その②「そんなこたぁねえだろうよく見りゃわかるコト」
こんにちは。小説の第2話というのはどれだけ間隔をあけていいものなのか分かりませんが、一週間以内には書き終えられて良かったです。前回言った通りヒロインが登場します。声や性格はどうしようもありませんが、見た目に納得がいかない場合はご自由に頭の中で作り変えてください。
1
宇宙人と妙ちくりんな契約を結んだ黒川は、俄然やる気になっていたものの、宇宙人から告げられた第一のミッションは予期せぬものだった。
「仲間を作れ………それもキミのように地球で評価を受けていない業界の人間が相応しい。極端に見栄えが悪いやつと、私の星での知名度が高いやつはNGだ。それと………そうだな、歌手は論外だ。理想を言うなら肩書以外……年齢や性別にもバリエーションが欲しい」
「バリエーションって………仲間何人作るつもりなんすか」
「キミはまず敬語かため口かはっきりさせたらどうだ?まあどうでもいいが。仲間は君除いて5人以上が望ましいが、あんまり多すぎると困るのはキミらだ。ギャラは人数分で折半だからな」
「てことは………5人だな。あんま人数いても回せなそうだし……ていうか宇宙人の思う人間の眉目秀麗って、いわゆる美人と一緒なのか?ていうかオタクらって見た目どんな感じなの?」
「完全に一緒とは言わないが、よく似ている。美人か否かの価値観もよく似ているよ。見てくれに関してはキミ以下のものは受け付けないと思ってくれ」
「え!!」
「キミみたいな目つきが悪くて髪もぼさぼさの男、人気がなければ起用するわけないだろ?歯は磨いたのか?」
ちなみに契約を結んですぐ、黒川は今度こそ泥のように眠り、今は翌日の11時半である。
「なんでキミの視線をカメラ代わりにしているかよく考えてくれよ…………おい、あまりショックを受けるなよ、私が宇宙船から出すカメラがメインだからキミもしっかり映る!だから元気を出せ」
2
一見無理難題かのように思われたこのミッションだが、黒川には面白いほど当てはまる友人がいた。死ぬほどイケメンで、死にそうなほど売れていない業界人の切れ端のような男。星畑恒輝である。
善は急げ、黒川は早速アポを取ることにした。あいつは昼間、暇じゃないことの方が珍しい。ところが、今回はそのイレギュラーだったようだ。夜は黒川の方がアルバイト。今日のところは諦めるしかないようである。
バイトの時間になるまで黒川は歌でも歌って待つことにした。カメラを回さずに歌うのは久しぶりだ。いや、厳密にはフルで回しているのだが…………。
「……………本当にカメラ越しだと声が変わるんだな」
「これも……………放送したりするのか?」
「まぁ……いざという時には使えるかもな。使うにしても、放送開始は1ヶ月後だ。それまでは収入にならないだろう。逆に言えば1ヶ月で全ての準備を整えなければいけない。キミが目星をつけている星畑という男は、今回の件に協力するような男なのか?」
「俺とコンビを組むって言ってたのがマジだったら………まぁ、やってくれそうではある。唯一の懸念はあいつがお笑い芸人として正しい形で成り上がろうとする……かもしれないってことかな」
「だが、売れてないってことはつまらないってことなんじゃないのか?」
「俺もあいつのネタは見たことが無いんで知らないけど、なんていうか……やたらお笑いに関して意識が高いって、イメージがある」
という黒川だが、星畑と話していてそう感じたことはあまりない。ただ、星畑の中学時代からの同級生から聞いたエピソードが忘れられず、今もなお、笑いに高い意識を持っている男というイメージが固まっているのである。
中学生時代の星畑は、このころから芸人志望だったようで、常に冗談を言ってはクラスで注目を浴びていた。笑いも取るには取っていたが、それ以上に変人というイメージが強かったらしい。顔のみならず高身長という抜群のルックスを備えていても、誰一人彼に告白する女子はおろか、片思いをする女子もいなかったのだから、よっぽどの存在だったのだろう。
星畑が変人だというイメージは高2の頃から何かと一緒にいた黒川も十分知るところだった。今はともかく高校時代は星畑が横に居てまともな会話をした試しがない。見知らぬオババから何校か訪ねられ、「私立ポセイドン学園高等部です」と即答したこともあった。自分はともかく赤の他人にまでこの調子を貫き通すのは、かなり気恥ずかしく、その場から離れたくなる時も多々あった。
しかし高校時代の星畑は中学に比べると、随分大人しくなったようである。少なくとも、同中だった男曰く、高校時代の星畑は他の人間なら割と普通の受け答えもしていたという。黒川は気に入られていたからこそ、一緒にいるときは終始ふざけっぱなしだったようだ。何がそんなに気に入ってくれたのかは分からなかったが、ポセ学のボケに「高校生活打ち切られちゃう!!」と反応したのがよかったのだろうか。恥ずかしい瞬間もあったが、そう言われると悪い気はしない。
「高校時代は…」という不吉な言葉が添えられているあたりからも分かるように、中学時代は本当に狂ったようにふざけまくる痛マシーンだったのだろう。逸話は数あれど、黒川が最も印象的だったのが、奴が罰ゲームで、制服のベルトの代わりにライダーベルトを巻き付けて登校した事件である。罰ゲームと言っても友人間で行われた悪ふざけではなかったと同中は言う。当時の星畑は、自ら恥はかきたくないものの、クラスで注目は浴びたいお調子者たちの格好の玩具になっていたのである。
星畑はそんな奴らにいいように弄ばれて、そんな奇行に走ったのだと言う。ライダーベルトはブレザーで絶妙に隠され、何とかバレるかバレないかというチキンレースじみた展開だった。そんな折、体育教師が現れた。無論、古今東西の学校と同じで、キレたらおっかない存在である。ここで一切動揺することなく「コンチワー」と会釈して校舎に入ろうとする星畑は流石の肝っ玉だったが、校舎に入るというタイミングが非常にまずかった。星畑の中学は仏教校だからか、校舎に入る際は一礼をするという習わしがあった。信心深かろうがそうでなかろうが、決まりを守らせるのが教師の仕事である。
「星畑ー。一礼はどうした。一礼はー」
「うっす、すんません」(ペコリ カチッ)
ガシューン!!タイガアアアアアアアアクロオオオオオオオオゥゥゥバアアアドライブウウウウウ!!!!!!
