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この甘くない世界でこれからやっていくわけなんだけど  作者: 破廉恥
エンドレス・ラーメン・ヌードル
17/60

その①「待ち合わせたレストランはもうつぶれてなかったコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆ラーメンにチャーハンを合わせて食べられない。


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆ラーメンにたっぷりのコショウをかけなきゃ食べられない


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆ラーメンのメンマはちょっと苦手で食べられない


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

☆ラーメンにライスが無いと正直食べた気になれない。


天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆ラーメンのチャーシューがあんまり厚いと次の日ツライ


岩下陽菜いわした ひな 性別:女 年齢:9歳 誕生日:3/20 職業:小学生

女優一家の次女で子役。年齢を感じさせない演技とその可愛らしさから天才子役と称されていたが、家族や友人と遊ぶことを優先する為、子役業から一時手を引いている。年齢の割に落ち着きがあって肝も据わっているが、子どもらしい無邪気さも併せ持つ。怪談やオカルトが好き。

☆ラーメンはスープまで空にしないと食べたと言えない



こんにちは。またもや滅茶苦茶日が開いてしまいました。申し訳ございません。こんなことを言うのはいくら趣味とはいえ、失礼ですが、今回のお話があまりにも自分の中でまとまらなくって四苦八苦しているうちにこんな期間になってしまいました。まるで今までまとまっていたみたいな口ぶりですが、設定からちゃらんぽらんな作品なので笑って許してください。

 売れてるものが良いものなら、世界一うまいラーメンはカップラーメンだ

                              ー甲本ヒロト


                         1


 満寿町東河原駅は、総人口55万人のギリギリ政令指定都市として成り立っている仁丹市における最大の玄関口であり、55万人の大半の人間は平日、ここを経由して各々の勤め先や学校に赴く。そのため朝は大変な賑わいを見せるのだが、反面、駅の周囲にこれといった観光地も繁華街もなく、休日には一転して公園で立ち小便をしても、誰からも見られない程、人っ子一人歩かない寂しい街なみに変貌を遂げる。それが明朝ともなれば、その人通りの少なさはいよいよ閑古鳥も声を枯らさん勢いで寂れている。そんな中で唯一、異様な人口密度を誇る場所があると言う。東河原駅西口から徒歩一分の場所にある魚介系醤油ラーメン専門店「朝がまた来る」である。


 時刻はまだ、8時15分ほど。まだ、仕事疲れで眠っている父親をはね起こす子どもですら、眠っているかどうかという時刻である。にもかかわらず、店の前には既に7,8人ほどの人間がまるで前列をそれぞれが真似ているように、同じポーズでスマートフォンをいじりながら並んでいる。人気店にもかかわらず、カウンター6席のみで回している「朝がまた来る」。この時点で10時半の開店から溢れてしまう者が出るあたり、彼らの早朝からの苦労はけっして無駄ではないことが分かる。


 そんな中でギリギリ開店と同時にうまい汁が啜れる6番目の男が、スマホのバッテリー残量の節約か、それとも長時間目を酷使しすぎて首に疲労が来たのか、物から手を放しぐるりと首をまわして鳴らす。その時、丁度「朝がまた来る」の向かい側にあるシャッターのしまった建物の前で、うずくまっている3人組が目に入った。

 

 なんだあいつらは。今までずっとそこにいたのだろうか。何のために?まさか、開店と同時に「あなたより早く来て並んでました」なんて言うつもりじゃなかろうな。そもそもどういう集まりなのかすらも読めない。いかにも冴えないオタクっぽいボサボサ髪の男の横には、逆に柔らかそうな長い黒髪の愛らしい少女が体育座りをしている。その横の女は顔が良く見えないが、足からして凄まじい美人のオーラを感じる。本当にどんな3人組なのだろう。こうなると何の特徴もない男の方がむしろ気になってくる。目がよどんでいて、口も臭そうで、今にもとなりの少女に性的なイタズラをしかけそうではあるまいか。きっとSNSのアイコンもアニメキャラで、声優だとかVのチューバ―だとかのスキャンダルに長文のお気持ちコメントでも投稿している事だろう。ひょっとすると誘拐犯ということもあるかもしれない。念のため警察に連絡をしておくか…………


(………………とか、思ってんのかな………アイツ。さっき目が合ったけど……)


「………………………浪小僧」


(………………俺だってな。自分が何してんのかなんて分かんねえよ。そもそもお前だって、そこまでしてラーメンなんて食いてえのか!)


「………………………浪小僧」


(いかんいかん。何か精神がおかしいことになってる……。俺だって今まさに並んでまでラーメン食おうとしてんじゃねえか……)


「………おにいちゃん!浪小僧!!なーみーこーぞーう!」


「ああ!ごめんごめん!………ってまた“う”かよ……妖怪ストックそろそろ尽きてきたぜ…」


「フフフ……妖怪は“う”で終わるの多いもんね」


「う………う………あ!牛打ち坊!!」


「あ!“う”で返された……これはヒナ選手ピンチです。えっと……う……う……海座頭はもう言ったしなあ………う………う……あ!海女房!!」


「カウンターパンチ食らっちゃったぜ……」


「フフフ……“完全勝利”」


 妖怪のストックが切れてきているのは本当だが、それ以上に黒川はもうこの妖怪しりとり自体、すっかり飽きてしまっている。自分もスマホをいじるか横の横の女のように眠りこけてしまいたい。だが、少なくとも横の少女は勝利を謳っておきながらもやめる気はさらさらないようである。子ども特有の体力とでもいうのか、3時間のしりとりくらい余裕でこなせて見せるようである。もっとも、「完全勝利」というのは、星畑が録画していたコント番組で名も知らぬマイナー芸人がくどいほど連呼していたフレーズであって、陽菜もまた、特に意味もなく使っているマイブームワードである。


「…………もう降参」


「え~……そんなぁ………まだまだあるのに……」


「まあ、そうだろうけど……よくぞまあ、3時間もやりあえたもんだと思うぜ…普通、妖怪縛りでここまでリレーできんだろう」


「……じゃあ、次は………西洋の妖怪縛りでやろ?お兄ちゃんから言っていいから」


「フランケンシュタイン」


「………………意地悪」


「勘弁してくれ……西洋の妖怪なんてマジであとはバックベアード様くらいしか………」


「じゃあ、バックベアードで!……ドラキュラ!!」


「………ランプの魔人」


「…………意地悪意地悪」


「ヒナ………寒い……もうちょっとこっちよって……」


「あ………うん。これでいい?ちゃんとあったかい?」


「ん……」


「陽菜ちゃんをカイロ代わりにするなよな……」(陽菜ちゃんって…あったかいんだろうか……)


