その①「お前の大事な冷蔵庫の中身を全部食っちまうコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆サスペンスでは危険な目にも合わず主人公にヒントも与えず殺されずに終わるタイプ。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆サスペンスではターゲットではないのに無駄に察しがいい性で殺されるタイプ。
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆サスペンスではテンパって身に覚えがないのに自分が殺されると慌てふためくタイプ。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆サスペンスでは下らない理由で恨まれ殺されるタイプ。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆サスペンスでは殺人が起きて最終的に色々壊される哀れなペンションのオーナータイプ。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆サスペンスでは主人公一味にひっついて行動し、何かしらの大ヒントを与えるタイプ。
~ゲストキャラクター~
★岩下大地性別:女 年齢:35歳 誕生日:9/10 職業:経営者
岩下陽菜の実の母。陽菜が生まれて間もなく最愛の夫に先立たれた未亡人だが、同時に天知との結婚願望が激しすぎるクール美女の皮をかぶった恋愛マシーンとしての顔も併せ持つ。元女優で現在は子役スクールのオーナーをやっているらしいが、働いているところは見たことが無い。
こんにちは。今回から章の冒頭につけていた名言もどきみたいなのを止めることにしました。アレ世界一いらなかったと反省しています。あと、今回からUのセリフは二十鍵括弧にすることにしました。少しでも誰が喋っているか分かりやすくしようと色々模索してますので、何か要望や案があればお気軽におっしゃってください。
1
ジメジメと鬱陶しい季節になって来た。雨が増え、洗濯物が外に干せなくなると仕方がなくリビングのあちこちに吊るすのだが、流石に5人分も着替えがあると、部屋がまるで布のジャングルのようになってしまう。それを面白がるのはメインの拠点を持っている陽菜ぐらいなもので、他の住人からすれば湿っぽい気分を増す不快な仕掛けに違いない。おかげで部屋に籠るメンバーが増えてきた。そんな中で、Uがいくつか準備したという仕事の内容を黒川の脳内にて発表している。
『……今回のことをキミらに詫びようと思っているんだ。というのも……遊園地の回を放送したところかなり反響があったんだよ。至急、私たちもファイアーか何だかの特撮映像をこっちに輸入したくらいな。キミら及び、地球の文化を軽んじた評価をしてしまったな』
「うん………天知さんはともかく、マジで俺らは他人の金で遊園地で遊んだだけなのに……けっこうもらっちまってむしろ俺の方が謝りたいくらいなんだけどな。それで?……今回はお仕事の内容も言いに来たんだろ?」
「うん………それなんだがな……実は詫びたいことがもう一つあるんだ。しかもこれは決して明るい内容ではなく、はっきり言えば私が少ししくじってしまったんだが」
「ええ!?……何だよおっかないな」
『まあ、今のところは何も音沙汰がないし……大した問題ではないと思うんだが…………今放送では、キミらがシェアハウスで生活を共にしている人間で……なおかつ陽菜は天知の知人で、家を空けることが多い母親や姉がいないときに、シェアハウスに泊りに来ている。という設定にしているんだ。上辺は』
「うんうん……大地さんが四六時中家に居ること以外は全部ホントだし……そこに関しても上手く取り繕ってるんじゃねえの?」
『そうなんだ。それだけで十分自然な関係を作れていたはずなのに……私のミスで、キミらがタレントを志す卵というような風に放送してしまったのだ』
「ええ!?……いまだにちゃんとタレントしてるの星畑くらいだぜ?」
『そうなんだ。まあ、キミも未だに動画投稿しているし……天知と陽菜に関しては引退した身であるから問題ないのだが……』
「姫月………と、凛ちゃんか!?」
『ああ……それでだな。何かタレント活動のようなシナリオを考えてみたんだが……須田、アイドルとかやりたがらないか?』
「いや、分かるでしょ」
『そうだな………まあ、取り合えずそのことを念頭に置いておいて欲しい。それだけだ』
「分かったよ。でも、変に責任感じてもしょうがないから……凛ちゃんには時期を見て俺から話すからな」
『構わないが……しっかり頼むぞ』
「それで?………他に仕事の話は無いの?」
『あるにはあるが………この雨ではできないことばかりだ。しばらくはキミらの日常で我慢するしかなさそうだな』
「つっても………俺らも雨で引きこもりがちだし……今回は大したことないまま終わるかもな」
『案外、そうでもないと思うぞ………まあ、頑張るんだな』
「?……何だよ。意味ありげに」
2
実際は窓の外はどんより曇っているだけで、雨までは降っていなかったのだが、そこから数分して、すぐにポツポツと降り始めた。そして瞬く間にザアザア降りになる。今日も洗濯できなさそうだな。と溜息を吐いて一階に降りると、突然慌ただしく入り口から騒ぎ声が聴こえてくる。訝しみながら見ると、そこではびしょ濡れの陽菜と数人の女児がワイワイと靴を脱いだり、服を着たまま絞って水を落としたりしていた。
「あ………お兄ちゃん。ただいま」
「あ、うん………おかえり……えっとお友達?」
「うん……急にごめんね。学校帰りに横の公園で遊んでたんだけど、急に降ってきちゃって…慌てて雨宿りしに来たの」
黒川に気付いた陽菜の友人たちが口々にお邪魔しまーすと声を張る。陽菜に比べると、全員が幼く見えるが、いつぞやの馬鹿ガキたちに比べればみんな大人しそうである。