ピキュンピキュンバババババババババビシュドキュンキュアキュアキュアドリュリュリュバシーン!!!
OK LET`S PARTY チャラ―ン♪
星畑は凄まじい剣幕の体育教師に引きずられるように連れていかれた。数分後、共犯者がいるという情報を他の生徒から入手した教師は、罰ゲームを吹っ掛け裏でニヤニヤ笑っていた仕掛け人の生徒も検挙した。最も星畑を玩具にしていた相手である。若干、気の毒だが、飼うにしては手が付けられない猛犬にちょっかいをかけ過ぎた報いを受けてしまったのだ。
二人はみっちり叱られたが、地獄はそれだけでは終わらなかった。その後、事の顛末を体育教師から聞いた担任が2人に新たなる罰を課したのである。それが、ホームルーム中にクラス全員の前で好きなだけふざけて笑わせて見せろという公開処刑だった。といっても地獄なのは一人だけ、当の星畑は願ってもない機会に胸を弾ませていたらしい。
クラスでは、ニヤニヤと好奇の視線を寄せるもの、元より二人のうち、どちらかが嫌いだったのか、ひどい野次をぶつけるもの、興味ないと言わんばかりに読書を続けるものなど、三者三様だったが、いずれにしろ、ネタをやるようなコンディションではない。にもかかわらず星畑はもう一人と打ち合わせを行っていた。
「俺がやることにお前は驚くリアクション取るだけでいい」
と、会場の空気も読まずにやる気満々の星畑に対し、もう一人の男は見るからに憔悴しきった顔をしていたという。そして遂に幕が上がる。
「えー……何気ない動作で乳首に目覚めてしまった上野動物園のチンパンジーやります」
そこから凄まじいパントマイムで乳首に目覚める星畑。あまりのバカバカしさに少しだけ温まる会場だったが、期待していたリアクションがない。チンパンジーのまま、相方をチェックする。
泣いていた。チンパンジーが性の喜びを知ってしまった横で、顔をくしゃくしゃにしながら泣いていたのである。流石にやり過ぎたと判断したのか、担任は慌ててストップをかけた。こうして星畑のショーは失敗に終わったのである。
黒川が驚いたのはその後だ。ホームルームの後、星畑は未だ、涙が引かぬ相手に強烈な飛び蹴りをお見舞いしたのである。今まで何をされても怒らず、ふざけを通してきた星畑が怒髪天つく勢いでキレていたのだ。
「てめえ!!泣いてんじゃねえよ!!何泣いてんだよ!なんだお前クラスを笑かしたかったんじゃねえのかよ!!ふざけんじゃねえ!クラスメート全員ドン引きだったじゃねえか!泣き止め!!マヌケ!!二度と俺にネタを振るんじゃねえ!!しょうもねえ!!糞ほどもしょうもねえ!!」
とまあ、そういう始末である。断っておくが、今では星畑もこれほどまでは尖ってないことだろう。確信は持てないが。それに同中の話にはひとつ間違った認識がある。話をし終えた同中に指摘したものと同じ文言を、今度は宇宙人に伝える。
「星畑は……馬鹿だけど、相手の悪意とか善意が分からない程、馬鹿ではないと思う。あいつがキレたのだって、自分をコケにしてまでクラスの人気者になろうとしてた奴が、星畑が思う最悪のタイミングでひよっちまったからキレたんだよ……きっと」
「フーン………まあ、キミが使えると踏んだのなら私が止める筋合いもないさ。これはドキュメンタリーなんだからな」
「どの口が……そういやずっと気になってんだけど、契約結ぶときってアンタの名前出しても大丈夫なの?」
「やめてくれと言いたいところだが、正直、言わずにスカウトするのは間違いなく不可能だろうな。お前が金を持っているようには見えないし、ぼやかしたり適当な嘘をついて騙すのも、ややこしくなるだけで要領を得ないだろう」
「やっぱ名前使ったらリスクだよな………それでも使うだろうけど」
「宇宙人の名前を使ったところで、私が口を割らなければ信じさせることも不可能だろう。昨日も言ったが、私は原則、カメラを仕掛けること以外で地球にかかわることは禁止されている。今後もアシストはキミへの脳波だけになる。契約を仕掛けた相手のみどこにいても脳波を伝えることができるからね」
「だが、当然、スカウトするための用意をしていないわけではない。そこの醤油さしを取ってくれ」
「醤油さし?」
黒川はちゃぶ台の上に据え置き状態になっている醤油さしを手に取る。もともと黒川が実家から持ってきていた備品であり、特別なものではない。
「それをONにしてくれ」
「ONって………注ぎ口を開けばいいのか?」
蓋をカチッと音がするまで回す。醤油さしの頭にある文字が「閉」から「開」に変わる。その瞬間。
「聞こえているかな?初めて聞く宇宙人の声はどんなものだい?黒川響」
「ぶええ!醤油さしがしゃべった!………ってスピーカー?」
「その通り。キミの家に行った際に付けたものだ」
「すげえけど………これが何の役に立つんだよ」
「これで私は脳波を使わずともキミらと会話できるようになったというわけさ」
「別に脳波でよくない?」
「それがだね、脳波を飛ばせるのは脳波を伝授する装置を付けたキミだけなんだよ。そしてこれは電子スピーカーや電子望遠カメラの電波に隠してどさくさに紛れて流しているものだ。あまり大人数に仕掛けすぎると脳波を傍受されて、接触がバレてしまうリスクになる」
「俺いつの間になんてもん付けられてんだよ。あの契約みたいなのいよいよ無意味だったんじゃ」
「あれはキミの神経につながなくてはいけないんだから全然別ものさ」