「はあ………暇だなあ……あ……前の店、また人が来た……」


(ほんっと……何やってんだろ?俺ら)



                     2



 記念すべき第一回の放送の後、Uから特に反響があったとは聞かなかったが、しばらくすると、黒川の口座に13万もの金が入っていた。これは喜んでいい額なのかどうか、ちょっとまだ相場が分からない。Uが言うには一回の放送で考えると上々の金額らしい。何やらもろもろの金が削られている上、おそらくギャラ分の多くはUが持って行っているはずである。それでも13万×6で78万円一回の放送で入ってくるなら大した稼ぎではないか、と思っていた黒川だが、驚くことに自分以外のメンバーには何とわずか5千円しか振り込まれていなかったらしい。ギャラの大半を掻っ攫ったのは他でもない自分だったというわけだ。

 今回の功労者は間違いなく黒川だからと、大概のメンバーは納得してくれたものの、姫月の反応は明るくなかった。それなら今度は自分を主役にするよう宇宙人に言っておけ!と捨て台詞を吐いて、五千円と商品券でジューサーを買いに消えた。その日の夜、まどろむ黒川の脳内でUの声が響いた。


「第2回の放送のお知らせだ。明後日の日曜日に行う。メンバーはキミ含めて3人だ」


「………………それはいいんだけどさ。他のメンバーのギャラはもっとどうにかならなかったのかよ」


「何を言う。歌を聞いただけで5千円ももらえるなら結構じゃないか」


「まあ、それはそうかもだけど。おかげでちょっと姫月と険悪になったぜ」


「そうだろうと思って、次は出演した3人できっちり3等分に設定してある」


「で? 次は何をするんだよ?もう歌は使えないだろ?」


「うん。一回目は視聴率が取れて当然の内容だった。初回だし、ずっと顔を隠していたシンガーの顔出し歌唱姿を流したんだ。だから実質、第一回の放送は今回と言っていいだろう。ドキュメンタル番組としてやっていくんだから、ここを外すと痛い」


「それは分かったから。何をするんだよ?」


「そこで私が考えたのは……すばりラーメンだ」


「はあ?」


「キミたちの星には『ラーメンと動物は数字をとる』という格言があると聞いた。それにあやかってラーメンを食べる光景を流せば……オーディエンスは喰いつくことだろう」


「イヤ……それってあくまで、足が運べる距離のラーメンを特集するからであって……地球のラーメン何ぞ宇宙人が見ても……」


「いいんだよ。もう既にラーメンという文化は輸入済みなんだ。それに、何も店で食べるラーメンばかりが全てじゃないだろ?脱サラしたおっさんがラーメン屋の夢を追いかけたり、芸能人が凝ったラーメンを作ってみたり、とにかくラーメンを軸に何かしとけばいいのだ」


「…………はあ」


「というわけで…まあ、目星つけてるラーメン屋のマップを送るから、日曜にそこへ食べに行ってくれ。ラーメン屋の魅力というのをこっちにしっかり伝えるように」


……………………………


「……というわけで、明日ラーメン食いに行くんだけど……誰か行く?あ!3人までね」


「良かった………今の話の流れでラーメン屋を開けと言われるのかと思ったよ!」


「まさか……いくら何でもドキュメンタリーすぎるでしょ」


「スタントマンからラーメン屋なんて目も当てられないね……」


「………前に言ってたわよね?私が主役でって……フフ…やったわ。ラーメン食べるだけで10万ちょっともらえるならボロいもんよ」


「そうだな。姫月は確定で……」


「俺も行けるぜ……Uの指定した店ってのが怖いけど」


「あ………私も………おともできます!」


「…………ヒナも、いきたい」


「あ……定員……3名まで……気持ちはすっげありがたいけど」


「………血で血を洗う…戦いの火ぶたが…今、切られてしまうのでしょうか……オセロでもします?」


(凛ちゃんオセロ死ぬほど弱そう)


「“完全勝利”………」


(陽菜ちゃんオセロ死ぬほど強そう)


