その①「あくびしてたら口がでっかくなっちまったコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆くびれフェチ。ただし腹筋が割れているのは大嫌い。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆陥没乳首フェチ。ただし色の濃い乳首は大嫌い。
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆枯れ専。ただしイケメンで高身長で声が渋くて大人っぽくて頼りがいのある人限定。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆男は顔面一択。ただし顔がいいからと言って好きになることは一切ない。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆うなじフェチ。ただし和装限定。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆男の好みとかはまだよく分からない。ただし星畑のことは凄くカッコイイと思っている。
こんにちは。これほどないまでに何もない回です。何もないですが、こういうの書いてる分には楽しいし、楽だしでとても良いです。楽々です。もともと自分が書きたいのはこういうのだった気さえしてきます。
「戦争とあなたが嫌いです」ーココリコ田中直樹
1
6月になった。新社会人も新入生も、いいかげん新生活に慣れてきた頃合いであろう。シェアハウスで意味不明な活動を続ける黒川らもいい加減、斬新生活に慣れてきた頃合いである。ただし、慣れてくると足元をすくわれてしまい、若干遅めの五月病が発症しそうなくだらないミスをしてしまうものなのである。
それがくだらないだけならばまだ良いのだが、事のほか深刻なトラブルならいっそ、こんな生活やめてしまおうかと思い切った決断に踏み込んでしまう人間も少なくない。黒川もまた然り、自分とメンバーに対して慢心気味に接している節があり、そこを大いに掬われてしまった。そんな下らないくもそこそこ重大な事件の始まりは3日前。黒川の脳内で秘かにトラブルの種が産声を上げた。
「も、もう一回言って……」
「だから規格外ゆえに清算が遅れてしまってすまないと……」
「そっちじゃねえって!!相変わらずズレてんな宇宙人!!」
「今回の報酬の割り振りだが、星畑と須田に1万円だ」
「うん………コンパの代金は余裕で返って来たな……そこでもないんだけど」
「で、キミの取り分が357万円だ」
「それぇ!!」
「ああ、やっぱりこっちで絞りすぎたか……仕方がない、400万にしてやろう」
「さ、さらに増えた……いや、そうじゃなくって……何で?格差っていうか今まで振るったとしても5万もなかったじゃん……」
「だから言ったろ?規格外だと」
「何がそんなに宇宙人にウケたんだよ?」
「聞かなくても分かりそうなものだがな」
「……………………」
黒川の当初の目論見通り、一回分の放送として流された。黒川のキモチとしては流されてしまったコンパ回だが、これが空前の大ヒットだったらしい。ただしウケたのは単なる若人たちの飲み会ではなく、その後の殿川と黒川のひと悶着である。それゆえに黒川だけがここまで高額な報酬を得ることになったのだ。
「い、いや……俺一人こんな大金受け取れねえよ……せめて2人にも」
「いいのか?単なる飲み会が何故そんなにヒットしたのか……間違いなく詰められるぞ?」
「う……」
「そうなれば……キミはなんて説明するつもりだ?ただでさえ、星畑はあの時キミと殿川の間に何かあったのではと訝しんでいるのに……」
「………確かに……俺の口でアレを説明するなんて絶対無理だし……ていうか」
殿川のためにも、できる限り口に出したくはない。というか殿川をダシに取ったこんな金など、そもそも欲しくない。いや、ぶっちゃけ欲しいが……何というか彼女を思うと手にしてはいけない気がする。そんな悶々とした葛藤に襲われる黒川に、Uの甘言が響く。
「………殿川の事を気にしているのだろうが、今ここで黒川がどうなろうが、彼女の耳に伝わるはずがない。キミが彼女にしてやれることはもう終わったじゃないか。キミもたまには自分を甘やかしてみてはどうだ?」
「いや……俺、多分そこらへんの苦学生からぶん殴られそうなほどには甘えた生活送ってると思うけど」
「それは結果的にだ。少なくとも私目線では、キミは相応の苦労と実績を以って今の生活をギリギリ送ってると思うがね」
「偉い嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「何も褒めてるだけじゃない。危ういところも目立つから気を引き締めろと言っているのだ」
「………まあ、でもさ。やっぱこの金は受け取らねえよ」
「受け取らないって……じゃあどうする気だ?」
「う~ん……理想を言うなら殿川と、ノンシュガーズで山分けしたいところだけど、それは厳しいだろうし、募金かな」
「お前は資産家かスポーツ選手のようなことをするんだな。まあ、私の方は十分稼がせてもらったのだから別に何でも構わないが」
「それにさ、俺みたいなバイトもしてないガキンチョに急に大金舞い降りてきたら、宇宙人も訝しむんじゃないの?」
「そこは問題ない。金銭面に関して向こうは大して気にしていないからな。それに、須田が日常的に金欠宣言をしてくれているおかげで、基本的には貧乏な連中だと誤解している層も多い。キミの口座まで放送しているわけではないし、別に過度な豪遊をする奴もいないだろう」
「姫月は?」
「別にあのくらいの贅沢は構わないだろう?普通に、一般的な範疇だと思うがね」
「ほーん。ま、とにかく、金に関しては全額どこそこの国にでもくれてやるから」
「分かった分かった。キミも無欲だな全く」
というわけで、後日黒川の口座に入っていた物凄い額の収入は星畑らと同じ一万円だけ除いて、ごっそりそこら辺の恵まれない子どもたちのために用いられることになった。そして翌日、一連のUとのやり取りで凛のパンツを返し忘れていたことにようやく気が付いた黒川は、一日かけて悩みぬいた挙句、何事もなかったように洗濯機の中に突っ込むという良いのか悪いのかよく分からない方法で、下着をリリースした。そしてさらに翌日、東京観光を満喫したらしい陽菜が仁丹市に帰って来た。お土産を渡しついでに、そのままシェアハウスに泊り、一夜が経ち、騒動の火ぶたが切られるのであった。
2
黒川の朝は遅い。基本的に9時を回らないと下に降りるどころか、目を覚ますこともない。その日も9時半ほどにモソモソと布団から這い出し、のそのそとリビングに降りるのだった。
「やあ、黒川くん……おはよう」
「………あ、おはようっす」
テーブルの前で腰かけている天知と挨拶する。これ自体は何も珍しいことではないのだが、不思議なことに今日は、天知以外のメンバーも全員集合状態でテーブルに座っている。まるで今から会議でもおっぱじまりそうな雰囲気である。
「何……?何でみんな座ってんの?トランプでもしてるの?」
「えっと……あの……黒川さん」
「バカやろう須田。黒川名誉カンボジア親善大使様だ。言葉に気をつけな?」
「はあ?何また意味不明なギャグ言ってんだよ星畑」
「意味不明なギャグぶっこんでんのはアンタでしょ?」
「…………何が?何の話だよ」
姫月に今までないほど睨まれ、すっかり委縮しながらも怪訝とした態度を貫く黒川。いつもなら真っ先にフォローしてくれる天知だが、今回は成り行きを見守るように静かにコーヒーを飲んでいる。同じく場の雰囲気を和らげてくれることに定評がある陽菜も、きょろきょろ不安そうに双方の顔を確認するばかりで何も言ってくれない。
