その②「ぼくらはみんないきているコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆襲われたくない動物はクマ。理由はすぐに殺してくれなそうだから。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆襲われたくない動物はハイエナ。理由は自分より小さい奴に殺されたくないから。
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆襲われたくない動物は蛇。理由は大好きな分裏切られた気がするから。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆襲われたくない動物はカバ。理由は不細工だから。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆襲われたくない動物は蛇。理由は大嫌いだから。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆襲われたくない動物はサメ。理由はまだ25メートル泳げないから。
こんにちは。生き物を殺したりイジメる奴は許せんと思う一方で、フィクションなどで「猫や犬だけはやめろ」と殺害シーンにマジ切れする人たちも何か苦手な私ですが、そうやって命の天秤をあやふやにしているといざという時、大きな過ちをしてしまうのではと恐れています。作中で動物を虐待しているような描写が出んでもないですが、ゴールデン・カムイ的な感覚で読んでくれたらありがたいです。
1
いつまでも蛇を枝に括りつけておくのは気の毒だという理由で、ケージを買いに行くことにした黒川と天知、そして蛇を捕まえた張本人である凛の3人は、天知の車でペットショップに向かった。ペットショップでは、愛らしいワンコやニャンコにまみれて、ひっそりと両生類や爬虫類の水槽が並んでいる。当然、その中には奇抜な色の蛇がにょろにょろ混ざっているわけだが、凛が捕まえたアオダイショウはそれらのどれよりもでかかった。
「………凛ちゃんさ……さっき見たUMAって具体的にどのくらいでかかったの?」
「うえ?……え、ええっと……す、すっごく大きかった……です。あの、正直、姿が見えた瞬間逃げたのでよく分かんないんですけど……大きかったのとヌートリアっぽい肌の色と体格だったのは覚えてます」
「一応、一際大きなモノを買ってみたけど……どうかな須田さん。これに入るくらいの大きさ?」
そういって天知が持ってきたケージは、大型犬でも入れそうな特大サイズだった。もちろん一般的なヌートリアなら複数匹でも収納可能である。
「あ、ああ!す、すいません!お代は……用意出来たらすぐにお支払いしますから……ええと、どうだろ?は、入るかな………流石に入りそうですけど……押し込んだら」
「それ………マジなら絶対ヌートリアではないでしょ……」
「だ、だから……違うって言ったじゃないですか……私は未知と遭遇したんです!!」
「こんな近場の河川敷でかよ………」
「まあ、取り合えず行こうか…動物園から猛獣が脱走したとかかもよ……ありがちな話だよね」
「何さらっと怖いこと言ってんスか」
「ああ~……でも、蛇とか蛙とかかわいいなぁ。ブルー・キングダムくん、そのままウチのペットにしたいですねえ」
「………勘弁してくれ」
「アオイロスネイクくんじゃなかったっけ?まあ、(どうでも)いいけど」
2
河川敷に戻る道中、昼ご飯代わりにケン〇ッキーのフライドチキンをきっちり姫月らの分まで購入する。ブルー某くんを見せびらかして、陽菜を驚かせようとウキウキしていた凛だが、アオイロ某くんは見るも無残な姿に変わっていた。蛇を縛り付けていた枝ごと乱暴な形跡で折れており、哀れアオダイショウは生首をさらしていた。もう何度目になるかも分からない凛の号泣絶叫が河川敷に響く。
「うええええええ!うええええええん!!ぶ、ブルー……キング……うええええええ!」
「いつのまにそんな愛着沸いてたんだよ………陽菜ちゃん来る前に泣き止まなきゃ、年上の立つ瀬が無くなるぜ?」
「そんにゃもの!もう、私にはどこにもないですよぉ!!]
「………自虐する元気があるならまだ大丈夫だな……」
「しかし………こんな大きな木の枝をどうやって折ったんだ?これは……食べられたんだよね?」
殺害現場の前で天知が首をかしげる。ちなみにアオダイショウの生首は凛がハンカチにくるんで懇切丁寧に握りしめている。蛇からしてみれば間接的な敵に他ならないわけだが、少なくとも凛には大切な存在になり始めていたようである。
「UMAです!絶対!UMAの仕業です!でなきゃブルー・キングダムくんが負けるわけありません!」
「………UMAから逃げ回ってた奴に負けてたんだから、当然の結果だと思うけど」
そんなこんな言っているうちに星畑らが両手にバケツを持って現れる。何故か陽菜はレジ袋を持っている。
「おお、いたいた。須田が叫んでるおかげですぐに場所が分かったぜ」
「凛ちゃん。すっごい泣いてたけど大丈夫?エミちゃんにひどいことされたの?」
「捕まえた蛇が死んでたんだよ」
「お前、イモリといい……あんま動物を虐待してっとバチがあたるぜ?」
「ち、違!違います!!私が殺したんじゃないんです!私が捕まえておいたのが……殺されちゃってたんです!ホラこれ!!」
言いながら、ハンカチからデロリと蛇の生首を出す。星畑がバケツをひっくり返して腰を抜かす。
「お、お前!マジでふざけんな!!マジで!お前を生首にしてやろうか!!」
「ああ!ご、ごめんなさい!………わぁあ……すっごい量のタニシ」
「お前………今回の趣旨間違えてない?」
「…………しょうがねえじゃん。これしか取れなかったんだから」
「あと、海老とヤゴも少々」
地面に散らばったタニシを見つめながら黒川が呆れると、星畑はため息交じりに不貞腐れた。その横では陽菜がタニシのおまけたちを紹介がてら泥まみれの手で自身の頬をこする。
「………凛ちゃんの蛇はこのざまだし……これは俺らの優勝ですかね?」
「フフフ…そうだねぇ……ところで陽菜ちゃんのレジ袋は何?もしかしてもう何か食べちゃったのかな?」
「あ!そうなの………私たち凄いもの見つけちゃって!ほら」
言いながら、陽菜がレジ袋からヌートリアの生首をボトッと地面に落す。天知はバケツを放り投げ、本当に2メートルほど飛び上がり、へたり込む。
「………も~……勘弁してくれ……」
「あ、ごめんね?天知さん……わあ………大きな魚」
