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その②「気まぐれなテンションで振りまわすけどこの手はかならず離さないコト」

・登場人物紹介

黒川響くろかわ ひびき 性別:男 年齢:20歳 誕生日:6/25 職業:大学生

本作の主人公。抜群の歌唱力を持つが、機会を通した瞬間に不協和音に早変わりする不幸な歌い手。歌手としての道はすっかり諦めているものの、集ったメンバーたちとの心躍る日々を守る為、宇宙人のカメラ役をこなす。本人にいまいち自覚はないが、一応リーダー。

☆嫌いなのについつい見てしまう動画は打ち切り漫画の酷評解説系動画。


星畑恒輝ほしはた こうき 性別:男 年齢:21歳 誕生日:4/4 職業:お笑い芸人

黒川の高校からの友達。高卒でお笑い芸人の道を選びめでたく地下芸人へ。見る人が見れば割と悲惨な生活を送っているが、本人は至って楽しげ。ルックスがよく、よく気が利く上に、根明のためよくモテそうなものだが、とにかく絡みにくい本人の性格が仇になり全くモテない。

☆嫌いなのについつい見てしまう動画はネズミの駆除動画


須田凛すだ りん 性別:女 年齢:19歳 誕生日:5/25 職業:大学生

男受けしそうな見た目と性格を併せ持った少女。黒川の歌(動画越し)に感動し、星畑のライブを出待ちし、姫月に憧れながら、天知に焦がれるちょっと変わった趣向を持つ。派手なファッションとは裏腹に人見知りで気が弱いが、推しの事となると見境が無くなり暴走気味になる。

☆嫌いなのについつい見てしまう動画はタレントのエピソード集動画


姫月恵美子ひめづき えみこ 性別:女 年齢:20歳 誕生日:10/3 職業:無職

スラリとしてスレンダーな見た目に長い足、艶の良い黒髪とまさに絶世の美女。性格は非常に難があるが、悪いというより思ったことをすぐ口に出すタイプ。一言で言うなら唯我独尊。自信たっぷりで自分大好き人間だが、イケメンも好き。ただしどんなイケメンよりも自分の方が好き。

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天知九あまち きゅう 性別:男 年齢:42歳 誕生日:3/3 職業:無職

元、スーツアクター兼スタントマン。家を追い出され新たな仲間たちに重宝されながらスローライフを送るおっさん。高身長で、物腰柔らかく、頼りになり、清潔感も教養も併せ持つまさに理想の紳士。黒川への恩義だけで入ったが、正直42歳がやっていけるのか不安でしょうがない。

☆嫌いなのについつい見てしまう動画はテレビアニメの違法切り抜き


⑥?????(???? ??) 性別:? 年齢:? 誕生日:??? 職業:???

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☆嫌いなのについつい見てしまう動画はA〇の怖い広告集


こんにちは。今回はペース配分をしくじってやけに長くなってしまいました。本作を一ミリでも気に入ってくださっているならラッキー程度に受け止めていただけると幸いです。本編中に『安寿と厨子王』という作品が出てきますが、本作で説明しているあらすじはたくさんのパターンがある中の一部です。知ってる奴と違うという場合があるかもしれませんが、けっして都合に合わせて変えてるわけではないのでご了承ください。



                     1



豪邸と呼ぶほどでもないが、十二分にでかい一軒家。その斜め向こう、少し離れた場所に隠れるように3人の男が立っていた。天知と、星畑と、なぜかギターケースを背負った黒川である。


「あそこですか………」


「そう……みたいだね」


「でけぇ家だな…………2人で住むにはちょっとばかし広くねえか?」


「あの……………今更ですけど……何で俺はギターを持ってるんでしょうか?」


「ん? そりゃあ、陽菜ちゃんをスカウトするのに君はシンガーってことで通すからさ」


「え、それ、俺は? どういう扱いになるんすか?」


「勿論お笑い芸人」


「おお………。三八マイクとか持ってた方がよかったでしょうか?」


「40のタレント気取りと、夢追う若者2人。これらが娘をスカウトしに来る。改めて考えるとなかなか強烈な対面じゃないか」


(スカウトそっちのけで、相手に手を切らせに来てるなこりゃ)


「そんで、何て言うんですか? ずばりもう一度子役をやってみないか、とかですか?」


「いや、まあ、まずは流石に会うだけだよ。」


「あの~……アポってどんな……っていうか、何て言って話通してるんですか?」


「仕事のことに関しては何も言っていないが、キミらの事は話してるよ。新しい友人って」


「へ、へ~……俺ら、大丈夫なんでしょうか。すげえアウェーな気がする……」


「気にするな! 駄目で元々なんだし。とにかく当たって砕けろだ!」


と、天知が勇んで家に向かって歩き出す。その横で星畑が黒川に耳打ちする。


「砕ける気しかねえよな………。天知さん」


「うん。 まあ、確かに上手くいくはずなんて無いんだけど。どんだけアタックしかけられてるんだろうな……天知さん」


天知の勘が確かなら、今から会いに行く陽菜の母親、岩下大地は再婚相手に自身を狙ってるのだという。望みが薄いスカウトを利用して、この際手を引いてもらおうとしているようにしか思えないが、黒川も星畑も、それはそれとしてまあ、天知さんなら変なことにはならんだろうという安心感もあった。女性陣がいないのは逆に良かったのかもしれない。


「すいません。天知です」


インターホンにそう声をかけている天知の少し後ろで、星畑が「自転車が全部電動だ……」とどうでもいいことを呟く。黒川がそれに反応する前に扉が開き、中から写真と少しも変わらない美女が顔を出す。


「…………お久しぶりです。天知さん。いらっしゃいませ。どうぞ中へお入りください」


扉から出てきた美人は別段声を弾ませる様子もなく、淡々と声を出す。


「あ、お二人もどうぞ。お入りください」


「あ、はい! お、お邪魔します………」


「どうも、岩下さん。お久しぶりですね……。お変わりないようで……」


「はい。天知さんもお元気そうで、何よりです。……………窺っていた人数よりも随分少ないですね」


「ああ、ちょっと急用でこれなくなったらしくて……申し訳ない」


「いえ、かまいませんよ。お菓子が余ったら陽菜が喜びますから」


「ああ、おかまいなく」


言われるまま、掃除が行き届いているリビングに通される3人。あまりにも淡々とした態度にひょっとして本当に天知の不安は杞憂だったのではないかと、黒川は訝しむ。


その後も他人行儀な会話と我慢できずカップケーキにかぶりつく星畑のみで場の空気感は構成され、気まずい時間が流れる。すると、二階からトタトタと軽い足音が響き、少女が下りてくる。今回の表の本題である陽菜のおでましだと、身構える2人。かくして降りてきたのは、長い黒髪を腰まで伸ばした少女である。テレビで見た時と比べ、明らかに成長しあどけなさ以上に物静かなイメージが伝わってくる。顔も雰囲気も、間違いなく母親似だ。


「陽菜さん。お客様ですよ。ご挨拶は」


「………………………いらっしゃいませ」


テレビで見た彼女は仮の姿だとわかっていても、あの明るく無邪気だった春香とは打って変わった態度に少し面食らう黒川。小学4年生にしては随分、落ち着いている。というか人見知りなんだろうか。俺が小4の時は、かいけつゾロリの付録を集めてたな。と、どうでもいい回想まで頭によぎる。


「すいません。あんまり家に人を迎えることがないものだから浮かれているようで」


(あれで!?)


