その③「夢があるなら空を飛べるコト」
・登場人物紹介
①黒川響 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生
本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機械を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。
☆全く無意識だがどことなく似てる漫画のキャラは『団地ともお』の根津。
②星畑恒輝 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人
黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。
☆全く無意識だがどことなく似てる漫画のキャラは『幽麗塔』の山科
③須田凛 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生
男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。
☆全く無意識だがどことなく似てる漫画のキャラは『邪神ちゃんドロップキック』のメデューサ
④姫月恵美子 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職
スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。
☆全くの無意識だがどことなく似てる漫画のキャラは『みつどもえ』の丸井みつば
⑤天知九 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職
元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。
☆全くの無意識だがどことなく似てる漫画のキャラはpanpanya作品の主人公
⑥??? ??(??? ??)性別:? 年齢:? 生年月日:? 職業:???
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☆全くの無意識だがどことなく似てる漫画のキャラは『僕だけがいない街』の雛月加代
こんにちは。第二章にあたる「立つヒナ跡を濁さず」編も今回で終幕です。前回配分ミスって長くなったとかのたまっていましたが、何と今回はその前回を大幅に上回る文字数になってしまいました。ほとんどその場ばかりの文章であることが見え見えですね。申し訳ないですホント。母親のキャラクターこんなに濃くするつもりなかったんですが、メインの陽菜を食ってやしないかちょっぴり不安です。
1
「だ、大丈夫だって…………取って食おうってわけじゃないんだから………多分」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
「そ、そもそもそんな恋愛対象としてみてるわけじゃないでしょ? 凛ちゃんだって」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
「俺だけじゃなくて、星畑にも、何なら姫月にも来てもらうから………だからあんま気に病まないでも………」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
岩下ママについての話を聞いてからずっと震えっぱなしである。しかしあばあば言いながらも、手は強気にも親指を立てたり、ないないと手を振ったり、ピースをしたりとコロコロ形を変えている。百面相をする手はやがてガタガタ震えながら、レジ袋に突っ込まれ、そのままビール缶を引っ張り出し、黒川が止める間もないほど一瞬でグッと煽る。
「ぶべええ……苦いぃ~…………」
「な、何をしとるんだ君は………」
「お、落ち着こうと思って………体がいう事を聞かなくなってたので……すいません」
「落ち着けた?」
「あ、はい、かなり……。お、お酒パワー………ウフフフフ……」
「……………大丈夫そう?明日……別に無視しても罰は当たらんと思うけど」
「い、いえ!ヒナちゃんと仲良くなるためには越えなければいけない壁です!!」
「天知さんの事になったら見境と理性が無くなる点を除いたら、ちょっと変わってるだけの良いおかあさんだから………多分」
そのまま家に帰ってくると、あれだけあったピザがもう半分以下になっていた。しかしそれ以上に気になるのは、姫月が天知の胸に頭をぐりぐり押し付けていることだ。過激なアタックというよりは、ふざけているようにしか思えない行動だが、いつもの猫芝居よりも効果てきめんなようで天知は目を白黒させて目に見えて狼狽している。
「あ!帰って来た!! す、須田さん!! 助けてくれ!!」
「ええ? 何してんですかこれ?」
「エミ様!! ふ、服が皴だらけになっちゃいますよ!?」
「ンフフフフフフ……すげえだろ? こいつ酔っぱらったらこうなるんだぜ?」
「酔っぱらったらって………酒飲んだの? 下戸だったんじゃ………」
「いや、そう言えばこいつ……うちの店でも酒頼んでなかったなって思ってさ……別に馬鹿にしたつもりじゃなかったんだけど、それ指摘したら勝手にヒートアップして………俺のビールパチってこのざまよ」
「苦手って言うか………悪酔いするたちなんだな………」
「え、エミ様!天知さん困ってますよ? そろそろ離れて………き、気持ちは分かりますけど………」
「気持ちは分からんでくれ………」
「……………ふ、ふふふふふ………凛、凛、顔、かおぉ~……」
「へ………顔?顔を近づければいいんですか?………これでいいですか?ブへ!!?」
顔を近づけた凛の鼻に指を突っ込む姫月。たまらずすってんころりんと尻もちをつく凛を見て、げらげらと大笑いする。
「何ていうか…………お茶目な一面があったんだね………」
「やりかえせよ須田。今なら何しても明日には忘れてるだろうぜ」
「い、いえ………エミ様が楽しければ私は、それで………って、え?え、エミ様?こんどは何を?え、え、え………ひ、膝枕ですか? わ、わたし………まだお風呂入ってないので、汚いですよ」
「眠いんなら、寝床に行けよな………凛ちゃんまだピザ食えてねえんだから」
「…………何言ってんのよ…………風呂入ってないのが濃厚でいいんじゃないの……」
「星君………エミ様の名誉を棄損するアフレコはやめてください………」
「今まさにセルフで名誉に泥塗ってる気がするけど……」
「そんなことより、水を飲んでおかなくちゃ、本当にお酒に弱いんだったら、二日酔いしちゃうよ?」
「あ、ありがとうございます………エミ様~……天知さんがお水をくれましたよ~……」
「…………んぅ~………口、口移しで………のm………」
「え?く、口移しですか?? (ごくり)わ、分かりました。で、では………失礼して……」
「アンタじゃないわよ!! 天知よ天知!!」
「そのアフレコは的を得てると思う」
「あ!そ、そうですよね!し、失礼しました………で、では天知さん………」
「やらないよ!?」
そうして酔いつぶれた姫月を介抱し終え、残ったピザを食べて、お開きとなった。酔っぱらった姫月の奇行にすっかり明日の事を忘れてしまった黒川は結局、星畑に何も伝えられずメンバーたちと別れてしまった。一方の凛もどれだけ言っても膝から姫月を下ろそうとせず、たとえピザカスを彼女の顔面にポロポロこぼすという無礼を働いてでも、「お世話」に専念していた。もちろん明日の事なんて記憶にあるわけがない。
2
次の日、あくびを何度もかみ殺しながら、一先ず凛と連絡を取り合い、集合場所である東河原駅で落ち合うことにした。メッセージの既読が一瞬でついたことから察するに、彼女はまたも徹夜したのだろう。そのくせ、案の定、黒川が集合場所に来た頃には既に到着していた。
「………早いね……まだ朝の8時なのに……」
「ふぁ……ふぁい………寝不足です………」
「…………俺、星畑に連絡するの忘れててさ………ダメもとで今送ってみてんだけど、たぶん寝てて届いてないわこれ」
「あ、はい。……私も……ていうかエミ様、まだ眠ってますし………」
「ずっと……膝の上に置いてたの?」
「い、いえ!皆さんが帰ってからはすぐにベッドにうつしましたよ?」
(…………嘘だな…………服着替えてねえし……これはひょっとして風呂にも入ってねえのか?)
(「…………何言ってんのよ…………風呂入ってないのが濃厚でいいんじゃないの……」)
昨日星畑が冗談で言っていた言葉が妙ななまめかしさをまとってフラッシュバックする。濃厚ってなんだ。人を二日目のカレーみてえに言いやがって。と誰に知らずか脳内で反発する黒川。
(せっかく凛ちゃんは俺を頼ってくれてるのに……こんなキモいことばっか考えてちゃ最低だぜ!気ぃ引き締めないと!)
