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この甘くない世界でこれからやっていくわけなんだけど  作者: 破廉恥
エンドレス・ラーメン・ヌードル
18/60

その②「わたしはわたしのラーメンたべるコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆不老不死になったらひたすら本を集めてでっかいマイ図書館を作る。


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆不老不死になったらアマゾン川で100年暮らしてみる。


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆不老不死になったらこの世にある全ての楽器を演奏できるようにする。


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

☆時々、自分は不老不死なのではないかと本気で思う時がある。


天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆不老不死になったら、取り合えずもう一度スタントマンに戻る。


岩下陽菜いわした ひな 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生

女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。

☆不老不死になったら、家族もなれないか一生懸命努力する。


こんにちは。今回でラーメン編が終わるわけですが、この話ぶっちゃけ第一回にふさわしいかどうかが分かりません。準備してる時が一番面白かったみたいな、そんな文化祭みたいなことにならないよう細心の注意を持って作品と向き合っていきたいですね。

                      1


「おい!…………おい!姫月!! 姫月!やめろって!! 頼むから!!」


「……………………………………」(ブンっ!)


「おうっ!!」


 いつぞやATMに対し見せていた鋭い視線と沈黙の状態でラーメン「大黒」に向かっていく姫月を全力で止める黒川だったが、彼女の手に触れた瞬間、猛烈な裏拳をお見舞いされてしまった。

 

 さかのぼること10分前、事の事情を自分の口から説明するのがあまりにもおっかなかった黒川は状況説明の任をUに丸投げし、姫月に醤油さし(中身はもう空)を渡して東河原駅のトイレに押し込んだ。事の事情とは言うまでもなく、まだ仕事が終わっていないという現状と、終わらせるためにはすっかりへそを曲げている見ず知らずのおっさんをやる気にさせなければいけないという現実である。

 

 姫月がトイレで(おそらく)Uと口論をしている間、黒川は心優しい陽菜ちゃん(イージーモード)に説明を済ませていた。その陽菜ですら「そんなの私たちにできっこないよ」と不満をあらわにしていたのだから、姫月の怒りはなおさらだろう。しばらくしてトイレから出てきた姫月は、例の顔でスタスタとこちらには一瞥もくれずにどこかに行ってしまう。しばらく名前を呼びながら追いかけて、ようやく彼女の口から「締め上げてでもあいつにラーメンをゆでさせる」という少年向けグルメ漫画かのようなセリフが飛び出し、一先ず仕事に対する意欲は失っていないことを伝えてくれた。安心してとりあえず後を追う2人だったが、店の前まで来た姫月がポケットから四つ折りにした紙を取り出したのを見て、絶句する。紙には「精神誠意営業中!」と書いてあったのである。無論、いつのまにか姫月が用意したフェイクの貼り紙だ。そして有無も言わさず貼りつけようとするのを止めようとして、殴り飛ばされ、現在に至る。


「エミちゃん!!暴力はダメ!」


「……………………………」


「…………エミちゃん……何でさっきから何にも言ってくれないの?」


「こいつ……苛立ちがピークに達すると何も言わなくなるんだな……」


「あのままだと……大黒さんのお店にまた、迷惑かけちゃうよ……迷惑かけたら嫌われていよいよお仕事できなくなっちゃうよ……お仕事できなくなったら……もう、永遠に家に……か、帰れ……な…」


「………流石にそんなことは無いと思うけど……とにかく止めなきゃヤバいのは間違いないぜ」


「どうしよう………そうだ!エミちゃんは一度に二つの事を覚えないタイプだから、私たちが新しくムカつかせてエミちゃんの怒りを上書きすれば……」


「おお………流石、姫月博士………」


「エミちゃんには悪いけど………何か嫌がらせを考えないと」


「もう手遅れじゃない?貼り始めてるし……あいつ、本当にどこからセロハンとかペンとか用意したんだよ……」


「私の筆箱をいつの間にか持って行ってるの……さっきまでリュックに入ってたのに……ねえ、それより……エミちゃんの怒りそうなこと考えなきゃ。悪口とか」


「ええ………ホントにやるの?ヤダよアイツ……怒った時手が出る速度が魔人ブウのそれだもん」


「……じゃあ、私が…………えっと………え~……ロ、ロングヘア―!!」


「ロングヘア―にロングヘア―って言われても流石に怒れねえだろ」


「…………………ええっと……うう~ん……ダメだ。悪いところがどこにもない」


「あいつの機嫌良くするって作戦だったっけ?……外見じゃなくてさ。もっと内面とかは?」


「内面?」


「そうそう。ホラ……例えば、まさに今手ぇ焼かせてるんだから『要介護モラル底辺女』とか……『住所不定無職モラル底辺女』とか……『トレカ転売失敗モラル底辺女』とぎゃあ!!」


 小学生相手に本気で考えた罵倒の数々をお披露目する黒川の脇腹を見事に姫月の二―が捉え、転がるように車道に吹っ飛ばされる。作戦成功である。


「…………く、車が来てたら死んでたぞこの野郎………」


「うっさい!! 誰が魔人ブウよ!」


「引っ掛かったのそこかよ!?」


「ごめんねお兄ちゃん。私が変な作戦立てたから…………」


 またもや店の前で騒ぎ、向かいの人気ラーメン店「朝がまた来る」の行列客の関心を集めてしまう。それだけにとどまらず、復活した姫月のヒステリックな叫び声は店主の黒さんを再び窓から降臨させてしまった。


「キミら……まだおったんか!? 一体全体何やっとるんや!?」


「あ………いや……その~………やっぱりお代払った方がいいかな~って……」


「それはええ言うたやんけ………ほれ、向かいの客に見られてるで……みっともないから…何か話あんにゃったらはよ入ってこいや」


「は……はい!すいません!お、お邪魔します!」


 店に入る途中で黒さんに見られないよう、こっそりと姫月の貼り紙を剥がす。「精神誠意営業中!」の裏面には「いつもきれいにご利用いただきありがとうございます」と書いてある。


(便所の貼り紙に書いてたのか………誠心誠意の漢字……間違ってるし)


「あっ!何でそれ剥がすのよ!!」


「アホ!逆に何でこんなんでイケるって思ったんだよ」


「要は客が来ればいいんでしょ? 誰かが来たら作らないわけにはいかなくなるって寸法よ!」


「……………上手くいくわけねえだろ。穴だらけじゃねえかその作戦。ホレ、これお前が持て。便所に貼ってあった紙なんて持ちたくねえ」


「………何言っとるんかしらんけど………便所ならあっちやで」


「あ!……い、いや……何でもないです……ハハハハハハ」


 二人で言い争っていると、シャッターが開いて、黒さんが顔を出す。


「おじさん。何回もお邪魔してごめんなさい」


「ええ、ええ。どうせ暇な独り身爺なんやから……」


 仏頂面だった黒さんだが、陽菜を見るや否や顔をほころばせる。彼女を連れているだけで、百回だって入れてもらえそうである。


「暇なら、ラーメン屋やりなさいよ」


(ぶっこむなあ…………)


