その①「盲いた獣を呼び出せ邪教の儀式に狂えるコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆犬派猫派と聞かれれば犬派だが、一番好きな動物はサワガニ。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆犬派猫派と聞かれれば猫派だが、一番好きな動物はアノマロカリス。
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆犬派猫派と聞かれれば猫派だが、一番好きな動物はミルクヘビ。
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆犬派猫派と聞かれれば犬派だが、それはそれとして馬鹿な犬は嫌い。
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆犬派猫派と聞かれれば犬派だし、一番好きな動物も秋田犬。
⑥岩下陽菜 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生
女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。
☆犬派猫派と聞かれれば犬派だが、飼えるものならどっちも飼いたい。
こんにちは。またかなりの期間あけてしまいまして申し訳ございません。しかも今回まあまあ短いです。それでも楽しんでいただけたら幸いです。
私は怪物である。形はまだない。
ー水木しげる(「古道具屋の怪」より)
1
ラーメン騒動から三日が経ち、おそらく直ぐにスッカラカンになるだろうが、姫月の懐も一先ず本人が納得いくくらいには温まった。彼女をはじめとするメンバーたちとの同棲から早いもので半月程が経過し、黒川もある程度、心に余裕が出てきた。その余裕っぷりと言えば、大学が終わった後、自分へのご褒美に手が出なかったお高いレコードを購入する程である。最も、日頃のお礼と言う大義名分にかこつけてメンバーたちへのポイント稼ぎのために買ったスウィーツの方が値が張ったのだが。
同棲していると言っても、あくまで形はシェハウスである。各々部屋に閉じこもってあまり下に降りていることが無い。黒川自身、昨日は星畑と二時間弱ゲームをしたのみで他は特に誰とも交流していない。全員を一か所に集めるためには、仕事か食べ物か陽菜が必要なのである。今回はその3つ全てが揃っている。帰宅すると、呼ぶまでなく姫月以外のメンバーが下のリビングで集まっていた。
仕事と言うのは、昨夜Uから来た新しい撮影の情報である。と言ってもその内容はまたもや雲をつかむようなものだった。
「黒川、新しい仕事に関してだがね。今度はキミら全員に行ってもらおうと思っているんだ」
「あ、そうなの?………良かったよ。凛ちゃんはそろそろマジで金が入らないとまずいし、姫月はもうこの前入った金、半額以上使ったって聞いたし………」
「そりゃ丁度良かったな。…で、黒川。この前の放送の時に私がなんていったか覚えているか?」
「ラーメンの時?あん時はお前、色々意味不明なこと言ってたけど……ラーメンと動物は視聴率を取るとか」
「そう!ずばりそのセリフだが、狙い通り、前回のラーメン回は中々好感触だった」
「………あれで?」
「そこで今回は動物と触れ合ってもらいたいわけなんだが………」
「今度は捨て犬でも飼うのかよ、それとも落ち目の動物園でも行くのか?」
「そんなことして何になる。今回は樋津川の河原に行ってもらおうと思ってな」
「そんなとこ行って何になるんだよ………」
「そこで、生物をハントして欲しい」
「ハントて………」
「ああ、デッドオアアライブでいい。とにかく大物を頼む」
「いや、あのなぁ………樋津川ってめっちゃ近くにある川だろ?あそこマジでブラックバスと蛙くらいしかいないから」
「その中から大物を取ればいいのだ」
「ええ……いや、だったらせめてもっと上流の、色々いそうな自然っぽいところ行こうよ。樋津川はホームレスまみれだから………」
「だったらホームレスを取ればいいじゃないか」
「いいわけねえだろ!」
2
