと……」
「ようするにクビか……ちょっと癇癪が過ぎるんじゃねえか?……俺、ズタボロなんて単語聞いたの『進撃の巨人』のエルド・ジン以来だわ……」
「勿体ない……こんなに優れた人材は……もう出てこないのに……あの…この雑誌貰っても?」
「駄目よそれ一冊しかないんだから! どうしてもってんならお金払いなさい!」
「いくらですか?」
「ん~……10万円」
「買います!!」
「「ダメダメダメダメ!!」」
「お待たせしました~……コーンスープとチーズハンバーグプレートです。それとチキン南蛮セットに、グレートティラミスパフェです」
「わわ、来ました! 美味しそう!」
注文していた料理が届く。ちなみに一人だけパフェという異色の注文をしたのは大の甘党の星畑である。さっき姫月にとやかく言っていたが一番値が張っているのはこのパフェだったりする。最も黒川に星畑を奢ってやる気は微塵もないのだが。そういえば、まだ姫月のステーキが届いていない。
「……私のステーキは?」
「申し訳ございません。ジャンボ和牛ステーキ500グラムは調理に少々お時間をいただいていまして…」
「フーン…まあ作ってるならいいわよ……凛、アンタのスープ頂戴」
「はい、よろこんで!!」
まだ一口も飲んでいないコーンスープを嬉々として差し出す凛、姫月はお礼も言わずにズズーっと熱々のスープを飲み干す。こいつには痛覚がないのかと再度冷ややかな目で姫月を見る黒川。いい意味でも悪い意味でも初めて会った時の威圧感は感じなくなっていた。痛覚はともかく、遠慮の心は微塵もないようで、返って来たスープはコーン一つ残っていない。
「ウフフフ……美味しかったですか?」
「ん、まあまあ……ポテトも頂戴」
「はい!フフッ」
今度はつき合わせのポテトフライにまで手を伸ばす。思わず苦言を呈したくなるほどの暴君っぷりだが、やられている凛がこの笑顔では何も口出しできなくなる。察するにこういう間柄なのである。
「ミックスベジタブルも食べますか?」
「ん、それはいらない。まずいから……ハンバーグ一口頂戴」
「これは駄目です♪」
「何よ……ケチ」
「あんまり食べ過ぎるとせっかくのステーキ食べれなくなっちゃいますよ…あ、ほら、来ましたよ!」
遅れて姫月のステーキが到着する。こういう店のステーキは実物を見るとがっかりしがちだが、流石に500グラムはボリューミーだ。
「でっか……」
「何よ……あげないわよ?」
「いらねえよ……お前じゃあるまいし」
「ウフフ……黒川さん全然手を付けてないじゃないですか」
二人に注目しすぎて全くチキン南蛮に手を付けていなかった黒川である。
「ママあああああああああティラミス落ちちゃったあああああ!!!!!」
「拾って食えば?」
「おざなり!……いらねえならチキン南蛮食ってやろうか?」
「あげない……てゆーかティラミスとは相性悪すぎんだろ」
「ンン………切れない……めんどくさい」
「あ……私が切りますよ」
「いじめっ子八つ裂きにした要領で切れよ」
「だからいじめられてないって言ってんでしょ!」
「………お前肉に対してご飯の減りがえぐいな……」
「ホントだ…ここおかわり有料だぞ……」
「? 別に頼めばいいじゃない。私、あとでパフェも頼むわよ?」
「勘弁してくれ………」
しかしパフェの出費は杞憂に終わった。姫月が途中で満腹になったのである。「もういらない。食べていいわよ」という言葉を合図に、皆、凛が細かく切り分けたステーキに手を付ける。何だかんだ言いつつ凛が一番多くのステーキを食べ、先程のマイナスを取り戻していた。
「で?」
サイコロステーキ(かなり不ぞろい)に群がる3人を見ながら、姫月が口を開く。
「結局、アンタらは私に何をして欲しいってわけ? 言っとくけど私の出演料は高いわよ?」
「ああ………そういやそうだった……」
