その③「忘れないわ今夜の2人のコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆カラオケの十八番は「君は天然色」だが歌っている間死ぬほどしゃくれてしまうのが難点
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆カラオケの十八番は「カルアミルク」だが毎回裏声でハミングしてしまうのが難点。
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆カラオケの十八番は「陰獣」(人間椅子)だが声がつぶれて以降何も歌えなくなるのが難点。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆カラオケに行ったことは無いが、自分は歌手としても一流であると自負している。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆カラオケの十八番は「神田川」だが場の雰囲気がしんみりしてしまうのが難点。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆カラオケの十八番は「3年目の浮気」だが友人の誰も亭主になってくれないのが難点。
すぐに上げると言っていたくせに一か月近く空けてしまってすいません。言い訳ですが、実はすでに文章自体はほとんど完成していたのですが、本編の内容と世間を騒がせているあるニュースに関連がありまして、その加害者側の擁護と思われてしまいかねない危険があったので、騒動が比較的沈下するまで置いておくことにしました。小説では好き勝手に言っていますが、人それぞれの価値観及び、時代にあった倫理観でもって一種の娯楽として読んでいただければ幸いです。
1
カラオケ空間エルマロ東河原町吉良通り店は、仁丹大学の学生たちにとって、一種の穴場として知られている。すぐ近くの繁華街に、大手カラオケチェーンがひしめいているため、大抵の人間がクーポンだなんだの関係でそこに流れてしまい、飲み屋街からも駅からも遠いエルマロにまで行くのは中々少ないのだ。事実、5月24日の21時38分現在、平日とはいえ利用者は著しく少なかった。それこそ通常ならばごちゃごちゃと音が混ざり聞こえるはずのない客の歌声が、割と鮮明に外部に漏れているほどである。
「アイドン!!U!!ドン!!ぶええええええええええええええええええええええ!!」
マイクを両手でがっしりと握り、小柄な少女が絶叫している。いつも籠っていても気にならないくらいにはキュートボイスの須田凛だが、今はその強みともいえる可憐さをかなぐり捨てて、喉を潰さん勢いでしゃがれたノイズを叫んでいる。本人はきっとブルースというかハスキーというかのつもりで歌っているのだろうが、甲高い声でピーピー騒いでいるようにしか聞こえない。始まる前は散々凛を囃していたオーディエンスも、今はポカンと口を開いている。
「ズボボボボボボボボオオオオオオギンビビビビィィィィウィッィィィィ!!!!」
「な、何?これは?」
「きょ、きょうりゅう?(*´д`)??」
「人間が電気椅子を食らったらこうなりそうだよな」
佐田の戸惑う声も、勝美のおとぼけな予想も、それに対する酔って情緒がブレている星畑の意味不明な返しも、全て轟音がかっさらっていく。
「…………しかし……黒ちゃん遅いなあ……殿川さんも…」
「え!?なんて!?」
「く~ろ~ちゃ~ん!!どこ行ったのかねえ!!って!!」
「殿川さんと!!ふけたんじゃね!!」
「……いや、そんなわけは無いと思うけど……」
黒川は星畑と凛に伝えていないのだが、殿川は仁丹大学では有名なトラブルガールなのである。今回のコンパに黒川が参加したきっかけも、そんな彼女と同席すれば何か撮れ高があるかもという期待からであった。しかし、いくら何でも、地雷と分かっている女性に飛びつくほど黒川はアホではないと、佐田は引っ掛かる。それに、少なくとも星畑や凛が微塵もその気を感じなかったことからも分かるように、殿川と飲んでいてもそんな危険な雰囲気はなかった。佐田もおそらく、殿川に対してはかなり印象が変わっている事だろう。そういった意味でも、2人で夜の町に消えたとは考えづらい。
2
凛が絶叫している部屋の真下にある部屋。そこで半裸の女が男を押し倒す形で絡みついている。
「………この部屋は……空き部屋ではないんだよ?」
「はあ?……いや、だってみんな違う部屋にいるんだろ?ていうか離れろって」
男は黒川。半裸の女は殿川。何故か黒川は彼女にこの部屋まで誘導され、そして酔った彼女の介抱をしているうちにこんな状態になってしまったのである。
「………黒川くんがトイレに行ってぇ…みんながドリンクバーでわちゃついてるうちにぃ…私が取っちゃいました!!」
「ええ!?」
「……だいがくせーはね?コンパの二次会の時はカラオケの部屋を……人数分+ワンで取るんだよ?これ常識。何でか分かる?」
「わ、分かんねえよ!」
「ヤ・リ・モ・ク……」
「…………い、いやいやいやいや」
妖艶である。既にブラジャー以外何も身に着けていない彼女の上体は、よくくびれていて、時折角度を変えては黒川の目のやり場を困らせている。妖艶である。時折、黒川の鼻腔を掠める酒の香りは、男の情欲をムラムラと搔き立てる最上のフレグランスだ。
「た、頼むから……服着て」
「何で?……今からヤろうってときに」
そして極めつけはこのからかうような声!妖艶以外の何者でもない。
「はい……じゃじゃん……ど~だぁこれぇ?」
突然軽くスプリングしたかと思うと、彼女はあどけない仕草でズボンを脱いで見せた。ついに正真正銘ランジェリー以外何も身に着けていない状態になってしまう。そして、彼女は自分のそんな肢体を誇るように黒川に見せつけている。特にパンツを視界に入れるようにしているのか腰を重点的に揺らしている。
(な、何で……何だって……飲み会の時は全然酔ってなかったじゃん!……ていうか!エッロ!!なんだその下着!!ドスケベすぎるだろ!!何で……もうヒモじゃん!こんなの履いてくるって…さっき何かヤリモクだか何だか言ってたし…もしかしなくても今日は誰か野郎とおせっせするつもりだったってのかよ!!…………わひょ!?)
あまりにも唐突に黒川のダニーボーイを握る殿川。心の中では素っ頓狂な悲鳴を上げているが、リアルでは動揺しすぎて何の声も出せず硬直してしまった。
「あれ~……でかくなってるとおもったけど……何かふにゃふにゃだねえ~」
「だ………だ……だめ……マジ……ダ」
「おっきせずにこれって………けっこうデカチン?……でもここまで見せたのにおっきくしてないのは屈辱だな~……あ!そうそう!とっておき忘れてた!!」
「と……とっておき?」
「この下着ね……今日、須田さんが履いてきてたモノだよ?これ大マジね」
「…………………………………………………………………………………………………は?」
「だから~……このあっぶない下着は~……須田さんがちょっと前まで履いてた奴だよ~って」
「イ、いやいやいやいやいや……」
「ホントだって……あの子がイッキしてぶっ倒れたときさ。私、介抱したでしょ?あの時、下着、トレードしたの。こっそりだけど」
「……な、何の為?」
「アハ!それどっちの意味で聞いてるの?」
「どっちって……」
言いながら、ほぼ不可抗力で下着に目を移す。凛が今日この日にこんなはしたないパンツを身に着けた事か、それとも謎のパンツトレードを行っている殿川に対してか、どっちかと言われれば後者のつもりだったが、意識すればするほど前者の疑問も高まってくる。高まるにつれて目の前の煽情的にもほどがあるお召し物を凛が付けている姿を想像してしまう。
「須田さんがこんなの履いてきた意味は分かんないけど、少なくとも私の方は意味ありだったみたい」
そう言って不敵に笑う。意味ありの意味については殿川の手の中にある優しい王様が全てを語っている。
(………死にたい)
「じゃあさ……準備万端ってことで……やる?」
「………やらねえよバカ」
「ダメ……ここまでやった女の子に恥を書かさないでね」
半ば自暴自棄になって初めて強い明確な否定の語が飛び出してくれたが、それでも殿川はひるまない。体を擦りつけて尚も黒川に寄りかかる。それがまた、理不尽なほど柔らかく気持ちいい。
「…………放せ」
「ダメ」
「…………放して」
「ダメだって」
「………………放してください」
「しつこいね」
「………………………」
「……………………………」
諦めたかのように黙り込む黒川と、同じく黙々と黒川の身体を鷲づかみにし、己の身体を押し当てる殿川。そのイヤになるほど静かな部屋の中で、カラオケの映像の音に紛れて、騒音が聞こえてきた気がする。
(………………………………この声?歌声?…………………凛ちゃん?)