「………な、何これ?ヌートリアの生首?なんでこんなもん持ってきてんだよ?」
「知らねえ……陽菜が重要な証拠だって言って……」
「証拠って何の?」
「……さっきの凛ちゃんの蛇が殺されたので確信したよ。この二つの生首は間違いなく同一の犯人が捕食した後……。つまりこの川にはいるってこと……そう……」
「「UMA!!」」
陽菜の勿体つけた説明の途中で何かを察した凛が、口を揃える。
「UMAじゃないにしても……何か凄いのがいそうなのは確かだよなぁ……」
「ならそれを捕まえたやつが優勝ってことね」
突然、姫月が話に混ざってくる。昼飯を食いに長い長い休憩を中断してやってきたようである。
「エミ様!……あ、あの……その、私……頑張ったんですけど……御覧の通り……生首一つになっちゃって」
「がんばったっていうのは、そのUMAから蛇を守ってついでにUMAを仕留めることを言うのよ。結果が全てなんだから」
「………堂々とスタバで休憩してたくせによくもまあ威張れるもんだな」
「この私が……ちょこちょこ川遊びなんかするわけないでしょ?……魚屋でフツーに売ってそうな魚に、田んぼでわんさか湧いてそうなタニシ取って何が楽しいってのよ!」
「ブ、ブラックバスは魚屋で売ってねえよ!」
「うっさい!」
「エミちゃん………一緒にやってくれないの?」
3時間分の野郎どもの成果を盛大にこけ下しながら、尚も辛辣な姫月。陽菜が寂しそうに声をかける。
「そのつもりだったけど……どうも話が変わって来たみたいね。ホントにそんな怪物がいるってんなら私が仕留めて、そこら辺の動物園に売り飛ばしてやるわ!」
「わあ……エミちゃんがやる気だ」
「フフフフ……も、盛り上がってきましたね……エミ様がいればUMAなんて恐れるに値しません!ブルー・キングダムくんの敵を取ってやります!」
女性陣が勢いづく中、男どもは地面に散らばったタニシをバケツにちまちま移していた。
「惨め…………」
「タニシばっかり採るからこうなるんだよ……しかし、何でまたこんなに大量に」
「楽しかったんだよ………陽菜との漁業ごっこ」
「やかましいわ」
「しかし本当に………おびただしい量だね」
「フっ……(失笑)」
3
「でも……本当に大きな生き物がいたとして……それを捕まえちゃダメだよ?違反だし、何より危険だからね。野生動物はどんな菌を持っているか分かったものじゃないし……」
木がうっそうと生い茂り、木漏れ日が川の水に反射し、キラキラと輝いている。朗らかな春の陽気と日かげの涼しさが絶妙に溶け込んだ水辺の一角で一同は昼食のフライドチキンを食べていた。食事中の話題は当然、UMAに独占されるわけだが、そんな折、天知が保護者として至極まっとうな意見を出す。この優等生な意見に苦言を呈したのは、意外にも、良い子の化身だったはずの陽菜である。
「そんな人間の尺度では測れない世界に来ちゃってるんだよ……」
「………せ、世界と来たか……」
「まあ、天知さん。仮にそんな化け物がいたところで捕まえられるわけないんですから、杞憂ですって」
「まあ、そうだろうけど………」
「陽菜……UMAなんざ追いかけてねえで、午後からも俺と漁業しようぜ」
「タニシばっかりで飽きちゃったからもういい」
「……………俺はUMAが憎いよ」
「エ……エミ様!その……ズバリ作戦みたいなものはあるんでしょうか?生半可に勝てる相手ではないですよ!」
「さあ?……石でも投げとけば?」
「お、おざなり!」
「たかだかネズミでしょ?これもんで一発よ」
そう言って不敵な笑みでキラリと折り畳みナイフを取り出す。どのタイミングでくすねたのかは分からないが、天知の持参した釣り具の一つである。
「わ!カッコイイ!いいな……私も何か武器欲しいです」
「女性陣……随分と血気盛んだねえ……」
「血気盛んと言うか…全員本気で言ってるならただの阿呆ですよ。子どもの陽菜ちゃんはともかく」
「………おい見ろよ!黒川!お前んとこのバス俺の鼻くそ食ったぜ!」
「まあ、アホはここにもいますけど」
早々に食べ終わりブラックバスで遊んでいる星畑を冷ややかに見ていると、ポチャンと着水音がする。後ろで姫月がフライドチキンの食べかすを川に放ったのだ。
「あ………エミちゃんポイ捨てはダメだよ」
「バカね、罠に決まってるでしょ?相手が骨に夢中になってる隙に総攻撃よ」
「あ!頭いい!……陽菜もそれしたい」
「駄目よ……アンタ私と敵対してるんだから」
「ふへへ……エミ様がいれば100人力ですね。私はこの石をいい感じに砕いてパプ二カのナイフに……」
「アイツら旧石器時代の人間か何かか?」
「ヤダな~……俺、野人と同じところで暮らしてたんだ」
「ちょっとそこの愚図共!さっきから何を好き勝手言ってるのよ!全部聞こえてるんだから!」
盛り上がる女子を尻目に影口ばかり叩いていたところを姫月に刺される。もちろん言葉のナイフでである。
「僕はもう一回釣りでもしてこようかな………」
「そっすね……凛ちゃんも姫月と合流できたみたいですし」
「星ちゃん星ちゃん……私たちは毒でUMAを捕獲しようよ。毒草とか生えてないかあたりを見て廻ろ?」
「俺、タニシ漁で忙しいから………」
「ええ………一人じゃエミちゃんたちに負けちゃうよ」
「方向性の違いで解散だな……いいチームだと思ったのに」
「星畑お前、何を子ども相手に拗ねてんだよ」
「あれ?ナイフだけじゃなくって予備のレールとルアーまで無くなってるんだけど……姫ちゃん使った?」
「さっきの骨に絡めといたのよ。ちょっとくらいいいでしょ?」
「や、まあ、いいけどさ……イカ釣り用の良いルアーだったのに……」
「天知さん。こいつはマジで一回くらい、どついとかないと言う事聞かないですよ?」
「そういう舐めた口はホントに殴ってから言いなさいよね。前々から思ってたけどアンタも黒川の陰に隠れてまあまあ根性なしよね」
「………てめえ……それは俺に対する挑発かよ」
何やら含みを持たせた口調で星畑が姫月を睨みつけるが、直後に「魅せますか」というセリフと共にふわりとジャンプする。『グラップラー刃牙』の、よりにもよって、天内悠の物まねは当然誰からも突っ込まれず、ただとんだ拍子に踏んだ枯木が折れた音だけ、静まり返った水辺に響く。
「…………こんなすべることある?」
気まずそうな顔で星畑がそう言い終わりかけた直後、背後で爆音とともに激しい水しぶきが立つ。一同のうち、凛と黒川だけがその音に反応して叫び声を上げた。姫月と陽菜はそれぞれの近くにいた為、その悲鳴に驚き大きく体を崩した。星畑はずっこけそうになる陽菜を支えるため素早く体を動かす。天知だけが場の流れに逆らい、それらの騒動に一呼吸遅れてゆっくりとリュックに突っ込んでいた顔を上げた。
