その②「会えないなら空っぽにしていつかは想い出しておこうと思ったコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆戦隊ヒーロー世界では組織のエンジニアとして活動。ことごとく無能。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆ヒーロー世界では後々登場するゴールドカラーのヒーローとして登場。すぐに出番が減る。
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆ヒーロー世界ではマスコットポジのアシスタントキャラとして登場。基本騒いでるだけ。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆ヒーロー世界では悪の女幹部として登場。強くはないが、コミカル要員として終盤まで生存。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆ヒーロー世界ではブラックカラーのヒーローとして登場。チームのご意見番。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆ヒーロー世界ではよくヒーロー基地に遊びに来る少女。窮地の場面で気の利いたことをする。
~ゲストキャラクター~
★岩下大地いわした だいち性別:女 年齢:35歳 誕生日:9/10 職業:経営者
岩下陽菜の実の母。陽菜が生まれて間もなく最愛の夫に先立たれた未亡人だが、同時に天知との結婚願望が激しすぎるクール美女の皮をかぶった恋愛マシーンとしての顔も併せ持つ。元女優で現在は子役スクールのオーナーをやっているらしいが、働いているところは見たことが無い。
★岩下瑠奈いわした るな 性別:女 年齢:13歳 誕生日:9/8 職業:俳優、中学生
陽菜の実の姉で、現役の子役としてドラマや舞台を中心に活躍しているスーパー中学生。非常に家族思いの優しい少女で、陽菜からもすこぶる慕われている。大地とも陽菜とも容姿性格共に似ておらず、本人曰く亡くなった父親似らしい。母の恋路に興味津々である。
またやたらと長くなってしまいました。登場するキャラクターが多いとそれだけまとめるのが大変ということに今更気が付きました。あと、仁丹ランドは僕が行ったことがある遊園地を織り交ぜただけの創作物なので、明確なモデルはありません。
1
あれは黒川が歌王子として玉座に君臨していた時期の頃である。歌王子と言っても、小学校から絡んでいる連中からはさして特別扱いされることもなく、冴えないグループなりにわちゃわちゃ楽しくつるんでいた。そんな気の置けない仲の友人たちと仁丹ランドに行った際、黒川は生まれて初めて本物の絶叫系アトラクション、当時の看板コースターであるスラッシュ・オブ・仁丹、通称仁丹コースターに搭乗した。そして思い知った。あれ程まで幼い黒川を苦しめていた身長制限は自身にとっての救済装置に他ならなかったことに。
一度でダメになった黒川は以降、精々巨大なブランコのようなアトラクションくらいしか激しいものには乗れなくなってしまい。友人たちが楽しく次のジェットコースターに目星をつけている間、自分は園内を散策する程度のことしかできなかった。そのため、かなりの広さとアトラクション数を誇る仁丹ランドではあるが、黒川は地の利だけならヘビーユーザーレベルの知識を誇っている。そんな良いんだ悪いんだかよく分からないエピソードを凛に振る舞っていると、憎きスラッシュ・オブ・仁丹の搭乗口に到着してしまった。
「………あの……何つったっけ?新しいジェットコースター……アレ見た後なら大丈夫だと思ってたけど、やっぱでかいな……何か2,3回レーンがねじれてるし」
「仁丹ランドもユニバに対策して絶叫系に力を入れてて、今や仁丹コースターは5番手くらいらしいですよ?………だからきっと大丈夫です!!」
「詳しいね凛ちゃん………そっかこいつ以上が4つもあるのか……そっか……」
「えへへへ……昨日色々調べたんです!……あの、他の奴から乗ってみませんか?私はホント気にしないで大丈夫なので……」
「そ、そお?……じゃあお言葉に甘えて……俺、滅茶苦茶好きだった奴があるんだよ!海賊船みたいなのに乗って、クラーケンを撃ち殺すシューティングゲームの……」
「あ……それ、リニューアルに伴って撤去されたみたいです……」
「マジで!?」
「はい………」
「……………あの海賊船の名前さ……フェニックス号だったんだぜ」
「…………はい」
「……次の船出にも遅れんなよ!?って……言ってくれてたのにな」
「あ……そう言うのやめてください……涙出てくるので……」
「俺も大人になれってことかぁ……やっぱ乗らなきゃなぁ」
「お、お供させてください!!」
2
一方、一足早く園内に入り仁丹ランドきっての名物コースター「王マウンテン」に向かっていた陽菜姉妹と天知は、早くも1時間待ちの列に並んでいた。
「……僕が知っているころの仁丹ランドはもう面影も残ってないね……」
「リニューアルしたらしいですよ?その分、ジェットコースターまみれになってるとか……」
「そうみたいだね。かろうじて残っているのは観覧車くらいか……僕がショーのアルバイトをやっていた舞台もフリーホールになっていたし」
「あらら……」
「寂しい?天知さん?」
「ん?いや、まあ、ヒーローショー自体は今もやっているみたいだし……それにね。実は僕、年甲斐もなくこういう絶叫系のアトラクションに目が無いんだよ。ひょっとすると、今日誰よりもここに来るのを楽しみにしてたかも」
「ヒナもジェットコースター好き……」
「そりゃあ好きでしょうよ。天知さんや私が止めるのも聞かずに入り口に突っ込んでいったくらいなんだし」
「う……ごめんなさい」
「はははは……でも、良かったのかな?大地さん…お母さんに黙って勝手についてきてしまったけれど」
「それなら大丈夫。お母さんショッピングモール行くって言ってたから」
「そ、そうなの?………まあ、いいか。僕もいるし……それに君たちだってしっかりしてるしね」
(こりゃお母さんの計画は破綻かな……)ボソッ
「? お姉ちゃん?何か言った?」
「え!?う、ううん!何にもない!!……えっと、そうだ!あの宇宙人の奴って今も回ってるんですか?」
「うん。今回は放送されないみたいだけど、黒川くん以外も一応、マイクは持ってるよ」
「へえ~……マイクって……え?これ?……へえ~……ただの壁紙に見えますけど」
事実、シェアハウスに付いている壁紙である。Uによるマイクロサイズのマイクが内蔵されている。
「お姉ちゃん……放送の話はこれだよ?」
陽菜が気取った顔で人差し指を口の前で立てる。姉を前にしているからか、それとも遊園地に赴いているからか、何となくいつもより幼く見える。
「はいはい……しっかし……結構進んだとはいえ、混んでるねえ……列もぐんぐん伸びてるみたいだし」
「ホントだ……私たちが入ったころより、入り口の列が伸びてる…………あ!……エミちゃん!エミちゃんだ!!お~~~い!エミちゃ~~ん!!」
列の最後部に姫月と星畑が見えたらしく、陽菜が身を乗り出して大手を振る。
「ちょっとちょっと!やめなって!もう!エミ姉も迷惑がるよ?」
「はははは……おや、星畑くんが気づいたね。手、振り返してくれてるよ。黒川くんと須田さんはいないのかな?」
「ほら、エミ姉シッシッてやってるじゃん」
「フフフ……エミちゃんだ……フフフフフフ」
何が面白いのかクスクスと笑う陽菜。天知がそれを見て心底穏やかな顔をする。
「みんなで来れてよかったね。僕も、来て良かったよ」
3
「お!……ちゃん陽菜が手ぇ振ってるぜ。振り返してやれよ親友だろ?」
「だ~れが。こっぱずかしい奴ね……浮かれちゃって」
「お前だって浮かれてんだろうがよ。文句言いつつもしっかり列にまで並んでよ」
「………並びたくはないわよ。めんどくさいわね遊園地ってのは………ねえ、ヒナかルナに場所代わるよう言ってきなさいよ」
「アホか」
「チッ……ああ暇……こんなことなら車の中でゲームするんじゃなかったわ……スタミナない」
「なあ……今の俺の手の振り方さぁ……天皇陛下のモノマネってちゃんと伝わったかな」
「知らないわよ」
「お前日本に住んでんのに天皇知らねえの?」
「そっちじゃないわよ。芸人の癖に察しが悪いわね」
「…………ボケですやん」
「芸人の癖にしょうもないわね」
「……………………」
「……………………」
「…………………しりとりする?」
「しない」
「…………………………………」
「…………………………………」
「………じゃあ、おもしりとりする?」
「しない」
「………………………………」
「………………………………」
「……エミちゃん……(裏声)」
「似てない」
「ンフフ……………………」
「……………………………」
「……エミしゃま~………(裏声)」
「フッ………ちょっと似てる」
「……………お前のツボって………意外に須田だったりするよな」
「そんなことないわよ。アイツほどつまらない人間いないわよ?」
「そうか?お前、須田がらみで笑ってること多いぜ?」
「そんな気がするだけよ………ま、アンタとか黒川相手に笑ってやることなんて永久にないでしょうけど……」
「今笑ったじゃん」
「嘲笑ったのよ。勘違いしないでくれる?」
「………お前が人生で一番面白いと思ったのって何?」
「ハア~?………………無いわよ…この世に面白いものなんてないもの」
「何じゃそりゃ……ちなみに俺は……」
「興味ない」
星畑らの目の前の女子グループの一人が凄まじい指の動きで、何やらSNSに文章を打ち込んでいる。
『真後ろのカップル顔良すぎて引く。でもそれ以上に空気地獄すぎる。何でデートできてるんww』
とまあ、余計なお世話なことを呟いている。「#リア充の墓場」という需要がよく分からないハッシュタグ付きで拡散されたそれの直後に、同じ#で新たな投稿が追加される。
『ジェットコースターに乗ったカップルで彼氏サイドがゲボ吐いてるの発見。何か言い合った後、現地解散しちゃってる。気まず過ぎご愁傷様』
4
「く、黒川さん!黒川さん!!しっかりしてください!黒川さん!!」
「ちょ、(んくっ)あじで(んくっ)マ、マジで……ちょっと吐きそう……(んくっ)ってか吐く。やばい………ちょっと離れて……ヤバい……トイレ、トイレ……」
「あわわわ………は、吐かれるなら……私の……そうだ!これ!……フードあるんで!ここに吐いてください!」
そういって凛が自身のパーカーを脱いで渡そうとする。真っ黒ダボダボなパーカーのど真ん中にはマリリン・マンソンの顔写真がおそらく肖像権ガン無視で貼り付けられている。そんな明らかに寛恕が気に入っていそうな、仮にそうでなかったとしても、女性の服にゲボなど吐いていいはずがない。慌てて顔を逸らし、凛が押し付けてくるパーカーを避けるが、空気を読まずというか、気遣いの空回りというか、それでも彼女はパーカーをホーミングさせてくる。そして、遂に、黒川は路上にゲボをまき散らしてしまった。何とか凛及び、彼女のパーカーは汚さずに済んだが、黒川自身の服は盛大にゲボがかかってしまう。
「ああ!!何てこと!!く、黒川さんのお召し物が!!」
「ゼエゼエ………ああ~………さいあく……」
「ああ~………今お拭きしますね………」
ウェットティッシュを持って凛が近づいてくるが、黒川はこれを拒み、男子トイレに駆け込む。21にもなってジェットコースターに乗って好きな女の前でリバースしたことが情けなく、一刻も早くひとりになってしまいたかったのだ。
「あのう………黒川さ~ん………」
このままトイレに籠ってしまいたくなるが、主人の墓の前で吠え続ける犬のように男子トイレの入り口をふさいでいる凛を流石に放置できない。染みとゲボ臭がこびりついた黒川がトボトボとトイレから出てくる。
「…………服買ってくるから………凛ちゃんは他のみんなと仁丹ランド楽しんでおいで……」
「ええ……で、でも……黒川さん……」
「いいからいいから……」
どこかに行って欲しいというよりは、一旦一人にして欲しいだけなのだが、凛はオロオロとするばかりでどこにも行ってくれない。
(そりゃそうか……俺だって吐いた人間を放置して自分一人だけ遊びには行けんよ)
「で、でもまだ安静にされていた方が……そうだ!お洋服!私が買ってきますから!!」
「いやいや……流石にそこまで迷惑かけれないよ」
「いえ!私のしたいことは黒川さんのお手伝いですから!!」
(そういえばそんなこと言ってたな)
「キモチはすっげ有難いけど、正直、恥ずかしいから一人になりたいんだよ……ごめんね」
どれだけ言っても聞かないことを察して、素直に本心を打ち明ける黒川。こう言われると流石の凛も折れる。
「あ、す、すいません!!……察しが悪くて…で、でも…全然恥ずかしい事なんかじゃないですよ?」
「………ありがとね。でもまあ、俺は正直これ以上アトラクション乗れる気しないし、凛ちゃんは陽菜ちゃんたちとエンジョイした方がイイと思うよ?なんだかんだ言ってさっきの仁丹コースターも楽しそうだったし……実は好きなんでしょ?ジェットコースターとか」
「うう……はい………黒川さんは………これからどうするんですか?」
「取り合えず服買ってから考えるよ。気が乗ったらまた仁丹ランドに戻って適当にふらついとく」
「………分かりました………何か御用ならいつでも呼んでくださいね!」
いつまでも自分を気にしてくれている凛にお礼を言って別れる。その直後、何となく振り返ると向こうも同じタイミングで振り返り目が合ってしまう。目が合った拍子に凛がまたもやこちらに来そうな雰囲気を感じ取り、苦笑しながら「大丈夫」とジェスチャーを出す。
しかし、一人になりたがったものの、いざ本当に一人になると途端に惨めな気持ちに苛まれてくるのだから不思議である。遊園地に一人でいるという空気感がそう思わせるのか、汚れた服で人通りを歩かねばならないアウェー感に尻込みしているのか、真意は分からないがどちらにしても黒川の気分はちっとも楽しくない。
(俺……何でこの前、遊園地が好きなんて言ったんだろ?)