「しらばっくれんじゃないわよ………証拠は全部今朝届いたんだから」
そう言って、姫月が一枚の紙を突き放すように黒川に放り投げる。「証拠?」と言いながら眠気眼で紙を確認した黒川の眠気は一気に吹き飛んだ。
AZT機構
黒川響様 先日は当機構に多額の御入金誠にありがとうございます。お預かりした寄付金は全てカンボジアで活動する当機構の慈善団体の活動資金とさせていただきます。(中略)最後になりましたが、黒川様のご協力の証といたしまして、オリジナルバッチをご献上させていただきます。
機構の名前など憶えていない黒川だが、まず間違いなくこの前の募金である。
「いや………これはその……違うんだよ……」
「黒川、ほれバッジやるよ。ンフフ……これからはそれを常に胸につけて生きて行けよ」
次いで星畑がプラチナ色に輝くバッジをパスする。笑いながらであることにほんの少し安堵しながらそれを受け取っていると、うっかり落としてしまいそうな勢いで姫月の怒声が響いてくる。
「アンタ!!ちょっと調べたらそのバッジ!!300万以上の寄付からでないともらえないブツらしいじゃない!!そんな大金アンタどこに隠し持ってたのよ」
「………うう、きっとポケットマネーですよう……私たちには内緒で……実はとっくにプロデビューとかされてたんです……きっと」
「アンタは黙ってなさい!!黒川アンタ………もしかして……いや、もしかしなくても番組から私たちとは比較にならない程の金をもらってんじゃないでしょうね?なおかつ、それを独占して、有り余りすぎて募金する余裕まであるっての……」
「いやいや!!そ、それは違うって!!」
「じゃあ!この金がどこから来たのか!!はっきりと言いなさいよ!!」
「………まあ姫ちゃんも落ち着いて……興奮するのは分かるけど……ギャンブルとかじゃなくってあくまで寄付なんだから……」
「…………いや、その………何か……そのえっと……え~……この前、その、俺一人で……カラオケしたんだよ……それで……それを番組にして、したら……何か滅茶苦茶ヒットしたらしくて」
「で、300万も?」
「じゃ、じゃあ、報酬はその一回こっきりってことですよね?ずっと私たちより多くもらってたってわけじゃないですよね!?」
「そ、そりゃそうだよ!ネコババなんてするわけないじゃん!!」
「カラオケってのは……この前のコンパん時か?」
「!!……う、うん!!そう!!あの……番組で急に一人で歌えって言われてさ!!殿川さん見送った後、しばらく歌ってたんだよ!!」
ここぞとばかりに黒川が嘘をつく。無論、カラオケ放送というのは殿川とのことを秘密にするため、咄嗟についた出まかせで、例のコンパ事件と結び付けるつもりもなかったのだが、そう言えば騒動の舞台もカラオケだった。星畑の質問をそのまま勢いで、嘘と嘘を絡める。
「…………フーン」
星畑は明らかに納得がいってなさそうだが、空気を読んでくれたのか、黒川を気遣ってくれたのか、嘘を嘘だという確証が足りないのか、何も言及はしてこなかった。しかし、この男の稚拙な嘘で、この場をしのげるわけもなく…。
「アンタがちょっと歌ったら……それが300万もしたってこと?それは無理があるでしょ?」
「まあねえ……初めての放送の時はそこまでどころか50万もしなかったんだろう?」
「で、でも……お兄ちゃんは凄く歌が上手いし……」
「そうですよ!!黒川さんの歌には無限の可能性が……」
「ホントにそうなら、このチームは解散ね」
姫月があまりにも冷たく言い放ち、場の空気が凍る。
「そ、そんな解散だなんて」
「でもその通りかもね。僕らが何かするより、黒川くんが歌うだけでお金が入るなら、そっちの方がずっと効率的だし」
「……何もしないでお金が入るのは願ってもない話だけど……アンタに扶養されるのは流石にプライドが許さないわ」
「そんな………」
陽菜が目の前で殺人でも起こったような絶望的な顔をしている。冷や汗だくだくで口をもにゅもにゅさせている黒川に、星畑が目で訴えかける。ほれ、さっさと白状しちまえよ。という事だろう。
「…………すいません……嘘です……ホントは……カラオケで殿川さんと別れたときに…とんでもない事件に巻き込まれてました」
最後の防衛ラインで殿川だけは何とか突き放し、その後は彼女を酔っぱらってネジのぶっ飛んだ変なキャバ嬢に変換し、ありのままを話した。それもそれで殿川に失礼な気がしないでもないが、あの時の彼女は確かにネジがぶっ飛んだ酔っぱらいだったので、もう良しとする。
「…………そ、そんなことがあったんですね………私がカラオケを嗜んでる間になんてこと」
「そりゃあナイフで命まで狙われちゃあ……注目も浴びるか」
「でも何でそれを俺に言わなかったんだよ」
「………その……陽菜ちゃんの手前、あんまはっきりとは言えないけど……」
「!!………お、お前!まさか!!」
「さ、さきっぽだけ……」
「なんてこったい」
「黒川くん………警察に連絡しなくてよかったのかい?」
「うん……Uに止められて……」
一度嘘を挟んで危機的状況になったのが功を奏したのか、二度目の嘘は上手いこと転がった。おまけにありもしない逆レ〇プ被害を臭わせたことで同情まで買えた始末である。
(まあ、実際問題。そこまで嘘は言ってないんだし………いいよな?)
ごまかすことには成功したが、推しの貞操が奪われてしまった事態に若干一名のメンタルが崩壊する。
「くろ、くろ、くろ、くろ………さき、さき、さきさき、さき、ささささき」
「わあ、凛ちゃんが壊れた」
「いつものことじゃない!そんなのはどうでもいいわよ!むしろアンタのやっすい童貞が買われてよかったじゃない!!そ・れ・よ・り・も!!」
「な、何だよ!嘘だと思うなら、俺の通帳見るか?マジで300万も入ったのは今回だけだから」
「別にもうそこもいいわよ!!何でその金をアンタ一人で全額!しかも寄付なんてことに使っちゃうわけ!?問題はそこでしょ!!」
「い、いや……内密にしたかったんだよこのことは……それで、俺一人で利益を独占するのも悪いし、いっそのこと金ごと葬って無かったことにしようと……」
「何だそう言う事だったのか。別に利益を独占するなんて思わないのに」
「良かった……お兄ちゃんはやっぱり、お兄ちゃんだった」
「それがそうでもないんだよなぁ……アイツは一皮剥けちまったって言うか……」
「くろ、くろk、くろ、くろ、じゅ、くろ、き、き、い、き、き、き」
「余計なこと言ってんじゃねえよ、星畑。まあ、俺がやっぱり俺ってのもよく分かんないけど…凛ちゃんはいい加減落ち着いて……」
「何、もう問題が解決したと思ってんのよ!?300万よ!300万!!アンタ一人がどうこうしていい金だと思ってんの!?」
「だ、だってもとはと言えば俺の身から出た金なんだし……」
「ま、その通りだね。個人的には自分のために取っておいて欲しかったけど…何に使おうと黒川くんの勝手と言えばそれまでか」
「く、黒川さんがいいなら………いいんですけど……300万円寄付するなんて大物すぎますよね。びっくりです……うう、さきっぽ……」
「い、いつまで引きずってんだよ」
「………反対」
「ああ?まだ何かあんのかよ?」
「反対よ!!アンタが金を管理するの反対!!」
「ええ~………まだ言うのかよそれ」
「………別に誰が管理しても良いんでしょ!?だったらやっぱり私がする!!」
「だからさぁ………お前には金関係任せたくないって……それは満場一致で決まったじゃん」
「………まず何でこの私がアンタなんかにそんな嘗めた態度取られてんのかが分かんないけど…そんなこと言ったらこっちだって………くだらない見栄で300万ドブに捨てるような男に財布握らせたくないわよ!」
「ドブって……寄付は悪い事じゃないだろ」
「ま、でも、俺もそれは同じ意見かなあ……300万もあれば何かしらアクション興して番組制作に繋がったんじゃねえの?」
