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その①「バカな子どもがふざけて駆け抜けるコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆子どもの時嫌いだったけど今大好きなものは焼き魚


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆子どもの時嫌いだったけど今大好きなものはサウナ


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆子どもの時嫌いだったけど今大好きなものはカミナリ


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

☆子どもの時嫌いだったけど今大好きなものはお金


天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆子どもの時嫌いだったけど今大好きなものはランニング


岩下陽菜いわした ひな 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生

女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。

☆今は怖いけど大人になったらやってみたいことは廃墟探索


こんにちは。今回はけっこう嫌な奴が出てきてしまいます。コメディなんだからあまり人を不快にさせるようなキャラクターは出さない方がいいのかもしれませんが、いざという時のために分かりやすいトラブルの種を仕掛けておくことも必要だと判断し、登場させてしまいました。ですが、僕も書いていてそこまで楽しくなかったのでもう登場することは無いかもしれません。

「子どもは残酷だが、残酷さを隠せない子供に対し大人はさらに残酷だ」




                       1



 80年という東風小学校の歴史は、仁丹市内にある小学校では随一のものであるが、その伝統とは裏腹に近隣住民からの苦情は絶えない。昨今、少しの騒音でも苦情が入りすぐにトラブルが発生することが問題視されているが、こと東風小学校に関して言えば80年間苦情が入り続けているため、世情の問題ではなく東風小学校に問題があることは火を見るより明らかである。以下、その苦情の一部、202×年最新版をご覧いただこう。


「何度言っても石けりをやめない。窓ガラスを割られたが謝罪もなく逃げていった」


「口が悪すぎる。うんこちんちんおしっこ程度のかわいいものでは無く。放送禁止用語級を平気で連発する。聞いていて堪えられない」


「空き家には入っていいという間違った認識をどうにかして正して欲しい」


「この前、全裸の東風生が泣きながらランドセルを担いで帰宅していた。イジメにしても度が過ぎている」


 これほどまでに悪たれどもが幅を利かせているのは、偏に鍵っ子の急増と、東風小学校の生徒のほぼ半数が同じ仁丹団地で生活していることが大きい。学校での独自の縦社会が団地内でもそのまま継続し、子どもたちは悪ガキの先輩からヤンチャと言うヤンチャを仕込まれるのだ。そしてその悪童どもの活動圏内ドンピシャの場所で生活しているノンシュガーズこと黒川らメンバーにとってもそれらの悪評は他人事ではなかった。と言っても黒川にとってそれらの噂は、せいぜい度々耳にする程度で、何かしら実害が出たわけではなく、あくまで日常の隅の情報として消化したまま、今まで生きてきた。

 小学生の友人兼頼りになる仲間である岩下陽菜が東風生と聞いて、ほんの少し引っ掛かったこともあったが、当人は至って良い子だし、特に学校生活に問題が生じているわけでもなさそうなためやっぱり東風の悪評が黒川にとって、大きな存在になることは無かった。しかし、忘れてはいけないことを黒川は忘れていた。以前ならいざ知らず、自分が今仲間たちとともに住んでいる屋敷は、東風生たちの憩いの場である公園のすぐそばに、東風小学校の歴史と同じくらい古くから、建っているのである。


 

                        2



 「……………もう午後の2時ですか。ヒナさんは今頃五限の授業をウトウトしながら聞いているのでしょうね」


「………はあ、そうっすね」


「…………もうじきっすかね……帰ってくるの」


「いえ?今日は皆さんのところに遊びに行くと言ってましたから、お帰りはもっと遅くなりますね」


「あ…………じゃあ、俺らも帰った方がいいっすかね?」


「そうだな!昨日は俺、ライブで……ちゃん陽菜に会えてねえし!」


「まあそうおっしゃらず。今来られたばかりじゃないですか」


「「…………………」」


 淡々と言い切って目の前のティーカップに口をつける陽菜の母親。岩下大地。彼女の一挙手一投は、ドラマのそれだと言われても納得できそうな程、画になる光景だが、黒川にはそんなことを呑気に考えている余裕もなかった。横にいる星畑も同じである。2人は何故か陽菜はおろか姉の瑠奈もいない岩下家に招かれてしまったのだ。おまけに午前中は大学があると言って上手く切り抜けようとした黒川すらも、講義後でいいからと半強制的に収集されたのだ。まず間違いなくただのお茶の誘いではない。そしてただごとでないそれは、まず間違いなくめんどくさい内容に相違ない。黒川らは気まずそうな顔で横目を合わせる。双方が「お前が要件を聞けよ」と目で訴えたのだ。


「……………天知さん」


「はい!?」


「あ、天知さんがどげんしたんでしょうか!?」


 唐突に大地が口を開く。取り乱しながら返答をする2人。


「あ、すいません。最近、無意識に口から突いて出てしまうのです。天知さんが」


「……………はあ」


「それはそれは」


 また天知について何か返答に困る相談事を聞かされるのかと身構えかけたが、ただの想いの横漏れだったようだ。


「……それはそうと天知さんは私に対して何かそれっぽいことは言ってましたか?」


(………結局天知さんじゃん)


「………それっぽいことって言うと?」


「そうですね。例えば『母恋しい』とか『母のぬくもり欲しい』とか」


「…………いえ、とくには……そんなアーニャっぽいことは何にも」


「言いにくいですけど………特に何も……言ってなかったですよ?」


 岩下大地と天知九。2人は陽菜の子役時代に撮影で知り合ったのだが、天知が言うには大した交流もなかったらしい。その癖、大地は軽く引くほど彼に恋焦がれている。ちなみに天知もその予感のようなものは薄々感じていて、過去にはっきり「再婚はしない」と断言していた。それを聞かされた黒川と星畑の2人が、大地から恋愛相談を受けているのだから、当人らは気まずいったらありゃしないのである。一方の天知と言えば、陽菜と交流するにつれてかつて抱いていた、惚れられているという疑惑が薄れ、いよいよ「一人の女性」から「陽菜の母親」というおおよそ異性としてすら認識されないようなカテゴライズに変化しかけているわけで、彼女の恋路はまあまあ絶望的なのである。


「それでは、ヒナさんについては何か言ってませんでしたか?「僕の娘にしたい」とか「一生かけて幸せにしたい」とか……」


「それ……マジで言ってたらかなりやばいセリフですよ」


「陽菜については……「よくできた子」とか「肝が据わっている」とは言ってましたよ」


「ほうほう」


 陽菜への天知の評価を聞き、心なしか上機嫌になる大地。天知さん狂いが無かったら普通の良いお母さんなんだけどな、と黒川が考えていると、大地が急に席を立つ。そして二階から自由帳を持って降りる。


「何スか?それ」


「ヒナさんに描いてもらった絵日記の数々です。ヒナさんがあなた方のもとでどんなことをしているか把握するために、ヒナさんに自由に描いてもらっているのです」


「おお、それは………いいですね。俺も、陽菜ちゃんのお母さんに仕事の事伝えなくっていいのかなって思ってたんですよ」


「まあ、それは建前で本当は天知さんの動向が知りたいだけなんですが」


「…………………………」


「ところがめくってもめくっても、書いてあるのはエミちゃんとやらの事ばかり。天知さんの事に関しては一文字足りとて書かれてません」


「………まあ、仲いいですからね……」


(何気に天知さんが知ったら傷つきそうなニュースだぜ)