相変わらず絶叫系は苦手だし、かつての自分が愛していた情緒あふれる雰囲気も残っていない。もはや黒川がここで見いだせる楽しみなど無くなってしまったのかもしれない。そんな仄暗い気分で、黒川は仁丹ランドを後にし、ショッピングモールへ向かったのだった。
5
ところ変わって、王マウンテンの搭乗口では、遂に順番が訪れた陽菜一行が独特の緊張感の元、看板コースターに乗車する。外気に触れる場所を増やそうと腕まくりして準備万端の陽菜だったが、突然、シートベルトを確認しに来た女性スタッフに手を引かれ、ジェットコースターから降ろされる。
「ご、ごめんね……ちょっといいかな?お嬢ちゃん」
「え?……え?」
自分の身に何が起こっているか分からずオロオロする陽菜のもとに保護者2名が駆け寄る。
「どーしたの?ヒナ?」
「わ、わかんない」
「すいません………その子が何か?」
「あ、お連れ様ですか?………すいませんおそらくお嬢様の身長ではアトラクションをご利用することができなくって……ですね……」
「え!?」
「ああ~………しまった……そうか身長制限」
「うっかりしてましたね……言われてみればヒナくらいの子、一人もいないわ」
「申し訳ないです。入り口に確認のためのバーがあったと思うのですが」
スタッフが言う通り、入り口に備え付けられていたのだが、我先にと列に突っ込んだ陽菜とそんな彼女を追いかけていた2人は完璧にスルーしてしまったようである。事態を呑み込み切れない陽菜が手と口をパクパクさせながら女性スタッフに縋る。
「………どうしてもだめですか?」
「う………うん……ごめんね…せっかく並んでくれたのにね」
「ヒ、ヒナ……仁丹ランド大好きです」
「そうなんだ~……ありがと~……でも乗れないかな~……ほんとごめんね~……ヒナちゃんが乗るにはちょっと危ないんだ」
「あはははは!!何じゃその告白!!」
妹の混乱がツボに入る瑠奈。
「し、死んでもいいから……ヒナここで死んでもいいからぁ!」
「こらこら……あんまり係の人を困らせちゃダメだよ。また3年後くらいにリベンジしなさい」
流石に泣いたりぐずったりこそしないが、物凄く不満げな顔のまま天知に担ぎ運ばれる陽菜。陽菜一人アトラクションが終わるまで待っていても良いのかもしれないが、どうも王マウンテンは通常のコースターとは異なり、発車地点と終着点が別々に設けられている仕組みの為、天知と陽菜は列を逆走して出ることになった。瑠奈も瑠奈で、一人で乗るのはつまらないと、ともに逆走し、列道中の星畑、姫月と合流した。
「お!陽菜じゃん……何で逆走してんの?」
「ひょっとしてビビったんじゃないでしょうねアンタ」
「…………………………違う」
「何拗ねてんのよ?」
「ははは………実は身長制限で引っ掛かっちゃったんだ」
「ありゃりゃ……やっぱこれだけ入り組んでたら天知さんの首折れちゃいますもんね」
「僕がでかすぎて引っ掛かったんじゃないよ!?」
「そうよ。折れるのは天知じゃなくってコースの方でしょ?」
「あのね………」
「……………………」
イタズラっぽい笑みを浮かべ、星畑のジョークにのっかる姫月。大好きな二人のお茶目な掛け合い漫才でも機嫌が治らない程には王マウンテンお預けは堪えたようである。
「ていうか姉の方も降りるの?何のために並んだのよ」
「いやいや、私は一人で乗るのもつまらないし、エミ姉たちに御一緒しようかな~って」
「姫月お前、いつの間にエミネムなんて大層な仇名貰ってんだよ」
「誰よそれ」
「アハッ!エミ姉ですよ!エ・ミ・ね・え!」
「じゃ、僕らは別のアトラクションにでも行こうか……どこがいい?」
「………………おばけやしき」
確かに逆身長制限を食らってもおかしくなさそうな広さの天知の背中にへばりついたまま、陽菜が去っていく。最後まで不貞腐れたままだったが、3人に手を振る余裕はあったようである。
「………バイバイ……あとで感想教えてね」
「ハイハイ………しばらく愛しの星ちゃんはお借りしますね~」
「イヤ~ん……借りられちゃったぁ~……」
「へ、変な言い方しないでよ!……お姉ちゃんの……!」
からかわれ、言い返そうとしたものの相変わらず悪口が苦手なために、結局なにも絞り出せずそのままフェードアウトしてしまった。
「…………ねえルナ、ジェットコースター…間近で見てどうだった?………早かった?」
「お前の方がビビってるじゃねえか!」
「ビビってないわよ!単なる確認よ確認!」
「それはそうと、星さんさっきの手の振り方…何か皇室みたいでしたね」
「!!」
6
さて、一方で一人になってしまった凛はというと、不幸なことに仁丹ランドに一人で来ていると思われ、ナンパ師に声をかけられてしまった。いわゆる漫画なんかでよく出てくるオラついていたりチャラついていたりするようなタイプではなく、あくまで普通の大学生の男子グループみたいな連中に軽く声をかけられただけなのだが、凛からすればどれも恐ろしき狼に等しい存在である。
「あの~………もしかして一人ですか?……良かったら一緒に回ったりしません?」
「にゃ!?………え、えあう………ひぃ……ひろりにゃ……あう……」
ゴニョゴニョと口ごもるだけで全く意思疎通できないが、一応凛的には連れがちゃんといることを伝えているつもりなのである。
「え!?……えっと………すいません……もう一回言ってくれません?なんか今言いました?」
「うぃぃぃ……ああう、にゃにゅにょ……にぇにぇ……にゃにゃら……しゅみまいぇん……」
「えっと………それっていいって事ですか?」
普通、断る時はきっぱりと「結構です」と切り捨てるか、申し訳程度に拝んでさっさと通りすぎるかのどちらかなのだろう。真っ赤になってゴニョゴニョと何か言い、どこにも行かない凛に、男たちはひょっとしてと、真逆の期待を寄せてしまう。凛も凛で、良くはないので否定しなければいけないのだが、死ぬほど小声なうえ、いつもの自虐的な、媚びへつらった笑みを浮かべてしまう。
「フヒヒ……しゅいまぇん……ゅ、ぃゅ……ふへへへへ」
これは男サイドにも若干問題があるが、彼らはこの凛のはにかみ笑いを肯定として受け取ってしまった。結果的に、男たちは凛の周りをぐるりと囲み、彼女の逃げ場は防がれてしまう。
「きょ!?……きょきょきょきょ………」
「え!……あの……名前なんて言うんですか?……めっちゃ……その…可愛いっすね……」
「インスタとかしてます?……今日はなにでここに来られたんですか?」
「俺ら、仁大っすけど……大学どこです?」
凛も本物のバカではないので、彼らが勘違いしてしまっていることは自覚しているが、それはそれとして自分の周りを包囲するかのようなフォーメーションにげんなりする。すぅ~っと深く息を吸って「ごめんなさい!」とだけ叫んでその場を走り去ろう!……と、彼女なりに打開案を打ち出し、それを実行に移すが、深呼吸の段階で人目からか失敗し、中途半端な肺活で終わり、大した声量は期待できそうにない。おまけに深呼吸したことだけは向こうサイドに伝わってしまう。
「お………ひょ、ひょっとしてキンチョーしてる?……マジで何も気兼ねしなくていいよ?」
「俺らこれから昼飯食おうと思ってるんですけど……」
「何食いに行きますか? ここのレストランしょぼいのしかないから、一旦モール行きません?」
「スゥー…………こ、ごめ!………ナサィ…………」
追加で息を吸い込み、思いっきり発声してみるが、相変わらず相手に伝わりそうにない声量である。その癖、凛の中ではかなりの大声を出してしまった感覚らしく、恥ずかしがって尻すぼみな謝罪になってしまった。
「え?…………米?」
「いいね~……米ぇ……俺も大好き!」
「日本人だもんね~……米離れとか言われてるけど俺一日平均して3合は食ってるよ!」
ちなみに凛は米よりパン派である。勝手に絶体絶命の彼女に天啓のように、館内放送が流れる。
『仁丹ランドにお越しのお客様にご案内します。館内キッズパーク仁丹にて14時より、電気戦士ファイアーの仁丹スペシャル爆炎ショーを行います。ショーのあとはファイアーによる握手会も行っております。是非キッズパーク仁丹にお越しくださいませ』
「おwwやべっ!ちょっと俺行ってくるわwww」
「wwwwww」
「お前ファイアーやったんかいwwww」
場を温めようと男どもがテンプレートなボケをしてくれるが、凛は凛でこの放送から素っ頓狂な現状打開案を見出していた。
「しまったぁ!!もうこんな時間だぁ!!」
突然その場の誰よりも大きな声を出し、周囲の男子を大いにぎょっとさせたところで、「待ってろふぁいあ~~!!」と叫んでどこかに走り出してしまった。ちなみにまだ本番までには1時間以上もある。
「ええ!?どこ行くの!?」
「走り遅!!」
「…………やっぱ嫌だったんかな……強引すぎだったか?」
反省する男たちとは裏腹に、凛はというと自分一人の力で事態を何とか出来たことに感動を覚えていた。それはそれとして、本当にヒーローショーに興味はあるのでキッズパーク仁丹を目指す。
7
さて、2時間近く並んだ王マウンテンだったが肝心のアトラクション自体は1分もかからず終わってしまった。しかし、その一分はかつて経験したこともないほど強烈なモノだったようで、これが初ジェットコースターどころか初遊園地のアトラクションだった姫月は尚更である。星畑は若干、姫月がヒィヒィ言ってビビることに期待をしていたのだが、彼女がそれ相応に緊張していたのは上昇するまでで、いざすさまじい速度で落下してからは瑠奈と共にきゃあきゃあリアクションを取ってはしゃいでいただけだった。逆に星畑はあまりのGに若干参る。
「…………これはすげえな……俺、さっきの階段、足踏み外しそうだったぜ」
「あはははは!!分かります!分かります!」
「もっかい乗りましょ」
「うっそだろお前!」
「だってここが一番なんでしょ?だったらもうこれだけでいいじゃない」
「色々種類があるんですよ!逆さ向きに落ちる奴もあるし、足場がなくって宙ぶらりんになる奴もあるし、ジェットコースター以外にもフリーホールとか急流すべりとかもありますよ?」
「それにここエンドレスだったら一回も陽菜と合流することなく終わっちまうぜ?そしたらアイツより拗ねるだろうがよ」