「まあ、気持ちは分かるけど……せめて相談くらいしてくれても良かったのにとは思うかな……僕は詮索なんかしなかったのに」
姫月に続いて星畑と天知にまで苦言を呈される黒川。それだけ300万というのは大金なのである。
「で、でもまあ……それにしたって財布握るのは天知さんとかの方がいいだろ?お前ってのは…」
「そこずっと気になってたんだけど……何でエミちゃんだったらそんなにダメなの?」
「陽菜ちゃんあのね……こいつは信じられないくらい金遣いが荒いうえに人の金とか気にしない性質なんだよ……」
「そうかな?………エミちゃんはなんだかんだ言ってしっかりしてくれると思うけど」
「出会った当初は確かに俺も黒川と同意見だったけど、今はある程度分かりあった仲だしなあ…ある程度、配慮くらいしてくれんじゃねえの?」
「……エミ様はそこまでお金にルーズな方ではないと……わ、私も少し考えを改めました……も、もちろん私は黒川さんにお任せしたままで大丈夫ですけど……」
何と何と、かつて金銭に関して共に姫月と対立していたはずの同士2人が、金銭面でかつての敵に肩入れしてしまっている。姫月はと言えば「ど?」とでも言いたげな顔でフフンと黒川を見下している。
「えええ……い、いやいやいや。陽菜ちゃんはともかく、お前らまで何言ってんだよ。こいつ手持ちの金、全額競馬に突っ込むような女だぞ?忘れたのかよ」
「俺は自分の全財産よりも圧倒的に多い金を寄付する奴の方がアホだと思うぜ」
「………実際、それで大勝ちされましたし」
「そうなの?すごいエミちゃん!」
「フフン」
「い、いや……ほら、あちこちにツケ作ってその勝ち金ほとんど持ってかれるような奴だぞ?」
「まあ、あん時は収入無かったんだし?」
「今みたいにある程度基盤ができてたら、大丈夫だと思いますけど」
「じゃ、じゃあ逆に………お前らまで俺じゃダメだってのかよ!」
「ダメよ」
「ダメじゃないです!!」
「ヒナもダメじゃないと思う」
「俺は別にどっちでもいい」
「僕も」
「ほ、ほら!反対してんのお前だけじゃん!」
「でも、私に反対してるのもアンタだけよ?」
「ぐ……じゃ、じゃあ、天知さん!!天知さんにっていうのは……」
「僕はパス」
「ええ!?そ、そんな………」
「もちろん………フォローはするし、何か入用ならいくらでも僕を使っていいけど。僕はキミたち若人で管理するべきだと思うよ?僕が首を突っ込みすぎたらチームとして根本が崩れちゃうんじゃないかな?」
「そんなこと、無いと思いますけど……じゃ、じゃあ星畑」
「俺もパス。理由はめんどくさいから」
「ええ~………」
凛が私も無理だみたいな顔をしているが、端からお前に頼もうとする者などいるわけがない。
「クソ……じゃあ、やっぱ俺しかいないのかよ」
「………また戦うしかないようね」
「はあ?またギャンブルかよ!」
「アレはもうしないわよ!アンタら全く信用できないし!」
「じゃあ何で対決するんだよ」
「そうね………顔面偏差値競うってのはどう?」
「おいおいみんな……こんな不公平の極みみたいな奴に財布を任せるってのかよ?」
「今のはエミちゃんジョークでしょ?」
「こいつが冗談なんて言ってるの聞いた事ねえよ。存在が冗談みたいなものなのに」
「………アンタさっきからウザいにもほどがあるわよ?」
勝負の前からプロレスのように互いをけん制しあっていると、星畑が割って入ってアイデアを出してくる。
「じゃあ、大喜利ってのは?」
「やだよ……どこに金銭が関係してんだよ」
「こんな銀行は嫌だ!どんな銀行?」
「無理やり金銭絡めてくんじゃねえ!やらねえっての!」
「ATMがチンコ」
この馬鹿星畑と頭を軽くはたく。その横でしれっと姫月が回答する。お題を考えることなく即答とは、芸人でも滅多にできるものはいないだろう。偏にお笑いセンサーの鈍さと自身への溢れる自信がそうさせているのだろうか。
「何で応えてんだよ!?姫月!!しかも意味わかんねえよ!!」
「黒川、お前、大喜利対決だったら負けてたぜ」
「え、お、俺、チンコに負けんの?」
「じゃあ戦ってみるか?」
「…………やめとく。そもそも誰が勝ち負けジャッジするんだよ」
「それじゃあ……そうね………どっちが金勘定早いかで競う?」
「…………どうしても銭絡めねえとダメなわけ?」
「じゃあ、小銭落して落下音で金額当てるか?」
「俺の耳はシティハンターじゃねえんだよ」
「星畑アンタ茶化さないでよ部外者の癖に」
「いや、だってなんかギスギスしてるし……」
「まあまあ……僕らも大いに関係者なんだし……多少入れ込むのは仕方ないんじゃないかな?」
「じゃあ、天知はどっち側よ……もちろん私よね?」
「うう~ん……本当にどっちでもいいんだけど……あんなこと言ったし今回は黒川くんにつこうかな」
「あざっす!!」
「………天知の癖に生意気よ……星畑もどうせアイツ側でしょ?」
「まあ、お前俺のコト部外者って言ったし……何だかんだお前に金任すのちょっと怖いし」
「じゃあ私はエミちゃん側」
立て続けに味方を得た黒川だが、ある意味、一番味方につけたら優位に立ちまわれそうな陽菜が姫月側についてしまった。
「陽菜ちゃんは知らないんだよ。そいつがどれだけ金銭関係でトラブルを作って来たか」
「だってお兄ちゃんはすぐに凛ちゃんに貢いじゃうもん」
「その通りよ。こいつに金任せてたらそのうち全部カタツムリの養分になるわ」
「ご、誤解だって……アレはホント俺のプライベートマネーだし……」
「じゃ、じゃあ私はくろ……」
「凛、アンタこっちに来なさい。普段は役立たずだけど対黒川にはうってつけだわ」
「えええ……えっと……こ、光栄ですけど……その……」
チラリと気まずそうな凛に見られたので、手うちわで「言ったらいいんじゃない?」と合図してやる。ぺこりと頭を下げた凛が姫月についたので期せずして男対女の構図になったわけである。
「で?何するんだよ……結構重大なことなんだし……生半可な勝負じゃ嫌だけど」
「そもそも、黒川についたはいいけど俺ら何するんですかね?」
「サポートとかじゃない?ウマ(娘)におけるトレーナーみたいな」
「誰が牝馬よ!」
「いや、そんなつもりじゃ……ま、まあ応援するよ黒川くん」
「いや、だから応援って………そもそも何で競うんスか?俺」
「ババ抜きよ」
「ええ!?……な、何で?」
「別に何でもいいでしょ?それにアンタとろそうだし、ポーカーフェイスとか無理そうだし」
「な、何おう……」
「さっきも秒で嘘バレたもんな」
「……味方なら俺をフォローしてくれよ星畑」
「じゃあ、全員でやろうか……二人でババ抜きしてもつまらないしね」
「チーム戦か……しんちゃんの映画思い出すな!」
「うう……マカオとジョマの話を私の前でしないでください……」
というわけで6人でババ抜きが始まった。この場合それが良い事なのか悪い事なのか分からないが、真っ先にババを手にしたのは黒川だった。それを上手い事、横にいる姫月に渡さねばいけないのだが…。
(………怖!!……何だこいつの眼……怖い!一秒でも合わせたくない!何、何なの……この眼力は……俺の持ってる手札全部ジョーカーだと思ってない!?」
スッスッと一枚一枚、手をかざして黒川の目にジョーカーか否かを聞いてくる。そしてまんまとジョーカーを引く。
(恐ろしいほどこけおどしだった)
ただ、事情を知っている黒川には若干の動揺を読みとることができたが、彼女はピクリと眉を動かしただけで、何事もなかったかのように星畑に自分の手札を引かせる。黒川などにしてやった気になどさせないという彼女のプライドがそうさせるのかもしれない。
(………凄いのか凄くないのか分かんねえなこいつだけは……見た目がいいとちょっとのことでも大したことに思えるからズルいぜ)