「まあ、正直こっちは出せる金もあんまりねえし安定もないから……無職のアンタを囲える余裕はねえよな?」
「言ってる場合かよ……とにかく姫月ならかなり画が映えるし、話してても結構おもろいだろ?」
「どうかな………まず撮られっぱなしを了承するたまとは思えねえけど」
「俺が予想するにこいつそんなこと言えるほど暮らしの余裕ないって!」
必死の議論を繰り広げる黒川と星畑。凛もそれに混ざろうとするが、口の中のステーキを中々呑み込めない。
「誰の暮らしが余裕ないですって!?」
「実際問題あんのかよ? コツコツアルバイトって柄でもねえくせに」
「お金は今は無いけど……すぐ、手に入れられるわよ!」
「そもそもアンタら何でどんなことするのか教えなさいよ」
「俺らはほら、あれだよ……番組作成てゆーか演者っていうか」
「? ホストと凛はともかく、まさかアンタまでタレントだっていうんじゃないでしょうね?」
「俺自身、信じられねえけど……どうもタレントになれる見込みがあるらしくてな………」
「どっちにしろ……しょうもないネット配信とかカラオケ映像とかが関の山でしょ? 私やんない」
「それは……え~っと……プライド的な面でやりたくないのか、ギャラがしょぼそうだからやりたくないのか…………………どっち?」
「どっちもよ!! わざわざ言われなきゃ分かんないわけ!!」
「(ごくん)星君、黒川さん……あの」
今までもごもご口を動かしていた凛が無理やり肉を飲み込み、ようやく話に混ざる。結構苦しんで呑み込んだらしく目に涙をためているが、一切気に留めることなく、2人に耳打ちする。
「あの…………例の……余っているお金…使ってみたら……………どうでしょうか?」
「何に? こいつの出演料に?そりゃいくら何でも奮発しすぎじゃない?」
「いんじゃねえの? 強がってるけど正直今すぐ金は欲しいだろ?」
「そんなこと言ったって……親とか……暮らしの面倒見てくれる奴いるんじゃねえの?」
「あ………どうでしょう? でも、私は…その、お金で釣るんじゃなくって……できればこれだけ資本金があるって証明になれば……いいかなって思ったんですけど……」
「つまり見せ金か……」
「そ……そんなつもりで………言ってるんじゃ……」
「星畑、あんまり足元ばっか見てたらやらしぜ?……個人的にはむしろ親の世話になりながら片手間程度、それこそアルバイト感覚で出てくれりゃあそれでいいって思ってるんだけど?」」
「別に困窮しててもそうじゃなくても金は重要だろ?向こうが金を第一で考えてんだからこっちもそれで勝負すべきだろうがよ」
「まあ、そうだけど……でも、そもそもどんなもの撮るんだろうな?」
「ドキュメンタリーなんですよね?それで6人も人を集めるなんて……確かにどんなの撮るんでしょう?」
「今更だけど………殺し合いとかさせられねえよな?」
「無いだろ………向こうはこっちに対して何かできるわけじゃねえんだからよ。多分、一緒につるんで行動すればそれで十分だと思うぜ……」
「Uさんはなんて言ってるんですか?」
「大方、星畑の言うとおりだってよ………ただ一つ違うのは、今日みたいに買い物してるだけの映像とか日常風景を切り取っただけのものはウケないらしいんだよ。だからある程度、向こうの指示に従って行動するんだけど、そこからは基本俺らに任せっきりになるってさ」
「……………………………………ズズ~~」
テーブルの向かいでは姫月が一人不満そうにジュースを啜っている。除け者にされているのが気に食わないのか、黒川らのグダグダっぷりにイラついているのか分からないが、流石に重要な話をしていると汲んでくれているらしく、会話に口をはさんでこない。
「ほんでもって、見せ金もとい資本金については結構賛成してくれてる。必要なら金も用意するって」