「私今日はアイツと一緒にいる気ないわよ?アイツに付き合ってたら乗れるもののガキンチョ向きのばっかりになっちゃうわ」
「そんなこと言ってやるなよ……」
「身長制限のふり幅が激しいの多分ここだけですって!」
「だったらやっぱりここが段違いってことじゃない。ホラさっさと並ぶわよ」
「ええ~……ホントにここヘビロテする気ですかぁ……もっといろいろ乗りましょうぜ~」
まるで先程の陽菜のように辛抱たまらぬ様子で先程の倍は膨れている列に並ぼうとする。純粋に遊園地を楽しんでいるのが何となく嬉しい星畑だったが、流石に4時間待ちという案内には絶句する。
「…………まず飯食ってからにしようぜ」
「そうですよ!ここにこだわってたら二回ジェットコースター乗るだけで終わっちゃいますよ?それだとチケットの元も取れてないし、もったいないですよ!」
「………分かったわよ。じゃあ、さっさと昼ごはん食べて次のとこ行くわよ……って…あれ大地じゃない?」
「あ……ホントだお母さん。何で王マウンテンの出口で仁王立ちしてるんだろ」
「ナンパ待ちか?」
「さ、流石にそんなわけないと思いますけど……天知さん待ってるんじゃないですか?…ていうかさっき私たち向こうから出てきたはずなんですけど、ひょっとして実の娘に気付かなかったとか?」
「あの女ならあり得るわよ」
「天知さんしか眼中にないんだろうな」
偶然見かけた大地を見てヒソヒソ話していると、突然大地が星畑らに向かって歩いてくる。
「うわ来た」
「失礼ですね。ちゃんと気づいてましたよ。何やら進路で揉めているようだったのでお声掛けしなかっただけです」
「…………何であの距離で聞こえてんのよ」
「お母さんは何してるの?」(←白々しい質問)
「天知さんを待っていたのですが……ヒナさんと天知さんは何処です?」
「それが……身長制限に引っ掛かったみたいで……途中で離脱しちゃいましたよ」
「何と!」
「……なかなか会えませんね……ファイトっす」
「ヒナさんと天知さんが今お二人だけで遊園地を回ってらっしゃると言う事ですか!?」
「え………あ、はい……そういうことです」
「どうです?エミちゃんさん」
「何がよ」
将来的に親子の関係に持っていきたいと思っている二人が仲睦まじくしていることが嬉しかったのかニヤリとした状態で姫月にマウントを取ろうとする。
「それでそのてーてー親子はどこへ?」
「てーてーって何?……スマホでピってする奴?」
「二人なら………おb」
「ヒーローショー観に行ったわよ」
すかさずケロッと嘘をつく姫月。星畑がそれを撤回する前に大地は「ありがとうございます」と言って駆け出してしまった。そしてその後を今度は瑠奈がつけていく。
「ちょっとルナ?どこ行くのよ!?」
「へへへ……ちょっくら母の恋路を見守ってきます」
「良い趣味してんねえ……」
というわけで遊園地よりドメスティックな恋愛事情に関心がある瑠奈がパーティーを抜ける。どうせなら天知らが向かった本当の行き先を伝えるべきなのかもしれないが、どうも恋路というよりは普段クールで動じない母親が必死になっているのを見ているのが面白いようで、何のフォローもせず大地の後をフォローする。
「じゃ、私たちはさっさとご飯食べましょ」
「おお、でもこの仁丹ランドは飯しょぼいから……モールのフードコート行こうぜ!」
「ふーどこーとぉ~?………まあいいわ……さっさと済ませて早く次乗るわよ次」
7
仁丹ランドには昔こそ大きなレストランが合ってバリエーション豊かなビュッフェが楽しめたのだが、今では要所要所のホットスナックコーナーを残して飲食店は残っていない。そのため仁丹ランド緒利用する層は、決まって昼の時間帯になると併設されているショッピングモールのフードコートを利用するのだ。
つまり、フードコート及びモール内のレストランは仁丹ランド内のそこらへんのアトラクションよりも数段大勢の列が築かれると言う事である。つまりつまり、食事をさっさと済ませるなんて悠長なことは言っていられないのである。
「お・な・か………空いたんだけど!!」
「俺だって減ってるっつーの………混みすぎてるからか知らんけどフードコートのくせにスタッフが配膳してるもんな。こりゃしばらくは無理だぜ」
「あ~も~……最後尾どこよ!?」
「さぁ~……フードコート諦めてランドで済ませるかぁ?」
「嫌よ……せっかくここまで来たのに……いつぞやのバカ企画のおかげか私けっこう忍耐強くなってる気がするもの……並んでやるわよ」
「そういやあん時のお前ら、どうやって暇つぶしとかしてたんだよ?」
「覚えてない」
いつぞやというのは例のラーメン回のことだろう。あれだけ普段短期な姫月が並ぶ気でいるのに星畑が渋るわけにはいかず、最後尾を探す。すると、同じようにフードコートの周囲をウロチョロする巨大な人影が見える。
「ありゃ?天知さん……と、陽菜じゃん」
「おお!奇遇だね!」
「星ちゃんとエミちゃんだ」
「フッ………大地の奴はいよいよ会えそうにないわね」
「あれ?お姉ちゃんは?」
「別行動中っす」
「大地に引っ付いていったわよ」
「アレ?大地さん……ショッピングモールに行くんじゃなかったの?」
「ンフフ……陽菜お前……せっかく機嫌直ったのに……今度は腹が減って不機嫌になっちまうんじゃねえか?」
「べ、別に平気だよ………お腹そんなに空いてないし」
「アンタが?腹ペコじゃない時なんてあったの?」
「あるよ!!」
「ハハハハハ……まあ、さっきのお化け屋敷結構本格的でおっかなかったから、食欲が失せたんじゃないかな?」
「そういやお化け屋敷行ってたんだっけか」
「すごかったよ!!あのね、押し入れの中にね髪の長いお化けがいてね、それから逃げてると今度は…」
お化け屋敷の話題になった途端、スイッチが入ったように饒舌になる陽菜。そんな彼女の話に珍しく、姫月がマジマジと顔を近づけて聞いている。
「最終的に電子レンジの中からもお化けが……って、エミちゃん顔近いよ…どうしたの?」
「ん~………(スンスン)んん?………アンタ、フランクフルト食べたでしょ?」
「う………」
「麻薬犬かお前は」
「でも大したものだよ……ホントに食べたものまでピタリと当たってるよ?」
「まあ、まぐれよ」
珍しく姫月が謙遜した…かと思いきや、即座にニヤリと悪い顔をする。
「……フライドポテトと唐揚げとソフトクリームと肉巻きおにぎりの匂いもしたもの…当たったのはあてずっぽうよ」
「ぐぐぐ………」
「……………昼飯食わねえほうがいいんじゃねえ?」
「……ていうか僕、フランクフルトしか奢った覚えがないんだけど…まあ、自分のお金ならいいけどさ」
「も、もういいもん………お昼食べない!……私、もう行くね!」
不貞腐れてその場を離れようとする陽菜。どうも本当にお昼抜きを覚悟しての発言のようだ。確かにただでさえアトラクションで並ぶというのに、お昼ご飯まで長い時間待っていられない。
「まあ待てよ……一人で行ったら迷子扱いされるぜ?……と言っても確かに並ぶのは時間のロス過ぎるけどな」
「………中のお客さんも、あんまりスムーズに動いてないね……ん?………アレ黒川くんか?」
「え!?……あ、あの!…テーブル席独り占めしてる非常識な奴!?……でも服装違うくね?」
「それに……アイツ確か凛と一緒だったじゃない」
「確かめてみようよ……私が叫ぶから」
「アンタね……ジェットコースターで並んでる時も思ったけど、もっと文明の力を使いなさいよ」
呆れながらスマホを手にする姫月。一先ず電話を黒川にかけてみる。
「……私、けーたい持ってないもん」
「お………反応してるぜ。やっぱアイツ黒川だ……何でアイツ一人でフードコートに来てるんだ?」
「ひょっとして僕らが来ること見越して席を取っていてくれたのかな……もしそうなら、有難いけどちょっと非常識だね」
「アイツにそんな配慮もできないし度胸もないでしょ?………」
「お兄ちゃん優しいよ?……」
一先ず黒川の周囲に座れるのではという希望を手繰って、フードコート内に入る。姫月から電話という超珍しい事態に驚くもつかの間、一瞬で切られて戸惑っていた黒川だったが、ぞろぞろとやってきたチームメイトに全てを察して出迎える。
「おお~………皆さんお揃いで…………って凛ちゃんいねえな……何で?」
「須田さん?見てないけど……僕らに合流する予定だったの?……それより、どうして黒川くんが……何それ?」
黒川が手にしているビニール袋に目が行く天知。何となく、というか半透明の為うっすら確認できる中身は、明らかにフードコートにはあってはならない異物の雰囲気を醸している。
「お前その………袋」
「ああ~………これ?………ちょっと色々あって」
「色々つーか、ゲロ吐いたんだろ?…………ありゃまあ、お前って奴は」
「ていうか………いくらアンタ今日手ぶらだからってもうちょっと隠しなさいよ…気持ち悪いわね」
「ゲロ服の状態でモールに入って好奇の視線を浴びせられたあたりで…俺はもう恥とかどうでもよくなってきたんだよ」
「それにしてももう少し配慮しなよ。こんなに混んでるのに黒川くんの周りにだけ人いないし」
「でも、おかげですぐにご飯食べられるよ?」
「アレ?陽菜もう飯食わねえんじゃなかったっけ?」
「……………食べるけど?」
「黒川、もう用済みだから消えなさい……もし一緒に食べたいならその汚物捨ててきなさい」
「あ、あんまりだ……」
と、言いながらもトボトボと近くのロッカーにゲボ服を仕舞いに行く。端からこの発想がこの男にできればよかったのだが。
「それで黒川くんはもうご飯食べたの?」
「いや、実はまだ……10時半くらいに入ってアイス食ってそこからはずっとここで音楽聞いてスマホ見て気が付けばバカ混みでびっくらこいてたんですよ……どうせなら出る前に飯食おうと思った矢先に天知さんらが来て」
「………僕ら、これ割り込みにならないのかな」
「いいんすよ……勝手に黒川を避けたのはアッチなんすから」
「フードコートの癖に注文するのね………まあ、一々取りに行かなくていいのは楽だけど」
各自でブースまで足を運ぶスタイルではなく、専用のスタッフが配膳してくれるシステムのフードコートのようである。各々タブレットで注文を済ませて、一息つく。並んで乗って歩いただけでもやけに疲れるのが人込みという奴である。