それとも自称とはいえモデルだからポーカーフェイスは上手なのだろうかと思わないでもなかったが、星畑が手札を引いた瞬間「よし!」と小さくガッツポーズをした。
(………やっぱり大したことは無いな……うん)
次は凛が星畑の手札を引くのだが、姫月の反応から察するにジョーカーは星畑の手にある。この局面もしっかり観察しておかねばいけないだろう。
「須田、それババだよ」
「え、ええ!?」
「おお………揺さぶりをかけている」
「星畑お前、余計なことし過ぎると足元掬われるぞ……まだ序盤も序盤だってのに」
「そ、そう言う事ですか……フフ……その手には乗りませんよ……この横の奴です!……ひゃっほう!!ど~です!!ど~です!!いつもやられてばかりじゃありませんよ!」
(凛ちゃんが楽しそうで何より)
「………なあ、これって俺が負けたら黒川の負けになるの?」
「そりゃそうでしょチーム戦なんだから」
「………じゃあもういっそここでババ残ってた奴が金の管理ってことでいいじゃん」
「いや、ダメでしょ……陽菜ちゃんとか凛ちゃんになったらどうすんの」
「だったらこのゲームで決めないでくれよ……俺らの負担半端ないじゃん」
「………私、急に手札が重くなってきました」
「そもそも………何で金の管理を賭けた勝負でババ抜きなんだよ」
「……あーもー!ガタガタうるさいわね!!だったらいいわよ!3本勝負にしましょ!ババ抜きの次はアンタが勝負考えたらいいじゃない!」
「それだったら勝負考える回数に差が出ますよ?不公平じゃ……」
「いいのよ。私が二勝するし」
「くそ……その鼻っ柱折ってやる」
「アンタは折る鼻が無いわね……潰れてるもの」
「この野郎」
「エミちゃんは野郎じゃないよ」
などと言っている間にもポンポンとカードは廻り、どんどん手札が減っていく。しばらくは何事もなかったが、天知がいちぬけしたことで、事態は急激に進みだす。
「陽菜ちゃんが僕のを引いたら、僕は上りだね」
「あ、ホントだ……すごい天知さん」
「チッ…ヒナ……それ引いちゃダメよ」
「無茶言うなよお前」
「………はい、上り。一抜けた」
「やったぜ天知さん!」
黒川側がリード。すると天知が黒川に歩み寄り、耳元で囁く。
(ジョーカーは2周目からずっと須田さん。丸わかり)
「ああ~………」
「何よひそひそと……いやらしい」
「ハハハ……チームプレイって奴だよ」
「………うう」
どうもジョーカーを止めてしまっていることを自覚しているらしい凛が、呻く。少し気の毒だが勝負の世界は厳しいのである。
ジョーカーが凛にあると分かれば、何も緊張することなどない。陽菜からもらい、姫月に渡す。そして堂々巡り、また凛の手札を、今度は陽菜が取る番である。
「………………」
先程の姫月と同じ要領で、凛の顔を窺いながら手札を一つ一つ確認する陽菜。凛はいつになくきりっとした顔でそれを見守っているが、残念ながら傍で見ていても分かるほど露骨に表情筋が動いている。
その最も激しいタイミングで陽菜が素早くカードを引く。それはジョーカーだろうと黒川がぎょっとすると同時に、凛も思わず「えっ!」と声を出す。
「ヒナちゃん……どうして……」
「チームプレイだよ。凛ちゃん」
そう言ってニコリと陽菜が微笑む。確かにジョーカーを停滞させたままでは姫月サイドの負けは確実である。ジョーカーを避けるためではなく、あえて得るために凛の表情を観察していたのだ。
「さっすが………まあ、でも……陽菜ちゃんが持ってても負けは変らないんだぜ?」
漫画なら確実に悪役側である黒川が、ゆらりとした手つきでジョーカーを選定する。もう誰の手札も少ない。ここから先、ジョーカーを手にした者は致命的である。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
(わ、分からねえ…一ミリも読み取れねえ………表情筋が死んでんのか!この子!!)
陽菜は小学4年生の女子であると同時に天才と謳われた子役である。そんな少女のマジポーカーフェイスは一寸の動きも見せることなく。逆に黒川の手の方が緊張して震える始末である。姫月に急かされ慌てて引いた手札がジョーカーではなく、一先ず安堵する。
「………フッ……ヒナにいいように転がされたようね」
「うるせえ……ほれ引けよ」
「フン!アンタがジョーカー持ってないことくらいさっきの安心しきった面見てたら分かるわよ」
もう一周する間に、何とあそこまで足を引っ張っていた凛が上がってしまう。「やったー!ありがとうございますヒナちゃん!」と叫ぶや否や、跳ねるように姫月に近づいて耳打ちする。
(ジョーカーはヒナちゃんが持ってます。一周前からです)
「何を報告することがあるのだろう」と見ている黒川と目が合うや、凛が不敵に笑う。
「フフ……チームプレイって奴ですよ……くろかわぎゃう!」
何やらドヤ顔で決めてくる凛を姫月がグーで殴る。
「痛っ!!な、何でぶつんですか!?」
「何かムカついたから」
すごすごと下がっていく凛に癒されている間もなく、第二の正念場が黒川に訪れる。最強の能面少女がまたも表情を殺して、綺麗な目鼻立ちと裏向きの手札を黒川に向けている。しかし陽菜の手札は残り三枚だ。ここでジョーカーを残せれば……。
(………~~っダメださっぱり分かんねえ!ホントにどうなってんだよ凄いなこの子!)
分からないものは分からない。動かないものは動かない。万策尽きたかと思ったその瞬間、今まで何があったのかというほど黙っていた星畑が口を開いた。
「………ズクダンズンブングン」
「ぶふっ……」
「え!?」
鉄壁かと思われた陽菜の真顔が星畑の一言で崩れる。いわゆる吹き出すという奴だが…。
(何で?何で今はんにゃ!?)
「………天才子役と言われたヒナちゃんのポーカーフェイスを破るなんて……やはり星君は天才」
「………他人のネタだけどね」
「ヒナ!!」
「!!……………」
ところがどっこい。綻んだように見えた緊張の糸は姫月の一喝で急速にしめられる。結局、同じ穴の狢である。
「…………ズクダンウンブングン」
「…………………………………」
試しに黒川も先程のキラーワードを呟いてみるが悲しいほど効果は無かった。
「……どんなものでも二番煎じはダメなんだね」
「せっかく星君があっためたのに……」
滑った上に日頃優しい二人からまでダメだしされ少しへこたれそうな黒川。そんな彼を救ったのはまたもあの男である。
「……アルシンドになっちゃうよ」
「くふふふふふふ………」
今度は吹き出すなんてものじゃなく、頭をおなかにしまい込むようにふさぎ込んでプルプル震えている。ちなみにどうでもいいが黒川も笑った。
「………ヒナ!!」
「……フフフフフ……あ、アルシンド……」
「これは………勝負あったね」
「さあ……陽菜ちゃん!悪いけど、手札と顔を出してもらうぜ!」
「………………は、はい」
何とか改めてポーカーフェイスを生み出す陽菜だが、星畑が再び何か口を挟みそうなオーラ満々で様子を窺っている。するとここで凛が陽菜の耳に自前の無線イヤホンをつけた。耳栓替わりというわけだろう。予期せぬファインプレーに思わず「ゲゲェ!」と悪代官のような呻き声を上げてしまう黒川。
「たまには役に立つじゃない」
「妙案だね須田さん」
「フッフフフフ……ちなみに曲はマシン・ガールです!一切の音も通しませんよ!!」
「ううう~……すっごくうるさい……これ音楽なの?」
「逆にダメージ与えてるじゃん」
「アンタって余計な気ぃ揉んでヤマ勘外すタイプよね」
「うう……すいません……じゃ、じゃあボアダムスで」
(何でノイズ系は固定なの?)
とにもかくにも彼女は再び鉄壁の表情を手に入れた。耳元でノイズ・ロックが鳴り響いているとは思えない程すました顔をしている。
(す、すました顔しやがって……昨晩は南蛮漬けの汁だけでご飯一杯食べてたくせによぉ!)