「いやいや、謝る必要なんてないよ。ここは陽菜ちゃんの家でもあるんだし……今、タオル持ってくるから………」
無事に体の水分を拭えた面々だが、服の方は濡れたままである。陽菜の服を着ることが出来れば世話はないのだが、残念ながら常駐しているわけではないので、着替えはない。一番、身長が近そうな凛に借りられる服がないか聞きに行ったとき、入れ違いで姫月が下に降りて行った。
「うっわ………ガキだらけ」
降りるなりびしょ濡れの少女たちがいるという状況に、姫月が顔をしかめる。
「あ……エミちゃん。ただいま」
「ただいまじゃないわよ……何よこいつら……ただでさえジメジメしてて鬱陶しいってのに」
「友達………すぐに私の部屋に行くから、ちょっとくらい我慢してよ」
人相の悪い長身の女性に射竦められ、すっかり委縮してしまう少女たち。陽菜含めて5人の集団の中でも一番ひ弱そうな少女が、厚いレンズ越しに姫月を見据え、恐る恐る喋りかける。
「あ……あの……エミさん……ですか?……貴方が伝説の……」
「でんせつぅ?」
「そうだよ。カッコイイでしょ?」
姫月の代わりに何故か得意げな陽菜が答える。その瞬間、少女たちはおお~!と歓声を上げ、口々に騒ぎ出す。
「ええ~!?すごいホントにモデルさんみたい!!」
「マウンテンゴリラみたいな大男をドライヤー一本で打ちのめしたんだよね!?」
「自分で作った弓矢で大イタチの化け物を仕留めたってホントですか!?」
「…………ヒナアンタ、学校で何余計なこと喋ってんのよ」
「いいでしょ?全部ホントなんだし」
「もっと内容選びなさいよ……私、ソルジャーみたいになってるじゃない」
「あ、あの!!………握手してください!!」
「嫌よ。どうしてもって言うなら一人500円ずつ握ってきなさい」
素っ気ない態度を取る姫月だが、少女たちはより一層黄色い声で盛り上がる。
「きゃあ~~!!ホントに金の亡者だ!!」
「ホントに払えないことない値段いうのがリアル~!!」
「ジューサーで作っただけのドリンクを一杯880円で友達に買わせてるってホントなのかな!?」
ホントである。と言ってもこの場合、姫月が冗談で言ったのを本気で払った凛の方に問題があるのだが。
「…………ヒナ~……アンタ随分私のことが好きみたいねぇ」
「う、うん……大好き………………み、みんな……早く私の部屋行こ!」
笑顔で青筋を浮かべるという今までにないキレ方をする姫月。流石に陽菜も不味いと判断したのかすぐさま自分の部屋に逃げた。バラバラきゃあきゃあと少女たちが後を追う。その中で、初めに姫月に喋りかけたメガネの少女が、おずおずと姫月の近くにやってくる。
「………何?……早くヒナのとこ行って遊んできなさいよ」
姫月の質問には答えず、彼女に向かって少女がぺこりと頭を下げて、そのまま恥ずかしそうに友人たちの後を追いかけていった。姫月は怪訝な顔でそれを見送るが、すぐにどうでもよさそうに冷蔵庫へと向かった。またまた行き違いで黒川が降りてくる。
「お~い……凛ちゃんが比較的派手じゃない服何着か見繕ってくれたぞ~……ってアレ?いねえ…どこ行ったんだ?」
「ガキンチョどもなら二階上がったわよ…………ねえ、私のヤク〇トがないんだけど?アンタ飲んだ?」
「飲まねえよ。あと、どうでもいいけどお前が愛飲してんのはヤ〇ルトじゃなくってグングン〇ルトだからな……」
「どっちも同じようなもんでしょ?………でも無くなってるのよ。ガキどもが飲んだんじゃないでしょうね?」
「………いくら東風生でも陽菜ちゃんの友達がそんなことするとは思えないけど……ていうかまさにその陽菜ちゃんが飲んだんじゃねえの?」
「違うでしょ?……アイツ付箋貼ってる奴は食べないじゃない」
「間違えて、他の色貼っちゃったとか?ホラ、お前のと凛ちゃんの色とか似てるしさ」
「凛が付箋使ってるところ見たこと無いけど……それに私はそんなミスしない」
冷蔵庫の中身は基本的に星畑が買い足しているもので埋められ、誰がいつ食べてもいいのだが、当然、メンバー個人が買ってきたものも入っている。そういったモノにはメンバーごとに配色が分けられた付箋を貼っておくのである。陽菜が深夜にコソコソつまみ食いをしているのはメンバー周知のことではあるが、他人様の食料にまで手を付けるようなことは今までなかった。黒川も冷蔵庫の中身を確認してみる。
「…………あれ?俺の寿司もねえじゃん……アレも付箋貼ってたのに」
「それは私が食べた」
「………お前なあ……まあ、いいけど……ほれ、星畑が買い置きしてる奴が何個かあるじゃん。それ飲めよ」
「無くなってるコトより……私のものに手ぇ付けてる奴がいるのがムカつくんだけど」
「自分で飲んだの忘れてるだけじゃねえの?」
2
その日の夜、姫月が急に食いたくなったと、出前で非常にお高いコ―スのお寿司を用意した。陽菜がいる時は星畑が料理を作るのが定番の流れなのだが、そのシェフが今はいない。お世話になっている芸人の先輩が地上波のネタ番組に採用され、巻き込まれる形で忙しくなっているらしい。
「お前が飯を奢ってくれるなんてな……スーパーのパック寿司がこんな豪華なお膳に化けるとは…」
「一番高いの頼んだら、こんなに来ちゃっただけよ。言っとくけど私が満足するまで手ぇ付けちゃダメだからね?」
「エミちゃん………一貫でいいから……ウナギを残してください……お願いします」
深々と頭を下げる陽菜を嘲るように、ウナギばかり食べる姫月だったが、途中で飽きたようで標的は他の寿司ネタに移り、何とかウナギは存命だった。ポカーンと口を開けたまま、姫月が寿司を食べる姿を見つめる陽菜……を見つめる凛が、突然、涎を啜りながら立ち上がる。
「し、しまった!………天知さんを忘れていました!!は、早くお呼びしないと!!」
「………最初に俺が呼んだけど………何かお葬式があるみたいで食べてる暇ないってよ」