結論、ここで黒川が見たものは丸太なのか尻尾なのかすら判別できない茶色い棒状の物体であり、それが水中を激しく打ちながら水しぶきを上げている様子のみである。だが、それだけでそこにいるであろう物体が、自身の想像だにしていなかった巨大生物であることが分かった。そしてもう一つ。そこにいる生き物、いやUMAと呼んでも差し支えない怪物は、間違いなく丸腰の人間などものともしないレベルの危険生物だと、黒川は悟った。悟ったとて、彼には意味もなく慌てふためくしか道がなかったわけであるが。
突如現れた怪物は本当に姫月の罠にかかったようである。チキンの骨を、まるでペットボトルを踏み潰すような音で咀嚼しながらも、レールとルアーが口のどこかに引っ掛かってしまい呑み込めず、そのわずらわしさから、興奮状態で暴れまわっているのだ。レールの先を木に巻き付けてある姫月の罠は中々にしっかりと作られており、怪獣をある程度の距離感に留めておくことができた。しかしそれでも目の前でドスジャギィほどはありそうな怪物が大暴れしているという事態に一同はパニックが止まらない。
「ぎゃああああああああ!で、でたあああああ!おあああああ!ま、ま、まだ、武器がああ!で、できてないのにぃいいいい!……ズルいぃ!ズルいぃぃぃぃ!痛っ!!」
「ちょっとととと………ばいやばいやばいやあなびやばい………ホントヤバいって呂律まわんない……ヒヒヒヒ、なんか笑えてきた………あ!ヤバい……バスが……天知さんのバスが喰われちまう……」
「え?………うわマジじゃんマジで何かいるじゃん……え?これマジ?Uの仕込みだろうがよこんなもん。そうじゃなきゃ絶対………いや、今、ブラックバスとかどうでもいいだろ……逃げろよ黒川……て、俺も逃げなきゃ……ていうか陽菜は!陽菜どこ?」
「ほ、星ちゃん星ちゃん……苦しいよ、何?何の音?なんも見えない?こわ……怖いんだけど……え?痛いって聞こえたよ?……誰か襲われたの?え、星ちゃん!?ヒナ今、星ちゃんにぎゅってされてるんだけど……ヒナここだよ!………星ちゃん!」
とまあ、この始末である。何が何やら、当人たちですら分かっていない。棒立ちのままブツブツと何か言っている黒川に、自分が支えた続きで抱きしめてしまっている陽菜を必死で探す星畑。そして陽菜を不安にさせた凛のダメージだが、これは何故か真っ先に己の武器づくりを優先させた彼女が、誤って自分で自分の指を石で叩いた抜け作傷害であり、けっして獣に襲われたわけではない。そんな中で流石の肝っ玉を見せたのが、姫月である。しかし、彼女は肝が太いだけで、何もできない。こと獣害においてはこういう無謀の輩が、最も被害を悪化させるのである。
「ちょっと!馬鹿凛!邪魔!どいて!……せっかく超完璧に罠にかかってるんだから……ここで仕留めなきゃ損でしょ!?」
そう言いながら、ナイフを振りかざそうとする彼女を、同じく平然とした状態の天知に止められる。
「バカはキミだよ。それでどうするつもり?」
「どうって………投げるんだけど」
「…………もう少し遠くでもできるんじゃない?ゆっくり落ち着いてまずは距離を取らなきゃ……須田さん……キミも!立つんだ!」
いつも通り静かだが、力のこもった声で怪物から最も近いところにいる女子2人を誘導する天知。ちなみにこの間、若干冷静さを取り戻した黒川と星畑は陽菜を連れて全力のダッシュで堤防に向かっている。星畑に至っては余裕を取り戻し過ぎて、「誰か男の人呼んで―!」とよりにもよってピカデリーの物まねをしている。
従いつつも不満顔で天知の背中に捨て台詞を吐こうとする姫月の背後で何かが激しい音を立てて崩れる。何と、姫月がレールを括り付けていた直径50センチはある木の幹が折れたのである。怪物はリードの取れた犬のように少し周囲を駆け回ったと思うと、姫月を無視し、指をさすりながら歩いている凛の丸い背中に飛びつこうとする。ここで初めて怪獣の全貌が明らかになったのだが、顔立ちに関してはもはや一寸の狂いもなくヌートリアである。ただし、その大きさ及び手足、胴の長さが一般的なそれではない。ネズミと言うよりイタチのような、細長さである。大型の単車くらいはありそうなその巨大な体で凛の上にダイブしようとする。ビビり散らかしていた凛だが、また悪いタイミングで怪我をしたもので、今は自分の指の方が気にかかり、怪獣の襲来に気付けていない。
「凛!ああ死んだ!」
姫月が叫ぶように縁起でもないセリフを吐いたとのと同時に真っ黒い影が怪獣にぶつかり間一髪で、軌道を修正する。真っ黒の半そでシャツは汚れに配慮した天知のアウトドア用装備。怪獣はぶつかられた衝撃でバランスを崩し、また興奮状態になり、グルグルと同じところを回っている。凄まじいことに一方の天知はビクともしていない。一方の凛は誰一人とも接触していないはずだが、衝撃だけで盛大に転び、そのままコロコロと2メートルほどでんぐり返りする。起き上がろうとしてまた崩れそうになる凛を今度は姫月が支え、怪獣の元を離れる。そして木陰でその様を唖然とした状態で、早々に避難した3人が見守っていた。
「ホントのホントにUMAじゃん」
「ホントのホントにUMAだね……」
「んでもって天知さんも……ホントのホントにスタントマンだったんだな」
「あ!凛ちゃんたち!来た!大丈夫?凛ちゃん……エミちゃんも」
「うぇええええ………痛いよぉ……折れたぁ……指が折れたぁ……天知さんにおこらっ…怒られたぁ」
「アンタ………ホントにグズね~……」
めそめそと泣く凛に、何故か感心したような調子で姫月が言う。
「うっわ!見て見て黒川!……天知さん!マジであのへんなのと戦ってるぜ!」
「すげえ!安藤さんじゃん!もう!」
「?……天知さんだよ?」
戦っているというほどではないが、何故か鼻のあたりをしきりに地面にこすりつけている怪獣を、見下すような立ち位置で見据えながらじりじりと前進する天知。怪獣もまた、目を合わされたらけっして離さない猫のようにジッと天知を睨み、荒々しい息を吐く。ダン!とその場で力強く足踏みをし、先に仕掛けたのは天知である。怪獣はビクッと反応し、後退する。そこですかさず天知はいつのまにか手にしていた石を怪獣の顔面にぶつける。遠く離れた黒川にもはっきりと聞こえる声で怪獣が呻き、水の中の泥を掻くようにして川の中へと消えていった。天知の勝利である。
4