「で?………お前は何でゲロ吐いたんだよ」
「じぇっとこーすたーにやられた」
「フッ……ダサ」
「皆まで言うなよ………それで凛ちゃんと別れて服買いに来たの」
「凛ちゃんはどこ行ったの?」
「いや、それが……陽菜ちゃんとかと合流するって言ってたんだけど……そう言えば瑠奈ちゃんもいねえな……」
「そっか……凛ちゃんともお化け屋敷行きたかったな」
「あ!俺、お化け屋敷なら全然いけるぜ!」
「もう天知さんと行ったから………ごめんね」
「あ、そう……………それで瑠奈ちゃんは?」
(天知さん追っかける大地さん追っかけて行った)
(あ~………)
「でも………お兄ちゃん、ジェットコースター乗れないんだったら…この後どうするの?」
「アハハハ……どうしよっかなって思ってて……ここもファッションショップばっかりで俺が長居するような場所じゃないし……それなら取り合えず仁丹ランドに居るだけ居ようとは思ってるけど」
「金の無駄ね………アンタ、大地にお金返した方がイイんじゃない?勿体なさすぎるわよ」
「返す言葉もねえよ……」
「しょうがねえなあ………あとで俺と一緒にフェニックス号でクラーケン退治だな」
「………もうそれ無くなったんだと」
「マジで!?」
8
星畑が黒川と同じ消失感を食らいショックを受けているころ、キッズパーク仁丹にて行われた20分ほどのヒーローショーが終わった。多くの子どもらがきゃいきゃい騒いでいる中で、頭一つ大きいお友達が顎に手を置いてブツブツと独り言を呟いていた。
「まさかドラマでは放電と熱戦のCGを兼ね備えていたエキサイティングフラッシュを爆音のSEとカメラフラッシュみたいな点滅だけで終わらせるなんて、いくら子供だましとはいえ衝撃のクオリティですね。それなら無理せず肉弾技のスキルアッパーでとどめを刺せばよかったんです。まあ、初期の技ですし、子どものテンションは上がらないでしょうけど……それに……ファイアー役の方…思いっきり足をくじいてたように見えましたが……大丈夫なんでしょうか?……それに、確か握手会もすると言っていたのに…いつまで待ってもファイアーが来ないじゃないですか……子ども何人か帰っちゃいましたよ?」
黒川とは別の意味で周囲から避けられている凛の背後から、トントンと誰かが肩を叩いてくる。
「ひゃああ!?」
「どうも凛さん。お一人ですか?」
「あ、大地さん!!……えっと……はいお一人です……へへへ」
咄嗟のことで混乱したのか、思わず自分を敬ってしまう凛。大地はキョロキョロと周囲を見渡し、天知がいないことを確認する。
「そうですか。天知さんとは入れ違いになってしまったみたいですね。して、凛さんはどうしてヒーローショーに?黒川さんはどうしたのですか?」
「えっと………黒川さんとは…ちょっと事情で別々になりまして……ヒーローショーは完璧に私の趣味です……へへへ……特撮とか好きなもので……」
「それはそれは。実はここのスタッフの一人が私の古い知り合いで、今回チケットを譲っていただいたのもその方なのですが、良ければ今から一緒に挨拶に向かいますか?」
「え!?……そ、それは……私も行っていいものなんですか!?」
「いいんですよ。今までヒナさんやルナさんも度々お顔を出していたのですから」
「だ、だって……そりゃお二人は大地さんの娘さんなんですし……」
「凛さんだって私の娘みたいなものですよ?」
「え?」
「ハイ?」
「…………あ、えへへっへ……も、勿体ないお言葉です……ハイ……そ、それじゃ…お言葉に甘えて」
「ええ、行きましょう。ささ、こっちです」
大地に連れられるまま、ごちゃごちゃした通路をくぐり抜けて入った舞台裏では、狭い空間に入りきらない量のスタッフがしっちゃかめっちゃかに動き回っていた。呑気に部外者が入る余裕などなさそうである。怒声と熱気を浴びながらしばらく二人で突っ立っていると、人込みを割るように息を切らした女性がやって来た。大地の方が随分若く見えるが、おそらく同年代くらいだろうか。キチっと固めている茶髪と言い、適度に着崩したスーツと言い、何とも仕事のできそうなイメージを感じる。
「あ、大ちゃん!!………わざわざ見に来てくれたんだ~!!ありがとね!!……でもごめんね!今ちょっと忙しくてね!!すぐ時間空けるからね!………ん?その子は?」
どう考えても急いでいるようだが、大地と話したくて仕方が無いのかせかせかとスマホだとかメモ帳だとかをいじりながら話しかけてくる。一方的にまくし立ててすぐにその場を去ろうとするが、凛を見つけてまた立ち止まる。
「新たな娘です」
「ええ!?」(←凛)
「うっそ!?………どう考えてもヒナちゃんより上っぽいけど……」
「末の娘の凛さんです。カワイイ盛りです」
「ニャニュニョ………」(←まさかこんな雑なイジリをされるとは思わず固まっている)
「だっはっはっはっは!!ごめんねぇ!?凛ちゃん!!大ちゃんアホだから!!役者以外何もできない人でね!!ジョークも下手なの!!」
「ウイ………ヒヒヒ」
「随分忙しそうですね。やっぱりさっきのアイヤーさんに不具合があったようですね」
「ファイアーです……大地さん」
「そ!!ぐねっただけかと思ったら結構ひどい捻挫みたいでね!!もう~大変!!取り合えず握手は代役で何とかしたけど……ショーの方はそうも言ってられないしねえ!!どうしようかね!あと一回16時にあるんだけどね!!」
「代役の方はいらっしゃらないんですか?」
「メインと敵役は難しいからね~……ショーの動き自体はもう何十年も使いまわしてるもんだから大抵みんな覚えてると思うけど……メインの動きを稽古してたのは足やっちゃった子だけなのよ」
「つ、使いまわし?」
「そ!……セリフとかシナリオ変わってるから案外気づかないだろうけど……ポーズ以外のアクションはほとんど変わってないんだよ!?……あんまお客さんには知られちゃアレかもだけど!!」
「そ、それで……必殺技のエフェクトおかしかったんだ」
「ですが、稽古してる人がいないのではできないですね」
「そうね~……みんなアルバイトだから!!それぞれ事前に伝えてる役の動きしか覚えてないだろうし……いくら何でも付け焼刃じゃねえ……経験者でもひょっこり遊びに来てくれてたらいいんだけどね!!だっはっはっはっは!!」
豪快に笑う女性を前に、大地と凛が目を合わせる。そして(うむ!)とばかりに頷き合う。
「何十年も変わっていないとおっしゃっていましたが、それはズバリ何年くらいですか?」
「さぁ~……詳しくは分からないけど私が責任者になったときは既にこれだったし、もう20年以上は前じゃないの!?」
「仁丹さん。天知九というお方をご存じですか?」
ガシッと掴んだ大地の手を、肩から降ろさせながら仁丹と呼ばれた女性がため息を吐き答える。
「……陣内ね……私。アンタいっつも間違えてるけど!!……で?何!?…誰って?」
「天知九!!……しゃんです」
今度は凛が、名前だけ大声で繰り返す。
「あまち………聞いたことあるようなないような……誰?役者?」
「貴方には幻滅しました仁丹さん」
「陣内ね!!こっちこそもうチケットやんないわよ!?」
ガッカリというリアクションを特に表情も変えずに取る大地の背後で、年配のスタッフが声をかけてくる。
「天知九っつったら………スタントでしょぉ!!」
「スタント?」
「おお………何か聞いたことあるわ。優男っぽい感じの……何や得体のしれん……」
「その特徴にはあまり合致しませんが、確かにスタントマンで間違いありません」
「へえ~……知り合いなの!?今から呼ぶってわけ!?」
「……その……昔、ここで……ショーのアルバイトしてたって言ってたんです……だからひょっとすると……ファイアー出来るかも」
「……有難い提案だけど…ちょっと現実的じゃないわね!!」
「今、この遊園地に来てると言ってもですか?」
「………え?」
「尚且つ、ここにいる凛さんが電話一本でお呼び出しできるとしてもですか?」
「えええ!?……わ、私ですかぁ!?」
「………ちょ、ちょっと待ってて!!」
大慌てで楽屋の裏に引っ込んでいく陣内という女性。数分して、また慌ただしくやって来る。
「その……ホントにできるなら是非…お願いしたいけど!!でもいいの!?その天知さんって人はアンタと遊びに来たんじゃないの!?」
もっともな言い分である。もし、ここで大地が予定通り天知とデートできていたのなら、彼女は例え代わりが立てなければ会社が潰れるとしても天知を貸し出さなかっただろう。しかし、予定の実態は知っての通り、デートどころか、もう半日以上時間がたったのにロクに会話すらしていない。本人の迷惑など頭にも浮かばない程、とにかく大地は天知を自身の近くに置きたくて仕方が無いのである。
一方の凛もまた、ナマでアクションをする天知が見れるチャンスとなると、もう他には何も頭に入らない。あれよあれよという間に話が進むかと思ったが、「取り合えず話だけ通しといて!」と言い残し、陣内他スタッフはまた忙しそうに散っていってしまった。というわけで残された大地と凛の天知狂いコンビは、その愛する人に以上の旨を伝えなければいけないのだが、凛も大地も、いざ本人を相手にするとなると急に尻込みし始めてしまう。
「だ、大地さんがやってくださいよぉ……わ、私……には…荷が重すぎます!!」
「何を言っているのですか。同じ番組を作るお仲間なのでしょう」
「それはそうですけど………実を言うと…私、天知さんにお電話したこと一回もないんです!大地さんは何度かあったじゃないですか!!」
「天知さんを電話でお呼び出しなんて大それたことができるなら遊園地の中を走り回るなんておまぬけなことしませんよ。お願いしますよ凛さん。お母さん命令です」
「さ、さっきから何なんですかそれ……?」
9
宣言通り、さっさと昼食を終えた姫月と星畑はいつまでたっても食べ終わらない陽菜とそれに付き添う天知を置いて先に仁丹ランドに向かっていた。同乗するつもりはないが、一応黒川も一緒である。
「………陽菜ちゃん待ってあげればよかったのに……一緒に周りたがってたよ?」
「フン……一緒に居たいわりには、着いて早々私を無視してどっか行ったじゃない」
(陽菜ちゃんが一人でさっさと行ったこと……もしかしてちょっと拗ねてる?)