「そうだよ。ラーメンすごく美味しかったのに………」


(お!陽菜ちゃんがいい感じに入って来た! よ、よし……俺も)「らーm……」


「ラーメンは作らんって言っとるやろ!!」


「!! は、はいっ!すいません!」


 最悪のタイミングで怒鳴られてしまい思わずビビり謝罪を決め込む黒川。その横で女性陣は特にひるむことなく姫月はバツの悪そうな顔を、陽菜は悲しそうな顔をしている。


「………チッ……親父はすぐ怒鳴るから嫌われるのよ……」


「………ごめんなさい。でも、本当にラーメン美味しかったから………」


「………スマン。最近、爺仲間にも同じ説教されてな……気が立ってたんや。確かに……ワシもラーメンには……ある程度自信があるし……常連だっていた。でもなあ…向かいにあんな店出来てもうたら」


「………『朝がまた来る』………だったっけ?」


「確か………あの店に行けなかった客がうようよ来て、不満言いながら帰ってったんでしたっけ?」


「そうなの?美味しかったのに………」


「不味いって言われたわけやないけど……前の店の未練たらたらで帰られるんや。たまったもんやないでホンマ……そんな食いたかったやったら挫折せずに並べきれや!」


「………並んでまでラーメンなんて食べたいものかしら?どこも一緒でしょ?」


「あんなに並んでんだから……正直、味は気になるけどな」


「ヒナも食べてみたい………あ!で、でも………ここで食べるラーメンで……その……あんなに並んでられないし……ホントに美味しかったし……」


 うっかり前の店への関心を露わにしてしまった陽菜が慌てるが、流石にそんなことで気を悪くするほど、黒さんは子どもじゃない。苦笑しながら、陽菜の頭をなでる。


「そんな気にしんでも大丈夫や……すまんなさっきは怒鳴ってもうて……」


「………あの~………マジでもうラーメン屋さん、やる気ないんですかね?」


 何となくイケそうな雰囲気だったのでほんの少し本題に踏み込んでみる黒川。


「…………ああ、無いな。爺どもにも言ったんやが……もう丼を置いた客の不満そうな顔を見るのは耐えられへんわ……黒川君に陽菜ちゃん、それにエミちゃんやっけ?キミらが食べてくれた時のあの満足そうな顔を最後の駄賃とさせてもらうわ……」


「………そうですか………」


「ちょっと!『そうですか…』じゃないわよ!! このまま終わってどうすんの!?」


「このまま終わってってなあ……嬢ちゃん……そりゃあ……最初は来る客を味で満足させたるって意気込んでたんやけど………そうや!丁度ええ。キミら、あと30分くらいしたらあの列に並んであの店のラーメン食べ!そんくらいやったら30分も並んだら食べられるわ!」


「え!?『朝がまた来る』に並ぶってコトっすか?」


「そうや!丁度食べたがってたしええやろ。さっきのお詫びもしたいしな。ほれこれ、ラーメン代」


「ええ………あ、ありがとうございます」


「え、ホントに良いのかな?で、でも…………」


「じゃあ、陽菜ちゃんは残る?」


「食べる(即答)」


「…………また並ぶの~?………お向かいのコネで今すぐ食べられないか交渉してきてよ」


「アホ!そんなこと死んでもできるかい!」


「ていうか………お前も食うのかよ。ラーメンなんてどこも一緒なんじゃないのかよ」


「………ギャラが減るのが嫌なだけよ」



                       2


 

 黒さんの言う通り、いくら休日と言えど15時を過ぎれば人の入りは緩やかになり、列も随分短くなっていた。並ぶ時間も30分どころか15分足らずで店の前まで来れた。時間はあるので、門構えをじっくり観察する余裕ができる。扉の前には「一生懸命営業中!」と書かれた木製(に見えるがプラスチック)の看板が立てかけられ、その横の手書きPOPには学生割りで味玉が付くとか、替え玉一杯分無料だとか、嬉しいことが温かみあるタッチで、それこそポップに描かれている。しかしこういった一手間はひねくれ者の黒川と姫月には、むしろ煩わしく映ってしまうのである。