(………ミッシェル・ガン・エレファントだ……『スモーキン・ビリー』だ)
(ひっでぇ……声……滅茶苦茶だ……あの娘…自の声が声優さんみたいに可愛いんだから、そのまま歌うだけでも映えるのに………………)
(………モノマネでは無いな……だって……明らかに声、上擦りすぎだもん……あ、でも……)
(………音程は……めっちゃ正確だ)
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「? だって、声が変わってるだけで音程は信じられない程正確じゃないですか。 十分、規格外の歌唱力ですよ!」
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(凛ちゃんだって………歌得意なんじゃん……それをわざと変に歌っちゃってさ)
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「いいんです。きっかけは勘違いでも、あの声で歌う黒川さんが素敵だったのも、動画を見て勇気をいただいたのも本当なんですから………………どんな形でも、私が好きになったものは私の中では永遠に正義!なんです!」
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(………こんな歌い方が凛ちゃんの正義なの?俺の歌は何回聞いても単なるノイズだし、昨日言ってたビジュアル系のバンドも…試しに聞いてみたけど…正直、全く良さが分からなかったよ)
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「……うう………そんな有象無象の下らない価値観はぶっ壊せばいいのに……」
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(………凛ちゃんが言う価値観が何なのかも、有象無象がどんなのかも分からないし、興味ないけど、凛ちゃんの……その、好きなもので世界を回すところ?好きなものに支えてもらうんじゃなくって好きなもので自分を作ること?……これも上手く言えないけど…そんなことができてるのってきっとごく一部の人間だけなんだろうな……それって……すっげえカッコいいことだよな)
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「…………いつ聞いてもサイケです………さいこお……」
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「………殿川さん………放して………」
「………………だから……しつこいって……男なら…」
「好きな人がいるんだ」
「………………………………………」
「だからアンタとはそういうことできないし、したくない」
「好きな人って…………誰?……須田さん?」
「関係ないだろ?アンタに……いいから放せよ」
殿川を引きはがす。今までのやり取りは何だったのか不思議なほど、容易く離れ、貞操の危機はあっけなく始末が付いた。おまけに凛のものを身に着けたというランジェリー姿も、嘘のように興奮しなくなっている。
「…………アンタ……チキンなんだね」
殿川がやっかんでくる。黒川はすんでのところで舌打ちを呑み込み、ため息交じりに反論する。
「いくら何でもさぁ……色々ひどいよ……シチュエーションがさ…それともこれが大学生のフツーなわけ?」
できるだけ柔らかいニュアンスで行ってみるものの、セリフの途中で気まずくなり早口になる。殿川の顔も見れない。
「…………ああ、くそ……こんなとこ撮られちまったのかよ……」
突然、自分は四六時中監視の身であることを思い出し、ボソッと落胆の声が出てしまう。それを聞いた途端、露骨に地雷女の空気感が変わった。
「………嘘……何で分かったの?」
「え?」
わなわなと唇を震わせる殿川の顔を見ると、どこか目線が泳いでいる。いや、泳いでいるというより、一点をチラチラ確認している。視線の先を黒川も注目してみると、カラオケ機材に紛れ込ませて、スマホが置いてある。恐る恐る手を伸ばすと、殿川がそれを制止しようと掴みかかってくる。
「わ!わ!……何だよ!?」
「何でもないから!……スマホに触んないで!!」
あまりの圧にひるんでしまい、結局、スマホが何を意味するか確認できなかった黒川だが、何となく予測はできる。
「………え?……と、撮ってたの?」
「……………………………」
「え、ええ~……な、なんで?…俺をはめようとしてたってこと?」(←意図せずダブルミーニング)
「………いいでしょ……結局、何にもならなかったんだから」
「よ、よくないよ……よくねえよ!!……お、お前、何!?……マジで何なの?何のうらみがあって」
「……………アンタこそ……何かしら期待してここまで来たんじゃないの?」
先程までのフニャフニャした、いかにも酔っていそうな態度とは一変し、殿川は何とも憎々しげに黒川に吐き捨てる。
「い、いや……意味わかんねえよ!?答えになってないし……行動の意味も動機もあやふやすぎて…それについさっきまで露骨に童貞扱いしてたくせに…今度は人をヤりたい盛りみたいに言いやがって…行動と、セリフがちぐはぐじゃねえか!こちとらアンタに襲われそうになった被害者だぞ!」
ムキになって騒げば騒ぐほど、不条理な怒りというか、状況のカオスさについていけなくなってどこから突っ込んでいいのか分からなくなる。一先ず、一番知りたいのはこの女がどういう意図でこんなことをしたのかという事である。どうも単なる酒による暴走ではなく、何か思惑合っての謀略のように思える。
「……期待ってのは……別にS〇Xのこと言ってるわけじゃないんだけど」
「はあ?……じゃ、何の?」
何の期待だってんだ?と言いかけて、口ごもる黒川。そう言えば、黒川には大いなる期待があったことを忘れていた。自分はこの女、飲み会で騒動を起こしたトラブルメイカーと飲むことで何かしらの非日常的アクシデントに巻き込まれることを期待していたのではないか。
「………隠さないでいいよ。こーいうのアンタだけじゃないし……それに無駄だよ。私、昔から勘が良くって、そういう相手の視線というか感情が分かっちゃうタイプだから」
「…………ぐ………」
「…………私と飲んで何か面白いネタになるとでも思ったんでしょ?」
おっしゃるとおりである。図星中の図星なのだが、何となく、今までの黒川以外の奴ほど不純な動機ではないと、反論できるものならしてみたい。目的が見透かされた気まずさというより、今まで殿川に近づいて来た好奇の視線の一つになってしまったことが黒川には嫌でしょうがなかった。しかしどれだけ取り繕っても、否、取り繕うまでもなく黒川の今回の行動はそんな「以外の奴」と全く同じ行動に他ならない。そんな葛藤もあって、黒川は何も反論できない。唯一の救いは黒川が何の返事もしなくても、相手が次々言葉を続けてくれることである。
「だから…………アンタに迫って…それを撮って、逆に陥れてやろうと思ったけど……」
「…………ほ、他の奴にもこういうことしたの?」
「…………してない……アンタが初めて」
「な、何で俺にだけ………」
「………別に…………ただ今までの奴とアンタがあまりにも雰囲気違ったから……」