「天下のエミ様がしょうもねえこと気にしてるじゃんか」
「うっさい星ハゲ……殺すわよ」
(そう言えば……姫月って星畑相手には暴言吐くだけで手出さないこと多いよな……何でだろ?)
「誰が推理の星くんだよ」
「……はあ?」
「……『超本格ミステリーまんが!推理の星くん』のこと言ってんのか?確かに坊主頭だったけど」
「ンフフ……そう言えばさ…大地さんは今どこで何してんだろうな」
「………忘れてた……そう言えば天知さん普通に陽菜ちゃんといたじゃん……もしかしてまだ園内走り回ってんのか?」
「アホの極みね」
「…………まあ、俺らは自由にしたらいいって言ってたし」
「あ……見捨てた」
「……………じゃあお前が何とかしろよ」
「嫌よ……私アイツに目の敵にされてるもの」
「そう言えばさ………お前なんか邪魔するつもりで来たって言ってたけど……大地さんの計画具体的にどう邪魔するつもりだったんだよ?」
「別に?………四六時中間に入ってやるとか?」
「何で疑問形?」
「あそこまでウキウキと邪魔する算段立ててたくせに……何で朧げなんだよ」
「…………うるさいわね。アンタらの知ったこっちゃないわよ」
「……もしかして………お前、陽菜の誘いこそ断ってたけど、何だかんだついてくるつもりだったのか?……大地さんの邪魔するってのは単なる建前?」
「………そんなわけないでしょ?」
「そうだよ星畑。こいつ遊園地嫌いとはずっと前から言ってたもん……まあ、今となってはどの口がだけど」
「バカだな。だから、ちゃん陽菜のためだろうがよ」
「え!?……ああ、そういうこと……うっわ、それめっちゃ腑に落ちたわ」
「か、勝手に落ちてんじゃないわよ!!そんな恥ずかしい真似、この私がするわけないでしょ!」
「おお、動揺してる」
「愛だな……すっげえ~……」
口をポカーンと開けて一人で感動している黒川の腹に拳が入る。ぷんすこ怒っているが、ここまでムキになるということはひょっとして図星なのだろうか。
「ンフフ……今日初めてこいつに勝った気がするぜ」
「ああ~もう!!うるさい!!……ホラ!着いたわよ!!
「アレ?バイキングじゃん………ジェットコースターじゃねえの?」
「いいのよ。これ全く並んでないし………それにソレはさっきので十分でしょ?コレで腹ごなしして、またアレ行くわよ」
「………お前一つくらい固有名詞使えよ」
「………これくらいなら俺も乗れるかな?」
「…………ゲボ吐いたら絶交するからね……まあ、アンタとはそもそも交わってないけど」
11
「凛さん凛さん凛さん」
「無理です無理です無理です」
馬鹿げていることに20分間もこうして押し問答を続けている。そんな2人に喝を入れるように、楽屋の中から声が響いてくる。
「ちゃんと天知さんって人に!アポ取ってくれたぁ~!!」
取っていない。
「……………こうしてはいられませんね」
「………ううう……ホントに私がしなくちゃダメですか?」
「お気持ちは分かります。ですが、いくら何でもこのままなあなあにはできないでしょう」
「そうですよね……」
「そうです。仕方ありません10秒数えてください。その間に私が覚悟を決めます」
「わ、分かりました!!……10、9、8、7……」
「あ、ちょっと待ってくださいパンクしそう」
「6、5、4」
「ウェイトウェイト」
「3、2、1………」
「………もう一回☆」(←とびきりぶりっ子に)
「………10、9、8」
12
『ご来園のお客様にご案内申し上げます。黒の半袖シャツに、紺のズボン…………えっと…ダビデ像のような姿勢の良さとペルシャ猫を思わせる気品の良さのお客様……キッズパーク仁丹にてお連れ様がお待ちです。至急、キッズパーク仁丹3Fイベント会場にお越しください」
明らかに異様な園内放送に仁丹パーク及び、併設している施設全土でざわめきが起こる。食事の後に軽く喫茶店でお茶をしていたモール内の陽菜天知コンビの耳にも当然この放送は耳に入る。
「…………何だろ?今の放送」
「何かの催事じゃないかな?………その割には随分、たどたどしかったけど」
「…………………………」
「ど、どうしたの?僕の顔に何かついてる?」
「黒の半袖シャツに紺のズボンだ」
「ははは………じゃあ今すぐキッズパーク仁丹に行かなくちゃだね……もっとも今この喫茶店にいる人たちだけでも3人は該当者がいるみたいだけどね」
~10分後~
「そろそろ行こうか?」
「うん……パフェごちそうさまでした」
『再度ご来園のお客様にご案内申し上げます。黒の長髪で青と白のワンピースに……て、天使のような愛くるしさのお嬢様をお連れの…………ええ?………はい……えっと、和製アレクサンダー・スカルスガルド、ジーパン履いてないのにベストジーニストに輝けるほどのシン・スタントマンなお客様!ええ~……お連れ様がお待ちです!大至急!キッズパーク仁丹3Fイベント会場にお越しくださいませ』
放送を受けて、陽菜がジッと自分の服を見る。青と白のワンピースである。一方のスタントマンは青と白のワンピースの愛くるしい少女の腕を引き、足早に喫茶店を出る。
「ねえねえ……天知さん、私って愛くるしい?」
「ん?………そうだね、今日の服も良く似合っているよ……偶然さっきの放送と同じ服装だね」
「……天使みたい?」
「そ、それはどうだろう?……天使見たこと無いから分からないかな」
そんな会話の間も、足早に遊園地に向かっていた。その折に、再度放送のアナウンスがなる。ピタリと無言のまま歩みを止める天知。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。天知九様……天知九様……お連れ様がお待ちです。至急キッズパーク仁丹3Fイベントエリアまでお越しくださいませ」
「……………………………………」(←呆れ切っている顔)
「あ、天知さん……呼ばれたよ?どうするの?」
「どうって………行くしかないだろう……誰だ一体……遊園地のアナウンスを玩具にするなんて」
13
一方その頃、バイキングの中でしっちゃかめっちゃかに揺らされた黒川はみっともないリアクションを取りながらもなんとか娯楽の範疇に恐ろしさを留められていた。姫月も退屈がるかと思ったが、これはこれで楽しいのか気持ちよさそうに周囲を見渡している。
「いやぁ~………結構怖かったな………これくらいなら余裕かと思ったけど……侮れねえぜ大航海」
「ねえ、さっきなんか放送で意味不明なこと言ってなかった?」
「え?さあ、聞こえなかったけど?横のチキン黒川がうるさくてよ」
「うるせえ……遊園地で叫んで何が悪い」
するとその時、完全に動きを止めたバイキングがプシューという機械音に続けてしわがれたアニメ声を出す。
『おうお前ら!中々勇ましい乗りこなしだったぜ!?お前らはもう俺たちのクルーだ!!次の船出にも遅れんなよ!?』
「!!………おい、聞いたか!?」
航海を終えたゲストたちのざわめきで今一つ聞き取りにくかったが、その声は確かにあの時、クラーケンを仕留めた黒川にかけてくれたあの声と同じものである。比較的新しいように見えるこのアトラクションに何故例のフェニックス号船長のセリフがそっくりそのまま用いられているのか分からないが、幼い黒川が愛した仁丹ランドの名残が、予期せぬ場所でしかも現役で、残されていたのである。
「はあ?……だから言ったじゃない?変な放送があったって」
「いや、それじゃねえよ……今の船長の…………!!…うわ」
「は?………何アンタ、泣いてんの?」
自身にとっても完璧に想定外の事態だが、黒川の目には涙が溢れていた。おまけに止めようと思えば思うほど、続々流れてくる。
「ア、アンタ……もしかしてこの程度で泣いたの?いくら何でも雑魚すぎじゃ」
「そ、そうじゃねえ……そうじゃねえよ……クソ!ちょっと今、見ないでくれ」
目元を抑える黒川を尚もコケにしようとする姫月だが、星畑がさっと手で黒川の顔を隠す。
「…………何よ?」
「見世物じゃねえんだよ……男の涙ってのは」
いつになく真剣な顔でそう言う星畑だったが、その表情のままスローモーションで手を垂直に上げる。まるで緞帳がゆっくり開いたかのように、黒川の泣き顔がお披露目される。真っ赤な黒川の目と、姫月の目が合う。その直後、真顔のまま片手を大きく上げている星畑に、姫月が目線を映してそのまま吹き出し、大笑いする。黒川の泣き顔と、それを弄る星畑の真顔がツボに入ったのである。
「アッハハハハハハハハ!!アンタが一番見世物にしてるじゃない!!」
「お、お前!星畑こら!……茶化すんじゃねえよ……ヒヒヒ」
「アハハハ!!それでアンタはホントに何で泣いてるのよ!?あ~バッカみたい!アハハハ」
「ンフフ……」
いつもの含み笑いをする星畑だったが、ようやく連れを笑わせられたためか、その顔はいつもよりずいぶん満足気であった。
「でもマジで何で泣いたの?」
アトラクションから降りて、開口一番星畑が質問する。聞こえていなじゃったのか、それとも気づいていないのか。涙はとっくに止まっているが、とにかく顔を伏せて目立たないようにしながら黒川が答える。
「……さっきのバイキングが終わった時にさ……クラーケンの奴あったじゃん?あの時の声が使いまわされてたんだよ」
「うん………そうだったな………で?」
「で?……ってお前……何だよ感性が乏しいというか、薄情だなお前は」
「いや、なんか嬉しいのは分かるけどいくら何でも泣かないだろうが」ピンポンパンポーン
星畑の声にかぶさって園内アナウンスが鳴る。ご存じの通り、例のとち狂った天知呼び出しの通告である。今度は3人とも全員の耳にはっきりと聞こえた。そして、それが天知を呼び出したものであることも、大方電話という文明の力を何故か使えない大地の最終手段であろうことも察した3人は満場一致でキッズパーク仁丹に急いだ。だが、2回目の文章を考えたのが大地ではなく凛であることまでは流石に気づいていない。というより、普段から散々彼女を軽んじている姫月でさえ、まさか大地に便乗して天知に迷惑をかけていようとは夢にも思わなかった。
14
「おいおい、遂に天知さんの本名まで出ちゃったぞ……何考えてるんだよ大地さん」
「何って………デートだろうがよ」
「いやいやこんなのどこも自然じゃないよ?こんなことで新婚の頃の初々しさを思い出せないよ?今、天知さんが思い出してるのは自分がとんでもない女に惚れられてたという禍々しい現実だよ?」
「それまず、今日の今日まで忘れてたことが問題じゃない………天知も天知で警戒心が無さすぎるわ……鈍感ってわけでもないくせに」
「………やっぱお前は天知さんには再婚して欲しくないのかよ?」
「…………別に……再婚とかじゃなくって……あの女の思い通りになるのが気に食わないのよ」
「ホントにそれだけか~?」
「うっるさいわね!野暮な詮索する男はモテないわよ!」
(そういや……天知さんと自分の父親がどうこうって……勿論誰にも言わないし、姫月にも聞かないけど……あれってどういう意味で言ってるんだろ?……そもそもその父親は今、どうしてるんだろ?)