淡々と娘の精神を解説する母親とそれを聞いて恥ずかしそうにくるくると髪の毛をいじる娘。一瞬、陽菜と黒川の目が合うも、やはり恥ずかしそうにそっぽを向かれてしまう。これで本当にそんな好感触なんだろうか。しかしやはり陽菜ママは娘が黒川らを歓迎していると言わんばかりに微笑んでいる。


「すいませんが、少しだけ、娘の相手をしてやってはもらえませんでしょうか。越してきたばかりで友人もいないようで、遊び相手に飢えてるようなんです」


「あ、はい! それは勿論!! ほれ、星畑!!」


この場の雰囲気に耐えられなかった若造二人には願ってもない話である。すぐに陽菜と共に二階に上がる。


「………………………こっち」


振り返りもせずにぼそりと陽菜が呟く。おそらく自分の部屋まで先導してくれているのだろう。どうやらあながち母親の分析は間違っていなかったのかもしれない。しかしぼそりと呟いたとは思えない程、澄んで良く通る声である。これがプロの子役のテクニックなのだろうか。


                      2



通された部屋は別段、代り映えもない小学生女子らしい部屋である。勉強机に連なるようにシングルベッドが置かれ、枕元には目玉おやじのぬいぐるみが鎮座している。成人を越えた野郎が居ていい空間ではない。重苦しいリビングから出られたのはいいものの、結局二人はくつろぐこともままならない。


「え~っと………ひ、陽菜ちゃん?…………だよね?」


「うん。岩下陽菜」


「う、うん。よろしく…………」


「…………お兄ちゃんたちは?」


「え、あ、はい。えっと黒川です。で、横にいる金髪が星畑」


「愚地独歩です」


「? どっち?」


「あ…………すいません。星畑です」


開幕から小学生にはまず伝わらないであろうボケを披露するも、真顔で粉砕される星畑。奴はボケも真顔で言うので、双方終始真顔のまま気まずくなるという地獄のような空気が広がる。


「……いらっしゃいませ。座布団隣の部屋から持ってくるから、楽にしていいよ……。星畑さんと……えっと………おろちさん?」


「あ、いえ! おかまいなく!! 地べたでいいからホント!……ああ、行っちまった……」


「……………お前のしょうもねえボケのせいで俺の名前忘れられてるじゃねえか!!」


「人のせいにすんじゃねえ!お前のキャラが薄いのが悪いんだろうが!!」


部屋の主が出ていくや否や、途端に水を得た魚のように饒舌になる黒川と星畑。座布団探しに手間取っているのか、陽菜はなかなか帰ってこない。3分くらい経ち、申し訳なさそうな顔の陽菜がひょこっとドアから顔を出した。


「ごめんなさい。座布団が見つからなくって………」


「いい、いい。俺ら家に座布団なんてないんだから」


「そうそう。カーペットだって敷いてあるんだし!」


「でも、でも……床に直接座ったら骨盤が悪くなっておじいちゃんになった時に大変なことになるって……テレビで言ってたよ? だから………座布団しないと………」


「大変なことって何?」


「え? 分かんない…………難しくて分からなかった…………」


「そっか…………まあ、ホントに気にしなくていいからさ。何かして遊ぼうよ」


「………じゃ、じゃあ…………………この子と……この子に座って!」


何故か意地でも床に座らせたくはないようで、棚やベッドからぬいぐるみを引っ張り出しカーペットの上に放った。このまま拒否しても押し問答になりそうなので、諦めて目玉おやじと、ムカつく顔をした猫の上に腰を掛ける2人。腰を掛けた瞬間、目玉おやじから「楽しいのぉ~」と声がする。


「しゃべった!!」


「あ、そうだった。しゃべるんだった」


「尻に敷かれて喜ぶなんて、鬼太郎がみたら泣くだろうな」


「でも、鬼太郎もぺしゃんこにされるんだよ?」


「知ってるよぉ。んでその後、サザエオニに食われちまうんだ」


「………鬼太郎って美味しいのかな………私もちょっと、食べてみたい」


「そ、そうなんだ。ま、まあ俺もガキの頃は美味そうって思ったかも………」


「ていうか……鬼太郎なんて俺らの世代でもギリ見てるか見てないかってアニメだろうがよ。陽菜ちゃん良く知ってんな」


「お母さんが、そういうDVDいっぱいもらってくるの。お化けとか………怖い話とか…」


「俺もその手の奴はめっちゃ見てたぜ!! 『花子さんが来た』とか『怪談レストラン』とか」


「………俺は逆にまるで見てねえな……そういやお前の本棚の中にホラーまみれの奴があったな。須田が読みたがってた」


「私、怪談レストランだったら、『座敷わらしレストラン』に行ってみたい」


「え~……俺は………そうだなあ……どうせだったら非日常感味わいたいし『魔女のレストラン』とか」


「あ! 駄目だよ。殺されちゃうんだよ」


「確かブティックかなんかに入らなきゃセーフじゃなかったっけ? どうせなら死の縁さまよってみたいじゃん」


「レストランに飯食いに行っただけで殺されるなんざ……理不尽にもほどがある話だよな……」


ホラーという意外なところで意気投合に成功した黒川と陽菜。打って変わって饒舌になった陽菜はようやく黒川たちと目をあわせてくれるようになった。子どもの目は澄んでいるとよく言うものだが、それにしたってこんなに綺麗なことがあるかというほど、彼女のクリッとした目は輝いている。


「ねえ、黒川お兄ちゃんって………歌手なの?」


ホラー話も一段落着いたところで、陽菜は黒川のギターケースに目をやった。


「いや、違………」


「そうそう!! こいつ駆け出しの歌手なんだよ!!」(ウタイタイキブンジャ)


否定しようとする黒川を遮るように、星畑が身を乗り出して相槌を打つ。拍子で目玉の親父がタイムリーなセリフを吐く。


「ギター弾けるんだ……カッコイイ」


「いや、こんなもんある程度やってたら素人レベルくらいなら誰でもできるって!」


「俺もベースなら弾けるぜ!!」


「ベースって何? 野球のやつ?」


「最近の小学生はベースも知らんのか……」


すねたように星畑が言う。ちなみにこいつのベースは黒川のギターよりも遥かに上手い。


「この年になるまでやってたら誰でも何かしら身に着けられるもんなんだって! それよりも、凄いのは子どものころから、一芸に秀でてることだって!」


「そうそう!俺ら陽菜ちゃんの演技観たけど……めっちゃうまくてたまげたぜ!!」


「添え物のブラックが惨めに見えるレベルだったもん!!」


2人して陽菜をおだてる。おだてられた陽菜はまたクルクル髪の毛をいじりだす。


「……………う、昔のお芝居はあんまり見て欲しくない………恥ずかしい」


「昔って………最近も仕事してんの?」


「お仕事ではやってないけど……よくここで一人でお芝居してる」


「へえ~……じゃあ、ちょっくら見せてもらおうかな。最近の実力ってやつを!」(ナンジャ~)


親戚の親父みたいなことを言いながらどっかり腰を据える星畑。黒川も合わせて囃したが目玉おやじにかき消されてしまった。


「ダメ!」


「……………ええ」


「そんなご無体な……」


「一人じゃだめ。みんなで、するなら、やっても、いい」


またクルクルと髪を回しながら、チラチラ様子を窺い、ボソボソと照れくさそうに口ごもりながら、共演を誘う陽菜。察するに一人じゃなくってみんなでお芝居がしたいのだ。反則的な可愛さである。芝居なんて中学の学園祭でやったミュージカル(勿論主役)以来の黒川だが、これを断れる男なんていない。二人してゆっくりと立ち上がる。