「いや………せっかく土日で陽菜が出れるんだから俺は陽菜に譲るぜ。オセロは2人でやってくれ」


「うぇ!? あ、そ、そうですよね!!わ、私も勿論!ヒナちゃんにお譲りします!!」


「いいの?」


「もちろん!」


「ありがとう!!星ちゃん!凛ちゃん!」


「えへへへ………繋げて言われると……ウッチャンナンチャンみたいですね……」


「お前とコンビなんて組もうもんなら、俺がツッコミに回らねえとだめじゃねえか」


「えええ!わ、私、そんなボケてますか?」


「というより、ツッコミできねえだろ………」


「コンビ名は『バカとボイン』で決まりね」


「ユニコーンの曲みたいに言わないでください!」


「ツッコミできてるじゃないか」


「で? どこのラーメン屋か分かってんの?」


「マップでしか来てねえけど………これは十中八九『朝がまた来る』だろうな」


「それ、有名な店じゃん。有名すぎてバカ混みだから言ったことねえけど」


「あの、駅の前の凄い混んでる店? わあ、楽しみ」


「………私、並ぶの嫌いなんだけど………」


「じゃあ、開店前に行かなきゃな」


「でも………あそこ………すっごく朝早くから混んでますよね……この前7時くらいで既に列出来てましたよ?」


「………じゃあ、その前から行くっきゃないわね」


「いくら何でも早すぎるだろ!待つの嫌いなんじゃねえの?」


「私は、私が食べれてないのに悠々と食ってる奴がいるのが嫌いなの!だから一番乗りじゃないとダメ!当日は5時には行くわよ」


「ええ~………開店10時半って書いてあるけど……あ、でも席数少ないから絶対朝のうちに並べって書いてあるな。マジでこんな企画でもなけりゃ行かねえ店だな」


「私も朝早くから並びたい。そういう時間帯早いロケってやったことないから…楽しみ」


「ンフフフフ…マジでんな朝早くから行くのかよ。俺参加しなくて正解だぜ」


「私………星くんの出待ちで6時間待ったことありますけど……」


「ウフフフフ……奢りでラーメン食べるだけで13万なんてボロい商売もあったものね……」


「奢る前提かよ……まあ、いいけど………前の給金まだ手つけてないしな」


「でも、本当にラーメン食べるだけでいいの? 私食レポとかしなくていいのかな」


「陽菜ちゃんの食レポはちょっと見たい気もするけど……あくまで日常風景だから……」




                       3


 そんなわけで彼ら彼女らが早朝の5時13分に「朝がまた来る」に到着したころは確かに誰一人並んでいない一着の状態だったのだが、前に居座るやいなや、Uの脳波が届き、そこではなく向かい側の店だと指示があった。確かに向かい側には「ラーメン大黒」という看板が掲げられた良く言えば味のある、悪く言えばオンボロいラーメン屋らしき建物があった。「ラーメンなんて宇宙人からすればどれも同じ」「どうせならせめて有名な方を」「あそこはたぶんいつでも来れる」など口々に反対意見を出したが、何故かUはこれを一向に認めず、仕方なく車道を挟んで向こう側にある「ラーメン大黒」の前に移動して現在に至るわけである。せめてもの救いは、超低血圧型の姫月がほとんど機能していなかったことだろう。自分で時間帯を提案しておきながら、全く起きるそぶりを見せず、当初は凛が代行しようかという話にまでなったほどである。ところが、その救いも長くは機能しなかった。こんな不安定な場所で十分な睡眠がとれるとは黒川にはにわかに信じられないが、陽菜の枕が効いたのか8時半ごろには大きな伸びをして完全復活してしまったのである。


「……………………ん?んぅ~……あれ?アンタらが言ってたの向かいッかわの店じゃないの?すでに何人か並んでるし……」


「なんかどうも……俺の勘違いだったみたいで………ここが正しいロケ地……らしい」


「はあ!? まあ、店なんてどこでもいいけど………ここも人気店なわけ?」


「いや?多分違うと思う。俺、ここに店がある事すら知らなかったし……」


「は? アンタら馬鹿なの?じゃあ何でこんな律義に開店待ちしてんのよ」


「いや、それも俺Uに言ったんだけど………それでも並べって」


「何で?」


「知らない」


「意味わかんない」


「俺も分かんない」


「今何時?」


「8時半」


「開店何時?」


「…………11時半」


「向こうの店は?」


「………………………10時半」


「宇宙人頭湧いてんじゃないの?」


「…………はは」


「笑い事じゃないわよ! そもそもアンタが店勘違いしたのが発端でしょうが!!」


「いや、これは間違うだろ!!……店名言わなかったあたり確信犯だって絶対!」


「帰る」


「あ、エミちゃん………いっしょに待とうよ…」


「待たない!私はアンタら程、暇じゃないの」


「ギャラでないぞ……」


「ああ!?」


「……お、俺にキレんなよ! U!Uが言ってんだから!!」


「…………………………………」


 案の定、不機嫌の極みになってしまった姫月だったが、流石に朝5時に起こされてノーギャラはつらかったようだ。つかつかと戻ってきた代わりに黒川のすねを蹴る。


「痛っ!だから俺にあたんないで!」


「エミちゃん……暴力はダメだよ」


「…………まあ、いくら何でもラーメン食って終わりは簡単すぎるだろ……多少は波乱があってもさ」


「テレビなんて…本来並ぶこともなくちょこっとラーメンだけ食べて終わりがセオリーでしょ!」


「これ厳密にはテレビじゃないし……」


「宇宙人は私がこんなボロッちい店に開店前から来るような馬鹿だと思ってるわけ!?」


「それはそうだよな……どんなドキュメンタリーだよ」


「『どういうお笑い!』」


「お!……陽菜ちゃん今の千鳥ノブのマネだろ?」


「あたり」


「……………まあ、気持ちは分かるし俺も帰って寝たいけど……『電波少年』みたいな体当たり企画だと思えば」


「……………エミちゃん。私の分のお金あげるから……だからがんばろ?」


「ほれ、一回りも年下の子にこんな情けない激励されても帰んのかよ……」


「分かった!!分かったわよ………これで不味かったら、この店の悪評垂れ流して窓ガラス全部割って燃やしてやるんだから!!」


「………それ燃やすだけでよくない?」


 そんな会話をしている間も引っ切り無しに「朝がまた来る」の前では客が来ては並んだり、あまりの行列の長さに諦めて帰ったりを繰り返していた。当たり前だが、黒川らが並んでいるラーメン屋には誰一人並ぼうとしない。


