第57話 カカオ〝狩り〟
ルー、ハリマさんと共に、カカオ狩りに出掛ける前に軽く食事を済ませる。
焼いた肉と、揚げた芋の取り合わせ。肉には香辛料をたっぷり使っているらしく、独特なスパイスの風味が食欲を引き立てる。
追加でパンでも、と思ったが芋がそれなりに量があったので、お腹一杯になった。
ルーはと言えば、あまり食事をさせて貰えていなかったのか、2人前3人前と頼んで思いっきり腹に詰め込んでいた。
ルーに噛みつかれた傷は、ハリマさんが治してくれた。
指先で撫でられただけで、傷跡はすっと塞がった。流石魔人……。
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食事を終えた後、都市を出て交易路から少し外れた森へ向かう。
森と言っても、どうやらジャングルのように多湿な環境らしい。自分には、身体に焼き付いた制服の力で何ともないが、ルーには少し厳しいかも……。
「ルー君、大丈夫?」
森へ入って30分ほど経った頃。
草木を踏み分けながら、後ろをついてくるルーに問いかける。
「大丈夫だ」
返事は素っ気なかった。
とはいえ、その息に少し無理が出ているようにも思える。
そろそろ休憩した方がいいかも知れない、と思った矢先、少し先を行って先導してくれたハリマさんが、近くへ来るよう合図を送ってきた。
「雨宮さん、あれがカカオの木ですよ」
指された先を見てみると、高さ5m程で、大ぶりの実をいくつも付けている木があった。
実も見れば、昔写真で見たカカオの実によく似ているし、2つほど、1m近い大きさの実がついている。
ただ、……枝が勝手に動き、身を捩るように幹が揺れているように見えた。
……まさか、生きてる?
異様に蠢く木を観察していると、横でハリマさんが説明してくれた。。
「この世界のカカオは、あのように生きています。太い枝についた2つの実が見えますか?」
「あれで侵入者を殴り倒し、その血肉を啜ると言われています。かつては高位の魔人のみが収穫できる、とされていたので、魔神の食べ物と呼ばれていました」
「今では血肉を啜る間は動かないという特性が判明したので、獣などを代償にして収穫することが出来るようになりましたが、それでも危険な為、希少価値が高いのです」
「と言うわけですが……雨宮さん、収穫の手立ては?」
……いや、そんなものない。
普通に生えてるだけの木だと思ってたし、まさかこんな危険な植物だなんて思わなかった。
どうしよう……。
ここまで付いてきてもらったのに、収穫ゼロで帰る訳には行かない。
「……戦うコツとか、ありますか?」
最低でも1つは持ち帰りたいし、此処はあの木と戦う以外に無い、と思う。
ハリマさんはこの世界の出身で、あの木にも詳しかった。それなら何か良い手を知っているかもしれない、と聞いてみる。
「そうですね、まずひとつは……やはり何かを贄として捧げ、その間に実を取る事です」
「でも、生け贄なんて持って来て……」
言いかけて、気づいた。
ルーにカカオを取ると言った時に〝やっぱり殺すのか〟と言った意味を。
横目でルーを見ると、恐怖から震えているのが分かる。
……いや、それはない。絶対にダメだ。
そんな事をして、作ったチョコレートが美味しいわけが無い。
何より、そんなものが喜ばれる筈が無い。
「……此処にアレに捧げるようなものなんて無いです。他に何かありますか?」
首を横に振る。
すると、ハリマさんは穏やかに微笑んだ。
「であるならば、……早期決戦です。なるべく早く、あの大きな実2つとも落とせば、おとなしくなります」
「当然、こちらの方が危険ですが。その覚悟はありますか?」
覚悟を問われた。
此処まで来たとしても、収穫ゼロで帰る道だってある。
それでも危険を冒すか、と。
「はい、大丈夫です。……もしもの時は、ルー君を守って下さい」
頷きを返して答える。
ドーンと訓練もしているし、上手く組み立てればきっと……戦えるはずだ。
「…………なあ」
刀を抜きながら、身を乗り出そうとするとルーに袖を引かれた。
その目は、真っ直ぐにこちらを見ている。
「なんで俺を使わないんだよ、その方が安全なんだろ?」
聞かれたのは、意外な内容だった。
きっと、それがこの世界では〝真っ当な方法〟なんだとルーは知っているんだろう。
此処までずっと、最後の最後に裏切られる恐怖を抱えながらも、付いてきてくれた。
「そうだなぁ……僕はこれでも〝大人〟だからさ」
「必要なものは、自分で頑張ってみたいんだよ。ただそれだけ、かな」
「それに、君は僕の友達だ。友達を犠牲になんて出来ないよ」
だから、笑顔で頭を撫でて答えを返す。
ルーは、驚いたような顔でこちらを見た。
「……なあ、お前、もしかして……」
「――――その話は後でね。行ってくるよ」
先ほどから、カカオの木がこちらに注意を向けている気がして。
これ以上話している暇はない、と思い、草陰から身を乗り出す。
