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中入ー③「ヒナズ・キッチン~秘密は秘密~編」

ちゃっかり割り込ませてますが、これを書いたのは随分後になってからのコトです。それはそれとして、まあ、お楽しみいただければ幸いです。はい。

                     1


「………何だったのよ……今日の撮影」


 玄関へ入るなり、不満げに姫月が呟く。そう言いたくなる気持ちも当然なほど、ここ最近は不作続きである。実際にアクションしている自分たちが、よく分からない出来になっているのはいつものことだが、ここ最近の撮影については、Uからの反応も渋い。


「…………だから言ったじゃん……あの山には何にもないって……川で味をしめた気になりやがってUの奴め」


「だから俺があそこで全裸になってたら、まだ見栄えの良いものになってたかもしれないじゃん」


「アンタの全裸にどれほどの価値があるってのよ」


「………そもそも……あの時はたしか宇宙人の魔改造したネズミを捕獲するって内容だったから面白かったんだろ?………てっきり今回も………そういうさぁ……何かしらのSF要素があるって感じかと思うじゃん」


「………メンバーも良くないわよ。何で天知もヒナもいないのよ!!」


(凛ちゃんがいないのはいいんだ………)


「いずれにしろ……企画のせいにばっかしてらんないだろ…芸人名乗ってるくせに盛り上げ下手な俺も悪いけど、お前らももうちょい仲良くしろよな」


「…………俺は、別に仲悪くいこうなんて思ってないよ。でも姫月がさぁ」


「アンタもしかして私のせいにしようとしてる?……自分の無能を棚に上げて」


「ほら……これだぜ?……俺みたいな凡夫とは仲良くなれないってさ」


「まあ、日常風景撮ってんのが売りみたいなもんだし、仲悪いのはいいけど……でもさぁ……もうちっと仲悪いなら悪いなりに絡み方ってもんがあるじゃん……無言ってのは」


「アンタねえ……さっきから自分は中立みたいな顔してるけど……時と場合によっては私、黒川よりもアンタの方がウザい時あるわよ」


「……黒川、こいつ二人で無視しようぜ」


「……無言はダメなんじゃないのかよ」


「チッ……ただでさえ需要がカスみたいな番組なんだから、あまりにも体たらくが続いたら打ち切り食らうわよ」


 不機嫌故にいつも以上に棘のある姫月だが、彼女の言う事も事実である。あまりにも低視聴率、捨て回ばかりをお送りしていると、そのうち黒川自身が飽きられかねない。しかし姫月からの重圧はあれど肝心なUからのそういった番組の危機的な発言は聞かない。あれほど番組のクオリティに神経質な彼が、こと取れ高に関して何も気をやらないのは、ある秘密があるからである。その秘密は深夜遅く、イヤホンで音楽やら動画やらを楽しんでいる黒川、凛と言った夜型人間以外はほとんど寝静まった時間帯に人知れず繰り広げられる。


           

                       2



 血走った目で、歌い河チャンネル様の動画を眺めている凛の部屋の扉が音を立てず開いた。当然、凛は気づいていない。


「フフ……へへへ………フへッ……ヒヒヒ」


 ニタニタと動画を見つめる凛を、わずかな扉の隙間から確認するとまた、一切の音を立てず扉が閉まった。


(凛ちゃん………良し)


 寝間着姿の陽菜が小声でつぶやく。そしてそのまま今度は階段の前までススーと忍び足で廊下を進み、もう一つ明かりが漏れている黒川の扉のノブに手をかける。慎重に力を込めるが、黒川は一丁前に扉に鍵をかけていた。仕方がないので小さな耳をそっと扉に向ける。物音はしないが時折、ベッドが軋む音が聞こえる。


(お兄ちゃん………良し……多分)


 そう言って小さなパジャマニンジャは階段を降りるのだった。


 陽菜が次に開けた扉は、キッチンの冷蔵庫である。ジ~っと冷蔵庫の中の食料を物色しているが、基本的には真っ赤な付箋が付いているものが多い。


(エミちゃん……よく食べるなあ……あ!このハム、何にもついてない……)


 赤い付箋はエミ様の所有物である証である。逆に何もついていないものは、星畑がシェアハウス全体の生活費で定期的に購入している食料であり、誰がいつ食べてもお咎めなしである。一応、人数分付箋の種類はあるのだが、基本的に姫月しか、自分の食料に唾をつけておこうと思っていないのである。


(あ!……黒い付箋。珍しいお兄ちゃんのだ……ああ~……マグロのお刺身だ……いいなぁ……食べたい……)


 言うまでもないことだが、この少女は今から夜食をむさぼるつもりなのだ。今はその当てを無我夢中で漁っている最中なのである。最終的に少女の手にはハム二枚とスライスチーズ大量、そしてバターと、野菜室からはトマトを一つが抱え込まれた。


(よし……脇はこれでOK……あとは………この今日の晩御飯の残りを!)