何故か動くこともできず、しばらく黙ったまま突っ立っていると、バケツを持った天知がやってくる。5人のうちの誰かと目が合ったのか、苦笑しながらメンバーに声をかける。
「…………帰ろうか」
「え、あ、はい。大丈夫っすかね?あれ?」
「知~らない……保健所の人たちに任せよう!さ、退散退散!あ~……怖かった!」
怯えている凛を元気づけるためか、一連のアクティブな活躍がこっぱずかしいのか、真意は分からないがどこかおどけた調子で天知が続ける。ロケは終了。あんな目に遭ったのだから当然も当然である。だが、納得しない女が一人。天知に物申す。
「ちょっと!このまま帰ったら、アンタんとこの勝ち逃げじゃないのよ!それにこの私が苦労して作った罠(製作時間30秒)をぶっ壊されたのにただで行かしてなるもんですか!」
「心配しなくても、ギャラはみんなで折半するけど………」
「もうお金の問題じゃなくって!アイツをみすみす見逃すなんて勿体ないって言ってんの!アイツを捕まえれば色々と得なことになるんだから。ここまで来れば意地でも捕まえるわよ!」
「得?」
「あんなの絶対新種だし何らかの形でメディアに取り上げられて取材費もらえるでしょ?動物園に売り飛ばして金貰えるでしょ?私の知名度挙がってそのままこの糞番組ももっと有名になってギャラも跳ね上がるでしょ?………いい事ずくめじゃない!」
「結局金じゃん」
「なるほどね。まあ、確かに番組的にも捕まえたほうがいいんだろうけど……でもダメ」
「何でよ!?」
「いやあ、あの………何だ……ええ~…UMA?あれはさっきのを見るに全く人間を恐がってなかったから……本気で襲われるよ?……捕まえるなんて到底不可能だ。のしかかれるだけで陽菜ちゃんでなくても身動き取れなくなっちゃうような動物をいたずらに刺激するのはいくら番組とはいえ危険すぎる」
優しく説得する天知だが姫月はなおも不満そうである。しかし、優しいだけで何を言ってもなびかないであろうことを察してか、結局、姫月は反論もせずにそっぽを向いた。姫月だけでなく、何となく陽菜も帰りたくないオーラを出しているが、ここで姫月につくほど空気を読めない子ではない。凛は口から人魂でも飛んで行っていそうな程、呆然とした状態で突っ立っている。黒川は言わずもがな天知につく気満々である。あまりにもあんまりな終わりだが、撮影は終了である。
「俺は帰らねえほうが正解だと思うけど?」
ところが、何と星畑がここで反対意見を出す。こういった重要な局面で空気を読まない男だとは思っていなかった黒川が慌てて星畑を止める。
「アホか!お前は!ギャグでも信じられねえセリフだぞ!」
「何よアンタ急に……さっき根性無しって言われたもんだから意地張ってるの?」
「ちがうわい。俺も個人的には天知さんに大賛成だし、あんなの勝とうとも思わねえよ!帰らないって言うより、帰れないって言った方がいいかもな」
「帰れない?」
「そもそも、あんなの普通に考えて地球上の生物じゃねえだろ。んで!あんな血気盛んなのが今の今まで棒にも箸にもかからずに、急に俺らが川遊びした瞬間に飛び出してくるなんてどう考えても偶然じゃねえだろうがよ」
「え?え?……つまり、あれはUさんの仕込みってことですか?」
「ホントのホントのホントにUMAだったってこと?」
星畑の言及に凛と陽菜が声に張りを取り戻して、追及する。そう言われてみればと黒川も思いを巡らす。
(Uの奴……やたらと大物って言葉を連呼してたし、ひょっとしなくてもあれは番組用の差し金だったってことか!マジだったらアイツ!俺らの命を何だと思ってんだよ!)
沸々と怒りを込み上げさせる黒川の脳内に、Uの声が響いてくる。
「真っ赤な誤解だと弁解する程、的が外れているわけでもないが……とりあえずあれは私が用意したものでは無い。ただ、アレを仕留めて欲しいとは思っている。スイッチを入れろ」
うながされ、素直に持っていた醤油さしのふたをひねる。
「聞こえるか?ノンシュガーズの諸君。黒川以外と話すのは久しぶりだな」
「! Uさん!わ………本当にお久しぶりです………えっと……お、お元気ですか?」
「………ノンシュガーズ……もしかして公式の呼び名になってんの?」
「うっそでしょ……いやすぎるんだけど」
「そんなことは後でいいから!……星畑くんの言っていたことは本当なのか!」
「本当ではないが、半分は的を得ている。アレは私でないだけで、同胞。つまり私の星の者が用意した存在だ。ただしUMAではない。キミのとこの生物だ」
「え………俺らの星の生物にダイレクトな干渉したらアウトなんじゃなかったっけ?」
「その通りだが、黒川の目をカメラにしてもばれないように、基本的にバレやしない。バレなきゃ何をしてもセーフだ。ただし、今回のは私が密告したから公になり、そいつは処分された」
「お前らのとこの身の内話よりも、UMAじゃないってのにお前らの星が用意したっていうくだりをもっと説明しろよ」
「順を追って説明させてくれ。その私が密告した奴がやろうとしていたのは、日本の川のヌートリアを異常に成長させ、生態系を滅茶苦茶にすることで起こる混乱のドキュメンタリーだ。私と同じ、やらせで脚光を浴びようとしたわけだな」
「異常な成長ってどうやって?アブダクション?」
「まさか!流石に誘拐なんてしようものなら、足がつくリスクがでかすぎる。ズバリ洗脳だな。黒川に初めて会った時見せたような夢のイメージをさらに鮮明かつ強烈にしたものを絶えずかけることで一種の幻覚状態にし、成長ホルモンのバランスや脳のリミッターを崩壊させたのだ。人間なら薬物中毒者のような廃人になるだけで終わるが、野生動物相手には効果てきめんだったみたいだな」
「よく分からんけど……ようするにお前らが普通のヌートリアをあんなのに改造しちゃったってことだな?ケロロ軍曹でもやらねえような残虐な行為だぜ」
「元々は淀川にいたのだが、私がそれをここ樋津川に移した。無論、キミらに処理してもらう為」
「人類悪みたいなヤラセしかせんのか宇宙人は」
「そういうな。今、われらの星で騒がれている怪獣を偶然キミらが狩るのだ。これは話題になるぞ」
「いやいや!不自然すぎるだろうがよ!一発でヤラセってバレるぞ!」
「問題ない。その罪をかぶったやつがライバル会社のスタータレントである黒川を殺そうとして淀川から刺客代わりに送ったということにしている。返り討ちにするみたいな感覚で民衆も受け止めてくれることだろう」
「俺そんな命狙われてもおかしくない程の人材なの!?」
「聞けば聞くほどこんがらがるんだけど……」
「…………もう色々聞くのもめんどくさいから単刀直入に聞くが……アレをどうやって殺せと?」