「でも、何の話やんの? 赤ずきんか?それともホラーだったら……ホラーの芝居って何が代表的なんだ?」


「さあ? 番町皿屋敷とか?」


「ホラー違う。何やるのかはもう決まってるの……今日は『安寿と厨子王』をやります」


「何だっけそれ? 黒川知ってる?」


「え、確か森鴎外の『山椒大夫』と同じ話だったよな? やべえ覚えてねえ」


「あ、でも森鴎外ってんなら、ほれ、なんかあったじゃん……文学の海賊版サイトみたいな」


「お前……青〇文庫になんて言い草だよ…………あれ合法だし……まあ、じゃあこれ見ながら」


「駄目だよ。本当のお芝居って言うのはキャラクターと自分を重ねて、自分自身がそうなったっていうなりきりで演じるの。お話の内容は私が教えるから……お芝居は2人がこうだと思うキャラクターになりきるんだよ」


「意識高ぇ………」


「これが本場の芝居か……」


『安寿と厨子王』は早い話がでっち上げの罪で地位を失った権力者の息子姉弟、安寿と厨子王が母親と別れ、山椒大夫のもとに売り飛ばされる。酷使される二人だが、姉である安寿が何とか弟の厨子王を逃がすことに成功する。しかし自身は海に身を投げ自害してしまう。その後、厨子王は当主に今までのいきさつを話し罪をでっち上げた男から領土を奪い、かつての地位を取り戻すことに成功する。そしてその後、海沿いの離れで一人暮らしていた母親と再開する。


「え~……………お涙頂戴系かよ……」


「俺もぼんやり思い出してきたけど……なんか細部違うくねえ? 昔の話ってそういうの多いよな」


「好きな役やっていいよ。脇は随時、その場にいない人が入っていくの」


「ほぼほぼ即興じゃん。4人以上いるシーンとかどうするの?」


「いる体にして勧めんだろ。アドリブってそういうもんだぜ」


「なんかガキンチョの時やってたライダーごっこ思い出すぜ」


結果、とりあえずは黒川が厨子王、陽菜が安寿、星畑が山椒大夫を担当することになった。そうなると自然と母親役も星畑になる。


母「あんじゅ~………ずしお~………連れて行かないどくれ~……」


(え!? いきなり没落から始まんの?)


安寿「……大丈夫だよ。お母さん。厨子王は………私が守るから…………」


(乗っかった!! 流石プロ!……そういえば厨子王っていくつくらいなんだろ…?)


厨子王「お、おかあちゃ~ん!!」(時代背景的にお母さんっておかしいよな……まあいいか)


母「何故私は連れて行ってくれねえんですかい!そんな年端もいかねえ子どもたちを!!この外道が!」


(喋り方がとても貴族じゃねえんだよな………)


安寿「………………………………………」


母「…………………………………………」


厨子王「?」(なんだ、この空気?)


奴隷商(陽菜)「大人はいらないのだ~!!お前はどこか遠くの方にあてがあるからそっちに行け~!」


(あ! これ、俺が奴隷商役に入らなきゃダメなところだったのか!? 意外にむずいな……)


母「畜生! このロリコンが! ………遠くの方って……どこなんだい!!」


奴隷商「…………ふくおかけん……あたり」


母「およよ………新幹線で3時間、フェリーで7時間もかかるでねえか……!」


(もう、滅茶苦茶だ…………)


星畑のせい、というか全員が全員作品に対する認識の甘さで、はやくもツッコミどころしかない劇になっているが、それでも陽菜の演技はやはり大したものだった。アドリブとは思えない程、さらさらとセリフを言い、振りまでつけている。ドラマの時の自然な演技とは違い、演劇チックな大仰な演技だが、それが逆に場の雰囲気を立たせている。その点、それすらも食らってコントみたいなことを言う星畑の協調性のなさもまた、悪い方で名人芸である。加えるならあれこれ考えるだけで見事なまでに空気の黒川の存在感のなさもまた、名人の域に入っている。


山椒大夫「良く来たなぁ……ガキどもぉ! 今からお前らは山椒の粉ひきを朝から晩までやってもらうぞぉ……。8時間労働!うち休憩2回45分ずつ!時給980円!」


安寿「クっ!! そんな劣悪な環境でまだ幼い厨子王を働かせるなんて……!」


(俺、そこよりも過酷な環境でバイトしてたんですが……お姉ちゃん)


厨子王「お姉ちゃん。山椒の粉が…目に染みて痛いよ」(山椒大夫の意味を盛大にはき違えやがって)


安寿「お姉ちゃんが代わりに粉を引くから…………厨子王は休んでなさい」


先輩奴隷(星畑)「仲の良い姉弟じゃ………ほれ、飴いるかい………?」


厨子王「わ、わ~い! ありがとうおばさん」(こいつ無駄にキャラ増やしやがって……)


安寿「良かったね厨子王。 ほらお姉ちゃんの飴も食べていいよ」


ナレーション(星畑)「しかし、飴を食べているところを見つかった黒川は太夫から袋叩きにあってしまう」


(な、何ぃ!!)


山椒大夫「何さぼってんだ、このボケ!カス!シスコン!」


厨子王「いた!いた!いたい! ちょ、お前、マジでふざけんな! た、助けてお姉ちゃん!!」


安寿「厨子王の姿が見えないわ……いったいどこで遊んでるのかしら……」


(お姉ちゃん一ミリも弟守れてないですやん!!)


安寿「!! 厨子王!!………ボロボロじゃない!! ひどい……誰が一体こんな事!!」


厨子王「………糞ナレーションです」


安寿「何意味の分からないことを言ってるの!? 頭の打ちどころが悪かったの?」


雑音「ンフフフフ……」


ナレーション(黒川)「………一方、そのころ福岡の明太子製造工場では、母親が工場長から手痛い体罰を受けていましたとさ!!」


工場長(黒川)「おら!シャキシャキ働け!貴族のくせに!百姓!みたいな!喋り方してんな!」


母「いってぇ! てめ!女性に手を上げるとか!! 恥ずかしいとは思わんのか!!」


黒川(工場長)「おまえのようなババアがいるか!!」


「…………真面目にやってください」


「…………はい」


「すいません」


下らない悪ふざけからの下らない小競り合いをする大人二人を、陽菜がじろりと睨む。気を取り直して、撮り直しである。まさかの一からやり直しという事態に、流石の星畑もTAKE2からは真面目に役に入り込んで演技をする。そうして何とか話は最終付近にまで到達する。


厨子王「父上の敵討ちに成功したものの………もう姉様はこの世にいないのかもしれない……母上だけは、母上だけは……何としてでも見つけ出し、救い出してみせるぞ!」


部下(陽菜)「厨子王様! 港町フクオカの辺境で厨子王様の名前を呼びながら毎日海を眺めているという老婆の報告がありました!!」


厨子王「何!! それは真か!? よしすぐに向かうぞ!!」


母「一つ積んでは~安寿の為~……二つ積んでは~……厨子王の為~……」


厨子王「母上!! 母上~!! おおお………よくぞ御無事で………ああ、こんなに痩せてしまって……」


母「厨子王……! 厨子王かい!! ああ~…………本当に厨子王なのかい!!おおお……神様」


厨子王「ああ…………もう家族の誰とも会えないのではと……本当に良かった……」


母「片時も……思わぬ時はありませんでした……あの時の私は無力で………」


厨子王「良いのです!……無事でよかった………」


母「!! そうだ! 安寿!安寿は一緒ではないのかい!?」


厨子王「…………………姉上は……」


???(陽菜)「ザプ~ン!! ざっぱざっぱざっぱざっぱ」


厨子王「姉上………は………? 何?」


母「………………………………??」


野郎二人でカタルシスに浸りながら熱演している横で唐突に、陽菜がカーペットの上でクロールをやり始める。まさかここに来て陽菜がイレギュラーになるとは星畑でさえも予期せぬことだったようで、安寿を探すしぐさのまま固まってしまっている。