目の前には、枝を震わせ暴れ出す魔界カカオの木。
さて、どう戦ったものか……。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「……………………」
呼吸を整えながら、まずは状況を観察する。
あの木の主たる攻撃手段は、枝に成った二つの大きな実。
あれを振り回し、攻撃してくると聞いた。速度は分からないが、魔人がやられるくらいなのだから、相当の早さだろう。
地面は普通の土、どちらかと言えば枯れ葉に覆われているので、腐葉土のように柔らかい。
次は、展望を思考。
狙うべきは、あの2つの実を落とすということ。それが勝利条件だ。
それなら……あの実に取り付きさえすれば、この刀で切り落とす事が出来るかもしれない。
攻撃を誘い、上から振り下ろされる一撃を何とか避けて取り付き、その実を落とせば良い。地面が柔らかめなので、一緒に落ちてもダメージはそう無いはずだ。
――――よし。
多分、大丈夫だ。上手く事を運べば、十分に勝算はある。
気をつけないと行けないのは、横薙ぎに振るってきた場合と、実を一つ落とした後に続く攻撃を回避できるかどうか。
……大丈夫、やれる。
「…………はぁぁぁ……っ!」
ひとつ、大きく息を吐き右手の刀を握りしめ。
足を、大きく前に出し、走り出す。
まずは、木の攻撃範囲に入り、張り付くことが目的。攻撃にパターンがあるかを観察しつつ、上からの振り下ろし攻撃を待てばいい。
「っ……はっ……! ……ふっ……!」
木の枝が、激しく蠢きこちらを攻撃しようと狙ってきていた。
横薙ぎのような広範囲の攻撃はしてこないものの、リズミカルに枝を振り下ろしてくる。
これでは取り付く暇が無い……!
でも、動きそのものは大分見えてきた。
出来る限り近くに張り付き、タイミング良く実の真下に居れば……。
振り下ろし攻撃をしてくるはずだ……!
「はっ……! ここ、だっ!」
左側からの叩きつけを回避して、右側の大きな実の真下に入る。
思った通り、木はその実を大きく振り上げ、振り下ろしてきた。
横飛びで回避しつつ、ぐらつく足下に耐えながら、木の実へと飛びつき。
振り落とそうと枝が激しく暴れ出したが、なんとか実と枝を繋ぐ部分に刃を突き立て、切り落とす事に成功した。
「っつ……っ!」
実と共に落下し、地面に叩きつけられる。痛みは、多少感じるが大丈夫そうだ。
問題は、木が我を失ったように暴れ出してしまった事。
速度も増して、これでは急い距離を取ろうにも、難しい。
「……あっ!? ちょ、っ……! 根っこ……!?」
どうにかタイミングを図れないかと見ていたが、急にその根が大地から盛り上がり、足に絡みついてきた。
第二形態まであるなんて、何処のボスだ……! 初見限定プレイだぞ、こっちは……!
「……ッ!」
根に足を取られ、身動きが取れない。
目の前に迫るのは、あの大きな実。あと数秒で、自分の終わり。
死への恐怖、痛みが心の中で一気に湧き上がり、黒い靄が思考を染めていく。
目をぎゅっと瞑り、最後の瞬間を迎え……。
「……良くやりました。お見事です」
最期の一撃は、来なかった。
その声と共に目を開けると、自分に迫っていた筈の実は、目の前で制止している。
実の前にはハリマさんが居て、片手で押しとどめていた。
……片手で、あの実を……?
「さあ、雨宮さん。今のうちに!」
そうだ、ちんたらしている場合じゃ無い……!
足下の根を引き剥がし、実と枝の間に刃を突き立てる。
実と枝が切り離された瞬間から、この魔界カカオの木はぐったりとおとなしくなったように、枝を下ろした。
……戦闘終了、かな。
「では、急いで実を捕りましょう。こうして2つの実を落とすと、すぐにまだ成っている実の品質が落ちてしまいますから」
えぇ……。
……やっと戦い終わったと思ったら、此処からは収穫速度との戦いが待っているなんて。
聞いてないよ、そんなの……。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
急いで収穫を終え、取った実をハリマさんが用意してくれていた麻袋に押し込んでいく。
あの大きな実も収穫して良いとの事なので、ルーと二人で転がしながら袋に押し込んだ。
累計、何キロあるか検討も付かない……。
「……ハリマさん、もしかして一人であの木倒せたんじゃないですか?」
都市への帰り道、重たい袋を背負いながら、先を行くハリマさんに聞いてみた。
彼あの大きな実を詰めた袋と、残りの袋の大半を持って貰っている。
あれほどの力があって、しかも片手であの実を押さえ込める程なら、もしかして最初から手伝いをお願いしてれば良かったんじゃ……。
「いえいえ、私は魔人の中でもロートルの部類ですから。なかなか一人ではこう巧くは……」
彼は笑いながらそう言うが。
……絶対嘘だ……! 何処まで〝やれる〟か見られてた気しかしない!
