その①「Sexy new day何も言葉はいらないコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆弓矢で刺されて目覚めそうなスタンドは「チープ・トリック」
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆弓矢で刺されて目覚めそうなスタンドは「ヘイ・ヤー」
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆弓矢で刺されて目覚めそうなスタンドは「20thセンチュリーボーイ」
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆弓矢で刺されて目覚めそうなスタンドは「エンプシス」
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆弓矢で刺されて目覚めそうなスタンドは「スティッキー・フィンガーズ」
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆弓矢で刺されて目覚めそうなスタンドは「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」
こんにちは。予定していたよりも物語の尺が足りなかったので、急遽、まだ出すつもりのなかった新キャラクターを登場させることになりました。早くもガタガタな構成ですが、意地でも3話は続かせるので何とかついてきてもらいたいです。できるだけ間隔を開けずに投稿できるよう気をつけます。
「アルバムは3万枚しか売れなかったが、その3万人全員がバンドを始めた」-ブライアン・イーノ
1
頓智気宇宙専門タレント集団「ノンシュガーズ」(仮称)の暫定リーダーである黒川響。彼の地球での顔はあくまで単なる大学生である。既に2年通っている彼は、けっして劣等生と言うほどではないが、施設利用費などを払っている親からすれば、顔をしかめそうなほどには不真面目な学生である。テストかレポートさえ提出すれば単位をくれるような、出席の必要ない単位ばかりを取り、ロクに大学には通わない。
しかし、今回は裏の顔関連でごちゃつき、本分への意識がごっそり抜けてしまったがために、楽な講義を選定する余裕がなく、いつも以上に大学に通わなくてはいけない羽目になってしまった。そんなわけで朝っぱらからつまらなさそうな顔で、事実、つまらない経済だか何だかの講義を受けている。後方の目立たない席は黒川以上に講義を受ける気のない連中が陣取っているため、黒川は前方の隅にてひっそりと、ノートをとるふりをして、落書きをしている。案外、こういう席の方が教授の視界から逃れやすいのである。しかし、それを知る人間は少ないようで周囲に人影はない。ただ一人、黒川の隣でスマホをいじる人間を除いて。
(黒ちゃんさぁ……これ知ってる?これ?)
隣を陣取る男は、一回生時に同じレポートを作るペアになって以来の知り合いである。大学で同じ講義を受けていたら隣合い、都合が合えば昼食を共にする程度の、大学限定の付き合いだが、割と仲は良い方である。彼女を作るためにあれこれ行動している一方でどこか奥手なところや、食事中などは、けたたましく喋り続ける一方で、講義中は一切黒川に喋りかけないところなどで、黒川はこの男のことを快く思っている。というより、彼を抜きにすればいよいよ、黒川に大学で友人と呼べる人間などいない。そんな彼、佐田真一が珍しく講義中にスマホの画面を見せてくる。
(どれ?)
(これこれ!結構前に黒ちゃんのとこにも流れてきてただろ?)
出された画面を見ると、そこには女が狂ったように居酒屋で暴れまわっている動画が流れている。いつだか、黒川の元にも流れてきた騒動動画である。
(ああ………知ってるけど……なんか一時期盛り上がってたじゃん)
(………これさ………原因は痴情のもつれらしいけど……この女、ちょっとした有名人になっちゃったよな……リアルの事件にまではならなかったけど……少なくともうちの大学じゃ、ちょっと探ったら個人情報ざくざく手に入れられちゃう事態だぜ)
(で?その個人情報晒され女がどうしたんだよ?)
(黒ちゃんちょっと前に……何か非日常的な事件を求めてる風なこと言ってたじゃん……)
(ああ~……うん)
(俺………この女と明後日会うんだけど……黒ちゃんも混ざらない?)
一週間ほど前に起きた陽菜の幽霊騒動が起こるさらに少し前、そろそろ企画以外で、本当の本当に日常の一部を切り取った事件が見たいとUがぼやいていた際に、黒川が当てを探したのだ。もっとも、その悲願は陽菜のおかげで無事果たされたのだが、取れ高は多い方がありがたい。「トイレ」と言って席を立つと、嬉しそうに佐田もついてくる。
「俺さ……他の大学とのコンパに行ってさ……今度そこで仲良くなった女子とさらに少数コンパすることになってさ」
「うん」
「そこで………その女子が連れてくるって言ってる友達の中にこいつがいたんだよ。殿川純名。俺らとおんなじ3回生で、割と美人でエロい身体だけどすんげえ地雷女」
「よくもまあ………そんな女とコンパなんてする気になれたな」
「面白そうじゃん!……それに俺、今回のその仲良くなった女子!ちょっと本気で狙ってるし!」
「…………それで………そこに俺は参加していいのかね?」
「メンバーがメンバーだから……全然集まらねえんだよ……だから黒ちゃんにも来て欲しいの!」
「………俺、全然女子と喋れないと思うけど……そもそもコンパ嫌いだし」
「大丈夫!大丈夫!なんなら誰か知り合い連れてきてもいいから!………ていうかむしろ誰か連れてきて!女子1人と男子2人足りねえの!マジピンチ!」
「………………じゃあ、メンバー集まったら……参加するわ……丁度そんだけくらい参加してくれそうな当てはあるし……」
「流石!黒ちゃん!話が分かる!」
「前々から言ってるけど……黒ちゃんはやめてくれねえかなあ……」
講義が終わり、参加する旨を再度佐田に伝えて黒川は飛び出すように大学を後にする。向かう先は繁華街である。人生初のコンパも大切だが、実は今晩も宴会が開かれる予定なのだ。その準備を急がなくてはいけない。
2
「凛ちゃん誕生日おめでと~」
パンとクラッカーを鳴らして、陽菜が声を張り上げる。完璧にクラッカーに音量負けしているが、とにかく、わっと拍手が起こり、盛り上がる。小学生が一人いると、こういうイベント一つとっても賑やかになる。