一先ず買ってきたお高めのプリンを食べてから仕事の話を始めようと思ったが、黒川へのお礼の他に特に会話が弾まない。陽菜が黙々と食べているせいだろうか。だったら撮影の話をしようと思った矢先、珍しく姫月が口を開いた。
「ねえ、凛。アンタ……高校の時、なんかラブレターもらってたじゃない。アレ結局どうなったの?」
「ウェ!?…………きゅ、急にどうしたんですか!?ていうか、最近思い出したくもないことばかり思い出させるのは何なんですか……」
ラーメンの開店待ちをしている時に話題に出ていたことを実に10日ほどぶりにぶり返す姫月。何か悪い思い出だったのか尋ねられた凛は気まずい顔をしている。
「今時の子でもラブレターなんて渡すんだねえ」
「あ!ヒナもそれっ!聞きたい!」
つい先ほどまで、死ぬほどチビチビ食べ進めている星畑のプリンをまさに食い入るように見つめていた陽菜が、話題に興味を示す。
「うう………ホントに思い出したくないんですけど……」
「アンタ程度の恋バナなんてどうせ盛り上がらないんだから、そんな勿体つけ無くっていいわよ」
「え、えへへへへ……まあ、そうですけど……」
「俺、大体分かるぜ。実はババ抜きかなんかに負けた罰ゲーム告白だったって落ちだろ?」
「あずまんが大王のエロ同人じゃねえかよ」
星畑のボケなのかマジで言っているのか分からない発言に、うっかりいつものノリで突っ込んでしまう黒川。陽菜ちゃんがいるのにエロ同人はまずい、と焦るが誰もそんなツッコミは聞いていなかった。
「うへへへ………それならむしろ良かったんですが……どうも本気だったみたいで……」
「そりゃあ須田さん相手に本気でホレる男も少なくないだろうね」
「可愛いし……優しいし……一緒にいて楽しいもんね」
星畑と姫月からの心無い言葉を自虐気味に返す凛に、天知と陽菜からべた褒め評価がなされる。
「そ、そうですかね!? えへへへへ……」
「で?何があったのよ」
「………その、実際に会ってみたら優しそうな方で……いい機会だと思ってお友達から初めて見ることにしたんですが……」
「OKしたんだ………」
「あ、あくまでお友達からですよ!ホントにただのクラスメイトにしか過ぎない方でしたし…」
ショックを隠せない黒川の呟きに慌てて弁解する凛。別に慌てる道理も弁解する道理もないのだが。
「…………でも、その……うう……一週間ももたずにフラれてしまいまして……」
「ええ!?」
「ど、どうして…………そんな、そんなひどい別れ方ってあるの?」
驚く天知と陽菜。
(あなたらの別れ方も大概だけどな)
「うへへへへ……一緒に遊んでる時にですね……ペアルックしようって話になりまして……」
(友達どころか恋人飛び級して痛カップルと化してるじゃねえか!)
「わ、私はかわいいって素直に思って選んで……油田くんも……あ、その時のお友達ですけど、その時はいいって言ってたんですけど……トランプマークの入った服で……」
「いいじゃないか。僕はてっきりあのいつものハードな感じの奴かと……」
「それの何がダメだったの?」
「ううう……それを着て遊んでるところを誰かに盗撮されて……次の日からマカオとジョマって呼ばれ始めたんです………」
「うははははははは!」
「ンフフフフフ………名誉ある称号じゃん」
「………それで、俺たちもうやめとこうって………油田くんが……」
「からかわれたくらいでそんな………仮初にも好きだったんだろうに……」
「で、でも………その、当時の私は、その、かなり痛いオタクだったというか……口を開けばアニメの話しかしてませんでしたし……一緒にいても楽しくなかったのかも」
「今も痛いオタクなのは変わってないじゃない」
「まあ、噂されたって言うのは単なる須田さんと別れるための口実だったのかもね……ところで何のアニメ見てたの?」
「へへ、へへっへへ………あ、天知さんにご紹介できるようなものは……何も…」
「あ、そうか。そうだね、うん」
(そう言えばアニメが好きだったな天知さん)
目に見えて分かるほどシュンとする天知、そう言えばあれから彼から何かアニメ好きらしい話は聞いていない。好きなものを誰かと語りあかしたい気持ちはよく分かる。そしてほぼ間違いなく凛もそちら側の人間である。好みのピースが上手く合わされば、良き話相手になれると思うのだが。