「しっかし……前の店すげえな……いくら何でもそんなに並ぶかよ。随分前に行った仁丹ランドの看板コースターよりも並んでる気がするぜ」


「私からすれば、ジェットコースターに並ぶ奴の方がアホだと思うけど」


「お、姫月はジェットコースター苦手派?俺も俺も!」


「違うわよ!」


「……苦手なんじゃなくって嫌いなんだよね」


「………分かってるじゃない。まあ、遊園地自体嫌いだけど、ガキ臭いし」


「そうなんだ。私は大好きだけどな……」


「アンタはガキだからいいのよ」


「俺も絶叫系は嫌いだし…いざ行っても何も乗らないけど……あの雰囲気みたいなんは好きだぜ」


「アンタ一緒に行く友達とかいるの?」


「いるわ!……最後に言ったの中学だけど」


「いつか……遊園地に行く企画とかあったらいいのに」


「そうだなあ………」


「アンタ暇潰せる道具とかないの?こういう時男が退屈を取っ払うもんよ」


「んなこと言われても………しりとりだってもう飽きたし……そうだ!俺ここで待っとくからさ……二人ともそこらへんで時間つぶして来なよ!」


「アンタの発想にしちゃ冴えてるけど……今の時間帯じゃどこも空いてないわよ」


「カフェでも行けばいいじゃん」


「カフェ!?」


 黒川の提案に目を輝かせる陽菜。姫月もその提案に一先ず納得したようである。


「じゃあ、はい」


「? なんだよこの手は……もしかして暇つぶしのカフェ代まで俺の奢りッてか?」


「そらそうよ」


「流石にそこまでは払いたくねえよ。俺はお前の保護者ではないんだからさ」


「はあ? 私今日お金持ってきてないわよ?それでどうやってお茶なんかするのよ」


「お前が無一文ってことまでは頭に入れてないし……知らねえよ」


「………私が払おっか?」


「いや、陽菜ちゃんが払うってのは何となく………ちなみに今いくらくらい持ってんの?」


「えっと………780円くらい」


「どっちにしても……それじゃコーヒー一杯くらいが関の山じゃない」


「そうなの?コーヒーってそんなに高いんだ。………あ!いざってときの為にお母さんがくれた1万円があったんだった」


「それは使っちゃ駄目!!」


「もういいわよ。どうせここから離れたらまたギャラ減らすとか後でクドクド言われるんでしょ?」


「そうだよね。お仕事なのにお兄ちゃんに押し付けて楽しちゃダメだよね」


「ありがとね陽菜ちゃん。ラーメンはいくら食べてもいいから」


「………そんなにたくさん食べないよ……」


「はあ………結局どうやって時間潰せばいいのよ……」


「前の並んでる奴ら、ずっとスマホいじってるけど……なにをそんなにやるもんがあるかね」


「私、時々お姉ちゃんのゲームやらせてもらってるけど……お兄ちゃんは持ってないの?」


「大昔は……何個か持ってたけど……今はゼロだなぁ……ちょっと前までパズルの奴入れてたんだけどサ終しちゃって……」


「エミちゃんも持って無さそう」


「お前のホーム画面、初期設定+L〇NEしかなさそうだな」


「失礼ね!ゲームくらい入れてるわよ!」


 そういう姫月のスマホの画面に『マイ・ファーム~あなただけの牧場を作ろう!~』というポップなフォントの文字が浮かび上がる。どうも遊んでいるのはシュミレーション系のゲームらしい。そう言われてみればこの女は、何もしていないとき、結構スマホをいじくっている。


「へえ~……お前、牧場運営してたんだ……って広!! もうこれ牧場ってか農村じゃん!!」


「すごい………エミちゃんの牧場……大黒字だって………」


「お前、ゲームとかやりこむタイプだったんだな」


「ふふん……あともうちょっとで国内のランキング5位の奴を抜けるわ!」


「すげえな!!ランカーなのかよ!」


「牧場を作って戦うゲームなの?」


「そうよ。ちなみに凛の奴も私が始めたのをマネしてやって、おまけに無駄にはまって2万円くらい課金してたけど……今では凄まじい額の借金を背負ってるわ」


「フレンドリストにいる☆RINだよな……最終ログイン2年前か………まあ、らしいっちゃらしいけど」


「飽きちゃったんだ………」


「そうよ………アイツの家畜どもきっと今頃飼い主を恨みながら野垂れ死んでるわ。無責任なんだから」


「まあ、ゲームだし………」


「ゲームの中なら殺してもいいっていうわけ!?」


「………全国のFPSゲーマーは少なくともそう思ってるだろうよ」


「そういう無責任なことしてると……今に夢に出るわよ!」


「凛ちゃんは電気羊の夢を見ねえよ。多分」


「エミちゃんの牛や羊たち、まるまる太ってて美味しそうだね」


「それ食肉用じゃないわよ。私の家畜どもを殺そうとしないでくれる?」


「お前、動物嫌いなんじゃないのかよ」


「嫌いよ。図々しいし、臭いし、人間舐めてそうだし……」


「………電子限定ってことか」


「違うよお兄ちゃん。エミちゃんはこう見えて結構、アマノジャクなんだよ」


「そうなの?」


「うん。だって……私が貸した本、『興味ないから読まない』って言ってたのに……次の日に続き貸してって言ってきたもん」


「へ~………すっかり姫月博士だな」


「何こそこそ喋ってるのよ?感じ悪いわね」


 気が付けば本の貸し借りまでしていたようである。そう言えば映画の時も陽菜のものを一番面白がっていた。ひょっとすると感性が似ているのかもしれない。「あんな子どもと友達になんてならない」と言う彼女の言葉も、2人の様子を見ていると、確かにアマノジャクな発言にしか聞こえない。


 姫月のゲームは残念ながらまだスタミナの回復に時間がかかり遊べないが、姫月の5年の歳月をかけた牧場の数々を見ているうちに面白いくらい時間が過ぎていった。ただ、それでも3時間という時間は長すぎる。時刻はようやく10時半ごろに差し掛かり、散々待たせていた店の門が勢いよく開いた。


「あ……お向かいの店……開いた」


「うっへえ……あれだけしか入れねえのかよ。こっから一人一人麺食う時間考慮して……マジで最後尾はあともう3時間くらい待つんじゃねえの?」


「キャリーバック持ってる奴はその時間に観光した方が有意義だと思うけど」


「まあ、ここ食べるだけが目的って言う層もある程度いるんじゃねえのかな?」


「そんなに美味しいんだ。食べてみたかったな……」


「あ!………すっげえラーメンの匂い!そっかこっち風下だから!!」


「うう~………頭の中が全部ラーメンになる………」


「はっきり言って惨めね。Uの奴………13万でもわりに合わないわよ……」


(流石にそれは割に合うだろ)


「でも………このゲーム……2年以上前から始めてたのに……凛ちゃんはその時から、エミちゃんと友達だったの」


「友達だったことは一回もないわよ」


「2人は同じ高校なんだよ。確かちょっとの間しか一緒にはいなかったらしいけど」


「そうだったの!?え……え………高校では凛ちゃんってどんな感じだったの?やっぱりモテた?」


「私はめちゃくちゃモテて馬鹿みたいに賢くて委員長だったけど……アイツは冴えないもんだったわよ。月とすっぽんぽんね」


(一つのセリフにツッコミどころが多すぎる!)「お前、嘘つくなよな」


「嘘じゃないわよ!ホントにアイツは冴えなかったし、私はモテモテだったの!」


「委員長は嘘だろ!それくっつけると『ちゃお』漫画の主人公みてえになっちゃうんだよ!」


「…………そうなの?あんなに可愛いのに………」


「男どもからやらしい目では見られてたみたいだけどね。まあ、あの学校、不細工推薦不細工選抜不細工専門学校だし……私に釣り合いそうな男は一切いなかったけど……」


「凛ちゃんとはどんなことしてたの?一緒にいたんだよね?」


「アイツがウロチョロついて回ってただけよ。……そう言えば、アイツ一回告られたって相談してきた時があったわね」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「エミシャマ!エミシャマ!キョウゲタバコニコンナモノガ!!」


