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その①「慣れない場所で背伸びするコト」

こんにちは。 まずはこの作品に先っぽだけでも入っていただきありがとうございます。


本作はライトノベルではほんの少し珍しいかもしれない現代を舞台にしているのにラブをしない作品になっています。宇宙人が出てきますが、それが活きる設定は何一つ出てこないつもりですので、SF作品ではなく、宇宙人が実在する日本が舞台のコメディ作品だと思っていただけると幸いです。大切なことなので一難最初にお伝えしますが、本作は頻繁に下ネタが出てきます。R-15指定もそのためです。いい年こいてパロディAVで爆笑するような男ですので、ご理解ください。


死ぬほど初心者で学もないため、拙い文章です。読みにくい、誤字が目立つなどがあれば遠慮なく仰ってください。確認次第すぐに修正します。もちろん内容についての感想もお待ちしています。音楽と漫画が趣味の為、その手のネタが多数出てきますが、伝わらないネタが多すぎる場合には話の最後に脚注を設けようかと思っていますので、その方もご意見いただけると嬉しいです。


また、「いけるか…!」という淡い期待を込めて一切のぼかしなくそのまま名称を記載しています。「いけるかボケ」と思われた方もまた、遠慮なくご意見ください。当たり前ですが、パロディもとへの批判や中傷の意図は一切ありません。


第一話にあたるお話ですが、全く進みません。あらすじを設けましたが、そっちの方が物語を進めてしまっている始末です。2万字近く書いたのでできるだけ読んでいただきたいですが、最悪あらすじだけ読んでも今後の話は分かるかと思います。基本、ネット掲示板の二次創作小説の要領で会話メイン進行を考えている本作ですが、今回は登場人物が少ない兼ね合いでほとんど地の文です。読みにくかったらごめんなさい。


重ねて申し上げますが、作品へのご意見や感想お待ちしています。どんなものでも歓迎しますが、マイナス評価はできる限りオブラートに包んでお願いします。楽しんでいただければ幸いです。



見えないところで私のことを良く言っている人間が、私の友人である。(フラー)

                


                      1



一本の動画がある。動画は配信サイトにUPされ、全国43億8000万人のネットユーザーの中の多くて18万人がこの動画を見ている。タイトルは「(53)氷の世界-井上陽水」。俗にいう歌ってみた動画である。


動画の中では丁度顔だけがカメラから見切れるようにギターを抱えた男が、ペコリと会釈をして弾き語りを始めている。サムネイルやタイトルで徹底的に飾り気を取っ払い、簡素な雰囲気を演出している動画は、選曲も相まって昨今の需要に全くと言っていいほど適していない。にもかかわらず男の動画はカバー動画ではなかなかに上々の再生回数を誇っている。


さて、そんな動画をさも不快気に見ている青年がいる。しきりにマウスを弾き、画面をスクロールさせているあたり、見ているというよりは聞いているという方が相応しいだろうか。青年の名前は黒川響。何を隠そうこの歌ってみたチャンネル『歌い河チャンネル』の主である。動画はミュート設定にされているため、肝心の歌は流れておらず、もはや聞いているとも言えない。彼はただ、ひたすらにエゴサーチを繰り返しているのだ。先程から殊更に黒川を不快にさせているのもこの動画に寄せられた2968のコメントの数々である。以下、その一部。


マルモと起きて(2か月前)「名曲を穢すな」b789


かずはじ(2か月前)「これ聞いて泣いていた赤ちゃんが眠ったと思ったら死んでました」b298


生まれ変わっても貝になりたい(2か月前)「2:38 元太のオホ声」b1108


ねこぷう(2か月前)「大中小のトトロ足して湯婆々で割ったみたいな声」b378


からし味噌(一か月前)「歌うな河」b105


など悪評の嵐をお見舞いされている。しかしこのコメントが大言あれど的を得ているのは、いいねの数と歌ってみた本人がミュートにしていることからも分かるだろう。事実、彼の動画の中の歌声はとても聞いていられない代物である。この世に歯に衣を着せない正論程、堪えるものはない。黒川がタダでさえ悪い目つきを一層険しくさせているのも致し方ないことなのだ。



                     2




黒川の子どものころの夢は漫画家だった。少年らしい無邪気な夢は自由帳に描き殴る程度の小規模な活動で十分、満足できる範囲のかわいいものだった。成長と共に増えていく膨大な漫画も単なるエンタメとして消化されていき、彼の青春において特に漫画が脚光を浴びることも特別視されることもなかった。


そんな平凡な少年の人生を大きく変える事件が起きたのは、黒川少年12歳の秋である。彼が登校していた中学で行われた合唱コンクールは、例年無駄に多い席を埋めるため地域の老人会をゲストに招いていた。老人会には黒川の祖父母も在籍しており、今までろくすっぽ歌唱に精を出してこなかった黒川だが重度のおじいちゃんッ子・おばあちゃんっ子だったこともあり生まれて初めて全力で歌の練習をしたのである。


初めに異変に気付いたのは、顔面ヨコハマタイヤとあだ名されていた音楽専門の非常勤教師である。


課題曲「翼をください」の通し練習中、突然「歌を歌う時はキープスマイル」が信条である彼女の笑顔が消えた。慌てて指揮者に制止をかけ、男子一同をグーッと見回す。「またか」とばかりに男子は身構える。どうせいつもの声が通っていないというあれだろう。そしてお小言からの「声変わりだもんねぇ」という歩み寄り、〆は「のどの中にトイレットペーパーの芯を入れるの!!」という謎のアドバイスである。一回くらい本当に入れてみろ。そして一曲歌いきってみろ。歌い終わるころには翼以外のものが欲しくなっているはずだ。