しかしここでダメダメだった黒川が動く。今までは「これ?」と尋ねるように手をかざしてしか来なかったが、ここで初めて「これ!」と言わんばかりに力強くカードを掴む。陽菜は黒川がこのカードを選んだと思わず緊張を解いてしまう。しかしそれこそが黒川の策略である。すかさず隣のカードに手を当てて引き抜こうとする。そう、あくまで抜こうとするだけ、その実はあくまで全てがフェイントで、結局、今のアクションの中で黒川は何一つカードを引いていない。ただし、彼女の顔からどちらがジョーカーなのかは容易に推測できた。
「……最初のカードに力を入れたときは眉が動いただけだったけど、二枚目の時は露骨に顔が笑ってたぜ……ずばりこれがジョーカーだ!!」
と、一枚目のカードを引き抜く。
「………あれえ?」
「………残念でした」
ポーカーフェイスのままチロリと舌だけ覗かせる陽菜。黒川は見事にババをつかまされた。
「あっれええええ!?」
「………お兄ちゃんが何かしてくるとは思ってたから……わざとリアクションしてジョーカーを引かせようと思ったの」
「ええ!?あれ演技ぃ!?うっそぉ!!」
「さすがヒナちゃん!静の演技ができるものは動の演技もできるという事ですね!!」
「ていうか……今の黒川くんの作戦……相手が2枚の時にやる奴じゃないの?3枚でやってもあんまり意味ないんじゃあ……」
「ていうか……『あれえ?』ってお前……これでゲームセットってわけじゃないんだからジョーカー引いた事周囲に伝えてんじゃねえよ」
「ヒナが凄いっていうよりこいつがバカなだけね」
「…………朽ちたい」
「落ち着けよ黒川。まだそこにいるお姫様に引かせりゃあ勝負は分かんねえんだからよ」
「お、おう」
言われるがまま顔を整えて手札を見せるが、姫月はノールックでババ以外のカードをしょっ引いていく。
「何ぃ!?」
「……お前さぁ……シャッフルくらいしろよ。そりゃジョーカーの場所変えずにそのまま見せりゃバレるだろ……ただでさえお前あと二枚だったんだから」
「……………朽ち果てたい」
「しかもこれで私上りよ」
「あ、マジだ………ええっと……じゃあ俺が……え!?……俺が黒川の取るってことか!?そんな理不尽なことがあるか!?」
「あ、後は頼んだ星畑……ほ、ほら……チームプレイだよ」
「お前なあ」
「ヒナ!黒川の要領で星畑も討ち取りなさい!」
「でもさっきとはあべこべだよ?……緊張するなあ」
黒川のうんこを星畑が拭う形で最終決戦である。特に盛り上がることなく主将2人が抜けるといういまいち面白味に欠ける形だが、これで一回戦は決する。
「陽菜ちゃんが引く前に言っとくけど……これで勝ったからって勝負打ち止めってのは無しだからな。ちゃんと3本勝負でやれよ?」
「フン……その言葉、後悔することになっても知らないわよ」
「……カッコつけてるけど……俺が後悔するってことはこの勝負お前は負けてるってことになるぞ?」
「うっさいわね……ヒナ!!とっとと片をつけてあげなさい!心配しないでも、どう転んでも今回の一番のゴミは凛よ!!」
「そうですとも!!何も気にしないでだいじょうぶですよ!!」
「つっこまないぞ……」
頓珍漢な声援も耳に入ってないであろう陽菜と星畑の厳粛な空気。利根川さながらに星畑が決め顔で提案を持ち掛けた。
「………ヒナ………もう俺は考えるのを辞めた………小賢しいこと抜きで行こうぜ」
「へ?」
「…………天知さん!!」
「うん?」
「俺の代わりにこれ切って下せえ!!」
「そ、それは流石にルール違反じゃないかな?」
「抜けたやつが、誰がジョーカー持ってるかチクれるババ抜きにルールなんかないでしょ!?」
「まあ、そうかもだけど……って真っ先にそれやったのは僕か……」
「…………いいよ。私も心理戦は疲れるから……最後くらい運に賭けてみる」
星畑の持っている二枚のトランプを天知が切って、裏向きで星畑の前に並べる。さらにそれを星畑がスライドさせ、何度も入れ替える。天知はカードを追っていないので、これでどちらがジョーカーか知っているものはどこにもいない。
「さ……引きな」
「…………う~……ん」
「かったるいわね……考えたところでどうしようもないんだからさっさと引きなさいよ」
「……そうだけど……あ!そうだ!エミちゃんが右か左か言ってよ。私それを」「じゃあ右」
「………お前、もうちょい雰囲気ってのをさぁ」
「別にいいでしょ?そんなのどうでも、ほら右はどうだったの?」
「わ、ちょ、ちょっと待って……えっと右は……ジョーカーじゃ……ない!!やった!私上り!」
結果、黒川軍団敗北。惜敗と言っていいのかどうか分からないが、少なくとも運にゆだねた男星畑は悔しそうである。
「クッソ……クラピカ理論が外れた」
「いや、お前、運に任せてたじゃん………」
「実は天知さんにサインだして……俺どっちか知ってたんだよね。それで後で揺さぶりかけて誘導しようと思ったのに」
「ずっる~……いつの間にサイン何ぞ」
「ジョーカーの方が上下逆向きだったから分かるようにしてくれってことなのかな~と思って」
「……それで伝わるってすげえな」
「まあ、どっちにしても姫月にゆだねた陽菜の勝ちだな」
「………というより考える時間を与えなかった姫ちゃんの勝ちだね」
「やったあ!お手柄ですね!!ヒナちゃん!!」
「フフフ……面白かった」
「選んだのは私よ……黒川!さっさと勝負考えなさいよ!言っとくけどカラオケとか私のやったことないゲームとか禁止だからね!!」
「どうすんだ?言っとくけどアイツ結構勝負強いというか……冴えてるところあるから、お前じゃ大抵の勝負負けると思うぜ?」
「い、イヤなこと言うなあ……」
しかし、黒川も何もただ星畑に糞をなすりつけただけではない。ちゃんと次の勝負も考えていたのである。一見公平に見せて、こちら側に分がありそうな勝負。
「ちょっと勝負として華がねえ内容だけど……今から先に寝たほうの負けってのはどうだ?」
「はあ?………何それ?気長すぎるでしょ?」
「いやいや、流石にそこまで悠長なことは言わねえよ。今から昼飯食って……その後ここで布団敷いて俺ら二人がそこで横になる!で!先に寝たやつの負け!シンプルだし、特殊な技能もいらねえし、こじつけだけど、まあ、欲望に打ち勝つ忍耐力を量るってことで……」
「それ私たちはどうするの?」
陽菜がもっともな質問をする。
「別に何も?みんなもそっちの方が楽でいいだろ?」
「ええ~……つまんない」
「ふ~ん……まあ、別に私は良いけど?眠らないなんてその気になればサルでもできるでしょ?」
「………へへへへ……お昼寝対決なんて平和的でいいですね!流石黒川さん!」
「おひるね……そっか!エミちゃん!!この勝負受けたらキケンだよ!」
「はあ?昼寝のどこが危険だってのよ」
「だってエミちゃんいっつも昼ご飯のあと寝てるもん!!」
ぎくりと黒川。やはり敵の中で最も注意するべきは陽菜である。まさに黒川の狙いはここにあった。いつもこの時間帯、自分の部屋でグースカ眠るお姫様の生態をついた絶妙なゲームと自負していたがあっさり見抜かれてしまった。
「ああ、そういうこと……まあ、いいわ……あ・え・て!やってあげる。アンタの勝負」
「いいの?エミちゃん」
「こいつはさっき欲望に耐えてうんたら言ってたじゃない。早い話がこの私より自分様の方がその能力があるって言ってんのよ?ここらで完膚なきまでに負かして……二度とそんな嘗めた考えができないように思い知らせてやるわ!」
「ふへえ~………かっこいい……」
物凄いメンチを切りながら、啖呵を切る姫月。その横で舎弟のように見惚れる凛。そして目論見がバレたうえにその上で勝負を吞まれた、不良漫画ならまず間違いなくこの後負けるであろう黒川。
「ま、とりあえず、まずはお昼だね」
「天知さんに星畑……今までどこで何してたんですか?……一人で女子に威圧されて泣きそうでしたよ」
「ご、ごめんごめん」