(凛ちゃんにはもう、カミングアウトしちゃえばいいのに………まあ、でも……好みは合わなさそうだけど、この2人じゃ……微妙にタイプが違うし)
「ねえねえ凛ちゃん。高校の時のエミちゃんってやっぱりモテモテだったの?」
「そ、そりゃあもう!電車で向かいに座ってる人から告白されてる時もありましたし、校外学習で繁華街に行った時なんてナンパされ過ぎて近くで常に教師が張ってましたからね!」
「…………何でアンタがそれ知ってんのよ?後輩の癖に」
「えへへへへ……校内で知らない人がいない伝説のエピソードじゃないですかぁ」
陽菜からの質問に、自分の時とは打って変わり弾んだ調子で答える凛。ナンパ関係なく姫月は教師から監視対象となっていた気がしないでもないが、まあ、このビジュアルならそんな伝説を築いていても違和感はない。
「私をアンタらと同じステージに並べないでくれないかしら?私とすれ違った男子は全員『好きだ…』って漏らしてたくらいなんだから」
「そもそも陽菜をそっち側のステージに立たせること自体がお門違いだろうがよ。まだ小学生だろ?」
「…………私も、男子から好きだって言われたことあるもん。付き合ったことだって」
「うっそで~!」
「ホ、ホントだもん! 好きだって言われたし……好きだって言われたし……好きだって言われたもん」
「ドラマの役の話だろ?」
「ち~が~う~!」
「じゃあ、あれだ目の見えないおっさんに20歳と嘘をついて………」
「それはクジラックスだろうが!」
「アンタそれ、一瞬でフラれたんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
先程の反省を活かしてエロ漫画だろうがとは加えない黒川だが、またも星畑にすらスルーされてしまった。星畑は陽菜をムキにさせる、はしゃがせる等の子どもらしい反応を引き出すのが上手い。もっともゲボ牛の一件を交際していたとするのは何となく違和感があるのは確かであるが、それはそれとして陽菜なら学校でモテていてもおかしくは無い。星畑もそのあたりは承知の上でからかっているのだが、ただ一人地に落ちそうな程、ショックを受けている痛いオタク女がいた。
「う、う、う、う、う………嘘ですよね?そんな……こんな天使を……振るなんて」
(天使て………いやまあ確かに可愛いけどさ)
「フッ…………いくら見た目が良くってもやっぱり肝心なのは女としての技量なのよ。アンタらはそれがストーンと抜け落ちてるから雑魚ですら引っ掛からないのよ」
(お前が執着されてた相手が一番雑魚っぽい雰囲気だけどな…まあ、他2人は聞いた印象だけだけど)
「ヒナちゃん……………男なんて信じないでいつまでも二人で強く生きていきましょうね………」
「フフフ………うん」
「しかし………小学生もやっぱり色恋をする時代なんだなぁ。僕の時とは全く違うね」
「お遊びみたいなものよ。母親に男を取られるくらいなんだから」
「フラれたって……そんな結末だったのか……愛もけじめもない話だな」
「ヒナちゃんママ………ビル・ワイマンみたいなことしてたんですね」
「アホ!別に陽菜ママが口説いたわけじゃねえよ!」
「ま、ガキってのは大人に惹かれるもんなのよ」
「同年代に比べたら陽菜ちゃんも随分、大人びてると思うんだけどなあ」
何だかんだ話が途切れないあたり、やはり上手くやれていると見ていいんだろう。それはそうと、そろそろ本題に入った方がいいだろう。ということで黒川が今回の仕事について説明する。あまつことなく話すがメンバーの反応は、黒川と同じでいまいち釈然としないようである。
「川に行って………ハントっつっても、あそこだと昆虫採集くらいしかできねえだろうがよ」
「ラーメンの時といい。もっと華のある仕事はできないのかしら」
「…………私、昔お姉ちゃんと川で遊んだことあるけど………あんなことでお金貰っていいの?」
「ま、だからこそ、大物を獲れって言ってんだろうけど……樋津川じゃあなあ」
「バス釣りならできるけどねえ……」
「も、もしかしたら………何かおっきい怪物とかがいるかもしれませんよ!……ベムラーみたいなの」
「いたら困るぜ」
「でもまぁ………何かそのくらいのでけえの倒して欲しい口ぶりだったけどなぁ。アイツ日本の生態系理解してんのかね」