ところがヨコハマタイヤは尚も神妙な顔で、男子のみに改めて合唱をさせる。昨日の通し練習よりも心なしか手ごたえを感じていた男子は訝しみながらも、いまいちリズムに乗り切れないアルトパートを歌う。許可を出されてもいないのに胡坐をかいている女子たちがボソボソと耳打ちし合う。「上手くない?」「なんかプロっぽい」「先生が指揮とってんじゃん」


Bメロを待たずにヨコハマタイヤは再び合唱を止めた。そして今度はさらに半数に削って歌わせる。この時初めて、女子や男子も事のおかしさに気づく。先程と一切クオリティが変わっていないのである。それはもはや合唱ではなかった。顔面ヨコハマタイヤも担任も女子も歌っていない男子も歌っている男子までも………視線は一つの方向に集まる。視線の先には……………


「黒川くん?」ヨコハマタイヤが恐る恐る声をかける。ギョロリと目をむき出しにして神妙な顔つきはもはや輪入道である。


「……………はい?」


「ちょっと…………ちょっと、一人で歌ってみてくれる?」


声をかけられた黒川中学生は心底不思議そうな顔をして「はあ」と曖昧にうなずき、「翼をください」を歌う。


大げさではなくそれはこの場にいる全員が人生で聞いた中で最高の「翼をください」だった。当時、英語の授業で多くの生徒が釘付けになったスーザン・ボイルのオーディション動画。アレに勝るとも劣らない感動と興奮がその道のプロである顔面ヨコハマタイヤにまで行きわたっていたのである。


集団の中に、感動するとは少し異なる、酔いしれている男がいた。他でもない黒川自身である。つい先ほど見せた「俺ですか?まあいいですけど……」とでも言いたげな黒川の態度は白々しい演技に他ならなかった。黒川自身、数日前の自主練から自分の秘めたる可能性に気づき、どうしようもないほど浮かれていたのである。


黒川のパフォーマンスが終わった。先程の中止ラッシュが嘘のようにきっちりフルコーラス歌い切らせた。丁度、伴奏が終わると同時に前半戦終了のチャイムが鳴ったが、誰一人として待ち望んでいたはずのそれを耳に入れず、代わりに万雷の拍手でキョロキョロとせわしなく首を振る黒川を迎えた。オーバーなほど照れる黒川だったが、こちらは演技ではなく、正真正銘飛び上がりたいほどの気恥ずかしさを感じていた。悲しいことに、今までの彼の人生。ここまでの脚光を浴びたことなど一度もなかったのである。


極度なあがり症で文武共に本番に弱い黒川だが、歌に関してだけは完璧を貫き通していた。言うまでもなく本番のコンクールでも黒川はエースで4番の大活躍を見せる。『天使にラブソングを』のマネをして黒川にソロパートを任せたタイヤもそれに応じた黒川も、往々にして満遍なく調子に乗っていたが、鼻につく間もないほどに見事な完成度でこなしてみせた。大好きな祖父母を泣かし、集団登校の小学生に怒声を浴びせることを日課にしているモンスター爺に「ブラボー!」と叫ばせてみせた。


歌王子黒川の進撃は止まらない。彼のソロステージは部活発表会、学園祭、体育祭、果てにはドッジボール大会に至るまで、とにかく「祭」と「会」が付く行事には必ずと言っていいほど開かれ、そのたびに大盛況を治めていた。合唱曲からヒット曲、洋楽、本人は内心歌うのをためらっていたがアイドルソングまでとにかく節が付いているものなら華麗に歌い切った。

 人見知りな性格故、学校内では表面だけの謙遜を見せ、パフォーマンスもそこそこにただ歌う事のみに徹していたが、あの日の感動が忘れられない祖父母が度々催す老人会ライブでは、もう目も当てられない程のフィーバーっぷりを見せていた。元々流行歌に疎く、7,80年代をこよなく愛する黒川の趣向もあり、時にはジュディ、時には将軍様、時には何と聖子ちゃんまで、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」なんて節がてんで無い歌までも完璧に歌い切った。


彼は他県の私立仁丹高校に進学した。もちろん入る部活は合唱部、もしくは軽音部である。私立に行く頭も資産の余裕もない生徒が多く。同郷ではただ一人の入学ということもあり、新生活には人並みの不安を抱える黒川だったが、親睦会の会場がカラオケボックスと聞き、すっかり勝ったも同然といった余裕を見せ、入りたてのクラスグループに地獄のミサワのLINEスタンプを送るほどであった。


結論から言って、黒川は親睦会でも存分な実力を発揮することができた。まだ馴染みのないクラスメートたちは口をそろえて黒川を称賛し、羨望の眼差しの代わりにスマホのレンズを向けた。黒川にとって二度目となる大きな人生の転機が訪れたのは宴の後である。


クラスメートが口々にグループラインへ本日の感想を上げる。その中には当然、黒川含むクラスメートが熱唱する様を映した動画もUPされていた。黒川新入生の第一の不幸は次の登校までLINEを確認しなかったことである。


登校した黒川を迎えたのは昨日浴びた羨望の視線とは程遠い。好奇の視線である。彼がまだ歌王子になる前の小学生時代。一人だけいつまで経ってもお題が見つからなかった借り物競争で浴びたあの視線とよく似ていた。言い知れない気味の悪さを肌身に感じながら、黒川は他の生徒がしているようにスマホをいじって時間を潰すことにした。ここで初めて画面越しに歌を歌う自身を見たことを果たして第2の不幸と呼ぶか、はたまた、かねてより積み重なって来た不幸の精算と呼ぼうか。どちらにしろ黒川自身、3年間もあった中学生活の中で誰一人スマートフォンだかカメラだかで自身のパフォーマンスを映していなかったことが今思うと不思議でしょうがなかった。学校内のスマホ使用禁止を律義に守る生徒の誠実さとジジババのデジタルディバイドが合わさり、3年間の砂の城を築き上げたのである。