「………あ~………俺ならいけると思ったのか……」
「…………………………………………」
「まあ、俺も少なからず………っていうか……どうしてもあの大学にいる以上、アンタのことは知ってたし、動画も見ちゃったけど……だからそういう好奇の視線みたいなのも…向けちゃってたかもしれないけど……そこは悪かったよ…俺も、今回のことは忘れるからさ…みんなに連絡して…帰るわ」
殿川と、自分のメンツに向かって言い訳じみたことをポツポツ語りながら服のしわを伸ばす。殿川は終始、黙ってうつむいている。バツが悪いので、それを見ないように振り返ることもせず、黒川は部屋から出ようとする。
「あ、そうそう……例の騒動、凛ちゃんと星畑には言ってないから……だから安心?ってのも変だけどとにかくあの二人は知らないし……」
本当は黒川自身、飲みの際の彼女の気の利いた立ち回りに感心し、すっかり騒動のことなど忘れていたのだ。そのことも付属で言っておくべきかと思ったが、うまく言葉にできそうもないので、黙って去ることにした。
「……………………………………フフフフフ、フフ……」
(な、何か笑ってる?む、無視しよ…こわいこわい)
「あっはははは!!………ああ~あ!……私って…ついにこんな遊びなれてもない童貞にまで、ネタにされた上に……情けをかけられた!!」
(な、なんちゅう言いぐさだよ)
流石にムッとして振り返った瞬間、凄まじい速度で殿川が背後を通り過ぎる。激しく肩がぶつかりふらつきながら、何とか扉にもたれて倒れずに済む。
「……な、何だよ!!まだ、何か………」
「…………………………何が……好きな人がいる……よ……」
「え?……泣いてるの?」
「……何が今回のことは黙っとくよ……あの陰キャ女の胸ガン見してる童貞陰キャチー牛の分際で……」
「………そんな胸ばっか見てたか?」
根暗に浴びせられる悪口のオンパレードに苦虫を噛み潰したような顔になる黒川だが、それ以上に強烈なものが目に入り、思わず総毛だつ。わなわなと震える彼女の手には、どこから取り出したのかカッターナイフが握りしめられていた。ばっちり刃をむき出しにしているそれは、「僕はヤバいよ!」と言わんばかりのギラついた輝きを黒川に向けている。今しがた、通り過ぎたように見えたアレもひょっとしなくても、彼女がそいつを持って突進したという事なのだろう。
「ちょ!!ちょっと待って!!ダメダメダメダメ!!」
「うるさい!!死ねぇ!!この……ゴミ男!!」
「ぎゃああああああああ!!待ってご、ごめんなさい!!ごめんあさい!!」
足が震えて立っていることがやっとだというのに、殿川はナイフを突きつけようと再び迫ってくる。何に謝っているのかも分からないが、とにかくビビり倒し謝り倒しで、何とかソファに転がり込み、尻をくねらせ芋虫のように移動する。殿川もその後を追い、あっちこっちで体をぶつけながらソファにやってくる。殿川の身体もなかなかにコントロールが効かなくなってしまっているらしい。
「落ち着いて!!落ち着いてってば!!………謝るから!マジで!!」
「舐めんじゃねえ!!嘗めんじゃないわよ!!……ムカつく!ムカつくぅ!悪いのは私じゃないのに!!裏切ったのはアイツなのに!!……アンタが!アンタが!悪いの!何が……『やってそう』よ!ふざけやがって!!」
「それ言ったの星畑ぁ!!」
「………あんな趣味の悪い女のどこが良いのよ!!……バカみたいに…吐きながら……黒川さんは素晴らしいって……こんなののどこが!?どこが!?……何でアンタみたいな優しい風装ってるだけの……単に静かなだけの、特徴のない!クズが!!楽しそうで……私が……私が……」
「そんなこと言ってたの凛ちゃぁん!?」
ソファの上、カラオケ機材の裏、テーブルの下。ぶつかり、絡まり、ナイフが空を切り、フラフラの男女が叫びながら狭い空間を右往左往している。突然、空を切ってばかりだったナイフが壁にあたり、弾みで折れた刃が空を飛び、黒川の頬に当たる。幸い刺さることも斬れることもなかったが、金属片の冷ややかな感触にビビった黒川が、バランスを崩し、倒れ、テーブルの角に額を強打する。結果的にぱっくりと割れた額から、デロリと血が零れてくる。
「……あ…………あ……」
黒川の血を見た瞬間、殿川は力が抜けてへなへなとその場に座り込む。一方の黒川は痛いことは痛いが、逆にシャンとし、何とか平静を取り戻して立ち上がることができた。近くにあったティッシュで血を拭いながら、殿川を気に掛ける。
「そ、そんなに思いつめてたのか……まあ、そりゃそうか……ホントごめんな……マジで行動というか考えが軽率過ぎたよ。そういう野次馬みたいな非道なことだけはしないよう心がけてたのに」
心の底からふつふつと湧いてくる後悔の念を癒すため、黒川がうなだれる殿川に声をかける。その声を受けて殿川は赤ん坊のように泣きじゃくり始めてしまう。
「……何でぇ……何でよ……何でアンタみたいのが……アンタみたいなのまで…私を~!」
「ごめんって……ホントゴメン……最近、謝ってばっかだな俺」
「………他の奴はもっと……露骨だったのに……露骨すぎて……むしろ気が楽になるくらいだったのにぃ~……アンタみたいなどっちつかずなのが一番迷惑!!死ねぇ!この馬鹿ぁ!!」
叫んでまた、ア~!!と泣き崩れる。そんなアンタアンタ言われると姫月を連想してしまい、何となく複雑である。どうしていいか分からず、取り合えずかがんでティッシュケースを渡そうとすると、今度は拳でポカポカ殴りかかってくる。結構痛いが、こういう時は食らってやらないとだめだろうなと、半ばあきらめてそれを向かい入れる。そうしてしばらくは罵声と暴力を浴び続けながら、彼女にできるだけ穏やかに声をかけてやる。
「………まあ、辛辣な意見よりも……グイグイ来るくせに妙に気遣った意見の方が嫌ってのはさ…まあ、分からないでもないよ」
「アンタなんかに~!!分かるわけないでしょ!!テキトーなこと言って優男ぶんな!」
「分かるよ!………俺だって、顔こそ映ってないけど……動画拡散されて、それが悪い意味で注目浴びたことあるし」
「…………え?」
「そんな俺が……あんなに自分がやられて嫌だった加害者側に回りかけてたことを詫びてるっていうか悔やんでるんだよ!」
「………何?注目って……何したの?」
「歌ってみた動画載せたら……音痴過ぎて叩かれたんだよ」
「………しょうもな」
「うっせえ」
「い、一緒にしないでよ!!一緒じゃないわよ!顔だって映ってないんでしょ!?今だって何食わぬ顔で暮らしてるし……全然ダメージないじゃない!!」
「じゃあお前は何なんだよ!!」
黒川がここで初めて怒鳴る。いつも姫月や星畑に突っ込みで叫んでいるものと違い、ヒステリックなまでに必死な純正たる怒声である。自分の黒歴史を刺激されたから、というよりはいつまでも被害者ぶっている彼女が、Uや凛と出会う前、高校入学したての音楽そのものにヘイトを向けて腐っていた自分に重なり、イラついたのだ。
「………な、何って……」
「事情は知らねえけどなあ、例の騒動の時も!今のハニートラップもナイフ攻撃も!!やっていい事と悪い事の境界線を引けなさ過ぎてるテメエが悪いんだろうが!!それを……まあ、他人様のせいにしやがって!!俺が童貞なことと、お前が好奇の目にさらされたこと!!単なるやっかみ以外で何か関連してるんだったら言ってみやがれ!!言っとくけど!!俺はお前がこんなアホなことするまで!!あんな下らねえ騒動のことなんか忘れてたからな!!」
