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幕間 術師笑いて神乱れ


 異世界管理局12部門のひとつ、天文部(アルビレオ)

 そこに席を置く一人の者が、逗留街の片隅にある自らの領域、かつての己の屋敷を模した場所で星を見ながら静かに笑っていた。


「いやはや、誠に……面白い星もあったというもの」


 その名は安倍晴明(あべのはるあきら)

 かつては平安の都にて、星を読み、式と戯れ、折りに触れて神々と交流を深めた陰陽師。後の陰陽師の認識を、大きく変質させた稀代の術師。


 陰陽師とは、元来が星見である。

 後世では呪術師のように伝わっているが、その本質は星を読み、刻を知り、暦を紡ぐのが生業であった。


 星の運行を知れば、季節が分かる。星の配置を見れば、時期が知れる。

 農耕民族にとって、季節と時期は重要な要素だ。いつ作付けを行い、いつ収穫すべきかは古来より星の運行を知る者が司ってきた。

 これを官僚制度に組み込み、専門に行うようになった者が陰陽師である。


 それが転じて、地相を読み、人相を読み、国相を読むようになった。そうして陰陽師は、人や土地、国家の運行を見るように転じたとも言える。

 無論、その為に古代からの呪術、呪禁(じゅごん)も習得しているし、呪詛や呪法も使いこなせはするのだが、それでもその本質は星を見ることにあった。


「天文部は彼を甘く見ていたようで……まあ致し方ありますまいな」


「ただの人の子何するものぞ、などと思わば()もありなん」


 白酒を口に運びながら、くつくつと笑う。

 先日、形代を介して会っていた人物が、己の属する部門の観測を大きく超えた結果をもたらしたのだ。


 天文部が見た未来は、第9世界における何らかの大規模災害。

 それが人的か天災かを問わず、一定の災害が起こる、というもの。

 斯くなる災厄を鎮める為に、その者が最適な行動を選択し、世界と契約を果たして勇者と成り果て、世界を救う柱となるだろう、という観測結果が部署としての統一見解であった。


 だが、この陰陽師の見た星は違う結果を示していた。


 古来、人が足を踏み込むべきではない禁足地があるように、星々もまた輝かぬ場所はある。

 突如そこを渡る流星があったことに気づいた陰陽師は、その星のもたらす相を読み、見立てを立てた。


 〝その者、果たしてそれを知るならば、生きて難事を為すだろう〟


 〝それ〟が何か、までは分からないが、星を読んでこのような結果が出る事はまれだ。

 星が、此処まで細かく、不確かな結果をもたらす事は珍しい。

 故に、そのような読み方が出来るのであれば、きっとこの通りの結果になりえるだろう、とも言える。


 この手の結果は、口にすることをよしとしない場合が多い。

 文字通り〝口にすれば果てる〟のだ。故に口出しせずに、どうなるかを見守っていた。

 それに、何の因果かかつての主君が共連れとして、その者について行ったと聞いて確信もしていた。


 あの御方は人を見る目がある。

 かつての治世においては、あの望月の君(バカ)と共に政治体制の確立を推し進め、有能な官僚をあまた輩出するに至った。

 また己の伴侶についた女御達も極めて才覚ある者達であり、その者らは時代を代表する文学者として名が伝わっている。


 故にあの御方に気に入られたのなら、きっと何事かを為しうるであろうと考えた。


 そして見立ての通り、見事に事を成し遂げたのだ。多少の弊害を身に帯びたにせよ、それは大した事態ではない。

 ……等と言ったら、とりあえず2部署相手に大惨事になり得るので言わないが。

 ひとまずは、まあまあ己の見立て通りで大変結構、と陰陽師は笑っている。


「……ク、クク……フフフフ、ハハハハハ――――」


 ――――ああ、愉快愉快。

 小さくか細い星の回りに、輝く星が集いだした。興味が惹かれぬ訳がない。

 天体の輝き、星座の結びは縁の繋がりに応するもの。このままあの男が、どのような図を空へ描くのか、陰陽師は楽しみで仕方が無かった。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「なーにを悪人面して笑っておるのじゃ、くされ陰陽師」