天才的な歌唱力のハーモニーが故の欠点なのか、動画越しで聞く黒川の歌声はひどいなんてものじゃなかった。弾むような美声は安っぽいデスゲーム映画のマスコットみたいな気味の悪いダミ声になり果て、深みをもたらすビブラートはおもちゃをねだりぐずる子どもが最終聞かせるしゃくり声だ。これは地のものだが黒川の3年で磨き上げた、さも聞かせてやっているような顔と音程に合わせてカックンカックン揺れる左手がその醜悪さをより強調させている。


黒川の歌の才能は本物である。しかしどういうわけか電子媒体を介した瞬間、彼の歌声は不協和音のようなおよそ好んで聞くような歌ではなくなってしまったのだ。情報社会と言われる現代においてこのマイナスはもはや、体質の一種と捉えるべきだろう。事実この時も、先日にさんざん黒川の技量を味わったはずの級友たちですら、記憶の中の確か達者なお手前だった黒川ではなく、目の前の機器に保存されたコピー品の黒川を信じたのである。そこに原因不明のデータ不良が起きていること等誰一人考えはしなかった。


黒川の何よりの不幸は、彼だけが最後まで自身最大のアイデンティティを信じた事だった。否、真実である以上信じることの何が問題であろうか。彼にとっての不幸は彼自身、自分の歌声にあった致命的な欠点に気づけなかったことの方である。そして黒川はこれが悪質な加工動画であるというこれまた致命的な勘違いをしてしまったのである。


いざこざは大した問題にならなかったものの彼の信用というか誇りのようなものは粉々に砕け散ってしまった。当然軽音部にも合唱部にも入らず、可能な限り音楽を切り捨てて生きてきた。録画さえしなけりゃいいじゃないかと慰めの声でもかけてやりたいところだが、黒川はもうまともに歌う事すらできなくなったのである。ごくまれに同じ中学の友人と再開し、成り行きで歌を披露して再評価を得ても、黒川自身どうしても以前のように歌えている実感はなかった。なくなったと言うべきだろうか。とにかく彼はもう自分の人生から音楽を切り離して生きていくことに決定したのである。それからは相も変わらず何倍にも膨れた漫画を読み漁る日々が戻って来た。当然、漫画家など志していない。


そのままエレベーター式に大学へ進み、黒川はあくまで聞く専門という形でじわじわと生活に音楽を浸透させてきていた。授業はおざなり、サークル0所属、連日連夜バイトマシーンの彼の貯蓄は面白いくらいに貯まり、オーディオやレコードにつぎ込まれていった。つぎ込む先にギターが追加されてからは滑るように音楽にどっぷりハマり、弾き語り動画をアップするまでに調子を戻してしまっている始末である。


と言っても動画越しの自身の歌のひどさを忘れたわけでは断じてなかった。ただ、これは黒川にしかわからないことではあるが、動画ごとに調子というか雰囲気を変えているのである。繊細な音の問題で騒音に聞こえるならこちらも繊細な技で対処すればある日、打って変わったように忠実なコピーが出来上がるかもしれないという狙いがあった。


コメント機能だけが恐ろしかったが、第三者の意見も調整材料として重要だと考えた黒川は、あくまで真っ向から小細工抜きで提供することを決意した。しかしそんな殊勝な心掛けも、信じられない程の伸びの悪さから単なる杞憂だと安堵のような肩透かしのような気を味わっていた際、今回の始末である。


原因は黒川の騒音とシャウトやコーラスの多い「氷の世界」が異様なまでのミスマッチだったことである。そしてもう一つがどこぞの誰かがネタ動画としてSNSに投稿し、バスってしまったこと。かくして『歌い河チャンネル』の53本目の動画はネットユーザーの大喜利大会として必要以上に世間の目に触れてしまったのである。

 

もう半年近くも前に分析し終わった歌を、あろうことかこんなタイミングで掘り返されようとは。馬鹿にされたことよりも、動画の一本も投稿しないくせにいっちょ前に承認欲求だけは備えている輩の足しにされてしまったことが黒川をより一層不快にさせた。



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不快な気分だったり、興奮状態にあると黒川は上手く寝付けないたちである。上手く寝付けないと睡眠が浅くなる。浅い眠りにはもれなく癖の強い夢が付いてくる。夢の中で黒川はギターを片手に武道館ライブを行っていた。客こそいたが顔は見えず、自分がガチャガチャ弾きながら叫ぶフレーズに合わせて横に揺れ、縦に揺れ、歓声を上げている。


余りにも現実感がないからか、黒川は一瞬でこれは夢だと気づくことができた。しかしそれはそうとして妙である。夢にしては何とも都合がいいし、認識がはっきりしている。その証拠に歌もギターを弾く手も簡単に止めることができた。ただし観客は消えない。消せと念じたわけでもなかったが、歌わなくなった今ですら、期待に満ちた歓声や口笛を鳴らしている。なにより夢なら気づいた瞬間覚めるのが習わしではないだろうか。


「歌わないんですか?」


突然、どこからか声がかけられる。流れるような女性の声。その発信源がどこからでもないことに気づく前に、空間が武道館から黒川の自室に変わっていた。ギターを弾いても誰も文句を言わない、住居者3人のボロアパートである。夢から覚めるにしても、もう少し、テンプレートな覚め方があるはずだ。こんなまるで瞬間移動で戻って来たかのような、こんな覚醒があるか。動揺する黒川をよそに、また脳内で声が響く。先程と同じで落ち着いた調子の声だが、性別と口調が大きく変わっていた。