「え、えへへへへ………ありがとうございます!!……こ、こんなに盛大に!……家族以外からお祝いされたの初めてです!………まあ、今回は家族からのお祝いこそなかったですけど」
「まあまあ………もう20歳だっけ?須田さんもいよいよ大人の仲間入りだね」
「あ、そっか!ようやく須田とも酒飲めるな!」
「アンタ酔ったらめんどくさそうなタイプね」
(お前もかなりのめんどくささだけどな)
「ううう……ま、まさか憧れの皆さんから誕生日を祝ってもらえる日が来るなんて……感無量です。もう死んでもいいくらいです!」
「……誕生日に何縁起でもないこと言ってるの……」
今日から2日後の5月25日はチームのメンバーであり、何だかんだ黒川が星畑に並ぶ勢いで好意を寄せている友人、須田凛の誕生日である。サプライズでもなく、パーティーというほど豪勢でもないが、それなら自分がいるうちにお祝いしたいという陽菜の発言を受け、誕生会と言う名の食事会が開かれたのである。ちなみに陽菜は明日から一週間、撮影明けの姉を迎えるついでに、家族で東京観光をするらしい。
「…………今回の料理、何で巻きずしとフライドポテトなのよ。食べ合わせってもんがあるでしょ?」
「文句言う割には巻き寿司の具をポテトケチャップにするなんて大冒険してるじゃねえか」
「………うっへえ……それ美味いの?」
「うるさいわね!……もっとバリエーション増やしなさいって言ってるの!主役の好物並べればいいってもんじゃないわよ?」
「あ!それで巻き寿司か!……ていうかよく凛ちゃんの好物覚えてたな姫月」
「うへへっへ……私でも気づかなかった星君の気遣いに気付くなんて!流石エミ様ですね!」
「いや……アンタは気づきなさいよ」
「そうだぜ……一応、これとケーキが俺の誕プレなんだから」
「ああう………す、すみません………ありがとうございます……」
「いい、いい。一々謝んなって………ほれ、ウニも食えよ!」
「あ……すいません……ウニ食べれなくって……」
「……海鮮丼好きでウニ嫌いってのも珍しいな」
「全くだぜ!見ろよ陽菜を!ウニ詰め込み過ぎてトッポみたいになった巻きずし何個も食ってるぜ!」
「う……星ちゃん余計なこと言わないで」
「若いねぇ……僕がやろうものなら痛風待ったなしだよ」
「ていうか!ヒナ!アンタ何しれっと魚介系ばっかり自分の近くにキープしてるのよ!お子様はイモでもかじってなさい!」
「お前らさぁ……主役がさっきからシソと卵焼きしか巻いてないことに何とも思わないの?」
「いいんです!私は皆さんが美味しいものを食べてるの見るだけでお腹いっぱいですから!」
「凛ちゃん………(キュン)」
「凛ちゃん卵焼き頂戴」
「…………ちゃん陽菜さぁ……」
「うへへっへへへ……食べてください!食べてください!ポテトもありますよ!」
「ははは……ファンの鏡だね」
「ていうか………須田ってあんま飯にこだわりとかないタイプだよな。作ってないときとか普通に一日二食くらいしか食ってないだろ?」
「あ、そ、そうですかね?」
「昨日の昼とか何食べた?」
「え~っと………あ!芋けんぴ食べてました!」
「芋けんぴっておやつじゃないの?」
「偏食家だね」
「そんなだから脳まで栄養がいかないのよ」
「た、食べるときはきちんといただいてますよ!今だって!」
「あんまり個人の生活に干渉するつもりはないけど……もっと栄養バランス考えた方がいいよ。ただでさえ、夜更かしするタイプなんだし」
「はい………すいません」
だんだん話題が誕生日とは程遠いものになってしまった。気分を再度盛り上げるため、食事中ではあるものの各々誕生日プレゼントを渡すことにする。天知が少し恥ずかしそうに、ポケットから出した封筒を凛に渡す。
「僕も一応用意したんだけど……あんまり女の子の喜ぶモノとか分からなくって……飾り気のないもので申し訳ないんだけど……」
「いえ、そんな……いただけるだけで大感謝ですよ!……わあ!やった!図書券だ!しかも5000円分が2枚も!」
「お~………いいな」
「これでようやくドロヘドロ全巻が買えます!」
(俺……全巻持ってるけどね)
「私からは………はい!ドラマのDVDを上げます」
「………『湯布院金鱗湖殺人事件~特急ゆふいんの森は止まらない~』ってサスペンスか……凛ちゃん好きだったっけ?」
「黒川……お前マジで察しが悪いな」
「え!?……どういうこと?」
「え………あ、あの!これってもしかして!」
「うん!………昔私が出てる作品探してるって言ってたことあったでしょ?そのドラマの女将の娘役で私ちょっとだけ出てるから……」
「うおおおお!!あ、ありがてえ!」
「ああ~………そういうことか……そりゃそうか。マジで察しが悪いな俺」
「それ単なるいらないものを押し付けただけじゃない」
「うん。私もそう思って…もう一つ用意したの。はい!これ私の宝物。これもあげる。大切にしてね」
「えっと?これは………ああ!台本だ!!しかもエアプレンジャーの!!」
「お!例の犬回じゃん!」
「軟膏のSEはでかく!とか書いてあるのかね?」
「………何でみんなそんなに知ってるの?」
「昔、こいつに見せられたのよ。引くほどつまらなかったけど」
「懐かしいなあ……やっぱり演者のものとスーツアクターのものでは書かれてる内容が全然違うね」
「あ、ありがとうございます!ヒナちゃん!!……ああもう体から好きが止まらねえ!」
辛抱たまらなくなったのか陽菜に抱き着く凛。
「わっ!……フフ……よろこんでくれて良かった」
「うっへへへ……今日だけで一生分の供給を得た気がします……公式が最大手とはまさにこのこと」
(違うと思う)
「あ!……あとね……これ、お母さんから………」
「ほへ?……だ、大地さんから?……」
「うん………はい。私も中身は知らないんだけど」
陽菜が自分のプレゼントを入れていた袋から、丁寧に梱包された包を取り出す。
「………高〇屋じゃない」
「ほ、ホントだ……大地さん。私に何をくださったんでしょう?………え~っと……あ、意外と軽い。わわ……何だか凄い……ハンカチ?……!!」
ぺりぺりと包を開ける凛。半分ほど開けたところで、突然、凄まじい勢いで包装紙にくるみ抱えるようにモノを隠す。
「………何よ?」
「な、何でもないです!えっと……その……タ、タオルでした!タオル!消耗品ですし!いや~便利なものを!ありがとうございます!ヒナちゃん!」
「あ……うん。喜んでたってお母さんに伝えとくね」
まず間違いなくタオルでないことだけは分かるが、流石に誰一人言及することなく、大地のプレゼントはスルーされる。
(………何贈ったと思う?)