「客商売ってんだから、わざわざ書くまでもなく一生懸命やりなさいよ。押しつけがましいわね」


「お前、『食の軍師』の本郷と同じこと言ってるじゃん」


「アンタの時々出す人物名マジで知らないんだけど」


「お兄ちゃん見て大変…………チャーシュー丼だって……生卵まで乗ってるよ……」


「………………食べたいなら頼んでいいよ。超過分は俺が払うし……」


「じゃあ、私、厚切りチャーシュートッピングしよ」


「………………………………陽菜ちゃんはともかく、お前食いきれんのかよ」


「お兄ちゃん……私はともかくってどういう意味?」


「はあ?アンタ……美人の胃袋なめてんの?チャーシューなんて何枚乗ってようが一緒よ」


「大変お待たせいたしました!お次でお待ちの3名様ご来店で~す!」


~~~実食~~~


「ねえ……………お兄ちゃん、替え玉……頼んでもいい?私、学生じゃないけど」


「………………そういう意味だよ」


「ヒナ………私のあげる」


「いいの!?」


「チャーシュー半分以上残ってるじゃん………貧弱だな美人の胃袋……」


「…………脂っこいものに脂っこいもの乗っけて何がいいってのよ」


「それ、頼まないやつだけが言っていいセリフだぜ………あ、すいません。この娘に替え玉一つ……え?あ、いや………俺は大丈夫です」


「アンタだって……全然食べれてないじゃない。大の男がミニラーメン一つで恥ずかしくないの?」


「2時間ちょっとで腹が減るわけないじゃん……初めてだよミニラ―頼んだの……それに……」


 それに、からは口を濁した黒川だが、その後に続くセリフは「並んで程食べる味では絶対ない」である。ベーシックな味わいである「大黒」と違い、魚介系の出汁が効いた「朝がまた来る」のラーメンはカテゴライズしやすい特徴的な味わいだったが、美味さは正直半々だ。むしろ、魚介系ラーメンにいまいち馴染みのない黒川からすれば、優ってるのは「大黒」の方かもしれない。それはどうも、姫月も同じなようで、満腹になる前から眉をしかめつつラーメンを食べていた。陽菜に関しては、ただ黙々と麺を啜っているが。


「ふう…………ごちそうさまでした。………美味しかった」


「はあ~………もし指定したのがこの店だったら……もう終わってたのに」


「それを言っちゃあおしまいだぜ……出よっか。食券って食い終わったら速攻店出れるからいいよな」



                    3


「で? どうやった?………向かいのお味は」


 再び「大黒」に戻った一同に、スポーツ新聞を眺めながら黒さんが聞く。


「フツー………」


「…………もっと、とんでもなく美味しいものだと思ってたから……でも、美味しかったけど。チャーシュー……」


「……………正直、並んで食うほどじゃないって言うか。あのクオリティなのに比べられて未練がましい顔されたら……そりゃあ、作りたくもなくなりますよね」


「そやろ!? いや~……てっきり若もんからしてみれば、劇的に美味いもんなんかと思ってたけど、正直、味じゃ負けてへんよなあ!?」


「個人的にはむしろ、大黒さんとこの方が勝ってますよ……並んでること考えたらダブルスコアですね。向こうの店選ぶメリットは……ないかなあ?」


「そもそも………あのお店って何で行列ができてるの?」


「何やワシもよう知らんのやけど……有名な芸能人かなんかが絶賛したらしいで?」


「へ~………(検索中)……あ!ホントだ!!てゆーか芸能人でもないっスよ。インフルエンサーって奴ですね」


「誰かが美味いって宣伝したってことか………ウチには取材なんて来たこと無いからなあ」


「ていうか………むこうが何かこざかしいことやってましたよ。SNSで店をフォローしてラーメンの写真を投稿した客にクーポン渡してるらしいし」


「そういうシステムはさっぱり分からんけど……全員が美味い美味いって投稿してたらそりゃあ興味を持つか」


「いや~………典型的な口コミ戦略っすよ。『奴らはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ』って奴ですね………話題の店で食うのがステータスになっちまってるから味は二の次……」


「わあ、お兄ちゃん。今の言葉、何だか凄いしっくりきたよ。今まではなんて言ってるかよく分からなかったけど」


「ホンマやなあ……上手いこと言うわ。そうか……情報を食っとるんか。それもどうなんやろなあ…」


「え…そ、そっすか?『ラーメン才遊記』のセリフパクっただけなんだけど…すげえなラーメンハゲ」


「………やっぱり、飯を食うっていう行為がもうワシらのそれとは変わってしもうたんやなあ…ついていけへんにゃから、やっぱり店は閉めるべきやわ。今まで未練がましく厨房はいつでも使えるようにしてたけど……ワシのラーメンはステータスを上げるためにあるんじゃないからなあ」


 あまりにも無計画かつ適当に喋っていた黒川はここで初めて危機感を抱く。黒さんはラーメンの味では負けていないと第三者に言ってほしくて、わざわざ代金を払ってまで向かいの店に行かせたのかもしれない。このままだと、いよいよを持って「大黒」は閉店だ。そうなったら黒川らが店を営業するしかなくなるではないか。しかし、それでもなお黒川の真っ先に抱く危機感は「また、姫月の機嫌が悪くなる!」である。近々の危機にしか反応できないのはこの男の悪い癖だ。案の定、彼女の顔はいつにも増して不機嫌そうだ。


「………くだらないわね。何だかんだ正当化してるけど……それって結局逃げるってことじゃない」


「…………逃げて何が悪いんや。そもそも勝負すらしてへんやろ?」


「さっきアンタが負けてないって言ってたんじゃない!情けないわね!時代のせいにしてれば負けてもみっともなくないって思ってるんでしょうけど!!逆に情けないわよ!」


「ひ、姫月………お前なあ………」


「アンタも!!アンタだって若者の癖に何一丁前に分かってる奴気取りになってんのよ!!見ててうざったいんだけど!!」


「……それは…………で、でもホラ。事実、味では負けてねえだろ?お前だって言ってたじゃん」


「はあ?私、どっちのラーメンも普通としか言ってないけど。そもそも、もう微塵もラーメンなんて食べたくなかった時と、散々待たされて空腹が逆なでされてた時とじゃ……比較対象にもできないでしょうが!」


「あ…………確かに……そうかも」


「ヒナ!! アンタの胃袋はそこまで繊細じゃないでしょ!?どっちが美味しかったの?」


「え!?………………えっと……」


「変な忖度したら絶交だから」


「う………えっと……ホントにどっちも美味しかったけど、わ、私は……その、あっちのお店の方が、おっきなチャーシューとか……チャーシュー丼とかもあって……あっちのお店の方が楽しかった」


「………これがリアルな若者の意見よ。黒川みたいな昔懐かしをありがたがる層なんて少数派なの!味云々の問題じゃなくて、サービスとかお店規模でアンタのところは負けてんの!」


「……………………………………………」


「そもそも!客がどの店選ぼうが客の自由だし!口コミ戦略だか何だか知らないけどそれで評価されてるなら大したもんじゃないの!アンタみたいにサービス業の癖に客を卑下してるような店!こっちから願い下げよ!」


「おい!……お前、言っていいことと悪いことがあるだろ!?」


「ええ………黒川くん。エミちゃんの言う通りや……ワシはいつの間に客に責任を押し付ける情けない男になってしもうたんやろ?」


「ま………私も正直、ああいうラーメン屋はうっとうしくて嫌いだし、馬鹿正直に並んで店の思うつぼになってる奴らも十人並で嫌いだけど……だからアンタの気持ちも分かるわよ。でも、閉めたら単純に負けでしょ?もっと、客が呼べるような素敵なお店にすればいいんじゃない……ポテンシャルはあるんだし……」


(もしかして店をやる気にさせるため誘導してたのか!?)