「歌わないなら……別に構わないが……正直、聞けたものじゃなかったわけだし………」


寝不足特有のダルさを感じながら、黒川は夢の記憶をぼんやりと反芻し、牛乳(朝食)を飲む。初めから終わりまで今まで経験したことのない夢だった。正直、自分が大物歌手になる妄想も絶えずしているし、ライブをする夢を見た事も複数回ある。しかしそこはやはり夢。歌っていると突然、一時間で150円加算される暴利の駐輪場が奈落からせりあがってきたり、ダウンタウンが亀田誠二を連れてきて観客一人一人に「さりげないよなぁ」「さりげないよなぁ」と声をかけたり、いつだって波乱万丈混沌無形、内容を覚えていることさえほとんどないのが定石である。


それをあそこまではっきり。覚醒したと思った瞬間に聞こえてきた声に至っては、今でも頭の中で「聞けたもんじゃない」「聞けたもんじゃない」と繰り返されている。どうせならもう少し歌いたいように歌えばよかった。



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印象的な夢による興奮は、高校からの友人である星畑と会っても覚めきれぬものだった。星畑に夢の顛末を伝え、ダウンタウンの奴の方が面白かったとコメントされてもなお覚めない。


「だから面白い面白くないじゃねぇんだよ。夢にしては現実感がありすぎることがすごいんだって言ってんの。お前は……あれか? 芸人だからダウンタウンと会うのなんざリアルでも何でもないってことか?」


「ダウンタウンと会えるほど売れてりゃ、お前と王将デートしてねぇよ。お前の方こそ武道館ライブを現実感あるって。そっちの方がよっぽど問題じゃねえか。駐輪場も、あれだろ?聞いてられねぇから自転車の方から迎えに来てくれたんだろうがよ。『もうやめとけ。俺が来てやったから大人しく300円払ってこの場をされ。』って。てか、そもそも暴利すぎんだろこの駐輪場。どうなってんだよ」


「だから現実感ねえって言ってんの…………………ていうか自転車2時間も聞いてくれてんじゃねえか」


黒川が突っ込むと星畑は「ンフフ」と嬉しそうに笑う。二人のいつもの掛け合いである。特殊と思われた夢も、結局単なる日常の話題の一つとして消化されていく。


「………でも確かに、あんな非現実的な夢を見る暇あんなら就職活動はじめろってもんだよな。周りはもうインターンの準備ばっかしてるし」


「お前は全部失敗するよ。 失敗して俺のコンビになる」


「……………フリーの芸人のコンビになんか誰がなるか」


「マジで組むならもっかいNSCからやり直すよ」


会うたびに行う定番の会話。星畑はジョークも真面目な調子で言うのが面白いと思っているタイプなので、いまいち本気度が分からない。だが黒川は最近になってそれもひょっとすると悪くないかもしれないと思うようになった。親への社会への体裁。流石にもったいない新卒の肩書。それらが黒川を本能から縛り付けている。


「大学行っても変な知識身につくだけで何一つ青春らしいことしてないし………或る意味でお前の高卒も正しい判断だったのかもな」


「いざやってみたら言えなくなるぜ、多分。この前、トドみたいな体系の客が来たんだけどよ。そいつがこのトレーディングカード1枚9万円もするっていって自慢げにぴらぴら見せびらかしてくんの。転売屋ってやつだな。デブのせいで年齢読めねえけど多分俺らと同世代だ、あれ」


ここでの客は芸人としてのものではなく、ホストとしてのものだろう。キャラクターづくりのためにド派手な金髪にしている星畑の顔は、コメディアンを名乗るには不釣り合いなほど整っている。


「そのデブがな…………当然、学校なんか行ってねえだろうに。親の金で転売ごっこやってんだよ」


「9万も使ってたらごっことは言えないだろ」


「だろうがよ。でな、色々あってそれをもらったんだよ」


「もらえたの!?」


「うん。ちんちんスニッカーズゲームで勝った」


「聞けば聞くほど、疑問点しか出てこねえよ。なんで会うたびにそんな濃厚なエピソードこさえてこれんだよ……」


そのためにやってるようなバイトだからな。と星畑は笑う。ちなみに二人は週に3回のハイペースでこうして会っている。互いに女の気配はない。


「でな。早速そのカード売ろうってんでその時相手してたやつらと一緒に店に売りに行ったんだよ。そしたらな…………女が懇切丁寧にケースまで入れてたカード。たったの30円ぽっちだっての」


「話が違うじゃん」


「パチモン掴まされたんだな。しかも俺らが店員さんから説明聞いただけでもはっきりわかるほど、見つけやすい粗でさあ。隅になんかラメ状のシール張ってあるかどうかなんだけど、転売屋なら知ってて当然だろってやつ」


「ごっこだな。ごっこもいいところだ。俺がおんなじミスしたら店追い出されるぜ」


黒川のアルバイト先はその店ではないが同じようなエンタメベースのリサイクルショップである。


「要するに真面目に生きればそんだけ釣りがくるってもんだよ。逆に言えば不真面目でも払うもん払える環境さえ整ってりゃいくらでも生きられるんだ。あんなにアホだった俺の相方だって今じゃ立派に働いてるし、お前が就活浪人で終わるわけがないんだよ」


「トドと比べられてもなあ………一応人間のつもりだし」


「あれ? トトロfeat.湯婆々じゃなかったっけ?」


「黙れ」


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明日も早いので、今回は食事だけで終わった。部屋の前で3つほど隣の部屋に住んでいるおばさんと鉢合わせた。いつも不気味な不潔感を漂わせていて苦手意識を持っていたこともあり足早に通り過ぎようとしたところ、呼び止められてしまった。