(………さぁ……陽菜のエロ写真とか?)
(………流石にそこまで変人じゃねえだろ……あの人も)
「…………ねえねえ、エミちゃんは何用意したの?」
野郎二人がヒソヒソと話している横で、和やかな誕生会は続いていく。が、声を掛けられた姫月はいまいち、ピンと来ていない顔をしている。
「はあ?」
「いや……だから……凛ちゃんに……プレゼント……」
「………私が……このカタツムリに?……冗談じゃないわよ」
「ええ~……つまんない」
「い、いいんですよ!出席と言うか……日頃お傍においてくださっていること自体がもう、これ幸いというか、施しと言うか………ですから!」
「お傍に置く気なんか無いわよ……たまたま同じ仕事してるだけでしょ?」
「うへへっへへへ……同じお仕事してるってことがもう……」
「………凛ちゃんは本当にそれでいいの?」
「へ?……い、いいですとも!」
「………エミちゃんからプレゼント貰いたくないの?」
「そ、そりゃあ……いただけるなら光栄と言うか……感激の至りですけど」
「……だって……エミちゃん」
「だってエミちゃん」
「だってさ姫ちゃん」
「だとよエミ助」
「……………………………………」
じろりと陽菜が目を薄めて姫月を見るのに合わせて、野郎三人衆も茶化すように岡っ引きをする。対する姫月は黙ってポテトに手を伸ばしている。この女が嘗めた口を聞かれて黙っている時は、キレている時である。凛が少し慌てながら、姫月に近づく。
「あ、あの………私……本当に何にもいりませんから……お気持ちだけで……っていえ!お気持ちも結構です!私みたいなカスには………えへへ、た、高望みと言うか……最近優しくされ過ぎて図に乗ってたというか………さっきは……」
「……………………………」
「う………本当にすいません」
「……………………口開けなさい」
「うえ?………へ?えっと」
「口!開ける!」
「ヒッ!は、はい!」
おどけたようなオドオド自虐をするも無反応だったことに怖くなったのか、しおれて謝る凛。そんな下僕に口を開けるよう命じたお姫様。かくして、おっかなびっくり開けられた彼女の口にはポテトフライが一本、しなやかな指によって届けられた。「はいおめでと」という姫月の言葉も耳に入らない凛は噛むことも忘れて、ポカンとしている。
「……………………え?……ええ!あ、ああふ!んむ……!」
「………何よ。何か文句あんの?」
「………い、いいえ!お、美味しいです!今まで食べたポテト史上一番です!」
「当たり前じゃない」
「え、えへへへへへ……ありがとうございます!感激です!」
そんな2人の何だかよく分からないやり取りを、若干頬を赤らめながら見ている陽菜。
「………何だろう。何だかすごいシアワセというか……胸がほわほわする……あ!もしかして……これが……凛ちゃんがいつも言ってたてえてえ!」
「ち、違うような……その通りなような。まあでも、2人らしい、いいプレゼントだね」
「そっすかぁ?アイツ………初めて会った時も食いさしのステーキ食べさせてましたよ」
「………嫉妬してるわけじゃねえけど……何か用意したプレゼント横取りされた気分だぜ、俺」
何だかすっかり盛り上がり切ったムードだが、黒川のプレゼントはまだ手渡されていない。いそいそと自室に戻り、用意したダンボール箱を持ってくる。
「でかっ!」
黒川の抱えるプレゼントらしきものを凛より先に見つけた姫月が驚く。
「へ?………うええ!そ、それって……え、もしかして………私に!?」
「そ、そうですけど…………」
「お前、誕プレで家電買ったのか?」
「………そうだけど………何?なんか不味った?」
「いや、別に………ンフフフ……すっかり金遣いが荒くなっちまって」
「私のこと言えないじゃない」
「アホ!ちゃんと俺の金で買ったわ!」
「は、はやく開けてよ!凛ちゃん!」
「は、はい!え、ええっと……」
陽菜に促され、慌ててダンボールを開封する凛。中にこれでもかと言うほど詰め込まれた緩衝材を抜き取ると、そこにはメカニックなデザインの機械が入っていた。新品特有のどことなく耽美なきらめきに一瞬、見入ってしまう凛。
「なにこれ?」
「これは…………ターンテーブルだね。しかもテ〇ニクス」
おそらく生涯でまだ見たことが無いであろう陽菜の素朴な疑問と、天知の分析に我に返った凛。目の前にあるモノの具体的な価値は天知以上に熟知している。
「だ、ダメですよぉ!こんなお高いもの!こ、これ!!14万くらいする奴じゃないですか!?」
「………ははは」
「これレコードクルクル回すだけのやつでしょ?なんだってそんなに高いのよ」
「フフフ………まあ、姫ちゃんからすればそうかもね。好きな人にはきっと良さが分かるんだよ」
「…………んでも、黒川が使ってるオーディオってスピーカー内蔵でLPもCDも再生できるオールインワンのやっすい奴じゃなかったっけ?」
「ラジオもカセットテープも……あとBluetoothでも再生出来ますよ。黒川さんのは」
「それいくら?」
「………2万円」
「アンタ馬鹿じゃない?」
「い、いえ!!私みたいな雑魚耳には分からなくっても、やっぱり性能とかが段違いなんです!価格だけの価値は十二分にあります!」
「あ、そう言っていただけて良かったっす」
「良くないですよ!!何で………私なんかにこんな……いや、確かに十〇屋行くたびにガン見してましたけど!いつかレコードプレイヤー欲しいとも思ってしまたけど!」
「じゃあいいじゃん」
「よ、良くないですってば!え……と……じゃ、じゃあせめて!私には黒川さんのお古ください!これは黒川さんが使ったら………」
「須田さん。遠慮のし過ぎは逆に黒川くんに失礼だよ」
「………それに俺はあのオールインワン気に入ってるし……別にこれいらないし」
「………あああう……すいません……で、でもぉ」
混乱してしっちゃかめっちゃかなことを口走る凛を天知がなだめる。凛より先にブツのアームを動かしながら、星畑が苦笑する。
「まあ、友達に渡すプレゼントじゃねえよな……」
「…………恋人用」
星畑に合わせて陽菜がとんでもない事を呟く。黒川が真っ赤になって否定する前に、姫月が呆れたように言う。
「というより、キャバ嬢への貢物ね」
「ど、どこの世界にテ〇ニクス貰って喜ぶキャバ嬢がいるんだよ!」