「ねえ。今回ってこんなミソッカスみたいなしょぼい企画のくせして全員参加でしょ?六等分のギャラなんて収入とは言わないじゃない?……それで考えたんだけど……」
何となく怪しい微笑みで姫月が何か提案をする。
「二人でペアになって………一番大物を殺した組のギャラ総取りってことにしない?」
「………お前は何だってそう……金を媒介にした勝負事が好きなんだよ」
「でも………いいんじゃね?そっちの方が姫月もやる気出るだろうし、何より企画として成立してるじゃん」
「あ、わ、私もいいと思います!」
「凛ちゃんお金は大丈夫なの? 未だに収入5千円ぽっちじゃやっていけないでしょ?」
「えへへへへ……だ、大丈夫です。最近は趣味の供給が激しすぎて全く出費してませんし……」
「じゃあ、いいけど……そっちの方が面白そうってのは俺も星畑と同意見だし」
「私は……エミちゃんが楽しめるんならそっちがいいな」
「僕もギャラ自体はいいんだけど……でも、黒川くんからしか音声が入らないんだろ?ばらけちゃったらまずいんじゃないかな?」
「あ、そうですよね………」
満場一致で決まりかけた矢先、黒川すらも忘れていた設定を掘り返してくれた天知。姫月の案も頓挫するかと思ったが、意外にもUから助け船が出た。黒川の脳内から指示を出し、リフォームした際の間取りを引っ張ってこさせた。
「音声は……問題ないそうです。ここの………赤い印が付いてる壁紙が一部剥がれるみたいで、それを人数分持っとけば、音声は繋がるそうです」
「とどのつまり部屋に仕掛けられてるって言う音声マイクがこれってことかよ」
「思ったより、アナログな解決方法でしたね」
「じゃあ、みんなギャラ総取りには賛成ってコトよね?……じゃあ、組み分けしましょ。私天知」
「ちょっと待てやコラ」
「公平に籤で決めたほうがいいんじゃないかな?僕は全然誰とでもいいけど……」
意外にすんなり折れた姫月に急かされるまま籤を作成し、組み分けする。結果、姫月が真っ先に指名していた天知の相方は黒川に、くじを引く直前自身を最大の外れカブだと自虐していた凛は姫月と、そして残りの2人、星畑と陽菜がコンビになった。
「げぇ………二番目に外れの奴が来ちゃったわ……」
「えへへへへ……ごめんなさい、エミ様。足引っ張っちゃいますね……」
「私、血統書持ってる動物しか触らないって決めてるから。捕獲はアンタがやってね」
「ま、任せてください!私、イモリを飼ってたことがあるくらいなんですから!……3日で死んじゃいましたけど……」
相変わらず憎まれ口を叩く姫月と叩かれるその下僕。しかし心なしか凛の顔はホッとリラックスしている。伊達に付き合いが長いだけあり、そこそこ気のおけない仲なのかもしれない。
「良かったな陽菜。生粋の川男と組めるなんてよ」
「………川男だったら妖怪になっちゃうよ?星ちゃん」
逆にこっちは仲こそいいものの、あまり馴染みのないコンビである。星畑が川に明るいか否かは知らないが、高校時代、黒川は奴と河原でローション相撲をしたことがある。
「…………黒川くんって……ザリガニとか、蛙とか……触れる?」
「はい………もしかして天知さん、蜘蛛だけじゃなくって生き物全般苦手ですか?」
「鳥類と哺乳類なら……まだ……大丈夫かな……ペットショップにいるの限定で……」
(………姫月と組んでたら最弱コンビが出来上がってたんだな)
2
3日後、午前10時13分。樋津川の河川に沿って敷かれた堤防の上に天知の自動車が停まっている。堤防から下は少しだけ畑があり、その先にグラウンド程開けた広場を挟み、密林のように草木が生い茂った川岸がある。川岸のあちこちではまるで小型のダムのように端材でできた人工物が川の流れをコントロールしており、うっかり歩いていると足元が水浸しになってしまうこともある。
「何か……思ったより原生林みたいになってるって言うか……規模はしょぼいけど雰囲気はあるね」
「でも、これって人為的な奴でしょ?この水を塞いでるのトタンだし……あっちなんかタイヤで飛び石作ってますよ」
「ここらはホームレスの人たちが住処にしてるって聞いたけど……その人たちが過ごしやすいように川を整備したんじゃないかな?」
「へぇ~……ようやりますねえ……暇なんですかねえ」
「まだ五月なのにカエルの鳴き声も聞こえるし……こりゃあホントに大物がいるかもしれないね」