「黒川さん。黒川さん‼ちょっと黒川さん!!あんたね、いくら歌が趣味だからって時間考えんといけんよ。そりゃ3つも離れてりゃ声も聞こえないと思うだろーけどさ!あんたあんなマイクでも入れてんじゃないかってくらいの大声を夜中に聞かされる気持ちになってみんさいね‼何が『笑ってもっとベイビー』だよ。笑えるかっての!深夜の!!3時に!!」


こてんぱんに叱られてしまった。親元を離れてからはや5年ちょい、ここまで面と向かって怒鳴られたのは久しぶりで濡れ衣だと感じながらも素直に謝ってしまった。言いたいことが言えてすっきりしたのかおばさんは自室に引っ込んでいった。


無論夜中になんて歌った覚えはないし、マイクを使ったこともない。ギターが響いたのだろうか。しかしそれにしても何で急に。確かにサザンの「いとしのエリー」はつい最近歌った覚えがある。ただし例の夢の中でである。今朝の不可解な起き方と言い、自分には夢遊病の気でもあるのだろうか。


夢遊病か否かはともかく、最近やけに、歌に関して色々トラブルが起きる。最近と言っても黒川が気づくのが遅かっただけで、件の動画が発掘されたのは2か月も前の事なのだが……。


どれだけ眠かろうが、明日に仕事があろうが、意地のように日を跨ぐ前に床に就こうとしない人間は一定数存在する。察するにそういった類の人間は、日中の活動に感じなかった充足感を夜の延長戦で補おうとしているわけである。黒川もまた、その類の人間なのだが、驚くことに彼は今夜22時を待たずにさっさと横になり、岩のように静かに眠りについたのである。


黒川は生まれて初めて自分が歌っている以外の姿を動画に残すことにした。本当に自分に夢遊病の気があるのか観察するのだ。


夢遊病の気があるのかどうか問題にしていることが恥ずかしくなるほど、黒川の寝姿は大胆だった。布団をはねのけたかと思うと、立ち上がり、空を指さし何か喚いている。歌っているわけではないが、人間の声量とは思えない程の大声だった。さながら『パラノーマル・アクティビティ』である。夢の中では黒川と例の謎の声との問答が繰り広げられている.


「だから………言ってる意味が分かんないんだけど」


「ですから…………私はビジネスの一環として、こうしてあなたとコンタクトを取っているわけでけっしてあなたが言うようなやましい意図はないんですよ…………ただ」「そっちじゃなくて!!」


「宇宙うんぬんの方だよ!! 宇宙人だって言った方!!」


「種族名ですか? 申し訳ないんですけど……………地球人の言葉では多分すごい長い名称になってしまうと思うんですよ。言っても理解できないんじゃないかな~って…………」


「そういう事でもなかったんだけどな…………まあ要するに宇宙人ってわけね?」


「はい。ようやく本題に入れそうですね。私、こちらで言うところの放送局のようなビジネスを行っていまして、この度、黒川様とご契約を結びたく遠い銀河を越えてはせ参じた次第でございます。」


そうだった。と黒川は思いなおす。これは夢だったんだ。俺が観てる、俺に都合のいい夢。しかし日本のテレビにスカウトされないからって、宇宙すら超えてしまうって……。自分の発想力の乏しさというか。我が夢ながらご都合主義すぎて悲しくなってくる。しかし夢なら、ギャーギャー口やかましく突っかかる必要もない。なってやろうじゃないか、宇宙のスターに。


「契約ってのは………俺をそちらで使いたいってこと?」


「話が早くて助かります!その通り!と言いたいところなんですが…………私共の星は人間が暮らせるようにはできていないので………黒川様にはあくまで今まで通り、動画配信を続けていただきたいのです。したらば、それを私の方で星に転送させて頂きます。編集などは適宜こちらで行わさせていただきますので、………………ええ、黒川様の銀行口座の方に料金は振込です。動画を更新されるたびにお支払いとなる歩合制ですね。………………こちらでの評価や広告数などによって価格も上下いたします。 正式な書類による契約はっ………………」


「あほくさくなってきた………もういいっす、良い夢あんがとさん」


言葉の通り、気恥ずかしさに耐えられなくなった黒川は、前回の要領で夢を終わらせた。興味深い夢ではあったが、それよりも現実の自分の身体がどうなっているかの方が黒川には気になった。だからこそ、わざわざ早寝までして、カメラを仕掛けたのである。


「………………………やっぱり立ってんじゃねぇか。こりゃいよいよ危ない男になって来たよ俺」


目覚めるや否やベッドに仁王立ちしていた黒川はあわやバランスを崩して落っこちるところだった。


「夢遊病って何科に診断うけに行ったらいいんだろ? キャメラどこに置いたっけか~?」


ぶつぶつとカメラに手を伸ばしている最中、黒川の脳内に、通院の必要はないと言わんばかりに声が響く。またもや性別も口調も変わっている。


「………正式な書類による契約は………一身上の都合でできなくてね。申し訳ないが、口頭での契約とさせていただきたいんだが………どうだね、やる?やらない?」


「……………そういや、前回も覚めたと思いきや声がかかってきてたな……。ていうか人変わってない?さっきの人はどこいったんだよ?」


「どこも何も……さっきまでのは君がいいようにイメージした夢の空間だからね。私はそれが女だったのか、男だったのかも分かりはしないよ……………夢の中という方がスムーズに話が進むと思ってね……………実際、キミもすんなり乗り気になったじゃないか。で?やるの?やらないの?」


「めっちゃ急かすやん………いや、夢だと思ったから………順応したわけで、そうじゃないなら、まだどうにも…………」

「って………もしかしてっすけど……………………マジで宇宙人?ってか……え、マジで!?マジの話なのこれぇ!?それともあれ? 俺、いよいよおかしくなったの?」


「めんどくさい方向にこじれるんじゃない……………本当に宇宙人だが………残念ながらそれを証明する手立てはない。強いて言うならこうしてテレパシーを使って会話できているあたりにSFっぽさを感じてくれるとありがたいのだが」