安寿「バシャバシャバシャバシャ………おかあさ~ん………ずしお~………」


厨子王「え、安寿!? 安寿なの!?(思わず呼び捨て)」


母「生きとったんかいワレ!!」


安寿「ハアハア………海に飛び込んだ後、遠くの方まで泳いだの……それで……何とか助かって…」


母「それは………何とも…まあ、グッドタイミングで帰って来たわね…遠くってどこくらいまで?」


安寿「………ふくいけん……まで」


厨子王「と、とにかく!これで家族3人が再開することができましたな!きっと、天国の父上も喜んでいる事だろう」


父上(星畑)「喜んでるで」


めでたしめでたし~~~Fin~


「…………終わったなあ……思ったより長丁場だった……」


はたから見ればとんだ茶番劇だったが、それでも当人らは幾分かの達成感を感じ、脱力したように腰を下ろす。


「しっかし………最後の最後で安寿が海を渡ってきたのにはたまげたぜ」


「うん。安寿はちゃんと生きてたのでした」


「あれは何? 宝塚みたいにハッピーエンドを徹底させるって言う陽菜ちゃんなりのこだわり?」


「ううん……そんなじゃなくて……私、ずっと絵本の中の安寿にむかついてたの」


「え! どこらへんが?」


「だって………姉弟二人で生きてまた会おうって約束したくせに……勝手に海に飛び込んで死んじゃうんだもん。 厨子王やお母さんが可愛そうだし、カッコ悪いよ」


「なるほどなあ………そういわれて見りゃそうだわな」


「ちゃんと生きてた母親は厨子王と会えてるだけにな。だから原作を捻じ曲げるなんて……思ったよりパワフルなことするんだなぁ」


感心したように言う星畑に陽菜はクスクス笑って応える。年相応な無邪気な笑みだ。


「最初に言ったでしょ?自分に役を重ねるの。台本には書かれてない所、単にアドリブだけじゃなくって……表情とか声色だとかは、そうやって、自分自身に当てはめるのが一番なんだよ」


「「へ~………」」


「だから私は、自分だったら絶対、弟と約束したことは曲げないと思ったの。…………自分をキャラクターに重ねるのがお芝居の楽しいところなの」


「すげえな……陽菜ちゃん。俺なんかよりよっぽど大人なんじゃねえか?」


星畑がまたも感心したように言う。それは黒川も同意見である。


「星お兄ちゃんも、最初のへんてこなこと言ってたお芝居の方が活き活きしてて、よかったよ?喧嘩したのは、駄目だけど………」


「そういわれると、日和ったみたいで駄目だなあ~……芸人失格だぜ。 いや、最後の再開のシーンも『いとしのエリー』口ずさもうかどうか迷ってたんだよなあ」


「それは日和って正解だな」


「芸人さんなの!?」


「え? うん」


「すごい……カッコイイからモデルさんとか俳優さんだと思ってた」


「ちゃん陽菜のカッコイイいただきました~!!」


「いちいち騒ぐんじゃねえ! 俺だってさっき言われたからな……」


「お前じゃなくてギターがカッコいいんだろうがよ」


「喧嘩しちゃダメだよ?」


「陽菜さん~!! 陽菜さん~!!」


「あ、お母さんが呼んでる…………ごめんね。二人ともここで待っててね」


「あ、うん。いってらっしゃい」


「戻ったらまた何かやろうや。今度はコメディでな」


母親に呼ばれ、慌ただしく下に降りていく陽菜。そう言えばすっかり忘れていたが、天知と陽菜ママは一体どんな会話をしていたのだろう。ちゃんとそこはかとなく幻滅されるようできているのだろうか。ほどなくして陽菜が戻ってきた。が、どうやら昼御飯を食べていくことになったらしく、陽菜と天知はその準備をしているらしい。どうやら作戦は全く上手くいっていないらしい。それとも本当にただの偶然で、誤解が解けて仲良くやっているのだろうか。ともかく客人とはいえ、そうなっては準備を手伝わないわけにはいかない。星畑と黒川も下に降りる。


「あの…………俺らも手伝いますよ………」


「いえ、人手は足りているので」


「そ、そうですか」


「岩下さん。良ければ手伝わせてやっていただけませんか?特に星畑君は料理が上手なんですよ?」


淡々と野菜を洗っている陽菜ママに淡々と手伝いの申し出を断られる二人だが、天知がすかさずフォローを入れる。


「それでしたら星畑さんにもお手伝いをお願いします……黒川さんはお料理ができるまで、娘の相手をお願いします。陽菜さん? ここはもういいですから。あっちで黒川さんと遊んでいらっしゃい」


「うん!! おかあさん。『ゲゲゲ』見てもいい?」


「もちろんいいですよ。鬼太郎が好きな方とお知り合いになれてよかったですね」


「うん! 行こ!お兄ちゃん」


「あ、うん」(シャア!!役得役得ゥ!!)




                       3



料理ができるまで陽菜と共に、アニメを見ていた黒川だが、途中で再び陽菜ママに呼ばれ中途半端な場面で切り上げることになってしまった。


「陽菜さん。鑑賞中、すいませんが、お醤油と卵が足らなくなってしまったのでお買い物に行ってきてくれませんか?」


「…………はい」


ものすごく名残惜しそうにテレビを止め立ち上がる陽菜。


「天知さん。すいませんが、陽菜と一緒に近くのスーパーまで行っていただけませんか?まだ越してきたばかりで迷子になっては困るので」


「え、いえ………それなら、僕一人で買い物に行ってきますよ?引き続きアニメを見てたら…」


「そんなわけにはいきません。陽菜さん、いいですね?」


「うん。大丈夫。お醤油と、卵?」


「はい、そうです。いつも使ってる緑のラベルのでお願いします。卵は2パック」


「あの~……俺も買い物行きますよ?」


「…………では、天知さん、陽菜をよろしくお願いします」


「あ、あの~…………」


まるで聞こえてないかのように黒川の同行についてはスルーされてしまった。不思議な圧力と共に、陽菜と天知は買い物に出かける。


「岩下さん。もうこっちは大方終わりましたよ?あとは卵待ちですね」


キッチンから星畑が顔を出す。


「ご苦労様です。どうぞそこの椅子にでも腰を掛けてください。黒川さんも」


「あ、はい、どうも」


「…………失礼します」


並んで腰かけながら、気まずそうに目を合わせる2人。対面には仏頂面の陽菜ママがジッとこっちを見つめている。


「…………先ほどは陽菜と遊んでいただきありがとうございます」


「あ、いえ、こっちも楽しかったですよ。ハハハハハ……」


「そして黒川さん。さっきはシカトを決め込んでしまいすいませんでした。あなた方とお話したいことがありましたので……陽菜と天知さんにはこの場を離れて欲しかったのです」


(…………やっぱり無視されてたんだ)


「話したい事?」


「はい。単刀直入に聞きますが、あなた方と天知さんはどういったご関係で?」


「………え、えー………と。何というか……天知さんからは何も聞いてない感じですか?」


妙なことを言って話が食い違ってはいけない。


「ここに来てできたご友人としか。ああ、歌手と芸人さんというのは聞いてますよ」


「へえ、早い話が俺と黒川は、その、天知さんに色々お世話になってるんですよ」


ここで星畑がいった!無理に合わせてもボロが出るだけだと判断した黒川はとりあえず頷くだけにしておく。


「お世話? というのは一体?」


「まだ計画段階らしいんですけど……天知さんは近々、シェアハウスを開いて管理人になるつもりらしくて……俺らそこでお世話になろうかっていう……まあ、予約してる感じなんすよ」