「………ホ、ホントにいただきますよ?いいんですか?」
「………ダメって言うと思う?」
「え、えへへへ……そうですよね。すいません!……えと、ありがとうございます」
ようやく貰う気になってくれたようで、凛が照れたようにはにかみながら、興味津々で物を眺めている星畑と陽菜から、庇うようにターンテーブルを抱える。
「………あ、はい。ど、どういたしまして」
「う、うへへへっへ……レトロな奴も捨てがたかったんですけど……やっぱりこの機械的なフォルムの方がいいですねえ!……急に嬉しさがふつふつと湧いてきました!何のレコードから買おっかな~」
ようやくいつもの軽妙な好き語りを始めてくれたようで、ほっと胸をなでおろす黒川。撫でおろしたついでに、もう一つの隠し玉を炸裂させる。
「実はさ!もう一枚、レコードも買ってるんだよね……機械だけってのもテンション上がらないだろ?」
「いや、十分上がってますけど…あ、ありがとうございます……何から何まで……うへへ、何だろ?」
黒川から手渡されたレコード用のレジ袋には、特徴的なバナナのイラストがデンと書かれたレコード盤が出てくる。新品同様の白さだが、よくよく見ると、かすれた部分がある。中古品である。
「………バナナだ」
「……ヴェ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ!!」
「何よ……その呪文」
「でも……何か見たことあるイラストだな……もしかしなくても高いんじゃねえの?これも…」
「有名だからね。アンディー・ウォーホルがデザインしたジャケット。通称バナナレコード。この呼び名がそのままレコード販売チェーン店の名前にもなってるくらいの名盤だよ」
「天知さんって……物知りだね」
「い、いや……好きなんだよ僕も……でもまあ、これは……新品でも買えるものだし、安いことは無いけど、高すぎることもないんじゃないかな?」
「でも………こ、これもしかして……USオリジナルじゃあ……」
「あ、うん。そう……にしてはめっちゃ状態良いよな!……検盤代わりに再生してみたけど、音も問題なかったよ!」
「…………た、高かったでしょう?」
「ああ~……まあ」
「く、黒川さんは持ってるんですか?これ?」
「そ、そりゃあ!レコード語る上で外せねえだろ!これは!!『ロンバケ』と『風街ろまん』ぐらい外せねえ!」
「それで!いくらなのよ!」
「……………………………7万5千円」
「……………さっき天知新品でも買えるって言ってたけど……それは?」
「え~っと……レコード新品って確か4千円ちょっとくらいだったような」
「…………アンタ馬鹿じゃない?」
「馬・鹿・じゃ・ないです!!」
二度目の呆れを見せる姫月にムキになったのは凛の方だった。バナナを抱きしめながら猛抗議する。
「このアルバムは!世界のロックの中でも正真正銘記念碑的名盤なんです!!価値があるってものじゃありません!何より凄いのは!これが出されてすぐは、全く売れなかったことです!!それでも!あのロキシー・ミュージックのブライアン・イーノが『このアルバムは3万枚しか売れなかったが、買った3万人は全員バンドを始めた』と言い残すほどには!凄まじい影響力を持ったアルバムなんです!これは!その!3万分の一なんですよ!?むしろ安いくらいです!!」
「……ああ~もう……うっさいうっさい!分かったわよ。すごいわね!」
「へえ~……イーノがねえ……」(←途中から聞いてなかった)
「でも、お兄ちゃんもこれ持ってるんだよね。すごいよ3万枚しかないのに2枚もこの家にあるなんて」
「ああ~……いや、俺は、その、普通に再販された国内の奴買ったから……3000円くらいの」
「え、ええ……そんな、いいんですか?さっきの繰り返しになりますけど、これ、黒川さんの方が欲しいんじゃ」
「え?い、いや!俺は正直、聞けたらなんでもいいって言うか……その差額でもっとレコード買うって言うか……CDにしなかっただけ俺なりにこだわった方って言うか」
ちなみにCDなら、500円もあれば余裕で中古品が買える。
「いや!でもさ!凛ちゃんは俺と違って……ホラ、そこらへん絶対こだわるタイプじゃん!だから……買ったんだけど」
「ああう……よ、良くお分かりで……ありがとうございます……」
「うん。な、なんかちょっと重かったかな?」
「うへ、へへへへ………そんなことないですよ!えへへ……これを聞いたからには私も本格的にバンド始めなきゃですね!」
「…………でも、すごいね。いくら番組でお金貰ってるからって……これだけレアでなおかつキチンと凛ちゃんが欲しがってるもの上げられるなんて……」
「…………愛だよ。愛」
「ンフフフ……バナナも意味深なものに見えてくるぜ」
何だか野暮なことを言ってくる連中がいるが、黒川も凛も聞こえていないふりをする。星畑と天知は茶化しているだけだが、陽菜はチラチラと二人を見ては人差し指と人差し指を合わせてドギマギしている。『団地ともお』の登場人物か己は。
「………大方。これで一緒にレコード屋に行けるっていう口実づくりでしょ?下心見え見えよ」
そんな中でかなりの暴投を決めてくるのがこの女である。
「ま、まあ……貸し借りとかで同じ趣味の人が出来たらって思ってたけど……別に下心じゃねえよ」
「そ、そうですよ!本当に若者の間でブーム起きてるのか不思議なくらいレコード趣味の人っていないんですから!」
流石に無視できない言いぐさなので反論するも、姫月は急にニヤリと笑って続ける。
「………フーン………凛だから特別ってわけじゃないのね」
「………まあ、趣味が近いって言うんで考えやすくはあったけど…別に他意はねえよ」
「………じゃあ、私の誕生日の時にも20万くらいのものを用意するってわけよね」
やられた!と思わず頭を抱えそうになる黒川。冷静になれば、姫月が自分や凛の関係に興味など示すわけがない。見事に掌の中で舞ってしまい、とんでもない言質を取られてしまう。
「………………あ、あたぼうよ」
「ウフフフ………何だか急に全身をマル二でコーデしたくなってきたわ」
「ま、まあ………凛ちゃんだけ特別扱いってわけにもいかねえしなあ……当然だけど!」
哀れな道化師はもはや強がるしかない。それもこれもプレゼントを考える時間がなかったのが悪い。あと、一緒に買い物に行った時、偶然凛ちゃんの欲しがってるものを分かってしまった都合のいい自分の気配り力が悪い。