「ラブレター? 今時げた箱に入れるなんて古風な奴もいるものね」


「ドウシマショー!アタチ、コクハクナンテサレタコトナクテ………モテマクリノエミシャマニ!ジェヒゴイケンイタダキタク!」


「ま、私がモテまくりなのは事実だけど……別にアンタなんかに言ってやることなんてないわよ」


「ショ、ションナ~」


「それはそれとして、もったいぶらずにそれ見せてみなさいよ」


「ヴォエエエ!デ、デモ!ションナ!マワシヨミナンテザンコクナコト!」


「いいから!アンタにラブレター贈るような馬鹿に人権なんて無いわよ」


「ヒヒィィィ!!」


「ん~…………フフフ……アンタの何事にも一生懸命な姿に胸を打たれたってさ。こいつ『はじめてのおつかい』で泣くタイプね」


「ア!ショ、ショレハチョットイイカモデスネ。ヤサシクフォローシテクレソウ!!」


「バカね。こーいうタイプはフィクションと現実の区別がついてないのよ。リアルのアンタのダメさ加減を観たらすぐにDV男になるにきまってるわ」


「エエ!ショ、ショウナンデスカ!! ジャ、ジャアヤメトコッカナ………」


「そもそも私こいつの顔知らないんだけど。どんな顔?」


「ワ、ワタシモ、ショノ、クラスノダンシゼンゼンオボエテナクッテ………ダレカヨクワカンナインデスヨネ………」


「フーン。でもアンタ、はっきり言ってこれを逃したら一生モテキどころか婚期も逃すわよ」


「ウェエエ!」


「会うだけあって見たら?」


「ショ、ショウデシュネ!シャスガエミシャマ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…………みたいなことはあったけど……アレ結局どうなったのかしら?」


「お前の中の凛ちゃんイメージバカ過ぎない?なんでサ行が言えない設定になってんだよ」


「何だ凛ちゃんやっぱりモテてたんだ」


「告白の一つや二つでモテてたことになるんなら私は今頃、モテ神よ」


「モテ神って概念をまず知らねえんだけどな」


「でも、私………エミちゃんよりも凛ちゃんの方がモテそうな気がする」


「アンタその発言は命かけるくらいの覚悟で言ってんでしょうね?」


(こっわ)


「お母さんが言ってたけど、男の人は美人な人よりもカワイイ感じの女の子が好きなんだって。それにエミ様は天邪鬼だし……男の人は素直な女の子に惹かれるって……これもお母さんが」


「どうなのよ。男代表」


「それはあるかもしれませんね。デートの感想とかでも……まあ、俺デートしたことないけど」


「……私、誰よりも素直だと思うけど………」


「マイナス評価に関してはな!それ多分男からしたら一番嫌なタイプだぜ!」


「何よ。それって結局素直な女じゃなくってなんでも認めてくれる女がいいんじゃない」


「返す言葉もございません」


「でも、そっか凛ちゃんも告白とかされてるんだ。やっぱりそうだよね」


「陽菜ちゃんは告白とかされないの?」


「…………前の学校では……ある」


「へ~………小学生ませてんなあ……ちなみにOKしたことは?」


「あるよ」


「「あるの!?」」


 まさか陽菜が彼氏持ち経験があるという事実に驚愕する黒川と姫月。思わずシャウトした言葉が重なり、向かい側の列が怪訝そうに3人を見やる。


「う、うん。高本君って人」


「へ、へ~………何でオッケーしたの?カッコよかったとか?」


「ううん。給食の時間牛乳3本飲んで飲み過ぎて吐いちゃったから、ゲボ牛って呼ばれてたの。可哀そうだった」


「そ、そうなんだ。んなチー牛の上位互換みたいな………」


「何でそんなゲボ男の告白受けたのよ」


「だってその牛乳も……クラスのみんなが牛乳嫌いって残した奴を代わりに飲んであげたからなんだよ。すごく偉い人だと思って………ゲボ牛って呼ばれても怒らずにニコニコしてて」


「…………俺も小学校の時、クラス中の牛乳飲みまくってたんだけど………」


「そうなんだ。お兄ちゃんも偉いね」


「でへへへへへへへ」


「話を遮らないでよこのバカチー牛!!………で?まさかいい人だってだけで付き合うほどアンタも軽くないわよね?」


(凛ちゃんの時よりも圧倒的に喰いついてるな……)


「うん。私もその時、4本牛乳飲んで陽菜牛って呼ばれてたから……牛コンビだーって……それで…ああそう、一緒にゲボ掃除したの。それからは牛乳を手分けして飲むようになって」


「二人で牛乳係になったわけだ。しっかし……小学生ってアホで残酷だな」

(こんな可愛い子を中々牛呼ばわりしないぜ普通)


「うん。私が5本飲んで、高本君が2本飲むようになったら……ゲボ吐くようなことも無くなったの」


「アンタどんだけ飲むのよ」


(………これは陽菜牛呼ばわりも仕方ないかもしれない)


「それで……仲良くなったんだ。その時に告白してくれたから……」


「まあ、そんだけ土台しっかりしてたら付き合うわな」


「うん。でも…………すぐにダメになっちゃったけど………」


「そうなの?勝手に長続きしそうな雰囲気感じてたんだけど……」


「わたしのお家で遊んだ時………高本君がお母さんとばっかり話すようになって……」


「…………………………………………」


「それからも……お母さんが家にいる時でないと家に来なくなっちゃって………」


「…………………まさか、お母さんに略奪されるなんてな」


「うん。お母さんも、『すみませんねヒナさん。罪な女で』って謝ってた」


「………まあ、ガキの色恋なんてお遊びみたいなもんよね」


(本気で聞いてたことが恥ずかしくなってやがる)