この言葉に真っ先に飛びついたのは他でもない姫月だった。どうも金が欲しくて仕方がないのは事実のようである。
「え、何? お金? お金用意するの?」
「はい!私たちの資本金です!!」
「………そんなのあったの? いくらくらいよ?」
「いくら?」「いくらですか?」
「何であんたたちが知らないのよ!? それホントに資本金なんでしょうね!?」
「えと………ごめん………ちょ、ちょっとお待ちを」
黒川が急によそよそしく席を外し、スマホを耳に当ていつもの会話の姿勢に入る。Uが金額を教えてくれないのではない。むしろUは星畑と凛が同時に金額を聞く前から、しきりに値を伝えている。状況を飲み込めていないのは黒川の方だった。しかし無理もない。Uから聞かされた金額があまりにも浮世離れしたものだったのである。
「ごめん。ごめんなU……。 あの、もう一回だけ言ってくれない?」
「10億円だ」
「……………本気で言ってる?」
「当たり前だろ? 言っておくが日本円の為替相場は桁違いに高いんだからな。10億弱円しか残らなかったと認識して欲しいくらいだ」
「あ、前言ってた交換って無限にできるわけではないんだ………」
「その通り。おまけに地球はまだ交友関係にある星でもないからな。交換する奴なんて滅多にいない」
「なあ………もしかしてその、俺らが出るテレビってすっごいビックプロジェクトだったりする?」
「別に平均的だが? キミらンとこのテレビ番組だってこのくらい膨大な金を使っているだろ?」
「そうなの?」
「まあ、取り合えず金を工面しようじゃないか。いくらくらい出せば良い?」
「ICカードの上限分かんねえけど………とりあえず200万くらいくれ」
「そんな程度でいいのか?」
「うん、とりあえず今のところは」
スマホを耳から離し、そのまま預金アプリを開く。ギャラを入れるため新たに設けた口座はつい先ほどまでの一文無しから一転し、200万円の金が入っていた。思わず呼吸が荒くなる黒川。こういう不自然な金の入出って怪しまれたりしないのだろうかと世間知らずな恐怖を抱く。
が、それはそれとして一先ずこの200万でもって姫月と交渉しなくてはいけない。二人はああいうが、正直、星畑や凛には何も出さずあの女にだけこんな高額を支給するのは気が気でない。
「………………お待たせ」
「来たわね、馬鹿電波3号」
「何だよ…それ、悪口か?電波ってなんだ?」
「電波もいいとこじゃない!!聞いたわよあそこの1号と2号から!何よ宇宙人って馬鹿にもほどがあるでしょ!! 凛!!あんた前から常軌を逸する馬鹿だと思ってたけど、遂に行っちゃいけないとこまで馬鹿が浸透したみたいね!」
「ああう…………えっと、でも……お醤油…」
「腹話術でしょ!?そんなもん!そもそもどこの星に醤油さしに喋らせる馬鹿な宇宙人がいるってんのよ!!」
どうやら番組についての詳細を二人から聞いてしまったらしく、姫月はそれを全く信じないようである。信じないのは当たり前としても、醤油が喋るカラクリを腹話術で済ましてしまうあたりが姫月である。
「いくら何でも宇宙人カミングアウト早すぎだろ」
「俺じゃねえよ…須田だよ。ゲストに明石家さんま出るみたいな勢いで口走っちまうもんだから、止める間もなかったんだよ」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
凄い勢いで頭を下げる凛を制す黒川を一睨みし、姫月が指でテーブルをタップしながら口を開く。
「それで……いくらなのよ」
「え?」
「ぐ・ん・し・き・ん!!」
「ああ、えっと、とりあえずこのくらい……」
言いながら黒川はスマホの画面を見せる。
「一十百千万十万……200万円ねえ……フーン」
「思ったより少ねえな…」
マジマジとスマホを見つめる姫月の横で今度は星畑がボソッと失言する。何様だお前は。