「ていうか普通に内容気になるな……読んでもいいっすか?」


「ええどうぞ………ヒナさんは嫌がるでしょうが、あなた方には見てもらう権利があります」


「あざ~っす!………ええ~っと……うっわ!ちゃん陽菜、滅茶苦茶、絵下手だな……意外な弱点」


「…………これ、もしかして俺か?何で皮膚の着色が紫なの!?怖い!!」


「ええ~……4月22日………私はりんちゃんがこけてしまっているのを見てしまいました……」



 …………こけているりんちゃんに私が「だいじょうぶ?」と聞くと、りんちゃんは「だいじょうぶです!ほらだいじょうぶすぎておどれちゃいます」といいながらダンスをおどりました。するとまたこけてしまいました。今度は本当にいたそうなこけっぷりで私は心配しましたが横にいるエミちゃんが大笑いしてました。りんちゃんは泣いていたので「笑ったらダメだよ」と言うと「こういうみじめなやつはあざ笑ってとむらうのが一番よ」と言ってまた笑いました。りんちゃんも泣きながら笑ってたので私も笑うことにしました。良かったです。


4月23日……エミちゃんが恋愛番組を見ながらくすくす笑ってました。面白いシーンなのかなと思ってみてましたが、みんないっしょうけんめいで笑う場面ではなかったです。私がエミちゃんに何で笑うのと聞くと「だって見てよ、ブサイクがブサイクを取り合ってるわよ。ていへん過ぎて笑えちゃうわ」と言ってまたクスクス。私は別にブサイクじゃないけどなあと思いましたが、言われてみると何だかへんてこに見えてきて私も笑いながら見ることにしました。良かったです。


5月8日……お仕事で川遊びをしました。UMAを倒すことになり私はすぐに天知さんの言う事を聞いて星ちゃんといっしょにみんなの帰りを待つことにしました。みんなでその前にUMAにざんさつされたかわいそうなヌートリアとブルーインパレスくんをとむらうことにしました。おはかを作っているとエミちゃんが「この世は弱肉強食なんだからそんなざこ共にかまってる暇ないわよ」と言ってつまらなそうにしていたので「サボらないでちゃんとしないとだめだよ」と言いました。するとエミちゃんが「ヒナアンタに弓矢によさそうな枝を見つけてくる使命を与えるわ」と言いました。私はエミちゃんといっしょに弓矢を作りました。良かったです。


「…………………色々言いたいことはありますが……一先ず姫月がすいません」


「姫月さんと言うのはエミちゃんさんのことですか?何も謝ることはありませんよ。これからもヒナさんと仲良くしてくださいと、逆にこちらが頭を下げたいくらいです」


(いいんだ………めちゃくちゃ教育に悪い感じに書かれてるけど)


「そこもヒナさんのとめどない愛らしさがよく溢れた名文ですが、読んで欲しいのはこのページです」


「あ、はい!………ええっと………」


5月7日……今日エミちゃんたちとりんちゃんの恋愛事情について話しました。りんちゃんは私に「男なんてたよらずに二人で強く生きていきましょうね」って言ってくれました。私はずっとりんちゃんたちといることを考えるとうれしくって笑っちゃいました。でも、やっぱりりんちゃんもクラスの男子の事がいやだったのかなあ。私もクラスの男子がお兄ちゃんや星ちゃん達みたいならいいのにと思いました。そのあとお仕事の組み分けしました。星ちゃんといっしょになりました。良かったです。


「…………ああ、本当だ。陽菜ちゃん。クラスの男子騒がしくって苦手って言ってましたよそういや」


「小学校上手くいってねえんですかね?」


「いえ?そこではなく黒川さんと星畑さんの名前を上げているのに天知さんの名前を出さないのは何事だと思いまして」


「どうでもよ!」


「………真剣に聞いて損したぜ」


「ヒナさんですよ?クラスの男子がちょっかいをかけてくるぐらい何てことありませんよ。美少女の宿命みたいなものですし」


「へ?」


「ちょ、ちょっかいかけられてるんですか?」


「はい。持ち物を隠されたり、不用意に体を触られたり。まあ、私も通った道です。お馬鹿さんな男子たちの格好の的ですからね。ヒナさんのようなタイプは」


「いやいや!んな呑気に言ってる場合じゃないでしょ!?それ大問題じゃないですか!」


「大地さんは知らないでしょうが……東風のガキンチョ共はそこらのヤンキー中坊よりも立ち悪いって有名ですぜ」


「大袈裟ですよ。相手はヒナさんの事が好きで、ちょっかいをかけてる素直になれないヤンチャキッズです。二児の母親なんですから、本当にヒナさんがピンチなら分かります」


「「…………………………………」」


 どれだけ二人が不安をあおっても、全く動じることなく紅茶を飲み切る大地。何の確信を持ってそこまで安心しているのか分からないが、陽菜が元気そうなことは自分たちも良く知っている。とはいえ彼女は歳以上に気遣いができる一流の役者である。自分たちに心配かけまいとつらい現状を呑み込んでいるのかもしれない。一度そう考えると、黒川は嫌な想像が止まらなくなるたちである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「返して!返してよぉ!ヒナのモヒロ―!」


「ぎひひ……馬鹿ヒナの奴、いい歳こいて亀とお友達だぜぇ!」


「………ううう………ど、どうしたら返してくれるの?」


「うへへっへへ……返してほしけりゃ……笑顔でスカートをめくれ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(…………いかん……なぜか途中でジョジョのドイツ兵になっちまった。流石にそこまで腐ってはねえだろ………東風小)


 妄想の方は脱線したものの、イジメられているかもと言う不安はぬぐえない。もし陽菜がそんな目に遭って泣いているとしたら……考えるだけで修羅にでもなれてしまいそうな黒川である。




                     3


 5人も住んでいれば、どんな日も誰か一人くらいは家にいる。ましてや住人の大半が大して忙しくないのだから、ノンシュガーズ一同はそれこそ常に過半数、家にいることがほとんどである。だが、例外もある。星畑と黒川が陽菜宅に及ばれしたその日は珍しく凛一人が自室に籠っていた。引きこもり気質の彼女にとって、自室でパソコンに向かい合っているこの時間は何よりも安息できる瞬間なのだが、今は間反対に耐えがたい恐怖に直面している。現在凛が籠っている場所は自室でなく、階段の中段である。そこで半べそをかきながらプルプル震えている。彼女の恐怖の塊たちは、丁度そのすぐ先の一階リビングで、土足のままあたりをうろついている。