「私………バケツのプリンが食べたいなあ」
一緒になってふざける陽菜。本当にそれに20万の価値があると思ってるのだろうか。
「………陽菜ちゃんはずっとそのままでいてね」
「星ちゃん。スタディ号が欲しいなあ」
「黙れ。高2の時、精勤賞貰ってたくせに」
3
宴もたけなわ。〆は星畑のケーキで決めたいところだが、ほとんどが満腹の状態だったため、一度風呂休憩を挟むことになった。唯一、満腹を訴えなかった陽菜だけは一人分のケーキを食べて、迎えに来た母親と共に帰っていく。
姫月が一番風呂に入っているのを待っている間に、凛はウキウキで自身が元々持っていたオーディオにターンテーブルを繋ぐ。早速ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコを聞いて欲しかったところだが、もったいなくて使用できないと凛は大切そうに棚に飾ってしまう。それはそれで、何となく嬉しい。一先ず、黒川が自室から適当なレコードを持ってくる。
「ぜ、全然違うな…音質……俺も、高いのに変えようかな……」
「え、えへへへへ……で、でも、皆さんが部屋にいるときは流石にこの音量で流せませんし……黒川さんのものでも十分と言えば十分ですよ……私は断然!この子以外はあり得ませんけどね!」
(………人を喜ばせるのが上手な子だなあ……)
しみじみとそう思う黒川。だが、いくら機械が良くても部屋が汚ければ意味がない。そこだけはいくら、親愛なるルームメイトでも譲れない。
「…………なんか、一層増えてない?……モノ」
「ふえへへへ……」
「…………片づけよっか」
「あ……は、はい!エミ様とだと、おっかないですけど!黒川さんなら……安心してお部屋を任せられます!」
「そ、そう?………まあ、何でもかんでもゴミ箱に物詰めたりはしないけどさ」
「………えへへへ……まあ、あの後、大事なものは回収しましたけど」
「ははは……こうしてみてるとやっぱ特に好きなのはハードコアパンクとか、ヘヴィメタルなんだね」
「はい!スターリンはもはや殿堂入りとして!!INUとかあぶらだことか、じゃがたらとか!……プログレですけど……美狂乱とかが最高です!」
「………そこらへんは俺も好きだけど……KISSとか……ミッシェル・ガン・エレファントとか所謂王道的なのも好きなんでしょ?……プロフにはそう書いてたし、幅広いよね」
「えへへへ……まあ、あれは……あんまり尖ったものばかり書いて伝わらないのも不味いと思って…」
「あははは………」(←誰も知らないであろう昭和映画ばかり書いた男)
「で、でも!勿論!好きなものは大好きですよ!日本だとブランキーも、ピーズも!ブルハは当然として……KISS聞いてる人間が上げちゃダメかもですけど……MC5とか、ジューダス・プリーストとか!」
「あとは……ポスターで書いてたしアイアンメイデンもだろ?ノリ的にはスコーピオンズとか?ニルヴァーナみたいなグランジ系も好きだよね?」
「です。黒川さんは………えと……サザンファンなんでしたっけ?」
「うん。親の付き添いでライブ行ってからどっぷり。でも、所謂……なんていうか、凛ちゃんみたいなのハードなのも聞くし………ベル&セバスチャンみたいな静かなのも聞くし……フォークも好きだし、JAZZも詳しかないけど多少は聞くし、昔のも好きだし、今のも好きだし……うん!節操ないな!俺の音楽観!!」
「アハハハハ!!節操ある人なんていないですよ!音楽は芸術である前に娯楽なんですから!」
「……凛ちゃんが言うと何か意外な言葉だな」
「え!?そ、そうですか!?」
「うん。何というか……もっと、こう……硬派というか」
「ふへっへへ……硬派だなんて……私は自分の好きなモノがとにかく好きなだけですよ」
「…………そっか」
「でも……黒川さんってそれじゃあ、音楽なら何でも精通してらっしゃれるんですね!」
「いや、何でもってことは……ぶっちゃけ……全部なんて聞いてらんないし……正直、何が良いのか分かんないアーティストも結構いるし……また敬語が変になってるよ?」
「……………ふへへへ、そうですよね。私も……CDからレコードに買い替えないとだめなのも結構あるし……お金とモノを置くスペースがいくらあっても足りませんね」
「え!?………か、買い替えるの!?」
「はい!!スターリンも、じゃがたらも!AC/DCもKISSも!レコード世代のものはレコードで聞かねばいけません!」
「ええ~……すごいねそれは……スターリンとかに関してはむしろCDの方が主流だろうに」
「えへへへ………」
「本当にこだわるタイプなんだな……この漫画も全部初版本だし……」
「漫画は、その、何て言うか………オリジナルの単行本だったら初版じゃなくってもいいんですけど」
「…………それ、水木しげるとか好きになったら地獄を見るパターンだぜ」
部屋に散らばるものを片付けているうちに、レコードのA面が終わる。結局、話に夢中でロクに音楽を聴いていなかった。凛が緊張した手つきでレコードをひっくり返そうとしているところで、廊下から星畑の声がする。
「次の風呂、須田だろ?早く入って来いよ」
「あ、はい!すいません……すぐ入ります!」
「………何で廊下から言うんだよ」
「怖いんだよ。須田の部屋……どこにグロが潜んでるか分かんねえんだもん」
「小心者め………」
着替えを持って須田がいそいそと部屋を出ようとするので、それに合わせて黒川も外に出る。と、ここでこの二人に頼みたいことがあったのを思い出した。
「……あ……ちょ、ちょっとたなびたいことがあるんだけど……」
妙に緊張してしまい、『チャージマン研』の星君と同じ噛み方をしてしまう。
「…………どうしたんだよ?変身するところを見せて欲しいのか?」
「ふへっへへ……星君がそれを言うとあべこべですね」
「誰がジュラル星人じゃ!」
「アハハハハ!」
「…………頼みたいことがあるんですけど!いいでしょうか!?」
噛んだことを刹那で擦られ、ムキになったように声を張り上げる黒川。
「な、何でしょう?………お仕事ですか?」
「まあ、そうと言えばそうだけど………えっとね……」