「うん。お母さんは諦めたほうがいいよって言ったら……絶交された」


「何というか色々と頓智気だな……これが小学生か」


「それからは……私が牛乳……一人で全部飲むことになったんだ」


「世界一どうでもいい話聞いた気がするわ……時間返して欲しいくらい」


「いいじゃん。掃いて捨てるくらいあるんだし……」


 そう言いながら、時計を見ると何と驚くことに時刻はもう11時28分を指していた。あともう、2分ほどで待ちに待った開店時刻である。


「お!もう開くじゃん!!」


「ホントだ!終わってみると意外に早かったね!」


「そう?私は果てしなく長かったけど…」


「正直、あんま期待してなかったけど……もう袋麵でも美味く感じるくらい脳みそラーメンだし…けっこう楽しみになって来たぜ」


~一分後~


「フフ…あとちょっとが長いね」


「そ~だな~………て言ってもあと15秒もないけど……」


「いよいよか……エミちゃん、カウントダウンしようよ」


「嫌よ。こんなところで並んでるってだけでも恥ずかしいのに」


~さらに一分後~


「………開かないじゃない」


「ま、まあ………多少時間にルーズな店もあるだろ……」


「そもそも!飲食店なら客が並んでたら多少早く開けて座らせるのが常識ってもんじゃないの?」


「……あんまりおっきな声で言ったらお店の人に聞こえちゃうよ?」


「聞こえるように言ってんのよ!」


「聞こえるも何も……な~んか人気を感じねえよな……この店」


~何と10分後~


「………………………………」


「……………………………………これは私に対する侮辱ってことかしら?」


「ひょっとして閉まってる?」


「で、でも………看板には定休日水曜日って書いてあるよ?今日、日曜日……」


「臨時休業って貼り紙もないしな……Uもまさか潰れてる店で飯を食えなんて言わねえだろ」


「あああああああ!中途半端にお腹すいちゃってるんだけど!!『大黒』何考えてんのよ!てゆーか!黒川もいつまでもボーっとしてないでさっさとUに言いなさいよ!!開いてないって!!」


「いやいや!アイツもリアルタイムでこれ見てるんだし。何かあったら分かるし連絡するだろ?」


「マジで宇宙人何考えてんのよ!」


「知らん!俺に聞くな!」


 想定外の事態と空腹が重なり、険しいムードになる黒川と姫月。その傍ら、陽菜は店の周りを注意深く観察している。


「あ!お兄ちゃん!ボロボロのチラシみたいなのが落ちてるよ。見て」


「うえ………ばっちい……よく触れるね陽菜ちゃん。何だこれ?」


 もとは白色だったであろう紙が経年劣化と日焼けで黄色く濁ったような色に染まっている。その四隅にはもともとテープが張ってあったであろう汚い帯状の汚れがあった。


「貼り紙か………これ、もしかしなくてもこの店のだよな?ええ~っと……」


「なんて書いてあるの?」


「……………………………………しばらくの間、営業を休止します……」


「そ、それって………やってないって……こと?」


「いや、でも、これ………あれだろ?劣化具合的に大昔書かれたやつだろ?もう開いてるんじゃ」


 今までの待ち時間が無駄になることがとにかく恐ろしい黒川が口先だけのフォローをする。間違いなくこの店は営業をしていないことは陽菜ですら感づいていることだろう。しかし未だにUから何の連絡もない。


「ねえねえ………私気づいたんだけど……普通、あっちの店みたいに準備してるなら換気扇とかが回ってラーメンの匂いが香ってくるもんなんじゃないの?」


 絶望している二人にまだ落ちていた貼り紙に気付いていない姫月がシリアスな顔で何やら今更なことを考察している。


「姫月………陽菜ちゃん……帰ろっか」


「はあ!? ここまで待ったのに何もしないで帰るわけ!?番組はどうすんのよ?番組は!?」


「いや…だって………ほれこれ……店やってないんだもん。Uの奴のシナリオミスだよ」


「………ラーメン……」


「そんなこの世の終わりみたいな顔しないで陽菜ちゃん……流石に向かいは今からじゃ無理だけど……どっか他の店で良ければ奢るから……」


「もはやラーメンだとか番組だとかはどうでもいいわよ!! それよりむしろ店畳んでるくせにいつまでも未練がましく看板掲げてるこの店がムカつく!!」


「んなこといったってしょうがないだろ?あんまでかい声だすなよ!向かいの列一人残らずこっち見てるぞ!」


 ウロウロカリカリと不満げな態度を爆発させている姫月の機嫌はどれだけなだめても治らない。ここでこそ姫月博士の陽菜に活躍して欲しいところだが、彼女もまた長いまつ毛に覆われた目を伏せて悲しみに沈んでいる。姫月の怒りは遂に頂点にまで高まり、無言で店のシャッターを蹴り上げた。怒りに任せた一撃は想像以上に巨大な衝突音を出し、黒川と陽菜、そして向かいの群衆たちどころか蹴った張本人である姫月ですらも目を丸くさせて驚いた。


「おま………お前、馬鹿……何してんだよ?通報されたる事案だぞ」


「エミちゃん…逮捕されたらラーメンどころかカチコチに凍ったパンしか食べれなくなっちゃうよ?」


(刑務所のイメージがインペルダウン!)


「うっさいわね!この店こそ経営サボり罪で逮捕よ!禁固500万年!!」


(人類史!!)


「コラァ!! 誰や!シャッター蹴飛ばして騒いでるガキは!!」


 プリプリ腹を立てている姫月の背後で先程の衝撃音の二、三倍はあろうかというほどの怒声が響き渡る。声の主はシャッターと同じく締め切られていた窓から肩まで乗り出してこちらを睨みつけていた。初老の男の剣幕をまともに浴びたのは初めてなのか、陽菜が「ひゃあっ!」と叫んで姫月の背後に隠れる。


「すんません!弾みで足が当たっちゃっただけですから!」


「ちょっとアンタ!こんな奴に頭下げんじゃないわよ!!」


「話がややこしくなるからお前は黙ってろ!」


「何ごちゃごちゃ言っとんねん!!…………ん?……あれ?キミ……もしかして黒川くんか!?」


「へ!?」


「はあ?」


「え…………お兄ちゃん。ラーメン屋さんと知り合いなの?」


 窓から顔を出して握りこぶしを掲げたままで、男から予期せぬリアクションが飛んでくる。陽菜も姫月も思わず黒川に注目するが、当の本人には一切、面識がない。


「ええ?……あの、どっかで会いましたっけ?」


「覚えてへんか……そりゃあそうか。あん時ワシは金出しただけで将棋してへんかったもんな」


「将棋って………あ!もしかして……あの賭け将棋の時の!?」


「そうやそうや!あん時は凛ちゃんに一杯食わされたで!ダハハハハハ!!」


「え?え? 今、凛ちゃんって言ったの?あのおじさん……凛ちゃんとも知り合いなの?」


「そう言えば賭け将棋したとか言ってたわねアンタら……爺が一杯食わされた話なんてどうでもいいから私たちに一杯食わせてくれないかしら」


「お前って………けっこうおっさんみたいなシャレいうよな」


 