「天知が頑張れば大丈夫そうだったじゃないか」
「無茶言わんでくれ!こちとらもう40男だぞ!……いや仮に全盛期でもあんなの勝てっこないし…そもそも、殺生するのも気が引けるし……」
「そこまで言うなら、仕方がない………これもやらせで解決しよう。取り合えず適当に武装して化け物をおびき寄せてくれ。そうしてくれれば丁度いいところで私が洗脳して自害させるように持っていく」
「そ、それなら良かった……良かったですよね?」
「そんなことができるのか?」
「あれ?でもお前、洗脳するためには確かお前自身が一回こっち来なきゃダメなんじゃなかったっけ?」
「あれは洗脳ではなく、キミらの脳とこちらの脳をリンクさせ、情報を送るためのプロセスだ。確かに洗脳もとい黒川にしてるようなテレパシー機能を取り付けるには私が地球に赴かないとだめだが、もうリンクが張られているヌートリアに対しては遠隔で脳に作用できる」
「………黒川さん……Uさんに脳の手綱握られちゃってるってことですか?」
「ンフフフ……案外もう黒川の人格消え失せてたりして」
「こ、怖いこと言うなよ!」
「人間はそう簡単に洗脳なんてできないって言っただろう?ま、とにかくヌートリアを引き付けてくれれば、後は私が何とかしてやる。ポーズでぐらいは奴とナイスファイトしてくれよ?」
とにかく分かりにくいUの話を要約すると、Uの星の宇宙人が違法に作り上げたヌートリア怪獣を面々が偶然を装いながら退治するという事である。怪獣は丸腰の人間が束になっても簡単には勝てそうにない獰猛さだが、そこも宇宙パワーで何とかしてくれるようである。
「番組としての整合性を出すためにもう一度組に分かれてバラけよう。ただし、すぐに駆け付けられるように、お互いに離れないことを第一に!」
一先ず本当に帰るわけにはいかなくなり、急遽、天知が中心になって対キング・ヌートリア(命名・陽菜)用の作戦を立てることになった。緊張した面持ちで凛が錆びだらけのシャベルを握りしめる。
「ほ、本当に倒すことになったんですね……こ、怖いですけど……それ以上にな、何だか燃えてきた気がします」
「燃えるのは結構だけど……それは元の場所に捨てといてね……須田さん」
「ええ!?て、手ごろな武器を手にできたと思ったのに!」
「………そんな本格的に倒す必要はないんだってば……とりあえずヌートリアを見つけることが第一だよ。こっちから向かって行って手を出すのは絶対禁止!分かった?」
「は、はい!すいませんでした!ちょ、調子乗ってました!」
「そんなにかしこまらなくっても………」
「須田お前、さっきからテンションおかしいことになってるぞ」
「一緒にいてこっぱずかしいわ」
「天知さん。私と星ちゃんはどっちに行ったらいいの?」
くすりと吹き出してしまいそうな程、真剣な声色で陽菜が天知に指示を求める。妙なテンションになっているのはこちらも同様のようである。
「………陽菜ちゃんは……こっちの思いっきり下流の方かな」
「え………そんな所に行ったら……離れすぎてていざってときみんなのとこに戻れないよ?」
「……言いづらいけど……陽菜ちゃんと星君はヌートリアから十分離れたところにいて欲しいんだ」
「………そ、それって……私と星ちゃんは蚊はお外ってコト?」
「蚊帳の外ってわけじゃないけど……陽菜ちゃんには流石に危険すぎるよ……」
(今、陽菜ちゃん蚊帳の外って言えてたか?)
「ふーん……ヒナではダメですか……ヒナでは危険ですか……子どもだから?…ふうーん」
出逢ってから初めて、はっきりと不機嫌というよりは怒りを露わにして天知を睨む陽菜。睨むというよりは薄眼でジッと見つめているという方が相応しいような覇気のない目線だが、それでも天知には効果絶大だったようで、面白いくらいあたふたと取り乱しながらなんとか言い聞かそうとヌートリアの恐ろしさを解説している。それをボケっと見つめている黒川の耳元で凛がささやいてくる。
(ヒナちゃん……怒り方まで可愛いなんて……無敵すぎじゃないですか?)
(それ本人に聞かれたら、またへそ曲げるぞ)
「噛まれてバイ菌が入ったらどうなると思う?手が何倍にも腫れちゃうよ?そうなったらひょっとすると切り離さないといけないかもしれないよ?」
「Uが何とかしてくれるんだから安全だよ」
「それはそうなんだけど……ホラ、もしものことがあるかもしれないじゃないか」
「陽菜、お前……俺らのチームに入るってなった時に何か母ちゃんと約束してたよな?それ覚えてるか?」
「う……………」
ごねる陽菜に星畑が痛いところを突く。確か天知の言う事を聞いて、我儘を言わないようにと陽菜ママから言われていたはずだ。陽菜本人もそれを覚えているようで苦々しい顔になる。
「ごめんね……また、これが終わったら何か埋め合わせはするから」
「う………ううん!いいよ……ヒナも……我がままいってごめんなさい……」
一転してしおらしくなった陽菜がぺこりと頭を下げる。
(いい子だなあ)
「………いう事聞くから……お母さんには言わないで……」
(………母親にビビってるだけか?)
「じゃあ、星君。陽菜ちゃんをよろしくね」
「うっす」
「じゃあ、キング・ヌートリアを倒せたら……教えてね……記念写真撮るから」
「はいはい、じゃあそっちも大物獲れるよう頑張ってね」
星畑陽菜コンビを見送っていると、おずおずと凛が声をかけてくる。
「あ、あのう………エミ様がどこかに行かれてしまったので……私も後を追いたいんですけど…いいですか?」
「ええ?………まあ、姫ちゃんなら大丈夫だろうけど……気を付けてね」
「アイツ………マジで今回何がしたいのか分かんねえな」
5
不思議と緊迫した空気はなくなって、すっかりいつもの腑抜けた雰囲気になってしまった。結局、再び凛と共に行動し、姫月を探すことになった。
「こ、声を出したら……ダメですよね……ううう……今にもあの茂みから飛び出してきそうですねえ」
「でも……マジでヌ―も姫月の音も聞こえてこねえな……アイツ、また休憩か?」
「確証はないけど……今回はやる気なんじゃないかな?プライドを傷つけられてそうだったし」
「あのう……やっぱり大声でエミ様読んでいいですか?……わ、私……さっきから凄く嫌な予感がするんです」
「不安なんだね………いいんじゃない?あのヌートリアも大声程度で逃げ出す玉じゃないだろう」
「あ、ありがとうございます!……え~……(こほん)それでは……失礼して……」
「エ!!」(ガサッ!!)
「ミ!!」(うわあ!!でったあ!)
「様ぁ!!」(そっち!そっちいったよ!黒川くん!)