忘れてたのかよ。と呆れながら黒川が不在のわけを話していると、丁度、バタバタと忙しそうに喪服を着た天知が降りてくる。
「そういうわけだから!ごめんね!!」
「……誰が亡くなったの?」
「親戚。まあ、結構遠縁だけどね………。申し訳ないけど……帰りは明日になるかも……本当は今日お通夜だからね……流石に間に合わないから…お葬式だけ顔を出してくるよ」
「遠方の方なんですか?」
「うん。ちょっと関東まで……今から新幹線だよ……ハハハ」
「行ってらっしゃい……」
バタバタと天知が出ていく。別に暗くなる必要もなければ実際に暗くなっているわけでもないのだが、何となくシーンとした空気が流れる。
「…………こんなに人がいないの珍しいね」
「そお?アンタがいないときはこんなもんよ……あ、もう食べていいわよ」
ガバリとお膳ごと抱きかかえるように陽菜たちが寿司にありつく。食事を終え、一段落したところで大地が車で迎えに来る。それを出迎えに行って初めて、外の雨が尋常ではなかったことを知る。昼のザザ降りが可愛く見えてくるほどの雨風の激しさはもはや嵐と呼んだ方がいいだろう。
(この雨の中出掛ける天知さんは大変だな)
「お母さん、お寿司食べない?ちょっとだけ余っちゃって……」
(いくら3貫を余ってるって言うんだろうか……ていうかあんなにあったのに気が付けばこんだけかよ。俺もそこそこ満腹だからいいけど)
「せっかくですが、もうお食事を済ませてしまいました………それよりも」
大地がぐるりとリビングを見渡す。凄まじい量の室内干しされた洗濯物にご不満な様子である。
「……これは少しいただけませんね。いくら連日雨続きとはいえ……匂いが籠ってしまっていますよ」
「たはは………すいません」
「もう乾いていることですし、ちゃっちゃと取り込んでしまいましょう」
「え………そんな……すいません何か」
「いえ、できる主婦として見過ごせないだけです。できる主婦として!」(チラッチラッ)
「………猛アピールしてるとこ申し訳ないけど、今天知いないわよ」
「おや?おかしいですね?二階に電気がついていたんですが」
「へ?……でも、全員いますけどね」
言いながら洗濯物まみれのリビングを見渡し、天知と星畑を除くメンバーが全員集合していることを確認する黒川。小首をかしげる大地に小首をかしげて返していると、凛がおずおずと片手を上げる。
「あ……私、パソコンの電気つけっぱだったかもです……それじゃないですか?」
「まあ、天知さんがおらずともやらせていただきますよ。先日のお礼です」
「いやいや、仁丹ランドについては俺らの方こそお礼を言うべきですよ」
「そうですよ!………まあ、私は割と散々な目に遭いましたけど……」
(……ほぼ自業自得じゃん)
「それでアンタは天知に告ったの?」
「…………してませんが何か?」
おいおい陽菜ちゃんがいるだろ!とキョロキョロするが、タイミングよく彼女は窓越しに悪天候にあらされている庭を見ていた。おそらく聞こえてはいないだろう。ひょっとすると、姫月もそこのところをちゃんと考慮しているのかもしれない。
「ガツガツしてるくせに肝心なところチキンじゃ、ただの痛いストーカーよ?……多分、天知の奴もアンタの好意に気付いてるでしょうし」
「……でしょうね」
「『でしょうね』ってアンタね」
「ですが、今、お気持ちをお伝えしたところで玉砕するのが目に見えています。ので、分かっていても今は焦らず臆病でいなければいけないのです。それまでトコトン擦り寄って、私に少しでも好意を抱いていただくのが今の目標です」
(その結果が観覧車キスって……滅茶苦茶焦りが出てると思うけど)
「………何ともまあ……相変わらずジコチューな奴ね」
(お前が言うか)
「何とでも言いなさい。貴方も恋をすればわかります」
「エミ様は誰にも恋なんてしませんよ!」
「………何でアンタが言い切れんのよ」
「そういや……気になってたんですけど……何で瑠奈ちゃんのメールが嘘って気づけたんですか?瑠奈ちゃん、目ぇ合わせたら100パーウソがばれるからってわざわざメールにしてたのに」
嘘というのは仁丹ランドでのヒーローショーの際に、天知から頼まれた瑠奈が大地についたものだ。
「色々ありますが……ルナさんがお電話ではなく、メールを使う時は後ろめたいことがある時が多いので……」
「あらら、作戦負けだったんですね」
「ですが一番は、天知さんが押し付けられたものとはいえ、頼まれた仕事を放っておく人ではないと思ったからです」
(………好きな人の長所を利用するなよ)
「もっとも……あの件は深く反省しています。結果的に天知さんに許していただけたからよかったのですが……その後のジェットコースターでの取り乱しっぷりと言い……思い出すだけで死んでしまいそうです」
「ううう……あの時はわたしもどうかしてました。あの後、天知さんに土下座したら逆に怒られちゃったし……最悪です。黒川さんにもご迷惑をおかけしましたし」
「凛さんは私に付き合ってくださっただけですから、お気になさらず……おや?これは……しっかり履いてくださってるんですね」
「ゲゲ!!……そ、それは!!」
しゅぱしゅぱと素早い手つきで洗濯物を回収していた大地の手が止まる。その手には自身が誕生日プレゼントで凛に送った危ない下着が掴まれていた。凛が動揺しているのをよそに、淡々と大地が続ける。この下着に良くない思い出があるのは黒川も同じである。そのことを顔に出したら死ぬと、慌てて下を向く。
「使っていただけるのはありがたいですが、できれば普段使いではなくここぞという時の為に取っておいて欲しいものですね」
「え、それ……ひょっとしてアンタのパンツだったの?」
同じく大地の手に掲げられたパンツを見て、姫月がバツの悪そうな顔をする。
「…………道理で買った覚えないと思ったわ。ごめんね凛。それ私が何回か使っちゃったわ」
(姫月が謝るって珍しいな……それだけ勝負パンツというのは特別という事なのか?)