「わかんねえ…………宇宙の価値観分かんねえよ…………」
「これなら………まあ、リスクは最小限でできるだろう。有事の際以外は電源を切っておいてくれよ」
「つまり最終的な説得はそちらがやってくれるってこと?」
「ここは放送する予定のない部分だし、別にどっちでもいい。だが、私の出番は雇用内容を説明するときと、宇宙人がマジだってのを分からせる場合だけだ。キミは相手をやる気にさせたうえで明確にやると言わせるようにしてほしい。最悪、それさえできればあとはキミの時のように………」
「半強制的に契約できるってことか…………」
とはいえ、友達である星畑を騙すつもりは全くない。スカウトするときは全て真正面から受け応えようと思う黒川。イメージを重ねるうちにどうしようもないほどワクワクして、バイトにも満足に打ち込めなかった。
3
「………………しゃあせー!!」
「黒川さん…今お客様帰られたんですよ。何かボケーッとしてません?」
「ああー、ごめんごめん。で?俺今日は何したらいいんだっけ?」
黒川はもう3年間もこの古本チェーンで働いているが、言われたことしか仕事をしないため、真面目で積極的な後輩に次から次へとキャリアを抜かれていく。
「買取をお願いします。ヤバくなったらヘルプ呼んでください」
「あいよ」
言われた通り、買取をする査定待ちの客は3組いたものの、平日の夜に持ってくる量なんてたかが知れている。速やかに査定を終えた黒川だが、終わったと同時に新規の客がやってきてしまった。
「あのう…………これ、売っても大丈夫ですか?」
「はい!ありがとうございます!!CDですね?お預かりします。お待ちのお客様いらっしゃいませんので、10分ほどで終了いたします。こちらの番号札でお呼びしますので店内ご覧になってお待ちください!!」
オドオドとスローペースで喋る女性の客とは正反対に、矢継ぎ早に数100回は繰り返したであろうフレーズをつらつら喋る黒川。熟練の技で客を整理できたと思いきや、客は伸びた前髪から覗く目をジッと向けて何か口ごもっていた。態度のわりに、若干紫がかったボブ状の髪の毛から触手のように垂れ下がった薄ピンク色の髪が耳にかかっていて、目を引く派手な容姿をしている。
(こういう髪型……確かイヤリングカラーって言うんだっけ?にしても髪もだけどピアスもえぐいな…。なんか、何というか、ビジュアル系とか追っかけてそうな見た目だ)
「? あの……お客様?何か?」
今度は黒川も口ごもる。マニュアル以上の接客は苦手なのだ。
「え!? あ……すいません………そのぉ、え……………と。その、中身も見て欲しいです。CD、中もちゃんと確認してください…あの………お願いします!!」
叫ぶや否や、足早に去っていった。遠慮がちな態度の割には注文が多いな。まあ仕事だし、言われなくとも中身は確認するが……。
(おお……『孤独の太陽』だ。ド名盤じゃねえか。おっ!『家庭教師』。岡村君の!俺もスキスキ。たまの『さんだる』に『ロンバケ』もあるじゃん。これCDで買ってる奴初めて見た。しかし随分、見た目とは離れた趣味してんな。てっきり蜉蝣とか人間椅子でも出てくるのかと思ったぜ…俺も好きだけど)
とまあ、色々と余計なことを考えながら仕事をしていた黒川。そんな折、苦い思い出の一枚、井上陽水の『氷の世界』のCDをチェックしていると紙ジャケの隙間からぴらりと紙が落ちた。帯でも落としたかと拾ってみると、それは明らかに商品の付属品ではない折り紙で作った封筒だった。
《Dear歌い河チャンネル様へ》
「ぎゃっ!!」
封筒に書かれた言葉を見た黒川は思わず悲鳴を上げる。先程までのウキウキとした気分が一転する。何故か、反射的に黒川はポケットに封筒を突っ込んだ。悲鳴を聞きつけた後輩が駆け寄ってくる。
「どうしたんですか!?」
「何でもない何でもない!! あの~……………指切っちゃって」
「………CDでですか?」
「うん……ちょっと………傷洗ってくるから、ごめん買取やっといて!!」
黒川は叫ぶや否や、足早に去っていった。行先は手洗い場ではなく男子トイレの個室である。無論、やることは一つだ。
おそるおそる封筒を破ると、中から4つ折りになったルーズリーフが出てきた。そこには女子特有の丸みを帯びた文字がびっしりと埋め尽くされていた。
《歌い河チャンネル様へ》
お仕事中なのに急なお手紙を出してしまい、申し訳ございません。
動画ではお顔を隠されていますが、チャンネル主様ではないかと判断し、いてもたってもいられなくなってしまいました。身に覚えがなければ手紙を廃棄してください。
御多忙だと思われますので、手短に用件をお伝えします。
お仕事が終わったら向かいにあるコンビニに来てくださいませんか?
歌い河チャンネル様を応援したい一心でこんな行動をとってしまいました。
気持ち悪いと感じられたかもしれません。それでも来ていただけたら嬉しいです。
繰り返しですが、本当に心から応援しています。
P.S 少ないですが支援金をお送りします。こちらだけでもお納めください。
その気になれば10秒で読み終えてしまえる短文を、実に3分間もの時間をかけて何往復もした黒川。それでも尚、手紙の意味が理解できない。
(これって………………ファンレター……だよな?)
(でも………何で?文面的に中学の同級生ってわけではなさそうだし……)
(そもそも何で俺ってわかったんだよ!?顔隠してるのに!?)