「フツーにカレーあっためてたんだけど……」
「アンタらの大将ミソッカスね」
3
昼食後、再びリビングにメンバーが顔をそろえる。第2ラウンドである。リビングのテーブルとイスは隅に寄せられ、真ん中には2組の布団が敷かれている。
「ちょっと……近すぎるわよ。もう少し放して……こいつと添い寝するみたいな感じになってるじゃない」
「んじゃあ………お前はこっちな……ったく文句が多い」
クレームを受け、星畑がしかめっ面で布団をテレビ部屋に移動させる。
「寝たらダメ以外にルールはあるのかな?黒川くん」
「え?特には無いですけど?いります?」
「そうだね……例えば僕らの妨害はありか無しかとか」
「ああ~……じゃあ、睡眠を妨げるような行為はNGってことで……あと他のメンバーとの会話も禁止」
「スマホとかテレビは?」
「そりゃ禁止ですよ。タブレット類オールNG」
「ルールだらけじゃん」
「みんなには相手が寝てないか常に確認してもらいますんで……頼んます天知さんに星畑」
「ふへへへ……合法的にエミ様の寝顔が見れるチャンスなんてありがたいですねえ」
「いや、寝たら負けなんだよ?」
「……エミちゃん……体調は大丈夫?」
「平気よ。全く眠気もないわ。それよりヒナ耳貸しなさい」
「……フンフン……うふふふ……うん、分かった」
姫月が陽菜に何か耳打ちしている。ろくでもないことを考えていそうな不安に煽られる黒川だが、眠気がないのは自分も同じである。それに姫月の昼寝癖以外にも勝算はある。それは歯磨きと風呂を済ませていないと絶対に眠ることができない自身の神経質さである。如何にも図太そうで野性的なアイツにはない個性だと腹で笑う黒川。もっと言えば寝間着以外で布団に入るのも大嫌いである。
「じゃ、よ~いスタート!!おやすみ!お二人さん!」
天知の合図で布団に潜り込んだ黒川は、危うく声が出そうになった。
(………つ、冷た!!なにこれ?真冬かよ!!しかも心なしか湿ってて……漏らしたみたい)
ずっと押し入れに眠っていたからだろうか。こんな布団じゃ眠れるわけがないと思う黒川だが、姫月サイドからは真逆の意見が寄せられている。
「なんか……えらい温いわねこの布団。天日干しでもしてたの?」
同じところで保管していたのにこの違いはありえない。まさか!と先程、カレーを用意していた星畑とは別に、どこかへ消えていた天知を見ると、パチンと目配せをしてきた。事前に布団に細工をしていたのだ。おまけにわざと姫月が文句を言いそうな配置をし、使用する布団を自然に指定するという手の込みっぷり。何という頼りになる味方だろう。あと、ウインクが色っぽ過ぎる。
(おお、寒!6月だってのに震えてくるぜ……こ、これは勝ったな)
しかし、布団が冷たい間など一瞬である。すぐさま布団は快適な温度まで温まり、おまけに無意識に体を丸めたせいで、いつも眠るときにとっていた姿勢で固まってしまう。大あくびをしてしまい、嫌がおうにも危機感を抱いてしまう。
(も、もう……寝てるだろ………アイツも……)
しかし姫月の布団はボクサーがジャブをし続けているサンドバックのように小刻みに揺れ続けている。とてもじゃないが眠る空気じゃない。反対に、時折覗き込んでくる凛に「はろー」とフランクに言っているが、正直、まどろんできてしまっている黒川。
(あかん……寝るわ……これは……寝る……おれ、そういやぁ……講義がある時はいっつも寝てるじゃんこの時間……)
うとうとという表現がよく似合う黒川の様子を観察した凛が星畑に耳打ちする。
(な、なんか黒川さん……寝ちゃいそうでしたよ?)
(うっそだろ……何のために天知さんが根回ししたと思ってんだよ)
(………姫ちゃんが財務省か……ちょっとだけ楽しみかもね)
一方の黒川だが、何故か彼の目の前には半裸の凛がいた。凛が例の下着を身に着けながら、妖艶に笑っている。
(凛ちゃん……ダメだよ……俺らまだ付き合ってないんだから……)
(あ………ま、待って……今は番組に専念しなくちゃだから……)
「黒川くんは不器用だなあ……そんなんじゃ……凛ちゃんを支えられないぞ?」
(殿川さん!?)
凛の顔が突然殿川に代わるという情けないほどテンプレートな夢の覚醒を体験する黒川。
(ね、寝てた!?………寝てたな!!俺!!……え!?……勝負負け?)
(くろかわさーん……ちゃんと起きてますか~?)
ぬくぬくお布団の中で青ざめている黒川の頭上を、凛の顔が覆う。当たり前だがしっかり服を着ている。
「は、はろー」
(どう?……黒川起きてる?)
(起きてます起きてます!!)
(姫ちゃんは眠る気配すらないよ……これは黒川くんの当ては大いに外れたようだね)
(あ、あっぶねえ~~~~!!……タイミングがズレてて良かったぁ~!!)
幸いなことに黒川が眠ったのは一分にも満たない一瞬である。何とか監視にバレずに勝負の場に復帰することができた。一度、極限まで血の気が引いたからか、眠気もある程度引いた。
(そう言えばそっちのちゃん陽菜は?)
(あれ?そう言えば……どこに行ったんでしょう?)
(さっき何か姫ちゃんと作戦を立ててたし、それを準備してるのかもね)
天知の推測どおり、その後まもなく、パジャマ姿の陽菜が降りてくる。
(ヒ、ヒナちゃん?どうしてパジャマに?……相変わらずめちゃくちゃかわいいですけど)
(ナイトキャップって絶滅したと思ってたけどまだひっそりと息してたんだな)
(フフフ……これ、かわいいでしょ?)
(でも何で着替えたんだい?…………まさか……)
そのまさかである。陽菜はモソモソと黒川の布団の中に潜り込んでいった。
「な、な、、な、何ですってえええええええ!!」
「カタツムリうるさい!!妨害行為とみなすわよ!!」
「いやいやいや、まさにちゃん陽菜が絶賛妨害中だろうがよ!!」
「そ、そ、そ、そ、添い寝!添い寝!!羨ましすぎます!!ヒナちゃんの添い寝!!」
「子どもが大人と一緒に寝るののどこが妨害だっていうわけ?」
「…でも、添い寝って…普通に考えたらむしろ寝にくくなるんじゃない?」
天知が首をかしげるが、その横で血走った目の凛が全力で否定する。
「普通の子どもなら……そうでしょう!!しかし……あそこにおわするは天使ヒナエルですよ!柔らかくてあったかくていい匂いのする……いわばフワフワのゆたんぽ抱いて無印〇品で眠るようなものですよ!!………以前眠っている陽菜ちゃんを抱きしめたことがありましたが、私は立ったまま昇天しそうになりました!!」
「そ、それはよく分からないけど……」
しかし凛の説明が要領を得なくても、事実潜り込んできた陽菜の破壊力たるや、半端なものでは無かった。事実、温かいしいい匂いがする。以下、黒川の果てしない動揺をご覧いただこう。
※長いうえにキモいので読み飛ばしてくださって大丈夫です。