「…………嘘……分かるもん……全然平気そうな星畑くんを飲みすぎッて言ったり…あんな大人しい須田さんを暴走したら面白いって言ったり……遠回しに……私を馬鹿にしてるんでしょ?みんなグルなんでしょ!?……勝美だって……何にも知らないふりして友達顔してるけど……内心は馬鹿に……」
「………やめとけよそれ以上は」
勘がいいと言っていたことから、自分の目的を看破されてしまったのだと思い込んでいた黒川だったが、どうも騒動以降、彼女は人間不信というか被害妄想に囚われてしまっていることが分かった。伊達に自分にも経験がある分、黒川はやりきれない気持ちに包まれる。
「……会って間もない俺らはしょうがないけど………友達にまでそんなこと言ったら後ですごい自己嫌悪に襲われるぞ」
「…………そんな………分かってるみたいなこと言うな……みんなホントにすぐに……私を馬鹿にして関係ない人にまで陰で笑われて……」
「それがマジなのか被害妄想なのかは知らないけどさ……とにかく飲み会では……少なくとも俺らはそんな気持ち微塵もなかったよ。飲み会に来るきっかけこそアンタの奇行目当てだったけど、いざ始めて見たら普通に親切な人って感じで……それに、凛ちゃんと星畑は本当に何にも知らないし…佐田は分かんないけど……今回は彼女作るために開いたって言ってたから……アイツも元々はそんなつもりなかったと思うぜ?」
「アンタはいいわよ!!平然としときゃあ!!だって別に何にもなってないんだから!!私みたいに!!一生付きまとわれることなんてないんだから!!」
「こんなことが一生なわけねえだろ!」
「はあ?」
「すぐに忘れるよ!!どうせ!!アイツらはな!!今頃別のスキャンダルに夢中に決まってる!!」
「………忘れる?だ、だって……あんなに攻めてきたのに……お店に迷惑かけちゃった私に……私、どうやっても取り返しつかないって……社会の底辺って……人生終わったって」
「………な!何だってあんなこといちいち言ってくるんだろうな!!どうせ本当は自分の身の周りのこと以外興味ないくせにさ!」
「………興味ないの?みんな」
「俺たちは単なる娯楽になったんだよ…飽きられたらすぐに忘れられてポイだポイ」
「…………飽きたらって……私、飲食店に謝りに行って……すっごい怒られて、弁償して……大学から処分食らって……と、友達からも……フォロワーもほとんど消えて……」
彼女はポロポロと涙をこぼしながらうなだれる。何だか黒川まで泣いてしまいそうな気が滅入る声である。彼女も結局は、自分が迷惑をかけたという罪の意識は感じていたのである。それなのに外部から必要以上に責められてすっかり気が滅入ってしまっているのだ。
「…………被害者と加害者で……もう話がついてるなら殿川さんにこれ以上できることはないし、する必要もないんじゃない?」
「わ、私のこと…………みんなもう、忘れてるの?」
「さあ?でも、じきに忘れるだろ。一生懸命、アンタの名前晒してた奴だって自分がそんなことしたってことまで忘れるよ。デジタルタトゥーとはいっても……そのタトゥーだってみんな、見飽きたら単なる風景になったり、他のタトゥーが重なって見えなくなるんだ」
「………………………………黒川くんも……傷ついたの?その……炎上した時」
「炎上ではないけど………まあ、好き勝手言われたよ。俺の場合あくまでネタ扱いだから、正義マンぶってる奴はいなかったのがまだ幸いだけど……」
「黒川くんのそれは………もう忘れられたの?」
「多分。ただ、ひとりだけ……そのアホみたいに音痴な歌声を本気で好きになった人がいて……その人だけは……多分、忘れないでいてくれるだろうけど」
「その人って……須田さん?」
「うん」
「忘れられないって……迷惑じゃないの?」
「最初は迷惑だって思わんでもなかったけど……でも、その子は……色々複雑なことが合って、その動画を好きでいてくれてるんだし……俺がどうこうもできないよ」
「いいな………黒川くんのは……単なる趣味の動画だから当たり前だけど……そんな人がいるって羨ましい」
「ああ~………まあ、それに………まだ俺、懲りずに…動画出し続けてるからひょっとしたらまた騒動になっちゃうかも……しれないけど」
「え!?な、何で!?」
「い、いや………だって需要は少なからずあるんだしさ(宇宙的な意味でも)」
「そ、それって……リスクに対しリターン小さすぎない?」
「そう?むしろ俺からすればリターンだけでリスクなんてゼロに等しいけど」
「あははは…………黒川くん……すごいね」
「え、え、あ……あははははは……」
呆れたような声で笑う殿川。とにかく怒りは沈静されたようである。黒川の額の出血も止まり、万事解決しそうなものだが、何となく上とは合流しにくく、一先ず殿川の愚痴を聞くことになった。話している内にまたヒートアップして、殿川は目に涙をためながらポツポツ語り始める。
「………私があの時付き合ってた奴がさ…二股してさ……私、バイト代のほとんど……そいつに入れててさ……アイツが家泊りたいって急に言ってきた時、バイトドタキャンしたせいで……クビになるし…それでも、良いって思ってたのに……私の、バイト先に急に来て……二股だけならいいけど……結局家に来てもヤるだけだし……セフレ扱いってコトだったのよ……私が貢いでた金…全部その二股の、本命の方に渡しててさ……マジで……ふざけんなって思って……その癖、なんか…飲みの時に…『愛してるゲーム』とかいう臭すぎるゲームで……私に誰よりも一番好きとか……言ってきて……そんなの我慢の限界じゃん…それで……」
「ああ~そっか……そうだよな……愛してるはセフレで貢いでゲームだよな~……」
英語の試験で出てくる文法並べ替え問題のように順序がバラバラの愚痴に、思わず滅茶苦茶適当な相槌をする黒川だが、聞いてくれさえすればいいのか殿川は気にすることなく話を続ける。
「…………今更だけど……ごめんね黒川くん。怪我までさせちゃって」
「ああ~……まあ、別に……疚しいこと考えてた罰だと思うよ」
「………須田さんの下着………返さないとな」
「え!?そ、それ……マジで凛ちゃんの下着なの?」
「うん。ごっついセクシーというか……破廉恥な奴、履いてるよね。今日、誰かとヤるつもりだったとか?」
「…………そんなことは……ないと思うけど……」
「…………黒川くんってホントに童貞臭いね」
「うっせえ!」
「あははっはははは!!」
「………笑ってんじゃねえ!この……地雷女」
「誰が地雷女だっての!音痴歌手!ほれほれ……歌ってみなさいよ」
「あ!お前なあ……俺、ホントはめっちゃ歌上手いんだからな!!」
「あはははははは!!わ、わかったわかった!!あははははは!!」
「………信じてねえな……俺の歌どっちのも聞いたことないくせに」
「はあ、あ~あ…………この話、誰にも言ったらだめだよ?」
「何が?………今までのこと?」
「違う……まあ、それもだけど………今から言う事!!」
「今から?」
「………黒川くんにだけ言うけどさ……勝美………須田さんのこと……結構ガチで狙ってると思うから…注意してね」