「……………………き、き、緊張してきました…………わ、私、同担に会うの…初めてなんですよね…」
「まあ、それはそうだろうね……」
「あ、ああ、あの………岩下さんって……どんな方なんですか………」
「どんな…………う~ん……どんな……………どう………なんだろう。へ、変な人だった」
「も、もっと、具体的に教えてください…………イメージトレーニングするので………」
「何ていうか淡々としてて、クールな感じなんだけど………天知さんが絡んだ時だけ…淡々としたまま変になるの……」
「? アニメのクーデレキャラみたいな感じですか?」
「うん。まあ、そうかも……………そんな感じ」
ふんふんと頷く凛。イメージトレーニングとは何をするつもりなのか見当がつかないが、今は変に刺激せずに気持ちをほぐした方がいいだろう。
「そう言えば俺、今日もギター持って来たんだけど……」
「へあ? あ、そう言えば昨日もギターケースを持ってらしましたよね?」
話題の舵を大いにきって、凛にあまり考えこませないようにする作戦は成功した。相変わらず敬語がへんてこだが。
「ちょっと弾いてみてよ。ギターどれだけ上手くなったのか」
「ええ! こ、こんな人前で、ですか?」
ちょっとめんどくさい絡み方だが、これも他の事に神経を使わせるという黒川なりの作戦である。どうせどれだけイメージを巡らせてもあの、暴走機関車みたいなおばさんを上手く対処できるわけがない。ならばせめて待っている間ぐらいは、気を楽に持って置こうじゃないか。
「うう………人前で演奏するのはちょっと……く、黒川さんが先に演奏してくださるんだったら……」
「俺? いいよ。中学生ん時はいきって公園で歌ったりしてたくらいだからな。人前でギター弾くくらい余裕余裕」
駅の外れにある大理石のベンチに腰掛け、ギターを取り出す黒川。
ジャンジャンと軽く音を鳴らすと、すかさず凛がスマホを向けた。
「リンスダグラムには乗っけないでね……?」
「も、もちろんですよ!!もう今回で凝りました……私も」
ひとまずT-レックスの『20th Century Boy』を披露する。初心者向けにアレンジされたものだが、リピートの甲斐あってまあまあ聞けるできにはなっている。いつもの癖で飛び出そうになる声を抑えながら、一番を引き終わると同時に凛が拍手する。先程は平気とのたまっていたが、つられて無関係の爺さんにまで拍手を浴びせられ、かなり気恥ずかしい思いをしてしまう。
「ほい。次は凛ちゃんの番」
「………約束を反故にして申し訳ないですが……今の後にギターを握れるほど私の肝っ玉は太くないです………」
「え~………まあ、いいけど。………にしても来ないね。時間指定なかったのはめんどくさいな~」
「はい。 いつ頃来られるんでしょう」
「向こうが一方的に呼んでるんだし、最悪こっちが遅れてもいいでしょ!どっかでモーニングでも食べようよ。奢るし」
「え…………そ、そんな……私も出しますよ?」
「まあまあの20世紀少年だったよ!!」
凛を連れて公園を後にしようとしたとき、背後から野太い声がする。ぎくりとして振り返ると、そこには150キロは余裕で越えていそうな大巨漢が仁王立ちしていた。
「まあ、マークボランを名乗るにはちょっとばかしパンクさが足りないけどね!」
続けざまに大声を出し、ずかずかと歩み寄ってくる大デブ。タンクトップは今にもはち切れそうなほど張っていて、なるほど確かにパンク寸前という感じである。黒川は思わずその場で固まってしまい動けなかったが、自分に話しかけているという認識は何とかできたので、慌てて返す。
「えっと…………どうも………まだ練習中でして………」
「この世に鍛錬の終わりなどないよ!! ジミヘンだって今頃地獄でレッスンに励んでいるだろうさ!!」
(ギターの神様を勝手に地獄に堕とすんじゃねえ)
ちなみに凛はすっかり怯えきっていて、黒川の後ろで震えている。
(お………お知り合いですか………?)
(まさか!!)
「そこの娘は流石になかなかパンクだね! まるでレディ・ガガの妖精だ!!」
小声で会話をしたのが仇となり、哀れ、デブのターゲットが凛に移ってしまう。
「………………く、黒川さん……」
ぎゅうっと不安そうに黒川のシャツを握る凛。これは男を見せなければいけないときである。
「…………あの~……俺らもう行きますね?」
「どこに行くというんだね!! まだ自己紹介もすんでないというのに!!」
「え………別にいいです。失礼します…………」
「んん? 何だか話が噛み合わないぞ?なんだというのだ?キミらは須田凛とそのバンドのメンバーではないのか?」
「え!? 凛ちゃん知り合いなの?」
ブンブンと首を横に振る凛。「そんな言い草ないだろう!」とデブが詰め寄り、凛が絶叫する。
「これを見たまえ!僕が同士である証明だ!!」
半泣きの凛の前に掲げられたスマホにはサイケというかロックというかな、血塗りの骸骨が描かれたポスターの写真があった。そこには方々に「Begging Great Rock Star」だとか「ハードに生きてハードに暴れてハードに死のうぜ!」だとか「半端じゃねえ奴この指とまれ!!」だとかサイケなカラーで血気盛んな文句が書かれていた。文面で察するにバンドのメンバーを募集しているのだろう。隅っこの方に担当、須田凛(2回生)大学非公認ですが好き勝手にやっちゃいましょう!」と可愛らしい文字で勝手なことが書かれている。さらにさらに隅にはリンスダグラムに通じると思われるURLまで書かれている。
「あ…………そ、それは……」
「痺れたよ! 未だかつてここまでパンクな勧誘ポスターは見たことが無かったからね!!」
「え?え?え……?これ、凛ちゃんが描いたの?すっげ上手……ていうかこれってもしかしなくても前言ってたバンドの奴じゃないの?」
「は、はい…………。確かに私の描いたポスターです………。え、も、もしかして……DMをくれたのって……」
「いかにも僕だよ! 財津まみる!19歳!」
「す、すいませんでした! すぐに気が付かなくって……!」
「いや、メッセージにちゃんと書いとけよ!それなら!何で時間指定もしないの!」
「そんなパンクじゃない出会いは求めてないと思ってね!」
「アホ!失禁しそうな勢いでビビっちまったわ!!」
「ぶふ~……なんだねさっきからキミは………ちょっとギターを誉めたからって調子に乗ってるのかい?」
「黙れ! こちとらお前のややこしいDMのせいで寿命が縮まる思いしてんだよ!」
「こ、この方は黒川さんです! 私のお世話になってる偉大なシンガーですから!!軽はずみな発言は控えてください!!」
(相変わらず好きなものの敵には強気だな)
「へえ………シンガーねえ………みのミュージックも真っ青なほど音楽をかじっている……もはや呑み込んでいると言っても過言じゃない僕でも一ミリも知らないんだけど………どれほどのものなんだろうね!!」
「ムムムムムム………ム~……」
ゆらりゆらりと揺れながら目を細めて唸る凛。ひょっとしてそれは威嚇なのかと黒川が思う前に、デブが続ける。どうでもいいが、ボリュームを何とかしてくれないだろうか。あと、凛も凛でいい加減自分を大物歌手として紹介するのは勘弁してほしい。
「まあ、無名は僕だって大いに同じことだ!今から最高にパンクなメンバーを揃えようじゃないか!!」
「………お気持ちは嬉しいですが、ここはごめんなさいと言わせていただきます」
「何その断り方。駄目だよ。アクセス方法はどうあれ、来てくれたんだから、もう少し丁重に扱わないと……どうせ、もうノープランなんだし。取り合えず俺帰った方がいい?」
「え……や、やだ!駄目です!一人にしないでください!!」
「まあ、どうやら思ったよりも常識を重視しないといけないグループだったことが分かったよ!残念だが、お断りはこちらも同じだ!特に黒川とかいう方!そんな常識的なことばっかり言ってつまらなくはないかね!!」
「……うるせえ!内田裕也みたいな錆びたロック論展開しやがって……」
「待ちなさい!好き放題言って……このまま何もなしで帰れるなんて思わないでください!!」
「このまま何もなしで帰れるなんて思わないでくださいって聞こえたけど……何する気凛ちゃん?」
「ほう……暴力かい!パンクで結構!」
身構え、どしーんどしーんとバウンドするデブ。一回りも二回りも小さい、チンアナゴとリュウグウノツカイぐらい差がありそうな相手を前にここまで闘志をむき出しにできるのも大したものである。
「ひい!な、殴り合いなわけないじゃないですかぁ!! た、ただ、黒川さんに謝って欲しくて!」
「謝るも何も、僕は事実を述べただけだよ!須田凛!」
「謝るも何も、その人は事実を述べただけだよ……凛ちゃん」
「いえ!許せません! 黒川さんは私に何度も自信と希望を持たせてくれる大恩人です!つまらないなんて絶対に言わせません!」
「ならば、つまらなくない証拠を見せてみたまえ!!」
(どんどん話が変な方向に行くなあ……いっそ、岩下家が恋しくなってくるくらいだぜ)
「く、黒川さんは!えっと……黒川さんは……!えっとぉ……歌唱力が抜群で……抜群です!」