「これ…………誰か住んでるよなあ!?」


 恐怖Aが口を開く。常に声を張り上げなければ気が済まない甲高い子どもの声である。


「なあ、マジで誰もいねえの!?いたらさぁ!俺らアレじゃん強盗じゃん!」


 恐怖Aの質問に恐怖Bが質問で返す。Aよりも明らかに背がでかく逞しそうだが、Aの荷物を持たされている。


「いたら出てくるだろ!?ていうかさぁ!そもそも俺らの場所じゃん!あのアホが越してきたからってビビんじゃねえよ!」


 そう叫んで恐怖Aがハンモックに腰掛ける音がする。そこに既に凛の体重を悠々と越していそうなデブ、恐怖Cが何か喚きながら近づいて大いに揺らす。少年たちの無邪気で恐ろしい笑い声が部屋を何度も反響し、階段の凛に届いてくる。「な、何してるんだよぅ……出てけよう」と小声でつぶやいてみるが、聞こえるわけがない。聞こえて欲しくもない。いずれ彼らが二階に来ることも、自分がどこかで出てしかるべき対応をしなくてはいけないことも心得ている凛だが、どうしても出ることができない。


 この少年たちが入って来たのはおよそ10分前である。けたたましくチャイムを鳴らされ、慌ててベッドから飛び出したころには「誰もいないって!」という声と共に勝手に中に押し入ったのである。これほどまでに鍵をかけなかったことを後悔した日は無かったが、それ以上に何が起こっているのか訳が分からず、一先ず階段を降りようとしたものの、「死ねやボケー」という物騒な言葉に尻込みして、今に至る。少年らはハンモックに飽きて、今度はキッチンに侵入する。冷蔵庫を漁る音がしたタイミングで凛は勇気を振り絞り直し、何とか階段を全段降りきるがまたけたたましい笑い声がして、再び体が固まる。もう後2歩体を動かせば、すぐに恐怖と対面する場所まで来てしまっているのだが、それでも怖いものは怖かった。今からでも自分の部屋に帰って、天知さんあたりに連絡した方が賢かったのではないかと思いなおし、Uターンしたタイミングで「おわ!」という声が背中にかかる。


「………ひ、人いるじゃん!ビ、ビビったぁ!やばいやばい!俺ら強盗じゃん!」


「うっわ!あはは!俺ら怪しいものじゃありませ~ん!」


「…………え?あれ誰だよこいつ……岩下の姉ちゃんとか?何でなんも言わねえのキモいんだけど」


 3人は身を寄せ合ってひそひそと話しているつもりなのだろうが、声がでかくて全て凛の耳には入ってきている。一方の凛は振り返ることもできず背中を向けたまま固まっている。


「……どうするよ?逃げる?」


「え?まあちゃんが言ったんじゃん。岩下の家の奴ら全員拠点から引きずり出すって……これ絶対あれじゃん。引きこもりのチー牛だろ?イケるだろ?」


 尚もひそひそと話し続ける恐怖共。凛の耳に入って来た岩下という言葉が気にかかるが、その他の部分が聞き取れずうまく話が入ってこない。


「すいませぇん!」


「ンヒィ!」


 突然大きな声で呼びかけられ、悲鳴を上げる凛。情けないったらありゃしない。


「あのぉ!僕たち!もともとこの家の所有者何ですけどぉ!何でここにいるんですかねえ!」


「所有者とか(笑)」


「え?え?………いえ、ここは……もともと空き家ですし……あ、あの……私……じゃなくって…あ、天知さんが、その……」


「え!?なんて!!」


「うひゃう!」


「ヒヒヒヒ……やめたれや……ヒヒヒヒ」


「う、ううう………あ、あの………お、おお、お話ならつ、付き合いますから……く、靴を脱いでください………」


「俺らここではずっと土足だったんですけど」


「冷蔵庫の中にあったコーラ飲んでいいすか?お姉さん?」


「え、え、ええ?……ええっと………あ、お、オレンジジュースでしたら……私のなので……飲んでもいいです……けど……あのぉ……何しに……何」


「コーラはダメなんですか!?」


「あう………す、すいません」


「やめろってヒヒヒヒ捕まるぞマジで……」


 舐められ腐っている凛だが、何だかんだコーラは守り切り、人数分のコップにオレンジジュースを注いで渡す。子どもらは結局土足のまま、ぐびぐびそれを飲み干し、再び部屋の周りをウロチョロする。


「あ!……あの!そこ………そこは……みなさんの冬服が入ってますから……漁っちゃダメですぅ!」


ウロチョロする。


「ぎゃああああ!黒川さんのオーディオ!一階のはお古と言えど触らないでください!」


「岩下の姉ちゃんオモロ(笑)」


「全然似てねえじゃん」


「何だこの女の絵!センス悪!ブスすぎじゃん」


「俺、ワンピの複製原画持ってる」


「ひぎいいいいいい!あ、天知さんの竹久夢二!夢二だけは!それだけはやめてえ!!」


「お、おい………泣いてるぞやめとけってお前ら……ホンマに泥棒やん」


 先程から、AとCが好き勝手暴れまわる中、Bだけはその後をついて回りはするものの何にも触らず時には諫めたりさえしている。よく見ると靴も脱いでいる。だが、凛からしてみれば全員等しく悪魔の子である。


「グス………グス………もうやめて………大人しくしててくださいぃ……」


「あのぉ!岩下はいつ帰ってくるんですか!」


「ひぇ?ええ?……わ、分かりませんよ……そんなこと……ていうか……ひょっとしてヒナちゃんの、クラスメートさんですか?……ま、まさか……お友達ではないでしょうけど」


 先程のような大声で明らかに凛をビビらせようとしてくるガキンチョどもだが、いい加減いくら凛とはいえ、そろそろ恐怖よりも怒りが勝ってくる段階である。何で私はオレンジジュース何か淹れてやってたんだ?と物凄く腹ただしくなってきた彼女は、脳内のシミュレートで3回勝利したことを確認すると、遂に少年たちに対し強行突破を試みた。


「あなたたち……小学生ですよね?………ここは人のお家ですよ?勝手に入るのは勿論、土足厳禁です」


「怒り出した……」


「何か急にイキリ出したじゃん」


「最初から怒ってはったやん……謝っとけって」


「謝罪なんかいりませんよ……はやく帰って!」


「嫌じゃ~(笑)」


「!!……このぉ!!」


 産まれて初めて自分の血管の切れた音が聞こえた凛はドスドスと彼らに向かって行く。とにかく突進し、何かしらぎゃふんと言わせよう!……という彼女の試みは見事に失敗に終わり、反対に自分が抑え込まれデブに馬乗りされる。


「うわ!こいつ暴力してきた!」


「しかもよっわ!糞雑魚の悪魔だ!」


「ちょ!ちょ!!降りてください!……重いぃ……ひゃあああ!ど、どこ触ってるんですかぁ!」


「まぼお前どこ触ってんだよ!変態やん!」


「…………どこも触ってないって……」


 急にマジトーンになる、まぼと呼ばれたデブ。「暴れんなや」と言いながらしきりに凛の身体を擦る。無論、凛は暴れてなどいない。唯一仇名が分からない恐怖Aが騒ぐ横で「暴れんな暴れんな」と言いながら凛のヨレヨレTシャツをよりクシャクシャにし、時折隙間から自分の手を滑り込ませる。