「シェアハウス…………そうですか。そんな転職先を………ちょっと意外ですね。人との交流を積極的にされるとは思ってなかったのですが………黒川さんもですか」


「は、はい。そうです。予約です」


「俺が誘ったんですよ。無理言って、今いるアパートまで解約させようとしてるんです」


(よくここまで、ペラペラ出てくるもんだな……陽菜ちゃんとどっこいどっこいだぜ)


「そうですか。成程……………では、今日来られる予定だったというこの方も、同じ予約者ですか?」


突如、2人の前にスマホをかざす陽菜ママ。画面には天知と凛のツーショットが映っている。間違いなく初対面時、カフェで彼女が撮ったものである。


「………………………………はい。まあ、そうですけど………え、この画像、どこから?」


「彼女のSNSからです。他にも天知さんの存在をちらつかせる浮ついた投稿がチラホラ」


「………………………………えっと、べ、別に、その、変な関係じゃないですよ。ただの特撮ファンです」


「知ってます。何故そんな当たり前のことを言うんですか?」


「……………………………………あ、はい、すいません」


「その娘も…………俺らの知り合いですよ。その娘特別ミーハーなもんで………好きなものにはアクティブというか」


「……………嘘ですね。同じ女なので分かります。この顔は間違いなく気がある顔です。雌顔です」


「め………(絶句)」


「ええっと、そんで……その娘がどうしたんですか?」


「……………別に……ただの確認です」


(どうも、マジで天知さんを狙ってる人っぽいな……ていうか漂う地雷臭……凛ちゃん以上だ)


「では続いてこれを見てください」


(まだ、あんのか……今度は姫月の投稿とかじゃねえだろうな)


先程までの陽菜の部屋で過ごしたファンタジーで可愛い世界はどこに行ったと言わんばかりの不穏でドロドロした空気に呑まれつつ、再びスマホの画面を見る。そこには陽菜ママと天知のツーショットが映っていた。


「私もツーショットを撮っています。天知さんと」


「え、ああ、はいそうですね」


「すごいですね」(思考が読めん…………ていうかこれ)


「私の顔に注目してください」


「「?」」


「雌顔です。彼の横で蕩けきっています」


(絶句 Part2)


「はあ………ただの真顔に見えますけど」


「何を言うのですか。隠しきれない程浮かれているでしょう」


「え、でもこれって…………集合写真の切り抜きですよね……」


「バカ……星畑お前……!?」


好奇心に耐えられなくなったのか星畑がぶっこむ。


「何を言うのですか。ツーショットです」


「いや、俺見せてもらったことありますよ。演者との集合写真でしょ」


「それが何だというのですか。私はこの写真を撮る時、天知さんに5回も肩がぶつかったんです」


(それが何だというのですか………)


「で、結局話したいことって……そんなことだけですか」


「……………私、天知さんと再婚したいんですが」


「あ、はい。重々承知してます」


「客観的に見てどうでしょうか。似合ってます?」


「まあ、客観的になら似合ってますよ………イケてる夫婦って感じです」


(全然その気はないって言ってたけど……口が裂けてもそれは言えないな)


すると突然、立ち上がる陽菜ママ。


「ここに……こう、私が居て……横に天知さんが居て、その真ん中に陽菜がいるんですが……どうでしょう?」


「…………いいと思いますよ……客観的になら」


「天知さんはとんでもなく愚かな女に無理やり別れさせられて落ち込んでいるはずです」


「あ、はい」


「あんなに大好きだった娘さんとも離れ離れです。とてもかわいそうです」


「あ、はい」


「そこに、私と愛らしい陽菜さんが来て仲良く暮らす………いいと思いませんか?」


「客観的なら……………いいと思いますよ。まるで月9ですね」


「私、既に二児の母なんですが、天知さんと何人までなら子を授かれるでしょうか?あ、私は35です」


「それは……俺一人っ子なもんで、何とも言えねえっすね……すいません」


ちなみにさっきから黙りこくっている黒川には妹がいるのだが、余計なことは言わぬが吉である。


「では仮に横にいるのが、さっきのピンクさんだと想像してください。ここピンクさん。ここ天知さん。ここ陽菜さん。どうです? 客観的に見て?」


「客観的なら、まあ、年の離れた姉妹って感じですね」


ピンクさんとは察するまでもなく、凛の事だろう。色々言いたいことはあるが、取り合えず思った通りの事を言う星畑。


「でしょう?ピンクさんは子どもがいないので今からいくらでも気兼ねなく子どもを産めるでしょうが、そもそも彼女自身が子どもみたいなものなので、天知さんと子どもを産むのは無理があります。あるでしょう。あるのです。あるしかないでしょう」


「まあ、それは、まあ。ですけど……まあ、客観的に見てならそうでしょうが、愛に年齢なんて関係ないとも言いますし……剣心と薫殿みたいな例もありますし」


「誰ですか?知らない人の事をとやかく言うのはやめて下さい」


(知らないピンクのことを滅茶苦茶言ってるくせに…………)


「まあ、とにかく!!天知さんは今んとこ誰にもそんな気ないと思いますよ!!」


「そこで私がその気にさせたいのです」


「じゃ、勝手に頑張ってくださいよ!さっきからいい加減にしてください!」


星畑が遂に嫌になったらしく、話を終わらせにかかる。


「そう言わずに、協力して欲しいのです。先程二人きりの時に色々頑張ってみましたが、駄目でした。真っ白になって、何も言えなかったのです」


「今みたいな調子で思ったことそのまま言っても駄目だと思いますよ」


「では、どうすればいいのですか?」


「……………え~っと……まあ、地道に頑張ればいいんじゃないですか?」


「地道にやってるうちに年齢的にきつくなってきてしまいます。30代のうちに決めたいのです」


「あの~………」


「どうしたんですか?さっきから何にも言ってくれない黒川さん」


「どうしたんだよ?さっきから何にも言わねえ黒川」


「う………すんません……。いや、それよりも……もう一人いるんですか?お子さん」


「はい、いますよ。陽菜と4つ違いのお姉ちゃんが……瑠奈と言います。こちらも自慢の娘です」


「へえ、今は学校ですか?」


「まだ東京です。少し遅れてこの家に来る手はずです。今やっているドラマのクランクアップがまだみたいなので」


「へえ!お姉さんも女優やってるんですか!?」


「はい。やってますよ。まだ駆け出しですけど」


「東京離れてよかったんですか……そんな今これからってときに……」


「この仕事をしていれば長距離移動や引っ越しなんて当たり前です。まあ、私はもうここから梃子でも動かないつもりですが……」


「すっげえ……絵にかいたような女優一家ですね……」


「そうでしょう。ここに天知さんが加われば、もう最強です」


「いや、それは知りませんが………」


「まあ、陽菜さんはもう、お芝居を辞めるみたいですが」


「え!?」


「そういや今はもう仕事してないって言ってましたけど……やめるんですか?何で?」


「それは……………」


陽菜ママが何か言いかけたタイミングで、天知と陽菜が帰ってきてしまう。道中で仲良くなったのか二人ともニコニコ笑顔でレジ袋から卵と醤油を取り出している。


(なんか悔しいけど……こうしてみてると本当に親子みたいだな……)


