第56話 第三世界デモナ
「さて、着きましたよ」
あの後、第3世界出身だというハリマさんに、事の子細を打ち明けて相談したら、心好くOKしてもらえた。
念の為、アゲハからもらった刀は持ってきてある。護身用だ。
管理局にある駅から、列車に揺られること数時間。辿り着いたのは、森の中に隠れるように置かれた小さな駅だった。
線路とホーム、あと両替機しか無い。廃線寸前の無人駅、という雰囲気。
「車内で説明した、この第3世界〝デモナ〟に関する説明は、覚えていますか?」
「はい、人間が一番少なく、魔族が多いとか」
列車の中で受けた説明を振り返る。
この第3世界は、魔族が支配する世界。外見や出自も多岐にわたり、悪魔のような翼を持つ者や、獣そのままの姿を持つ者などが居る。性格はおおらかで享楽的、とか。
いわゆる魔力、と呼ばれるような力が強く、それに頼った文化を発展させてきたので、科学的な文明発達には至っていないらしい。
「よろしい。では、この世界における人間がどういうものかも、覚えていますね?」
「ええ……、あまり良い扱いはされていないんですよね」
そして、この世界における〝人間〟は突然変異的に誕生した魔力の少ない存在だそうだ。
彼らはごく小さな隠れ里を作り、ひっそりと暮らしているという。
この世界の歴史上、何度か管理局の定義における〝魔王〟を擁立し、反逆を企ててきた事から、純粋な人間は立場が悪い。
都市によっては、人間は愛玩動物として飼育されている、という話も聞いている。
「その通り。とはいえ、人間であると自ら明かしでもしなければ大丈夫です」
「バレないものなんですか?」
「ある程度の魔人相手なら分かります。ですが、管理局の制服にはそういった面での偽装効果も付与されているはず」
「私の目から見ても、今の雨宮さんは魔人に見えます。ただ、気をつけるに越したことはないでしょう」
今、この人から自分がどう見えているかは分からないが……、魔人らしく見えているなら、多分大丈夫なんだろう。
とはいえ、変なことを喋らないように気をつけておこう。
「これから向かう都市は、比較的人間に優しい政策を取っている都市です」
「それでも、貴方の目から見て異様に映るものはあるでしょう。なので、冷静に」
ハリマさんの言葉に頷き返す。
そう、此処は全くの異世界。魔界とまで呼ばれる、異世界なんだ。
自分の常識が通用しなくて、当たり前。冷静にならないと。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「さあさあ、今朝取れたばかりのサーペントだよー!」
「カフェー! 冷やしたカフェーはいかがー?」
「揚げたばかりのパンだ! さあ買ってとくれ!」
入都の手続きをして、都市に入る。
町並みは、しっかりとした石造りの建物が多く、エキゾチックな印象を受ける。
そして目抜き通りに並ぶ市は、活気に溢れていた。
「此処が交易都市セヴァル、大陸における交易の要衝であり、自由都市でもあります」
「この世界には、国家と呼ばれるような大きな連合体はありません。それぞれの都市を有力な魔人が領主として治めるのが慣例となっています。此処の領主は知り合いでしてね」
「なお、自由都市というのは、来る者は拒まず去る者は追わず、という開放政策から名付けられたものです。なので人間も立ち入り自由、かつ市民権を購入すれば、商売も可能です」
「へぇ……」
目抜き通りを案内されながら、簡単な説明を受ける。
かつては、自分の世界にも都市国家と呼ばれる都市単位で、独立的な政治体制を取っていた制度があったが、それに似たものかもしれない。
それにしても、領主と知り合いって、やっぱりこの人も結構すごい人だったんだな……。
「確かこの辺りだった筈ですが……ああ、あの店ですね。伺ってみましょう」
示された店は、目抜き通りの中程にあった。
他の店と同じような、木の棒と木の板で作られた簡素な屋台のような造りで、店先にザルに乗せた豆らしきものが並んでいる。
穀物を扱う店なんだろう。
ハリマさんに連れられ、店の前へ。
店主はがっしりとした筋肉質の男で肌も浅黒く、魔人らしい印象を受けた。
麦わら帽子を被ってるのがちょっとシュール。
「らっしゃい! 何かお探しで?」
「ええ、カカオを。ありますか」
「いや、入ってねーなー。あれはなかなか入らねえ。急ぎか?」
「遠方から訪れた友人の為に、ショコラトルをと思いましてね」
二人の間で交わされる話を、後ろで聞きつつ周囲を眺める。
人通りが多い分、立ち並ぶ店も賑わいを見せて……。
――あれ、何だ。
あの先にある、人が並んだ店。
もしかして、……人間売り、か。
「……雨宮さん、大丈夫ですか?」
その時、後ろから声を掛けられ、意識が落ち着きを取り戻す。
話は聞いていたはず。冷静にならないと。
「え、ええ……大丈夫です。すみません」
「カカオについてですが、残念ながら今日は入荷していないようです。良ければこれから捕りに行こうと思いますが、構いませんか?」
「勝手に取って大丈夫なんですか?」
「自生しているものを捕る分には問題ありません、どの辺りで捕れるかは今、彼から聞きました」
店主を見ると、にんまりと笑っている。そしてその手元には金貨が数枚握られていた。
駅でいくらか両替しておいたが、あれはこの世界における標準的な貨幣。純金製らしいが、1枚だいたい1000円くらいの価値で流通している。
「ヒョロっこい坊主! たくさん捕れたら俺にも卸してくれよ! ウチは余所より高値で引き取ってやるぜ」
「はい、もし取れたら持って来ますね」
なんか〝とれる〟という単語のイントネーションというか、意味合いが違う気がするけど。
とりあえず,まとめて取れたなら不要な分をこの店に売ればいいな。
大量に持って帰っても使い道ないし……。
その時。
通りの向こうで大きな歓声があがった。
「おー、やれやれー!」
「ほーら、早く逃げちまえー!」
「俺は捕まる方に賭けるぞー!」
人混み、いや魔人混みをかき分けて見て見ると。
先の人買いの店から、人……少年らしき子供が逃げ出したらしい。
通りの魔人たちは捕まえるでもなく、わざと道を開け、まるでレースを見るかのように歓声を上げている。
ダメだ、冷静にならないと。
冷静にならないと、いけないのに。
気がつくと、通りに身を乗り出して、少年を追いかけていた。
相手は年端もいかない子供だ。
自分も足が速いほうでは無いとはいえ、追いつくのは容易かった。
少年の腕を掴み、その場で引き留める。
捕まったと思った少年は、振りほどこうと暴れるが……今、手を離せばもっと酷い目に遭うはずだ。
「離せ! 離せよっ!」
「大丈夫、大丈夫だから……落ち着いて」
諭すように繰り返しながら、更に強くその腕を握る。
こういう状況下、逃げ出したらどうなるかなんて、目に見えている。
都市の入り口は警備されているし、隠れ続けるにしても食べるものも盗むしかないだろう。
そして、見つかってしまえば……。
「離せよっ!!」
「つっ……! だい、じょうぶ、僕は……」
手首に思い切り噛みつかれて血が滲む。激痛が、腕に走る。
でも、今この手を離したら、この子の未来は閉ざされてしまう。
いくら爪で引っ掻いたって構わない、噛みついても良い。
だけど、この手は絶対離せない……!