河原に着いてすぐ、分裂したうち、天知と黒川はできるだけ遠くの方へ歩を進めた。昔、このすぐ近くに住んでいた天知の話によると、この先にはテトラポットの集合地があるらしく、そこなら何か巨大な生き物もいるかもしれないとのこと。取り合えず天知が学生時代使っていたというバス釣り用の竿と片手サイズの網を持ってグングン茂みをかき分けていく。
「………天知さんって……娘さんと会った時の話のタネにアニメを見始めたんですよね?」
「ん?………うん、そうだよ」
「じゃあ、やっぱり娘さんもアニメ好きってことなんですか?」
「いや、話題作くらいしか見てないんじゃないかな……まあ、僕もだけど」
「最近、アニメが話題の中心になってますもんね」
「うん……………須田さんもアニメを見てるって言ってたし……今の若い子はみんな見てるものなのかもしれないね」
「…………そういや、知ってます?凛ちゃん。すげえ絵描くの上手いんですよ」
「ハハハ。確かに上手そうな雰囲気があるね……」
「で!今度は逆に凛ちゃんから聞いたんですけど……天知さんって特技が水彩画とピアノってマジですか?」
「特技って言うか……まあ、人並みにはできるけど」
「凛ちゃんと一緒にコミケとか出てみたらどうですか?」
「コミケ?」
「はい。コミックマーケット………あれの参加者になってみたらって…まあ、冗談ですけど」
「ご、ごめんごめん!ちょっとそういう冗談に反応するセンサーが錆びついてて……あの、コミックマーケットって言うのは……名前的に漫画を売る奴だよね?」
「はい………そうです。あ、もしかしてそもそもコミケを知らない感じですか?」
「いや、何となくは……アニメにもよく出てくるし、存在は知ってるんだけど……システム的なことは知らないなあ」
「そうだったんですね……まあ、俺も『げんしけん』で培った知識しかないですけど、行ったことないし」
「…………コミックマーケット……コミケ……ね。せっかくサブカルチャーに触れ始めたんだし、一回くらい行ってみてもいいかもね」
とりとめのない、本当に何でもない会話をしながら、穴場に到着し、いそいそと釣りの準備をする。
「黒川くん。その……さっき言ってた『げんしけん』って言うのはマンガかい?」
「漫画ですよ。アニメにもなってますけど」
背中で会話をしながら、シュっと仕掛けを投げる。そこから三十分もの間、竿に反応はなく、2人にも一切の会話がなかった。ボケーッと竿を握る黒川の後ろで天知は、石ころを動かして水の流れを変える遊びに勤しんでいる。そんな二人の呑気な気分を代弁するように、鴨がグワリと鳴き声を上げ、仕掛けのすぐそばを泳いでいく。天気は快晴。会話こそなかったが黒川は心穏やかな一時を満喫していた。
「ぎゃわ~~ん!!」
遠くの方で間抜けなような、迫真なような、奇妙な音がする。どこかで聞いたような声のような気もするが、どちらにしろ平和で緩やかな雰囲気は吹っ飛んだ。
「何すかねえ?…今の」
「………野犬でもいるのかな?」
「ハハハ。それを捕まえたやつが一等賞ですね」
「まさか!それだと犯罪になっちゃうよ」
顔を見合わせて笑うが、尚も奇妙な声は止まらない。
「ひびええ~~~!」
「………近づいてきてるな」
「………近づいてって言うか………うすうす思ってたけどこれ、須田さんの声じゃないか?」
「………やっぱり?」
尚も声の鮮明さと大きさは増してくる。やはり声の主は凛で間違いないようである。「野犬って言っちゃった」と天知がポツリと呟き。それが妙に面白くて黒川が噴き出す。
「だじげて~~!」
「ちょっと待って?今助けてって言わなかった?もしかして野犬に追われてるんじゃ」
「ハア……でも普通の居酒屋のキャッチに店連れてかれただけで泣き喚いた娘だし、姫月もいるし……滅多なことではないでしょ」
「しかし………大事もあるじゃないか。危険なホームレスだっているかもしれないよ?」
「まさかぁ………」
「だずげで~~!!黒川ざ~~ん!!」
「ホラ!呼ばれたよ!釣り竿は見ておくから………」
「ええ~……ホントに誰かに追われてるなら、こんな長いこと続かないと思うんだけどなぁ。早歩きで追いつけそうなくらい遅いのに……凛ちゃん」