「ムム、これは貴方のようなお尻の軽い女の人が使うために贈ったものでは無いですよ」
「そもそも誕生日プレゼントになんてもの寄越してんのよ」
「い、いえ!!………全然いいんです!ただ、初めて使って以来失くしたと思ってましたから……でも、あれぇ?………そう言えば、だったらあの時の別の下着は何なんだろう?てっきり誰かのと酔った弾みで入れ替わっちゃったと思ってたのに」
もうそろそろ一月が経とうとしているタイミングで、凛が自身を襲った世にも奇妙な現象に気付きかける。全て事情を知っている黒川は隅で黙々とバスタオルを畳む作業に没頭し、できる限り気配を消すよう心がけた。
「…………………」
「アンタ……どんな場所で飲んでんのよ……パンツが入れ替わるって……」
「凛さん。ふしだらなのは身体つきだけにしてください」
「ご、誤解です!!誤解です!!フツーに居酒屋とカラオケですから!……ていうか、別にふしだらじゃないですよ!!」
「カラオケって………黒川が酔っぱらいに童貞奪われたっていう?」
「奪われてません!!」
「…………だから何でアンタが言い切れんのよ」
「ですが……入れ替わっていたならこうして現物があるわけもないでしょうし。何か記憶違いをしていたのではないですか?」
「そ、そうですよね……でも、確かに履いてたと思ったんですけど……気が付いたらって言うか……その日のシャワーで見たら何枚かまとめ買いしたユニ〇ロの奴でしたし……うう~ん……意味わかんないです」
話をややこしくしている原因としては殿川のパンツと同じモデルのモノを凛も持っていたという点であるが、それを差し引いても事情を知らない凛にとっては原因不明の事態である。まさか初対面の女が介抱ついでにパンツをとっかえていたとは思わない。そしてそのパンツが黒川伝手で返って来ているとも夢にも思わないだろう。
「…………でも、私、二階のベランダに干されてる奴取ったのよ?………アンタ一回は履いてないとおかしいわよ」
「ええ?……で、でも……いよいよ使ってるとしたらそのコンパだけなんですけど」
「私は以前、服を用意した直後に電話の応対をしてしまったことで、用意したモノと別の服を新たに着てしまった……ということがありましたよ。凛さんも似たようなことをしてしまったのではないですか?」
「それで放置されてるパンツを誰かが洗濯物と間違って回収したってこと?」
「あ!そ、そうかもしれませんね!!……えへへ、私って馬鹿ですし……ていうか、もしそうだとすると、あの下着……天知さんが拾ったってことになりますね……ひええ……履く前でよかったぁ」
もちろん、ここで言う「履く前でよかった」というのは「自分のパンツなんて汚らわしいもので天知さんを汚さずに済んだ」ということなのだが、天知が聞けばまず誤解しそうな言い方である。
「すいません凛さん……新しいものを買ってきますのでこの下着は私がいただいても?」
「だ、ダメです!!………だ、大地さんの方がふしだらじゃないですか……」
「フフン……私、ほぼ毎回自分の服を天知に回収させてるわよ?どうしてもってんなら一着10万で譲ってあげましょうか?」
「…………………………………………」(プルプル)
姫月の煽りに真顔のままながら、本気でわななく大地。
「…………いちいち煽んなよ」
「で、でも!……エミ様が着用されたお召し物が一着10万円って……かなりお買い得じゃ!?」
「………ないから……」
「天知さんにお洗濯してもらったのが何だと言うのです」
「………いや、アンタが凛のパンツ欲しがったんじゃん」
「違います。アレは凛さんのナイスボディにあやかりたかっただけです」
「………ないすぼでぃじゃないでしゅ」(超小声)
「あっそ……年増があやかったところで……垂れる面積が増えるだけだと思うけど?」
「おだまりなさい。天知さんは貴方の奴隷じゃないのです。あんまり横暴を重ねると天知さんが許しても私が黙ってはおきませんよ」
「ハッ!……ここに住んでもいない奴に何言われてもねぇ~」
「………娘のお家は母親のお家でもあるのです」
「………そういやぁ……この前天知がコーヒー淹れてくれたわね……わ・た・し・だ・け・に!」
(またよく燃えそうなガソリンを……)
「……………凛さんたちにだって振る舞っているでしょう」
「凛?アンタ飲んでないわよね?」
「え、あ……そ、そうですね。この家でコーヒー好きなのはエミ様と天知さんだけですし」
「……………私だってコーヒー好きです」
「………ソファでうたた寝してたら誰かが毛布かけてくれたこともあったわね~……アレ誰だったんだろ~……」
「…………………ヒナさんでしょう。よく気が利く子なので」
「…………お風呂場でうっかり鉢合わせた時……天知の天知見ちゃったときもあったわね(←嘘)」
「ええ!?………そ、それは凄い!!」
調子に乗ってあることない事ペラペラしゃべる姫月。自分が優位に立っている時の彼女は非常に饒舌だ。背景に宇宙が広がっていそうな顔で固まっている大地とは裏腹に、凛は素直に推しのペ〇スにドギマギしながらも興味を抱く。
「……………………………………」
「あ、あの……その………ずばり……どうでした?」
「あ~…………凶悪だったわ。下の方もスタンドマンって感じ」
(下ネタのしょぼさが星畑と同レベル)
「……………ふえ~………(ごくり)」
(飲むな飲むな生唾を)
「ん?……何よアンタ何も言わないで……将来的に深い関係になろうとしてるんでしょ?もっと詳細に教えてあげましょうか?同棲中の身として!!」
「……………………………………」
「エ、エミ様……さ、さ、さ、流石に度が過ぎてますよぅ……」
「……………………………………ふぅー」
何も言わず固まっていた大地が深く息を吐く。ちなみに黒川は話題がパンツから逸れてくれて一安心しているが、それはそれとして気まずい話題なので尚も地蔵を決め込んでいる。周囲の洗濯物はとっくに畳み終えている。
「言いたいことはそれだけですか?……全く、貴方は凛さんやヒナさん以上にお子ちゃまさんですね。恐るべきライバルだと思っていたのは私の杞憂だったみたいですね」
冷めた口調で呆れる大地。煽った割に望んだ反応を貰えず、姫月は若干頬を赤らめて取り乱す。
「は、はあ!?……何余裕ぶってんのよ!もとはと言えばアンタが勝手にやっかんで来たくせに!」
(………ま、それはそうかもな……どっちの肩も持ちたくはないけど)
そもそもお前が肩を持つ必要はないし、必要もされていない。
「うう……ケンカしないでくださいよぉ」
「ケンカじゃないわよ。コケにしてんのよ」
「尚悪いですよ!!」
「大丈夫ですよ。凛さん。単なるエミちゃんさんの独り相撲なので……雨もひどいですし帰りますね」
スタスタと玄関まで向かおうとする大地。一方の姫月は面白くなさそう…というよりかは拗ねたようにそっぽを向いている。相変わらず地蔵の黒川と、灯台の凛を置いて、気まずい空気が流れるかと思った次の瞬間。
「てりゃ」
「痛っ」
せこせこと姫月に忍び寄った大地が、ロングスカートをたくし上げ脛蹴りをする。姫月は咄嗟に足を抑えながら後退し、加害者を睨む。