「はははッは!何だい!君だって彼の良さが分からないみたいじゃないか!」
「きゅ……急だからなにも思いつかないだけです!……くそう!自分のポンコツ脳みそが憎い!!」
「キミ………! シンガーを名乗るくらいなんだから!!何か小規模でもアーティスト活動は行っていないのかね!?」
「…………言いたくない」
「言いたくない!? 信じられない!? 大物になる気は無いのかね!?」
「ねえよ!!」
「わ、私はゆる~くやる『けいおん!』みたいなバンドを目指してるんです!そんなガチな意気込みで来られても困ります!!か、帰ってください!! カエレ~!!」
「何だねその言いぐさは!! よくもまあ……そんなノーパンクな意気込みであんな勧誘文句を書けたものだな!!恥ずかしくないのかね!?」
「それは俺もそう思うよ凛ちゃん」
「うう……だ、だってぇ……カッコイイバンドにしたかったんですもん……」
「僕だって軽はずみに意識高いことはいいたかないさ!! でもね!中途半端な文化祭レベルのパンクで満足していいのは、人徳や交友関係やコミカルさだとかでカバーできるポイントがある奴らだけだよ!見栄えがいい須田凛ならともかく!君にそれはあるのかね!!」
「めっちゃその通りだけど! 俺はメンバーじゃないんだってば!」
「うう………く、黒川さんにお、お説教なんて……ふ、不敬が、不敬が過ぎます……」
「メンバーじゃなくて!大した活動もしてなくて!さしてルックスがいいわけでもないのに!なんでそんなチヤホヤされてるんだね!!ぶっちゃけずるいぞ!!」
「それもその通りだけどさ……この娘はちょっと感性が変わってるんだよ。………凛ちゃんも!俺の陰に隠れて好き勝手言ってないで……ちゃんと話したら?ややこしいポスターで炊きつけちゃったのは事実なんだし、仮にも興味を持ってきてくれてんだしさ」
「ややこしいポスター…………わ、わたしは……かっこいいデザインにしようと思っただけで……」
「絵だけで良かったじゃん………アイアン・メイデンみたいで、これだけで十分カッコいいのに」
「そ、そうですか?え、えへへへへへ……ま、まあ正しくアイアン・メイデンのジャケットをトレースしたんですけど……」
「………さっきは売り言葉に買い言葉で願い下げなんて言ったが……正直、他の音楽系サークルはアイアン・メイデンはおろか、T-レックスすら聞いたことが無いようなノーパンクどもだらけだ……僕が所属できるとしたら……ここしかないんだよ。すまなかった!ここで僕をパンクさせてくれ!!」
意外にも先に大人になったのはデブ、もといまみるの方だった。今までとは打って変わった小声で素直な気持ちを告げる。
(そういや凛ちゃんってどこの大学行ってんだろ?うちじゃねえよな)
「……………うう、わ、私も………その……いきなり邪険にしてしまって……ごめんなさい」
「黒川くん。キミにも無礼な態度をとってすまなかった!君がノーパンクな態度を貫いたおかげで、こっちも冷静になれることができたよ……」
「褒められてんだかけなされてんだか……まあ、落ち着いたんなら良かった」
「…………バンドの件なんですけど……申し訳ないんですが…今、私情が立て込んでまして…もう少し落ち着いたらまた、連絡……必ず連絡しますから……」
「分かった!それまでは僕も!己がパンクを磨いておくよ!」
「そういえば……楽器は何ができるの?」
「ドラム!!」
「へー……何か演奏凄そう………」
「MAC・5という名前で動画投稿してるから!マストで確認してくれたまえ!」
「はい! それでは、また!」
チャッと人差し指と中指を立ててキザに去っていく大巨漢。その太々しい後姿に黒川が声をかける。
「…………歌い河チャンネル……」
「? 何か言ったかね?」
「俺の………活動してるチャンネルが……歌い河チャンネルっていうの…まあ、俺はバンドメンバーじゃないんだけど……」
「………マストでチェックさせてもらうよ!」
「うん。あ、でも…けっして凛ちゃんが目指す方向性ではないからな!念のため!……行っちゃった」
「な、何だか凄い方でしたね………。悪い人ではなさそうですけど………」
「…………………凛ちゃんも凄かったよ……同じ土俵に立ってたし……」
「ええ! は、傍から見たら私って、あんな感じなんですかぁ!!」
「しっかし………結局、岩下ママは何の関係もなかったんだなあ。まあ、無いなら無いに越したことないけど」
「で、でも小学生のヒナちゃんに番組出演してもらうには……単親の岩下さんの許可が必要不可欠ですよ?そうなるとどこかで私も面識を持っていただかないと………」
「当初は上手くいくわけないと思ってたけど……何とな~く陽菜ちゃんはのってくれそうな気がするんだよなぁ。何であんな素直ないい子の親があんなヤンデレもどきなんだか……」
道端の石をかかとで小突きながら黒川が愚痴る。すると凛が背後を見ながら何か口をパクパクさせている。訝しみながら黒川も振り向くと、そこにはスマホをいじる岩下ママの姿があった。驚愕のあまり逆に声が出ない黒川。サーッと血の気が引いていく音が聞こえる気がする。
「綺麗………しゃ、写真とちょっとも変わってない」
ぽつりとつぶやいた凛の言葉でようやく事態が飲みこめた黒川は、絞り出すように、目の前でこちらを一瞥もせずにスマホをいじり続ける岩下ママに言葉を投げかける。
「…………えっと、こんにちは……い、いつからそこに………」
「……………………………………」
「あ、あの~」
「……ヤンデレ………『その好意が強すぎるあまり、精神的に病んだ状態になることを指す』………ですか………」
「ひい!ごめんなさい!!」
どうもスマホをいじっていたわけは陰口の中の聞きなれない単語を検索していたようである。都合の悪い話もばっちり聞かれていたことが分かり、謝罪する黒川。ここで初めて彼女と目が合う。
「何故謝るのです?心を病むほど恋焦がれるなんて素敵なことではありませんか」
「え、へ、へい!そうですね!」
「ひぃぃぃ~………しゃ、しゃべったぁ~………」
ビビりすぎてもはや森羅万象全てに怯えている凛。当然、岩下ママの次なる視線は凛に向けられる。
「おや? あなたは確か天知さんと一緒に写真に映っていた………お名前は何でしたっけ?」
「す、すすすすす須田、凛です!スダーリンと…………」
(凛ちゃんストップ!この人冗談が通じる人じゃないから……)
(はえ………す、すいません……場を和まそうと思って……)
「煤田凛さんですか? お写真で見るより美人ですね」
「そ、そっくりそのまま………お言葉をお返ししますよ……でへへへへへへっへへへ」
「あの~…………どうして駅に……?」
「瑠奈……陽菜の姉が無事こちらに来れたみたいなので………お迎えに来ました」
「ああ! それじゃあお迎えに行かなきゃですね!!」
「いえ? もう陽菜と二人で先に自宅に戻ってますが……私は昼食の買い出しです」
「へえ! それじゃあ買い物に急がなきゃですね!!」
「そう邪険にしないでください。天知さんの件に関しては私も暴走してしまったと反省しています」
「……………はい」
「少し、お話ししましょう。せっかく煤田さんもいるんですし」
3
結局、凛の名前を訂正することも誘いを断ることもできず、近くのカフェまで来てしまった黒川たち。
「始めてくる場所なのでおすすめなど分かりませんが、お好きなものを頼んでください」
「………………ひゃ、ひゃい! ありがとうございます!!」
(何か天知さんと初めて会った時を思い出すなあ)
感慨のようなものにふけて間もなく、ウェイトレスが注文を受けに来た。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「私はカプチーノをお願いします」
「ミ、ミルクココアを………は、はい!アイスで大丈夫です!!」
「え~っと………俺もカプチーノでお願いします」
「カプチーノをお二つと、アイスのミルクココアですね。少々おまち……」
「あっちのダウン着た客が喰ってるコーヒーゼリーのパフェみたいなやつ一つ」
「えあ!ほ、星君!?」
ウェイトレスが慣れた調子で注文を繰り返している途中で、割り込むように星畑が割って入り注文を入れた。息を切らしながら、どっかりと腰を下ろす。
「え!………あ、はい。お、お連れのお客様ですね!かしこまりました」
少々、お待ちくださいませ、と今度こそ言い切ったウェイトレスが持ち場に戻る。星畑は凛と黒川の横に座ったため、向かい合う岩下ママは3人掛けのシートを独占する形になる。
「え~っと……あ!これか!『ロイヤルブレンド:コーヒーゼリーア・ラ・モード』うげぇ…1500円もしやがる」
「いいですよ。私が出しますんで。それにしても、星畑さんまで来られて、あそこで何かする御予定だったんですか?」
「いや!ちょっと集まろうと思ってたんですけど、大した用事はないですよ!こいつ寝落ちしてメッセージ見てなかったから、てっきり来ないもんだと思ってたんですけど」
「そうですか。用事がないのならいいんです」
(集まろうって……この人が呼んだんじゃねえのかよ?)