と言いながらも、何だかんだ心配なのと真っ先に名前を呼ばれまんざらでもないのが合わさり、駆け足で声のもとに向かう黒川。夥しい量の雑草群をかきわけていると、ぬかるみの中を時速800メートルほどのスピードで進む凛が見えた。息切れで苦しそうなのが遠目からでも伝わってくる。声をかけると、一転してスピードアップし黒川のもとに駆け寄ってくるが直前でピタリと止まり、何故か訝し気な目線を向けてくる。
「………ど、どうしたの?……ていうか……足、泥まみれじゃん」
「…………ホントに黒川さんですか?」
「ホントに黒川さんですか!?」
「いくら何でも会いたいと思ってすぐに現れすぎです!田島列島のマンガじゃないんですから!」
「いや、サクタさんとモジくんのアレは確かに普通の出会い方じゃなかったけど、俺ら途中までは一緒だったじゃん……」
「おかしい…………………好きなライブアルバムを言ってみてください」
「え?…………え~……矢野顕子の『東京は夜の七時』………」
「………おかしい。私の知ってる黒川さんだったら村八分と答えるはず……それかBOCの死神盤……」
「とっさに思い浮かばなかったんだよ!……あと、それは凛ちゃんの趣味でしょ?」
「あ、えへへへへ……バレました?」
冗談なのか本気だったのかは分からないが、とにかく本物の黒川だと信じてもらえた。思った通り、大したことはなさそうだが、それでも逃げていた原因を聞かずにはいられないだろう。
「で?何があったの? 姫月とか上着とか……色々無くなってるけど」
「あ!そ、そうでした!その……た、た、大変なんです!」
「大変?」
混乱を取り戻してしまった凛があたふたしながら状況を説明しようとしたところで、すぐそばの川からドプンと大きな水音がする。「ふぎゃあ!」と叫んで凛が黒川に飛びつくが、勢いが強すぎて脆い黒川はそのまま吹っ飛ばされてしまう。哀れ泥まみれである。
「………………最悪」
「ひいいいいいい!お、追って来た!やっぱり追って来たぁ!!」
「何が?」
「あわぁあ!す、すいませんすいません!!うあわあ!あ、あ、すいません!ごめんなさい!」
泥を払いながら、凛を追っていたというモノの存在について尋ねるが、今度は推しを泥まみれにしてしまったという衝撃でパニックに陥ってしまっていて、とても応えられなさそうである。
「………落ち着いて……順番でいいから……まず、姫月はどうしたの?」
「え、エミ様は…………エミ様は………うううう、た、大変なことをしてしまいました」
「え!アイツ大変なことになってんの!?」
「黒川くん!見てくれ!! こんなでっかいバスが!」
タイミングがいいのか悪いのか、天知が意気揚々と釣果を伝えに来た。どうも先程の音は天知がブラックバスを釣り上げたものだったようである。
「あら、泥まみれ」
「ハハハハハ………」
「ご、ごめんなさい~~!」
「やあ!須田さん。無事だったかい?あれ?姫ちゃんは?」
「それが、姫月なんか大変なことになったらしくて」
「うえ?……エミ様?エミ様は今ごろ多分、スタバに行かられてますけど?」
改めて落ち着いて来た凛がキョトンとしながら、姫月の所在をようやく明らかにする。先程の「大変なこと」は、おそらく黒川の泥まみれを引きずっての関係ない発言だったようだ。
「さっきの大変なことって……まあ、いいや。ていうか、アイツ滅茶苦茶サボってるじゃん」
「ま、まあ、単なる休憩かもしれないよ?」
「…………休憩なの?凛ちゃん」
「え!え~~~………っと………ふへへへへ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「エミ様!大物捕まえましょうね!それはもうUMAみたいなのを!」
「ねえ…………ここら辺に何かカフェとかない?」
「へ?か、カフェですか?えっと……(検索中)……あ!ありました!!あそこの橋の向こうすぐがスター〇ックスみたいです!………え?あ、あの……お、お茶されるんですか?」
「そう。じゃ、頑張ってね」
「あ、はい!」
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「はい!………えっと………休憩されてると思います……きょ、今日は割と暑いお天気ですし」
「フーン…………まあ、凛ちゃんがいいならいいけど………それで」(ザパァ!!)