「ご苦労様です。陽菜さん。お買い物は上手くできましたか?」


「うん。………天知さんがね、お菓子かってくれた」


「まあ、そんな、すいません。わざわざ」


「良いんですよ。これくらい」


「今も、雌顔になってんのかな?」


「やめろ。言うんじゃねえ」


こそこそと星畑が嫌なことを耳打ちしてくる。だが、流石に本人と娘の前では先程のようなとんでもない発言は控えるようである。食事中も、食後も和やかな空気のまま時は過ぎていった。改めてアニメを見たり、テレビゲームをしたりしているうちに気が付けば今度は夕飯という時間に差し掛かりかけてしまう。あの母親なら夕飯も一緒にしようと言い出しかねなかったが、誘いの前に天知が腰を上げた。


「さて………そろそろお暇しようかな……。すいません。すっかり長居してしまって」


「いえ、またいつでも遊びに来てください」


「黒川くん、星畑くん、そろそろ帰ろうか」


「あ、はい。じゃあまたね。陽菜ちゃん」


「あ………うん。あの、また来てくれる?」


「そりゃあ、まだ星畑新喜劇ができてねえからな」


「また、遊びに来るよ」


見るからに名残惜しそうな陽菜だったが、その言葉を聞いて顔をほころばせる。星畑新喜劇というおっかない言葉は抜きにしても、いずれまた会わなければいけないのは事実だ。しかし陽菜と仲良くなれたのが嬉しい反面、もうお芝居を辞めたがっているという陽菜ママの言葉がいつまでも黒川の頭に引っ掛かっていた。



                     4


「陽菜ちゃんと仲良くやれてたみたいだね」


帰り道、天知が口を開く。


「仲良くやれてたのは、陽菜ちゃんがあれこれ考えてくれたおかげですけどね。後は黒川がやたら鬼太郎に詳しかったこと」


「でも、陽菜ちゃん。すごく楽しそうだったよ。買い物に行く間もずっとキミらのことばっかり話してたし。………これなら案外、スカウトもできてしまうかもしれないな」


「それなんすけど……陽菜ちゃん。もう子役辞めたがってるらしいですね。仕事が来てないんじゃなくて、もう本人にやる気がないっぽいです」


「そうなの? そうは見えなかったけど」


「別に芝居が嫌いでも、母親がやめさせたがってるわけでもなさそうでしたけどね。………そういや天知さんはどうだったんですか? 岩下さんと……」


「んん? ん~……何だかよく分からなかったな。私の話を聞いてるのかどうかも分からなかったし、案外私の推測は杞憂だったのかもしれないな。ハハハハハ」


(滅茶苦茶推測どおりでしたけどね………)


「ま、子役じゃないのはむしろこっちからしてみれば有難いことなんじゃないか?大物になりかねない器なわけなんだし」


「お芝居してようが、してまいが。出演する分にはあのまま自然体でいてくれたらいいわけですもんね」


「……………それはそうだけどさ。めっちゃお芝居好きそうなのに、何で仕事辞めたんだろってのが気になっちゃって……いじめでもあったら大変じゃん」


「仮にあったとしても、別に今楽しそうならいいんじゃねえの?」


「そうだけどさ………な~んか引っ掛かるんだよなあ」


「それより、やっぱ天知さんがあのシェアハウスの所有者になってくれたのは良かったっすよ!天知さんが管理人で俺らがそこに住むってなったら滅茶苦茶自然に天知さんと俺らがつるめるじゃないですか!!」


「そういわれてみればそうだね。岩下さんにもそうやって話を通したのか」


「でも、それ、天知さんに管理の仕事任せるってことになるけど………」


「別にそれくらいするよ。無職なわけなんだし」


「それに俺らがやっても、そこの映像はカットすればそれでいいじゃん」


「あ、そうか…………録画って便利だな」


そんなことを話ながら取り合えず、というか何となく、例のシェアハウスに寄ってみることにした3人。


「あと期限が2週間くらいだっけ? その間に陽菜ちゃんはおろかここに引っ越しの準備まで済ませねえとダメなわけだよな………」


「改修工事ってどのくらいで終わるんだろ?」


「改修というより、中の点検と大掃除だね。そんなにはかからないと思うけど……」


「お~い!! 天知さ~ん! 黒川さ~ん!星く~ん!」


屋敷の前で並んでいると遠くの方から呼ぶ声がする。振り返ると、レジ袋を持った凛がドタドタと走ってくる。相変わらず不格好な走り方である。


「凛ちゃん!! あ、そういやここの近くだったっけ?」


「ハアハア……ハア……す、すいませんでした! どうぞお好きなだけ殴ってください!!」


「ええ!?」


「藪からスティックにもほどがあるだろうがよ」


「一応聞くけど……何で凛ちゃんたちは来れなかったの?」


「ううう…………すいません。私たち3時まで眠ってたんです………多分、エミ様はまだ寝てらっしゃると思うんですが………」


「ンフフフ……マジで部屋の掃除させられてたんだな」


「はい。…………床にあるもの片っ端からゴミ袋に詰められてしまいました………」


「そりゃ………御愁傷様」


「そ、それよりも……ここに来られているってことは…ひょっとして6人目のスカウトに成功したんですか? もしかしなくてもヒナちゃんですよね!?」


「まあ、会いに行ったのは陽菜ちゃんだけど、まだその手の話にはなってないよ……」


「あ、そうなんですか……そ、そうですよね。昨日の今日でそんな………」


「まあ、めっちゃ可愛らしい楽しい娘だったし、俄然スカウトする気にはなれたけどな」


「へえ~………わ、私もいきたかったなあ~……」


(来てたらさぞや恐ろしいことになってただろうな………)


「あ、それはそうと! あ、あの今私、ピザを買いに行ってたんですけど……いっぱいあるのでよかったら一緒にどうですか?」


「そのはちきれんばかりのレジ袋全部ピザかよ!! 二人で食う量じゃないだろ!?」


「は、はい。私も、多すぎると思ったんですけど……エミ様が取り合えず全種類っておっしゃってたんで……えへへへへへへへ」


(相変わらず双方クレイジーだな)


「どうします? 天知さん」


「ん……そうだな……いただこうかな。………経済的に代金肩持ちした方がいいだろうし(ボソッ)」


「え、えへっへへ。どうぞ!!生まれ変わった須田ハウスへ!!」




                        5


「エミ様~…………起きてますか~。ピザ買ってきましたよ~………あと、黒川さんたちとばったり会ったので、お招きしてしまいました~」


凛のアパートは想像をはるかに超える狭さだったが、それは単に間取りだけの問題ではなく、玄関に所狭しと置かれたパンパンのゴミ袋が大きく関係しているだろう。ちゃっかり凛の部屋に来ることになって、内心大いに動揺していた黒川も、一先ずそれどころではなくなる。綺麗好きな彼にとって、取り合えず邪魔な物をまとめて隅に押しやるのは片付けではなく、むしろ散らかしなのである。


「…………こんな不甲斐ない成果で寝過ごすほど時間かけたのか………」


「お前あんまそういうことばっか言ってるとモテんぞ」


「……………何で男どもを連れてくんのよ……私の取り分が減っちゃうじゃない」


「まあ、そうおっしゃらずに………私の分食べていいですから……」


「しっかし……………うわ~……」


凛のワンルームマンションに足を踏み入れた面々は、その周囲を眺め各々何かしらのリアクションをとる。四方の壁にはド派手なポスター。真っ黒の本棚にはフィギュアや漫画、CDなんかがびっしり置かれ、おびただしい数のステッカーが貼ってある。陽菜のうちのソファくらいしかない小さなベッドには陽菜の部屋の比にならないくらい大量のぬいぐるみが横たわっている。まるでカンダタの蜘蛛の糸にむらがる地獄の亡者の山だ。ぬいぐるみはそのどれもが、正しく亡者のように面妖な毒のある風体をしていた。