丁度、凛が叫んだタイミングで茂みから怪物が飛び出してくる。今度は襲うでもなく、慌てるでもなくのっそりと顔を出し、そのまま茂みに戻ったり出て来たりを繰り返しているだけだが、それでもビビるには十分すぎる状況である。天知と黒川が警戒態勢に入っている横で事態に気付いていない凛が尚も声を張り上げようとする。
「エミ様ぁ!どこですかぁ!!お一人は危険ですよお!」
「いい加減気付けこのあんぽんたん!」
「今、危険なのは間違いなく須田さんの方だよ!」
「うげえ!い、いつの間にぃ!」
凛が慌てて4,5歩後退した瞬間、ヌートリアが中年男のくしゃみのような鳴き声を浴びせてくる。「きょん!」と凛が悲鳴を上げるが、吠えただけで何もしてくる気配はなく互いに固まって目線を合わしあう奇妙な時間が流れる。
「えっと………え?え?……な、何もしてこない……あの~…ヌートリアさん固まっちゃってるんですけど……どうすれば……」
「目を離したら襲ってくるのが……野生動物のセオリーだから、取り合えず目を離さずに後ずさりするんだ」
「は、はい!わ、分かりましたぁ!………こ、来いよぉ……ベネットぉ…ビビってるのかぁ…ふへへ」
「このタイミングでコマンドーの物まねかよ」
「妙に肝っ玉が太い時あるよね……須田さん」
目に見えて雑魚に煽られたのがムカついたのか、ヌートリアは本当に来てしまった。原作再現である。しかし、凛にシュワルツェネッガーのような格闘スキルなどない。哀れ、「ひゃあ!」と叫んで転がるや否や、すぐさま飛んできたヌートリアの前足が耳のすぐ横を掠める。
「うわああ!り、凛ちゃんが死ぬ!」
「た、大変だ!しまった!何か油断してた!」
と言いながらも、ぶっちゃけ内心はもう既にUが動いてるだろうとこの場にいる凛以外の2人は安心しきっている。おそらくヌートリアはもうUのロボットで凛を弄んで遊んでいるのだ。実際、ヌートリアは凛を傷つけることなく、顔をべろべろ嘗め回しているだけである。
「ぶうへええええ……にゃ、にゃめないで……食べないでぇ!美味しくない!絶対美味しくないからぁ!うわああああん!臭いよお!」
「おい!糞獣!いい加減に離れろ!」
吹き出すのをこらえながら黒川がネズミの腹を蹴ると、お返しとばかりにネズミが凛から顔を離し、タックルする。哀れ黒川は2メートル跳ね飛ばされてしまう。
「え!!く、黒川くん!!」
「きゃあああ!黒川さん!……え!?大丈夫ですかぁ!黒川さぁん!!」
二人の不安とは裏腹に、黒川はほぼ無傷で無事だったが、心臓の鼓動が激しすぎて息ができない。そんな彼の脳内で信じられない報告が届く。
「スマン黒川。キミらに言ってもピンと来んだろうが……所謂パスワードのようなものが仕掛けられていて、こちらから命令は出せなかった。つまり、まあ、キミらで頑張ってくれ!じゃ健闘を祈る!」
「…………マジかよ」
ヌートリアは黒川を追うことなく、くるりと半回し再び凛と向き合う。ただし違う事と言えば今度は彼女をかばうように天知が立っていることである。
「………宇宙人はクレイジーだな」
「ふぇふえ……ひゃ、ひゃまちひゃん……わ、わたひのことはいいんで、逃げて逃げてください…」
「ああ、嫌だ」
「うううう……死ぬほどカッコイイ……腰抜けてよかった………」
「馬鹿なこと言ってないで……そこから動かないでね」
泣きべそをかきながらも相変わらずな発言をする凛に天知が苦笑する。するとそれを隙とみなしたのかヌートリアが再び近づいてくる。
「………どう対処したものか」
「きゃあ!来た!来ましたよ!」
そしてその距離が3メートルほどになった時、ヌートリアが飛びついてくる。しかし、間髪入れず天知の鋭い前蹴りがそれを制す。さらに「ごめん!」と叫ぶや否や今度は回し蹴りでヌートリアの首を持っていく。ヌートリアはたまらず再び離れる。
「ぶえええ………え?……つ、強すぎ……猛獣相手に格闘って……」
「イヤ……偶然うまくいったけど……形だけで当てたこともないエセ空手だよ……多分、全く効いてすらいないと思う………参ったな、僕の足の方が痛いよ」
「あう……あ!ま、また近づいてきます!Uさん!ギブですぅ!もう十分戦いましたぁ!…勘弁してくださぁい!」
凛は叫ぶ。その声は確かにUに届いているだろうが、残念ながらどうすることもできない。それをさっさと伝えなくてはいけない黒川がようやく鈍く痛む腹を抑えながら、よろよろと立ち上がる。
「天知さん!その……やらせなしだそうです!……向こうからじゃどうにもできないみたいです!」
「ええ!?……だ、大ピンチじゃないか!」
「あ……あ、ああ……また来ました!」
何とか動けるようになってきた凛はゆっくりと這いずるように後退するが、同じだけの速度でじりじりヌートリアも距離を詰める。
「須田さん……いいよ……そのままゆっくり離れて……私がまたアイツと接触したタイミングで何とか逃げるんだ……いいね?」
「は、はい!」
凛の目線が天知に移った瞬間、再びヌートリアが駆け出して飛びついてくる。天知は手をクロスしてヌートリアの首元にあたるようにし、巨体を受け止める。一瞬、ヌートリアの動きが停まったと同時に上体をひねり、自分の身体の上を滑走させるように対象を横にずらす。しかし今度は天知が勢いに負けてしまい、そのまま倒れこんでしまう。ヌートリアはすかさずマウントを取るため、天知に飛びつく。天知の首元に爪を立て左肩を噛む。一部始終を見ていた黒川が「あ!」と声を上げるのと同じ声量、タイミングでヌートリアの鈍い鳴き声が響く。天知から跳ねるように離れるヌートリアの腹に小さなハサミが刺さっている。リールを切るためのものだ。小さいが、鋭利に尖っていて激しい動きでも簡単には抜けそうにない。
「………姫ちゃんに習ってポケットに入れておいてよかったよ……しかし…本当に許せんな宇宙人の奴。ここまでしてしまったら……とどめをささなくっちゃどうしようもないじゃないか」
(さっきから発言の一つ一つがバトル漫画だぜ……流石、スーツスタント)
「く、黒川さん………お怪我はありませんか?」
「うわ!びっくりした!いつの間に横に………ああ、大丈夫……その、そっちも平気?」
「は、はい!天知さんが守ってくれました!それに……く、黒川さんも……その……真っ先に……その、私を助けてくださって………ありがとう…ございました」
真っ赤になってお礼を言う凛。実はUが洗脳していると思い込んでいたから手を出せたのだが、流石に言えない。