(んでもって………支援金とやらはどこだよ?どこにもねえけど………)
(いや、そんなことよりも……)
「来てくださいませんって………会う?え、これ会いたいってこと?俺と?」
「なあ…………なあよ…………もしかして宇宙人だったりする?さっきの女の子」
「外で話しかけるなと言ったのはキミじゃないか。まあ有事だから仕方ないか……」
「答えはNOだ。あの娘、人間にしては良い音楽センスしてるな」
「……………何で俺だってわかったんだよ……もしかして星畑のドッキリか!?」
「それはないんじゃないか?私の見た限りでは嘘偽りはなさそうだぞ。それに持ってきたCDのラインナップだってキミへの愛に溢れてるじゃないか」
「『氷の世界』に入ってたのはたまたまだろ。きっと俺と同じで7.80年代の虜……なん……」
「どうした? 顔が青いぞ?」
「桑田さんの『月』、岡村ちゃんの『ロンシュー』、『君は天然色』、『さよなら人類』………全部俺が弾き語りで………動画で……歌ってた………」
「…………本当にキミへの愛に溢れてるんだな」
4
それからのバイトは本当に、全くと言っていいほど集中できず、ただただ早く家に帰ることばかりを考えていた。
「…………お疲れ様です」
「お疲れ様ー。黒川くん、今日大丈夫?元気ないよ?」
店長が店を閉めながら尋ねる。後輩が黒川よりも先に答えを返す。
「黒川さん、途中までは何か浮かれてるっぽかったですけど指切ってから急に暗くなったんですよ」
「………別に、大丈夫っすよ……ちょっとね、破傷風が怖くて……」
「ここ埃多いもんねー……それはそうとさ、休憩の時、コンビニでやたらかわいい子見かけたんだよ」
「あー。それ黒川さんの指をぶった切ったCD持ってきたお客さんでしょ?……確かに美人ですけど、髪の色紫ってどうなんすかねえ?……それになんかすっげえ睨んできた気がするし」
(奴だ!)………と、黒川は内心身構える。……美人だっただろうか?確かにそう言われればそんな気もしてくる。
「その人ねえ。僕がコンビニ行った時もイートインにいましたよ」
「見間違いじゃないの? 俺と休憩2時間くらい離れてたじゃない」
「あの見た目で人間違いしませんよ。ほんと何考えてんすかねえ。あの手の女って気味悪くないですか?」
「仮にも客にそんなこと言うもんじゃないよ」
とてもそんな義理があるとは思えないが、後輩の気味悪い発言を聞き、黒川は何故か無性にむかついた。ついさっきまで自分も「気味が悪い」とさほど遠くない感情を抱いていたくせに。
店を締め終わり、そそくさとコンビニとは逆方向に行こうとする黒川。脳内で慌てたような声が響く。
「もしかして………行かないつもりじゃないだろうな」
「………………外で声かけんなって言っただろ」
「さっきはそっちから喋りかけてきたくせに………おい、こんな撮れ高逃す手は無いだろ」
「まだ放送期間じゃないんだろ……」
「それはそれさ。おい、頼むよ。騙されたと思って、な?」
「あの娘、キミの同僚が言う通り、かなりの美人だったぞ。それに何より歌手もどきの癖にファンを放置するのか? キミを応援してくれたファンだぞ?ついさっき自分で確認していたじゃないか」
そう。黒川は休憩時間中、コンビニにこそ行けなかったが、代わりに改めて自分のチャンネルを確認してみた。何か個人情報を特定されるようなものがないか確認するためである。全てのバックナンバーを見ても、それらしいものは確認できなかったが、代わりに全ての動画に等しくコメントが入っていた。例の玩具にされた動画以外はそれぞれ唯一のコメントである。
☆Rin(1か月前)「桑田さんの歌をここまでサイケにアレンジされるなんて!脱帽です‼」b0
☆Rin(1か月前)「フォークは今まで聞いてこなかったんですが、凄く優しい歌詞ですね‼」b0
☆Rin(1か月前)「歌い河さんだと何気ないフレーズも耳から離れなくなっちゃいます(笑)」b0
このコメントを見たとき、黒川はものすごく合点がいった。攻めていると思ったのだ、自分の、不協和音のような声色が。確かにそういう奇妙な電波ソングもあるっちゃある。この娘はきっと本気で自分に聞き惚れてくれているのだ。だからこそ会えない。自分は狙ってそんな音を出しているわけじゃない。
「もどきだからこそ、趣味の範囲で居たいんだよ……重めのファン何ぞまっぴらだ」
「嘘つけ。涙を流すほど喜んでいたくせに」
事実、休憩室で黒川は感涙していた。本当に、意図せず目からほろりと雫が垂れたのである。宇宙人に愛されていると知った時には全く起こらなかった事態に黒川自身戸惑っていた。
「あの涙は………多分、気の迷いだよ。冷静に考えりゃあのひどい音痴が最高なんざ、煽り以外の何者でもねえ」
「………キミの言い分はもっともだ。だが、手紙を見たときにキミが感じていた警戒心はかなり薄れているんだろう?自分でも気づいてるんじゃないのか?」
「………………………………………」
「それなら……会って一言くらい声をかけてやれ。あのままずっとコンビニで待たせるのか?」
「…………………そうだな」
黒川は踵を返し、コンビニへと走った。途中「これで誰もいなかったらお笑い草だな」という野次が聞こえた気がするが、無視して走った。第一声なんて声をかければいいかを考えるので黒川は忙しかったのだ。
候補①「チャンネル登録ありがとう!」
(駄目だ……なんかダサい)
候補②「待たせちゃってごめんね!」
(駄目だ……なんかキモい)
候補③「いや~びっくりしたよぉ」
(駄目だ……なんかウザい)
言葉が浮かばないというより、女子に声をかける自分が信じられないくらい想像できない黒川だった。
(中学の時と変わったなあ……俺)
とにもかくにもコンビニに着いた黒川は、息を切らしながら店内を見渡した。勝手を知ったコンビニのはずだったが、初めて来たような心細さで、どこがイートインだったのかも思い出せない。が、何とイートインには誰もいなかった。誰もいなかった。繰り返すが、誰一人としていなかった。
事態が受け止められず、暫く呆然と空席のイートインを見つめているとカップ酒とさきイカを握りしめたおっさんがフラフラと腰を掛けた。おっさんの一人晩酌を見つめながらとてつもなく惨めな気分に浸っていると、後ろから澄んだか細い声がかかってきた。
「あ、あのっ!」
「「はいっ!」」
慌てて振り返り、返事をする黒川とおっさん。奇跡というくらい見事なシンクロだったが、慌てて恥ずかしそうに目を逸らすおっさんと固まる黒川は非常に対照的だった。
「す、すいません。イートインに居座るのは、あんまり、ながいことは、ええと、駄目だったみたいで………お外で待ってたんです………」
「あ、ああ~、そうなんだ。へ、へーぇ……あの待たせてごめんね?」
「い、いえ!その、全然!!こちらこそ、その~急な、というか変なことしちゃってごめんなさい」
「いや、いや、その確かにびっくりはしたけど、それ以上にうん!嬉しかったから、その、チャンネル登録までしてくれて!ありがとうというか、励まされたというか……」
その後、何とかして喋るところを見繕おうとしたが、コンビニは勿論これ以上はいれないし、かといってこんな時間帯だと空いている店も一軒もなかった。閉店は23時。なんやかんやあって今はすっかり日付が変わってしまっている。二人はあてもなくただ夜道を歩いていた。
春先とはいえ、まだまだ夜は冷える。薄着のファッションとも相まって非常に寒そうな少女を外に居させるのはあまりにも酷だった。自分のアパートなら、まあ風はしのげるだろうが。
(誘ってもいいものなんだろうか……こんな少女を……というか改めて見たら滅茶苦茶可愛いなおい!テンパりすぎて没にした候補コンプリートしちゃったし、こんなキモいやつが家誘ったら事案だよな……って何より普通に犯罪だろ!見た目的に……派手だけどまだ未成年だろ?)