「へ!?」
「勝美、レズなの」
「あ………そ、そうなんだ………佐田どんまい(ボソッ)」
「親友として……勝美の応援するべきなんだろうけど……多分、私の勘では……須田さんもある程度黒川くんに気があると思うから」
「え………そ、そっかな?」
「うん。と言っても………あくまで好印象抱いてるってだけで恋愛対象として見てるわけではないと思うけど」
「で、でもまあ…………凛ちゃんレズじゃないし」
「そうかな~?……これもパッと見の印象だけだけどあの娘…若干男性に対して苦手意識あるから。そういう娘はあっちに傾きやすいから気を付けたほうが良いよ」
「…………そう言われればまあ、そんな気もするけど」
「それと……黒川くんもあの娘も…………自分を卑下してないがしろにする傾向あるから…そういう人って結局、煮え切らない間柄で終わっちゃうから気をつけてね」
「どうも………なんか急に恋愛アドバイザーみたいになったな……」
「………だってひどいことしたし……少しくらい親身になっときたいじゃん」
「気にしないでいいのに……ていうか勝美さんがレズってコト俺なんかに勝手に言っていいわけ?」
「……黒川くんはこのことを須田さんや星畑くんその他に言うの?それともネットでつぶやく?」
「まさか!!」
「でしょ?……それにあの娘自身、狙ってる人がいるとき以外はすぐにカミングアウトするんだよ」
一曲も歌っていないはずなのに双方の声はガラガラに荒れていた。声の出し過ぎで頭が痛くなってくる黒川だが、それでも聞きたいことが多すぎて、口を閉じる暇など見当たらない。
「殿川さん。あの………一つ……聞いていい?」
「何?」
「………何で今回の……このコンパさ…参加しようと思ったの?」
「………あ~……」
「ご、ごめん……別に変な意味じゃなくてさ」
「そうだよねー。黒川くんの動画を誉めてたけど…私だってどの面下げて酒飲んでんだって話だよね」
「……いや、別にそう言うつもりじゃ」
「…………誰かといないとさ……死んじゃいそうなんだ。自殺するとかそんなんじゃなくって、なんか急に消えてなくなりそうな感じがするんだ。だから……正直、怖いし…あんだけ心開いてくれてる勝美にだってまだ警戒ていうか恐怖心抱いてるんだけど……それでも、一緒に居て………アハハ…やば、また泣きそう……」
「……………………………………」
殿川が元々どんな性格だったのかは分からないが、話を聞いている限り、変な人間には思えない。ちょっとメンタルが脆いのかもしれないが、黒川だって同じかそれ以上に脆い。地雷女というより、街にいくつも敷き詰められている地雷を踏んでしまった哀れな女なのである。被爆し、慌てふためくその悲痛な姿はさぞ、面白い事だろう。さぞマヌケに映るだろう。必要以上に傷つけられ、背負いきれないものを背負わされているのだ。先程は「全員すぐに忘れる」なんて言った黒川だが、それが何だというのだろうか。世間には加害者として知れ渡っている彼女を放置して自分一人パフェ食ってる。そんな無責任な話があるだろうか。黒川はやり場のない怒りのような悲しみのようなものを感じ、その身を震わせる。
(……まあ、それでも……一番の被害者は飲食店って言っちゃえばおしまいなんだけどさ)
「………黒川くん。お金でどうこうできるものじゃないかもだけど……これ、慰謝料」
「………いいよ……ここのルーム料金さえ払ってくれれば」
「遠慮しなさんなって!貰ってくれた方がスッキリするし!こんな地雷女との手切れ金とでも思ってくれれば」
その言葉を聞いてハッとしたように、思わず彼女の顔を見る。涙を浮かべながらお金を差し出す彼女があまりにも、あの日の凛と重なる。
「………て、手切れ金なんて言うなよ……」
「あははは!!ホント凄いねキミ。あんなことがあって…まだ私と会おうと思ってくれるなんてさ」
「……いや……だってさ……一人は嫌なんだろ?俺なら…ほら…事情も知ってるし、裏表なくこれからは接せられるぜ?…凛ちゃんだって星畑だって……」
「………みんなすぐ忘れるんでしょ?忘れちゃってよ」
「こんなことがあって忘れられるわけないだろ!!」
「………忘れてよ~……も~…今回のことだって思い出したくないくらい恥ずかしいんだからさ~」
「………い、いや……何て言うか……その、悪い意味じゃなくってさ……忘れないってのも……」
「………いい意味で忘れない?……今までの私の行動の中でいいものなんてあった?」
「ない……けどさ……アンタにさんざん罵詈雑言浴びせたやつらは何気にせず忘れるんだぜ!?そんなの悔しいじゃん……で、でも!俺はさ……アンタの悪いとこも良いとこも全部知ってるしそんでもって忘れないって言うか……」
「アッハハハハハハ!!」
大笑いされる。確かに何を言っているのか分からない黒川のしどろもどろとした主張は滑稽に映る。
「………ありがと」
「え……あ、うん……どういたしまして?…」
「………黒川くんは良い人だね」
「良い人っていうか……優男ぶってるクズなんだろ?」
「……私、そんなひどいこと言ったんだ……やっぱり、もう会っちゃダメだね」
「……いや、的を得てるよ………俺もそう思う。無責任だし、無遠慮だし、KYだし」
「………良い人だよ黒川くんは……きっとこれから出会う女性全員にさ……会って一発で童貞って見抜かれるし、嘗められるだろうけど……多少触れあったら、全員が……見直して……全員がどこかで黒川くんのこと、心に留めてくれると思うよ」
「な、何じゃその評価………褒めてるの?」
「すっごい褒めてるよ………黒川くんは不器用だし、なまじっかその不器用を自覚してるせいで卑屈だけど……だからこそ……めんどくさい人にも弱っちい人にも……裏表なく……親身になれるんだと思うよ。ちょっと斜に構えてるけどね……でも、馬鹿正直で天然なのに比べたらずっといいよ」
「そうかな?俺は……もっと斜に構えない、やらしくない性格になりたいけど」
「私みたいなタイプにはそっちのが、すっごい有難いけどな?須田さんとか佐田くんもそう思ってるよ多分」
「そんなものなのかな?」
「気を使わなくっていいってのは大きいプラスポイントだよ。それにさ、これは自覚できてないかもだけど、黒川くんって結構天然で……鈍感だし、清純だよ?」
「……………それはそれでなんか嫌だな。まとめたら鈍感なお人好しってコトじゃん」
「あははは!!まあ、いいじゃん!けっこういい男だって!キミは!他の人もきっとそう思ってくれるって言ってるの!!」
「ありがと……ござます」
照れる。つい先ほどまで殺意を向けられていたとは思えないべた褒め?っぷりである。ことさらに照れる。
「と、とにかくさ!!俺は殿川のこと黒歴史含めて忘れないし……だから何て言うか胸割って話せる相手として……これからも……そっちが辛いときは声かけてくれよ!基本暇だし」
「…………ありがと……すっごく嬉しい………」
「あ、じゃあ、さ。連絡先……勝美さんのも後で聞いとかなきゃな……」
「でも、やっぱり駄目だよ。私は、もう、黒川くんとは……」
「何で!?………シンプルに俺となんて会いたくないとか?」
「…………そんな理由じゃないよ」
「じゃあ何で?別に……ナイフであ~だこうだしたこととかはさ……もう気にしてないんだし……これホントだぜ!?」
「………ホントに……鈍いな……キミは」