(近い近い!!近い近い近い近い!!何この子……警戒心ってもんはないの!?嫌じゃないの!?風呂にも入ってない男と同衾って!!臭いだろ!!俺!!………って陽菜ちゃん何だこれ……何か…すごい優しい臭いがする……滅茶苦茶いい旅館の匂いっていうか……お洒落なパン屋の匂いって言うか…って例えが離れすぎててなんか逆に分かりにくくなっちまった!!でもとにかくいい匂いすぎる!だ、ダメだ!!嗅ぐな!!嗅ぐんじゃねえ!!子どもの匂いなんて……嗅いでいい匂いって……ロリコンじゃねえか!!……今日び二次元のロリっ子をおかずに使うのは普通かもだけど……リアルはヤバいリアルは………いや、けっして興奮してるわけじゃねえけど!?興奮何かするわけないけど!?妹みたいなもんだし……こんな純粋に慕ってくれる子をそんな……メスガキサキュバスなんぞと比べるなんて無礼千万!!悪烈苛烈の児ポ野郎だぜ!!………ちょっと近いって……ホント近いって………イ、イエスロリータ・ノータッチ……いやノーロリータ・ノータッチミー!!触れたら壊れる触れたら壊れる。この子は触れたら見る見る腐っていきます。アレです。サンサングラミーです。もしくはしまじろうが育ててたオジギソウです!!好奇心で触れちまったらおしまいです!!糞!!欲望を抑えるってそういうことじゃねっつーの!!いや、そんな欲望ないけどぉ!!ないですけどぉ!!ノーロリータですから!ノータッチですから!!マリリン・モンロー・ノー・リターンですから!!………アレ?なんだろう……急に……ストレスというか、葛藤というか、もやもやが消えた?何で、すごい……落ち着いてきた。さっきまでヘビメタを熱演してた胸の鼓動が~©岡村靖幸~……おかしいな……何て言うか血管が一つ増えたみたいな……まるで高級のプリンを舌で転がしてるかのような繊細かつ優しい感触の……幸福感の塊というか、それが俺の胸のリズムをリードしてくれてる……なんだこの安心感は……ガキの頃喘息の俺の呼吸に合わせて背中をさすってくれたおばあちゃんの手みたいな……………あれ?もしかして……陽菜ちゃん……陽菜さん?……俺に………抱き着いてる?……(中略)………あかんあかんあかんあかんあかんあかん……あかんあかんあカントリーロードよ……マジで……ばあちゃんの幻影まで見ちゃったわ。リラックスしたらダメよ。幼子に抱かれて癒されちゃおしめえよお前、血も繋がってないのに…ていうか陽菜ちゃんも……いくらエミ様の命だか何だか知らないけど……嫁入りどころか1/2成人式も迎えてない子が……野郎に抱き着いちゃいかんよ……『お兄ちゃんは野郎じゃないよ……お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ』……やばい……何か自分にこの上ないほど都合のいい幻聴まで聞こえてきた。クソっ!!マジかよ!!殿川さんが覆いかぶさってきた時よりドキドキしてるよ!!嘘だろ俺!!嘘だと言ってくれ!!そ、そうだ!!これは勝負だ!!そしてこれは向こうの作戦じゃねえか!!だったら突っぱねたらいいだけじゃん!!単純だよ!!『陽菜ちゃん、そこにいられると寒いから姫月の方で寝て来なさい』これだけ!!若干申し訳ないけど……これしかない!!……ていうか何で俺は目え瞑ってんだよ!!めっちゃアホなのか!!何でタヌキかましてんだよ!!マジで永遠に眠っちまえ!!……いよーし……目え開けるぞ!!1・2・3……うっわ!!顔良!!まつ毛長!!ていうか顔近!!……あかんあかんあかんあかんあかんあカンビュセスの籤よ……あかんあかんってあかんよこんなん……ここに来て久しぶりに関西弁使っちまったよ脳内だけど……うっわ……髪の毛が顎に当たってるんですけど……めっちゃフワフワなんですけど……おかしいよサラサラじゃねえの!?髪の毛って……普通は!?ふわふわて何なん!?あかんあかんあかんあかんあかんあかんあカンのエーゲ・バミヤージよ。ビタミンCが足りてねえよ。もうダメだ………負けた……負け……負け……負けてる!!陽菜ちゃんに……小4の児童に完膚なきまでに負かされた……信じられねえ……団地ともおのケリ子と同い年なんだぞ……このままじゃ何というか自分の尊厳のようなものが音を立てて崩れていく気がする!!腐るのは俺の方だったのか!ていうか……陽菜ちゃん!!演技だからってそんなよくもまあずっと黙ったまんまで居られるな!!さっきから……って……なんかスース―聞こえてくるんですけど……もしかして……寝てる?いや、ダメよ……いくら何でも……寝たらダメよ寝たら……何か一周回って冷静になって来たわ……ダメよ寝たら絶対だめよ……あ~あ……いくら何でも危機感ってのが無さすぎる……そう言えば不審者にポコチン見せられた時もケロッとしてたんだっけ……いかんよそれはいかんいかんイカ二貫よ……もっと自分の魅力というものを自覚しないと……男はみんな野獣なんだぜ……全く……姫月はまだ起きてんのか?)
黒川にとって永遠と思える時間が過ぎていく。が、実際問題、時間は途方もないほど経っておりすでに3時間も経っている。陽菜は本気で寝ているし、他のメンツもぼ~っと布団で起きている二人を眺めている。暇そうにゴロゴロしていた姫月だったが、ここで初めてコロリとうつ伏せになり顔が隠れてしまう。天知が覗き込んで確認すると、気配を察した姫月が力なく手を上げる。一方の黒川はガン開きの状態で地蔵のように固まっているのだから確認が楽である。姫月の確認を何度か行っていた天知がフムと息を吐いて、ゆっくり凛たちの方へ向かって行く。
(………多分、寝たよ姫ちゃん……勝負ありだ)
(うぇ!?……エ、エミ様が負けたんですか!?そ、そんな……)
(でもなかなかの名勝負だったぜ?見てる方は滅茶苦茶つまらなかったけど……)
(途中まであんなに眠そうだった黒川さんが………ヒナちゃんの添い寝なんて私だったらあっという間に落ちてしまいそうですが……)
(いやぁ……これは作戦ミスだぜ……どうも)
(というと?)
(先っぽ入れられても………黒川は黒川ってことだな)
(ええ!?……あ、相手はヒナちゃんですよ!?)
(ちゃん陽菜だって女だろうがよ)
(え、ええ~……)
確かに、生きる極楽浄土のようだった陽菜のパワーはえげつないホスピタリティというかアロマテラピーというかだったが、天使だって女の子である。女の子との同衾など黒川に耐えられるはずはなかったのだ。童貞の勝利である。
「姫ちゃん………姫ちゃん……寝ちゃってるよ?」
「………ん~……寝てない!!」
「いや、涎出てるよ?」
「!!」シュババババ
涎と聞くや否や、凄まじい俊敏さで姫月のもとに向かって行く凛。
「アイツに黒川を引く権利ねえな……お~い!ちゃん陽菜……終わったぞ!お前がのかねえと黒川身動きとれねえから!」
「………う~……あれ?……何してたんだっけ……」
「睡眠我慢勝負だろうがよ。普段は着ねえようなあざといパジャマまで引っ張って来たのに残念だったな」
「………お兄ちゃんまったく動かないけど……目開けたまま寝ちゃってるんじゃないの?」
「……お、起きてる起きてる」
「股間は?」
「………起きてるわけねえだろバカ」
「いやほら……眠くなるとでかくなるじゃん。そっちだよ」
「嘘つけ……他意があっただろ今の……まあ、確かに……俺はそろそろヤバいかもしれないとは思ったけど」
「まあ、その並外れた性欲のおかげで今回は勝てたんだしよ」
「…………宇宙に見られてることなんて気にせずやっぱ発散しとくべきかなぁ……俺」
「いいだろ抜くくらい……酔っぱらいとヤリかけたところ見られてんだしもう無敵だろ?」
「日も落ちる前から何キモい話してるのよ」
「お、敗者じゃん」
「俺に何を思い知らせるつもりなんだっけ?」
「………まだ勝負がついたわけじゃないわよ……」
「………次はお前がルール決めるんだっけ?だるいからすぐ終わる奴にしてくれよ」
「…………そっちじゃないわよ!!今の勝負!!アンタ途中で寝てたでしょ!!」
「は、はああああ!?ね、寝てないし!?凛ちゃんだって隣の陽菜ちゃんだって寝てたとは言ってなかったし!?」
物言いがつけられてしまったが、事実、この男は眠るどころか夢まで見てしまっている。そこを指摘されてしまい焦る黒川。一方、当の姫月も黒川の反応に目を丸くする。
「……何よそのリアクション……アンタ……まさかホントに寝てたんじゃないでしょうね!?」
(ゲ!……た、単なる言いがかりだったのか!?もっとうまく白切るべきだった……)
「………ね、寝てないってば……ていうか仮に寝ててもジャッジが判定してないんだから負けでは無いだろ!?」
「…………ああ~もう!!アンタ役立たずにもほどがあるでしょ!?」
「ひぃ!!ご、ごめんなさい!!……で、でも私が見てた時はずっと声をかけて下さってましたし、ホントに寝ては無いんじゃ……」
「バカ!!さっきの反応……こいつ間違いなくクロよ!!」
「黒川だけに……」
「下らねえこと言ってないでフォローしてくれよ星畑!」
「まあまあ……寝てるか寝てないかは宇宙人に聞けばいいじゃないか」