「言いたいこと分かるわよ。ここにいたら私、頭痛くなるの」


「い、いや!僕は決してそんな、悪いとは思ってないよ!?」


「串刺しの女を見ながら飯食ってんのか………毎日………」


「え、あ、それは『食人族』って映画のポスターです!……しょ、食事中は見てませんよ?」


「すっげえ量の丸尾末広作品群………俺でもこれほどは持ってねえぞ……」


「えへっへへ……いつものお返しに……どれかお貸ししますよ?」


「メトロン星人のフィギュア…………腕がガムテープで補強されてるね……」


「へっ……へっへへへへ………引っ越しの時に…お、折っちゃって……」


「いいから、さっさとピザ食べるわよ……もう!テーブルの上まで物だらけ……」


「あ、わわわ!! か、片づけますから…雑に除けないでください!! ケースが割れちゃう!!」


津波のように押し寄せる姫月の手を食い止め、慌ててCDを抱える凛。抱えられたCDたちはダンボール箱の中に無造作に突っ込まれ、ガシャンガシャンと激しい音を立てる。黒川はAC/DCのCDを貸すのはやめようと心に誓った。


凛の家の小さなテーブルにはとても乗り切らないピザは一先ず全て開封せずに置いておくことになった。ちなみにグロがダメな星畑の要望でホラーポスターは一先ず撤去された。しかしヒッチコックの『鳥』という映画のポスターだけは、お気に入りということで頑なに剥がそうとしない凛。結局、そんなにグロくないという理由で『鳥』だけは食事中も掲げる許しが出た。


「……………ピザ、ぐちゃぐちゃになってるね………」


「アンタよりにもよってクオーターで……やってくれたわね」


「まあ、あれだけ走ったらねぇ……多少混ざっても味は変わらないさ」


「すいません。ううう、買い物も満足にできないなんて……」


「サラミが凝縮してる部分、俺貰ってもいい?」


「あ、ダメよ!それ私の!! あ~……食べたわね!私のなのに!!」


「うるせえ!お前はどうせ金出してねえだろうが!!」


「サラミばっかり集まってても味が濃いだけだと思うけど……」


「いっぱいあるんだから、取り合うこともないと思うよ?……ほら、須田さんも落ち込んでないで食べて食べて!!」


「いえ、私はパンカスでいいですから………ホントに………」


「姫月、お前……ビール飲まねえの?」


「お酒何て不味いだけよ……」


「え、エミ様、下戸だったんですか!?」


「飲めないんじゃなくて飲まないの」


「じゃあ、俺貰ってもいい?」


「私じゃなくて、凛に言いなさいよ。買ってきたのアイツでしょ?」


「あ、私、まだ未成年ですので……」


「関係ないじゃない………別に」


「どっちにしろ。須田も飲まねえんだよな? じゃあもらうぜ?天知さんもいいっすか?」


「僕はいいよ。でも、黒川君は?いらないのかい?」


「あ、俺も今日は別にいいっす」


「で、でも、ピザにはビールですよね? コマーシャルでも言ってたし……私買ってきますよ!星君も一本だけじゃ足りないですよね?」


「え、別にいいよ?ていうか凛ちゃん一人じゃお酒買えないでしょ?」


「俺は一本どころか一滴でべろべろになれるタイプだぜ」


「いえ、それがそこの公園の裏に、まだ年齢確認機能のついてない自販機があるんですよ!!」


「いや、それ結構グレーだから……俺もいくよ。俺の酒なわけだし………天知さんの分も買ってきますね」


「あ、じゃあお願いしようかな……ごめんね、お金は払うから」


「このぐらいお安い御用ですよ」


「すいません。じゃあ、行きましょうか。黒川さん」


春の夜は風がヒンヤリとして気持ちがいい。目の前を歩く凛の丸っこい猫背を追い越したり、わざと抜かれたりしながら、会話の糸口を探る。


「あ、あの……」


先に糸を掴むのは、否、掴んでくれるのはいつだって相手の方である。


「黒川さん………そ、その………わ、私って……ちゃんと…役に立ててますか?」


「え?」


「わ、わたし……足を引っ張ってばかりで、今回も寝坊して……」


「そんなに気にしないでいいよ。今回はマジで遊んだだけだったし……」


「そ、そんなに……甘やかさないでください………わ、わたし……そ、その、く、黒川さんに……その、あ」


「落ち着いて。ゆっくりでいいから」


「…………………お、お世話になりっぱなしで……何の恩返しもできてない……です」


「………………………………」


わざわざこんなことを言うなんて、それほど寝過ごしたことがショックだったのだろうか。こういう相談事を人生でされたことがない黒川は大いに返答に悩んだ。こういう時、すべきなのは安易な説教や慰めではなく、ほどよい相槌であると聞いたことがある気がするが、今の凛には何となく、もっと真摯な意見を求められている気がする。しかし引っ切り無しに凛が喋る為、中々訂正を入れる余地がない。


「………こ、この前、天知さんが…く、黒川さんが私をす、すごく買ってくださってるって……何でそう思ったのかは、わ、分からないですけど……で、で、でも、嬉し、嬉しかったんです。だ、だ、だからも、もっと……お役に立とうと思ったんです。なのに……なのに……うぇえええええ……」


初めて会った時を思い出す、ドモリがちな語り口がついには嗚咽になり、泣き出してしまった。ホントのホントに気にし過ぎなのだが、正直いつまでも失敗の尾を引いてしまう気持ちは黒川にも痛いほどわかる。なんとなく気まずくなり、つい不可抗力で周囲を見渡してしまうが、誰もいないことを確認できたのですぐに慰めに気持ちをシフトする。


「ま、マジで気にしなくていいって!!」


「うぇええ!うぇええ!(ブンブン)」


取り合えず気にしていないことを伝えるが、嗚咽状態のまま首を横に振るばかりで、全く響かない。


(姫月なら、何て言うだろうか)


「アンタにそもそも期待してないわよ。ウザいからさっさと泣き止んでくれない?」


(これは姫月だから許される言い草だよな……じゃあ星畑なら?)


「お前、何でそんな急に泣くんだよ。ついさっきまで嬉々としてグロポスターの解説してたくせに、実は酒入れたとか?」


(いやいや、ここまで辛辣じゃねえだろ。ん~……一番付き合い長いはずなのに……なんかイメージがムズイなアイツ…………そういや、天知さんは俺がそう評価してたって言ってたらしいけど……そもそも天知さんはどういうことを言ってたんだろ?)