「あ!ヌーが!ヌートリアが逃げますよ!」
黒川の返事よりも早く、逃げたヌートリアに注目が行ってしまう。天知がこちらに駆け寄ってくる。
「追うかい?」
「どうでしょう?結構致命傷じゃないですか?アレ」
「わ、私は………正直、もう……嫌です……」
「でもねえ……あのまま苦しませるのも気の毒だし……叶うなら楽にしてやりたいんだけど」
「苦しませればいいんですよ!お二人をあんな目に合わせたネズミなんて!!」
「おおう………」
「…………肩、噛まれたとき………し、死んじゃうかと思いました……黒川さんが吹っ飛ばされちゃったときも……私の……私のせいで……」
泣きそうな顔で下を向く凛。黒いシャツなので気づかなかったが、よく見ると天知の肩は血にまみれている。黒川の方はもうすっかり何ともないが、確かにぶつかられたときは息もできなかった。
「須田さん………僕は大丈夫だよ。むしろ……あんまり落ち込まれると気の方がまいっちゃうかな」
「うう……私また……すいません」
すぐに自己嫌悪に入る自分の性格に嫌気がさし、自己嫌悪になる凛。特に何も言えないので、取り合えず話を逸らす黒川。
「でも……あんなにしつこく向かってきてたのにもう来る気配無いですよ。追うだけ追ってみましょうや……」
「そうだね……草むらの方へ行ってくれたおかげで、足跡も追いやすそうだし……」
「そ、その前に……天知さんの手当てをしないと!バ、バイ菌が入って腫れたら切り落とさないといけなくなりますよ!」
「……………はい」
6
血の量と反比例して、天知の傷は大したことのない擦り傷のようなものだった。それでも念のため凛が持っていた消毒液で丹念に傷を洗い、治療のあと、追跡を再開する。しばらくは横倒れになった草木を目印に追っていたが、途中で草むらを抜けてしまい手掛かりが無くなる。仕方がないのであっちこっちを練り歩くことにすると、しばらくして血の付いたハサミが落ちていた。言うまでもなく天知が突き刺したものである。そしてそこから先には、まだ新しい血の足跡が点々としている。
息を押し殺して血の跡を追うと、そこはホームレス・ダムの中でも一際巨大な釣り堀のような場所だった。その一角の水たまりの上でヌートリアはジッとしている。明らかにこちらには気づいていない。
(あ!………いた!いましたよ!天知さん!黒川さん!)
(あそこは巣かな?……えらくジッとしてるね)
(何かモンハンみたいだな……だとしたらあとは捕獲して終いなんだけど)
(ど、どうするんですか………大人しいですけど………わ、私……やりましょうか?)
((やめて!))
何故かやる気満々の凛を止めたものの、だからといって誰も出ることはできず、しばらく何するでもなく息をひそめる時間が続く。
「……………………………」
(うう~ん……何かジッとしてたらまた、腹が痛くなってきた………)
(だ、大丈夫ですか!? 私、さすりますよ?」
(あんがと……あ~……ごっつええですわ)
(ウフフフ……良かったです……フフフ)
(ああ~………何か眠くなってきたぜ)
(ふわ…………ぁ……へへへ……私も……欠伸出ちゃいました)
(……………あの………須田さん………僕ね………)
(?………はい?)
(…………アニメが……好きなんだ)
(へ~、そうなんですか)
「………………………………………」
「…………………………………………」
「………………………………………………」
(え?……な、何ですか?……えっと……アニメがお好きなことが何か?)
(く、黒川くん……これ、打ち明けたの失敗だったんじゃないのか!?)
(いやタイミングのせいでしょ……何で今言ったんスか………)
(ええっと………ど、どんなアニメがお好きなんですか?)
(…………じゃりン子チエかな)
(そこでチキンになってどうすんですか………)
(う、嘘はついてないし………)
(あ~……!い、いいですよね~……ええっと………ね、猫が喋る奴ですよね?」
(………うん……そう。大体そう……)
(すいません………私……昔のアニメはちょっと疎くって……)
先程の凛々しい姿から一変して、引っ込み思案になる天知。黒川は何だか見ていられない気持ちになり、いっそ襲ってきてくれと言わんばかりの眼差しをヌートリアに向ける。その時、丁度向こうに動きが見られた。
(あ!……天知さん……天知さん!……アイツ見てください!)
(あれは…………)
丁度ヌートリアの陰に隠れて見えなかったが、よく見るともう一匹、奥に小さいヌートリアが潜んでいた。小さいと言っても、横にいる亜種がでかすぎるだけで十分成体である。おまけにそのお腹はぷっくり膨らんでいる。身重の雌。間違いなくキング・ヌートリアのつがいなのだろう。メスに寄り添うように餌の食いカスが散らばっている。今まで散々動物たちを食い荒らしてきたのは、雌に十分な栄養を届けるためだったのだ。
(なんてことだ………これは……予想外だな)
(………もしかすると俺らをここに近づけたくないから、あそこまで向かってきてたのかもしれないですね……)
(……なんて雄大な姿なんだろうね……自分の身体をいたずらにかき回されても、決して乱れることなく、子孫を残すため、己の使命を全うしているんだ……自然の勝利だ……)
(………私たちの時とは全く違いますね。すごく優しい顔……苦しめばいいなんて言ってごめんね…)
感動的な、生命力あふれる姿に思わず涙ぐみそうになる三人。気がかりなのは天知が付けてしまったハサミの刺し傷だが、血は止まっていて、毛皮越しだが、そこまで深刻そうな傷には見えない。
(素人目の観察に過ぎないが……傷は大丈夫そうだな……逞しい限りだ)
(………うう……何だか本当に…申し訳ない気持ちでいっぱいです……人間が勝手なことしてごめんなさい……蛇、美味しかったですか……)
(………ついでにブルーキングダムくんにも謝ったら……)
(帰ろうか………こんな光景見せられたら……もう手出しなんてできないよ)
(そうですね………Uさんもこれだけやったら満足してくださるでしょう)
(いや~……終わった終わった……今回は結構見ごたえあるんじゃないの?)
3人で顔を見合わせ笑いながら、立ち上がる。長時間固まりっぱなしで凝った体をほぐしていた瞬間!凄まじい勢いで飛んできた棒のようなものがキング・ヌートリアの頭をえぐるように吹っ飛ばした!