大学の友人にコンパに誘われ、撮れ高に繋がると思いこれを受けたが、人数が足りないので集めて欲しいと頼まれている。そこで一緒に行ってはくれまいかと、2人に頼む。一番のメインである一人地雷女が潜んでいるという事は、言わないようにした。本来ならまず真っ先に伝えるべき事項だが、何となく自分の大学内だけに留めておかねばならない話題に思えたのである。
「く、黒川さんの頼みですし……そもそも撮影なら断るわけにもいかないですけど……で、でも私、そういうTHE大学生みたいなこと、全くの未経験ですよ……苦手ですし」
「そんなの俺に至っては職業芸人ってアウェーの場で言わなきゃならんのだぞ……そういう慣れてなかったり浮いてたりするのもひっくるめて撮れ高ってことなんだろ」
「そ、そういうことでしたら……喜んでお供します!」
「おれもー」
撮影という前提はあるにしても、単なる飲みの誘いに過ぎないのだが、明らかに力み過ぎの反応をする凛。そして対照的にめちゃくちゃ気の抜けた返事をする星畑。いずれにしろこれでコンパの準備は整ったわけだ。
「ありがとう!」
「………となると、やることは一つだな」
「? やることですか?」
「何をするんだよ。コンパは明後日だぞ?」
「だからこそだよ……初めての酒が第三者も混ざった飲みの席なんて危険だぜ?今から飲んで須田の酒耐性を見ておかねえと」
「ええ!?わ、私のお酒耐性ですか?」
「ええ~……これからケーキ食うんだろ?」
「あんなもん別に今じゃなくってもいいだろ?明日飲んだら本番にさしつかえるかもしれねえし。やるなら今しかねえ!」
「ていうか………酒なんて別に飲まなかったらいいじゃん」
「は、はい。私、ウーロン茶とか飲んでますよ?」
「居酒屋に行って酒の代わりにウーロン茶なんて『孤独のグルメ』でしか許されねえよ!」
「お前なあ~……そういうのアルハラって言うんだぞ」
「別に俺は良いぜ?でもなあ……初めての……身内以外でしかもコンパときたもんだ……飲みでもしねえとノリについていけなくて大変なことになるかもしれないだろ?」
「か、考えすぎですよぉ……」
「…………まあ、確かに………下戸ってわけじゃないんだから……飲めるなら飲むに越したことないかもな……」
「え?……そうなんですか?」
「そりゃあ、まあ………相手もシラフの人が混ざってるよか全員へべれけの方がやりやすいとは思うけど……あ!もちろん強制はしないよ!?今時、飲まない子がいるってのも普通だし」
「あの~………そもそも私の誕生日は明後日ですよ?」
「………あ」
「そうか………飲み会では飲めても……今は厳密には未成年か……」
「じゃあ、今まで言ってたことは忘れたほうがいいな……初コンパで初飲みは危険だぜ」
「ええ~……さ、散々盛り下がるみたいなこと言っておきながら……私、いよいよ飲み会のお荷物になるんじゃ」
「まあ、俺らもいるし、他も黒川の友達と女だけだろ?多少やらかしても平気だとは思うけど」
「私はやらかしのプロフェッショナルなんですよ?……特に対人関係に関しては特に……うう、急に不安になってきました」
「だ、大丈夫だって……」
「あ、そうだ………黒川さん……明後日はその、飲み会ですけど……明日は…大丈夫ですか?」
「え?……な、何かするの?」
「あの………も、もし、良かったら何ですけど……えっと……一緒に…レコード屋さん回りたいなって思い………思いまして………ホント、良かったら……」
「ああ、うん!全然いいよ!むしろ行きたい行きたい!」
フランクに答えているように見えるが、内心はバックバクであることは言うまでもない。
「あ……えへっへへへ……よかった……ありがとうございます」
「い、いや………お礼を言われるような事じゃ……」
「良かったな黒川。悲願達成じゃん」
「ちゃ、茶化すんじゃねえ!」
4
翌日、異様に早起きの凛に起こされるまま街に繰り出す。そしてカフェでモーニングを食べ、黒川が日々通っているレコードショップの数々に凛を連れていく。行きこそ緊張していた黒川だが、いざ店に入ると、音楽の話題で持ちきりになり、緊張感など綺麗さっぱり忘れてしまっていた。ただ、言い難いほど楽しい時間を過ごしている。それはそれとして、凛が15000円もするレコードを即購入した時は少し引く。
「こうしてみても……どこもクラシックロックやジャズばかりで……なかなかハードロック系は少ないですねえ」
「ストーンズとか……ツェッペリンとかはあるけどな……でも、AC/DCは買えたじゃん」
「でも、こうやって一つ一つ見るのって何だか宝探ししてるみたいでいいですねえ」
「はははは………俺は何かゴミ漁ってる猫みたいなみみっちさで嫌なんだけどね……」
「うへへっへへへ」
「…………ん?」
「?……黒川さん?」
「いや………何だか見覚えのあるのが……」
「へ?」
視線の先には狭い店内の通路を埋めるバカでかい柱……のように見える大巨漢の男が凄まじい速度でレコードを漁っている。勢いのわりに、レコードをストストと音を立てて落すようなマナー違反は行っていない慎重な手さばきである。いつぞやの声と態度のでかいドラマー、財津まみるである。
「……………ま、まみる君………」
「すっげえ偶然………どうする?声かける?」
「そ、そうですね………いつかは顔を合わなければと思ってましたし……」
二人で不審者のような足取りで近づき、声をかける。しかし黒川らと違い、向こうは全く驚いたそぶりを見せず、不敵な笑みで手にしていたレコードを棚に戻す。どうやら先に見つかっていたようである。
「………デートのお邪魔をしてはいけないと思ってあえて声をかけなかったが、いらぬピンク・フロイドの6枚目だったようだね」
「…………おせっかいぐらいスッと言えや。べ、別にデートじゃないし」
「……レコード再生機が手に入ったので、お店を紹介してもらっていたんです。まみる君はお買い物ですか?」
「お買い物以外、ここですることは無いさ!」
相変わらず大仰な喋り方だが、場所が場所だからか声はいつもより抑えめである。というより、この男に空気を読むなんてことができたのかと、少し見直す黒川。
「………まあ、買い物と言っても人を待っている間の時間つぶしみたいなものだからね…ある意味、買い物以外のことをしていると言えるね」
「あ………誰かとご一緒なんですね」