「……ちょっとぉ……ホントに……ダメですからぁ……な、何をしてるんですか…ひっ……っ……」


「まぼやりすぎやって………」


「何もしてねえって言ってんだろ!」


 そう叫ぶまぼの目は間違いなく興奮状態にある血走ったものである。羞恥と屈辱と恐怖に涙を通り越して嗚咽すら湧いてくる凛だが、それ以上に重みで腰の骨が砕けそうである。


「……………アンタ……何小学生にレ〇プされそうになってんのよ」


 デブ含むその場にいる全員が固まり、声の方へ恐る恐る振り返るとそこには怪訝な顔をした姫月が立っている。手には総取りしたギャラで購入したグッチのハンドバックが抱えられて、白く細い腕の高潔さを際立てている。馬鹿ガキどもの目にも明らかに高貴なそのたたずまいは間違いなく、教室に入るなりその場にいる全生徒の注目を集めた陽菜のそれと重なるものである。


「………岩下の姉ちゃんだ」


「え、エミ様~!………うえええええええぇえぇえん!!」


 思わず立ち上がったデブから凄まじい勢いで逃げた凛が、匍匐前進のまま姫月のもとに駆け寄る。そんな凛を無視して、姫月が恐怖Aのもとに立つ。


「………な、なんスカ?」


「アンタ………何で土足なの?」


「え…………あ、俺ら元々ここd」


 明らかに凛とは異質な住人の登場に身を固めて警戒するA。尚も反抗的な態度で受け答えしようとする彼にあまりにも容赦ない拳がお見舞いされる。Aは尻もちをついて2,3回えずくと、それに合わせてコロコロと歯が地面に落ちる。


「あ………歯………歯落ちたじゃんお前……」


 呆然とするAの代わりにBが状況を伝えてやる。


「拾いなさいよ」


「いってええ………え?は?マジで痛いんだけど」


 尚も呆然とするAの横顔にまたも拳が飛ぶ。Aは吹っ飛びその場に突っ伏す。B、Cの代わりに真っ先に飛び出したのは凛である。


「きゃあああ!だ、大丈夫ですか?……エミ様!や、やりすぎですよぉ!こんな子ども相手に……」


「アンタ……強盗かばうなんて頭湧いてんじゃないの?」


「ご、強盗じゃなくって……ヒナちゃんのクラスメートさんですよ」


「アイツの友達がこんな礼儀知らずのクズどもなわけないでしょ?」


 姫月の恐ろしさに屈したのか、ここでAが初めて子供らしい反応を見せ、寄り添ってくれている凛に甘えるように泣きじゃくり始める。


「…………そこの凛襲ってた糞デブ!アンタもさっさと靴を脱ぐ!」


「は、はい」


 言われていそいそと靴を脱ぐデブことまぼ。凛が後ろで「その子にも一発くらい食らわせてください」と憎々しげに呟く。


「アンタって……割と普通にクズよね」


「だ、だってぇ………ううう………ブラのホックにまで手を伸ばされたんですよ?あんなところまだ誰にも触られたことないのに………」


「フ~ン………アンタ……ガキの癖にいっちょ前に発情したってわけ……キッモ」


 デブは何故か照れたようにこびへつらった顔で頭を下げる。それが何となく腹立たしかったのか、姫月が先程よりかは軽めに頭をはたく。


「…………あの~………あなたお名前は?」


 凛が自分の胸元で好き勝手泣きじゃくるAに質問する。


「日々原木流都(こると)です………」


「へ?コ、コルト?ええっと……コルトくん……あの……エミ様がキミを殴ったこと……誰にも言わないでね?………お医者さんに見せる時は何なら私がお金出すから……多分乳歯だと思うけど」


「そういやそうね………凛。アンタ服脱いで下着だけになりなさいよ。デブに襲われたみたいな写真撮ってそれで脅せば黙り込ませられるでしょ」


「嫌ですよ!」


「あの………悪いの普通に俺らですから……俺が証言すれば大丈夫だと思うんで……帰ります。ホントすいませんでした」


 Bがぺこりと頭を下げる。帰る前に雑巾がけをしろという姫月の命令をこなしている最中にまたも誰かが帰ってくる。タイミングがいいのか悪いのか、遂に陽菜がやって来たのだ。


「ただいま~…………………あれ?誰もいないのかな」


 一階から陽菜の声がする。それを聞いてBことまあちゃんと言われていた少年が明らかに身を固める。


「岩下………」


「……………あ………どうしましょう。普通に出てっても大丈夫でしょうか?」


 何故か自分も緊張した面持ちで姫月に指示をもらおうとする凛。姫月はそれに「好きにすれば?」とでも言いたげな欠伸で返す。結局、陽菜が軽い足音を立て階段を上がっていくのが先になった。友人であるお姉さん二人が男子児童3人に雑巾がけをさせている奇妙な現場に出くわした陽菜は目を丸くする。


「え?………誰?エミちゃんたち………何してるの?」


「さあ?こいつらに聞きなさいよ。アンタに用があって来たんでしょ」


「…………え?……でも、私知らないよ?このお家だって教えてないのに……多分、六年生の人たちだと思うけど………あ…」


 身に覚えのなさすぎる事態に戸惑う陽菜だが、唯一まあちゃんの目の前で立ち止まる。目のあったまあちゃんは気まずそうに「よお」と陽菜に声をかける。


「ヒナちゃん……えっと……お知り合い何ですか?やっぱり?」


「うん…………クラスメートの……………」


 陽菜の真ん丸な目にじっと見つめられてまあちゃんはしかめっ面で顔を逸らす。苦々し気とも、照れているともとれる複雑な表情と反応である。


「…………誰だっけ?」


 その場にいるほぼ全員が軽くずっこける。


「………まさとだよ!加賀正人!」


 ムキになって立ち上がる正人は歳以上に大きく見え、陽菜よりも頭一つ背が高い。陽菜は上目づかいの状態で、小首をかしげる。


「…………何で私の家に来てるの?」


「えっと…………それは………」


「言っておきますけど………遊びに来たんじゃないんですよ?勝手に入って来たんですから……」


 まるで先生に言いつける女子のように、凛が後ろで告げ口する。


「入って来たんですから………じゃないわよ!何軽々しく第三者を家に入れてんのよ!この無能カタツムリ!!」


「ぎゅえ!………ふへへへへ……ふひはへん」


 結果的に姫月の怒りを買ってしまった凛が、頬をつねられる。陽菜はまるで動じることなくジッと正人を見つめる。


「そうなの?」


「…………ごめん………もともと、ノープランで来てて……盗人になろうなんて思ってもいなかったんだけど」


 加賀正人の話によると、彼以外は陽菜の言う通り六年生の先輩で、同じ団地で暮らし、何かとつるんでいる悪友のようである。学校をさぼり、団地で団欒していたところ、話題はかつて自分たちが所有していたアジトについてになった。アジトと言うのはまだUが購入する前のシェアハウスである。最近、そこに知らないやつらが住んでいるみたいで、もう使えないと愚痴っていると、正人があそこを奪ったのは転校生で調子に乗っている岩下ヒナとかいう女だと言ったところ、徐々にヒートアップし、特に何をするか決めることもなく取り合えずカチコミもどきに来ることになったのだという。