「「「あああああああああああああ!!!!!!」」」
3人はたまらず絶叫する。悲鳴に驚いたのか、亭主のヘッドショットに驚いたのか分からないが身重のヌートリアは一目散にどこかに走り去った。
「とったああああああ!!」
遠くの茂みから絶叫と共に姫月が飛び出してくる。手には弓矢のようなものが握られている。
「え、エミ様!!」
「あら、何よアンタたち……いたの?」
「お、お前………おま、お前……お前なあ……」
「フッ……残念だったわね……追い詰めたつもりになってたんでしょうけど……仕留めたのは私の方よ。無論……ギャラも私のもの!」
「もう金の問題じゃねえよ!」
「…………ま、まあ……しょうがないじゃないか……倒すって話だったんだし……」
「ちょっと凛!写真撮って写真!ヒナの奴に見せるんだから!」
「ううう~……ごめんなさい~……私が代わりに祟られますからぁ……エミ様は見逃してください~。場の空気とかそういうの一切読まない人なんですぅ……孤高の存在なんですぅ」
「………お前、俺がアラレちゃんだったら……サバンナに飛ばされてたところだぞ……」
「何よ………アンタら……散々惨めな思いさせられてたくせに……畜生の肩を持つなんてどうかしてんじゃないの?」
見るも無残なキング・ヌートリアの亡骸を直視することもできず泣き喚く凛を尻目に死体に足を賭けた状態の姫月がぼやく。
「あ、天知……アンタのアイデアのおかげよ!ホラ、遠くで投げたほうがいいって言ってたでしょ?それでね………拾った鉄棒にナイフつけて矢にしたの!ホラ、すごいでしょ!弓も手作りなんだから!」
「…………うん。あの……今そっとしといてくれる……ちょっと心臓が………」
「お前一瞬のうちに何個犯罪犯せば気が済むんだよ」
「クククク……撮影終了だな……いいラストだ」
黒川の頭の中で悪魔がはっきりとそう言った。
7
何とも後味の悪いラストを受けたものの、何だかんだロケが成功したという実感が沸いてきたこともあり、次第にどうでもよくなってくる。初めてのロケである凛にとっては尚更だろう。徐々に盛り上がっていく会話を楽しみながら、もうホームレスの手が加えられていない開けた河川敷に出る。サッカーなどの球技を愉しむ子供たちの隅で、陽菜と星畑が何やら盛り上がっている。
「お~い!ヒナちゃ~ん……星く~ん………終わりましたよ~」
「あ………凛ちゃんたち………おかえり……どう?UMA倒せた……」
「あははは……それが本当に倒しちゃって……姫ちゃんが弓矢で………」
「すご………」
「お前、アバターかよ」
「私に痘痕なんかあるわけないでしょ?」
「………一応……写真撮ったけど……見る?……超グロいけど」
「え、遠慮しとく……」
「ヒナは見たい……え?駄目?……もう、また子どもあつかい……」
流石に脳みそのようなものまで見えかくれしている写真を無修正で見せるわけにはいかない。また膨れてしまう陽菜だが、代わりに粉々になった矢じり(旧、天知の釣り具ナイフ)や血まみれのハサミを見せたところ大はしゃぎし何とか機嫌も戻った。
「そうだ!……エミちゃんたちに見せたいものがあるんだ……星ちゃん」
「ほいほい……ほれ!ネズミ獲れてなかったら俺らが優勝だったろこれ」
そう言いながら星畑がバケツから取り出したのは巨大なミドリガメである。顔の横に引かれた赤色のラインが愛らしい。
「わあ!おっきい!可愛いですね!」
「そう?……私の方がおっきくて可愛いけど……」
「爬虫類と張り合うなよ……」
「り、立派だね……でも、もう帰るし……流石に姫ちゃんの異常に大物はこの川にはいないだろうから、もう逃がしてあげて……」
亀も苦手なのだろう。天知が少し引きながら陽菜に促すが、少女はカメを川でなく再度バケツに戻す。
「……何してるの?もう帰るよ」
「このカメ……飼いたい……」
「え……いや、ダメだよ……カメって意外と飼うの大変なんだよ?匂いも結構するし……」
「………大丈夫………外で飼うから……本とか読んで勉強するから………」
「面倒見れないでしょ?」
「見るもん……毎日来る……」
「あ…………わ、私も見ますよ!毎日、暇なもんで………」
「……ぶっちゃけると……僕、この手の爬虫類系すっごい苦手なんだけど………」
「………我慢して」
「………おおう」
「お母さんは…この仕事……家ではできないこともいっぱい体験できるいい機会にして欲しいって……言ってた……家では飼えない……だからここをヒナの体験の場に………」
「そう言われると……弱いけど……」
「…………さっき埋め合わせするって言ったよ」
「…………………………………分かったよ……でも、僕は面倒見れないからね?」
「うん!ありがとう天知さん」
「えへへへ……良かったですねヒナちゃん!」
「カメなんて飼って何が楽しいのかしら……」
「星畑、今回は天知さんの肩を持たねえんだな」
「そりゃあ……あのカメ採ったの俺だからなあ……」
「川男………恐ろしい妖怪だよ……」
苦々しく天知が呻く。そんな不満を抱えながらも、帰りにペットショップに寄ろうとするところが天知の天知たる所以である。しかし結局水槽ではなく、先程買ったケージの中に古い洗面道具を改造して作った川と適当な沼地を設け広々とした巣を庭に作ることにした。すっかり暗くなってから陽菜がカメを巣に入れたところで星畑が切り出す。
「そういや………名前はどうすんの?」
「う~ん………何がいいだろ?」
「アンタと凛と星畑は二度と名前を考えちゃだめよ……人に災いをもたらすから」
(根にもってるなあ……惨殺エミコ)
「じゃあ、お兄ちゃん考えて」
「え~……カメ……亀……亀………あ!モヒロ―とか!?」
「何で……モヒロ―?」
「へへへ……怒られますよ?黒川さん」
「でも……いいかも……カワイイ……モヒロ―……モヒロ―……フフフ」
黒川が即興で考えた名前は存外気に入られ、本当にモヒロ―に決まってしまった。バシャバシャと落ち着きのないモヒロ―だったが、一日もすれば慣れたのか、そこまで騒ぐこともなく広いと言えどかつての住処とは雲泥の場所で、伸び伸びと何気にすることなく過ごしている。そんな姿を見ていると、黒川は適応能力以上に、奇妙な言葉にならない逞しさを感じた。それは丁度、例の怪物から感じたモノにも似ている。そこからどれだけ経っても亀の巣からは樋津川の匂いがした。そしてその匂いが、どこまでも黒川の頭に、恐ろしくも逞しかったキング・ヌートリアのいる川の思い出を蘇らせてくれるのだった。
タイトルでキング・ヌーという名前を出し、作中ではそれの命を奪っていますが、現実のロック・バンド、キング・ヌーに対するアンチのような意図は一切ありません。大好きですキング・ヌー。タイトルに関しても、六文銭と言うバンドの「キング・サーモンのいる島」というアルバム名をもじった過程で適当に付けたものなのであまり気にしないでください。
では次回またお会いできるのを楽しみにしております。