(私の勘違いで……岩下さんと会ったのは偶然なんです)
事態をうまく呑み込めない星畑に凛が小声で説明する。
「で、えっと……お話って………」
「………では、率直に………あなた方は陽菜を何かにスカウトするつもりなんですか?」
「「「!!!」」」
「……すいません。盗み聞きするつもりはなかったんですが、お二人の会話が聞こえてしまいまして」
「え、え~……えっとぉ……スカウトって言うか………」
「あまり気まずい思いをしなくて結構ですよ。冷静に考えてただの友人があの場で天知さんについてくるのは不自然ですし、若干そんな気はしてましたから」
「はい………えっと、騙すようなことしてすいませんでした」
「何か思惑は孕んでたんでしょうが…陽菜と遊んでくれたことや友人になってくれたのは事実でしょうし、かまいませんよ。娘の、特に陽菜のスカウトなんていつものことですし」
「やっぱしょちゅう来るんですか」
「今でも昔の業界仲間から良く来ますよ。今回の天知さんとのコネクションだってそれが目当てだろうなって端から分かってましたから。その点では私も、娘を利用した悪い母親です」
「…………ヒナちゃん、そんなに凄いんですね………」
「…………恥ずかしい話……全て見抜かれた通りです。勿論、母親である岩下さんの許可は必要不可欠だと思ってましたし、いずれ話はつけるつもりだったんですが……」
「私の許可ですか……いいですよ?」
「良いんですか!?」
「まだどんなことやるかも言ってませんよ!?」
「あなた方を見てる限り、そこまで胡散臭い話でもないでしょうし、何より天知さんが信頼をしてる人達ですからね。それを差し引いても、そもそも私は娘がやりたいと言った仕事を断ったことはありませんよ」
(この上なく胡散臭い話なんですが………)
「ですが、それはあくまで陽菜がやりたいと言った仕事のみです」
「…………あ………」
ここで黒川は、陽菜が最近、子役を辞めようとしているという話を思い出した。最難関だと思われた母親の関門を突破したが、そもそも陽菜がもう仕事をしたくないと考えているなら、無理な話かもしれない。たとえそれが、芝居でもなければ、業界云々の仕事でなくてもだ。
「そういえば、以前、聞けなかった……あの、陽菜ちゃんが業界を辞めたがってる理由って言うのは」
「それが、分からないのです。親としてあるまじきことですが……」
「分からない?陽菜ちゃんは岩下さんに何にも言ってないんですか?」
「はい。お仕事の話は全て陽菜に伝えているのですが、全て断ってしまいます。そのせいもあって最近は徐々に話も減っていて……」
「それは……そうですよね」
「陽菜が子役にならないのが惜しいとか、そんなことは思ってないのですが、私が見てる限りではお芝居も楽しそうにやってましたし、理由が分からないのが不安で」
「お芝居が嫌になったとかでは俺もないと思います……薄い付き合いで言うのはおこがましいですけど」
「何か原因っぽいこととかなかったんですか?」
「……………あ! そういえば、2か月前くらいに見知らぬ通行人に肉棒を見せられてました」
「大事件じゃないですか!!」
今まで熱心に話を聞きこそしているが、全く会話に交わらなかった凛が、真っ赤になって叫んだ。
(星畑……俺、チ〇コのこと肉棒っていう主婦初めて見たよ)
(俺も……主婦初めて見た)
(お前、何から生まれてきたんだよ)
(とにかく明るい星畑に悲しい過去…………)
(嘘つけ!! お前の母ちゃんピンピンしてるじゃねえか)
「……………聞いてます?」
「………え、あ、はい。聞いてます聞いてます」
「許せん奴もいたもんですなあ。まったく」
「ヒナちゃん………トラウマになっちゃったんじゃないですか?」
「それが………………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お母さん!お母さん! 今日、おチンチン見ちゃった!しかも男の人の!」
「陽菜さん。肉棒は男の人にしか付いてないんですよ?」
「そうじゃなくて!初めて知らない人の大人のおチンチン見ちゃったの!!」
「野ションでもしてたんでしょうか。この寒い日に」
「ううん。『お嬢ちゃんさすって~』って言って見せてきたの」
「駄目ですよ陽菜さん。知らない人の肉棒はさすってはいけません」
「うん。さすってないよ。『近くに病院があるからそこに行ってください!』って言ったの」
「陽菜さん………あそこは脳外科ですよ。泌尿器科ではありません」
「私、間違えちゃったの?」
「いえ、むしろ大正解です。………初めての肉棒はいかがでしたか?」
「う~ん………妖怪みたいだった」
「なんという妖怪ですか?」
「………………………………さすりん坊主………」
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「………という感じで………別段気にしている様子はなさそうでしたが」
「子どもって……いや、陽菜ちゃんすげえな」
(思ったより似た者親子だったのかもな…)
「で、でも、だったら本当にどうして………ご家族の反対があったわけでもないのに」
「お姉さん………瑠奈さんはお芝居を辞めそうになる時期とかなかったんすか?」
「どうでしょう?……あの娘は芽が出るのが遅かったですから…………ピリついていた時期はあったんですけど、仕事を辞めることはなかったですね」
「お姉さんの芽が出る前は陽菜ちゃんも普通にお芝居してたんですかね?」
「はい。テレビよりも舞台や映画の脇役で出ることが多かったんですが、あの頃は率先してお仕事に励んでましたよ。そろそろ、主演も任せてみようかという時期に急に消極的になって………」
「脇で細々とやんのがよかったとか?」
「いえ? セリフが少ないといじけてましたし、そんなことはないと思うのですが」
「お姉さんが成功し始めてることと何か関係があるんでしょうか?」
「………分かりません。私は母親失格です」
「い、いや!そんな…………」
「……………不躾で…恥知らずな頼みだと承知の上でお願いがあります。……どうか陽菜が役者を辞めた理由を明らかにしてくださいませんか? そして願うなら、あの娘を、陽菜をよろしくお願いします」
深々と頭を下げる岩下ママ。慌てて「え」「あ」「うう」とうめくことしかできない黒いのとピンクのとに変わり、金色のが温かい声色で返す。
「顔を上げてください。仕事云々以前に、陽菜ちゃんは俺らの友達ですから……もし悩みがあるなら晴らしてやりたいのは一緒っすよ!」
「はい。…………あと叶うなら天知さんのシェアハウスに陽菜を入り浸らせてください。私が毎日迎えに行きますので」
(すげえタイミングで下心ぶっ放してきた…………)
「奥さん、台無しですぜ」
4
コーヒーを飲み終えた岩下ママは買い物を急ぐためと料金を置いて去っていった。席を立つ際、また深々とこちらに頭を下げた。黒川も凛も、もうこのカフェにいる理由はないのだが、どっかの馬鹿が注文したパフェを待つため出るに出れない。
「……………実際問題、何が原因だと思いますか?ヒナちゃん………」
「姉だろ」
「それしかねえだろうな………それか単純に、人知れず事件があったとか」
「で、でも………お姉さんが売れたからって拗ねて辞めちゃうような子には思えないんですけど……まあ、会ったことはないですけど………」
「アホ、今の話で分からねえのかよ」
「………へ?」
「ちゃん陽菜が子役辞めたから姉に需要が回って来たんだろうがよ」
「………………それって……お姉さんが……えっと…瑠奈さんでしたっけ……が……」
「言い切れねえけど……そう考えるのが自然だろ」
「じゃ、じゃあ……ヒナちゃんは本当は辞めたくないのに……お姉さんの為に身を引いて……」
「まあ、陽菜ちゃん元気そうだったし……姉ちゃんに脅されたとかは無いと思うけど。どっちにしろ、なんかややこしいごたごたはありそうだよな」
「で、見当がついたけど……それでどうするんだよ」
「う~ん……もう、陽菜ちゃんに凸するしか……ないと思うけど」
「きょ、今日に会えますかね?」
「天知さんに相談してみたら?……姫月は知らんけど、あの人なら力になってくれるだろ?」
「そうだな………じゃあ……」
「お待たせしました。『ロイヤルブレンド:コーヒーゼリーア・ラ・モード』です」
「………………これ喰ってから電話しよう」
しかし……食べ終わる前に、黒川のスマホにメッセージが入った。相手は先程交換したてほやほやの岩下ママである。
「助けてください。家の中が何故か険悪です。星畑さん、場を盛り上げてください。お得意のあれで」
「い、家の中険悪…………なんで?」
「お得意って………この人は俺の何を知ってるんだよ」
「こ、これって……もしかしなくても来いってことですよね?」
一先ずパフェをかっこんで急いで岩下家に向かう一同。道中、凛が派手に転び膝を強かに打ってしまったため、黒川が背負うことになってしまった。内心役得の黒川だが、時間は大幅にロスしてしまう。
「うう~…………ま、またしても醜態を……お、重くないですか……?」
「ダイジョウブ、ゼンゼン、オモクナイヨ」
出来る限り感覚を殺し、背中にあたる感触を気に留めないようにしているためか、片言になってしまう黒川。
「ほ、本当ですか? 何かすごく無理をしてるような気がするんですが………」