 冷蔵庫の中央にデンと陣取っている大きなフライパンの中には、星畑が夕食に振る舞った鳥の照り焼きが数切れ残っている。それをべろりと一切れつまんでまな板の上に乗せる。


(フフフ………思ったより残ってた……涙を呑んでおかわりしなくてよかったよ)


 自分用に密かに用意している子ども用の小さな包丁で慎重に照り焼きを薄くスライスする。指にべっとりと付いたタレの煮凝りをぺろぺろ嘗めながら包丁を洗い、今度はキッチン棚の中から食パンを3枚失敬する。食パンの耳を丁寧にちぎってもさもさと食べながら、今度は水を拭った包丁でパンをそれぞれ両断し、ムフーと鼻息を鳴らす。準備完了である。


(えっと………トマトと……チーズと……あ!しまった。その前にバター塗らなきゃ…………よし!これで挟んで……うう~ん……欲を言えばキュウリかレタスが欲しかったな……まあ、いいやここにハムも挟んで……よしよし……)


 同じ要領でチーズとチキンを何層にも重ねたものを二個用意する。そして丁寧に爪楊枝で刺して固定し、オーブンの中に入れる。そしてこのチキンサンドを一分ほど熱するのだが、何故か今度はバスタオルを用意して神妙な顔でオーブンとにらめっこしている。


(……5……4………3……あ……ちょっと早いかな?このメモリじゃよく分かんないよ……デジタルじゃないと…………よ~~~……し……今だ!!)


 ガバリとバスタオルをかぶせる。と同時にチーンという軽い音がいつもより若干籠って静かな部屋に響き渡る。彼女の秘密の料理は何人たりとも大きな音を出してはいけないのだ。何故なら秘密だから。


(……これと飲み物はとっておきの……おばあちゃんが送ってくれた…アサギリコウゲンの牛乳!!やっぱりこの牛乳じゃないと!」


 彼女がここまで朝霧高原の牛乳に惹かれる理由は3つある。一つは大好きな祖母からの贈り物であること、もう一つはこれを飲んだ大地が「やっぱり市販とは違いますねえ」などとのたまった為である。そして、これが彼女にとっての最大の価値であるが、3つ目は瓶入りであることである。やはり瓶入りのものは格別である。長々と何が言いたいかというと、速い話、コップの状態で出されてしまえば彼女は区別がつきっこないのだ。


(あれ?……あれ?………あっれ~……)


 冷蔵庫の中に確かに入れておいたはずの瓶入り牛乳が消えている。確かに今朝確認した時は、まだたっぷり入っていたはずなのに。まさかと、庭へと続くドアを勢い良く開け、ゴミ置き場を確認する。音を出してはいけないタブーはすっかり忘れてる。


(……あ、ある!………何で~……うう~……これヒナのなのに~……)


 空瓶を前にしながら、地団太を踏むヒナ。しかし、ヒナのものであると証明するための水色の付箋を貼らなかったのは自分である。しかも故意に。たとえこんな苦汁を嘗めても、一目で彼女の食材であると分かるようにするわけにはいかないのだ。何故なら秘密だから。


 メンバーにも大好評だったようである瓶入り牛乳への未練を感じながらも、出来上がったサンドたちを皿に乗せ、コーヒー牛乳(星畑のストック、付箋は貼っていない)と若干足りなかった時の為のポテチ(星畑の以下略)をお盆に乗せ、自分の部屋に戻る。当然、キッチンには一切の痕跡を残していない。



                        3



(さて………いただきます………やっぱりチキンから……熱いうちに食べないと……)

(………うう~~……ヒナの牛乳……家にあるのももう残り少ないからこっそり持ってきたのに……)


 朝霧高原のことを思うと、拳が固くなる陽菜だが、特性サンドを一口ほばったころには拳も表情もフワリと緩んでいた。そこからはもう、もさもさと、なっがい麩の棒を齧る鯉のようにパンくずをまき散らして食べ進んだ。二つ目が食べ終わるころには口周りはタレでびっしり汚れている。とろけると謳っておきながらさして伸びないチーズを無理やり伸ばして食べている故にいつも以上に口を汚してしまうのだ。しかし、そんな女の子らしくないはしたない食べ方をしても、注意する相手はここにはいない。家族や、ノンシュガーズの面々との団欒的な食事もこの上なく好きなヒナだが、そんな充実した食生活を送っている故に、こうした孤食にありつく瞬間もまた、たまらなく楽しいのである。


(………いざ食べてみると……あんまり期待してなかったトマトハムの方が美味しいな……チキンはもうちょっとあっためればよかった……)

(フフフ………でも……今回は大成功……牛乳がなかったのはショックだけど……コーヒー牛乳が美味しすぎて……どうでもよくなっちゃった……)


 予定調和のようにポテチまで完食した陽菜はこっそりベッドの下にお盆を隠し、歯磨きをしに行く。翌朝、朝ご飯を個別で取ったふりをして、お皿洗いをすれば完全犯罪である。もちろんそれはそれとして朝食は食べるが。




                      4



 翌朝。7時ほどに目が覚めた星畑がリビングに降りると、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる天知がいた。


「はよっす………早いっすね天知さん」


「おはよう……でもまあ……陽菜ちゃんの方が早起きだったみたいだよ?」


「へえ~……流石小学生……で?陽菜は?」


「庭でモヒロ―の世話をしてるよ。朝ご飯はもう食べたみたいだね。洗い物まで済ませるなんてしっかりしてるな」


「そんくらい俺がやんのになぁ……あれ?食パンがめっちゃ減ってる……」


「………チーズも無くなってたよ」


「………陽菜か?」


「………だろうね」


 彼女が密かに食料をつまんでいることは彼らもよく知ることなのだが、そんな彼女のちょこまかとしたグルメの一部始終が、一部の宇宙人から異常な支持を得て、このチャンネルの人気を密かに支えていることまでは露とも知らない。ただ一人、Uだけがこれを知っていて、心待ちにしているのだが、こればっかりは黒川にさえ漏らせない。彼女が宇宙人に見られていると分かり、やめてしまっては事だからだ。秘密の食事はあくまで秘密でなければいけないのである。



                      




 


 



                

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