「ああ!だが、まあ……もし買い物が一段落つきそうなら、少し時間つぶしに付き合ってはくれないか?……せっかくこの前、声をかけてくれたのに用事で断ってしまったからね」
「い、いえ……そもそも私の個人的な事情で長引かせてしまっていたんですし……」
(やっぱり………なんか前と比べて危なっかしさが無くなってるな……良い事だけど)
「あの………すいません……いいですか?黒川さん?」
「ん?……あ!いい、いい。全然いい!それに……あん時は全然バンドのメンバーじゃないって主張してたけど……ちゃっかりギタリストに立候補してるし……俺的にも人ごとじゃないだろ?」
「フッ……!」
(鼻で笑われた……)
てっきり腫れもの扱いされると思っていたノーパンク黒川だが、まみるの反応は至って明るかった。店を出てすぐ横にあった公園で改めてバンドメンバーの新入りとして歓迎される。
「キミの攻めたボーカルは聞かしてもらったよ……僕の好みではないが……あそこまで自分色を出せるアーティストは希少だ!ノーパンクと言う以前の無礼な評価は撤回させてもらうよ!」
「えへっへ……まみる君も黒川さんを認めて下さったんです……実はギターとして入ってもらうことになったことも報告済みなんです!」
「………そ、そりゃどうも……」
あれは自分のアレンジでも何でもないのだが、もう今更自分の奇妙な声帯についてはどうでもいい。凛以上に硬派だと思っていた男から、好意にしてもらい何となく嬉しい、態度が以前よりも丸みを帯びていることに関しても、ひょっとすると自分たちを再度リスペクとしてくれているからかもしれない。凛がまみるとやけに親しいのも、かねてからDMでやり取りをしていたからだろう。
「……そうそう……見たと言えば、お前のドラム動画も見たよ。普通にプロ級だし……俺と違って滅茶苦茶真っ当に評価されてるじゃん」
まみるの動画は上々の再生数と評価を貰っていた。黒川がギターを弾いているだけの動画を上げてもとてもこうはならないだろう。
「そうなんです!本当にこんなドラマーが入ってくれると思うと逆に緊張しちゃうくらいです!」
「はははは!!僕は今のところのキミたちと違って、本気でミュージシャンを目指しているからね!」
「………ほ、本当に……私たちと同じバンドでいいんですか?」
「かまやしないさ!……それに……僕は、少しやんちゃしてしまっていた時期が合って……近辺のライブハウスで出禁を食らっているんだ」
「そ、それはそれは……」
「ま、まあ……私のところでは好き勝手やってくれませんから!……と言ってもメンバー少なすぎだし、私はまだ何にもできないしで……なかなか本格的な活動は遠そうですけどね……」
「ああ……そのことだけどね!実は、キミらに時間つぶしを付き合ってもらったのは……今から会う僕のパートナーにキミらも会ってもらいたいからなんだよ!」
「パートナー……?」
「うむ!あと、10分くらいでつくはずなんだが……」
まみるが腕時計を見るその後ろで、明らかにまるで浮いているような、わざとらしほどの姿勢の良さで女性がこちらに近づいてくる。やけに長身の女性は、遠目では黒のセーラー服のようなものに身を包んでいるように見えた。しかし近くになるにつれ、それがセーラー服とは似ても似つかない節々に飾りのついたコスプレ衣装であることが分かる。ゴスロリ衣装と言うには、質素かもしれないが、私服と言うにはハードすぎる代物だ。そして何より背が高い。170センチ後半はゆうにあるかもしれない。ひょとするとそれ以上。180センチジャストの星畑ぐらいの身長か…。
(まさか……これじゃねえよな?)
凛はと言うと、「ほへ~……その方は何を演奏されるんですかぁ」などと近づいてくる異形のものに対し、全く気付いていない。
(………最近、麻痺してたけど…やっぱ凛ちゃんの格好も変わってるよな……何でホットパンツのポケット底抜けしてるんだよ)
と、凛に少し注意を逸らしている間に、件の謎レディはすぐ目の前にまで来ていた。儀式中の宮司か何かのような姿勢の良さで近づいたかと思うと、まみるの前でピタッと止まる。やっぱりこの女がまみるの言うパートナーで間違いなかったようである。
「はえ?……きゅ、急に暗くなった……って……え!?うええええええ!!」
「やあやあ!待ちくたびれたよ!眼前くん!!」
「が、眼前……?」
眼前と呼ばれた少女はちらりとこちらと凛を交互に見て、そのまままたスッと目線を空に戻す。いでたち名前、関係性、全てがとにかく気になる彼女だが、何より目を引くのは、口元である。
(………殺って!殺って書いてあるのか!?あれ!?)
マスクには真っ赤なインクで「殺」と書かれている。『ニンジャスレイヤー』か『ヒナマツリ』でしか見たことが無いハチャメチャなデザインである。
「こ、こんな人がこの仁丹氏に住んでたとは……よくもまあ今まで話題にならなかったな」
「あ、あの~………マスクに殺ってもしかして~……」
いつもならこういった変人には、おおよそビビり倒す凛が、珍しく紹介すらもされないうちに声をかける。おまけにやけにソワソワと嬉しそうである。
「……もしかして……人外ゴミ共苦楽部の殺戮マシンの介さん……のインスパイアですか?」
おおよそこの世のものとは思えない言葉の羅列だったが、そう指摘された眼前くんだか、マシンの介だかはコクコクと嬉しそうに頷いている。
「えっと………喋らないキャラなの?」
「キャラとかいうのはよしたまえ!」
「い、いや……ホラ!多分、あの、何かのビジュアルかヘヴィメタ系のバンドの受け売りだろ?その設定なのかな~って思って」(←言葉を選んでいるつもりが結局失礼なことしか言っていない)
「いえいえ!殺戮マシンの介さんはMC担当ですからめっちゃくちゃ喋りますよ?」
「え、じゃあ、何で?……も、もしかして……何か特殊な事情が……」
「いや、高校時代から一切人と喋らないと決めているらしい……悪魔とそう言う契約を交わしたそうだ」
「キャラ以外の何者でもねえじゃねえか!!」
「いや、まあ、僕もちょっと驚いてるよ。マスクはいつもしているが、こんなパンクな文言は書かれて無かったからね」
「ま、まあ……一般的な服装じゃなくって明確な元ネタのあるコスプレなら……良かったよ」
「うへへへへ………ま、まさかシャバで苦楽部会員の方と出会えるなんて……苦楽イジ―!!」
(ビクッ!!)