「そやな………でも、どうすればいいんやろ?」


「…………それは………ホラ、若者に意見を求めればいいじゃない。ホラ、ヒナ!アンタ一番若いんだから、この店の為に誠心誠意考えなさいよ」


(こいつ誠心誠意って言葉やたら好きだな……)


「ええ!? み、みんなで考えようよ………」


             


                       4



「それでは、第一回……打倒『朝がまた来る』、ラーメン『大黒』強化会議を始めます。司会進行は私、岩下陽菜が務めさせていただきます」


「陽菜ちゃん……難しい言葉知ってるねえ……」


「ねえ………せっかくもう家に帰れそうなのにマジでそんなことまで考えないといけないの?もう疲れたんだけど………」


 何となくあともうひと踏ん張りでラーメン屋を再開させることに関しては成功しそうだが、それで結局、今までと同じ轍を踏むようじゃあまりにも無責任である。姫月から案を求められた陽菜はしばらく一人でうんうん考え込んでいたが、結局自分一人ではだめだと急遽会議を開くことにしたらしい。しかも外食、SNSのプロフェッショナルとして、オンラインで星畑と凛まで参加させた。


『おい。今回はお前ら3人だけでやるんじゃねえのかよ?………俺らもこの会議に出席しなけりゃあダメなの?』


『お帰りが遅いとは思ってましたけど……何か大変なことになってしまったみたいですね……』


「おお~………ホンマに凛ちゃんに星君やないか……久しぶりやなあ!」


『え?………え?……ど、どこかでお会いしましたっけ?』


『あれだろ?あん時の将棋の……黒ちゃんだっけ?ラーメン屋だったんだなあ……』


「………すげえな星畑、憶えてんのかよ……」


『で?お前らは何だって行くはずだったラーメン屋を打倒することにしたんだよ?』


 黒さんの事を星畑が覚えていたことに感心する黒川だが、流石にこのバカみたいにカオスな状況を把握することは困難だったようだ。取り合えず黒川が簡単な説明をする。「朝がまた来る」ではなくその向かいの閉まっている店に並ばされたこと、閉まっている店を何とかまた開店させてやれないか今、考えていること……放送の下りをカットして伝えるのは骨が折れたが、察しの良い星畑はすぐに呑み込んでくれたようである。それはそれとして、閉まっているシャッターの前で延々と待っていたことがツボだったようでゲラゲラ笑われてしまった。


「なあ………若者らしい案を考えてくれるのはありがたいんやけど……ワシは正直、SNSやらはできひんぞ?」


「大丈夫……凛ちゃんはそういうのすっごく得意だから………」


『え!? 何ですか!?そ、その的外れな評価は!?』


『そもそも……向こうのフィールドに無理に合わせて戦う必要無いだろうがよ……』


「じゃあ、どうすればいいと思いますか?外食担当の星ちゃん」


『え!?俺ってそんな名目で呼ばれてたの!?』


 姫月のスマホ画面の中の小さな二人がそれぞれ予想だにしなかった自身の担当を聞かされ、驚く。


「まあ、いいじゃん。ラーメン好きだろ?お前」


『…………スマホ越しだからよく分からねえけど……若者は今時、店内の見栄えが良くない店は入りたがら無いんじゃねえ?』


「見栄えかあ……毎日掃除しとるんやけどなあ……」


「そういうのじゃ無くって小物とか雰囲気の話じゃないっスか?漫画のラインナップもビッグコミックスとモーニングばっかりだし……そもそも向こうの店には漫画すら無いですけど……」


『今、ちょっと調べてみたんですけど……お向かいのお店は県内のラーメン屋さんの会みたいなのに入ってるみたいですよ?……ほら、これ……ラーメンマップ……』


「…………そんなん存在も知らんかったわ」


「すごいね……ぞくぞく案が出てくる……あ!お兄ちゃん漫画読んでないで参加して!エミちゃんも起きて!!」


「い、イヤ……『美味しんぼ』のラーメン回見れば何かヒントあるかな~って思って………」


「んん~………起きてるわよ……いいから続けて……」


「エミちゃんはどう思う?お店について………」


「…………………………んん~……そうよね……酢飯と豚骨は合わないわよね……」


「…………………………ダメだ完璧に寝ぼけてる……」


『陽菜ちゃん…カメラの位置移動させてくれません?折角のエミ様の寝ぼけ顔がここからじゃ……』


『この前のピザん時にさんざん見ただろうがよ。話をややこしくすんな』


「しかしなあ………この店をリフォームする金なんかないで?会があるゆうても…そこに入るコネもないやろ……正直、そんな入りたないし……」


『何となくやってる感出すのも大切なんじゃない?ランチメニューみたいなの設けるとか……』


「ランチか!それくらいやったらやれそうや!」


「ラーメン以外に、この店って……メニュー見てる限り餃子とか……唐揚げとかがありますね。それでセットメニュー作るだけでいいんじゃないですか?あとは……ブラックボードにでもそのこと書いて店の前に置いとけば……………」


「ブラックボードとかいうのは無いけど……使ってない黒板やったらあるで……」


「………黒さん。それがブラックボードです……」


『あ……あの!お店の伝統に泥を塗るような意見かもしれませんけど……このマップに乗ってるラーメン店はどこもキャッチ―なお名前ですよ。名前をこれよりにしてみたらマップに入らなくてもそれっぽい雰囲気を出せるんじゃあ』


『……確かにな。一番人気の店の向かいにあるんだから、マップを埋めてる奴ならついでに寄るみたいな流れになれるかも……』


 陽菜に期待されて張り切っているのか、ギャラも出ないのに2人が精力的に意見を出す。そんなライバル店に擦り寄るような案を出していいものかと内心焦る黒川だが、黒さんの反応は悪くない。


「そうやなあ……もうえらいこと休んでもうたし……いっそのこと店名ごとリニューアルさせる気でいかなあかんのかもな」


「………キャッチーってどんな名前なの?」


『えっと……暗黒大陸バリカタ、麺と千一夜物語、シアワセを探しに……、美味しいラーメンの茹で方、おまぬけゴリラ、戦争が終わっても終わっても……などですね』


「『朝がまた来る』って不思議な店名だって思ってたけど、まだ普通な方だったんだね」


「最後の二つは、70年代プログレバンドかなんかの曲名和訳じゃないの?」


『ウフフフフフフ………わ、分かります。分かります』


「………ワシはそういうの考えることはできんからなあ……ワシはランチメニューもうちょい捻ってくるから、新しい店名の候補はキミらで決めといてくれや」


(もう滅茶苦茶やる気じゃん………案外、誰かにまたやってって言って欲しかったのかもな)


 黒さんが店の奥に引っ込み、いよいよ会議の雰囲気がいつもと同じ、ぐうたらりんなものになりつつある。唯一違うのは、新メンバー兼今回の発起人である陽菜だけはいつまでも初心を忘れず真面目に進行を務めていることである。


「じゃあ!新しい店名を考えます!! みんなドンドン案を出してください」


『………ちゃん陽菜は何でこんなにやる気なの』


『うへへへ………カワイイ』


「ラーメン二杯分も奢ってもらったからじゃない?」


「…………ん」


 意外にも真っ先に手を上げたのは、カウンターに突っ伏してばかりの姫月だった。陽菜が嬉しそうに指名する。


「はい!エミちゃん!意見をどうぞ!」


「店名考えるなら………どっかに私の名前を入れることにして」


「ええ……」


『何で?……いやもう本当にシンプルに何で?』


「私が再起させてプロデュースしたことをはっきりさせときたいからよ」


『え、そうだったんですか!?流石、エミ様!………それなら、その偉大さに見合った素晴らしい店名を考えなければいけませんね』


『黒川、この女の言ってることはマジなの?』