「早い話が………アンタらこの私に喧嘩を売りに来たってコトね?」


「ち、違います違います!あくまで岩下に用があって来たんです!」


「…………とんでもない子たちですよ………それだけであんなに横暴に家を荒らしますかね」


 姫月が来て本格的に安心している凛が自分のすぐ横にいるAを睨みながら言う。泣き止んでいるAは不貞腐れたような顔でそっぽを向く。


「「荒らされた?」」


 陽菜と姫月の声が重なる。


「そう言われてみれば………クローゼットの中がクシャクシャになってたけど……」


「信じられないんだけど……凛アンタ……ひょっとしてそれを何もせず見てたわけ!?」


「ひい!ご、ごめんなさい!…………怖かったんですよお!こんな……こんなこと初めてで……」


「えっと凛さんはちゃんと止めてました………こいつらがそれを聞かなかっただけで……」


 正人が凛をフォローすると、まぼとコルトがそれぞれ「おい!」と慌てる。よっぽど姫月が恐ろしかったのか、すっかり借りてきた猫状態である。


「……………デブ……アンタ………ポケットが不自然に膨らんでるけど」


 姫月に指摘されたまぼが観念したようにポケットから布切れを取り出す。それが女ものの下着だと分かった凛が「ひっ」とか細い悲鳴を上げる。


「き、君!よりにもよってエミ様のものを!こ、殺されますよ!」


「…………サイテー」


 とっさにまぼの心配をする凛と違い、陽菜は素直に心底軽蔑した目をまぼに向ける。当の姫月はと言うと、本気でキレた際の、あの死んだ目でまぼを見つめいる。


「…………私、昔……リコーダー舐められたことあったんだけど………丁度アンタみたいなキモいデブだったわ……それを偶然私が見つけて……私優しいからそのリコーダーあげたのよ……もともと音楽の授業なんてサボってたし……そいつよっぽど嬉しかったのか……その日の放課後にリコーダー丸呑みした状態で見つかったのよ…………そのまま入院して……出てくる頃にはすっかり脂肪が落ちてたわ」


 怪談師のような奇妙な語り口で徐々にまぼに近づく姫月。横で凛が「で、出た!伝説のカレン・パドゥン事件……」と大げさに取り乱す。


「アンタもダイエットした方がいいんじゃない?」


「や、やめてあげてください!……この子は、この子は発情期なんですぅ!」


「…………そうやって無責任にかばうからつけあがるんでしょうが!去勢してやる!!」


「ま、まぼ君は悪くありません!止められなかった私に非があるんですぅ!」


「……じゃあ別にアンタでもいいのよ?同じくらいムカついてるし………」


「………………………」スッ


 黙ってまぼを差し出す凛。「ええ!?」というまぼの驚愕はすぐに悲鳴に変わる。哀れまぼの毛も生えていないディックは姫月のホワイトアスパラに思いっきり押しつぶされた。


「…………我慢ですよ我慢………そのうちかまってもらたという喜びに変わってきますから……」


「岩下………お前の姉ちゃんたち……何か恐いんだけど……」


「エミちゃんと凛ちゃんを悪く言わないで」


「ええ…………」



                        4



 雑巾がけも終わり、姫月も「寝る」と言って部屋に籠った。悪童どもを追い出してようやく凛に安息の時間が訪れた。陽菜に残ったオレンジジュースを丸っと注いでやり、お茶をする。


「あの…………ヒナちゃんは……その……あんな人たちと一緒にいて乱暴とかされないですか?」


「………いつもはめんどくさいだけで平気……でも、今日はちょっと怖かった」


「……そ、そうですよね……同じクラスって言う加賀君はまだ話が通じそうな雰囲気出てましたし…でも、後の2人は………ううう~……今思い出しても……屈辱です……つよくなりてえ」


「………凛ちゃん、あの人たちにいじめられたんだよね………大丈夫?」


「…………大丈夫じゃないです………はあ……」


 これ見よがしに溜息をし、陽菜からの同情を買おうとする凛。若干鼻につくが、深く傷ついているのは本当なので大目に見てやるべきだろう。


「でも………何なんですかね……あの獰猛さは……私の小学校時代はもっと平和的でしたよ」


「……そうなの。私も、他の女子も困ってるんだ」


「…………ヒナちゃん……男なんて信じちゃダメですよ……私ももういい加減うんざりしました」


「お兄ちゃんたちにもうんざりするの?」


「フフフ……あの方たちは私にとって神様みたいなものですから。性別どうこうの問題じゃないんですよ………まあ……天知さんには滅茶苦茶興奮しますけど(ボソッ)」


「………あ~あ………男子全員モヒローになっちゃえばいいのにな……」


 陽菜が怖いことを言いながら、バケツの中の亀を愛でる。天知が怖がるため、普段は庭のケージの中にいるが、時折陽菜にこうして散歩させられる。


「うへへへ………私も亀になって飼われたい」


「お姉ちゃんがね………男子はいつまで経っても漫画の話ばっかりで盛り上がるけど……女子のいない所では結構大人なことを言ってるんだよって……言ってたんだけど……あの人たちもそうなのかなあ」


「ど、どうでしょうか…ふへへ……私は男子はおろか女子の友達すらいなかったので分かりません」


「………大人な会話ってなんだろ?気になるな」


「ヒナちゃんは私よりもしっかりした大人さんなんですから……きっと大したことない内容ばっかりに感じますよ………」


「……凛ちゃんていくつだっけ?」


「えへへへ……恥ずかしながらもうじき成人を迎えます……」


「………もう大人ってことだよね……じゃあさ……二人で大人の会話してみようよ」


「うぇ!?わ、私とですか?」


「うん………大人になれば私も次のUMAの時仲間外れにされないでしょ?」


「………あんなのに次なんて来てほしくないですけどね……ですが、分かりました!ヒナちゃんのために……何より情けなさすぎる私自身のために……完璧なレディになってやります!」


「おー」


「…………さっきのエミ様のパンツ……切れ込みが激しかったですよね」


「…………それ大人の話題なの?」



                      5


「さっきの暴力女のパンツさぁ……切れ込みがえぐかったよな」


 神妙な顔で、デブガキ、まぼが言う。その横ではコルトが舌で口の中を探りながら曖昧な相槌を返す。正人は2人に怒って先に帰ったので、今は2人っきりである。多少のダメージはあったが、結局深刻なことには至っていないため、当人らに反省の兆しは見えない。二人の話題は姫月や陽菜の悪口ばかりである。


「お前さぁ………あのピンク女に泣きついてたけど……あん時どさくさに紛れて胸揉んだりとかした?」


「はあ?……何でそんなことしなくちゃダメなんだよ……お前じゃあるまいし……」


「ひ、人を変態みたいに言うなよ!お前、もしかして俺が変態目的でパンツぬすんだと思ってんのか?」


「それ以外に何があるんだよ」


「お前知らねえの?たっくんが言ってたんだけどさ……女が履いたパンツって滅茶苦茶高く売れるんだぜ?……この前トミーがトレカパクって売ってぼろ儲けしたって自慢してたけど……それ以上に稼げるんだぜ?」