「あの……大丈夫なの? そのこんな夜中に外出して……」
「へっ!?あっ……はい!大丈夫です。下宿暮らしなので!!」
「え!?ひょっとして大学生?」
「あ……はい!その……大学の2回です……19です」
(1コ下!!)「あ、そーなんだ。じゃあちょっと遠いけど駅前の居酒屋にでも……」
「あ、あ………その、すいません。今全然、お金なくて、その、一文無しで……」
「いいよ、奢るから。ていうか一文無しって………」
「あ、う……いいんです、気にしないでください、奢ってもらうなんてとんでもありません!」
「その………応援したいって……励ませられたらって……思っただけなんです。 本当に……」
「…………………励ます?」
「う………え、はい、あの、動画で、たくさん、ひどいこと……コメント……」
「あ!あー!はい!はいはい!『氷の世界』ね!」
「そう!それです!あんな……何にも分かってないくせに……ひどいこと……許せない」
(残念ながら、誰もあの声の真相は分かってないんだよなぁ)
「それで……俺を励まそうとしてくれたのか……そういや何で俺ってわかったの?」
事のほか、ナチュラルに聞くことができた。顔隠してたはずだけどと続けると少女は消え入りそうな声で呻く。
「それは……その~、、引かないで欲しいんですけど…………服です。服の、ローテ―ションっていうかが、同じで、動画の挙げた曜日に着てたのと、同じっていうか、ずっともしかしたらって思ってたんです。確証はないけど……背丈もあってるし、毎日、自転車で通る人だって思って、こんな近くに住んでるなんて……嬉しくて、舞い上がっちゃって………」
「服か……確かに俺、3着くらいの組み合わせを繰り返してるだけだもんなぁ……」
「へ………えへへへ」
照れくさそうに少女が笑う。
(ヤバい……マジで可愛く見えてきた)
(背も低いけど、顔もなんていうか幼い感じするもんな……今どきの娘っていうか……一部大人顔負けの部位もあるけど……キモ!キモいな、俺!駄目だ、他の事考えよう!)
「え~っと……CD売ったお金は?あれ結構したでしょ?」
「あ、あれは、全部……返してもらいました。大切な、グッズですし」
(グッズて………)「へ~、そうなんだー、俺さあ手紙もらったのでびっくりしちゃって、買取の途中でトイレ行っちゃったんだよね」
「あ……はい、最後は違う人でした。フフフッ」
また、花が咲いたように笑う少女。そういえば何て名前なんだろう?聞くにも聞き出せずしばし沈黙。
「その………あ、あ、えとぉ……ホントに、ただ、初めて聞いた時、黒川さんの歌………」
「あれ? 俺、名前言ったっけ?」
「あふぇあ!! ち、違います。そういうんじゃないです!! バイト先で………名前……名札で……」
「あ!あー!名札ね!うん、はいはいはい………そういえば名前なんて言うの?」
(聞いたった!聞いたったでぇ!)
「あ………須田です………須田凛っていいます。スダーリンって呼んでください……えへへへ」
「いや……それはちょっと……凛ちゃんとかで勘弁してください」(どさくさに紛れて下の名で呼ぶ男)
「あ………はい、それで……お願いします………すいません」
「……………『虫』いいよね……」
「!!……知ってるんですか!? スターリン! ヤバい!初めてです!知ってる方リアルで逢うの!」
今までの特徴から察するにもしやと、パンクロックバンド「THESTALIN」の話を振ってみたが大正解だった。凛は今までとは比較にならない程の喰いつきを見せ、そこからはひたすらに各々の好きな音楽の話をして盛り上がった。
5
習慣というのは恐ろしいもので、本当に何の打算もなくただ無意識に歩いていた黒川だが、足取りは自然に、自宅へと向かっていた。凛も何一つ気にすることなく付いてくる。このことに黒川が気づいたのは、あと3分も歩けば帰宅できてしまうほど自宅に近づいてからである。
(どうしよ?……つっても……これ以上、凛ちゃんが俺に話すことなんかないよな?なんか普通にバンドの話してたし……俺は俺であの不協和音がアレンジでも何でもないこと伝えなきゃだし)
正直、今まであった誰よりも音楽の話題で盛り上がっている。もともと人付き合いの薄い黒川ではあったが、会話がここまで弾んだ相手は大学以降、本当に星畑ぐらいなものだった。おまけにその相手というのが見栄えのいい年下女子なのだ。黒川は必死に正当な言い訳を考えているが、このまま別れるのは名残惜しいというのが彼の本音である。無論、肉体的関係を築こうなどと積極的になるほど攻撃的な性分でもなければ、棚ぼたでの性行為を期待する程下世話な男でもない。ただ、本当にピュアな、お気に入りの親戚のおじさんが実家から帰るのをごねる少年のような純粋な気持ちで彼女との別れを惜しんでいた。
(しかし、いくら1つだけとはいえ、年下の子をなあ。この子もまさか俺が家まで向かってるとは思わんだろうし………そう考えると、この娘、いったいどうするつもりで今歩いてんだろ?)