「まあ急かしたのは悪かったよ。いざ考えてみればちょっとばかし話を急ぎ過ぎているな………私が宇宙人で、先程まで見ていたのは私が見せた夢………というよりは少し意識を拝借して君に自分の精神世界に入ってもらっていたんだ。だから厳密には君は眠っていない。体も脳も起きていたが、意識だけは夢を見ている。分かりやすく言うなれば幻覚を見ていた状態だ。それ以外で質問はあるか?」


ここで予め理解しておかなくてはいけないのが、黒川が難しいことを考えたがらない類の人間であることと、相当自分の歌に関しての自信を無くしてしまっていることである。もっと他に質問あるだろなんて思ってはいけない。たとえ……


「なんで俺が………なんでプロでもない俺が選ばれたんだ!?」


なんて質問だったとしても、もどかしく思わずに、すんなり受け止めてやる必要がある。


「理由はけっこうあるんだが………一番の理由は君が私の星でトップクラスに人気の歌手だからだ」

「と、いうより君以外の歌はね………聞けたもんじゃないんだよ。演出こそ凝っているが肝心の歌声がアレではお話にならない」


「えらい滅茶苦茶言うな………何ていうか………あれか。ようするに宇宙規模のシュガーマンみたいなもんか………でも、あれ? なんか前、聞けたもんじゃないとか言ってなかったか?」


「ああ、この前ね……………初めて接触した記念にスターの生歌を聞こうと敢えて本題には入らずに、キミの夢ライブを聞いていたんだが…………なんていうか………随分勝手が違ったんだよ。他の有象無象と何ら変わらない、それこそ聞けたもんじゃない歌だった。おそらく精神世界に送った影響で声の材質そのものがバグってしまったんだろう」


ここで黒川はようやく、聞けたもんじゃないという辛口なレビューが自分たちと同じ歌ってみた系の配信者ではなく、それこそプロのミュージシャン全てに向けられた者であるという事に気が付いた。信じられるだろうか。玉置浩二や吉田美和より歌唱力があり、マイコ―やビートルズよりもヒットしているのか?


(しかもよりにもよって俺の………ゴミみたいなコピー品の方かよ………)


察するに宇宙人とやらの価値観では、あのバグみたいな音、人間にとっては不協和音にしか思えないようなアレがどうも、評価に値する代物だったという事である。地球の娯楽むいてないんじゃないのか。と黒川は思ったが、それ以上に得体が知れなさすぎる話にようやく危機感が機能した。体よく断ろう。


(俺は夢なら付き合うが、現実はノ―サンキューだぜ!)


「それは……………多分、バグではないと思う…………」


「? どういうことだ?」


黒川は丁度手にしていたカメラを操作し、今までの動画データを見せる。見ると言っても宇宙人がどこにいるか分からないのでただいつもの不協和音を垂れ流すだけなのだが。


「なんてことない。本調子じゃないか」


「そのぉ…………これぇ………いいずらいんですけどぉ………加工してあるんすよぉ……これぇ」


「加工?」


「そう…………ネタ動画っていうかぁ~。おふざけで作ってる奴でぇ…………これぇ」

「なんもなしだと俺の歌声は有象無象と変わりない………平凡なもんなんですよ………これぇ」


逆立ちしても火影になれなさそうな木の葉丸みたいになっている口調は彼なりの「チャラチャラしておふざけ動画を作っている奴」っぽさの演出であり、けっしてふざけているわけではない。内容だって世間からはふざけていると思われているわけだから、あながち全部が全部嘘というわけでもない。


「いまいちそのおふざけ動画とやらを、作る動機が分からないが、別にどちらでも構わない。創作物だろうが、天然ものだろうが。その他の不協和音よりずっといい。そちらの音楽文化と触れ合うための翻訳機のようなものだと判断するさ。何より気が遠くなるほど離れている星のやらせ何ぞ誰も気づかないさ」


(これもしかして……………詰んだ?断ったら拉致られたりすんのかな?)


「それに…………何か勘違いしているようだが、私は別にキミを歌手としてスカウトしに来たわけではない。 欲しいのは優れた歌手ではなく、私の星での人気者だ」

「そもそも………君は動画を投稿し続けるわけだし、それをそのまま拝借するのに異星人であるキミの許可だとか、ギャラだとかが必要とは思わないが?」


「あれ? 夢ン中でそう言ってませんでしたっけ?」


「かなり都合よく改変されてしまったらしいな………夢作戦は失敗だったか………これからキミの行動や生活の一部をこちらで撮影して放送したくてね、欲しいのはその許可さ」


「どういうことですか? いや…意味は分かりますけど、なんていうか概要をもうちょい詳しく…」


「私の星とここ、地球はかなりの距離が離れている。それこそ君らの技術では見ることすらできない。しかしこの星は、かなり生活環境や思考回路が似ているんだ。 見つけた天文学者は運命の星とすら読んでいた。事実、こうして観察してみて私も驚いている」


「歌の価値観聞いている限り、とてもそうとは思えませんけど……………」


「宇宙は広いとはいえ、まず文明を築いている生物が発展しているという事態が奇跡なのだ。そして娯楽を楽しむという認識があり、それに対し種の本能を超える勢いの執着を見せている。運命というのもうなずけないかな?」


(滅茶苦茶壮大な話になっちゃった………ごめんよ、天国のホーキング博士、記念すべき宇宙人とのファーストタッチが俺みたいなアホ学生で……)