自分の生みの父親と、天知がよく似ていると黒川は以前、姫月の口から聞いたことがある。その話を聞いた時、黒川は父親についても気になったが、何より自分の家庭が荒んでいることを隠そうともしていなかった彼女が、何故その父親についてはあそこまで歯切れ悪い言い方だったのかが引っ掛かった。そんな謎多き姫月について思いをはせていると、向かい側から凄まじい速度で走ってくる黒い影が目に入る。よく見るまでもなく天知である。肩にはちょこんと陽菜が乗っかっていて、こちらに向かって無邪気に手を振っている。
「エミちゃ~ん!!星ちゃ~ん!!お兄ちゃ~ん!!」
「お!噂をすればだぜ!」
「天知さん!え、えらいことになりましたね」
「フー……そうだね。何故か無性にいてもたってもいられなくて走っちゃったよ」
モールからキッズパーク仁丹付近までは相当な距離があるが、天知はそこまで息を切らしていない。にもかかわらず、道中は全力疾走だったことは肩の上の陽菜のはしゃぎようが証明している。
「すっごく速かった……多分、ジェットコースターより速かった……フフフ」
「そんなわけないでしょ」
「マジすか……今度俺も乗っけてくださいよ」
「……………気が向いたらね」
「でも何で抱っこじゃなくて戸愚呂弟スタイルで乗っけてるんですか……もしくはともおの母ちゃんスタイル」
「ん?………ああ~……そうかしまった……ごめんね陽菜ちゃん、春香…娘によくこうしてたものだから」
「いいよ、楽しかったし」
「………それで、天知はどうすんのよ?あのアホの呼び出しに律義に付き合うわけ?」
「う~ん……せめて仁丹ランドサイドだけにでも、謝らないとダメかなって……それに…何用で呼び出したのか気にはなるし、流石に無視もできないし……ていうかやっぱりさっきの放送は大地さんか……まいったなもう……携帯使って欲しいよ」
「……お母さん、携帯とかよく分かんないから」
「相当切羽詰まってたんでしょうね」
「切羽?……何?……そんなに異常事態なの?大地さんに何が?」
大地による自身への好意が暴走した結果の放送だと天知が理解しているかは分からないが、何かしら嫌な予感は察知しているのか前まで来ているのに、キッズパーク仁丹の中には入れない。すると、その時、ヒィヒィ息を切らしながら、瑠奈がやって来た。大慌てで天知たちのもとに駆け寄り、肩で息をしながら事態を説明する。
「はあ~!!……良かった……間に合ったぁ~!!……はぁ~しんど……」
「お姉ちゃん!」
「ルナ!アンタそう言えば、大地の後をつけてたわね」
「はあ~……そ、そうです!そうなんですけど……いや、それが……何かね……お母さんが……何でか知らないけどヒーローショーに居た凛さんと一緒に……ショーの舞台裏に入ってったんです……それで、ホントに何でか知らないけど……出てきたと思ったら……今度は……ホントに何でそうなったか全くわからないけど!!……何か天知さんにヒーローショーの主役をやってもらおう!って大はしゃぎしてて!!………だから、私、ヤバいって思って……ふぅ~……ホント先にお会いできて良かったです」
「何?何て?……アンタもっと落ち着いて喋りなさいよ」
「え?………天知さんだけじゃなくって凛ちゃんもいるの?……それで何て?主役?天知さんが?」
「…………僕がヒーローショーの主役をやるって流れになったっていうの?」
「お母さん……ヒーローショーとかの会社の人で友達がいるんだよ?ジンガイさんって言うの。ヒナ会ったことある」
「陣内さんね……今回のチケットもその人からもらったんだと思ってはいましたけど……まさかこんな傍迷惑なコネの使い方するなんて……我が母親ながら」
「…………え、それって……絶対出なきゃダメなの?というか……何で僕には一言もないの?」
「すいません!!………もっと早く伝えなきゃって思って……私、走り回ったんですけど」
「いや、電話使えよ」
「……あ」
「とんだバカ家族ね」
「『この家でまともなのは私だけですからね!』」
「お姉ちゃんはこういうとこあるから」
「………うぎぎ」
走っている時は毛ほども掻いていなかった汗をダラダラ流しながら、呆然としている天知に代わり、ノンシュガーズ(カタツムリ抜き)で瑠奈にバッシングをする。と言っても、瑠奈に何かを言っても仕方がないのは承知の上である。少なくとも天知以外はそこまで事を深刻にはとらえていない。女二人に至ってはむしろ大地の無茶ぶりに前向きである。
「いいじゃない……やりなさいよ?私、アンタのスタントっぽいところ見たこと無かったし丁度いいわ」
「いいなぁ……私も出たいな……ヒーローショー」
(正直、俺も見たい)
「いやいや!絶対無理って言うかダメでしょ!?……天知さん!うちの母親は無視してもらって大丈夫なんで……引き続き遊園地をエンジョイしてください!!そ~だ!ヒナは私に預けて王マウンテンリベンジ行ったらどうですか!?……ささ、行って行って!」
ぐいぐい天知の背中を押す瑠奈がけなげであるが、天知は深く考え込んでいるようでその場から動こうとしない。
「………ていうか問題は凛ちゃんだよな」
「そうだぜ。一緒にいるんならストッパーになれよな」
「無駄よ……むしろ園内放送なんて悪知恵貸したのもアイツでしょ?」
「お母さんはともかく、何で凛ちゃんは天知さんに電話しなかったんだろ?」
「答えは一つよ。アホだから」
その場にいる陽菜以外が全員頷く。何だか今日は全員仲良しである。
「瑠奈ちゃん」
その時、物言わぬ黒い柱になっていた天知が突然声を出す。呼ばれたのは瑠奈一人だが、その場にいる全員が話を辞め、注目する。
「色々気遣ってくれてありがとう。多分、こうなったのには、何かやんごとない事情があったんだと思うよ……というかそう信じることにするよ。仮に何かそれ以外の下らない理由だったら………まあ、それはいいか……ともかく……そう話がついてる以上、出るしか道はないよ……やりきれる自信はあまりないけど」
「ええ!?……で、出るんですかぁ!!」
「下らない理由だった」時どうなるのかがぼやかされていたのが若干怖ろしいが、葛藤の末、出演を決意したようである。ヌートリア以来の真剣な表情だが、声は至って穏やかで、一先ずメンバーは安心するが、誰かが口を開く前に天知は続ける。
「ただし!……大地さんと須田さんには僕が出たことをぼかしてくれ。見られて困る理由はないが、あまり向こうの思惑通りに動くのも面白くないからね」
「そ、それはもうその通りですけど、ぼかすって具体的にどうすれば」
「2人に悟られないよう、僕が関係者と話をつけに行くから……その間に瑠奈ちゃんはこの中にいる2人に、僕がショッピングモールに逃げたとデマを伝えて欲しいんだ」
「分かりました!そう言う事なら任せてください!」
「ねえねえ……天知さん……私たちは天知さんのショー見ちゃダメ?」
「う~ん……気まずいというか恥ずかしいけど……まあ、一応元プロとしてダメなんて口が裂けても言えないよ」
「よかった……頑張ってね」
「俺も見よっと」
「星ちゃんも」
「私、ジェットコースター乗ってくるわ」
「ぶれないなあ……お前」
「あ………じゃあやっぱり私もエミちゃんといっしょに行く……ショーはまた今度でいいや」
「………今度なんてないよ……まあ、何なら誰かに録画してもらって」
「………アンタも来るの?」
「うん行きたい………あ、でも………私と一緒じゃ…エミちゃん王マウンテン乗れないんだ……」
「…………別にいいわよ……一回乗れば十分よ……あんなの」
(おやおやおや)
気持ち悪くにやける黒川に見送られながら、2人一緒にキッズパーク仁丹から離れていく。
「さ!………そろそろ僕も向かわないとね!……本番まで時間が無いな……あ~……緊張…今更すごいしてきたな……結婚すらする前の……あの初々しいころを思い出しちゃうなぁ」
「……ノルマ達成じゃん」
「奇跡ってあるんだな」
15
その頃、キッズパーク仁丹3Fイベント会場の差前列ど真ん中の席で大地が凛の髪をいじっていた。その時、「代役の方お見えになられました~」と、スタッフの男が慌ただしく連呼する声が聴こえてくる。
「おお!天知さん!!………遂に来られたんですね!!」
大地の人形ごっこから解放された凛が、頭に複数の小さな団子を作った状態で会場出口に駆けていく。しかし、ウキウキで迎えたその男は、どう見ても天知ではなかった。確かに黒の服と紺のズボンを履いていたが、どう見てもただの若い男である。本人も代役って何?といったような顔をして、キョロキョロと周りを見渡している。
「あ!……大ちゃん!!ようやく来たの!?……あれが天知さん!?えらい若い人ね!?」
舞台の上から陣内が叫ぶが、遠目で確認するや否や大地が即答する。
「似ても似つきませんどちら様ですか?」
「いや、知んないわよ……何でフルネームまで行ったのに来てくれないのよ……ホントに園内に居るんでしょうね」
遠目で判断が付いたと同時に、男を無視した大地は良かったが、目前まで迫ってしまった凛はそうとも言ってられない。おまけに、何の偶然か、男と凛は面識があった。
「あ!!……やっぱり!!いや、絶対そうだと思ったわ~……さっきの変な放送!!ヒーローショー観に行くって言ってたしさぁ……で?これ何のイベント?……ていうか俺の名前言ったっけ?……安達裕って……」
とんだ勘違いもあったものだが、因果応報である。安達裕と名乗る男は空気が読めなさそうなことと、とにかく女が好きなこと以外別段悪人であるというわけでもなさそうだが、ナンパされた時点で凛からすれば凶器を持った凶悪犯罪者、テレビから出ている貞子、ランブルボールを3つ服用した二年前のチョッパー同然の危険度なのである。涙目で後ずさりして、そのまま絶叫して走り去ってしまった。
「うぎゃあああああああああああああああああああああ!!やずげでぇえ!!」
「ええ!?………ま、、またどっか行った……俺だけなんかワンチャン気に入られてたと思ったのになあ……」
そのまますごすごと出ていく男と同時に、絶叫を聞きつけた大地がイベント会場から出てくるが、そこにはもう誰もいない。凛の名前を呼んでみようかと思った矢先に、鳴らせないスマホと呼ばれていた彼女のスマホにメールが入る。差出人は瑠奈である。当然、そこには天知がショッピングモールに行ったことが書かれている。
「何てことでしょう」
その時、タイミングバッチリに陣内から催促の声がかかる。大地は慌てて、キッズパーク仁丹を出て再び奔走しに行った。大地がキッズパーク仁丹から出たことを確認すると、陣内が舞台裏に向かって親指を立てる。すると、頭にタオルを巻き軽装に着替えている天知が入ってくる。事前に裏で話を通していたのである。
「ほんっと!!すいません!!………めっちゃくちゃ助かりますぅ!!」
拝むように天知に頭を下げる陣内。つられて他のスタッフも一斉に頭を下げる。
「い、いやいや……まさか主役が負傷されていたなんて……引退した身でよければいくらでもこき使ってください………と言っても、ブランクは本当に凄いので……足を引っ張ってしまうかも」
「大丈夫です!………動きさえ頭に入れて下されば!!」
「いや、でも………懐かしいなぁ……まさかまだパターンが変わってなかったなんて……これなら逆立ちしても失敗しないので安心してください」