そう言って白く細長い指で黒川の頬に手を添えてくる。女子からの接触に弱い黒川にしては珍しく、場の熱量が勝って動揺しなかった。そんなことよりも彼女の笑顔を伝う涙が気がかりで仕方がない。
「…………もう、会っちゃダメなの。次あったら、また、爆発しちゃいそうになるから」
「…………爆発って…………」
「………私のことは気にしないでね。実はさ……もう大学もやめちゃうんだ……近いうち」
「ええ!?」
「…………勝美には何か言ってからの方がいいと思ったけど……やっぱ無理だった」
「ど、どっか当てはあるの?生活の……」
「………うん。お母さんが……実家をしばらく手伝って……ゆっくり進路を考えたらいいって」
「そりゃ……良かった……良かったって言っていいのかな?俺って無意識で失礼なこと言っちゃうタイプでさぁ」
「………フフフフ……黒川くんは不器用だなぁ」
「………そう思うんだったら……さっきみたいになんかアドバイスしてくれよ。これからもさ」
「………自分で考えなさい」
「あ…………ハイ……がんばります……」
「フフフフ……」
笑いながら、スッと頬から手を放す。今更になって黒川の顔は熱さが増してくる。
「…………会えないってのは分かったけど……やっぱみんなと合流して最後くらいしっかり遊んでからでも……」
「そうだね」
「!!………あ、うん!そうだって!絶対そうだよ!!……今度こそ!俺の生歌聞かせてやるぜ!!それはもう、えげつない美声だからさ!!」
「あはははは!!楽しみ~!!…………じゃあさ、下着外すから、良いって言うまで目つぶってて」
「あ!!はい!!すいません!!」
慌てて目を閉じる黒川。しゅるりしゅるりと衣擦れの音が聞こえてきて、思わず(変な意味でなしに)身体を固くする。しばらくして、殿川の声がする。自分の背後で押し殺したようなか細い声が聴こえてくる。
「ごめんね。黒川くん。歌、ホントに聞きたかったよ」
「え?……何言って?……もう、目ぇ開けていいの!?」
「須田さんと……絶対幸せになってね」
「ちょ!?殿川!?」
慌てて目を開け声の方を振り返るが、そこにはもう誰もいない。慌てて追いかけようとした瞬間、静電気のような冷たい痛みが頬に走る。先程、カッターの刃が当たり少量ながらついていた斬りこみが先程の殿川の接触で開いたのだ。手に薄っすらついた血を確認したその一瞬が仇になり、カラオケの中にも外にも、もう彼女の姿はどこにもなかった。諦めて部屋に戻ると、テーブルの上に先程押し付けようとしていた慰謝料に部屋代をプラスしたものと、須田のパンツがセットで置かれていた。
「………何て言って凛ちゃんに返せばいいんだよ……クソ」
汗に染みる頬の傷を抑えながら、黒川は誰もいないカラオケボックスで一人吐き捨てた。
4
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃふにー!!ふにー!!」
「…………相変わらずすっげえパワフルだな須田ちゃんの歌い方」
「んだよこの歌。発情した猫か?」
「………『ウェルカム・トゥ・ジャングル』だよ……ガンズ&ローゼスの」
「あ!!黒ちゃん!!」
「黒川!お前、今までどこにいたんだよ!!」
「黒川くん。ジュンちゃんは~?さっきから連絡しても応答なくて…( ´・ω・`)」
「あ!黒川さん……あ、ふに~↑!!ふに~↑!!」
「…………え~っと………帰るって……ちょっと飲みすぎたみたい」
「ありゃ~!!」
「ええ~!!なんで~!?∑(゜□゜;)」
「………で?お前は殿川の介抱でもしてたっての?」
「まあ、そんなとこ」
「…………黒ちゃんにはすっげえ悪いけどさ……そろそろ出ないと俺、終電ヤバいんだよね」
「……じゃあ、まあ、お開きにするかぁ……黒川の分のカラオケ代は俺が払ってやるよ」
「じゃ、私ジュンちゃんの分払う~(´△`)」
「あ……それはもう貰ってる……はいこれ。あと、俺の分も俺が払うから良いよ」
(黒川よ。本当はあの殿川と何があったんだよ?)
(何にもねえよ……酒くせえなあ顔近づけんな)
(………お前が何にもなしにこんなただの飲み会行くとは思えねえからな……絶対何かしら裏があるとは思ってたんだよ………俺にくらい教えろよ……)
(こればっかりは言えねえ)
「せ、せめて黒川さんのお歌を聞いてから出ませんか?」
「ごめん………もう限界かも……今でも走って間に合うか」
「ううう………いっそオールカラオケしましょうよぅ」
「…………はははははは」
ぎゃあぎゃあ好き勝手騒ぎながら店を出て、駅まで行くが、残念ながら結局、終電を逃してしまった。仕方がないのでブラブラ歩いて帰ることになる。道中、佐田が黒川の方に腕を回し絡んでくる。お前は勝美さんと関係を築く気があるのかと内心突っ込む黒川。
「………そういや~さぁ……聞いたぜ黒ちゃんお前~あんな須田ちゃんとか可愛い子とかと同棲してるらしいじゃんかよ~……すっげえリア充じゃんこのやろ~」
「ほ、星畑がいってたのかそれ?アイツ……マジで際限なくしゃべりすぎだろ……」
「いいじゃん別に~……言って欲しくないなら言わないし……別にマジで僻んでるわけじゃないし」
「………宇宙人……」
「え?何?」
(よかった……流石にそこまでは口を滑らしてなかったか)
「そういや~なんか日常風景誰かに切り抜かれてるらしいじゃん……よく分かんねえけど頑張れよ!」
「ブッ!!」
「いや~俺さ~絶対黒ちゃんには何かあるって思ってたんだよね~……今回ネタ提供したんだしさぁ。なんか面白いことするときは誘ってくれよな」
「……………分かったから……その代わりこれ、真面目にトップシークレットだからな」
「分かってる分かってる。まあ~……それに~今回も……そんな変なことは無かったもんなあ。殿川さん普通にただの美人だったし。また飲みてえよ。シンプルに」
「……………………………」
(黒川。フォローしとくけど……俺が言ったんじゃねえからな宇宙人の方は。須田だからな)
「凛ちゃん………」
星畑の告げ口を受けて、呆れながら勝美とわちゃわちゃ並んで歩いている凛を見る。そう言えば、今、彼女のパンツはどうなっているのだろうか。凛のものらしいドスケベ下着は今、黒川の鞄に丁重にしまわれている。いくら彼女が鈍いと言っても、流石にノーパンは気づくだろう。となると殿川のパンツが代わりにセットされているはず……となると
(殿川………ノーパンで帰ったのか……まあ、ズボンだったし大事には至らないだろうけど)
「………うお~……ジュンちゃんひで~ぞぉ!!私を置いて帰るなんてぃ~!!ヾ(≧皿≦;)ノ」
「………あ、あんまり揺らさないでください……うぷ……」
凛に纏わりつきながら、勝美がぐりんぐりん体をシェイクさせている。殿川のことを何か伝えるべきなのかもしれないが、事情が事情だけに何とも言えないのがもどかしい。
「ほんじゃあ……俺、こっちだから……こっちの方をあと45分くらい……」
「どんまい……」
「うわーん!!佐田~!!あばよー!あばよー!」
「さよならさんかくまた来てしかく~!!(●´∀`)ノ」
「……夜中にでかい声出すなよ」
「はあ~……でも……私もそろそろ別ルートなんだよなあ…(-.-")」
「そ~なの?……じゃあまたさぁ………殿川さんも呼んで飲もうぜ?俺、同世代の友達少なくってさ」