「あのさ……凛ちゃんは、その、こんな夜中まで出歩いてて大丈夫?ってさっきも聞いたか」
「はい!あ………すいません……ご迷惑でしたか?」
「いや! 俺は全然いいんだけど……その、家この近所なんだよね?」
「え、え、あ、はい!近くです。駅で3つほど……」
「遠!!………え、あ、そうなの!?じゃあどうすんの?もう終電ないよ!?」
「えあ、あ、あ!終電!忘れてた!あ、どうしよ、どうしよっかな。へ、へへへ忘れてました」
「………自転車貸そうか?」
「いえ、そんな……………いいんです。もともと夜型人間ですし!その、歩いて帰れます!そもそも電車賃もないんでした!」
「……なんでそんなに懐が寒いの。ああでも、夜道も危ないし、何より寒いでしょ、さっきから震えてるよ?」
「へへ、えへへへ、文字通り……素寒貧です。へへへっへへっへ」
「イヤ、んな冗談じゃなくマジで寒そうなんだけど……」
「大丈夫です。全然!このTシャツ実は……えへへ、へ火属性なんです。火、フィ、べくちゅ!!」
「ああ! 大丈夫!?」
くしゃみと共にブバッと飛び出した鼻水が火属性のTシャツにかかる。あんまり見てはいけない場面だと目を逸らす。黒地のTシャツには目がバツ印の髑髏マークと共に赤い文字で「Voodoo Child」と書いてある。それは普段、黒川が繁華街を歩いている時「こんなもん買う奴いるんかいな」とぼやいているものと雰囲気が似ていた。ジミヘンは火というより闇属性だなと思う黒川だが、また話がそれてしまいそうなので黙っておくことにした。
「すいません、お見苦しいところを………」
「いいんだよ、俺なんかにそんな気ぃ使わなくても………普通に友達って思ってくれたら……」
今までの流れですっかり心を許している黒川である。今、目の前で例の後輩が例の批評を言おうものなら、それこそ誰かさんのような飛び蹴りをお見舞いしているかもしれない。
「友達なんて、そんな、お気持ちはすごく嬉しいですけど……そんな、ホントに!」
「いいんだよ、俺なんて。歌をほめてくれたのは嬉しかったし、自分の歌にも自信はあるっちゃあるけど(敢えてぼかしているが一応本心)正直、俺はあんまり、まだ、歌では持ち上げられたくないんだよ………いや、勿論。褒めてくれてめっちゃ嬉しかった!!動画投稿は正直出しゃばったって思ってたけどやってよかったって初めて思えた! ネットの玩具にされたのも割とショックだったし、励ましてくれて嬉しかった!!でもホント!応援してくれて、コメントくれて、こうやってつまんない話につきあってくれるだけで十分だから!!有難すぎるくらいだから!だからホント、あんま重く受け止めないで、あの声だってまだ試作段階みたいなもんだし(重要)本当に………お金なんてくれなくていいから、支援金なんて…………ただでさえお金全然ないんでしょ?」
黒川が語るにつれて今にも泣きそうな顔になる凛だったが、支援金の下りで、急にきょとんとした表情になる。
「あれ?お金受け取っていただいてないんですか?」
「え?もう渡してるの?支援金?」
「はい………あれ? 手紙……書いて……あれ?」
「イヤ、確かに文面的に入ってなきゃおかしい感じだったけど……」
(『Dear歌い河チャンネル様へ』って迷文もあったし、単純に文章力無いんだと思ってた………)
「え、でも…………入ってなかったよ? 封筒の中に」
「はい、入らなかったので、大きいCDに入れたんです。サザンのベストの『HAPPY』のボックスに……」
「あ、あれ!しまった俺それ後回しにしちゃった!!」
「えええええ!!!!た、た、た、大変だぁ!……どうしようどうしよう。私の……熱い思いがあ!」
深夜にもかかわらず、驚異の大絶叫をする凛。「熱い思いって…」と少し引く黒川だったが、半分は面倒な大物を後に回すこの男の不精癖に責任がある。もう半分は言わずもがな、よりにもよって現金をそんな回りくどい方法で渡そうとする凛の責任である。
「お金はもっと慎重に扱わないと…………」
「すいませんすいませんすいません!! その、会ってもらえないかもしれなかったし、お金は絶対受け取って欲しかったし………」
「ちなみにいくらくらい?」
「10万円です……」
「もっと慎重に扱えよ!!」
「ひぃぃぃ!! すいませんんんん!!」
(というか俺はあやうく10万円をもらい逃げする男になるところだったのか……声かけてよかった)
「………まあ、騒動になってないってことは、後輩も気づいてないってことだし、明日にでも俺がとってくるよ……だから、まあ、とりあえず、ここで騒ぐのもなんだから、俺ん家入って、ほら泣かないで」
「ヒッグ、ヒッグ、ブブウ……ズビバゼン!ご迷惑ばっかりおかけして……て、ええ!聖地!気が付けば聖地来てたぁ!!」
「あんま大声出さないで!! とりあえず入ってほら!!」
あれだけ苦心していた家に入れるか否か問題をすんなり突破してしまった黒川。何はともあれ、どうやら一言で終わる関係ではなくなったようである。
6
黒川が歌声の他に誇れること、それは部屋の清潔度だった。大量のマンガと大量のCD、レコードなどで中々部屋の整理は難しかったが、それでもなお黒川は美しい部屋を維持し続けた。もっとも流石に家具にまで手を回せるほど金の工面ができているわけではなく、どれだけ清潔でも貧乏学生の部屋っぽさは抜けきらないのだが。少なくとも、部屋に訪れた女子は嫌な顔することなくすんなり身を休めてくれた。しかし、こと彼女に関しては、部屋の清潔感なんてどうでもよかったかもしれない。
「わあああ!これ、全部CDですか!?こっちはレコード!アハハ!ひゃああ、人間椅子のイカ天レーベルCDだあ!これプレミアついて高いんですよね!?」
「うん、うん、そこはあの~、ロックとかパンクとか集めたやつ。ああ、そっちはポップス。そこ?ああ、そこは………」
とまあ、再び音楽の話でもちきりになる。かと思えば、今度はクローゼットの中、少ない衣服の代わりに詰め込まれた大量のマンガが発掘され、再び大盛り上がり。黒川にとって、信じられないくらい楽しいひと時が始まった。
「すげえなあ~。いや、ほんとすげえ。今まで生きてきて御茶漬海苔の話なんてしたことなかったもん」
「いやいや!私はホント全然素人で!普通に知らない漫画だらけですし。でも全部面白そう!これ、読んでみていいですか?」
「い~よ!い~よ! あ、どうせだし、ちょっと音楽もかけちゃおっか、なんか聞きたいのある?」
「わ~どうしよう! 折角ですしレコードがいいです!曲は決めきれないなぁ……お、お任せとか?」
「じゃあ、深夜に死ぬほど似つかわしくないラウドネスいこう! 『クレイジードクター』聞こう!」
「深夜にあのギターソロは背徳ですねぇ!」
ノれる音楽(ただしヴォリューム控えめ)にカワイイ女子、しかも自宅というシチュレーションは今までもこれからも童貞として生きていく予定だった黒川には刺激の強いものだった。そんなことはいちいち我に返らなくても、自覚してそうなものだが、やっぱり気が合う間柄というものはそんな性別の垣根も超えてしまうようである。黒川が急に凛を異性として意識しなおすのは、予期せぬ第三者が乱入してからの事だった。マンガを読んで一喜一憂する彼女を背後霊のようにニヤニヤと見つめているところに星畑がやって来たのである。うっかり鍵を開けっぱなしにしていた扉を開け、星畑が部屋に入り、凛と黒川を交互に見つめるや否や、すぐに「失礼しやしたー」と部屋を飛び出した。慌てて黒川が後を追う。
「待て待て待て待て!! 違う違うから! そういうんじゃないって!!」
「噓こけ!! 肩妊娠させる勢いで近づいてたじゃねえか!!」
「頼むからでかい声で妊娠とか言わないでくれ! ホントそういうんじゃねえから……そもそも何しに来たんだよ?」
「昼会えなかったから来たんだよ。どうせお前まだ起きてると思って……でも、まあ、お邪魔みたいだしな………」
「邪魔じゃねえよ、いや正直邪魔だけど、あそこまで行かれたらもう帰さねえよ!」
「分かってるから、大体の事は。 どんだけ付き合いあると思ってんだ」
「星畑……」
言いながら星畑が財布から何かを取り出す。コンドームだった。黒のマジックで「君が好キン♡」と書いてある。
「………使え」
「なんも分かってねえじゃねえか!!」
「……まあ、真面目な話。大方の事情は分かるよ」
「……星畑、お前普段あんなコンドーム使ってんのか?」
「お前、人が真面目な話しようとしてんだからよ……。あれだろ、あの娘、俺のファンだろ?」
「真面目な話しろや!!」
「いや! マジで!マジで! 出待ちとかしてくれてる娘なんだって!なんだお前、知らなかったのかよ。てことは普通に知り合いか? 世界狭いなおい」
「……………マジで?」
(もしかして、いやもしかしなくても、確かに地下芸人を追っかけてそうではある。そうか、そうだよな。俺だってサザンを愛する一方で、伊藤潤二先生に永遠の忠誠を誓ってるし)
などと、黒川が考えていると、これほどまでにない絶妙なタイミングで凛がおそるおそる二人の間に入って来た。
「あの………もしかして、星君ですか? わああ……もしかしなくても星君だ。え、え、え、何で?」
(星君!?)