「宇宙人の威を借りるくらいなら、もっとお金用意しときなさいよ……」
「いや、これはまだ氷山の一角っていうか……俺自身まだ全然実感わかねえんだけど……」
「10億円………くらい………あるらしい。ホントかどうか分かんないけど……」
ギャグが死ぬほど滑ったような、ファミレスの中とは思えない程の静寂に包まれる。あまりの気まずさに「な~んちゃって」とでも言ってしまおうかと思った矢先、星畑が口を開いた。
「………………………………十億円?」
「十億円」
「十億円?」
「十億円……とちょっと」
「ちょっと?」
「うん……(800万円)あ、800万円だって……今、教えてくれた宇宙人が…」
「私の家の借金……そのちょっとで払えちゃいますよ……」
「……………ねえ」
「あ、そうなの、じゃあ……やっぱりもう返済しとく?」
「ねえ!」
「え………でも、どうしましょう…………あんなこと言っちゃったわけだし………」
「いいでしょ!だって10億円だぜ!10億円!!」
「ねえ!!」
「………マジで10億か……もしかして俺ら……マジで殺し合いでもすんのかな?」
「さっきそんなわけないって言ってたのお前じゃねえか」
「なんだか……す、すごいことになってきましたね!昔の邦画みたいですね、私たち!」
「『アドレナリンドライブ』が2億円だから、桁の違いがよくわかるな!」
「ねえってば!!」
「なんだよ………うるせえな」
「それはその200万円は結局何なのよ、くれるの?」
「やるわけねえだろがよ……テレビやらないんだろ?」
「………宇宙人って、そんなの信じられるわけないじゃない。でも、もしかして、アンタら浮かれてるけど、ホントに10億も金があるっていうの?」
「まあ、正直まだ俺ですら眉唾だけど、九割マジだと思うぜ。宇宙人も、10億も…。信じたほうがロマンあるだろ?」
「じゃあ、そうね………私も、たま~にならその馬鹿げた話に参加してあげるから…一先ずその200はよこしなさい」
「アホ。んな簡単に手に入るほど、人生甘くねえよ」
悪態をつく黒川だが内心ではその口角を上げていた。本当にお金を出しさえすれば一瞬だった。Uからしてみれば今ので十分言質を取ったのかもしれないが、まだまだ食い下がるわけにはいかない。ぶっちゃけ宇宙人よりも、姫月の方がずっと信用ならない存在なのだ。
「で、でも。参加する気になってくれたんですよね?嬉しい!!」
「勝手に舞い上がってんじゃないわよ。こいつが200万くれたら、まあ考えてやるって言ってんの」
「だから、今はまだやれねえよ……ていうか、これはこんだけ金があるっていう証明の為であって、お前にやる気はねえよ」
「はあ!?」
「え、そうなんですか?」
「ここにいる2人も俺も、まだ金をどうこうしていいほど何かやったわけでも、事態を完璧に把握してるわけでもないんだよ。金はまだ使わず、宇宙人に任せとくべきだ」
「………ていうか、さっきから何でアンタが指揮ってんのよ。アンタみたいな地味でケチなトップじゃ大金だってドブに捨てるようなもんじゃない。軍資金ってんなら、使ってなんぼでしょ?」
「俺は正直、姫月の方が正論だと思うぜ。俺らの番組なんだから使わにゃ損だろ」
ここで星畑が姫月の肩を持った。「そうでしょ!?」と姫月が弾んだ声を上げる。
「でもでも、何をすればいいのかもわかんない番組に始まる前からお金を使うのは私も危険だと思います」
「番組の内容なんてどうでもいいわよ。テキトーにやっときゃいいでしょ?それより言いたいのはこいつが金の管理してるような組織じゃ不安って言ってんの」
「しょうがないじゃん。俺が発端なんだから。……じゃあ逆に誰なら相応しいんだよ」
「私」
「「絶対駄目だろ!!」」
黒川と星畑がハモる。凛は困った顔で両者の様子を窺うだけで何も口に出さない。