「ともかく、まあうちの星はみんな地球に興味津々なのさ。君らの人気コンテンツの多くがこちらでも親しまれている」


「へーぇ!ちなみに何が一番人気なんですかぁ?」(←人類代表を意識した質問)


「最近では『えんとつ町のプぺル』という映画が天地を揺るがすほどの大ヒットだったよ。私は忙しくて見てないが、もうじき方々に美術館や遊園地が作られる予定だ」


「………………………そうっすか」


「それで、コンテンツを生み出した地球人及びその環境に関する興味が尽きなくなってきたのさ。勿論ドラマやテレビ番組でも君らの生活は分かるが、やはり人間が作るのではなく、私たち目線で作った映像でないと上手く親しめないんだ。そこで私たちの仕事が生まれた。それがさっきキミにも伝えた番組さ。キミらを観察してその記録を放送するドキュメント番組……」


「でも、それなら……歌手じゃなくていいなら…………それこそホンマもんの有名人使えばいいじゃないですか。俺言っときますけど家と大学とブック○フしか行き来しませんよ?」


「言っただろう? キミは人気者だと。あまり気にしなくていい。こちら側とキミらの価値観が大きく異なるのは、もう知っての事じゃないか。編集は私がするんだ。無論、、撮れ高も私が決める。それに……さっきも言ったがキミを選んだ理由はいくつかあるんだ」


「その理由とは?」


ごくりと唾をのむ黒川。面白いもので、歌以外をフューチャーされた瞬間何だか急にやる気が満ち溢れてきている。相手が宇宙人でなかったら、二つ返事で許可を出していたかもしれない。


「申し訳ないが………そこから先は契約をしてくれなければ話せないな」


「ええ~」


話せないと言われても困る、と露骨に怪訝な顔をする黒川。今分かった情報を黒川なりにまとめてみると、つまりこういうことだろう。


①.俺は宇宙で人気者

②.人気者の俺の日常には需要があり、それを撮影したいと言っている。

③.(多分)宇宙人は人間より頭がよくて進んでる。

④.(多分)俺以外まだ誰も宇宙人の事は知らない。

⑤.(多分)こっちの有名人で向こうでも人気な奴は少ない。


こうしてみると推測が多すぎる。何にせよもっと知るべきことがあったという事にようやく黒川が気づく。が、意外にも歩み寄ってくれたのは宇宙人の側だった。


「理由以外なら、答えられる質問もあるが、他に聞きたいことはないのか?」


「え……あ……じゃ、じゃあ~………今、宇宙人……さんはどこにいるんですか?」


「…………大気圏外の宇宙船だ。会話は君に脳波を飛ばしている。君からの脳波を感じることはできないから変わらず声を出して受け答えしてくれ。電子スピーカーでそちらの音声はキャッチされる」


「はえ~……電子スピーカー……地球人と会話した宇宙人って他にもいるんですか?」


「さあな。なんせ私は自分の仕事で手いっぱいだ。他の宇宙人の事は知らない。ひょっとするとコンタクトを取っている奴もいるかもなぁ。私の他にも……」


(絶対いるだろ………ドキュメンタリー取るのに何で地球人と会話しないんだよ)


「え~っと………じゃあ~……ずばりお給料っていくらぐらいですか?」


「動画を作成ごとに支給する。視聴率(すうじ)を取れれば取れたほど当然、インカムも増える。相場は、そうだな低くて30万~多くて150万だ」


マイケルジャクソンが一回のテレビ出演でいくら稼いでいたかは知らないが、少なくともフリーター同然学生である黒川には美味しい数字だった。


「数日考えさせてもらっても……「手前勝手な頼みで申し訳ないが、それはできない」


「駄目ならNO いいならYES 今ここではっきりさせてくれなければ困る」


「…………途中でやめたりとかは………」


「…………可能ではある」


「というと?」


「イヤ そうなったらこちらが色々と面倒を被るだけだ。キミは気にしなくていい」


「え~………じゃあ~………やってみようかな~………なんて………あ!でも、そうだ大学だ!大学とかバイトはどうしましょう!?」


「バイトはともかく、大学はこれからも続けてくれたまえ。撮りたいのは日常だからね」


黒川は今自分が人生のかなり大きな山場に立っている自覚がまるでなかった。端は夢だと思っていたことだし、今現在も夢みたいな現実が続いている。冷静になろうとしても無理な話だ。日頃から親しんでいる漫画の世界。今の自分はまさにその主人公じゃないか。


「やる……………………やります……やります! なります俺!! 宇宙のスターに!!」


「本当に? さっきはああいったが簡単にやめられるものじゃないぞ」


「はい!!」


「四六時中私に見られることになるがいいのか?」


「う…………はい!」


「よろしい。では契約成立だ。数点確認事項がある、共有するぞ」


「はい?…………………うおっ!!」


突然、頭の中に今までの男とは違う、もっと機械的な自動音声再生ソフトのような声がする。


(黒川響様 この度は御契約ありがとうございます)

(つきましては、黒川様との=PLATJSNABDOMWBBSO機能の接続およびKahdbIHD??WHDIW~~~~)


「何? なんて?なんて!?」


「視神経の共有だ。今からキミの見る光景がそのまま私の宇宙船に届く動画になる」


「なるほど!! んで許可するときってどうしたらいいんですか?」


「別にただの確認だ。もうキミに拒否権はない」


今の言葉に並々ならぬ恐怖を感じた黒川だが、体に特に不調はなさそうである。よく分からなかった記号の羅列も無事、鳴りやんだ。


「よし。それじゃあ、キミに早速指令を出そうかな。第一のお仕事だ」


「あの~ その前に俺を選んだ理由とやらを教えてもらっても…………………」


「どっちにしろ、仕事の話をする際には絶対に話しておかなければいけないことだしな」

「キミを選んだ理由は無論、こちらの星でキミがすこぶる人気者だからだ。しかも日が浅い上にこちらの星でほぼ無名だから、誰もキミの素性を知らない。これは非常に都合がいい」