黒川が喋っている最中に、またも大きな水音がする。しかも今度は人間が風呂から上がったような先程よりも比較にならない程大きな音である。案の定、ビビった凛が今度は天知に飛びつく。
「びびゃあああ!!」
「おっと!だ、大丈夫かい?須田さん」
吹っ飛ばされた黒川とは打って変わって、あまりにもスマートに彼女を受け止める天知。通常の黒川ならまず、劣等感に襲われそうな状況だが、それ以上に流石に異常な凛の怖がり具合と大きな音に言いようのない不気味な気分に包まれたようで、川岸を注意深くジッと見渡している。
「マジで………あのさ、凛ちゃん。もしかしてマジで何か不審者とかいる?」
「ちちちちちちち……違います!そんなのじゃなくって、ほ、ホントにか、UMAが出たんです!」
「ゆーまあ?」
「…………そのUMAはどんな見た目をしてたの?」
「えっと、その、よ、四足歩行で……ネズミみた……あ!そうです!カピバラです!カピバラみたいなのが!すっごく大きいんです!しかも、すっごく足が速くて!それがこっちに来たんです!」
「それって………ヌートリアじゃない?」
「何だぁ。そっか、そうだよな。いるだろうな~……こういう川には……」
「ち、違!そ、そんなのじゃなくって……いえ、確かにそんな見た目でしたけど!も、もっと大きいんです!!それが、こっちを見てフシャー!って!威嚇して!おっかけてきたんです!」
「いやいや。ヌートリアは人間襲ったりしないでしょ」
「………でも、まあ、勝負はお預けになっちゃうかもだけど……そんなに怖いなら一緒に行動する?姫ちゃんもいないし、僕もネズミは怖いし……」
「うううう………すいません………エ、エミ様になんて言い訳をしたら」
「言い訳も糞も……この場にいないやつに何も言う権利は無いから大丈夫でしょ」
周囲からガサゴソと音がする。凛が来る前からずっとあったのかもしれないその音が、急に意味ありげなモノに変わりつつあるが、所詮ヌートリアである。樋津川でこそなかったが、黒川は幼少期、何度も川辺で見かけた外来生物である。生物学上は鼻つまみ者だが、カピバラのようなその顔立ちはどこか愛嬌があり、ここだけの話、ガキ黒川は持ってた唐揚げを食わせてやったこともある。
「お、お言葉に甘えても………いいんでしょうか?……その、実は私も生き物をハントしてて」
「え?もう終わってたの?」
「い、いえ!これで終わるつもりはサラサラないんですけど!」
「僕らはもう……このバスで終わりじゃないかな?いや~……こんなにすぐにえらく大きなものが釣れちゃったなあ」
「わあ!ほ、ホントに立派なブラックバスですねぇ」
(大物釣れたの……めっちゃ嬉しかったんだな天知さん)
「須田さんは何捕まえたの?」
「わ、私もけっこう大きいと思ったんですけど……どうだろ?体積だとよく分かんないですね?」
「でも、凛ちゃん。入れ物みたいなの持ってなかったけど……」
「あ!そ、そうなんです!うっかり忘れちゃって……だから上着と木で縛ってあるんですけど……」
「は?……縛る?」
「はい!………あ、いたいた!ジャ~ン!………アオイロ・スネークくんです!」
枝にグルグルと巻き付けられたジャケットを解くとそこには体長5メートルはありそうなアオダイショウが同じように巻き付けられていた。恨めし気に、しかし力なく凛を見て舌を伸ばす。
「うわあ!!……む、無理無理!蛇は無理!蛇は無理!」
天知が大きく顔を背け、絶叫する。
「余裕でバス越えじゃん!何の謙遜だよ!!」
「え、えへへへへ……そうでしょうか……」
「え!?……こ、これ、凛ちゃんが巻いたの?」
「へ?そ、そうですけど………」
「すごいね………おじさん卒倒しそうだよ」
「えへっへへへっへへへ………褒められちゃいましたぁ」
「うん。これはエミ様大喜び案件だぜ。間違いなく……でかすぎてちょっと引くかもしれないけど」
好奇心でほんの少し、手を伸ばしてみる黒川だが、牙を見せびらかすように口を開かれ慌てて引っ込める。やはり捕まえるのは勿論、ましてや無力化するなんて自分には至難の業である。意外な凛の一面に感動すると同時に、ある一つの疑惑が強まってくる。
(こんなことまでできる娘が………たかだか普通のヌートリア相手にあそこまでビビったりすんのか?)