「須田さんはそれでいいんだよ。黒川くんもそう言ってたよ?」


(こんな感じか?そもそも俺が天知さんとそんな会話するって……スカウトん時だよなあ。何の話してたっけ………………そういや俺も凛ちゃん一人に期待されてる時の方がネタにされて馬鹿にされまくってた時よりも緊張したとか言ってたっけ)


「凛ちゃんはさ…………」


「うぇええ?」


「……………可愛いし、愛嬌があるし、正直、キモいと思うかもしれないけど……性的に見ちゃいそうなほど魅力的だよ。Uはそっち方面で凛ちゃんをすげえ評価してた」


「んえ………」


「俺は、でも、まあ正直性的に見ないと言ったらウソになるけど、それ以上に、一緒にいて楽しいし、いっぱい喜んで欲しいし、なんかあったら一緒に悩んだり苦しんだりして欲しい。これは、天知さんとか、姫月とかにはまだ、あんま思わないことだけど、星畑にも近いこと考えてる。何ていったらいいのかな?」


「…………ぎ、ぎ、き、気持ちは凄く嬉しいですけど……わだじが、私自身が!もっ、もう足を引っ張りたくないって、黒川さんがお友達(どおだぢ)でいでくださるからってそれに甘えてしまって」


「甘えればいいじゃん。俺だってさんざ甘えてるんだから。姫月だって、星畑だって、いずれはきっと天知さんだって甘えるよ?きっと」


「で、でもわだじがきっとちゃんぴおんでず」


「そうかな? あんま体育会的な考え方って嫌いだけど……俺さ、今は全員が手をつないでる状態だと思ってんだよ。だから足なんて引っ張れない。手えつないじゃってんだから。みんな一緒。ゴールも休憩もみんなが同じタイミングなんだから」


「で、でも、でも……足を引っ張るって言うのは……言葉の…比喩みたいなものじゃないですか。みんなが手をつないで歩いてたとしても……誰か一人がこけたりすぐばてたりして……その誰かが私で」


「凛ちゃん……………見て」


何を言っても否定して自分を卑下する凛。そんな彼女の目の前で黒川は手を握って、開いてを繰り返して見せた。


「たったこれだけだよ? たったこれだけで、つないでる手なんて簡単に放せちゃう。でも、誰も放そうとしないよね」


「………………………………ズビッ」


「俺は無責任なこと言えないし、やらしい人間だからすぐに人を信用できないし、分かった気にもなれない。………だから、星畑とか姫月とか天知さんとかが、どれだけ他のメンバーがへましても手を放さないなんて言いきれないけど」


真面目な顔で喋ってる間も、手はグーとパーを繰り返している。凛はすがるような眼でそれを見ている。


「少なくとも俺は、絶対、凛ちゃんの手を放さないよ。ていうか絶対放したくない」


『魔法陣グルグル』のギップルがいたら悶絶顔で宙を漂いそうな臭いセリフ。だが、少なくともただ一人だけの気持ちを伝えたい人にはしっかり届いたらしい。泣きじゃくっていた少女は意図せずグーのままで止まっていた黒川の手をそっと握った。


「ひょひょ!!」


童貞黒川の緊張の糸は無情にも女子の柔らかな手の感触であっさりと切れてしまい、臭いセリフの代わりに素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。しかし凛のムードは未だに大真面目なようで、反対の手で涙を強引に拭った真っ赤な顔で、ぎゅっと握った手に力を込めた。



                       6



あんなことを言った手前、双方手を放すことができなかった。そのため自然と手をつないだままの状態で歩く二人。初心なカップルのように双方顔に紅葉を散らしている。


「………す、すいま……じゃなくて……えっと……ありがとうございました……」


「ん? う、うん……どういたしまして?」


え、俺なんかした?何のこと?お礼言われるようなことはやってないけど?的なキザなことを言うつもりは毛頭ない黒川だったが、何故か自然と疑問形になってしまった。


「わ、わたし……そ、その……昔から、無性に誰かに甘え………っていうか一方的にグチみたいになんて言うか……えっと、今回みたいなことをしちゃうときがあって………」


「うん」


「そ、その。家族にも呆れられたり、数少なかった友達にも面倒くさがられたりしてて、悪癖でして。ああいえばこういって、せっかく励ましてもらってるのにそれすらも否定してばっかりで……ホント自分勝手に甘えて……分かっても止められなくなっちゃって……中学とか高校でグループに入れてもらった時もすぐそうやってやらかして………だから、今回も我慢しようと思ってたんですけど…黒川さんと二人きりになった瞬間……暴発しちゃって…………」


「分かる分かる。ていうか、そんな時くらいけっこう誰にでもあるでしょ?」


「へ?え、く、黒川さんも……あるんですか?」


「いや~……だってさ、俺高校の時、自分がこんなに性格が悪いのは親の教育のせいだ~とかいって親を困らせてたことがあるんだぜ。反抗期ってそういう勝手なことしがちなんだよ。そんなわけないのは分かってんのに、何て言うか、相手に自分が納得いくようなことを無理やり言わせるように誘導するって言うか……でも、うまくいかなくて、んでより一層拗ねて、自分でも何言ってるかわけわかんなくなってって言うさ」


「あ、そ、そうなんです!! 結局、甘えてるだけなんですよね!?私、もう大学生なのにまだそんあことしちゃって………」


「年は関係ないって!それに人のせいにしてない分全然、良心的な方だよ!」


「でも、私………初めて、その、図々しいですけど……その甘えが成功しちゃいました……」


「え?」


「えへへへ………わ、わたしを何があっても放さないって……嬉しかった……です」


「………でもそりゃあそうだよ。俺が無理言って福岡行くのを引き留めてんだもん」


「へへへへへ………勇気いただきました。失敗しちゃうかもですけど頑張りますね!」


「う、うん」


まだ目と鼻はほんのり赤いものの、吹っ切れたように笑う彼女の顔はすっかり明るい。笑顔で見つめられて今度は黒川がドギマギする番である。


「ア………そ、そうだ。忘れてたんですけど………私のSNSに知らない番号から連絡がきたんです」


「へ? よくある詐欺系っぽい広告とかじゃなくって?」


「はい。それが『明日、東河原駅の西広場で待つ』とだけ書いてあって詳細がないんです。この近くだし、てっきりUさんとかかなって思ったんですけど………」


その話を聞いてとにかく熱くて仕方なかった顔からみるみる血の気と温度が引いていく。東河原駅は岩下家の最寄り駅である。


「…………話変わるけど、凛ちゃんって天知さんとのツーショット……SNSに挙げてる?」


「え? は、はい。ちゃんと許可いただいて……載せましたよ。えへへへ私の、趣味活動日記帳名付けてリンスダグラムです。…………それが何か?」


「や……それ自体は全然いいんだけど……さっきの謎メッセージは……」


「あ、はい。そこからのDMです。こんなの初めてで、ちょっと驚いてます。ま、まあ一般公開しちゃってるんで……来ちゃうのは当然なんですけど」


「…………行くの?明日」


「え、ば、番組関係じゃないんだったら…行かないですよお。おっかないです」


「だ、だよね……行かなくていいよね」


言いながら、再び歩き始める2人。スーパーの前で自然に手を放すことには成功し、何とかいつもの距離感を取り戻すことができた。それはそれとして買い物を終えて帰る最中、意を決したように黒川が言う。


「凛ちゃん。ごめん。やっぱ行こう。明日」


「え!な、なにかご存じなんですか? ああ、あの、私、ホラーは客観視専門で…主体的な体験はものすごく苦手なんですが……」


「うん。説明するから、大丈夫。大丈夫だから」


「え、え、え、え? 手、手…離さないでいて下さるんですよね?」


「うん。離さないけど………念のため星畑も連れて行こうか…………」


手を放さないと言ったはいいものの、凛と二人で地雷原を歩くのはやっぱりまだおっかない黒川なのであった。























































                    







早いもんで、というか前回が長すぎたんですが、次回で第2章は完結となります。サブタイのどこにも章番号が振ってないので分かりづらいですが。一先ず今回の章は次回でチョンです。はやく本題に入れよと突っ込まれそうなもんですが、本作はもともとほとんどが無駄な遊びと無駄話で構成されている滅茶苦茶良く言えばクエンティン・タランティーノの映画のようなライトノベルもどきなので、こんなもんなんだとゆる~く付き合っていただけたらと思います。

では次回もお会いできるのを楽しみにしております。

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