「………フン……余裕ぶってた割りには小ズルい報復するじゃない」
睨んでいる割には若干、活き活きとしている姫月。自分に手を上げるなんて普段なら怒髪天を突くこと間違いない事態だが、吹っ掛けたケンカを無視されるよりかは数段マシなようである。というより自身の目論見通り大地が動揺していたことが嬉しかったのかもしれない。
「今まではヒナさんのご友人ということで貴方にもある程度の尊重をしてきましたが……」
(どこがだよ)
「どこがよ」
「今、この瞬間から貴方は敵です。テキちゃんさんと呼ばせていただきます」
「……それは勘弁してくれない?」
相変わらずふざけているのか真面目なのか分かりずらい大地だが、どうも本気で殺気立っているようでBOØWYのビートエモーションみたいな姿勢で姫月を威嚇している。
「……敵ってそんな……エミ様は別に天知さんがお好きなわけでもないですし」
「……いえ、今思えばそれも腹立たしいです。あそこまでお世話を焼かれておきながら好きになっていないなんて傲慢もいいところです」
(アイドルの共演者に嫉妬するファンみたいな言いがかりだな)
「…………フッ……とんだ独り相撲ね……私どころかヒナ以上にガキじゃない」
「!!」
(おお………流石。言葉のナイフが良く尖ってるぜ)
先程姫月に言ったセリフで言い負かされ、返す言葉を失った大地が肩を震わせながら呻く。
「ううう~……毛布なんて…コーヒーなんて……肉棒マッサージなんて……羨ましい」
(………混ぜちゃいけない所が混ざってる)
「………だ、大丈夫ですよ大地さん。天知さんはきっと……誰にでも同じことをしてくださいます!エミ様だけが特別なわけじゃありません!」
凛が珍しく的を得た良い事を言う。
「……そうですねその通りです…………凛さんは本当に良い子ですねぇ。なでなでしちゃいます」
「あ……えへへへへ」
「アンタ誰にでもすぐ尻尾振るのね」
「あ……ち、違います!!これは……誤解ですエミ様!!」
(何がだよ)
「凛さんは常に正しいものの味方なのです。貴方に憧れる要素があるのは分かりますが、だからといって決して隷従していると誤解しないように……傲慢もほどほどですよ」
「アンタ私に隷従してるわよね?」
「ハイ!!」(←満面の笑み)
「…………り、凛さんまで……遂に全ての愛娘がエミちゃんさんの虜になってしまいました」
「一応言っときますけど大地さんと会う前からの縁ですからね?……この二人」
「ていうか娘じゃないですよ……まあ、ヒナちゃんのお姉ちゃんになれるのは超光栄ですけど」
「アンタは末っ子でしょ?」
大地に突っ込んだ黒川だったが、何となく彼女側の肩を持ちたくなり、姫月を牽制する。
「……言っちゃあなんだけど……天知さん、結構お前に関しては参ってるからな?大地さんの言う通りあんまり手ぇ焼かせるなよ?」
「別に頼んだわけじゃないし……向こうが勝手に焼いてるんじゃない」
「天知さんの包容力は相変わらずステキすぎますが、それはそれとして羨ましい妬ましいです」
残念ながら、助太刀は逆効果だった。
「マジで娘と父親みたいなもんですよ?」
「どんな形でも密接なことには変わりないじゃないですか……いつ恋に発展するか」
「しないと思いますけどね~」(大地さんともだけど)
「あの………エミ様とヒナちゃんは本当にただただ仲良しなだけですから……その」
「?…ヒナさんが誰と仲良くしてもそれはヒナさんの自由だと思うのですが?」
「あ!………そ、そうですよね!!……えへへ、すいません」
「ああ、ヒナさんを気遣ってくれたのですね。おっしゃりたいことは伝わりましたよ。大人げなく気を立ててしまい申し訳なかったです………本当に凛さんは可愛いですね。ちゅっちゅしちゃいます」
「そ、それは流石に……」
「………私の方はアンタらとの関係見直したいんだけど……」
「……そう言うな。娘に罪はない」
「ふぅ……取り乱してしまい申し訳なかったです。そろそろ本当にお暇しますね。肉棒……ヒナさんは明日も学校だと言うに…肉棒…すっかり遅くなってしまいました………アマチンポ……それでは」
「………もうちょっと頭冷やしてからの方がいいんじゃないですか?」
「雨にでも打たれてきなさいよ」
「おや?………おや?……ヒナさんは?……ご自分のお部屋に行かれたのでしょうか?」
そう言えば陽菜がいない。確かに彼女が二階に上がったとしても誰も気づかないであろう程には熱中してしまっていたが、それはそれとして一階に凛も姫月もいるのに、彼女が二階に上がるとは思えない。
「アイツなら雨がっぱ着てどっか行ったわよ?」
「ええ!?……いや、お前……そういうことはすぐ言えよ!」
「かっぱ着てんだからそんな大騒ぎするコトじゃないでしょ……うっざいわね……裏口から出てったし庭か倉庫にはいるわよ!」
「いや、でもさぁ……」
「ご心配してくださるのはありがたいですし。かっぱを着ていたとしてもこんな暴風雨の中一人で外に出るのは確かにいただけませんが……エミちゃんさんを責めるのはお門違いです。この場合、悪いのは保護者の癖にキチンと娘を見ていなかった私なので……むしろしっかりとヒナさんの動向を確認してくださり頭が上がらないくらいです」
「………だったら頭を下げなさいよ。床につくくらい」
「お黙りなさい」
と、言いながら傘もささずに庭に飛び出す大地。黒川と凛も後を追おうとしたが大地に止められた。何とも浮いた状態で取り残された3人は気まずい空気を背負いこむ。
「………なんかいろんなことが起こる日だな」
「……パンツと言い、二階の明かりと言い……な、なんか不気味じゃありません?」
「変なこと言わないでよ。どっちもアンタのしょーもないミスでしょうが」
「い、いえ…………今思い返せば……私、確かにネット見てたけどパソコンじゃなくってスマホで見てたんです。パンツだって……やっぱりアレは履き間違えじゃないです」
(パンツは俺のせいだよな……うう~ごめん凛ちゃん……でも今更言い出せねえよ~)
「………凛、アンタ……ヤクル〇飲んだ?」
「へ?……あ、飲みましたよ」
「何だアンタか……5000円ね」
「ふぇへ!?」
「……凛ちゃんが飲んだのは星畑がストックしてる奴だろ?お前が飲んでんのはグング〇クルトだってば」
「あ……それなら飲んでないですよ……ああ~焦ったぁ」
「お前が飲んだの忘れてんだろってば」
「アンタ……美人の記憶力嘗めてんの?」
「美人関係ないだろ……あ~でも……そっか…お前、変なとこで記憶力良いもんな」
「そうよ」
「え………でも、じゃあ後は誰が飲んでるって言うんだ?やっぱ陽菜ちゃん?」
「アイツじゃないと思うけど」
「ていうか……その陽菜ちゃんと……大地さん……遅いですね」
凛の言葉に不安に駆られる黒川だったが、幸い、話題にして数秒後に裏口から2人は帰って来た。姫月の言う通り本当に庭にいたようである。「かっぱ超かわいい!」とシュバる凛だったが、陽菜が何とも悲壮な顔で泣いているのを見て、固まる。号泣する程怒らなくても…と思う黒川だったが、どうも大地が怒った故の涙ではないようである。