「けっこうマジ。まあ、どっかに要素匂わすくらいならいいんじゃない?」


「じゃあ、『ラーメン姫月』?」


「いいじゃない採用」


『原点回帰!!』


「陽菜ちゃん。それモデルが変わっただけでフォーマット何も変わってないから……」


「あ、そうか変な名前にしないとダメなんだっけ?……じゃあ『姫月恵美子のロングヘア―ラーメン』とか?」


「閉店不可避!!」


『ホントに髪の毛入ってるなら……わ、私は毎日3食、食べに行きますけどね……ふへへへ』


「恵美子じゃなくってレミナ!」


「お前、自分の名前どんだけ嫌いなんだよ」


「いいでしょ!?そんなことは!どうでも!……ホラ、凛!アンタ高校の時、よく分かんない妄想小説書いてたじゃない!あの時の感じでネーミングの経験を活かしなさいよ」


『…………エミ様、学生時代の話はほんっっっっとうに……やめてください』


「ちなみに主人公にはなんて名前つけてたの?」


『黒川さん!掘り下げないでください!』


「残雪メルトじゃなかったっけ?」


『ふぎゃああああああああああああああああ!!』


「前々から思ってたけど……お前へんなところで記憶力良いよな」


『ンフフフフフ……ラーメン屋の名前『残雪エミコ』でいいじゃん』


「アンタ殺すわよ?」


 凛の黒歴史を茶化しつつ、姫月へ喧嘩を売る星畑の胆の強さにちょっとだけ感心する黒川。画面の中では顔を真っ赤にした凛が星畑をテシテシ叩いている。こんなしょうもないやり取りの間も小さい進行役は真面目にノートに意見をまとめているようである。


「……こんなことまで書かなくっていいよ陽菜ちゃん……」


「え?……でも、ちゃんとメモ取らないと……」


「で?凛……アンタさっさと名前考えなさいよ」


『ええ~………『味殺姫~キリングテイストクイーン~』とか……どうでしょうか?その……死ぬほど美味しいってことで……姫は当然、エミ様の姫です』


「よ、よくもまあ……いけしゃあしゃあと解説できるわね」


(ネーミングセンス重症化してない?)


『え………また私何かやっちゃいました?』


「………あの陽菜ちゃんが書き残そうとすらしてないことから察して」


「え?今、どこかに凛ちゃんの意見あったの?」


「もう全宇宙人がアンタを馬鹿だと認識してるでしょうね」


「ノンシュガーズって臭い名前だと思ってたけど、まだ普通な名前だったんだな」


『………………もう私には聞かないでください』


『ンフフ……拗ねた拗ねた』


「お兄ちゃんは?へんてこな名前つけるの上手そうだけど?」


「俺~?………ん~、姫月の要素を入れるのが邪魔してあんま思い浮かばないなあ」


『○○が美味いと言ったラーメンみたいなキャッチコピーをそのまま商品名とか店名にしてる奴あるよな』


「姫月が美味いって言ったラーメンってこと?」


「私、あのラーメン美味しいとは言ってないわよ?」


『お前、どの口が……プロデュースとか抜かしてんだよ』


「エミちゃんが認めた………エミちゃんが驚いた……エミちゃんがプロデュースした……エミちゃんおすすめ……エミちゃんが好き………エミちゃんが大好き……」


「………私の名前連呼しないでくれる?」


 顎に小さな手を添えてブツブツ考え込む陽菜をバツが悪そうな顔の姫月が止める。意図せず「エミちゃんが大好き」と言われて照れたのだろうか。


『俺から話題に出しといてなんだけど、姫月にそんなネームバリューねえだろ』


『謎のミステリアス超絶美女姫月エミ様が開店待ちしてまで食べたラーメン………あ、あれれ? 盛り込み過ぎてエミ様が主体になってしまいました』


「何そのコラボカフェのメニューみたいな店名、長すぎだし。…………謎のミステリアスって……」


「アンタ形容詞が多いのよ」


『ちょっと試しに言ってみただけですよぉ……流石にこれはボツ案です』


『キリクイみたいな短い名前の方がいいよな』


「短い例で挙げてるくせに、キリングテイストクイーン略すなよ」


『て、ていうか!ぶり返さないでくださいよ!ううう……いざ繰り返されると死ぬほど恥ずかしい…』


「でも、割とマジで姫月の要素はそんぐらいの匂わす程度にしないと、どこまでも迷走すると思うな」


「お兄ちゃんはこう言ってるけど……それでいい?エミちゃん」


「凛のアホみたいな名前にされないためにはそれしかなさそうね」


『…………ア、アホみたいな………』


「『姫と月見を』とか『姫のため息』とか『姫よお上がり』とか……そのくらいでさ」


「………それだともう私じゃなくって姫って単語を使ってるだけじゃない!」


「良く聞けよ!月もあるだろ?」


「だから何よ!?」


『知名度あったらそれだけでも伝わんだよ。牛〇城とか〇たこみたいな感じで………お前の名前に関しても後からお前が知名度(におい)をつけれるよう頑張れよ」


「…………フン」


(……………みんな姫月を丸め込ませるのうまいなあ)


 自我が強い姫月に今日一日引っ張られ続けた黒川だったが、逆に自分のペースに引っ張り込むことで彼女を呆れ諦めさせる凛や彼女の欲求を理解し上手く言い聞かせられる陽菜と星畑を見て感心する。おそらくここにはいないが、天知もまた、それができる一人だろう。そもそも姫月は彼の前ではもう少し大人しなっているはずである。


(姫月も姫月で、ワガママ放題なようで意外に芯の入ったこと言うし、やっぱりアクティブだし……何だかんだみんな凄いよな)


 黒川がチームを惚れ直し悦に浸っていると、横で陽菜が袖を引いて来た。


「ねえねえ……今の黒川お兄ちゃんの意見なんだけど……全部、姫と月だよね?私、できればエミちゃんはエミでお店の名前に入れたいな」


「え……まあ、俺は全然どうでもいいけど……何でまた」


「だって……そっちのほうが可愛いし……お店のラーメンの雰囲気に姫は似合わないよ」


「この店のラーメンに似合う名前はやっぱ『大黒』な気がするけど」


「ええ……それじゃ会議開いた意味が無くなっちゃうよ……」


「別に名前変えるための会議ってわけじゃないんだし……そもそも店名を無理やりお洒落にするのもどうだと思うけど……」


「………そう思ってたならもうちょっと早く言ってよ」


「ご、ごめん」


『そのものずばりで『ラーメンエミちゃん』じゃダメなのかよ?』


「あっははは!博多にありそう!」


「…………私はかわいい庶民派じゃなくって……美しい上品でいきたいんだけど」


『普段の態度から改めろよ。掃除を任せるくせに下着とか脱ぎっぱで困るって天知さんぼやいてたぞ』


「ウフフフ……天知も私の美しさの前には、ほとばしる性欲を抑えるのに必死な中学生ね」


「だらしない娘に呆れる父親だと思うけど………」


『え、エミ様……毎日天知さんに…し、下着を片付けさせてるんですか!?……な、なんてことを!』


「ああもう!うるさい!! 埒が明かないから、一人一つ意見出してその中から選びましょ!!」


『え………そんなこと言って……みんなでまた私を笑いものにするんじゃ……』


「笑いものにされないのを考えなさいよ!1分後発表だから!」


 結局、全員で書いたものを一つずつ発表することになった。画面の中の2人はそれぞれチラシの裏に黒川たちは陽菜の筆記用具を借りて、各々案を書き込む。


~一分後~


「じゃあ一人ずつ出すわよ? まず私ね」


案①姫月恵美子「姫月レミナが店主をやる気にさせたラーメン屋」


「………ええ~………」


「何よ!ヒナ!! その反応は!」


「だってぇ………レミナじゃなくってエミちゃんだもん」


「何だって第三者に名前をとやかく言われなきゃなんないのよ」


「……エミちゃんはエミちゃんだもん。エミちゃんの方が絶対カワイイ……」


「ああ~もう!……分かったわよ。じゃあ、はい!姫月エミにしといたから!これでいいでしょ?」