「ダイジョウブダイジョウブ!ムシロカルイヨハネノヨウ」
「ほれ……岩下家に着いたぞ……女子の感触楽しんでねえでさっさと下ろせ」
「そういうことを軽々しく言うなってば!!この妖怪下ネタラージャン!!」
「///………あ、あの………私みたいな雑魚………女子扱いしなくて大丈夫ですよ………?」
(無茶言わんでくれ……妖怪童貞殺し……)
「あまり人の家の前で下ネタなんて言葉叫ばないでもらえませんか……?」
「どわっ!!」
「あ………どうもすいません……。で、険悪って何があったんすか?」
気が付けば家の外に来ていた岩下ママが3人に声をかける。
「…………何もなかったんです」
「はあ?」
「ならいいじゃないですか」
「良くないです。いつもの陽菜ならまずよく分からない即興ソングで瑠奈を出迎えて、その周りをグルグルしながら物凄く相応しくないテンションで最近仕入れたであろう怪談を聞かせたり、吸盤のようにくっついて離れなくなったりのものすごいアクションで瑠奈に絡みつくんですから。それが今回は一言も口を利かずです」
「…………そ、そうですか……べらぼうに可愛いですね陽菜ちゃん」
「何だか癒されますね!お姉ちゃんの事大好きなんだろうな~……」
「でも、今回はそんな光景が拝めなかったと……今も家に2人はいるんですか?」
「いえ………瑠奈は自室で荷物の整理をしていますが……陽菜は遊びに行くとどこかに行ってしまいました。いつもなら例のごっこ遊びを瑠奈にせがむ頃なのに……」
「ええっと………じゃあ、俺ら無駄足ってことですかね」
「そうなりますね。申し訳ございません。………おや?凛さん怪我をされてるんですか?」
「えあ………い、いえ……ただのかすり傷です」
「いけません。消毒しますから一先ず中に入ってください」
断ることもできずに中に入り、簡単な手当てを施される凛。
「ッ………!」
「すいません。沁みましたか?」
「い、いえ…………すいません」
「謝らなくって大丈夫ですよ。貴方はまだ子どもなんですから、幾らでも大人を頼りなさい」
「グスッ………うう、優しい………」
(あっという間に懐柔された。これが母性か)
「……………母さん……その人たち誰?」
突然、二階からぶっきらぼうな声が降りそそぐ、先程からさんざん話に出ていた瑠奈その人だろう。陽菜が母親似なら彼女は他界したという父親似なのだろうか。母親の面影はない今風の中学生という感じだが、姫月のような猫目が印象的なこれまた美少女である。階段の途中で足を止め、こちらを睨むように眺めている。あからさまに部外者扱いされ縮こまる黒川。凛に至ってはすごすご首を引っ込めている。彼女には悪いが本当にカタツムリのような少女である。
「私の友人2名と知人1名です。瑠奈さんまずはご挨拶ですよ」
(わ、私………まだ知人に過ぎないんですね)
(そりゃあそうでしょ。むしろ俺らが友人にランクアップしてることすら驚きだよ)
「星畑っす。お邪魔してま~す」
「………………………よろしく、お願いします」
(挨拶しただけで赤面される………これがイケメンか)「お、おじゃましてま~す……」
「……………ますぅ………」
黒川に続いて凛が鳴き声のようなものを上げるが、全く意に返さず、瑠奈はそのままの場所で不機嫌そうに母親に喋りかける。
「……………母さん。部屋の整理終わったんだけど……」
「そうですか。お疲れ様です」
「………………………無線ルーター………早くつけてよ」
「ああ…そうでしたね。ですが、お客様が帰られてからにしてください」
「ええ~………」
「あ、あの………俺らいいですよ。ルーター付けてあげてください」
「そうですか?どうもすいません。ではすぐ戻りますので」
「はい。おかまいなく」
そのまま瑠奈を連れて二階に上がる岩下ママ。取り残された3人はしばし沈黙。沈黙の為か二階からごそごそと響く物音と親子の会話が嫌にはっきりと聞こえてくる。
「………………………………」ルナサンナンデスカサッキノタイドハ イーカラハヤクシテ
「………………………………」エットココヲコウシテ ルーターノイロヘヤニアワナイジャン
「………………………………」モンクバッカリイワナイデクダサイ ココチクナンネン?
「………………………………」ヒナサンハチャントアイサツデキテマシタヨ カンケーナイ
「………………………………」アレ、ツナガラナイデスネ… チョットォ~………
「………………………………」ウ~ン…チンプンカンプンデス ワタシダッテワカンナイヨ!
「………………………………」ヨシコレデ!ツナガリマシタ! ネットニツナガンナイケド
「………………………………」イッタイドウスレバ… モ~ダイジョウブナノ?ネット!ネット!
「………………………………」コレデモダメデスカ? ゼンゼンダメ!ネット~!
「………………………………」ムキ~!! ワ~!オカアサンオチツイテ!!
「…………何をやっとるんだあの親子……」キカイノクセニ!キカイノクセニ~! オカアサン!!
「星畑………手伝った方がいいんじゃない?」ニンゲンヲナメルデナイ! オカアサン!!
「ええ!? 俺かよ~」キニイラナイコトガアルナラハッキリイイナサイ! オカアサン!!
「頼むよ。イケメンパワーで割り込んでくれ」ワタシハキカイノドレイジャナイ! オカアサン!!
「イケメン関係ねえだろ」コノ~!ココカ!ココデスカ!コノ~! オカアサン!!
「自慢じゃないですが私も繋げられる自信ありません!!」ウウ、モウイヤ…… オカアサン……
「分かったよ……でもお前らも来い」…ハハオヤシッカクデス ワタシネットナンテイラナイカラ…
そんなこんなで重い腰を上げ、機械音痴親子の手助けに向かう3人(うち一人戦力外)。スルスルと星畑と黒川でルーターを取り付ける。そうしてパスコードを入力し、ネットがつながった瞬間、部屋から歓声が湧き上がる。
「すいません。助かりました。あと、お待たせして申し訳ないです」
「……あ、ありがと……ございます」
岩下家2人がお礼を言う。最初はおっかない印象だった瑠奈だが、陽菜と同じで人見知りで、なおかつ思春期もあり、ぶっきらぼうな態度になっていただけなのかもしれない。自分の中学生の時は…と思いを馳せそうになる黒川だが、黒歴史だったことを思い出し、すぐに気持ちを切り払う。
「いやいや! 全然いいっすよ!」
「や、ややこしいですよね……こういう機械類って……わたしも苦手……です。えへへへ」
「………う、もうこんな時間ですか……本当にすいません。お待たせしてしまって……」
「そう言えば、この人たちってお母さん。どういう経緯で知り合ったの?」
「私の古い………仕事仲間の、お知り合いです。陽菜さんとも良くしてくださってるんです」
(まだ一回しか会ってないけど……あと、仕事仲間って言うまでの間が怖いぜ)
「陽菜と? フーン……」
陽菜という言葉に面白くなさそうな顔をする瑠奈。しかしその微妙な表情の変化に気づけず、黒川が続けてしまう。
「この前、陽菜ちゃんと『安寿と厨子王』の劇やったんだよ。流石、子役って演技で………」
「……………やったの?陽菜が?芝居を?」
「え、う、うん。やったけど……陽菜ちゃんに誘われて…………」
「瑠奈さん?どうしました?」
「………別に、何でもない。陽菜がお芝居ごっこをするのは珍しくもなんともないもんね」
どう考えても何でもあるリアクションだが、こういわれると例え母親でも追及できない。そのまま微妙な空気で、瑠奈をのこして部屋を出ることになってしまう。リビングで重い口を開いたのは意外なことに凛だった。
「あ、あの…………お姉さんと、ヒナちゃん………」
「はい。うすうすそうじゃないかと分かってましたが、2人に何かあったみたいですね」
「あの~……これ、俺ら第三者がどうにかしていいことじゃないんじゃ………」
「………その通りかもしれません………ですが、私にもお母さんには関係ないの一点張りで…」
「この年頃は難しいですからね……」
「……………お、お母さんに、言いたくないことや言いづらいこと………も、きっとあると思います」
「……………そうですね。私は母親としてあまりに不甲斐ないですし」
「違います!! お母さんだからこそ!家族が大切だから!きっと……言いたくないんだと思います…あ、えっと……差し出がましいこと言っちゃってごめんなさい……」
「そうですね。私が家族を信じないことこそよっぽど親失格ですね」
「……凛ちゃんの言う通りですよ。陽菜ちゃんは勿論、瑠奈ちゃんだってさっきの会話聞いてる限り、お母さんの事大切に思ってるはずですって!!」
凛に合わせて、岩下ママを元気づける黒川だが、励まそうと思った相手はそれを聞いた途端、気まずそうな顔をしてしまう。
「……………さっきの会話……聞こえてたんですか?」
「え?………あ~……はい……少しだけ」
「…………ちょっとお耳を拝借……」
「へ………?」
突然黒川の頭を掴み、口元に耳を引っ張ってくると「ワッ!!」と大声を出す。火花が散ったかのような衝撃に襲われその場にへたり込む黒川。
「………忘れてくれましたか?」
「…………………………はい…………」
「お二人は?」
「え、聞こえてたって何のことですか? 金髪に染めているせいか耳が遠くて……」