                     4


 黒川の意外な縁で、一先ずシャッター蹴りのことは不問となった上に、念願だった店内に入ることも叶った。しかし出てきたのはラーメンでもお冷でもなく、ほうじ茶と大福である。


「しっかし………何や自分。また随分けったいなことしてんのか?しかも、今度は違う別嬪さん連れてからに!」


「い、いや……普通に凛ちゃんの友達ですよ。俺のどうこうじゃなくって………」


「そうよ……私がこいつに連れられてるみたいな言い方しないでくれる?」


「黒川お兄ちゃんや凛ちゃんのきょうえ………じゃなかった……えっと……友達のヒナです」


「お~……!随分また……小さい子まで連れて………陽菜ちゃんあかんでぇ~……凛ちゃんらはおっかないやり手ギャンブラーやからなあ……」


 子どもの力というか、まさにほうじ茶と大福のような黄金コンビである、よいことおじいちゃんのコンビが早速和やかな雰囲気を醸し始める。男の名前は店名のまま大黒。仲間内からはおぐろさんだとか黒さんと呼ばれていたようだ。黒川はまるで覚えていないが、凛に二歩で負けたと自己申告していた老人である。一連の騒動を懐かしむ黒さんに姫月がお茶をすすりながら茶々を入れる。


「アンタらがしっかりしないから……私が10億円逃したのよ………言っとくけど、凛に勝負事で負けるなんてとんでもない不名誉なのよ!?」


「そうやなぁ……実際、将棋は目も当てられんくらい弱かった」


「すっげえ前のことに感じるけど……まだ一月も経ってないんだよな……」


「若いのぉ……ワシからしてみれば昨日のことのようや…」


「ねえねえ………凛ちゃん達ってその時、どんな感じだったの?」


「どんなって………今と大して変わってねえよ」


「黒川くんの他に、えらいイケメンな……星君やっけか?がいて……あとはもうそれは強烈やった凛ちゃんや。男二人が将棋で負けて意気消沈しとるところに懐の9万円出して……10万円で勝負しろって凄い啖呵やったでホンマ」


「は? 今、懐の9万って聞こえたけど……アンタら10万円以外の金使ってたの?」


「……………………いいじゃん。昔のことだし……」


「アンタらの精魂はあとで消すとして……そんなしょうもない思い出話よりラーメンよラーメン!店主在住ってことは経営してんでしょ!?」


「はあ?お前ら……うちのラーメン食いに来たんか!?」


「あ…………はい……いちおう」


「…………ラーメンは作らん!悪いが、それが目的なら帰ってくれ!!」


 ラーメンという単語を聞いた瞬間、途端につっけんどんな態度になる黒さん。どうも店はやっぱり営業を止めているようだ。


「冗談じゃないわよ!!あんな朝早くからラーメン食うなんてしょうもない理由で待ってたってのに!そのしょうもない目的すら叶わずして帰れるわけないでしょ!?」


「…………うちはな。中途半端に並んでまで食わすようなラーメンは用意してへんのや」


「そんなのこれだけ店構えがボロだったら誰でも分かるわよ!いよいよ何でラーメン屋なんて営業してんのよ!!」


「ちょ、ちょ、ちょ……姫月。あんま喧嘩腰になんなって……!」


「でも………何でお店やらないの?まだ台所は綺麗なのに」


 陽菜の言う通り、閉めているという割にはカウンター越しに見える厨房はキチンと清潔さを保っている。


「でも、大黒さん。確かに閉めてるって言うにはちょっと杜撰すぎるぜ……貼り紙はがれてたし…」


「んなもんシャッター閉まってんにゃから店開いてへんってわかるやろ!」


「だってさぁ………開店前から待ってたんだし………」


「ここで待たずに、そのまんま元の列で待っとけばよかったんやないんか!?」


「?」


「はあ? 何言ってんのよ?」


「私たちしか待ってないよ?列なんて無かったし……ずっと同じところで待ってたけど……」


「んんん?」


 黒さんと黒川らの主張にどうもズレがある。双方押し黙る不思議な時間が流れ、ようやく確認するように黒さんが口を開く。


「自分ら……向かいのラーメン屋の列抜けて……こっちに移ったんちゃうんか……?」


「はあ?私たちだって向こうに並びたかったけど………こっちは日を跨ぐ前からずっとここのシャッターが開くのしか待ってないわよ!」


(いくら何でも鯖読みすぎだろ)


「開店待ちしてたって……うちをかいな!?何でまた……に、人気店なんは向こうやで?」


「あはははは…………」


「知ってるよ。だってすっごい並んでたもん」


「…………ホンマになんでや?」


(なんて説明したもんか………)


「ここのラーメンが食べたかったからだよ」


 人懐っこい顔で回転式の椅子をクルクル回しながら、陽菜が真っ赤な嘘を吐く。ホラを吹く時ほど堂々としているように見えるのは役者ならではだろうか。


「そんなに言われたら作らなしょうがないがな…………」


 肩で息を吐くように黒さんが音を上げる。思わずわっと歓声を上げる黒川と陽菜。歓声に合わせるように姫月が「これで帰れるわね……ああ、疲れた」と伸びをする。そんな彼女のセリフに危うさを感じつつも、内心同意する黒川。ラーメンが食べられると浮かれているのは陽菜一人である。



                     5


 が、それはそれとして、いざラーメンが目の前に出されたらテンションは上がる。空腹なうえにすっかりラーメン腹だった一同にとってメンマ三枚、チャーシュー二枚、海苔二枚のスタンダートな醤油ラーメンは舌と脳に来るものがある。陽菜に至っては手が震えて割りばしが割れていない。


「じゅっと……んぐっ……ずっと、(みしぇ)閉めてたんでしょ……んふっ(ごくり)……賞味期限とか大丈夫でしょうね?」


「……食ってる状態でそれ言う奴初めて見たよ」


 姫月も理性よりも食欲が勝っているようである。最もこの場合、全ての食材が痛んでいても構わず食べるのは、3人とも同じだろうが。


「食材は大丈夫や………それより、どうや?味は……」


「やっぱり並んで食べるようなもんじゃないわね」


「お嬢ちゃんにはきいとらんわ。陽菜ちゃんにきいとんのや」


「……………………………………………………」(ツルツルツルツル)


「ひ、陽菜ちゃん……聞かれてるよ?」


「…………………………………………………………」(ズズ~)


「すいません………食べるのに夢中みたいで………」


「ハハハハハ!! まあ、喜んでくれてるんやったらええ!!」


(なんか急に態度が変わったな。これも陽菜ちゃんのおかげなのかな?)