 親友代表として謎のこだわりを珍しく強情に見せる陽菜。折れた姫月も口では投げやりな感じだが、顔は別段不快そうでもない。単に照れてるだけなのかもしれない。書き直された案を見て、陽菜が柔らかく微笑む。


「うん。ありがとうエミちゃん」


「フン」


『………感動的な雰囲気にしてるとこ悪いけど、たぶんどっちみちボツだぞその店名』


案②岩下陽菜「ラーメン-笑み-」


『おお~……なるほどね……上手いこと言うじゃん』


『すっごく素敵な店名ですね!……今度爪の垢を煎じて飲ませてください!』


(前、陽菜ちゃんの舐めたい箇所100言えるって豪語してたよなそういや……)


「………何か引退したアイドルの店みたいで、あんまり気に食わないけど…まあ、他が悪かったらね」


案③須田凛「E.M.I~月姫の饗宴~」


「アンタには学習能力ってもんが無いの!?」


「ヒヒヒヒヒヒ………ブ、ブルー・オイスター・カルトの曲名みたいになってるじゃん」


『腹いってえ』


『……………グスッ』


「あ…………もう!みんなひどいよ?凛ちゃん一生懸命考えたのに!!」


『ああ~ああ~……ごめんごめん!マジでごめん!!………ンフフフフフ』


『うう~……せめて笑うのをやめてから謝ってくださいよ………』


(………こういうブレない所……俺は滅茶苦茶好きだぜ………凛ちゃん)


案④黒川響「姫の微笑み」


「あ!お兄ちゃんも!ヒナと同じこと考えてたんだ!」


「………………………うん、そうだね……ハハ」


『……………お前も姫って言葉多用しすぎだろ』


『そうですよ………KISSのアルバムみたいになっちゃってます』


「被ったからって落ちこまないでいいわよ。アンタの案は端から期待してないし」


(俺、普通に凛ちゃんよりも辛辣なこと言われてない?)


案⑤星畑恒輝「エミ―の美味しいレストラン」


(姫月除く一同爆笑)


「……………………………いつまで笑ってんのよ」


「ヒヒヒヒヒヒ……いや、これはダメだろ……大喜利だったら満点だけど」


『フフフフフフ………も、もう!あれだけ人の事バカにしといて!星君だって真面目に考えてないじゃないですか!』


『俺は端からお前の案もダメだしするつもりはねえよ。食ってもねえラーメン屋の名前を考えろって方が無理があるだろうがよ』


「で?全部出たけど………どれにするんだよ」


「………私の」


「却下」


「何でよ!?他でもない私が選んでるのよ?」


『お前の独断なんだったら俺らの案まで集める必要ねえじゃん………』


「選ぶのは黒さんだろ?」


『あ、あの………ずっと思ってたんですけど、あ、天知さんにも聞いてみませんか?私たちだけだと、その……変な感じに決まっちゃいそうだし……』


「そういや……今家にいるの?天知さん」


『居たら端から参加してもらってるよ。今、あの人は買い物だ』


「凛にしてはいい案じゃない。天知ならこれよりまともな案も出せるでしょ」


「じゃあ、繋がるか分かんないけど……電話するか?」


『おし……ちょっと待ってろ。今電話するから』


「………ちなみに陽菜ちゃんはこの中なら何がお気に入り?」


「う~ん……星ちゃんのかなあ?笑みって言葉使わなくってもみんな笑顔で楽しいお店になってそうなすごく優しい名前だと思う」


「……アンタはセンスがいいと思ってたけど……どうやら私の勘違いだったみたいね」


(俺はその陽菜ちゃんの優しい解釈に泣きそうだよ。アイツはそんなこと微塵も考えてねえだろうに)


「あと………うふふふ……面白いから」


 いたずらっぽい笑みで陽菜が姫月をからかう。どうやらネタで言ったことを理解したうえであの解釈らしい。


(柔軟と言うか……発想力豊かな子だなあ)


『お!繋がった繋がった!………あ、もしもし?天知さん?はい。はい。あ、いや、何でもないんですけど……あの~……別になんてことない質問なんですけど………姫月がプロデュースするラーメン屋があるとして……はい。たらればの話っス。はい。何て名前つけます?………………ンフフフフ』


 いつもの含み笑いをしながら、星畑が自分の案の横にメモ書きをする。そして通話が終了するや否や、それをカメラに向けた。


案⑥天知九「いい出汁でるじゃない豚の癖に」


「ハハハハハ!すげえ!一文字も名前入ってないのに姫月のイメージをバッチリ抑えてるぜ!」


『ンフフフフフフ……もうこれでいいんじゃねえ?』


「いいわけないでしょ!! ああ、もう……さっきから私の周囲への評価がドン下がりだわ……」


『シンキングタイム0秒でこれ出されるってお前天知さんにどんなイメージ持たれてるんだよ』


「………ていうか!アンタ説明しなさすぎでしょ!?絶対大喜利か何かだと思われてるわよ!」


『正直、俺らでさえまだうまいこと状況が把握できてねえのに説明できるわけねえだろ。言っとくけど世界でお前らくらいだからな。臨時休業中の店をこじ開けて挙句の果てにはそこの店名を変えるような奴ら』


「まあ、確かにいくら何でもカオスすぎるかもしれないけど……」


『まあ、カオスくらいが一番面白いけどな……俺、今、猛烈に陽菜に譲ったこと後悔してるもん』


「譲れるもんなら譲りたいわよ」


 その時、黒川のスマートフォンに突然メールが届く。差出人は天知その人である。開いてみると「お仕事中失礼。聞きたいことがあるんだけど、今、電話大丈夫かな?」と何やら急を要するようである。取り合えずメールで返すのではなく、天知に電話を掛けることにする。


「何? また何か宇宙人が言ってきたっての?」


「いや………天知さん。何か聞きたいことあるらしくって」


「やっぱり説明不足で混乱させてるじゃない!」


『何で俺にかけなおしてこないんだ………』


「ふざけた事ばっかり言ってるからよ。信頼されてないのね」


『た、単純に今回は撮影に参加してないからだと思いますけど………』


「電話するんだから静かにしろよ…………あ!もしもし?天知さん……はい。どうしたんスか?はい。はい………あ、そうですね。いや、マジで違いますよ?はい。ハハハ……いくら何でもラーメン屋なんて俺らでやるわけないじゃないですか。ハハハハハ……はい、はい。マジですみません。はい」


 電話口の天知の声はほんの少しだけ慌てていた。先程の星畑の意味不明な連絡はひょっとすると、本当にラーメン屋を営業することになった予兆だったのではと思ったらしい。それで不安になって電話をしてきたのだ。想定外なことをやっている現状なので仕方のないことだが、天知もある程度未知の番組に対する恐怖感を抱いているようである。変な話だが、弱みを観れたようで何となく嬉しい黒川。


『……………じゃあ、さっきの星畑くんのは…ただの大喜利だったの?』


「いや……実はですね。Uが指定してたのが人気店じゃなくってその向かいにある店で……なおかつその店が色々あってもう店をやる気なくなってたんですよ。そんで……ここでラーメン食うためには店を再開させろって……はい。言われまして……店主と若干面識があったんで……あ、はい。俺がです。はい。それもあって……店名新しくしようと………」


『へえ………それは大変だね。でも、だとしたらさっきの案は撤回だな』


「え?そっすか?結構評判良かったですよ?」


『いやいや、店主の方が何と言っているかは分からないが、少なからず他人の人生を賭けているんだから……あんまり無責任な真似はできないな………』


 天知らしいというか、何とも真っ当な指摘である。先程まで我を出す答えばかりだったことと言い何となく耳が痛い。


「天知さんならどうします?何かいい案ありますかね?」


『僕はまあ、今そこにいないし……今回はキミたちの仕事なんだからあんまり口出ししないけどね。ただ、僕なら名前を変えてライバル店に似せるよりも、むしろ向こうに持ってないものを強化して対策するかな』