突如、奇声を上げながら腕をクロスする凛。驚いてその場から半歩引く黒川だが。どうもその何とかいうバンドの定番やりとりらしく、眼前も声こそ出さないが、同じポーズをとって共鳴する。
「ええっと………改めて紹介するよ。僕のパートナーにして、ぜひともバンドのメンバーに推薦したい最高のミュージシャン。眼前忌子くんだ!言うまでもないが、本名は別にあるよ!」
「はあ、よ、よろしく……さっきは失礼なことを言ってすいません。黒川です」
「…………」(←夜露死苦!……という顔)
「えっと………わ、私は須田凛です!えへへへ……こんな方なら大歓迎ですよ!」
「…………」(←恐悦至極!……という顔)
(何か不思議とコミュニケーションできるな……)
「あ、あの……えっとぉ……初対面の方にこんな事聞くのもアレなんですけど…さっきからまみる君が言ってるパートナーって言うのは……」
「ああ!彼女は僕のパートナー!言い換えるならば恋人さ!!」
「……………」(←比翼連理///……という顔)
「ほっへええ……そ、それは何というか……えへへへ……ステキなご関係ですね!」
「どういう経緯で付き合ったのか死ぬほど気になるけど……まあ、お似合いだよ……ある意味」
互いに音楽に明るく変人であるという意味でもよく似合っているが、それ以上に、2人とも恰好をもう少し気にして努力すれば、もう少し良いルックスになるのにという意味でのお似合いである。と言っても、体系の問題であるまみるはともかく、眼前はこれをオシャレとしているのだから、あまりそこに突っ込むのは野暮かもしれない。さらりとしたセミロングの髪の毛と言い、長身といい、何となく厳かな美人に化けそうな気品がある。
「眼前くん!先程メールで伝えた通り、この二人がバンドの発起人だ!凛君はまだ、路線が固まっていないらしいが、黒川くんはギターを担当する予定のようだ」
「………………」(←気韻生動!……という顔)
「眼前くんにもキミの動画は見てもらっていてね!僕以上に高く評価していたよ!」
「ああ、そう……ありがとう……まあ、俺がボーカルするわけじゃないけど」
「それなら……えっと……眼前さんは何の楽器を担当されるんですか?」
「眼前くんはベースとキーボードとギターが弾けるよ!……一番凄いのはギターだが、どれも十二分すぎる程高い実力を有している」
「………………」(←器用貧乏///……という顔)
「す、すげえ……岡村靖幸みてえなスペック」
「じゃ、じゃあ是非!お好きな楽器をば!!えへへへ……も、盛り上がってきましたねえ。私もギターの練習、精を出さなくっちゃ!」
その後、しばらくは凛は眼前と謎多きヴィジュアルバンドについて、黒川はまみると今しがた購入したレコードについて、会話(?)し、奇妙なカップルとはまたの機会までお別れとなった。一昔前のジャンプの悪役コンビのような後姿を眺めながら、凛がポツリと呟く。
「………彼女さんができたからだったんですね」
「ん?……ああ、そうだね。だから忙しかったんだろ?」
「あ!……い、いえ!そっちじゃなくって……ほら、まみる君、人が違ったみたいに穏やかになってるじゃないですか!!」
「あ、ああ~……やっぱ凛ちゃんも思ってたんだ……まあ、女出来たら人変わるって…丁度明日会うアホも言ってた気がするぜ」
「えへへへへ………」
(………女が出来たら…か)
勿論、凛と付き合っているわけではないが、女友達などできた例がない黒川にとって、一緒に遊び、ましてや一緒に暮らすような女性ができること自体、大きな変化である。ひょっとすると、知らず知らずのうちに自分も大きく変わっているのかもしれない。
(……でもそういうのって、今の俺みたいに、受け身受け身で女性と関わってばかりの状況じゃ、ダメなんだろうな。まみるみたいにいい変化は起きないで、ただ何となく以前の考えが矛盾するみたいに歪んで言ってなあなあな感じになるんだろうな……)
実を言うと、凛と話をするまでは好きどころか、こんなののどこが良いんだ?と思うバンドも多数ある。以前の自分ならば、それはお前の趣味だろうと、メリハリを踏んでわきまえることができたのだろうが、今の自分は、脳死でそれらを肯定している始末である。
「なあ……凛ちゃん………」
「はい?」
「………い、いや………昼ご飯……どこで食べよっか?」
「え?あ、ああ!その~……お金あんまりないので……安めのランチで……お願いします…」
凛に以前の自分と今の自分、変わったかどうかを聞こうと思ったが、そんなことを聞いても仕方がないという念にかられて断念する。
(俺は……正直、一緒に居ればいる程、凛ちゃんに惹かれて行っている。凛ちゃんは?もともと俺は尊敬するアーティストらしいが、今ではもはやチームメイトだ。それでも、口で言っている通り、こんな俺のことをリスペクとしてくれているんだろうか?)
そんな引きずりそうな気分も、ひとまず凛と会話すれば楽しくて流れて行ってしまう。やはり黒川にとって今がこの上なく楽しいのは間違いがない。ただ、何となく、この関係性が自分で思ってるほど特別なモノや、結束力のあるモノではなく、吹けば飛ぶような軽いものでは無いのかと不安になる。それを会話の切れ目で思い出す。その間だけ、言い表せない不安が込み上げてくる。そんな平常運転というか、薄淀んだ気持ちで、黒川は明日のコンパに挑むのであった。
レコードだったりだとかの値段は僕が適当に調べた相場によるものなので、ひょっとするとそれ以上に高かったり安かったりするかもしれませんが、見逃していただけるとありがたいです。あと、100%誰からも気づかれない自信がありますが(そもそもこの時点で誰か見てくださっている方がいるのかも怪しいですが)まみるの姓をこそっと変更しました。須田凛が結成するバンドのメンバーは全員、80年代の邦ロック・バンドから名前を取りたいと、急遽考え直したことが由来です。何気に今の発言の中に今後のネタバレが含まれているのですが、まあ、大したことではないので、無視してください。
それではまたお会いできるのを楽しみにしております。