「………ヒナさん?何故お外に出ていたのですか?どうして泣いているのですか?教えてください」
「モ、モヒロ―が……モヒロ―がいないの……どこにも……庭中探したのに……」
「確か、ここでお世話しているカメさんですね。雨に流されてしまったのでしょうか?」
「い、いや……ケージしてありますし……それにトタンだけど屋根もあったし」
泣きじゃくる陽菜が言うには、そのケージもひっくり返っていて、中の整えられた空間は見るも無残に荒れていたようである。トタン屋根では雨風がしのげまいとかっぱを着て救出に向かった矢先の消失。陽菜はモヒロ―……モヒロ―…と力なく呟いてはしきりに目をこすっていた。
「……えらいこっちゃだな……この嵐でケージが外れちゃったのか」
「す、すぐに探しましょう!……庭と公園は繋がってますし……そっちに行っちゃったら大変です」
「カメでしょ?どうせ見逃してるだけでそこらへんの隅でジッとしてるわよ?」
「は、早く探さなきゃ………探さなきゃ……ヒクッ……モヒロ―……」
「……大げさね~………樋津川行けばまた獲れるわよ。うじゃうじゃいるんだから」
「モヒロ―はモヒロ―……だけだもん……エミちゃんも……探して……いっしょに……」
「イヤ」
「………何でぇ……いじわる」
「他のお人好しどもと一緒にしないでよ。アンタが勝手に拾って、アンタが勝手に飼いだしたカメでしょうが……面倒はアンタが見ろって……天知も言ってたでしょ?ホラ、いつまでも泣いてないで。大事なもんならさっさと見つけてあげなさいよ」
「エミちゃんさんのおっしゃる通りです。私もお手伝いしますから頑張りましょうヒナさん」
「……うん……見つける……わがまま言ってごめん……エミちゃん」
「別にいいわよ。私が物を失くした時はアンタにも探させるし、強制で」
「まあひどい」
手を口に当てて大げさに慄く大地だが、その表情は心なしか柔らかい。大地のおどけた態度にクスっと陽菜も和み、何とか気を持ち直して捜索することができそうである。
3
しかし、5人による決死の捜索も実を結ばず、モヒロ―は見つからなかった。相手がカメであることを知ってか知らずか名前を叫びながら懐中電灯を振り回していた凛はべちゃべちゃの髪を乾かしながらがくんと肩を落とす。他のメンバーも大方同様である。姫月は風呂に入って高級ドライヤーで優雅に髪を乾かした後、さっさと寝に上がっていった。
「ヒナさん……大変言いづらいですが……明日も学校ですし……今日はもう切り上げましょう。明日、私が改めて探しておきますから」
「…………うん………グス……モヒロ―…だいじょうぶかな」
「カメは陸でもフツーに生きれるし大丈夫だよ。天気予報によるとしばらく雨か曇りだから干からびることも無いだろうし」
「………そっか………お兄ちゃんに凛ちゃん……手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして……ってまあ、俺は姫月と違ってモヒロ―はシェアハウス全体のペットだと思ってたし探して当然だよ」
「右に同じです!」
些細なことだが、黒川は左側に居る。
「それでは夜分遅くまで失礼しました。お二人ともしっかりお風呂に入ってあったまってくださいね」
数時間前まで高級寿司に舌鼓を打っていたとは思えない程、落ち込んだ陽菜が帰っていく。その後、尚も探そうとする凛を止め、2人も床に就いた。時刻は23時半。結果としてはいつもより2時間近く早くに眠った二人だが、気分的にはすっかり遅寝してしまった感覚だった。黒川が目を閉じてしばらくして、何者かが階段を降りる音が聞こえた。また陽菜ちゃんのいつものか…とまどろみの中で苦笑する黒川。それが明らかにおかしい思い違いだと言う事には、翌朝になっても気づけなかった。
4
翌朝、スマホの着信で目が覚めた黒川は、電話越しの大地から母子共に熱を出してしまいモヒロ―捜索には迎えない旨を伝えられた。そう言えば、自分も鼻水が止まらない。何度もくしゃみをしながら一階に降りるとキッチンで姫月が突っ立っていた。
「べぇっくしょん!!あ~クソ……鼻水だし過ぎて頭痛くなってきた」
「きったないわね。私の半径5メートル以内に近づかないでよ?」
「相変わらずだなお前は……何やってんだ?ジューサーも出さないで」
朝食の用意をしていたのかと思ったが、いつものマシーンが見えない。代わりに手前に置かれている寿司桶を指さして姫月が眉をしかめたまま訪ねる。
「………確か、いくら残ってたわよね?アンタ食べた?」
「え?……いや、食ってねえけど……ヒナちゃんだろ?あの後、どっかで食ったんじゃ」
「アンタ食べ物関係全部ヒナのせいにしてたらそのうち嫌われるわよ………流石のアイツも泣きながら寿司は食べないわよ」
「………いや、その前からさ……まあ、確かに食べるような間はなかったけど」
「でしょ?……それに、仮にもこの寿司は私の何だし……アイツはもっとわきまえてるわよ」
「…………昨日からさ………おかしくない?」
「何よ。家の中に誰かいるっての?」
「いや………でも……いたらUが言うか……ていうか常識で考えて家に侵入する奴なんていないだろ」
「………糞ガキどもには入られたみたいだけどね」
「いやいや………アレはほら、特殊じゃん」
「凛ー!!……アンタ……寿司食べたぁ~!」
二階に向かって叫ぶ姫月。エミ様の、しかも珍しく怒声以外で声を張り上げてのお呼び出し、いつもなら勢いよく飛び出す凛だが、今日は出てくるどころか返事すらない。訝しみながら二人で凛の部屋に向かう。朝だと言うに、信じられない程、薄暗い外の雰囲気とシトシトと窓に当たり続ける雨が住み慣れた屋敷の空気感を歪なモノに変えていた。凛は部屋に鍵をかけない。中では息を荒げて、ベッドに横たわる凛がいた。その顔は紅潮し、分かりやすく熱にうなされている。
「うわ!凛ちゃん!!……やばいな全滅じゃん……雨ってこわこわこ……ぶぇっくしょい!!」
「何よ。アンタら風邪ひいたの?……カメの為に寝込むなんてアホな話ね」
呆れながらいつもの皮肉を言うが、その目はちっとも笑わずに苦しそうな凛の額に白い手を乗せる。有事だと言うに、その姿が妙に斬新で色っぽく映り、ドキドキしてしまう黒川。
「チッ……完璧に熱ね。普段から不摂生な生活送ってるからよ」
「エホッ……ふへへ……すいませんエミ様……移ってしまうといけないので…寝たら直りますからお構いなく……です……エホッ」
いつの間にか起きていたらしい凛が力なく微笑む。
「誰が構うって?……言われなくとも近づかないわよ………黒川!!アンタの症状は鼻だけでしょ!?好きな女のピンチなんだから精々ポイント稼ぎに勤しみなさい!!」
要約すれば「看病してやれ」である。
「ふへへっへ……くろかわさんが私なんて好きなわけないじゃないですかぁ……」
「………か、看病はするよ……看病は……ポイント稼ぎなんて考えてもいねえけど」
「あああ……ダメですぅ……おそれおおいですぅ」
(……好きな女とか!勝手なこと抜かすんじゃねえよ!)