「何?もしかしてアンタ……私よりも価値があるって言いたいの?」
「価値ぃ?」
「私以上に金の扱いにたけてると思ってんのって聞いてんのよ!」
「なんじゃそりゃ……逆にお前は金の扱いにたけてんのかよ?」
「だって……みなさいよ…私のこの美貌、この前鏡にキスしそうになったわよ」
「……なんかそんな神話あったな」
「美貌はともかく……お前所持金いくらだよ?金ないって聞いたけど?」
「失礼ね!ちょっと今、口座と手持ちがないだけよ!!」
「それは一文無しっていうんじゃねえのか!?」
「須田と言い、最近の女子のトレンドは素寒貧なのか?」
「えへへ、エミ様お揃いですね」
「うっさい!とにかくお金は私の方が上手く回せるんだから!だから私に譲りなさい。10億!」
「ここまで堂々とされるといっそ清々しいぜ………」
「それがエミ様の魅力です!」
「悪いけど……いや、悪くもねえけど……10億も200万もやれねえよ。 番組というか動画というかそれに出演してくれて、はじめて金にどうこうできる立場になると思ってくれ」
「イヤよ。今のご時世、自分を売るのに後払いで手を打つ女がどこにいると思ってんの?」
それもそうである。そもそもがあまりにも混沌無形で不確定事項の多い企画なのだ。よくよく何もなしでここまで引き受けている黒川の無鉄砲さが恐ろしい。しかし姫月も姫月で目の前に転がっていると思しき大金に唾もつけずに出ていくのは惜しいようである。
「アンタらは、そもそも私をスカウトしようと思ってたんでしょ?その癖に私に何の得もない契約を結ぼうとするなんて、非常識にもほどがあるでしょ」
「…………確かに、私は………契約金で………黒川さんから10万円いただきました」
「凛ちゃん、今その話は………」
凛が再び失言したと慌てて止めようとする黒川だが、彼女は逆にそれを目で抑えて、続けた。
「で、私も10万円黒川さんにお渡ししたんです」
「? 何それ、どういう意味? アンタらが馬鹿だっていう証明?」
「ち、違います!そうじゃなくて………え~っとぉ………」
「雇用者や雇用主じゃなくて同じプロジェクトのメンバーだって言いたいんだろ?黒川も須田も演者なんだから、金を渡す渡さないはそもそもチーム内に入ってからの議論ってことだ」
つっかえる須田の代わりに星畑が答える。そうなってくると咄嗟に10万円出したあの時の自分が急に恥ずかしくなる。姫月も納得したのかどうかは分からないが、神妙な顔で答える。
「…………いいわ、別に暇だし……ちょっと顔を出すくらいならやってあげる」
「じゃ、じゃあ……」
「ただし!!」
パァーっと音がしそうなほど顔を輝かせる凛を制し姫月が続ける。
「アンタらが持ってるっていう10億は私が管理するわ!」
「「ダメダメダメダメダメ!!!!!」」
どうやら一ミリも納得してなかったらしい姫月の提案を慌てて却下する黒川と星畑。
「はあ?何でよ。チームの意見は尊重しきゃ駄目でしょ!」
「そういう問題じゃねえよ!」
「そもそも金の管理は俺の役割ってU…宇宙人と話が付いてるから!!」
「それが納得できないのよ。じゃあ宇宙人に私に任せられるか確認しなさいよ。さっきのテレパシーもどきで!」
「…………………分かったよ。でも多分無理だt「別にいいが?」
スマホを取り出そうとする動作を待ちもしないでUが返答する。あまりの急さに動揺を隠せず押し黙る黒川。
「…………………何?何で急に黙ったのよ。宇宙人なんて言ってたの?」
「……………別に、いい…………って」
「別にいいが?」という耳を疑うUの言葉を素直に伝える黒川。ごまかしたいのは山々だったが、流石に宇宙人が観ている前で嘘はつけない。瞬間、姫月は今日一番の上機嫌になり、飛び跳ねる。
「やったぁ!!何よ宇宙人話分かるじゃない!!じゅ・う・お・く・え・ん・じゅ・う・お・く・え・ん」