「わ、私……アホなので人語が分かんないんです……」
「う、裏切り者どもが……」
「何のことだ。女性の会話を盗み聞くものではないぞ。スケベめ」
「…………ごめんなさい。、私まだ聞きたい音楽がいっぱいあるので………」
「…………………な、何してるの?」
突然の母親のシャウトに驚いた瑠奈が顔を出す。
「いえ、単なるお芝居ごっこですよ?」
「は?………お母さんまでやってんの?」
「冗談です。待望のインターネットはどうですか?」
「………………それが、なんか調子悪くって………ごめんなさい星畑さんと黒川さん。また見てくれませんか?」
「え、イイけど……おかしいな。んな何度もこんがらがることあるかよ……」
瑠奈に頼まれるがまま、二階に上がる3人。しかし通された部屋に置いてあるノートパソコンは開いてすらなく、手元にスマートフォンもない。
「あ、あれ? ネットは?」
「…………お母さんと……陽菜の事について話してたんですか?」
困惑する3人をよそに、瑠奈が黒川に尋ねる。察しの悪い黒川でも、彼女が母親には秘密の会話をするために3人を呼んだことに気が付く。
「うん。陽菜ちゃんが何で…子役の仕事しなくなったのかって……瑠奈ちゃんは何か知ってるの?」
「…………………さあ、………アイツもう仕事したくないとか言ってるくせにお芝居好きなことは隠そうともしませんから……おままごとで満足できるわけないくせに」
「ず、ずいぶん……棘のある言い方だね……」
「………どーせ………いつまで経っても売れない私に勝手に配慮して辞めたんでしょうけど……妹に気ぃ使われておまけにそのおかげでマジで売れ出しちゃうことの方が……売れないよりよっぽどイラつきますよ」
「それは……まあ、その通りだわな」
「………………うう…………」
何か言いたげな悲しそうな顔をして凛が呻く。凛が言いたいことは分からないが、黒川も悲痛なのは同じ気持ちである。毒を吐いている割につらそうなのは瑠奈の方ばかり。きっと母親と3人で仲の良い家族だったのだろう。「自慢の娘」、「可愛らしい陽菜さん」という岩下ママの言葉が切なく黒川の胸中に響く。
「それで………あなた達は……一体お母さんとどういった関係なんですが?」
「それは……」
ここまで来たら観念するしかない。いや、むしろここまで事情を話しやすい場に整えてくれたことを感謝するべき程である。星畑が代表して、今までのいきさつを事細かに話す。当たり前だが、こちらの仕事内容については触れていない。
「………陽菜をスカウトって…学生たちの自主製作映画でも撮るんですか?まあ、それくらいなら陽菜もやってくれるんじゃないですか?」
「まあ、自主製作映画を撮るつもりじゃないけど……本人がしたくないって言ってるものには出演させないよ。、まだ本人には話してすらいないけど」
「……したくないって………本当ムカつく………」
「………………あんまムカついてばかりじゃ、いよいよ誰も報われないぜ?何様だって思うかもしれないけど、大女優になって七光りとも妹の代打とも言わせないようにすりゃいいじゃん。スタートが不甲斐なかったり、思うような形じゃないアーティストだってこの世にゃごまんといるぜ?きっと……」
星畑が優しく言葉を投げかける。規模の差はあれど、アイドル的人気で駆け上がった身としては何かと思うことがあるのかもしれない。
「……それ以上に…夢のはずの女優を私なんかの為に捨てたのが許せないの!お母さんの知り合いもタレント学校の先生も……もう、陽菜には幻滅してる……もう……女優になんかなれっこないよ!!」
語ってるうちに熱くなったのか、目から涙が零れる。何故だがそれを観てはいけない気がして黒川は目を逸らしてしまう。
「………一緒に2人で女優になろうって約束したのに……私が役不足なせいで………陽菜が…」
悲痛気に嘆く瑠奈。かける言葉も見つからない。見つからなさ過ぎて言葉の誤用を指摘することすらできない。凛に至っては今にももらい泣きしてしまいそうである。言葉は見つからないが、それはきっと違うだろうと否定するべきだと黒川は気持ちばかりが前のめりにつんのめる。『安寿と厨子王』の劇の際に安寿の生死を塗り替えてでも、陽菜は約束を反故にしようとしなかった。それは果たしてその時だけの気ままな気持ちだったのだろうか。黒川はそうは思えない。
「…………陽菜ちゃんは……約束を破りたかったわけじゃないよ……きっと」
「黒川さん………」
「…………それでも、結果的に、夢は捨ててるじゃないですか………」
「…………陽菜ちゃんは……結果的に大事な人を苦しめるようなことは……しないと思うよ?きっと何か真意が………」
「………真意って何ですか?」
「………それは…………分からないけど………」
「そこから先は………本人に聞いてみたらいいんじゃないかな?」
突然、扉の奥から長身の男が顔を出す。
「え、あ、天知さん!!」
「何でここに!?いつから!?」
「だ、誰?」
「……かつてのお仕事仲間の天知さんです。瑠奈さん。挨拶しなさい。無礼は許しませんよ?」
「な、なんかお母さん圧強くない?急に部屋まで来られて挨拶って………」
「ご、ごめんごめん!僕の事はいいんだ!!ただのお迎えおじさんだよ!!」
「お迎え?……陽菜!?」
天知の足元からひょこりと陽菜が出てくる。両方と馴染みの仲である3人ですら事態が上手く呑み込めないのだから、片方は知らないおっさんである瑠奈にとっては余計に混乱案件である。ともかくおじさんは謎をのこしたまま去っていった。
「では、お二人で積もる話もあるでしょうし………私もこれで……」
「あ………ほ、ほら!星君!黒川さん………わ、私たちも……」
凛に連れられそそくさと退散し、部屋には姉妹二人だけになる。が、堂々とドアの裏で母親がスタンバっていた。女性同士の会話を盗み聞く気満々である。
(ありがとうございました黒川さん方。ご一緒にどうですか?)
(い、いや……良いんですか? まあ、正直、内容は気になりますけど……)
(俺はそれより、天知さんが何でここにいるのかの方が気になるぜ)
(そ、そうですよ! 一体、どうしてこんなところ※に?)
※こんなところ……岩下家。弾みで飛び出した大失言
(それはこちらのセリフだよ。もうスカウトの事まで大地さん※に話しているなんて大したものだ)
※大地さん……岩下ママ
(陽菜さんが、遊びに行くと言っていたのは……どうやら天知さんのところだったようなのです)
(ええ!? いつの間に会う約束なんか…)
(買い物に行っていたときにね……会ってどうして子役を辞めたのか聞いてみたんだ。それで、色々聞いてね。お姉さんとそのことが原因で険悪になってしまったこともその時に聞いたよ)
(それで先程、私に連絡をくれたのです)
(家には瑠奈ちゃんどころかキミらまでいると聞いてね。おかげで根回しがスムーズにできたよ)
(すっげえな天知さん。そこまで話進めてたとは……)
(私は何も……陽菜ちゃんやキミたちのおかげだよ。後は2人次第だ)
5
「お姉ちゃん………」
「…………………………………………」
「………………お姉ちゃん………わたし……」
「……………何で…………………」
「?」
「何で………子役まで辞めちゃうのよ……せっかく才能があるのに…お芝居してる陽菜、すごく輝いてたのに……」
「………………輝いてた?そうかな………」
「そうだよ!! 私なんかよりずっと!ずっと!!輝いてた!!天才だって!みんな言ってた!!」
「そうなんだ……なんか照れくさい……かも…………」
「照れくさいって………でも、もうドラマできないよ?お仕事だって……もうほとんど入ってこない」
「そうなんだ………ちょっと寂しい…………かも」
「さっきから何悠長なこと言ってんのよ!! 女優になりたいんじゃなかったの?」
「? 子役からでしか女優になれないの?」
「~~~~! そ、そうかもしれないけど!! でも、今でだって十分大物になれるんだから!もう夢が叶っちゃうんだよ!?叶えたくないの?」
「? 私……夢かなってないよ? だからお仕事辞めたんだもん」
「はあ? な、何? 一緒に女優になるって言ったじゃない?」
「うん。その約束……お姉ちゃん覚えてくれてたんだ……………」
「………忘れたことないわよ……どんなに売れなくても約束を守ろうと思ってやってきたんだもん」
「………………ホント? 嬉しい」
「でも、ヒナが子役辞めたから………それじゃ意味ないじゃない」
「………ごめんなさい」
「……………夢を捨てたわけじゃないんだったら……何で私を信じてくれなかったの?」
「? 信じなかった?って……何?何のこと?」
「………私が売れるために……子役辞めたんでしょ?」
「何で私が辞めたらお姉ちゃんが売れるの?」
「え?」
「私は……お姉ちゃんと一緒にお芝居したかったんだもん……だから……仕事イヤになっちゃった」
「お芝居って…………私が売れて、姉妹で話題になればできたかもしれないじゃない」
「? お芝居なんていつでも出来るよ? お姉ちゃん昔私とやってくれてたよ?」
「あ、あれのこと? あんなのごっこ遊びじゃ………」
「…………遊びでもいいよ。それなら私、今はお仕事よりも……お姉ちゃんと遊びたい……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「陽菜!! 今度の写真撮影、仁丹ランドでやるんだって!!陽菜も行こうよ!!」