3
一方そのころ、星畑と陽菜のコンビは凛の絶叫も聞こえない程、楽しく、騒がしく沼地を網で漁る作業を繰り返していた。
「エビ~、タニシ~、タニシ~、ヤゴ~、タニシ~、エビ~、ヤゴ~、ミズカマキリ~……」
「お!ミズカマキリは良さそうじゃん!」
「駄目です親方。最大ザリガニ君の10.5センチメートルを超える器ではありません」
「やっぱり~……いや~……今からでも捕獲した量にルール変えてくれねえかな~」
「…………こんなにいっぱい捕まえられたのにね………次、親方交代。私が網握る」
こんなふうに遊び半分の漁業ごっこを楽しんでいた。陽菜が星畑に教わった通り、川岸の根が張っている部分をえぐるように網を動かす。10回ほど繰り返して、網を地面に置き、星畑はそこをほじくり引っ掛かった生き物を分別する。
「はい!これで……どうでしょう?」
「え~………タニシ~、タニシ~、けっこうでかエビ~、タニシ~、タニシ~」
「けっこうでかエビは何センチくらい?」
「図ってねえからよく分かんないけど多分東京都庁くらいはあるぜ」
「ウフフフ……冗談ばっかり」
「………?……何かでかい石っころ紛れてるぜ。ちょっと地面こすりすぎたか」
「あ、ごめん」
「いや、もしかしたら石じゃなくって海老蔵という可能性も……ってうっわ!!」
くだらない冗談を言いながら、石を拾い上げるや否や、驚いてそれを放り投げる星畑。
「ど、どうしたの?」
「分からん!何かすっげえ感触キモかったから!マジで生き物だったんじゃね!」
二人で駆け寄り、星畑は再度驚愕することになる。反面、陽菜は真面目な顔でジッとそれを観察する。
「うっわ!キモ!マジでナニコレ!……何これぇ!!」
「……生首だ……何かの動物の………死骸だ………カワウソ?」
「マジじゃん………うわ~……グッロ……やだ~……これあれじゃね?ホレ、外来種の」
言葉は出てきていないが、星畑の指摘通りその生首は元々ヌートリアだった物体である。何やらよく分からない不潔な虫やらコケやらに覆われ、見るも無残な姿になっている。そして、その首の傷口はまるで何者かにえぐり取られたかのように荒々しい形状で損傷していた。
毎回、小説そのものよりもこのスペースが書くものに困ります。今回は特に書くことがありませんが、強いて言うなれば、川遊びは危険なので安全面に十分配慮して行ってくださいというおじさん臭いことしか言えません。あと、作中でもふわっと触れていましたが、魚や虫などならともかくヌートリアやアオダイショウを勝手に殺したり、捕まえたりすると法律に引っ掛かる可能性が出てきます。何より危険ですし、小説のマネはしないでくださいね(誰もせんでしょうが…)
それではまた次回お会いできることを楽しみにしております。