 デブが早口で何やら歳にふさわしくない下劣な会話を繰り広げる。


「でも盗んだのバレたら意味ないじゃん」


「へへへへ……これ見ろよ」


 下種な笑いを浮かべながらデブがポケットから再び白い布切れを出す。レモンのパッチワークのポップなデザインは先程の姫月のものとは対照的である。


「うっわ!まだ持ってたのかよ!」


「ひっひひひ……これ……多分あのヒナとかいうガキの奴だよな?アイツだったら写真もあるし、セットで売ったら高値だぜ………」


「うわ~……お前キモいな~………」


「うるせえ!ヒヒヒ……自分がサイテーとか言ってた奴にパンツ取られてるんだぜ……」


 そう言いながら、売り物のはずのパンツをやらしい手つきで撫でまわす。そんな鳥肌が立ちそうな会話を凄まじい表情で盗み聞いている3人組がいた。帰宅する黒川と星畑。そして陽菜を迎えに行くため同行していた大地である。全くの偶然だが、とんでもない現場に居合わせてしまった。


「………………星畑さん」


「………はい?」


「やっておしまい」


「はい!」


(く、腐りきってたな………東風生)


 星畑が勢いよく駆け出し、まぼとコルトを追い回す。100メートル11秒の健脚にかかればアッというまに追い詰められる。てっきりボコボコにするかと思ったが、星畑は真顔で「お前ら、岩下陽菜ちゃんのお母さんが話があるってさ」と冷たく言い放って、しょぼんとする2人を連れてきただけだった。大地が腕を組んだ状態で溜息と共に悪ガキどもに質問する。


「お前さん、名前は?」


(お前さん!?)


「日々原木流都………」


「ンフフ………」


(おい!笑うな笑うな)


「コルトくん。どうしてうちの娘の下着を持っているのですか?」


「……お、俺じゃねえし!まぼが………こいつが!盗んだの!」


「どっちが盗んだかは重要ですが今はどうでもいいです。私は娘に替えの下着など持たせた覚えがないのですが、どうして持っているのですかと聞いているのです」


「………だから……こいつが岩下の家に行って……盗んだんです」


「…………いつうちに入ったんですか?」


「岩下さん。多分こっちの方です………」


「ああ。そういうことですか」


「…………おいおい、知らねえうちに、自宅に盗人が入ってるぜ」


「おかしいですね。ヒナさんが人様のものを盗むようなあんぽんたんを易々と家に招くことは無いと思うんですが」


「ていうか…………女児のパンツを売り払うって……ガキの発想とは思えねえ」


「許すまじです」


「え~っと………一応聞きますが、怒ってます?」


「激おこぷんぷん丸です」


「…………………ハイ」


「星畑さん。私は二児の親です。この前、嫌々保護者会とやらにも入りました。オーケイぐーぐるで私の名前を調べたら、顔写真も出てきます」


(オーケイぐーぐる……)


「へえ!」


「ので、私が何かしてしまうと後が面倒です」


「…………へえ」


「星畑さんは何か不味くなるものを抱えているでしょうか?」


「…………………近々にはとくには」


「では、お願いします」


「……………ええ~」


「お願いします。私の代わりにしかるべき報いを」


(まあ、愛娘がパンツぬすまれたらキレるわな……俺だって何か気抜けしたけど、会話聞いてるときはこいつら殺してやるって心に誓ったもんな)


「…………お、俺もですかぁ!こいつだけにしてくださいよ!」


「……………………………………」


 当然と言えば当然だが、コルトは全力でまぼに罪をなすりつけにかかる。一方のまぼはうつむいて言葉を発しようとしない。


「その発言が無けりゃ情状酌量くれてやろうと思ったんだけどな……」


「そんな………」


「そうっすね……こいつらのパンツの中にムカデいれるとかどうです?」


「グレイト」


「ひいいいいいいいいいいい!!」


「お、おいおい星畑………担任に連絡するとかだけでいいだろ?」


(心配すんなよ………どっちにも何にもしねえから)


 ボケている時と何ら変わらない真顔で黒川にだけ聞こえるようにそっと告げる。


「………ですが、この場にムカデがいないので何かもっと即興でできそうなことを」


「………罰に良いのは第三者がやるんじゃなくって第三者が発案した奴を互いにやらせることらしいですぜ」


「なるほど。では罰は私たちで考えましょうか」


「いいっすね……一人ずつ考えて阿弥陀で決めましょう」


(大地さんは本気か冗談か分からんけど……少なくとも星畑はふざけてるな)


 とあきれながらも、結構真剣に罰を考える黒川。罰は星畑が「ション便刑」黒川が「駅前脱糞」大地が「死刑(来世に期待)」となった。


(大地さんも分かりやすすぎるくらい冗談だった……良かったような、娘が性犯罪に遭ったのにそれでいいのかというか)


「ション便刑って何だよ」


「ション便かける刑だよ。簡単でいいだろ」


「それくらいなら本当にやってもらってもいいかもな」


「全部本当に受けてもらいますけど?」


(冗談だよな?………)


「じゃあ、まあ、阿弥陀作りましょうか」


「駅前脱糞は私の最寄でやってもらいましょう。一番人通り多いですし」


 ノリノリで悪ふざけを続ける星畑と冗談か本気か分からない大地のコンビが淡々と罰を進行していると、途中でまぼが「うわー!」と絶叫する。恐怖と緊張がピークに達したのだ。


「すいませんっしてぁあ!うんこだけは……うんこだけは……あとション便刑も……」


「ヒナさんにもう二度と近づきませんか?」


「!……はい!はい!すいませんでした!」


「それは良かった………じゃあ、駅に行きましょうか」


「うわあああああああああああああああああああああ!!」


「ンフフフフ………大地さん悪ノリしすぎですよ」


「そうですね。少々大人げなかったですね」


 まぼの腕をつかんで引っ張ろうとする大地を星畑が笑って諫める。全て脅しに過ぎなかったわけだが、少年たちには効果的で、まぼはブフー、ブフーと鼻息を荒めて興奮している。


「………いやいや……星畑も大地さんも……ふざけるような状況じゃないでしょ?かなり悪質なことしてんですよこいつら」


 信じられないという調子で言う黒川だが、逆に星畑からぺーんと頭をはたかれる。


「バーカ!……ふざけられる状況だからふざけてんだよ!」


「はあ?」


「マジで陽菜のパンツ盗んでたら、多分大地さん……問答無用で事案にしてたぜ……それこそ少年犯罪扱いだ」


「娘を持つ母として当然です」


「マジでって………もしかして……これ陽菜ちゃんのパンツじゃねえの?じゃあ、凛ちゃんのか?」


 黒川と、後ついでに残りの2人も動揺している。凛の名前が出た瞬間コルトがごくりと喉を鳴らす。


「いえ、女児向けの下着で間違いないので凛さんのものでは無いですよ。あの豊満なヒップでは生地が裂けてしまいます」


「………………そ、そうっすか……え?……じゃあ誰の?」


「俺の」


「ブボッ!!」


 星畑が親指で自分を指す。黒川がリアクションをとるよりも先にまぼが腹を蹴られたような声を出す。


「ええ!?お、お前………いくらコメディのキング目指してるからって……」


「盗んでねえよ!……色々とあぶねえボケするんじゃねえ」


「………ネタ用か?」


「うん」


「………どういうネタだよ」


「………詳しくは省略するけど、パンツはケツ穴に突っ込んでティッシュ取り出すみたいにシュって引っ張ってた。もう3年来くらいのパートナーだぜ」


「おげええええええええええええええ」


 おぞましい星畑の解説にまぼがえづく。


「すっかり遅くなりましたね。ヒナさんも待ってるでしょうし行きましょうか」


「………お前ら、それ以上は何も盗んでねえだろうな………」


「お、俺は盗んでません……最初から何にも!」


 慌てて否定したついでにあくまで悪いのはまぼだと主張したがるコルト。若干信用できなかった黒川だが、被害者の星畑が追求していないことをグチグチ言うのもどこか気が引けたので、ここらで解放することにした。逆に別れ際、コルトの方が黒川らに質問した。