「…………じんたんランド?遊園地? 行く!!行きたい!!」
~撮影当日~
「ハイ!! 陽菜ちゃんOKで~す。いや~流石、こっちの頭見えてんのかってくらいハマった顔するね!!」
「終わりましたか?陽菜さん。お疲れ様です。瑠奈さんももうじき終わるでしょうし、少し遊んでから帰りましょうか」
「うん!!」
「すいません。瑠奈ちゃんはちょっとテイクが多くて……あと早くても2時間弱…」
「ていうか陽菜ちゃんは早すぎるんですよ~…プロのモデルでもこうは行きませんよ?」
「仕方ないですね。先に2人で周りましょうか……」
「…………………………………うん」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「遊びたいって………子役として活躍できるんだよ?陽菜は凄いのに……」
「だって……お姉ちゃんと一緒に居たいから……仕事始めたんだもん………」
「………………………………」
「お姉ちゃんと一緒に………いたいから……お芝居だってお姉ちゃんに憧れて……」
「………………………………………」
「……………それなのに………何で……何で…前みたいに仲良くしてくれないの?」
「…………………あ……」
「さびしいよ…………前みたいに……もっと、もっと……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「陽菜さん………お仕事だったんだから仕方ないでしょう?いつまでもむくれないでください。もう小学生なんですから……」
「だって……ゆうえんち………」
「お母さんとじゃそんなにつまらなかったですか?ちょっとショックですよ?」
「楽しかったけど………おねえちゃんといっしょがよかった……さいきんおしごとばっかりだもん」
「ヒナ~……ヒナ~! こっち!こっち来てみて!!」
「? おねえちゃん? どうしたの?」
「これ!なんて書いてあるかわかる!?」
「?わー……るど? かんじ?よめない……」
「あ、そっか……ごめんごめん………ここは……じゃん!岩下ワールドです!」
「いわしたワールド?」
「そう!ここは遊園地! 私と陽菜が代わりばんこで遊園地のお客さんになったり、スタッフになれるの! どれから乗る、お客様?何でもあるよ~?」
「わあ!ミラーハウスもあるの!?」
「あるよ~……チョイスが渋いな………お化け屋敷も、ジェットコースターも、ヒーローショーもあるよ~……」
「ヒナ……おばけやっておねえちゃんやおかあさんおどろかせたい!あ、あと……ヒーローショーもやりたい………おねえちゃんがしかいで……ヒナがかいじゅう……おかさんがヒーロー……」
「いいよ~………お母さん呼んでこよっか……」
「おやおや……お二人とも楽しそうなことをやってますね」
「あ、お母さんヒーローやってヒーロー!」
「いいでしょう。伝説のヒーロー………アマチ仮面の登場です」
「ヒーローまでオリジナルなんだ……………」
「あははははは!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……………ごめん……………ごめんね………」
泣きじゃくる陽菜を抱きしめる瑠奈。その目にも涙がたまっている。瑠奈にとって夢の中心は女優そのものだった。だが、陽菜にとっては二人一緒であることがきっと何よりも大切なことだったのだ。自分はそのことに気づいてやれないどころか変にへそを曲げて、陽菜に、こんなにも自分を慕ってくれている存在につらい思いをさせてしまった。と、瑠奈は後悔する。言葉が出てこない。涙と謝罪の言葉ばかりが飛び出す。
「…………………ごめん………わたし………ごめん……………………」
この娘は大人びた態度で大人顔負けの演技をして見せるが、まだまだ、年相応以上に、甘えん坊なのだ。子どもの時分、姉として瑠奈はそのことを十分に理解しているつもりだった。しかし、妹に仕事量や評価で差をつけられていくことからの焦りや、あまりにも圧倒的な陽菜の才能の前に忘れていたのだ。勝手に妹を遠い存在だと思ってしまった。
(陽菜はずっと、等身大のまま、私を離さないでくれていたのに………)
「ごめんね…………ごめんね……ごめんね………」
強く強く抱きしめる。離さない。離してはいけない。女優である前に、子役である前に、ライバルである前に、夢を追う仲間である前に、家族なのだから、陽菜は妹で、自分は姉なのだから。
抱き合う2人はしばらくの間、温かい涙を流し続けていた。
………その裏で、鼻水と涙まみれになっている連中がいた。
「なんちゅうもんを見せつけてくれたんや……なんちゅうもんを………」
「ううぅぅぅぅ~…………ど、尊ずきう………」
「………だめだね…………年を取ると涙もろくって……」
「一件落着ですね。流石、私の娘たち」
「実の親が冷静なのに……何で部外者が3人も泣いてんだよ。おかしいだろうがよ」
代わりばんこに天知のハンカチで涙をぬぐう。黒川、凛、天知の3人を星畑が半笑いで見つめる。
「おめえ……これで泣けんて………人の心がないんか?」
「だから!実の親が泣いてねえんだってば!! テンションおかしいことになってんぞ!!」
「む……失礼ですね。人を冷徹女みたいに………こうみえてもう心はジョバジョバなんですから」
「それどっちかっつったらション便の擬音ですよ?」
「まあ、話も終わったことだし、退散だよ退散! 泣いてたことバレないようにね」
5
流石に今日の今日スカウトじゃ、悪いかと思った黒川ら一同だったが、スッキリした顔で降りてきた陽菜に「お兄ちゃんたち、どうして来てるの?」と嬉しそうに尋ねられ、帰るに帰れなくなってしまった。結局、晩御飯をいただいてしまう。その後、大人2人を除いた5人で星畑考案の喜劇をやることになるが、世界観がシュールすぎてグダグダになってしまう。「いかんどうしてもR指定になっちまう」とぼやいているあたり、星畑自身慣れない脚本づくりにてんやわんやしていたのである。それでも、陽菜は四六時中笑っていた。心の底からお芝居を楽しんでいた。
ある程度遊びにめどが立ち、陽菜は凛との恋バナならぬ怖バナに熱中している。先程まで走り回っていたせいで体がほてった黒川は、外に出て夜風にあたることにした。すると隣に天知が腰かける。
「……………お疲れ様。隣いいかな?」
「勿論ですよ………ふぅ……あっちぃ………」
「フフ、熱演だったね。常に尻を焼かれている男だっけか?」
「アイツの子ども向けの世界観。20年前のコロコロのそれですよ」
「…………いよいよ、陽菜ちゃんのスカウトかな?」
「ハイ………ですけど、せっかく瑠奈ちゃんとまた遊ぼうってのに、変に忙しくしていいんでしょうか?シェアハウスに暮らすなんてもってのほかですし………」
「もとより、陽菜ちゃんをあそこに住ませようなんて思ってはいないさ。それともUは納得してないのかな?」
「いえ、アイツは別にいいけど、定期的に会ってくれって………それ難しいですよね。小学校だってあるのに……」
「そうかもね。でも、ダメで元々だって言っていただろう?案外、何とかなるかもしれないよ」
「はい。Uにも今脳内で怒られてます。ここまで来たら何としてでも陽菜ちゃんを離すなって」
「それなら今日決めなきゃね。彼女、明日から編入手続きを踏んで明後日にはもう登校らしいよ?」
「後がねえ……忙しいな小学生。ホントに俺らが時間食っちゃって大丈夫なんだろうか」
「時間の配分は陽菜ちゃんが決めることさ。話を持ち掛けるならタダ、しりぬぐいなら全力でするからさ」
重すぎる腰を何とか天知に上げてもらい、陽菜ちゃんに話があると声をかける。てっきり岩下ママも付いてくるかと思ったが、意味深に目線を合わせてきただけで付いてくるどころか何も言ってこなかった。
そして陽菜の部屋に通される。今度はぬいぐるみでなく、きちんとした座布団が敷かれていた。
「……私、お姉ちゃんが私の事嫌いになったんじゃないかって思ってたの……」
「……………ん? うん」
「でも、違った。ずっと勘違いしてた。お兄ちゃんたちがいなかったら気づかないままだったかもしれない……本当にありがとうお兄ちゃん」
「いや、全然、仲直り出来てホント良かったよ」
「………それでね。ちょっと思ったんだけど……私がお姉ちゃんが仕事頑張ってるの見るのがスキなのと一緒で……お姉ちゃんも私が仕事してるの見たいんじゃないかって……」
「…………そうかもね。瑠奈ちゃんなら、陽菜ちゃんがしたいようにすればいいって言うだろうけど…まあ、いっぺん話し合ってみるのがいいと思うよ」
「うん。そうだよね」
「陽菜ちゃんはさ………もし、スケジュール配分がバッチリできて……瑠奈ちゃんとも十分に遊ぶ余裕があるとしたら……その時はお仕事はしたいの?」
「したい!!」
「そ、即答だね」
「うん。私、お仕事の人っていろんな人がいて、いろんなことをやって一日も同じ日がないのが楽しくって……大好きだったの。でも、それが……お姉ちゃんとの時間を奪う嫌な感じに変わってきちゃってそれが嫌だから……辞めたのも………ちょっとだけ、原因……かも」
「好きだったものが嫌いになるってつらいよな~!」
「お兄ちゃんも嫌いになったものあるの?」