「おっけ~!!……私にも芸人紹介してね~!!(*>ω<)」
「あ、あにょ!!」
フニャフニャしたまま帰ろうとする勝美を凛が呼び止める。
「?(・ω・)」
「……あの、えっと………学校で……また、その……良かったら……」
「!!……うん!!また会お~ぜい!!マイふぇあり~!!ヽ(*≧∇≦*)ノ」
「ぎゅぷ……え、えへへへへへ……」
熱い抱擁。単なるフレンドリーお姉さんにしか見えないが、本当にレズビアンで凛を狙っているのだろうか。もし、そうだとすれば、案外、凛の懐柔は早いかもしれない。そこからフラフラと歩こうとするも、凛がいよいよフラフラ危なっかしい為、途中でタクシーを借りてまっすぐ帰宅する。車内で星畑が、殿川と本当は何があったのか聞いて来たが、何でもないと一度伝えるとそこからは何も言及してこなかった。
5
シェアハウスに戻り、交代でシャワーを浴びて一息つくと、もう丑三つ時にもかかわらず、急に酔いがさめ、先程までの色々と混みあった時間が何か猛烈なものだったように思えてくる。同じく素面に戻ったらしい星畑がバツが悪そうに黒川に謝罪する。
「……今回はバッチリ覚えてるぜ………何て言うか……図に乗ってスマン……」
「や……まあ、いいよ。俺もテンパって変なことばっか言ってた気がするし」
「………まあ、今回は……………放送としては失敗だろうな」
「ああ~……放送の事忘れてた……そうかもなあ……でも、まあ…いいんじゃない?凛ちゃんに友達ができただけで儲けものというか」
噂をしたのが仇になったのか、どっしんと鈍い衝撃音が凛が使用中のバスルームから響いてくる。骨盤が砕けていてもおかしくなさそうな派手な音だが、ものの数分で真っ赤になった凛がフラフラと上がって来た。どうやらこの女はまだ酔いが回っているらしい。
「り、凛ちゃん?大丈夫?凄い音したけど」
「だ、大丈夫です!大丈夫………うへへへ」
「………その割には滅茶苦茶頭抑えてるけど…まあいいや……飲み会に来てくれてありがとね。ちゃんと楽しめた?」
「は、はい!えっと……私はよかったんですけど……黒川さんは……その、カラオケ」
「ああ、いいいい。元々、まだ人前で歌えるほど度胸が戻ったわけじゃ無し」
「そういやあ………お前歌上手かったんだな」
「忘れんなよ……このメンバーが集まってる一番のきっかけ何だから……一応」
「いやあ……ぶっちゃけお前が変な動画でバズってそれが宇宙で受けてって流れ……もう誰も覚えてねえだろ」
「わ、私は覚えてますよ!!……ま、まあ……私は宇宙人のことを忘れることがしばしばありますけど」
「…………やっぱ誰も覚えてねえかな?あの動画の事なんて」
「何で急にマジトーンなんだよ」
「お、覚えてます!覚えてますよ!!」
「ほれ、須田は覚えてるってよ。良かったな」
「いや、そういうのじゃなくって……何というか、ほら、俺の動画が荒らされたときさ。コメントしてた奴ら。自分がコメントしたこと忘れてるかなって」
「………そりゃ、コメントなんてする奴は百近くするんだろうし……一々覚えてないだろうがよ」
「私はあの動画に特に無礼なコメントしてた奴を数件マークしてるんで………覚えてますよ!!何かお困りでしたら!すぐにでも……」
「いらない!!いらない!!……ていうか別にマークする必要もないから!!」
「………形に残るだけの会話だろ?誰が一々全部覚えてるんだよ。自分が言ったことをさ」
「………うん、まあ、そうだよな」
「?………どうしたんですか?黒川さん」
「いやあ……何となく気になって……」
黒川の奇妙な言動と様子に、顔を合わせて小首をかしげる星畑と凛。「何でもないから忘れて」と言い残してさっさと二階に上がる黒川。ベッドの上で、スマホから殿川の件の動画へアクセスする。
「……………………」
画面の中の彼女はとにかく必死だった。そしてそれら全ての感情が空回りし、次から次へと店の備品に被害が及んでいく。誰がどう見ても、狂っているのは殿川だ。自分も初見は間違いなく彼女を批難した。擁護のしようもない。それでもその動画を閉じて自然と目に入ってしまった誹謗中傷コメントの数々を見ていると、はらわたが煮えくり返って仕方がない。中には漫画の画像なんかを使って面白おかしく貶しているものまでいる。
(………こういう好きな作品に誹謗中傷させてる奴って、作者に対する敬意とか一切なさそうだよな)
(嫌いだ……お前ら……お前らなんて大嫌いだ……お前らのその底意地の悪さ……いらねえ事に首を突っ込みたがる出しゃばり癖……全部……きっと…生活に滲み出てるからな)
(……………………………情けねえな………俺)
毒づくことしかできない自分に腹立たしくなったので、動画のページをスワイプで吹っ飛ばす。そのままスマホと共にスリープしそうになるが、歯を磨いていないことを思い出し、跳ね上がって扉を開けたところで、眼前に迫ってくる凛の頭に度肝を抜かされる。たまげたのは向こうも同じで、大きく後退して過呼吸になりながら、謝罪してくる。
「ふひ~……ふひ~……しゅ、しゅみましぇん!!……そ、その……少し……お話をお伺いしようと思いまして」
「お、お話?」
「は、はい………チャンネルの事で何か悩んでらっしゃるようでしたから……」
「あ、ああ~!……いや、何にもないんだよ、ホントに……紛らわしいことしてごめんね」
「………あ、そ、そうですか!!なら、良かったです!!へへへへへ……」
何故か2人して大声で会話をしていると、二隣離れた姫月の部屋から「うっさい!」という声と、壁を殴る音が響いてくる。「あわわ」と慌てふためきながら、小声で謝罪をする。それは逆に声を張り上げないと聞こえないだろう。と、内心突っ込んでいると、小声のまま、凛がもじもじして黒川を見る。
「………あのう……私、その……飲み会で……暴走しちゃってすみません……」
「ああ~……大丈夫大丈夫。むしろあのアウェーの中、参加してくれただけでありがたいよ」
「…………そんな……私なんかに頭を下げないでくださいよう……黒川さんみたいな方が」
「………そんなに……敬ってくれるほど、俺って凄い?」
「ぶえ!?……そりゃあもう!」
「凛ちゃん小声小声」
「あ……ととと……すいません……~~~~~~ッ」ボソボソ
「な、何て?」
(すごいに……きまってるじゃ……ないですか)
「いやあ、俺自身は分かんないからさ」
「ふへへへ……天才に限ってそう言うんですよ?」
「いやいやいやいや」
「………でも……その……私………あう……これ言っちゃってもいいのかな?」
「?………何?」
「いえ、えっと……その……初めて会って……星君とお友達ってわかって……あの動画が偶然の産物って教えられた時……」
「う、うん……」
「その……あの時は、『好きなものは自分の中で正義だ~』なんて粋がったこといってましたけど……実は腰が抜けそうになるほどショックだったんです」
「え!?そ、そうだったの!!」
「ふぁい……すみません……とんだクソ女です……自分の思ってるものと違ったからって」
「いやいや、そりゃあ普通はショックでしょ!ミュージシャンが実は口パクで、声は別人でしたって言ったようなもんなんだし」
「で、でも……あの時は、その……あそこまで好きなモノ……音楽とか、漫画とか……そういうお話することもなかったですし……それでも、まあ、楽しいからいいやって……自分に言い聞かせてたんです」