「あの……お二人ってどうゆうご関係……………なんですか?」
(それはこっちのセリフだよ!!)
「え、普通に高校ん時の友達っていうか……」
「昔こいつ(黒川)が突然『お前は面白いのか?』って聞いてきてそれを俺が『面白いよ』って返してからのズットモだぜ」
「それはランジャタイの結成理由だろうが……こんな時にまで大ボケかますんじゃねえよ」
「ファンを前にして、ボケねえ芸人がどこにいるというんだね」
言いながら「ここ?」と黒川の襟を引っ張る。そんな二人のやりとりをクスクスと笑いながら凛が眺めている。本当に星畑の事が好きなんだな。こいつもちゃんと芸人らしいことやってたんだと黒川は考える。そういえばこいつをスカウトしようとしてたんだっけ。
改めて、3人で部屋に戻る。何があってもアルコールだけは入れないと誓っていた黒川だが、星畑が持ってきたビールを大いに空けてしまった。勿論、凛には飲ませていないつもりだが、入ってるんじゃないかというくらい彼女は陽気になっていた。その陽気が酒ではなく、星畑の参入によるものであると気づいた黒川は少し、複雑な気持ちになった。しかしアルコールがそんな陰気な気持ちを吹っ飛ばした。結果として3人はもう丑三つ時であることも忘れ、大いに喋りあかした。
夜明け前になるころには、凛はすうすうと寝息を立てていた。男が使っている毛布を女性にかけていいものか悩んでいる黒川を星畑がじっと見つめる。
「星君ってのは、俺の芸人としての仇名みたいなもんだよ。先輩は星って呼んでるし、ファンも星ちゃんか星君のどっちかだ。浜ちゃん、まッちゃん、ホトちゃん、のんちゃんみたいなもんだよ」
「………なんだよ急に」
「さっき気にしてただろ? 俺がやたら気安い呼び名で呼ばれてること」
「別にぃ……………凛ちゃんはいつから、お前のファンだったんだ?」
「知らん。 でも寄席にはちょろちょろ来てたぜ。いっつも最前列」
「それより、お前の方が驚きだわ。服装だけで特定するなんざ生半可なファンじゃねえだろ」
「まあ、それはそうかもだけど……でも」
「分かってるって……いい娘だと思うよ? いや、全然歳離れてねえんだけどさ」
「だよな!!お前もそう思うよな!でも、まあ、かなり変っていうか、危なっかしいけど……」
「俺もこれ返しそびれちまったぜ」
と言いながら星畑がポケットから封筒を出す。これが何なのかは想像に難くなかった。
「お前ももらったんだな……」
「もらってねえよ、これから返すんだから………もしかして~お前~受け取ったのか~?」
「受け取ってねえよ。てかまだその10万円拝んですらねえし」
「どゆこと?」
黒川が支援金事件について話すと、星畑は手を打って大笑いした。
「バカだな! 馬鹿だな~! もうそれパクられてるぜ絶対!!」
「アホ。うちのバイト先だぞ。 それこそ大問題じゃねえか」
星畑はその端正な顔が崩れる程、笑った。酒が入るとゲラになる。
「ていうか星君、星ちゃんって……そんな呼び方にバリエーション出るくらいファンいんのかお前」
「いたぜー。コンビ組んでたころは結構!やっぱ見栄えがいいからな女性ファンはつきやすいぜ」
「自分で言うな」
「でも、下ネタばっか言ってたら気が付けばファンは0人だ」
「封印しろよ。お前の下ネタ、R-指定入るくらいにはきついんだから」
「仕方ねえじゃん。コンビ名、大破廉恥だったんだから……そん時にひょっこりいたのがこの娘だったよ。といっても最初は単にライブが好きなだけの娘って感じだったけど」
「今日の昼にあった寄席で………初めて、ネタの感想だけじゃなくて手紙と金渡してくれたんだよ」
「へー………」
黒川は何となく面白くない。勿論星畑にファンがいたことは素直に嬉しいし、今更凛の好意を薄っぺらいものだなんて考えない。ただ、それでも何となく同じ日に2人の男に手紙と金を渡しているというのは快い話ではなかった。黒川はすぐに醜いやきもちだと気持ちを切り替える。そして自分には大きな使命があったことを思い出す。酒こそ入っているが、今は割とグッドなロケーションなのではないだろうか。
「星畑はさ………やっぱ、芸人としてヒットしたいとか考えてんの?」
「それ考えなくなっちまったら……芸人じゃないだろ」
「だよな……」と、とりあえず相槌を打つものの次の言葉が出てこない。しばし沈黙。
「なんだよ。 俺とコンビでも組みたくなったのか?」
「半分そうだよ」
冗談めかして言う星畑は、相も変わらず冗談とは分かりづらい真顔だったが、黒川もいつものツッコミではなく真顔で返す。黒川の真顔はいたって真剣の証である。
「マジで……? そりゃなんて心変わりだよ。てか半分って何?」
「厳密には心変わりじゃねえ。正直、お前の提案にはずっと惹かれてた。半分てのは別にお笑い芸人にはならねえってこと」
そして遂に黒川は例の話を切り出す。当たり前だが、宇宙人の下りで大いに話が躓く。
「急にSFかよ!? 混乱するから、もっとうまいこと説明してくれ!!」
「そりゃ冗談だと思うだろうけど……マジなんだって! いや、なんか現実には干渉できな………」
「馬鹿!! お前が冗談でこんなこと言うタイプじゃねえってことは知ってんだよ! 宇宙人はとっくに信じてるから、もっと丁寧に順序だてて話せ!」