頼もしい天知の言葉に現場は大いに活気づく。もう10分もせぬうちに開場となりお客が入ってくるほど切羽詰まった状況だが、自転車をこぐことを憶えた人間が漕ぎ方を忘れぬように何十回も繰り返した型は身に沁みついているのだろう。少々の変更点や以前の公演を動画で確認などの最低限の準備をし、遂に本番が始まる。
16
さて開場と共に他の客に紛れてゾロゾロと入った星畑と黒川は最前列の隅に腰を掛ける。
「………当たり前だけど親子連ればっか、浮いてるなぁ……俺ら」
「イマジナリーキッズ作るか………名前どうする?」
「…………お前が考えろよ……ていうか大地さんは出てくの見たけど……凛ちゃんはどこ行ったんだ?居なかったけど」
「リンちゃんも天知さんのショー楽しみだよな!」
「え!?……居るの!?凛ちゃん?」
「イマジナリーキッズのモンキーパンツリンちゃんだけど?」
「……………あっそ……おい、始まるぞ……スマホ、マナーモードにしなきゃ」
久しぶりにダル絡みボケをしてくる星畑に呆れているうちに会場が暗転する。何をしに来たのか、何人かの子どもがビビって泣き声を上げる。ショーの始まり始まりである。
※以下、紛らわしさ回避のためセリフの前に名前をつけます。劇中のセリフは全て2重鍵括弧です。
お姉さん『みんなぁ~!!こんにちは~!!』
黒川「おお!今時、べただな!!」
星畑「こんにちは~!!」
黒川「お前のボケもべただな」
お姉さん『アレ~?……あんまりみんな元気が無いなぁ~!!もう一回聞いてみようかな?みんな~!!こんにちは~!!』
キッズども「「「こんにちは~」」」
星畑「…………そういや、これって何ショーだ?」
黒川「ヒーローってんだから仮面ライダーかなんかだろ」
星畑「プリキュアショーだったりしねえかな。まかり間違って」
黒川「ないない」
二人でどうでもいい会話をしている間に、舞台は不穏な空気に包まれていた。ヒーローである仮面ファイアーを呼んだつもりが、怪獣ツギヤタラナグルーンが出てきてしまい、会場のガキンチョを何人かさらおうとしているのだ。
黒川「これってセリフ今入れてんのか?」
星畑「さ~……ここらへんはアドリブなんじゃない?怪人とかお姉さんのセリフは中の人がそのまま出してんだろ?」
怪人『グフフフフ!!さぁ~……何人活きのいい奴らが捕まえられるかなぁ~……いけぃ手下ども!!』
方々の客席に散った手下たちが何人かも子どもを見繕って舞台に連れていく。保母さんもびっくりなほど丁重に舞台まで上げられていく子どもたちの中に何か見知った顔がいる気がする。
星畑「瑠奈はん……」
黒川「あの子……やっぱりちょっと変わってるな」
怪人『それじゃあ……集まってくれた子どもたちにお話を聞いていくぞ!!じゃあ、まずはこちらの…お姉さんからだ!』
お姉さん『え!?……私~?』
怪人『違うわ!!お前は隅の方でジッとしてろ!!……え~……今日はどこから来たのだ!?』
瑠奈『え~っと………仁丹市の方から……地元民で~す……」
怪人『おお!それは素晴らしいな!!何度も来てくれてるのかな!?』
瑠奈『いや~……引っ越してきたの最近ですから…でも、大昔に家族で来たことありますよ!!」
怪人『ほうほう!!今日も家族と来たのかな!?』
星畑「俺……今からあの怪人がやっつけられるの耐えられねえんだけど」
黒川「それを言っちゃあおしまいよ」
瑠奈『はい!!家族と友達ときました!!……お母さん!!はここにはいないんですけど……友達はいま~す!!」
怪人『お友達も見てるかな!!今からしっかり人質にしてやるからな!!』
黒川「おお、今更、悪ぶった」
星畑「………なんか今の瑠奈の声の強弱変じゃなかったか?マイクのトラブルか?」
黒川「そうか?……まあ、確かにお母さんとかだけやたらでかかったけど」
その後も、他の子どもたちと愉快にトークをした怪人は、急に態度を変えて会場中を暴れまわり、セットを壊す。すると、お姉さんの助けを求める声に応じて遂にファイアーが登場する。予定通りなら中身は天知のはずだ。
黒川「お!!来た来た!!天知さん!!………もうこっから俺ら黙ってねえとな…ってアレ?星畑いねえ……トイレかよアイツ」
さて、本番前は何とも頼もしい発言をしていた天知だが、これは自分なんぞを助っ人に任命するほど切羽詰まっている陣内たちをこれ以上不安にしてはいけないというプロ根性が故の、言ってしまえば強がりに他ならなかった。確かに動きは完璧に覚えているが、そもそもステージが違う。自分の時は屋外のもっとちんけなステージだった。そこのところ天知自身すっかり抜けていたのである。会場の中に足を踏み入れて初めて気が付き、後悔したころにはもう目の前に敵役が群がっている。
黒川「…………………すご」
黒川がヒーローショーを見ていた頃なんてそれこそ記憶にないほど幼いころである。そんな素人でも一目でわかるヒーローの動きのキレ、何より全く違和感のない立ち回り。とてもぶっつけ本番だとは思えない。舞台の上だけでなく客席のすぐ前などを幅広く使い、雑魚敵がちぎっては投げちぎっては投げられていく。しかし、これはショーであるからして、ヒーローが優位なだけでは終われない。親玉兼気のいいMCだった怪人ツギヤタラナグールが人質を使う卑怯な戦法で天知もといファイアーを苦しめる。そして、吹き飛ばされたファイアーが勢いよく舞台したのトランポリンに落下するのだが…。
黒川「あ!!」
思わず本番中にでかい声を出してしまう黒川だったが、声を上げた大人は彼だけではなかった。トランポリンの場所を完璧に把握できていなかったのだろうか。天知は5メートルはありそうな舞台下にノークッションで落下してしまったのだ。バットでドラム缶を殴ったような凄い音がする。
黒川「あ、天知さん……」
思わず震える声を出す黒川。怪人に吹っ飛ばされたことでファイアーが苦しそうに呻く声がする中、舞台の下で倒れている天知も苦しそうに震えている。もはや演技なのかどうかもわからない。そして、みんなの声援を力に変えるお決まりの展開を経て、少なくともファイアーは復活した。果たして中の人も力を取り戻せているのだろうか。
と、子どもよりもむしろ事の深刻さを悟っている大人たちの方が夢中でヒーローを見守っている。そんな注目の中、立ち上がった天知は、『これ以上好きにさせるかよ!!』という強気なセリフと共に、軽々と舞台の上までジャンプしてしまった。これまたトランポリン無しでである。お姉さんの『え?』という声が聴こえた刹那、「おお~」というどよめきと共に、拍手が巻き起こる。
黒川「………前々から思ってたけど人間じゃないでしょあの人」
人間離れした運動神経を存分に見せつけたファイアーはその後、テンプレートに怪人を亡き者にし、子どもたちに別れを告げた。舞台は大成功である。
17
舞台の後には握手会がある為、ヒーローはまだまだ気が抜けない。客席では再度舞台裏からやってきたファイアーを前に、子どもたちが長蛇の列を築いている。その列の傍で、人質から無事生還した瑠奈と黒川が合流する。
「いや~……瑠奈ちゃんシレっと目立ってたねえ……」
「アハハ……恥ずかしかったですよ。あの中に紛れるの……あの、ちゃんとメッセージ伝わりました?」
「メッセージ?」
「はい。ああ~……やっぱ伝わってなかったんですね……そりゃそうか……分かりにくかったですもんねぇ……携帯さえ使えればなあ」
「な、何?何かあったの?」
「………いえ、まあ……ここまで終わっちゃえば後の祭りですけど、お母さんらしき人影を見たんですよ。客席の中に……多分、バレたんだと思います……天知さんの作戦」
「え!?………会場出てたのに!!戻って来てたの!?」
「フェイクだったんですね……はぁ~……天知さんに申し訳ないなあ……結局、お母さんの思うつぼじゃん」
「まあ、いいじゃない…ショー自体は成功だったし、別にみられてマズいものでもないんだし」
「で……今度はまたもやそのお母さんがどこにもいないんですけど……どこ行ったんですかねえ」
「星畑もいねえんだよな………途中からどっか行っちゃってさ」
二人で辺りを見回し、大地を探すがどこにも見当たらない。その時、黒川のスマホに一通のメールが届いた。
18
言葉こそ発しないが、軽快な身振りで子どもたちと交流し、握手したり写真撮影をしたりするファイアー。長い時間を経て、ようやく最後の父子と別れ、役目を終えたファイアーは他のスタッフと共に舞台裏に掃けていく。しかし、ファイアー一人に聞こえるくらいの声量で呼び止められる。
「ファイアーさん。お疲れさまでした。人質になった娘を助けていただきありがとうございます」
ぎくりとして、声の方を振り向くファイアー。言うまでもなくその声の主は大地その人である。
「とんだご迷惑をおかけしてしまいました。その、何と申せばいいか……ここのマネージャーの陣内は古い友人でして、その」
流石に自身の身勝手な行いを反省しているのか、目に見えてバツが悪そうにしている大地。対するファイアーは自身のマスクを脱ごうとするが、大地がそれを制止する。
「あ、すいませんが、そのままでお願いします。本当に申し訳ないですが」
おそらくマスク越しでないと会話もできないと踏んでいるのだろう。天知と会うためにこんな強行に出たが、いざ前にすると固まってしまって言葉が出てこないのである。
「えっと………その………ですので……友人として、ピンチを放ってはおけないと思いまして…い、いえ……すいません……ダメですね。いつも……ヒナさんには嘘をつくなと偉そうに言っているのですから……」
もじもじとしながら、置こうとした言い訳を破棄する。いつもの雰囲気からは想像もできない程、それこそいつも天知を前にしている時とすら比べ物にもならない程、目に見えて狼狽している。
「あの………会いたかったんです……貴方に……それだけなんです……走って探している間、あっという間に時間が過ぎて行って……焦ってしまって……それで、もうとにかく居場所がつかめればと、それで……怒ってますか?怒ってますよね……本当に申し訳ありません……」
物言わぬ目の前のヒーローに不安を駆られたのか、みるみるしおらしくなっていく。
「…………申し訳ありませんでした………さ、最悪私のことはいくらでも軽蔑してくれて構いませんので……どうか…どうか岩下家のことは嫌いにならないでください」
変なことを言いながら深々と頭を下げる大地の眼に、ポトンと落されたファイアーのマスクが映る。慌てて頭を上げる彼女の目の前には、ファイアーのスーツに包まれた星畑が立っていた。
「…………………………」
「……………………………………シュ……シュミレーションはばっちりですね!!」
目を泳がしまくる星畑の頭に、強烈な大人チョップがお見舞いされた。
19
黒川のもとに届いたメールの差出人は天知だった。着替えを済ませてもう外に出ていることが書かれていて、慌てて瑠奈と二人でキッズパーク仁丹から出る。舞台の上に立って「お母さん・ここ・います」だけを大声にするという瑠奈の苦し紛れのメッセージは何とか星畑に通じていたのである。ボケっとカメラを構えている黒川を放置して、単身、天知と入れ替わる為に客席を立ったのだ。
「………アイツマジで察しの良さは天下一品だな」
「………おかげさまで助かったよ。いや、大地さんだけの問題じゃなしに…僕、握手会なんてしたこと無かったから」