「あるある! 俺、歌うたうのがすんげ~嫌いになった時があってさ……。あんときはくさくさしてたなあ~。もう、歌手全員嫌いだったよ!歌い手とか素人の歌上手い奴なんか喉潰れちまえって呪いかけてたくらい!!」
「なんで、嫌いになったの?」
「陽菜ちゃんと一緒。歌のせいで自分の歌よりももっと大切なものが無くなっっちゃったからだよ。まあ、俺の場合はそれがちんけなプライドだったわけで……陽菜ちゃんと一緒というには語弊があるけど」
「でも、歌手なんだよね……?」
「あ、あ~……はははは。まあ、そうだね。部分的には」
「何でまた歌おうって思ったの?」
「時間が癒してくれたって言うのと……まあ、歌とか自分のやっすいプライドよりも好きなものができたからって感じかな」
「…………わたし、も、お仕事したいって思ってるのに……でも、それ以上にお姉ちゃんと遊びたい。わがままだよね?」
「子どもの間はいいんだよ。支えてくれる人がいるんだから」
「………そっかな」
「うん。お母さんに頼んでみなよ。程よいスケジュールの仕事ないかって」
ちなみにこの時、黒川はすっかりスカウトの事を忘れている。
「あるかな?そんな都合のいい仕事……」
「まあ、ないだろうね……仕事って言うのは基本的に壁みたいなもので、やる側が自分から穴を掘ったり、隙間に埋まったりするもんだから」
「うー………仕事って……大変」
「そりゃそうだよ。だから、遊び優先でいいのいいの」
「お前は……何をさせたいんだ? 仕事に前向きな若者を堕落させようとするな。仕事やりたがってるならほぼほぼ勝ったも同然じゃないか」
いい加減、しびれを切らしたUが口、ではなく脳波をはさんでくる。
「あ!……えっと、そうだった………あ、あの………陽菜ちゃん」
あまりにも不自然に仕事の話を持ち掛ける黒川。一先ず仕事と言っていいのか分からない仕事の概要と、宇宙人という存在、そして24時間カメラが回り続けるシェアハウスでロケという名の生活をすることをしどろもどろになりながら話す。毎回、この瞬間が最も精神がすり減る時であるが、陽菜は小学生特有の非現実への呑み込みの速さで、するするとスカウト文句を聞きこんでいた。
「それで、私は……………宇宙人の前でどうすればいいの?」
「自然体で生活するのと、向こうからの指示にこれまた自然体のまま従うのと、くらいかな。プライベートな部分は撮らないし(俺以外)陽菜ちゃんはマジで暇なとき、放課後とか休みの日とかに遊びに来る感覚で来てくれりゃいいよ」
「それって………仕事って言うの?」
「う~ん………宇宙人に聞いてくれ」
「でも、宇宙人の命令をこっそりこなすなんて……カッコイイ」
「まあ、確かにどんなこと言われるか分かったもんじゃないしな。でも、勿論危険なことには巻き込まないから!絶対!」
「え~………どうせやるなら危険なことやってみたいのに~」
「アグレッシブだな……流石オカルト好き」
「やってみたいけど………お母さんに何て言ったら……」
「陽菜ちゃんのやりたがる仕事はNG無しって言ってたけど……事が事だからなあ」
腕を組んで二人で考え込む。「言わなきゃいいんだ。どうせバレん」と脳内で聞こえた気がするが無視する。
「陽菜さん」
「わあ!!」 「ひゃうっ!!」
突然、扉の向こうから声がする。足音などしなかったことから察するに、最初から会話を聞かれていたのかもしれない。あの思わせぶりな目配せは何だったのだろうか。ちなみに「ひゃうっ!!」という情けない悲鳴は黒川が上げたものである。
「陽菜さん。はっきり言って私には宇宙人なんて信じられませんが、やりたいなら私は止めません」
「お母さん………いいの?」
「はい。……ただし、黒川さんたちの言うことをよく聞くこと。止められたら危険なことはやっちゃダメです」
「お母さん!いいの?かなり、嫌、滅茶苦茶胡散臭いけど……!」
ドア越しからもう一つの声がする。どうも姉も聞いていたようである。
「大丈夫です。天知さんが関わっているんですから」
「さっきから、その天知さんてお母さんの中で何なの?最強カードなの?」
「き、危険なことはないと思います。言い切れませんし、胡散臭いのはすっげえ最もだけど……」
「お姉ちゃん………やっちゃダメ?私じゃ心配?」
「…………心配だし、不安だけど。でも、少なくとも私じゃ気づけなかった陽菜の気持ちにちょっとだけの付き合いで気づけてた人だし、私も……黒川さんを信じる。陽菜がやるなら、止めない」
「すんません!よろしくお願いします!お姉さん!お母さん!」
「………何だか、陽菜さんをお嫁にやるみたいですね」
「お母さん!滅多なこと言わないでよ!!」
「ありがとう!お母さんお姉ちゃん!!私、宇宙人に気づかれないような完璧な演技する!」
「い、いや……自然体でいいんだけど………」
「いいじゃないか。やる気なんだから水を差すな。しかしでかしたぞ黒川。これで……第一の指令は見事達成だ」
「……………おお!」
Uからの激励に思わず、体から熱のような達成感が込み上げる。一人この場にいないお姫様もいるにはいるが、とにかくチーム全員が揃ったのだ。
「やったな!黒川!! お前マジでスカウトの才能ってゆーか人徳みたいな才能あるって!!」
ドアが勢いよく開いたかと思うと、星畑が小躍りのようなステップで肩に腕を回してくる。星畑には一体何回、黒川は助けられただろうか。
「黒川さん!!黒川さん!!黒川さぁん!!」
星畑の周りを嬉しそうに凛がピョンピョン飛び回る。いつだって黒川を支えてくれる少女。会ってまだ一月も経っていないなんて信じられない程、黒川にとってかけがえのない存在になりつつある。
その後ろでニコニコと様子を見守る天知。期待していた以上に頼りになる大黒柱である。どうして自分に協力する気になってくれたのかは、黒川にとっての永遠の謎である。
「…………では、そろそろお暇します。今日はホントお騒がせしました」
「こんな騒動でしたら毎日でも歓迎しますよ。こちらこそ陽菜をよろしくお願いします」
「またね……編入手続き済んで学校が落ち着いたらすぐに行くから」
「はい!また今度……です!えっと……ヒナちゃん!」
「うん。バイバイ。凛ちゃん、星君。天知さん、黒川のお兄ちゃん」
「兄貴の枠は黒川で決まりか………羨ましいなあ、おい」
「ちゃ、茶化すなよ!」
「星お兄ちゃんって呼んだ方がいい?」
「好きに呼べばいいんだけどな……まあ、じゃあ~……縮めて星ちゃんって呼んでくれや」
「ん………分かった。星ちゃん」
「…………いいなぁ……星ちゃん呼び………私にはハードル高いです」
「そうなの?」
よく分からない凛ならではの境界線に戸惑う黒川。その凛はと言えば、天知が遠くで瑠奈や陽菜と、喋っているのを確認すると、岩下ママにこっそり近づく。
「あ、えっとぉ………い、岩下さん…………」
「はい? どうしました凛さん」
「えっと………えっとぉ……わ、私は、そ、その……はっきり言って性的な目で天知さんを見てます!!ごめんなさい~!!」
怒涛の勢いでとんでもないことをカミングアウトしながら、走り去ろうとする凛をマシーンのような素早さで捕まえ捉え、手元に引き寄せる岩下ママ。
「ひいい!ゆ、許してえ……不埒な関係を築こうなんて……これっぽっちも……」
「いいですから、落ち着いてください。まったく変な人ですね。貴方も大概」
「ううう………い、いいんですか?滅茶苦茶激昂してるって聞いてたんで怖くって」
「……まあ、凛さん美人さんですから。最初は危険視してましたが、もういいんですよ」
「うえ? いいって……どうして?」
そう聞かれて岩下ママの仏頂面が二ヤリと動く。動いただけで何も言わず「それでは」と去って行ってしまう。
「え、え、ちょ、ど、どういうことですか?……」
「凛ちゃ~ん。どうしたの~?」
「あ!はい!い、今!今行きます!!」
尻切れトンボで去っていく岩下ママが気になる凛だったが置いていかれそうなことに気が付いて、慌ててチームメンバーの背中を追う。そしてさらにその背中を追うように眺め、岩下ママが呟く。
「まだ芽生えたての無自覚でしょうが……あれは立派な雌顔です」
「ドア越しに話を聞いている時も、陽菜と遊んでいるのを見てる時も、私に怯えて背後に隠れている時も、ずっと…………フフ」
「がんばってくださいね………凛さん」
「お母さん……?何やってるの?」
「今、笑い声出してなかった?すっごいレア!」
「え? 嘘、聞いてなかった……いいなあお姉ちゃん」
「そんなにレアですか? 一昔前はしょっちゅう笑ってましたけど」
「それはお芝居でしょ! もう!」
「あははははは!」
笑い合いながら、3人の家族が一つの家に中に入っていく。そこに天知の姿はなかったが、とても素敵な理想的な家族の姿であった。
はい。今までさんざ、?マークで埋めていた人物紹介が次回でようやく明らかになります。ですが、まあ、9割の方が察せられるであろう展開に加え、あらすじで堂々と「元子役」と明記しているわけですから、隠すだけ労力の無駄だったかもしれませんね。ですが、まあ、とにかく!次回からようやく予定していた通りのメンバーでお送りできます。まだあまりにも世間の目に触れていない本作ですが、ただの趣味で終わるのはちょっぴり寂しいのでもっと色々な人を釘付けにすべく頑張ります。