「あの………お兄さんたちって、岩下の兄貴ですか?」


「あ~まあ………たぶんそう、部分的にそう」


「アキネーターの質問じゃねえんだからしっかり答えてやれよ……」


「ンフフフフ………ただの友達友達」


「陽菜ちゃん……お前らにクレーム入れてたぞ。あんまダルい絡み方すんなよな」


「………はい」


                    6


「ヒナさんがいつも言ってる男子たちの中に彼らは含まれてないと思いますけど」


 少年たちと別れてすぐに、大地がポツリと呟く。


「………確かにそう思いたいですけど……割とガチに危ない奴らの巣窟なんですって……東風は」


「て言っても………俺ら別に東風生じゃねえし知らねえけどな」


「いや!ついさっき見ただろ!女子の下着売るなんて金田一少年の事件簿で女子高生がやってたイジメクラスの蛮行だぜ!?」


「………あそこ俺らの代の時、かな~り荒れてて……割とガチ目の犯罪とかもやってたぜ。団地の不良共とつるんでるせいで次から次へと悪行がエスカレートするんだよ」


「お前、満寿小だもんな。東風生には困らされただろ」


 満寿小学校は星畑の出身校で東河原駅の周囲にある小学校である。市立ながら電車通学を推奨している変わった小学校だが、そこそこ治安がいい事で有名で、何かと東風小学校と比べられている。ちなみに星畑は幼稚園の時から仁丹市民だが、父親の単身赴任についていく形で両親は関東で生活している。そのため黒川と同じく、高校卒業から一人暮らしだったのだ。


「でも、いい加減時代も変わってきてるとは思ってたんだけどな。あれじゃ団地もいい迷惑だぜ」


「ヒナさんが困らされてるという男子さんはまず間違いなくヒナさんにホの字ですからね。親として一度、目にしておきたいのですが」


「…………絶対そいつもロクな奴じゃないっスよ」


「ですが、同年代の友人がいないのはちょこっと心配なのでもう少し学校でもお付き合い頑張っていただきたいんですけどね」


「…………須田も姫月もガキ臭いとこあるから。精神年齢的にはタメですけどね」


「エミちゃんさんは分かりませんが、凛さんは確かに少々子供らしい可愛いところがありますね。ヒナさんのお友達としてこれからも末永くお付き合いしていただきたいですね」


「ついたついた。あ、大地さんもどうせだったら上がってって下さいよ。……天知さんももうじき帰って来ますから」


「はい。お構いなく」


 玄関を開けると、廊下に何か黒くてでかい塊が置いてある。黒川らが入って来た音を確認するとのっそりと動き出し、こちらに向かってくる。天知である。不意打ちの天知に黒川のすぐ横で「ひゅっ」と息を急速に吸う音がする。


「ああ、黒川くん………今ね………須田さんたちが滅茶苦茶ガールズトークしてて入りずらいんだ。できるだけ会話を聞かないようにしてるんだけど……」


「天知さんを通せんぼするとは何ということでしょう。ちょっと止めてきます」


「い、いや!待って待って!…………いいですよそんなことしなくて裏口もありますから」


「ガールズトークって何話してるんだろうな?」


「親として聞いておかなくてはいけませんね」


(…………陽菜ちゃんの彼氏になる奴は大変だぜ)


 扉に向かって堂々と聞き耳を立てる大地を生暖かい目で見つめる黒川。天知は終わるまで車で待っていると外に出ていった。別に傍聴する気などさらさらない黒川だったが、凛の卑屈な笑い声と陽菜のはしゃぐ声が織り交ざって扉越しに耳に入る。


「す、すごい!凛ちゃん……めちゃくちゃセクシーだよ……すっごく大人な感じ」


「げ、げへへへ……エ、エミ様のパンツを履いてしまいました……こんなの間接チョメチョメですよ」


 扉の奥では凛がT-シャツにパンツ丸出しと言う常識改変世界のような煽情的な格好でクルクル回っている。しかもその下着は先程まぼが握りしめていた姫月のものである。デブに汚染されたからとゴミ箱に放り投げられたものをこっそり回収していたのだ。


「ああん……いいなぁいいな……それヒナにも貸して……ヒナも履きたい」


 何がそこまで彼女たちを刺激しているのかは分からないが、陽菜もフリルの付いたベンツマークのような過激な黒パンに興味津々である。


「あの~……扉の奥では何が繰り広げられてるんですかね」


「ランジェリートークでしょうか?ヒナさんは純白が一番なんですけどねえ」


「……………あんま娘の下着事情を言うもんじゃないっスよ」


「げへっへへへへ……いいですよ……どうぞヒナちゃんも…サイズ大丈夫そうですか?」


「大丈夫……じゃないけど……支えるからいい……わあ……すっごいスース―する……」


「………わ、私は今!とんでもないものを見ているのかもしれません!……ヒナちゃんお写真撮っていいですか?」


「だ、ダメに決まってるじゃん……」


「…………黒川さんたち、5秒だけ目を閉じていてください」


「あ、はい」


「閉じました」


 大地に言われるまま、目を閉じてすぐにガチャッという音と女子2人の悲鳴が聞こえてくる。何となく5秒経っても目を開けられない黒川。


「お、おおお、お、お母さん!?」


「ひひいいいい!!ち、違うんです!これは……これはぁ!」


「ほほう。何が違うというんですか?おませなお嬢さんたち」


「……ヒナちゃん!は、速く隠してください!ぜ、全部丸出しになってますよ!」


「ひゃ……も、もう……急に入ってこないでよ!」


「開放的なリビングですることではないでしょう。あ、ヒナさん、スカートをはきなおす前にもう一度だけその性暴力みたいなパンツを履きなおしてもらっていいですか?」


「……………やだ」


「では、このことをエミちゃんさん他、ルナさんにもお伝えしなくてはいけませんね」


「ぐ…………こ、これでいい?」


「流石ヒナさん、似合ってしまうんですね。我が娘ながら恐ろしい」


「う、ううう~……もう許してぇ……」


「………こ、これ……何にも払わずに見ていいものなんでしょうか?」


 親子という間柄でも許されなさそうなセクハラ行為を真っ赤になりながら鑑賞する凛。ポロっととんでもないことを口にしている。半ば無理やりな写真撮影を終えて、ようやく黒川らが入っていい環境になった。


「黒川……お前、どのタイミングで目開けた?」


「……凛ちゃんが何も払わずにっていうあたり」


「俺も」


 その後、天知にもう入ってもいいとメッセージを送る。すぐに既読が付くが何故か天知は帰ってこない。


「…………お母さん?帰らないの?」


「天知さんがお見えになるまでは帰れますまいですよ」


「お、遅いですね……天知さん、どうされたんでしょうか?」


(大地さんがいるから帰ってこないとかじゃないよな……?)