「『朝がまた来る』にないもの………分かりました。ありがとうございます」


『それじゃあ、変なことで電話してゴメンね?頑張ってね』


「はい!………それじゃあ……」


 黒川が天知との通話を終えて顔を上げると、その場にいる全員と目が合った。


『………………天知さんなんて?』


「ああ~…お前が何の説明もしてないからラーメン屋やらされるんじゃないかってヒヤヒヤしてたよ」


『ンフフ……』


『それはそれでちょっぴり楽しそうですけどね……まあ、文化祭気分でできるものじゃないですけど」


「…………まあ、でもさ……こんだけ考えて何だけど、やっぱもっと店の営業方針自体を何とかした方がいいんじゃないの?」


「それ……天知がそう言ってたの?」


「天知さんがっていうか……まあ、それに近いことは言ってた」


『まあ、確かにちょっとふざけすぎてたかもな』


「アンタが筆頭にふざけてたくせに」


「………じゃあ、どうしよう。私は何もいいアイデアが浮かばないよ……」


「…………向こうの良いところだけじゃなくって……ここの良いところを活かせるような店にする様にしたらさ。そのうちこの店のファンが付くんじゃねえかな?」


「………それも天知が言ったんでしょ」


「まあ、そうだけど……」


『良いところなんて言われるといよいよ俺らには何も言えねえよ』


『…………そうですね』


 何となく真面目な雰囲気になる。空気が悪くなったわけではないが各々口数が減り、そのうちあとは現場に任せるという事になり、オンライン組は会議を抜けた。


「………ねえ……私やっぱり何にも思い浮かばないよ……。おじさんはもうお店やる気になってるんだし、私たちが変なことして足を引っ張っちゃダメなんじゃないかな?」


 陽菜が突然、弱気なことを言う。確かに先程までは、どうせやるなら繁盛させようという責任感が芽生えつつあったが、この中に経営のプロはおろか、この店の良さすら満足に理解している者はいないのだ。そんな中で無理やり店を変えようとしたところで、かえって悪い方向へ舵を切るだけな気がしてくる。


「まあ、確かに………開いとけば、とりあえず一定数客は来るんだもんなぁ。客に対して、不満を感じなくなったんなら……このまま普通に営業した方が……」


「本気で言ってんの?…………アンタらがそれでいいならいいけど……」


「? エミちゃん?」


「………おっさんの気持ちなんて分からないけど。今は若くてピチピチした美女とか孫みたいな年齢の子どもとかに店を続けて欲しいって言われて無いやる気を無理やり奮い立たせてるだけじゃないの?アンタら仮にこの店がもう一回開いたとして、ちゃんと頻繁に食べに行くわけ?」


「…………どうしたんだよ。やけに親身なこと言っちゃって……お前らしくないって言うか」


「私はどうでもいいわよ。ただね。しばらくして店の前を通った時に、またシャッター閉まってたら……アンタたちがやるせない気持ちになるんじゃない?」


 あまりにも容易に想像できてしまうそのシチュエーション。当然いい気分はしない。


「分かりきってることとして、宇宙人は撮れ高さえあれば、後は何にも気にしないんでしょうね。私も一緒。仕事が終われて金が入ればどうでもいい。でもアンタらは違うんでしょ?やるからには達成感とか何かしらの副産物を求めちゃうんじゃないの?それならもっと……変に場違いだとか思わずにガンガン斬りこみなさいよ。店主だって馬鹿じゃないんだからダメだったらNG出すわよ」


「お前………すげえなあ」


「何よ。今更、気が付いたの?」


「私、やっぱりエミちゃん大好き」


 陽菜を良く知らない人間が見たら本当にそう思ってるのか分からない程のテンションで淡々と言う陽菜。当の姫月は「私も私が好きよ」なんて言いながらそっぽを向いている。陽菜に好意的なことを言われると照れてしまうようだ。



                      5


「…………何や。結局店の名前はそのまんまってことに決まったんかいな」


「はい。やっぱりラーメン屋の名前は普通に限りますって」


 しばらくして、二階から降りてきた黒さんに名前に関する最終的な意見を発表する。と言っても原点回帰。「ラーメン大黒」のままで決まったのだから、最終的もくそもない。本当に黒川が提案したいのは、別の事だ。


「黒さんって……夜型か朝型かどっちですか?」


「ん? ああ~……実は……もう爺なんやけど朝だけは季節問わず弱くてな。キミらも早くから来てくれてたみたいやけど……仕込みに入んのがそもそも9時半くらいからなんや」


「だったら………もういっそ営業を夜だけにしてみません?」


「ん? 何でまた………」


「『朝がまた来る』………向かいのお店なんですけど……あそこ営業終了が21時なんですよ。んで昼はあの長蛇の列でしょ?客層の中にサラリーマンがいないんです」


「たしかに………平日に並んでるのは観光客か大学生っぽい若者かくらいやわ」


「……駅前だから周囲に飲食店とか飲み屋は腐るほどあるんですけど……少なくともさっきのラーメンマップを見た限り、このあたりに他のラーメン屋はないんです。だから昼はダメでも……夜、居酒屋で酒飲んだ後の〆の一杯を独占できるんじゃないかって……」


「………で?この店はもともと何時まで営業してたのよ」


「21時半や。そうやな………確かに、そういう事ならもっと長く…日跨ぐくらいやってもええかもな」


「そんなに頑張って大丈夫?」


「平気平気………こう見えても若いころは屋台とか引いてたし…ゆうて晩酌やなんやで夜更かししてるしな………夜だけってのも、気ぃ使ってくれてんにゃろうけどええで。ランチメニューも考えた事やし昼からやることにするわ…………開店は12時からに伸ばすけどな」


「黒さん………大丈夫すかね、こんな差し出がましいこと………」


「かまへんかまへん!この陽菜ちゃんがくれた名前の候補ももろてこの際、名前も変えてみるわ!せっかく考えてくれたんやしな!」


「いいの?……ありがとう」


「ええ!ええ!むしろ礼を言うのはこっちのほうや。ここまでこんな店に親身になってつきおうてくれるなんてな。ホンマ店やってて良かったわ」


「…………黒さん……あの、俺また食いに来ますから……絶対」


「あんまり心配しないでいいのよ。年下にあれだけ言われても素直に非を認められる人なんだから、何かあってもアンタの考えるような悪いことにはならないわよ」


 何だか、申し訳なさと有難さで胸がいっぱいになった黒川が絞り出すように言うと、背後で姫月が珍しく優しい言葉をかけてくれた。姫月に言葉にならない感動を覚えていると、ポケットから取り出した紙に何やら書いている。


「はいこれ」


「ん?なんやこれ……暗号か?」


 紙に書いたものをぶっきらぼうな素振りで黒さんに突き出す。


「違うわよ!私のサイン!……私、ほら、モデルだから……向こうのインフルエンザの100倍強力よ」


「インフルエンサーな……」


「美人やと思ってたけど……やっぱ芸能人か……ありがとう!家宝にするわ!」


「ん」


「フフ………」


「何笑ってんのよ!……ホラ、さっさと帰るわよ!どうせ今日はもう何も食べられないし……」


 一連の流れを嬉しそうに見守っている陽菜の手を引っ張って、「ラーメン大黒」を後にする姫月。外はもう真っ暗で、向かいの「朝がまた来る」の看板の電飾が煌々と行列客を照らしている。


「結局、今日中には終わらなかったな………」


「そうだよね………このまま食べてたら晩御飯食べれなくなるところだもんね」


(晩御飯食べるつもりなんだ………)


「………あんまり日をまたぎたくないけど………アンタの学校があるから行くのは今度の土曜日になりそうね」


「そっか………いっぱいお客さんが来るといいなあ……『ラーメン大黒』」


「どうなるだろうな……………ここが最寄りだし、もうこのまま家に帰るでしょ?送ってくよ。遅い時間だし…………」