 不意に、呆れた少女の声が響く。

 領域に入り門を開け、邸内へ入ってきた者が居ることには気づいていたし、それが誰かも知っては居たが、あたかも気づかなかったかのように、頭を下げ詫びを入れた。


「おやおやこれは……このあばら屋に足をお運び下さるとは……お出迎えもせず、ご無礼を」


「気づいておったくせによく言うわ、ロクデナシめ」


 年端もいかぬ少女に見えるその人こそ、かつての主君。

 その声が鋭さを増していることに気づいてはいるが、陰陽師は態度を崩さずに平服し続けた。


「いえいえ滅相もなく。しかし斯様(かよう)な所に如何な御用向きで? ご用命下さりますれば、私が昇殿(しょうでん)致しましたものを」


「……お主、雨宮に山部(やまべ)の歌を詠んだそうじゃな?」


「歌、歌……はて、何のことやら。歳を取りますとどうにもこうにも記憶が定かでは無く」


 少女は、陰陽師の態度が崩れないのを見て腹を立てたようだった。

 あまつさえ、己の身に覚えなし等とのたまう様に、まくし立てるように言葉を並べる。


「しらばっくれるでないわ、このスットコドッコイ!」


「雨宮があの歌の意味を知ったらどうするのじゃ! あやつはただでさえ放っておけぬというのに余計な気苦労を掛けるでないわ!」


 少女の顔には、僅かに紅が差したように赤みがある。

 それを見た陰陽師は、頭を上げ、愉快そうに笑った。


「そりゃあもう、なるようにしかなりますまいな。ワハハハハ」


「………………」


 陰陽師は悪びれる様子もなく弁舌を振るう。


「さて、近頃はあの命婦(みょうぶ)と戯れるよりは、あの者に会う為にお出向きかと思いこの晴明、(ささ)やかなお力添えをばと苦心致しましたが」


「いやはや……晴明も耄碌(もうろく)致しましたかな、いやぁ失敬失敬」


 術師というのは、神への誓願や邪鬼との対峙によって、得てして口が達者なものだ。この陰陽師も同様である。


 稀代の術師であり、またかつての都人ともなれば、弁、舌、共にまた冴えるもの。

 神々、式神、都人。無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)共を相手に、こじつけ駆け引き言い負かしてきた弁舌は、今もなお冴え渡っている。


 それを聞いた少女は、苦々しく怒りに震えた。


「――――――――」


「おや、如何なさいましたか。まるでお嫌いな野菜を食べたときのようなお顔をされて」


 ふっと息を吐いた少女は、苦々しい顔のまま口を開く。


「……この領域、お主の屋敷を模したものであったな?」


「ええまあ、かつて鬼門に配した我が屋敷に御座いますが」


「……ならば、そう。此処も都と言えような。であるならば、わらわの権能も、及ぶであろうな」


「おや……これは」


 見ればその髪は逆立ち、パチパチと閃光を散らしている。

 (カミ)(カミ)、すなわち(カミ)あるいは()()に応ずるものであり、五行にて水に属するもの。またそのうねりから雷や蛇にも応ずると言われている。

 その髪が火花を散らしていると言うことは、彼女はその権能を使うつもりなのだと悟った。


 少女の権能は、都人の頂点としてのもの。都であれば、彼女の権能の及ばぬ所は数える程しかない。

 髪が神に応ずるように、此処が都に応ずると言われれば、此処は彼女の力の及ぶ場所となってしまう。呪の基本である〝なぞらえ〟とは、かくも恐ろしいのだ。


「――――わらわの怒りを食らうが良い!!」


 放たれた鋭い閃光に飲まれる直前、陰陽師は流石に言い過ぎたかと、ほんのすこし反省した。

 ――ほんの、すこしだけ。

 ◆山部

  アゲハの言う山部とは、百人一首等にも歌が収録されている歌人である「山部(宿儺)赤人」を指します。

 彼は下級官人だったと思われますが、歌の才覚は優れており三十六歌仙にも選出されました。

 割と知られている所だと「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」という歌を詠んだ歌人です。行幸に付き添う他、旅人でもあったようなので叙景歌を多く遺しています。


 ◆命婦

  ねこ。これはアゲハの生前飼っていた猫に由来する皮肉。


 ◆みさごゐるの歌

  「みさごゐる磯廻に生ふる名乗藻の名は告らしてよ親は知るとも」

  簡単に訳するなら『ミサゴ(猛禽類の一種)の居る磯に生えている名乗藻の名ではないけれど、(どうか貴女の)名前を教えて欲しい。親に知られたとしても』という請い歌であり、恋歌です。

  名乗藻、というのは海藻のホンダワラのことではないかと言われていますが、この場合は「垂乳根の母」というような言葉遊びに通じる使い方をしています。

  かつて名前を聞く、ということはそれだけ責任を伴うことでもあった、というお話です。名を明かせば、その名において相手を縛ることを可能に出来たのですから。

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