魔族は享楽的と聞いてはいたけど、もしかしてこの人もそういうタイプだったのか……!?
「……なあ、アメミヤ。俺が変わろうか?」
後ろを付いてくるルー。
彼には、最後に残った小さな袋を持って貰っていた。重さも2キロあるか程度だ。
「いや、大丈夫だよ。ルー君こそ大丈夫かい?」
「……大丈夫だ」
「休憩したくなったら言ってね」
顔だけ振り返り、笑顔を返す。
ああそうだ、実を収穫しながら考えていた、ルーの今後について話をしておかないと。
「……ルー君、これからの事だけど」
「君は、あの街の市民になる気はある?」
「この実を売ったお金で、市民権が買えると思うんだ。僕が必要な量だけ実を貰って、残りは売っちゃうつもりだったから……丁度良いかなって」
聞いては見たが、ルーは答えなかった。
足を止めて、黙ってしまった。
「……ごめん、気に障ったかな」
「違ぇよ。…………お前が買えよ、市民権」
「だってお前……〝人間〟だろ?」
……やっぱりバレてたか。なんとなく、そんな気はした。
言動なのか、行動なのかは分からないけど……。
ルーは人を見る目があるのかもしれない。それに文句も言わず、付いてきてくれた良い子だ。
だからこそ、この世界で幸せになってほしい、と思っている。
「ううん、僕はいらないんだ。あの街からも今日出て行くしさ」
「お金もある程度持ってるから、残った分は、全部君にあげるよ」
「仕事を覚えたいって言うなら、このカカオを売りに行く店に相談してみるし……」
「……………………」
ルーは黙りこくってしまった。
……いきなりそんなこと言われても、そりゃ困るか。どうしよう。
この子は、割と負けん気が強い。それに勇気がある。
裏切られる可能性もあったのに、危険を知った上で此処までついてきた、しっかりとした子だ。
なら、きっと……。
「ねえ、ルー。あの街はさ、自由都市なんだって」
「市民権があれば、自分で商売だって出来る。お金を貯めれば、何時か君もあの街でお店を持てるようになる」
「そうしたらさ、……人間だって出来るんだぞ、って所、魔族に見せつけられると思わない?」
カカオ袋を置いて表情を伺うようにしゃがみ込むが、そっぽを向かれた。
「……出来る訳ねぇだろ、そんなこと」
「今まで何度も強い奴が魔族に立ち向かった。でも勝ったことなんて一度もねぇんだ……それくらい知ってるだろ、お前でも」
この世界における人間は、立場が悪い。
ややこしいが、ゲームなんかで登場する蛮族や魔族のような扱いを受けている。
だけど、力で戦って勝つ事だけが強さじゃないし、勝利でもない。
「うん、でもねルー。強さって戦う力だけじゃないんだよ」
「君には心の強さがある。怖いと思っても、逃げ出さずに此処までついてきてくれた」
「それは、君の大切な強さだ。きっと、あの街に居るどの魔人よりも、強い力だ」
ルーの頭を撫でながら微笑み掛ける。
「……それにさ、僕はやれただろ? 君にだって、やれるはずだよ」
「…………っ」
不意に、撫でていた手を撥ねつけられた。
ちょっと子供扱いしすぎたか、と思った瞬間、ルーは少し赤い目で睨み付けて。
固く握った拳を、突き出してきた。
「……分かったよ! やってやる! いつかお前以上に強い人間になって、見返してやる!」
「それで、俺を手放したこと、後悔させてやるからな! いつか絶対、お前がまたあの街に来た時、人間として立派になって……絶対にっ!」
突き出された拳に、自分の拳を重ねる。
「うん、期待してる。……大丈夫、ルー君なら出来るさ。君は僕の友達だからね」
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その後。
都市に戻り、カカオを大きな実と小さな実1つずつを残して、あの店主に売り払った。希少価値のことさら高い大きな実も売れたことで、結構な額になった。
店主には事情を話し、買い取り額をいくらか下げて貰ったことで、ルーに商売の修行をしてもらう約束もしてある。
それでもルーの市民権も買えたし、ハリマさんにいくらかお礼を払う事も出来た。
残ったお金は、全部ルーのもの。きっとこれから役立つだろう。
人間とはいえ、あの都市で市民権を得たならば、立派な市民。
いずれ自分で商売も出来るようになるし、魔族からの扱いも他の魔族に接するようなものになると聞いている。
……今度、ルーに会いに来よう。
きっと仕事を覚えて、今より立派になっているはずだ。
その時を楽しみに、今は一時の別れを惜しみつつ列車に乗り込んだ。
◆魔界(第三世界)の植物
大体が生きてます。
イチゴやブドウなんかはおとなしいので魔人の子供たち向けの「果物狩りツアー」なんかがあったりもするようで。
たまに超凶暴なトマトが発見され、討伐隊が組織されることもあります。