「日浅いんですか?」


「私たちが如何に地球のエンタメを愛しているからと言って、なんでも引っ切り無しに見ているわけではない。ある程度人間たちにも受けている作品を中心に見ている。動画にしてもそうだ。キミの動画は最近、急速に伸びたりしなかったか?」


「ああ…………はい、死ぬほど身に覚えがあります」


「キミがこちらの世界でも人気者だったらこの話は無かった。地球側のパイプが薄い人間を求めていたんだ。で…………さっきキミ自身言っていたことだが、単なる一般人の動画を撮っても面白味なんぞないだろう。そこである程度の指示を私がこうして出すようにする。キミはそれに従って行動してほしい」


「それ…………ドキュメンタリーっていうんですか?」


「言わない。早い話がやらせをやろうって話だ。以前、私の同僚が早々に芸能人にマークしその生活を垂れ流していたが、番組はあっという間に打ち切られた。すこぶる退屈だったのだ」

「客はリアルやありのままの姿を求めながらも、かならず見るものにはドラマやエンターテイメントを求める。それに応えるには、馬鹿正直に生活を映してはいけない。色々な根回しが必要なのさ」


「それはまぁ、何となくわかる気がしますけど………人気芸能人隠し撮りで垂れ流しって、こっちで流したら大ヒット間違いなしだろうな………まぁ、何より大犯罪ですけどね。日常垂れ流しなんてたまったもんじゃないっすよ」


「クク………」


「? 今笑いました?」


「あぁ………ここからが重大な話なんだがな………今現在、いや昨日からか、私は大犯罪者になってしまったんだ」


「へ?」


「私たちの星の法律であり、今回の仕事の一番のタブーは『私たち宇宙人に気づかれてはいけない』……だ。隠し撮りは別にスクープを狙っての事じゃない。 それがフォーマルなんだよ。コンタクトなんかとるやつはいない」


「………さっき質問した時、いるって……言って……あれ、言ってなかったけ?」


「宇宙人はいる………かも、といっただけさ。 それが私たちの星とは一言も言っていない」


「………一休さんみてぇな屁理屈展開しやがって、それバレたらヤバいんじゃないのかよ?」


「私は間違いなく終身刑……。 キミはまあうちに連れて行って記憶を抜き取るとかじゃないかな」


「…………やめていい?」


「駄目…………………だが、まあ、気にするな」

「気が遠くなるほど離れている星のやらせ何ぞ誰も気づかないさ」


顔は見えないが、そう言って宇宙人はにやりと笑った………気がした。




                    6


日付が変わった。ただでさえ人通りの少ない黒川のアパートの周囲には人っ子一人いない。そんな中、黒川宅にフラフラと入る人影ある。主人の黒川自身である。恐怖だとか混乱だとか怒りだとか、様々な感情がごっちゃごちゃにかき回された黒川はとりあえず冷静になろうと家を飛び出したのである。


外を飛び出したものの、黒川に冷静になれる時間は無かった。宇宙人からの脳波は引っ切り無しに届いている。視神経がカメラになっている以上、どこに行こうが無駄だ。だが、黒川を説得する声は事のほか情に満ちていた。「外で声をかけないでくれ」と訴えるとすんなり聞き入れ、家に帰るまでは一切声をかけてこなかったのである。ただそれだけの事だが、黒川の中の宇宙人のイメージはぐっと上がった。


「………落ち着いたかね」


「外に出て、気づいたんだけどさ………あんた一回、というか昨日、もう一昨日か? とにかくこの前のライブん時…………俺んちに来てただろ。電子スピーカーやらなんちゃらじゃなくてさ………」

「ていうか…………案外、今も家ん中にいるんじゃねえの?」


「一つは正解で、二つ目は不正解だ。 しかしなぜわかった?」


「カメラ越しになるとバグるんだよ、俺の歌は。 それ以外だとむしろプロ顔負けの美声なんだぜ」

「でも、それがどうにもアンタらには不協和音に聞こえるみたいだな…………」

「電子スピーカーで拾ってるってことは、本来ならあんたらにとって聞ける歌なんだよ」


「なるほどね………。 ちなみにキミの歌は……あー、画面越しの方の歌は……キミら基準だとどういう感じなんだい?」


「すっごい気持ち悪い音。 とても聞いてられん」

「俺も質問あるんだけどさ……実際、降りてみて地球はどうだった?」


「臭くて不便。 観光には向いていない」


それを聞いて黒川は声を出して笑った。 黒川は思い出したのである。画面の向こうから見る世界なんて結局、嘘っぱちの世界だという事に、人々はその虚構に馬鹿正直な感性をもって立ち向かって初めて、そこにエンタメが生まれるのだ。自分がそれを、世界で一番理解している。この役目は俺が一番相応しいじゃないか。


「……………あんたの言うとおりだな」


「キミも地球は臭いと思ってるのかい?」


黒川はそっちじゃねぇよとまた笑う。


「星なんぞよりもずっとずっとかけ離れた場所にいる奴なんかにやらせが気づかれるわけがねえ」



































   

一番最初の文章なんだよ。と思われた方へ……単なる作者なりのかっこつけです。

コメディ小説の癖にかっこつけんなよと思われた方へ……ごめんなさい。


さて糞長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。色気もアクションもない本当にただの序章回でしたが、今回出てきた音痴野郎が主人公で地の文もこいつ主体で書かれるため、名前だけでも覚えて帰っていただけると幸いです。ヒロインは次回から出てきます。ヒロインが出てきても色気はありませんが、少しでも作品の花になるような素敵な女性が書けるよう頑張ります。

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