「いやでも………それにしたって凄すぎるでしょ?なんスかあのジャンプ力」
「はははは………」
「いや~……人質なってよかったですよ!!あのアクション目の前で浴びれたんですもん!!」
「………それで……大地さんとかとはどう折り合いつける感じですか?」
「いやいや。僕もあんまり急だったのと何の連絡もなかったのでちょっとムキになってたけど……有事だったんだし仕方ないさ。事実、僕なら確かにピンチヒッターになれないことは無かったんだし」
「寛大すぎますって!!あんまりうちの親を甘やかさないでください!」
「…………そう、そう言えば……大地さんがどうしてモールじゃなくて遊園地に居たのかだけど……やっぱり何だかんだ言って……家族と一緒に居たかったんじゃないのかな?僕はお邪魔だったんじゃ」
「あははは……そんなことはないので安心してください。お母さんと私たち、ここには結構よく来てましたから」
「仕事で来てたんだっけ?」
「はい!……と言っても…私の撮影ばっかり長引いてヒナの方はいつも一瞬で終わってたんで……お母さんとヒナばっかり一緒でしたけど」
その話を聞いて、黒川は行きの車での会話を思い出す。大地が言っていたルナの代わりになれなかったというのは、きっとその時のことを言っているのだろう。
「…………今にして思えば……あの時からず~っと子役として差を広げられてたんだな……ヒナに。ヒナが子役辞めてなければ……私なんていつまでも目が出なかったんだろうし…私はヒナの代役ですね」
自虐しながら瑠奈が笑う。そういう反応に困ることを言うのはやめてくれと黒川が気まずくなっている横で、天知が穏やかに微笑む。
「業界というのはシビアだからね。例え不十分だったとしても穴が開いていたらそこには何かを埋めなくっちゃいけないんだ。どんなものにも必ず代わりはある。文化というのは時代と共に変わっていくナマモノだから……いつまでも同じものであり続けることは不可能なんだ。もっとも、僕は瑠奈ちゃんが陽菜ちゃんの代わりとして必要とされるようになったなんて思ってもいないけど。何かの穴を埋める行為も、何かの穴を埋めるモノになることも、また穴の開いたものがそのまま埋まらずに消えていくことも…全てすごく大切な、文化の為に必要なことなんだよ……
「……そうですね。だいぶ前、星さんにも同じこと言われました。どんな形であれ、デビューできたチャンスを逃すなって」
「へえ~……星君が……」
「そうなってくると、仁丹ランドの変わりっぷりも……時代のニーズに合わせた結果なんですかね」
「そうだね。まあ、変わってるようで…ショーの動きは変ってなかったりして……昔の姿が何もかも消えてしまったわけじゃないけどね」
「そうですね………フェニックス号はいなくなったけど……船長は生きてましたし」
「何の話です?」
「アハハハ……いや、こっちの話………」
20
ところ変わって再びキッズパーク仁丹。そこではなぜかファイアーのマスクをかぶった大地が体育座りで落ち込んでいた。
「………星畑くん……大ちゃんは何やってんの?……もうそろそろアレ返してほしんだけど」
「………天知さんと間接キスしてるんじゃないっスか?」
「そんなにあの人の事好きなんだ……確かに良い男だったけどねぇ~……紳士的で、頼もしくて爽やかで」
その時、勢いよく会場の扉が開き、息を切らした凛がやって来る。
「あ!!お前、どこいたんだよ!!」
「ハアハア…………あ、天知さんは?天知さんのショーは?」
「終わった。お前マジで今まで何してたんだよ?」
「き、聞かないでください………そっか終わったんだ……ううう……私、全然仁丹ランドエンジョイできてない」
「よく分からねえけど……お前のことだし多分自業自得だろ」
「まだ閉園時間まであとちょっとあるから!!後悔しないようしっかり遊んできなさい!!………ほれ大ちゃんも!!何さちょっと避けられたくらいで!!」
陣内が凛を励ましたついでに、大地の背中を小突くが、フルフェイスの女はうなだれるばかりである。
「………あのう…どうして星君がファイアーのスーツを着てて、マスクは大地さんがかぶってるんですか?」
「話せば長くなる………大地さん!!……俺らと一緒に天知さんとこ行って!!さっき俺に行ったことの半分でもいいから言っときましょうぜ!!でないと……埋められるものも埋められませんよ!!天知さんの穴は天知さん本人でないと埋まらないんでしょ!?」
星畑に檄を飛ばされ、ようやくすくりと立ち上がり、星畑といまいちシチュエーションが分かっていない凛と共に走り出す。「マスク返せ!!」という陣内の絶叫が静まり返った園内に響き渡った。
21
その後、黒川らと星畑らが合流する。混ざる直前に、非常識な行動に対して星畑からみっちり説教された凛が大地よりも先に、天知に勢いよく謝罪する。
「ご、ごめんなさい!!………ううう……あの園内放送は私がビビってお電話できなかったせいなんです!!………ホントにごめんなさい……ぶって……ぶってください!!こいつは殴らなきゃ言う事聞かないので!!」
「こらこら………まあ、大事なことはしっかり伝えるようにしないとだめだよ?僕には何の遠慮もしないでいいんだから」
(ほれ!大地さんも!!)
「………チョップしてしまい申し訳ありませんでした」
「俺じゃなくて!!ふざけてる場合ですか!!」
「す、すいません………………あ、あの………」
「あ、いいんですよ。気にしないでください。ははは……むしろフレッシュな気分になれましたよ。現場になんて、もう2度と立つことは無いと思ってましたからね」
(あのお母さんが滅茶苦茶シュンとしてる………電化製品とオバケ以外でお母さんがよわよわモードになってるところ初めて見た)
(よわよわモード……そう言えば回線繋がらなかった時もおかしくなってたっけ)
黒川と瑠奈がコソコソ話していると、突然、星畑と凛がやってきてハンドシグナルで「掃けるぞ」と合図をしてくる。紆余曲折あったが、ようやく大地がお目当ての人に出会えたのだ。閉園2時間前を切っているが、ここは空気を読まなくてはいけない。
「あれ?黒川くんたち?……どこ行くの?」
黒川の代わりに星畑が答える。
「姫月達と合流してプリクラ撮ってきます!!大人組はそこらへんで時間潰しといてください!!」
「アハハハ……そうだね。いくら何でもプリクラには混ざれないかな……いってらっしゃい」
無論、プリクラというのは詭弁だが、これで自然に二人きりを演出できた。あとは大地次第であるが、まだ振り回してしまったことに負い目を感じているのか、彼女の方からは何も言えず、無言の時間が流れる。
「そう言えば……買い物したくて仕方がないんでしたっけ?ショッピングモール行きますか?荷物持ちくらいなら僕でもできると思いますけど」
「い、いえ……買い物はもういいんです。それよりも……あ、そう言えば…ヒナさんのお相手をしてくださっていたのですよね。申し訳ありません。たくさんご馳走にまでなっていたようで。本来なら私が面倒を見なくてはいけないところを」
「はははは。気にしないでください。普段なら周らないようなところまで行けて新鮮で楽しかったですよ……陽菜ちゃんは本当にいい子ですね」
「は、はい……こんな女には勿体ない素晴らしい娘です」
「そんなこと無いですよ。女手一つで立派に育てているのですから」
「……私は、助けられてばかりなんです。女優を辞めた時も、引っ越しを決めた時も…あの子たちは文句ひとつ言わずついてきてくれて」
「……………そう言えば、どうしてご引っ越しを?」
ここにきて、天知は長年の疑問を解消すべく斬りこんだ質問をするが、大地は何も聞こえていなかったのか全く関係のない話を持ち掛ける。
「せっかくですし、天知さんが乗りたいアトラクションをお選びになってください。私はそれについていきますので」
「え!?………そ、それを言うなら大地さんこそ、乗りたいものはないんですか?」
「……………私は大丈夫です。それともやはり遊園地は御趣向に会いませんでしたか?」
「い、いえ!………そんなことは無いですよ!!……いい歳をして恥ずかしいですが、実は結構好きものでして……そうですね。それなら1つ乗り損ねたものがあったので、それに付き合っていただけますか?」
「!!………はい、喜んで!!」
念願かなって、大地は天知と二人きりで遊園地のアトラクションに乗ることができた。クールな表情のまま、舞い上がりそうなほど浮かれる大地だが、見えてきた巨大な影に徐々に青ざめていく。
「……良かった昼間ほど混んでませんね……これなら閉園に間に合いますね。大地さんはジェットコースター大丈夫ですか」
だいじょばない。しかも、よりにもよって仁丹ランドきっての絶叫コースター王マウンテンなのだから、大丈夫なわけがない。しかし、大地はその動揺をおくびにも出さず、鋼の意志でこれに頷く。
「はい。私もジェットコースターは大好きです。私たち、とても趣味が合いますね」
「ははは、そうですね。それじゃ、行きましょうか」
21
仁丹ランドが19時の閉園を迎えようとしている。大地と天知を除くその他のメンバーはゲートで2人が来るのを待っていた。
「ゲゲ!!……く、黒川さん!!これ見てください!!この投稿……これ、私たちのことじゃないですか!?」
「へ?………ホ、ホントだ……ったくどういう神経してんだよ。別に気まずくなってねえし」
「本当ですよ!!………そ、そもそも…私なんかと黒川さんがカ、カップルなわけがないじゃないですか!!」
「わざわざアンタら雑魚コンビのこと話題にしてる奴なんかいるの?自意識過剰よ」
「嘘だと思うなら、ハッシュタグリア充の墓場で調べてみろよ……」
「ん~……お、マジだ。ていうか仁丹ランドの話題……滅茶苦茶出てるな……そのほとんどがヒーローショーのアクシデントについてだし……そんなひどかったのかよ足の捻挫」
「それ!多分、ホントの怪我の方じゃなくって……天知さんがクッション無しのところに落ちたやつですよ!!」
「ええ!?何それ!?」
「うっわ!マジだ………動画載ってる……うわうわうわ……何でこれで無事なんだよ。ていうかこのジャンプもすげえな!?……人間業じゃねえよ!!」
「私、アイツの正体Uっていう説を前々から密かに持ってるんだけど……それが立証される日も近いようね」
(お前、自分の父ちゃんにそっくりな人を宇宙人だと思ってたんだ)
「ヒ、ヒナもみたい……見してぇ!」
「わ、わ、わわわわ、私にも見せてください!!見せてぇ!!」
「分かったからじゃれんなよ!!……ていうか須田は自分のスマホで見ればいいだろうが!」
わいわい騒いでいるメンバーは誰も気が付かないが、仁丹ランドのハッシュタグで新たに一つの投稿がされる。
『目の前の美男美女の大人カップル……彼女さんがホントはジェットコースター怖いのに無理して乗った感滅茶苦茶出てて初々しくてヤバい。彼氏サイドも気づいてフォローしまくってる。せっかく目玉コースター乗ったのに、別なアトラクションにドキドキしっぱなしで全く集中できなか文字数』
作中に出てくる何年も使いまわしているショーの動きというのは、完全な僕個人の設定ですので本当のヒーローショーがどうかは知りません。また、その他身長制限や、諸々のことも何も調べていない勝手なイメージで書いている事なので、予めご了承ください。
それでは、次回またお会いできることを心よりお待ちしております。