「……はぁ、はぁ、いやぁ済まないねぇ、うちの商品が逃げ出しちまって」
後から、息を切らせて追いかけてきたのは、でっぷりと太った、いわゆるオークのような豚顔の魔人だった。
服装や装飾品からして、結構儲けているように見える。
「いえ、良いんです。この子……いえ、この人間はどうなるんですか?」
冷静を取り繕いながら、人間売りの店主に笑顔を向ける。
店主は少し思案した後、屈託の無いで答えた。
「そうさなぁ、明日の飯にでもしちまうか! 逃げ出す人間なんざ買い手つかねえしなぁ」
……握った少年の腕が、震えた。
魔人の言葉が分かるのか、それともその意図する事は伝わっているのか。
掴んでいる手も、既にじっとりと汗で濡れている。顔を見ても、汗がだらだらと流れていた。
大丈夫、この子の事をどうするかは決めている。
「……ああ、なら僕が買いますよ。おいくらですか」
「お? もしかしてこれに目を付けてたのか? ならそうと言ってくれよ~! 買い手がねえ、なんて言っちまったんじゃ値を吊り上げられねえじゃねえか!」
何を言っているんだか、出来れば理解したくはない。
でも、此処で自分の常識は通用しないんだ。
努めて冷静に、値段交渉をふっかけてみる。人間がいくらで売られているか、なんて知らないし、知りたくないけど。
「ははは、じゃあ……5枚でどうですか?」
「ようし、売った!」
……買えてしまった。たったの、金貨5枚で。
その程度の……価値か……。
金貨を支払い、所有証明が書かれた木札を貰う。
辺りの魔人たちは、もう興味を失ったらしく、こちらに注意を向ける者は居なかった。
「……雨宮さん」
背後からハリマさんの声。
……やっちゃったな、怒られても仕方ない。
冷静になれ、と言われていたのに、余計な手出しをしてしまった。
「突然走り出した時はどうしたかと思いましたが、……そうですか」
「……すみません」
「いえ、怒るような事ではありません。ですが、この人間の事をどうするかは、考えておいて下さい」
「手を出した責任は、自分で取るべきです。いいですね?」
諭すような言葉に、小さく頷く。
……ひとまずは、カカオ狩りを手伝って貰うとして、その後の事は、考えないといけない。
管理局に連れて帰る訳には行かないし、このまま開放したところでまた人間売りに捕まれば、同じ事だ。
「……えっと、名前は……ルー君、でいいのかな」
木札に書かれた名前を読みながら、少年に微笑み掛ける。
少年の目は、侮蔑的にこちらを睨み付けていた。
「……取って食べたりしないよ。君にちょっと、手伝って貰いたくて」
「…………」
「これからカカオを取りに行くんだ、その手伝いをしてもらえないかな」
「……何だよ、結局殺すのかよ」
殺す?
いや、そんなつもりは無い。ただ、カカオを取りに行くだけだ。
魔物のようなモンスターが居たとしても、弾除けなんかにするつもりはない。
「いや、取れたカカオを持って帰る為に人手が欲しいんだ。君に危害は加えないし、何かあったら僕が守る」
「信頼出来ないかもしれないけど、約束はちゃんと守るよ。だから……」
此処に来るまで、きっと恐ろしい思いだってしてきた筈だ。
少しでも、その恐怖を和らげられればいい、と笑顔を向けながら、手を差し出す。
少年ルーは、その手を、ぶっきらぼうに取った。
「……本当に守ってくれるんだな?」
「うん。……僕は雨宮、よろしくね。僕は今日から、君の友達だ」
◆第三世界の人間
ペット+奴隷みたいなものです。
人間は可愛がってよし、コキ使ってよし、無論食べてよし。
扱いは魔人によって違いますが、高位の魔人に〝飼われ〟たら、割と食うには困りません。
人間売りの店頭に並ぶ人間は、大体が人間の育成に楽しみを見いだした魔人が卸したものです。〝魔王〟となった人間の血統を引くならば、血統書付きで高額(金貨200枚以上)になるケースも。