「まあ早い話が、宇宙人が人間の事をドキュメンタリーみたいな感じで観察するみたいなテレビ撮るんだと。 俺はそれのカメラマン兼出演者なんだよ」
「で、さっきの説明から察するにそれのメンバーっちゅうのがもっと必要なんだな」
「そうそう! それで……よかったら「やる」お前もどうか……へ?」
「やる」
「イヤ、やるって……いや、嬉しいけど、そんな軽く決めたらだめなことだろ?」
「駄目なことなのか?」
「話聞いてる限りお前も死ぬほど軽く決めてるじゃねえか?何?ひょっとして志望動機とかいるわけ?……宇宙人に見られて生活するとかすげえ面白そうだと思ったから……とかでどうだ?」
その時、脳内に御無沙汰な声が響く。
「よくやった言質とったぞ。すぐに手続きできる」
慌てて黒川は空に向かってちょっと待てのジェスチャーをする。
「? なんだそれ、宇宙人へのサインか?」
「そうだよ。 宇宙人がお前を歓迎してんの」
「へー。 俺も宇宙人と喋りたいんだけど」
「凛ちゃんがいるからまだ駄目………それにまだ一番肝心なこと言ってねえし」
「何? 宇宙人の事は他言無用ってか? フリーメイソンに狙われるとか?」
「いや、まあ、確かに………誰かに話したら駄目だけど、そんな都合よく宇宙人を信じる人なんざいないと思うよ? それよりも、単純に日常を盗撮するってわけじゃねえのが問題なの」
「宇宙人があらかじめ決めたシナリオ通りの行動をとらねえとダメなんだよ」
「それでドキュメンタリー名乗んのはヤラセだろうがよ」
「するんだよ……ヤラセを。 といっても向こうはこっちに対して命令と金の支給以外何もしないんだろうし……かなり投げっぱなしなんだろうけど」
「そういや金はどうやって送ってくるんだよ。 そもそもこっちの金持ってんのか?」
「さあ俺も分からん どうなんだろうな?」
ここで疑問を投げた相手は当然、星畑ではなく、宇宙船で見ているらしい宇宙人である。
「キミとは脳内にも通信ができるようにしてある。これはキミの考えを読めたり、キミを操れたりできる程高度なものではないが、キミが睡眠時にだけこちらから情報を送ることができる。そこで支給額を伝える。キミはそれを財布の中にある緑色のキャッシュカードで引き出してくれたらOKだ。パスワードは5963だ」
「ゴクローサンて……盗まれたら一巻の終わりだな。 ていうか日本の金持ってるんだな」
「持ってるわけじゃない。こちらの金をそちらの金にトレードしているだけだ。まあ、ざっくばらんに言えば100%バレることのない偽札だ」
「俺、気が付けば地球も宇宙も股にかける犯罪者になっちまったんだな……」
「心配するな。 どうせ経済が転覆するような金が入ることはない」
「なあ、なあってばよ……今、もしかしてなんか会話してんのか? 股に何をかけるんだよ?」
「わざと変な言い方すんな! 支給はされるってよ。俺に。それを折半するってことだ」
「いざってときは俺、偽札ってこと知らねえ体で行くからな」
「割と話読み込めてるじゃねえか!」
「いざなんてないさ。 宇宙を舐めるな」
「………そういや、宇宙人の名前ってなんていうの?」
「正式名称、すげー長いんだってよ。3行以上の文章が読めないZ世代には理解できないぜ」
「じゃあ頭文字は?」
「Uだな……なるほど略称があったのか、こりゃ一本取られた」
「Uだって、一本取られたって言ってるよ」
「Uね………胡散臭いのU。 U星人だな」
「確かに宇宙人て呼ぶのなんか違和感あったんだよな」
「呼ばれる方はもっと違和感があったぞ……なるほどね……星人は余計だからUと呼んでくれ」
「Uって呼んでって」
「なんかイメージより感性豊かだな宇宙人……まあ面白さの為にやらせ働いてる時点でお察しか」
「で、やるの?」
「やる。 『トゥルーマンショー』の全く逆ヴァージョンだと思えば、割と楽しそうじゃん」
「芸人はどうすんの?」
「お前も大学続けるんだろ? やるに決まってるぜ。 ただ、ホストはやめる」
「俺もバイトどうしよっかなー……どんだけ忙しくなるかもわからないんだもんな~」
信じられないくらいすんなりと決まった。宇宙人を簡単に捉えすぎてやしないか不安になるが、やる気になってもらうのはありがたい。
「でも契約って何をどうするんだよ?」
「さあ?」
「厳密にはキミ以外とは契約なんて結ばない。ただ、星畑のやるという肉声が欲しかっただけだ」
「それ何の意味があんの?」
「いざという時、あくまで合意だったという証拠にする。 まあ、順当にいけば必要のない物さ」
「それだけだったのかよ……」
「……宇宙人との契約って何するんだ? 互いのケツ穴舐め合うとか?」
とにかく、一人目の仲間ができた黒川だが、彼はある程度勧誘の目処が立っていた唯一の持ち駒である。チームに必要なのはあと、4人。それを全くのゼロから探さなくてはいけない。といってもそれを真剣に考えているのは黒川だけ。星畑は特に何も考えていないし、U星人は既に3人目の目星をつけていたのである。
書きやすいようにと主人公の趣味を自分に寄せすぎたのが仇になって、ヒロインに褒め殺しさせるのが照れくさくて仕方ありませんでした。しかしこれが小説を書くという事なのだと割り切ってこれからも理想の甘々ヒロインを作り上げていきたいと思います。
それでは、次回またお会いできることを心から楽しみにしています。