 事実、ラーメンは普通に美味しかった。体がラーメンを求めていたのもあるだろうが、誰もが思い描き、誰もがラーメンが食べたいと思った時にフラッシュバックするあの味である。


「いや、でも………美味しいですよ。何で店閉めちゃってるんですか?」


「………向かいにラーメン屋が出来たやろ?」


「はい。………あ、もうあそこにお客を取られて経営が成り立たないって感じですかね?」


「………………やったらまだええんやが……」


「……………はい」


「むしろ逆でな………繁盛したんや」


「え!? だったらいいじゃないですか」


「ええわけあるかい。来る客来る客全員が、向こうの列で並びあぐねて取り合えずもうここでええわっちゅう理由で来る奴らばっかりや!」


「あ………ああ~……それで、さっきも……あんな風に言ってたんすね」


「うちのラーメン食っても、アイツらの頭ン中にあるのは食い損ねた人気店のラーメンばっかりや。それでもう、やる気無おなってもうたんや」


「確かに、まあ、食ってもない架空のラーメンと比べられちゃあねえ……」


「ごちそうさまでした。……………お兄ちゃん食べるの早いね」


「陽菜ちゃん。大黒さんに味の感想伝えてあげて」


「あ……ごちそうさまでした。美味しかったです。すごく」


「食べてる間も聞かれてたのに………ずっと無我夢中で食ってんだもん」


「え……そうだったんだ。ごめんなさい」


「ええ、ええ。スープまで飲み干してくれてるんやからそれで十分や」


「………全員食べ終わったんでしょ?はやく帰りましょうよ」


「…………お前の丼、舐めたみてえに綺麗だな………」


 女性2人がスープを飲み干した一方で、たっぷり汁をのこしているのが若干恥ずかしい黒川だったが、一先ずこれでロケは終了である。どうなる事かと思ったが、いざ終えてみると確かにこれでお金がもらえるなら楽なものである。


「あ………お会計お願いします」


「タダでええよ。待たしてしもうたんと、態度悪く当たってしもたんでチャラにしてくれや」


「え!?いいんですか?すいません………」


「え………じゃあ、もう一杯くらい食べとけばよかった」


 横で聞き捨てならない言葉がきこえた気がするが、その刹那、脳内でより聞き捨てならないUの声が響いた。


「何終わった感じを出しているんだ?こんなものでは全く撮れたことにならんだろう」


「はあ!?」


「うわっ!何よ……いきなり大声出さないでくれる?」


「どうしたんや?黒川くん」


「い、いえ………すいません。ちょっと電話が………」


 スマホを耳に当てるポーズを取って店外に出る黒川。その後を怪訝な顔の姫月と陽菜がついてくる。


「宇宙人からでしょ?何言われたのよ?」


「まだ撮影終わりじゃないって………言ってる」


「はあ!?」


「え……でも、もうラーメン食べちゃったよ?」


「そうだよな?…………何が不満なんだよ?」


「私はラーメン屋の魅力を伝えろと言ったんだ」


「だから、こんなアホみたいな思いしてラーメン食ったじゃねえかよ」


「そうだな。じゃあ、反対に聞くが、今お前らはラーメン屋でラーメンを食べたか?」


「?……食べたじゃん」


「違う。あれはな、知り合いのおっさんにラーメン振る舞ってもらったと言うんだ」


「ええ………じゃ、じゃあ……代金払ってくるからさ」


「金の問題じゃない。あそこはどうだ?店として成り立っている現状か?私はそれが言いたいんだ」


「まあ、成り立ってるどころか今にもセミリタイヤしそうだけど……ていうかお前がそういう店を選んだんじゃん。人気店なら目の前にあるのに!」


「ねえ………一体アイツ何言ってるのよ。まさか本当は向かいっかわの店で合ってたとかいうんじゃないでしょうね?」


「なあ、お前………まさかとは思うが、大黒さんにまた、店を構えさせろとか言うんじゃねえだろうな?そんなお節介やきなことするタイプのTVなのか?これは」


「別に言わないさ。あんなおっさんどうでもいい。だが、どんな形でもいいからあそこのキチンと営業している状態のラーメンを食べろ。そのために苦労していいロケーションを選んだんだ」


「ナンセンスにもほどがあるだろ。それ、言ってること大して変わんないし」


「なんならお前らが店を乗っ取ってもいいんだぞ?ククク……」


 ぼやきながら、チラリとラーメン「大黒」を見る。味のあると言えんこともない店内だが、はっきり言うならボロだ。端からする気などさらさらないが、とても素人に乗りこなせる店ではない。かといって営業していない理由を先程、偶然聞き出した黒川だが、この現状を良くして大黒さんを乗り気にさせる手も浮かばない。しかし何より、まだ終わりではないことを横にいるしかめっ面の美女に伝えることの方が黒川にとって高い高い壁なのだった。













 

























実は個人的にラーメンが好きな方ではないのですが、それでも友人と食事をするときはその7割がラーメンになっている気がします。それだけ国民食なのと同時に、世間にラーメン屋がはびこっているというわけですが、結局のところ全てが同じラーメンと言うカテゴリーの味で、そこまで違いはないと思っています。ということを友人に言うと「お前の舌が死んでるだけ」と厳しい言葉を言われてしまいました。そんな色々なラーメンに対する思いを込めて書いていると不思議とラーメンを食べたくなってきます。

いまいちまとまりませんでしたが、とにかく、次回もお会いできるのを楽しみにしております。

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