「あ………そっか…Uはずっと見てるんだ」
「…………それがめんどくさいから今アンタに聞いてるんだけど!?」
「……ぶ、ぶっちゃけ……俺もよく分かんねえけど……ちょっと意識がトンだ瞬間はあったかもってぐらいだよ……そもそも!俺が言いたいのは……寝ててもその時ばれてねえんだったらセーフだろって」
「アンタがルールで言ってたのは確か『先に寝たら負け』でしょ!?寝てること認めた時点でアンタの負けじゃない!!」
「…………ぐ」
「おお、言い負かされた」
「流石エミ様……押しの強さじゃ天下一です!」
「じゃあエミちゃんが優勝?お金はエミちゃんが管理するの?」
「異議あり!!」
言い負かされ、まんまと白星を黒に塗り替えられてしまいそうだった黒川だが、突如として某ゲームが如き待ったがかかった。今まであまり口を挟んでこなかった天知が大将を守る為、姫に異議申し立てを行ったのである。
「何よ天知」
「ん~……雰囲気的に異議ありと言ってみたけど、正確にはそういう重箱の隅をつつくんなら僕も言いたいことがあるってだけだよ」
「何よ?………言っとくけど私はずっと起きてたわよ」
「僕が言いたいのは昼寝対決じゃなくって……ババ抜きの方だよ」
「ババ抜き?……アレに不正なんてあったっけ?」
「………正確には不正の疑惑なんだけど、このジョーカーを見てくれないかな?」
「!!」
「ジョーカー?」
先程トランプで使用していた、ジョーカーが天知のズボンのポケットから顔を出す。黒川にとって気まずい再会である。ただ、黒川以上に気まずそうなお姫様だけが、露骨に顔をしかめてジョーカーから目を逸らした。
「………そのリアクション的に不正を知っていたのはチームの中でも姫ちゃんだけみたいだね」
「不正?このジョーカーがですか?」
「うん。始まる前に気付いてすり替えたけど……ホラこれちっさい傷」
「あ………ホント」
「……エミちゃんそんなことしてたの?」
「…………いいじゃない……別に……結局そのカードは使わなかったんだし」
「使わなかったんじゃなくて天知さんがすり替えたから使えなかっただけじゃねえの?」
「………細工したジョーカーを黒川くんに配って……あとは引く側の自分がそれを引かないようにすれば勝てるという寸法だったみたいだね」
「……お前、それで俺のカードをあんなに睨んでたのか」
「お兄ちゃんのと違ってしっかりズルじゃん……ダメだよエミちゃん」
「うっさいわね!だから!それを使ってないんだからいいじゃない!肝心の対決はしっかり不正無しだったんだし!!……黒川の不正とはものが違うわよ!!」
「まあそうかもだけど……お金の管理が懸かった対決で不正を働いちゃうとなると…僕のどっちでもいいっていう評価は覆そうかなって……」
「ヒナも」
「ホシも」
「え、あ……えっと……わ、私は……エミ様の味方ですよ!!」
「………じゃあ今から私の潔白を証明して見せなさいよ役立たず」
「…………やっぱり私も黒川さんに寝返ります」
「ていうか!!天知も意地が悪いわよ!!今更それを蒸し返すなんて!」
「ごめんね。黒川くんの不正騒動が無かったら何も言わないでいるつもりだったんだけど」
「なんか3回戦するまでもなく俺で決まりそうだな」
「………何よ……不正じゃなくって作戦じゃない……つまんないやつらね全く」
「あのなあ……まあいいや。じゃあ、もう金は俺が管理するってことで……」
「全くもって姫月と同意見だ。つまらん奴らだなノンシュガーズ」
半ば無理やり話を締めくくろうとしたところで、黒川の脳内からUの声がする。
「………な、何がだよ?」
「お兄ちゃん?」
「こりゃあUの奴からなんか言われてるな」
「………宇宙人!!黒川が寝てたかどうか私に教えないさい!!」
「ちょ、ちょっと静かにしろって……今、やり取りしてるんだから……」
「せっかく面白いことをしているから張り切って編集作業の準備をしていたというのに、実行もされてない不正でなあなあにされては困る。今はまだ引き分けているんだから、三回戦でも何でもして気持ちのいい落としどころを作れ。何度も言うが、金の管理を誰がしようが私はどうでもいいんだ」
「はい、はいはい………分かったよやるよ……やり取りって言うか説教だなこりゃ」
「何かやるって聞こえましたけど……結局、黒川さんがお金の管理なされるんですかね?」
「アホ。この流れだとどう考えても対決の続きの方だろうがよ」
「この対決そのものが企画になっちゃったってわけだね」
「………対決するのは……いいとして……何するんだよ?」
「そもそも、さっきまでの対決もさぁ、お前らがこれなら勝てると踏んで挑んだもので思惑通り勝ってるだけじゃん。勝負として出来レース過ぎてつまらねえよ」
星畑が今までの勝負全てを否定してくる。お前はこの場をどうしたいんだ。
「いいのよそれで。私こいつに勝てないことなんてないもの。睡眠だって実質勝ってたんだし」
「ババ抜き不正しようとしてた時点で、お前の箔なんざボロボロに落ちてるっつうの!」
「じゃあ星畑が勝負考えろよ………大喜利以外で」
「実は星ちゃんひっそり考えてたんだよ。金のやりくりがものを言って俺らも自然に混ぜれてなおかつつまらなくない対決」
「……その心は?」
「ずばり人生ゲームだぜ!」
「…………ああ~……まあ、そうかもだけど」
「じんせーげーむって何よ」
「え!?お前知らねえの!?」
「双六だよ。お金稼いで一番大金持ちの人が優勝するの」
「………私も実は存在を知ってるだけでやったことはないですね」
「僕は何度かあるけど……でも、そもそもブツはここにあるの?」
「………俺は実家ですね。星畑は?」
「俺持ってるけど……それ使ったらなんかブーブー言われそうじゃん。姫月から」
「私家にあるよ?取ってくる?」
「いや、んな必要はないぜ」
「ブツもないのにどうやってやるってんだよ?」
「ずばり……俺らで一から作るんだよ。マスとか職業とか」
「めっちゃ時間かかるじゃん……めんどくさいし……」
「それにやりたい放題できちゃうよ?規定は作らないと」
「もちろん黒川と姫月には作らせませんよ。作んのは俺ら4人です」
「わああそれすっごい面白そう」
(こいつ相変わらず陽菜ちゃんのツボをつくのが上手いな)
「………えっと……つまり私とヒナちゃんはエミ様が優勝できるようなコマを作らなくちゃいけないってことですね」
「ああ……まあでも、もちろん姫月は○○できるみてえな名指しはNGな。あとゲームバランス壊すようなのもダメ。他は何しても良いってことで」
「………それちゃんと勝負になるんでしょうね……この際、別にアンタの人生ゲームでも文句言わないけど」
「なんか……俺らの対決……Uだけじゃなくってこいつらにもおもちゃにされてない?」
黒川と姫月は何となく渋いリアクションだが、人生ゲームを作る側はウキウキしている。姫月側は知らないが、少なくとも黒川はこれも番組の一環として消化され、その上でみんなが楽しんでくれてるならそれはそれで満足に感じている。意図せず始まった姫月との再戦は相も変わらず波乱万丈で、カオスで、その癖無駄に長引くのである。
どうでもいいですが、サブタイに「ノンシュガーズ」とつけている回では、何かしらチームそのものが動く回だと思ってください。ただし、コメディ系日常作品ですので、設定根本を覆すような変化ではありません。程よく肩の力を抜いて楽しんでください。あと、陽菜相手に興奮しかけていた黒川ですが、ロリコンという設定はありません。それだけ陽菜が年離れした存在であり、ガス抜きできていない黒川の性欲がそろそろボルテージ限界だということを察していただけたらと思います。念のため。
今回もそこそこ長かったですが、ひょっとすると次回もっと長くなってしまう可能性があります。すいません。それでも読むぜ読むわな聖人君主の皆様がもしいらっしゃれば是非次回もお会いしましょう。