「おい、どう見ても私用に使う気満々じゃねえか、黒川!今すぐUに訂正させろ!」
「エミ様がその気なら、10億円なんて1年ももたないですよ!」
「黒川。放心するんじゃない。私は別に誰に任せてもいいと思ってるだけだ。無論、キミでも構わない。私の一存に任せようとせずに話し合いで決めればいいじゃないか。チームなんだろ?」
「そ、そうだ!そうです!まだ、まだ話は決まってねえよ」
「何でよ?ボスが私を指名してるんだから話は終わりでしょ?」
「誰でもいいって言っただけでお前を指名したわけじゃねえよ! 話し合い!じゃ、水掛け論だな……。よし、多数決で決めよう!」
というわけでスマホのアプリで多数決を取ることになった。お金を管理して欲しいメンバーに票を入れ、得票数の高かった人の決定となる。そして結果は……
黒川:2 星畑:1 須田:0 姫月:1
「姫月は当然1票として………あれ、俺に入れたの誰だよ?」
「あ、ごめん、俺。何か自分で自分入れるって恥ずかしくて」
「ちょっと凛!!アンタこれはどういうことよ!!」
「ひえ~勘弁してください!! お、お金のことですから……エミ様は……その、不安っていうか」
「0票の分際で随分偉そうじゃない!」
(正直、凛ちゃんは姫月と同じくらい金を任せられない……)
「お前なあ、恥ずかしがってる場合かよ。万が一、須田が姫月に投票してたらまたこじれるところだったじゃねえか」
「ごめん……」
「まあ、でも、とにかく………これで決定だな!」
「まだよ!! 冷静に考えたら、多数決なんかで分かるわけないんだったわ!」
「じゃあ、何で決めるんだよ……」
「他に案があるんですか?」
「実績よ!! 実際にどれだけお金をやりくりできるかっていう実績」
「ほーん…………黒川貯金いくら?」
「え、70万」
「姫月は?」
「……………7,700万」
「嘘つけ!さっき預金も手持ちもないって言ってたじゃねえか!!」
「はい、黒川の勝ち 決定」
「私服クソださ平凡大学生男と超美形のプロモデル私を同じ天秤に乗せるんじゃないわよ!!」
「いい? 今からその、費用の200万から私とアンタで10万ずつお金を取って3日後にどれだけ金を増やせるかで勝負よ!自分のポケットマネー上乗せするのはルール違反。やったら死刑!分かった?」
「いや、色々おかしいだろ?そのゲーム。やらねえよ!」
「駄目!棄権は戦う意思なしとみなして不戦敗よ」
「理不尽の極みだ………」
「凛!今からそいつがおかしいことしないかべったりへばりついて監視しなさい!!」
「ええ! あの………それは、黒川さんの都合もありますし、ちょっと………」
「駄目、かたつむりなんだから男にへばりつくのは得意でしょ?一日一回、いや5回!黒川の動きを報告しなさい!分かった!?」
「こいつ!敵将の前で堂々とスパイ交渉をしている!!」
「大した女や」
「う~~………分かりました………」
(分かったの!?)
無事、4人目のメンバー獲得に成功した黒川だが、代わりに謎のゲームをする羽目になってしまう。3日で10万円を増やす方法など、思いつきもしないが、姫月に負ける気もまた起こる気がしない。そんな事よりも、どさくさで凛が四六時中付いて回るらしいことの方がよっぽど彼にとっての大事件だった。
読んでいただきありがとうございます。今回の話に登場したストラディバリウスというバンドは架空の存在ですのであしからず、実在しているかどうか読者が分からないことが多い場合はやっぱり注釈入れるべきなのかなと思います。とりあえず『デッド寿司』という映画に関しては実在してますので良ければ見てみてください。最近はサブスクで音楽も映画もお手軽な存在になって素晴らしいことですね。こうして紹介しがいがあるってもんです。それでは次回また読んでいただけることを心待ちにしています。