「うっさいわね……黒川の分際で一丁前に初心ってんじゃないわよ。心配しないでもこいつ今、相当モーロ―としてるみたいだし……元気になるころには忘れてるわよ」
「……そ、そんなに悪いのか?熱……」
「こいつはちょっとの風邪でも重症になるし、長引くわよ。雑魚だから」
雑魚というよりは姫月の言う通り普段の不摂生の賜物だろう。自分が風邪をひいたときは安静にするだけで特に処置をしてこなかった黒川だったが、慌てて救急箱をひっくり返す。天知が用意したのか解熱剤も咳止めも、自分用の鼻炎薬もあった。冷蔵庫の中には冷えピタもあった。これだけあれば一先ずは医者にかかる必要はなさそうである。
一先ずは冷えピタと水だけを持って凛の部屋に戻ると、つらいのか布団の中で凛はメソメソ泣いていた。何だか見てはいけないような気がして、目をそむきかけるが、慌てて己を律し凛に冷えピタと水を届ける。一瞬迷うが、流石にどちらの摂取も凛本人にやらせる。水を飲んでほうっと息を吐いた凛がようやくうっすらと覇気のこもった顔で黒川に微笑む。
「………ふへ……へへへ……お水美味しいです……ありがとございます」
「………ヒナちゃんも大地さんも……症状しょぼいけど俺も風邪ひいたし……モヒロ―捜索隊は全滅だな……」
「ええ!?……ヒ、ヒナちゃんが風邪!……だ、だいじょうぶなんですか」
「まあ、向こうは大地さんもだし若干心配だけど……流石に今は自分の身を案じなよ」
苦笑しながら、凛に陽菜の状況を伝えたことを若干後悔する黒川。相変わらず思慮の足りない野郎だと己で己を侮蔑する。
「………ねえ……凛は一段落着いた?……着いてるならちょっと来て欲しいんだけど」
「?……何だよ」
姫月に呼ばれるまま下に降りると、姫月が憎々しげに醤油さしを潰さん勢いで握りしめていた。
「お、おい!あんま乱暴に扱うなよ……壊れたらどうすんだ。お前らはそれしか通信手段ないんだから」
「いらないわよ!あんな役立たずとの通信なんて!!」
「ええ……な、何荒れてんだ?何かあったか?」
「………寿司とか………〇クルトとか……宇宙人に聞けば犯人が分かると思ったんだけど」
「ああ~……俺らのプライベートではカメラは使わねえっつんだろ?」
「それ!……アンタからも言ってよ。融通の利かない奴が番組何か作れないって」
「まあ、まどろっこしいのは俺もそう思うけど……最初にUも念押ししてたしなぁ」
「何よ……私より宇宙人につくっての?」
「そう言うつもりでもねえけど……俺が何か言ったところでUは折れねえよ……ていうかめっちゃ気にするじゃんグングン〇ルト……競合他社の製品と一括りで認識してるくせに」
「……嘗めた態度取ってくれるわね……私におんぶにだっこのくせして……」
「まあまあ……梅雨が済んだら目一杯企画考えてるらしいからさ」
「フン……じゃあまだ一週間以上は単なるスケッチってことでしょ?それにどうせゴミ企画まみれ何だし」
「ははは……」
立場上どちらの意見にも肩入れしづらい黒川が愛想笑いで場を流そうとした折、こういう時必ず何か脳内でごちゃごちゃ言ってくるUが何の反論もしていないことが気にかかった。そして、姫月の「単なるスケッチ」という言葉から先日のUとの通信で奴が言った言葉を思い出す。確か、雨の日だから撮れ高なんてないと言った自分に対し、そんなことはないと思うという謎の否定をしていた気がする。そこまで思い出した瞬間、何か言い表せぬ感覚に襲われゾクリと体を震わせる黒川。
つい先ほど自分でUを頼りにしたように今まで黒川は何かマズいことがあっても神の視点で見ているこいつがいるんだから最悪何かあっても教えてくれるだろうと思っていた。しかし、今思えば、Uがそう言ったことで役立ったことは…仮にあっても思い出せないくらい印象にない。黒川の近々の危機と言えば大は殿川に命を狙われたことである。Uは彼女が凛とパンツを入れ替えたことも、黒川を他メンバーとは異なる部屋に案内していたことも知っていたはずなのに、何一つ教えなかった。危うく殿川と肉体関係になり、果てにはその様子を記録される羽目になっていたのだが、そのことも伝えなかった。小は募金がバレ、大の騒動がノンシュガーズ一同にバレかけた事だがこの時も何一つ口出ししなかった。黒川ならば切り抜けられると信頼しているからというには、あまりにも頼りない黒川である。
(アイツは……俺らよりも……数字優先だ……そうだよ忘れてた)
「なあ姫月……もしかしてだけどさ」
と、黒川が口を開きかけた瞬間、上でドタンと音がする。
「ホラ……カタツムリが巣から落っこちたわよ。早く戻してあげなさい」
「おっとと……」
慌てて二階に上がる黒川。それを途中まで目で追った姫月は突然キッチンに行き、戸棚からジューサーを引っ張ってくる。そして冷蔵庫から凍らせた桃、牛乳、バナナ・オレを取り出し、かき混ぜる。出来立てを飲み干すのかと思ったが、ジューサーのミキサーに備え付けの取っ手を組み合わせ、冷凍庫に入れる。そして滅多にどころか、本当に今まで一度たりとも使われたことがないピンク色の付箋をぺたりと貼り付ける。
大あくびをして、寝室に上がろとする姫月だったが、キッチンと庭を繋ぐ裏口のカギが開きっぱなしになっていることに気が付いた。いつもなら締めもしないのだが、今回は律義に施錠する。しかし、その直後すぐに開錠し、勢いよく扉を開け、シトシトと小雨が降り続ける庭を見回す。倉庫まで開いている。盗まれるものなどないが、今まではキチンと閉まっていた扉が武田軍を迎える徳川家康が如く、開放されている。姫月は舌打ちをしながら、片手で簡易な傘を作り、ジメジメとした雨降る庭に飛び出した。
5
ベッドから転がり落ちたであろう凛を救出しに向かった黒川だが、その彼女はというと転がり落ちるどころか、布団にくるまったまま廊下でジッとしていた。
「な……何してんの?安静にしてないとダ」
と、黒川が口を開きかけた瞬間。まだまだ苦しそうな顔の凛が人差し指を口にかざして黒川を見る。
(な、何?シーって……ていうか物置の前で何してんの?)