「じゃあ、私先帰る。ホントにもう疲れた………帰って寝たい」


「あ………バイバイ。エミちゃん。今日はありがとうー!」


「アイツ………今日ちょっとだけカッコよかったな」


「ウフフ………そうだね。エミちゃんは凄いよね」


 


                       6


 

 一体全体、どんな映像に出来上がるのかは全く想像つかないが、一先ずあとはラーメンを食べればおしまいである。約束していた土曜日に陽菜と駅で合流し、3人でラーメンを食べに行く。また開店待ちするよう指示が出されるかとヒヤヒヤしていたが、今度はそんな野暮な指令は出なかった。ラーメン店に向かう道中、老人に声を掛けられた。今度は黒川にも覚えのある人物。賭け将棋の際、凛と初戦を戦っていたシゲさんである。


「聞いたで?黒さんの曲げてたへそを直してくれたんやってな……ホンマキミら普段何してるんやってくらい爺にかまってくれるんやな」


「いや~………あははは……俺は何にも……えっと……シゲさんは今からラーメンですか?」


「そうや。昼だけやなくって夜もやっててな。いつもはその時間帯に行っとるんや。前までは若い客が多くてあんまり通えんくなってたんやけど……夜やったら飲兵衛のサラリーマンくらいしか来んからゆっくり行けてええわ」


「そうすか……そっか……」


 時間帯をずらした予期せぬ副産物に胸が温かくなる黒川。もともと「ラーメン大黒」を支えていた常連たち。それこそが天知が言っていたようなもともと大黒にあった強みなのかもしれない。自分の案が予期せずそれを再び育むことに貢献できたなら嬉しいではないか。


(良かったね……お兄ちゃん)


 こっそりと近づいて来た陽菜が耳打ちする。シチュエーションも相まって何だかこそばゆくなり頷くような、身をよじるような妙な仕草でそれに応える。


「可愛い娘に囲まれて……えらい果報者やなあ……黒川くん」


「フンッ………ホント何で私はこんなのとラーメン食べに行ってるのかしら……」


「何やキミらもラーメン食いに行くんかいな……あそこな昼はまあまあ繁盛してるで……この前なんかちょっと並んでたくらいやもん」


「え!?並んでるんですか?」


「おお……何や若いのがごったがえしてるで。向かいには負けるけどな……多分、えらい奇抜な名前にしとったからそれが聞いたんやろなあ。物珍しさが受けたんやろか」


「へ、へえ~………名前が………んなアホな」


「どれになったんだろ………?」


「しかし黒さんも何であんな物騒な名前にしたんやろなあ……」


「物騒………?」


「まさか………キリクイじゃないでしょうね……」


「いや……あれは陽菜ちゃんメモってないはずだけど……」


「何ブツブツ言っとるんやホレ!あれが新しい店名や。でっかい看板やろ?はりきって書き直したんやって………」


 シゲさんが指さす方向には、人こそ並んでいないが確かに前とは打って変わって明らかに活き活きとしている旧「ラーメン大黒」の姿があった。そしてその頭上にはでかでかと赤のペンキで短命が書かれている。


「ラーメン 惨殺えみこ」


「………………………………………………」


「……………………………………………………惨殺?」


「……………………………………………………あ、ざんさつって読むんだ……それなら書いたよ」


「……はあ?書いた?陽菜アンタ今、あれをメモに書いてたって言ったの?」


「う、うん。だって星ちゃんが言ってたよね?ざんさつえみこって……」


「この大馬鹿!! 惨殺じゃなくて残雪よ!いや、それ以前にそもそもあの金糞の雑魚みたいなボケまで律義に書き記す必要ないでしょうが!!」


「いたいいたいいたい!わ~~~……ごめんなさい、エミちゃんごめんなさい~……」


 凄まじい剣幕で陽菜の頬を引っ張る姫月。にょーんと良く伸びるほっぺたは限界近くまでつねられ痛そうだが、流石に今回は姫月に同情せざるを得ない。マジ切れしていないだけまだ抑えてる方である。


「な、何や喧嘩か?」


「あ……大丈夫っす。気にせず言ってください……」


「書き直させる!ただちに!!」


「い、いいじゃんいいじゃん。これからはお前、レミナでやって行けよ!そうすればさ。少なくともお前が大物になったとて、この名前の元ネタなんて誰にも……」


「サイン書いちゃったじゃない!あっちにはちゃんとレミナって書いてんのよ!」


「いや、それでもさ………せっかく家宝にするって言ってくれてたのに。それを剥がすってのも……」


「駄目!回収!回収よ!! そもそも何であの中からこれが勝ちぬいてるのよ!!」


「あ!サインってあれじゃない!ホラ、お店の前に貼られてるよ?」


「あれがこれ以上、白日の下にさらされたらいよいよ終わりだわ。早速剥がさないと」


 店の前から数人出てきた若者たちが店の前で並んでいる。どうもシゲさんで間一髪、満員になってしまったらしい、そこからわちゃわちゃしてる間にドンドン列ができていく。


「………本当に人気じゃん。すげえな惨殺えみこ……」


「悠長なこと言ってないでさっさと剥がすわよ………………あ」


        いつもきれいに使っていただきありがとうございます。

                東河原市公衆トイレ

                     姫月レミナ


 サインの元まで来たところで姫月の足が止まり、か細い悲鳴を上げる。紙には割と簡単に読みとれる崩し字で、姫月レミナと書かれている。そしてその横にはきっちりとした明朝体で「いつもきれいに使っていただきありがとうございます」と書かれている。あの時、姫月が大して確認もしないで取り出していた紙は、例のフェイク貼り紙だったのである。因果応報とはまさにこのことだ。


「…………どうしたの?エミちゃん剥がさないの?」


「どうしたもこうしたもこれは………何ともまあ……」


 想像力が豊かでなくても何となくこの並びは、妙なことを連想してしまう並びである。


「……………公衆便女モラル底辺女」


 思わずそう呟いてしまった黒川の鳩尾に無言の姫月のスクリューブローが炸裂する。そして、そのまま剥がすこともせず全力の早歩きでその場から去っていく。


「ゲホ!ゲッホ!……お、おい!姫月!ラーメン食わねえの!?」


「食べない!」


「エミちゃんどうしたの? ラーメンいらなくなっちゃったの?」


「いいわよ!もうどうでも!!」


「ギャラ出ねえぞ!?」


「うっさい!!」


 姫月の叫び声が東河原市にこだまする。それを怪訝な顔で眺めるラーメンを心待ちにする人々たち。向かい側とこちら側。その視線の数は先週よりほんの少しだけ増えていた。



















































 




 






















作中でキャラクターにも言わせていますが、念のため付け加えておきますと、本作において世間一般での口コミだったりとか、それを参考にする消費者を卑下するような意図は一切ありません。キャラクターの性格的にそういった旨の発言をさせる時はありますが、そんなイキリ発言をする奴には必ず冷ややかなツッコミか別角度での制裁をくらわしますので安心して読んでください。今回のお話はむしろ、庶民食を扱った店舗でも最近理不尽なルールを客に強要させる風潮がさも正しいことのように広まっていることを疑問視したが故に生まれたものです。ですが、まあ、あくまで題材として使えると踏んだだけで、そこまで深刻には考えていません。本当に横暴なルールならまず長持ちしないでしょうしね。

いつもと比べて長くなってしまいましたね。ラーメンだけに。次回もお会いできることを楽しみにしています。

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