 天知に会えるまでは梃子でも帰らない大地。何となく不穏なイタチごっこの予感を感じる黒川だったが、杞憂に終わったようですぐに天知は帰って来た。ただし、予期せぬおまけがついて来た。


「…………あ……」


「ゲゲ……あ、あなたは………」


「誰だ?」


「ヒ、ヒナさんと同じクラスの方です」


「………そういや、忘れてたけどなんか東風のガキがトラブル起こしてたんだっけ?」


「………何しに来たの?」


 天知の横で緊張した面持ちで立っているのは、恐怖Bこと加賀正人である。正人の代わりに天知が口を開く。


「何か……謝りたいことがあるみたいだよ。家の前で待っていたから話を聞いたんだ。私から言いたいことはもう伝えてあるし、あとは陽菜ちゃんと二人で話をつけるんだ」


 穏やかな声色でそう説明すると、「ほら」っと正人を促す。正人は陽菜の前に立って小さい声で謝罪をする。


「勝手に家に入ってゴメン……それと、連れが迷惑かけて……」


「……私じゃなくって凛ちゃんたちに謝ってよ」


「……う………すいませんでした」


 陽菜の態度は相も変わらず冷たい。それでも正人は、素直に凛に対し頭を下げた。ヒナとは打って変わって凛は朗らかな顔でそれを受ける。


「……さっきはいえませんでしたけど…あのお二人を止めてくれてありがとうございました……」


「いや………悪いの、俺らですし」


「えへへへ……そうですけど……正人君は最初から靴を脱いでたし……ここに来たのだってあの二人に無理やり付き合わされただけなんじゃないですか?」


「いや、それは………」


 口ごもる正人が横目で陽菜を見るが、彼女は先程からシカトを決めている。普段から無表情なことが多い陽菜だが、今は本当に機嫌が悪いというのがすぐにわかるほど険悪なオーラを醸している。


「ヒナさん、まだ怒っていて許せないとしても、まずは気持ちを伝えないといけませんよ?」


「…………家に入ったことは…凛ちゃんが許すなら私はいいよ……でも、いい加減……私に嫌がらせするのはやめて欲しい」


(陽菜ちゃんが嫌がってるって言うクラスメートはこの子か……つまり)


 大地の推測で言うところの、陽菜に気がある少年である。大地もそのことに気が付いているようで先程から興味深げに正人を観察している。


「ま、こんなに大人に囲まれたら言えることも言えないだろう。当人らの問題なんだし、後は2人に任せようじゃないか」


 天知がそう言ったので、一先ず2人は陽菜の部屋に行き、残りのメンバーはリビングで待つことになった。


「…………いいんですか?二人きりにして」


 黒川がおずおずと切り出す。下着を盗むような奴らの連れは信用ならない。


「大丈夫ですよ……あの子はまだまともな感じでしたし……多分」


「でも……ちゃん陽菜はマジでキレてんなアレ……多分、普段からダルがらみしてる奴ですよね?」


「そうでしょうね。ここからヒナさんの好感度を上げるのは難しいでしょうが、どう対応するんでしょうか?」


「え!? 正人君……ヒナちゃんのこと好きなんですか?」


「さあ?大地さんは頑なにああいってるけど」


「……僕も気があると思うよ。何か……この家に来たのも重要なわけがあるっぽいし」


「そうだったんですか……まあでも、ヒナちゃんなんて好きにならない要素が無いですよね。それはそうと、天知さんはあの子に何て言ったんですか?」


「ん?……僕は別に……この家の一応管理人として言うべきことを言っておいたまでだよ。怒ったりはしてないさ」


「ところで天知さん。私、お夕飯の買い物に行かなくてはいけない用事があったのですが、もうタイムセールの時間帯を過ぎてしまったんです」


「え……あ、そうですか……それはすいません」


「全然大丈夫ですよ。ルナさんはまだ東京ですし。ただ、家の冷蔵庫はすっからかんです。一昨日外食をしたばかりなので外で食べるのも健康的に悪いのです。何より今から家に帰ってありもので作ってとなるとお腹がすきすぎてヒナさんがモンスターと化してしまうかもしれません」


「………………う、家で食べていきますか?」


「でも急ですし、ヒナさんはきっと今もお腹がぺこぺこでしょうけど、いくら何でもご迷惑じゃありませんか?ヒナさんはきっとお腹が空きすぎてフラフラでしょうけど」


「…………ぼ、僕のところは大丈夫ですよ。大丈夫だよね?星畑君?」


「まあ、材料はてんこ盛りありますから……」


「すいませんね。私も手伝いますから」


「いえいえ……娘のダシでとった晩飯はさぞ旨いでしょうよ(ぼそっ)」


「何か言いましたか?」


「いえ、別に」


(この人、もう天知さんのことしか考えてねえな)




                       6



 騒がしい一階とは打って変わり、陽菜の部屋では重苦しい沈黙が続いていた。流れを変えたのは間抜けな陽菜の腹の虫である。


「…………プッ」


「笑わないで………は、話があるならすぐに終わらせてよ」


「ご、ごめん」


 照れて尚も陽菜の態度は辛らつだが、正人の緊張は少しほぐれ、本題を切り出す。


「…………お前さ、この家に来て何日くらい経った?」


「まだ一か月も経ってないけど……でも天知さんが買ったんだから天知さんのだよ。もう取り返そうなんて思わないで」


「…………実はさ………俺らがここをアジトとして使ってたのって半年くらい前までなんだ」


「そうなの?何でそれで今更自分たちのだ~……なんて言ってるの?」


「…………それは俺があの二人をたきつけたから……」


「だから………何でたきつけたの?」


「これ………マジだから……笑うなよ?」


「何が? はっきり言ってよまどろっこしいな」


「お、お前、なんかここに来てから変なこととか起こってねえか……」


「? 何の話?」


「いいから!」


「………変なことってどんなこと?……ひょっとして宇宙人とか?」


「…………そんなんじゃねえよ。何だ宇宙人ってどこからその単語出てきたんだよ」


「………………何でもない………忘れて」


「まあ、お前がそういうオカルト的なこと明るいなら話しやすいけどさ」


「…………………もしかして、ここいわくつき?」


「……………ああ」


 正人がぶるっと震える。そして重々しい口調でゆっくりと語りだす。


「出るんだよ………ここ、マジもんの悪霊が………」



 


 










 


























 



 











 

今回若干いやらしいシーンがありましたね。まあ、せっかく嫌な奴だしたんだし、いやらしいことの一つもさせてやろうじゃないかということでお目こぼしください。あと、まあ、一話くらいに下ネタが頻出すると言っておきながら蓋を開けたら全く出ていなかったので、そのフォロー的な意味合いも込めてということで。

では、次回またお会いできることを楽しみにしております。

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