凛がいる場所は陽菜の部屋の隣室。二階の中で一番狭いために物置として使われている部屋である。しかし、精々こたつの布団とか、恐らくもう二度とプレイしないであろう自作人生ゲームだとかしばらくは日の目を観なさそうなものばかりしまってあるため、滅多に誰かが入ることがない開かずの部屋である。
(………さっきここで変な音がしたんです。何かから飛び降りたような……)
(え?アレ……凛ちゃんが出したものだとばかり思ってたけど)
(違います……あ、あの………調子こいてこんなとこまで来ちゃいましたけど……もしかしなくてもこれって………結構なその……アレなんじゃ……)
(うん……アレだね。実はさ……俺も今しがた、マジで何かヤバいこと起きてんじゃッて今更思ったんだけど)
(あ、あの……こわい……めちゃくちゃこわいです)
(う、うん……俺も……あの、俺の後ろ廻って……超怖いけどドア開けよう)
(ひゃい………)
観念してドアのぶを握り、ガチャッと力をかける。後ろで(あ、武器……持ってない)と大真面目な声が聴こえてきて、不覚にも少し和みかけるが、一瞬で背筋が凍る。
(か、か、か、か、か……鍵、鍵……かかってる……鍵……)
(…………かかってないですよね……いつもは……)
言葉が出なかったので、代わりに思いっきり首を縦に振りまくる黒川。凛が病床のみであることも忘れ、2人で忍び足でできる最大スピードで天知の部屋に行き、合鍵を持ちだし、また元に戻る。
(結論から言うに………犯人は……ううマジで誰かいんのかよ~……犯人は……多分、もう部屋にはいないと思う。さっき明らかにドアノブが音立てたのに、中はシーンとしてたし……)
黒川の推測に、今度は凛がコクコクコクと頷く。二人の頭の中に、警察を呼ぶだとか下の姫月に連絡するとかそう言った考えはよぎらなかった。何よりもまず、開かずの間を空けて、確認したかったのだ。この家には本当に誰か侵入者がいるのか。いたとしてどんな人間なのか。
かくして開けられた物置の中には、黒川の推測どおり人っ子一人いなかったが、その空気は禍々しいまでに今しがたまで誰かが好き勝手に生活していたことが分かるものだった。空気というのは正しく空気そのもの…言い換えるならば匂いも、とんでもない悪臭がこびりついていたが、それ以上にもう火を見るよりも明らかな、というか騒動の火そのものが部屋のいたるところに点在していた。姫月が食べたと言っていたはずの黒川の寿司パックを始め、プラスチックのトレーたちが転がっている。近くのスーパー総菜のモノもあれば、星畑イチオシ…つまりこの屋敷で買いためていた車で5分ほどのスーパーのモノもあった。ゴミの中には果物の皮や芯などがそのまま地べたに捨ててあるものもあり、ツンとした悪臭とハエをまき散らしていた。
「ヒィ!!」
凛が悲鳴を上げる。黒川も悲鳴こそ上げなかったが同様に吐き気と恐怖に襲われる。姫月が散々探していたグングン〇ルトのペットボトルはあっさり見つかったが、内容物は似ても似つかないえげつないものに代わっていた。密閉こそされていたが、それが最も強い臭いを放っている。
「な……何日……どんだけ住んでんだよ……」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……うそでしょ?うそですよね……私たちだけじゃない……天知さんも星君も気が付かなかったんですか?」
「………いや、多分単なる大食漢なだけだよ。よく見たら総菜の賞味期限全部つい最近だ……だから何だって話ではあるけど」
「ま、窓……開いてますね……さっきの音はここから庭に飛び降りた音だったんだ」
「良くないけどまあ、良かったかな……もう逃げたんだ。クソ…Uの奴……まんまと逃げられたら撮れ高にもならねえだろうが……」
「け、警察に連絡しないと……」
「そうだね……俺やっとくから……凛ちゃんは休んでて」
6
庭、公園、仁丹市。全てが暗雲により仄暗いが、庭にある倉庫の中は一層真っ暗で何も見えない。開きっぱなしのドアだけしめてさっさと戻ろうとする姫月だったが、その時、倉庫の奥で何か小さな影が動いた気がした。入り口から洩れる光を頼りに、まじまじとその影を観察する。
「………あ、カメ」
モヒロ―である。倉庫の隅でモソモソと活発に動いている。興奮しているのだろうか。
「アンタ何やってんのよ。ヒナが心配してたわよ。ホラ、こっち来なさい」
「あ…コラ、バカ…逃げんじゃないわよ。こんな美人から逃げる?フツー」
「バカね。逃げ場なんかないわよ……ていうかカメって意外と早く動くわね」
「………はい捕まえた。何よ?首なんか伸ばして……文句あるっての?」
「…………アンタの名前、モヒロ―だっけ?……誰が付けたんだっけ?」
「まあ、ヒナが飼うって言ってたんだし……アイツよね」
「…………確かに、モヒロ―って……感じするわね……アンタ」
「……………………………誰?……黒川?」
「………何も言わないで私の背後に近づいていいって思っ」
ゴキンッ!!