「……それって、俺の事アーティストとしては……」
「………正直、見えてなかったかもです……ホントぶん殴ってやりたいですあの時の馬鹿私」
「いや、全然いいってば!………でも……過去形って……今は違うってコト?それは何で?」
「動画の中では単なる尊敬する歌手でしたけど……今は……その……私たちのリーダーで……えっと、歌い河チャンネルさんとして見てた時以上の尊敬できる点が何倍も多く見つかって……そこから、気が付けばもっともっと……尊敬できるようになってたんです……歌手としても、宇宙のビッグタレントとしても」
(そうなってくると歌手据え置きなのが気になるけど……嬉しいから黙っとこ)
黒川が滲み出る感動のあまり声も出せずにいると、無言が気まずくなったのか凛の口からポロポロと言葉が出てくる。
「で、でも……実はこれ、黒川さんだけじゃないんです……星君も、エミ様も……最近では天知さんだって……」
「へ?アイツらも?でも、アイツらは俺みたいなまがいもんじゃないじゃん」
「はい……それはもうその通り……っていうか……私は黒川さんもまがいものだとは欠片も思ってないですけど……まあ、でも、その……例えば……私は勝手に星君はお酒が強くて、下ネタは好きだけど色ごとには手を出さない硬派なタイプだと勝手に思ってたんです……」
「ああ~………」
「……それに……思ったよりもずっと常識的な方でしたし……細かいことですけど、グロイのがダメなのも個人的には意外な一面でした」
「姫月は?」
「エミ様は……もともとを良く知ってる方でしたから、星君ほど意外な面は少ないんですけど、えっと、私、ホントに自分にしか興味がない方、孤高の存在だと思ってたので、今、ヒナちゃんとあんなに仲良くされてるのが意外で仕方がないんです」
「なるほどなあ~」
「でも、私、今は、そんなしっかり者でカワイイところもある星君が一層たまらんですし、エミ様とヒナちゃんのカプはもう、毎日の癒しですし……」
「うんうん」
「結局、良い事なんですよ……上辺のイメージにしか過ぎなかった私の中の皆さんが……お近づきになることで、正しく変わっていくんですから……それで、好きでいられなくなるんだったら最悪ですけど、むしろ真逆で……皆さんの事、一層好きになるたびに……自分が、その……ちょっぴり誇らしくなるんです。私の推しはやっぱりすごいだろ!って……えへへへ……キモいですね……承認欲求マシマシで……」
「……そんなことないよ……そんなことない……」
黒川は凛が自分の好きなもので自分を作っていると見ていた。しかし、それはあくまで、黒川が勝手に抱いた凛のイメージに違いないのだ。本当の彼女はもっと、何と言うか……今はまだ言葉にすることもおこがましい。
(俺は凛ちゃんのどこを好きになったんだろ?……でも、凛ちゃんみたいに…………ん?)
感慨にふけって何やら恋する乙女ぶっていた黒川だが、ここで今更とてつもなく重大なことを思い出す。
(……そ、そう言えば……パンツ………あれ?でも、凛ちゃん……もう風呂入ってたよな?……気づかなかったのか?ま、まあ、どっちにしても渡さないいと)
「「あの……」」
二人の声がシンクロする。こういう時、お互いに譲り合うのが恒例だが、結局、凛から先に話し始めるのもまた、定番である。
「えっと………黒川さんに……その、お渡ししたいものがあって……」
「え?凛ちゃんも……?」
「はい………よ、用意したのは……もうずっと前なんですけど……でも、何と言うか……渡す機会をうかがっているうちに……ホント、私って贈り物のセンスがなくって」
「いや、全然いいよ……何くれるのかは分からないけど」
「うへへっへえへへ……そう言っていただけるって分かってたから……お渡しする勇気が出たんですけど……えへへへ……ホント、甘えてばっかりですいません……こ、これ……ホント、どの面下げてですけど」
「?……レコード?」
「はい……えっと開けてください……」
物凄くワクワクしながら開封する。人からモノを貰うってこんなに嬉しいのか。と胸を弾ませている黒川だが、中身を見た瞬間、大声を出して笑った。またも姫月の壁を殴る音が聞こえてきて、凛に諫められたが、止めることができなかった。
「バ、バ、バナナレコード……ヴェルベット・アンダーグラウンド&ニコ……」
「うううう……すいません~」
「フフフフ……いや~……これは確かに渡せんわ……」
「すいません……黒川さんならもう、入手済みだって分かってはいたんですけど……その、改めて公私ともにお世話になりますっていう……その、契約の証って言うか……」
「契約?」
「…………えっと私は……『あなたに憧れてこの道を進みました』ってそういうメッセージ的な……」
言いながら見る見る赤くなる凛。言っていて恥ずかしくなったようである。例のブライアン・イーノの発言とかぶせたメッセージなのだろう。だが、黒川はその何倍だって赤面している自信があるほど、顔が熱い。
「は、ははは………何というか俺らって……」
「へ?」
「………モノを渡しても……同じのが帰ってくる……の……多いな……10万円の時と言い」
「あ!………確かに………そうでしたね!……ふへへへへ……」
「…………俺もさ……凛ちゃんに憧れてって考えたら……あのバナナレコードはそういう意味ってことだったのかもな……いやまあ、無意識って言うかそんなつもりは微塵もなかったけどさ……誕プレはあのターンテーブルってことで、そうこじつけたくなるって言うか」
「わ、私なんかに憧れてるんですか!?」
「……憧れって言うか……惹かれるって言うか……」
「そ、そんな出まかせばっかり……」
「出まかせじゃねえって……ま、まあ……こんな歯の浮いたセリフも……しばらくすれば忘れるんだろうけど」
「へへへへ……無、無理ですよ……」
珍しく黒川の意見をバッサリ否定する凛。そして照れとイタズラっぽいニュアンスが入り交じった不思議な笑顔で黒川を見つめる。
「……だって黒川さんの言葉や行動は……全て……作品になっちゃうんですから……」
「あ!……そ、そうか……そう言えば……作品というか……全部データになるんだったな」
という事は……と、黒川は考える。殿川とのカラオケでの会話も全て宇宙人たちには筒抜けという事だ。殿川にとってそれが良い事なのか悪い事なのかははっきりと言えないが、せめて全ての真相を知った宇宙人たちくらいは、彼女の事を、自分と同じく良いイメージで覚えていて欲しい。
新品のバナナレコードを抱えながら、黒川はどこかで懸命に生きている彼女の事を思い、そう、星に祈った。
何というかネタバレ上等と言わんばかりに前書きで全て語ってしまったので、言う事がありません。あと、イキって中入なんて生意気なコーナー設けましたが、これで書くことも見つかりません。せんせん続きの情けない作品ですが、もし読んでくださっているならば、温かく見守って欲しいです。少なくとも、私は書いてて楽しいので、読者がゼロでも書くのはやめませんが……。それはそれとして自分の文章力の無さに嫌気がさしてもいます。自虐を交えればいくらでも書くことあるんですよね。何というひねた人間性。
とにかく次回もまたお会いできるのを楽しみにしております。