別説・竹取綺譚
――――今は昔。
「さーてと、ターちゃんに他の世界見てこい、って言われて来たはいいんだけど……」
上司の車で送って貰い、辿り着いた世界。
見回してみれば、辺りは竹林。人の気配もろくに無し。
「せめてもうちょっと人里近いところにさー、送ってくれないもんかなー」
竹林というのは、歩き慣れていないとなかなかに歩きづらいもの。
竹の葉が地面を覆い尽くし、盛り上がった根を隠している。
上手く歩かないと、根に足を取られて転んでしまう。
「んもー、こんな所だって聞いてたらもうちょっとまともな靴履いてきたのに……」
はてさてどっちに行ったものか、と右往左往したはいいが。
どちらに行っても人里に下りられる気がしない。
辺りは徐々に薄暗くなり、日の陰りを見せている。
「あー、もう! 疲れた、今日はここで寝よ!」
明かり代わりにと、近場の竹の根元に、改良されたヒカリゴケを蒔いて眠ることにした。
これは何百年か前に開発された、現地活動用の道具のひとつ。
一晩もすれば明かりは消え、後はただのコケに戻る。
各世界の文明レベルにあわせた道具を持って行くより、手軽でいいらしい。
「とりあえずおやすみなさーい……人里探しはまた明日……」
丁度良く、竹の葉が布団になるかも。
葉っぱを集めて、それを下敷きに身体を預ける。
とりあえず一晩寝て、また明日……そう思いながら、目を閉じた頃。
がさり、がさりと竹の葉をかき分けて近づいてくる音が聞こえた。
獣? それとも人? 目を開けてみると……。
「お、お嬢さん……どうしたね、こんな所で寝て……」
見れば一人のおじいちゃん。
背に背負ってるのは竹の籠かな? ってことはこの辺に住んでる人?
「やったー! 第一村人はっけーん!」
「ひっ!?」
人を見つけた喜びで飛び起きたら、おじいちゃんが驚いてしまった。
尻餅まで付いちゃって……。
「あー、ごめんなさいおじいちゃん。驚かせちゃって……大丈夫?」
「……ああ、お嬢さんこそ大丈夫かね。この辺りは夜は冷えるというのに」
「そうなの?」
「うむ。そりゃ山は冷え込むというものじゃて……もしや行くところがないのか?」
行くところが無いというか、この世界の人間じゃ無いっていうか。
困ったな。どう返そうか。
そんなことを考えてたら、おじいちゃんが微笑んで言った。
「良ければこの爺の家に来んかね、うちのばあさんも喜ぶじゃろうて」
「ほんと? やったー、じゃあお邪魔します!」
よーし、今夜の宿確保!
あんまりお金持ちそうに見えないけど、簡単なものなら食べさせてくれるかも。
とりあえず、このおじいちゃんに付いていくことにしよう。
「うむ、ところで……その竹は……」
あ。
光りっぱなしの竹のこと、すっかり忘れてた。
「えーっと、切っていいよ。たいしたものじゃないし。明日には光らなくなっちゃうけど」
「あ、ああ、……じゃあ取らせてもらうとするかの……」
おじいちゃんは手慣れた手つきで竹を切って、枝葉を落とし、必要な分を切り分けて。
この辺に住んでる人らしく、言い手さばき。
ようし、このじいちゃんは竹取じいちゃんと呼ぼう。
名前なんて覚えてもしょうがないし。
―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――
「おーい、竹の神ー」
一晩だけ宿を借りるつもりが、もう数日も居座ってしまった。
お世話になりました、と出て行こうとするとじいちゃん達が必死に止めてくるし。
それに、割と無理して食事を出してくれてる気がするしで、なかなか居心地が悪い。
別世界の人がどうなろうと知ったこっちゃないんだけど、居心地が悪いのはなー。
何というか、ちょっと気に食わない。私のせいじゃないのになんで私が居心地悪くなんのよ。
だから、夜中にこっそり抜け出して、お礼の仕込みをすることにした。
人間ってお金とか財宝に弱い所あるし。
これに気を引かれてくれれば、出て行けるだろうしー。
まー、こんなことじゃ怒られないでしょ、多分。
「なんじゃらほーい」
呼ばれて出てきたのは、竹の神。
この辺の竹林の主だ。
「財宝ちょーだい」
「夜中にいきなり呼びつけたと思ったら……なんじゃい急にー」
「いや、ちゃんと対価は払うからさ。この辺の竹に暫くの間、財宝詰めといてよ」
この辺の竹林は、竹取じいちゃんくらいしか立ち寄らない。
それならまあ、多少無茶な方法でも行ける行ける。
「財、財宝言うてもなー、この林に埋まった財で良いのか?」
「うん、どれくらいある?」
「こーんくらい」
竹の神が見せてきたものは、結構な量があった。
どれくらいの価値があるかは知らないけど、これなら数ヶ月は持ちそうだ。
……ちょいちょい血が付いてるのは微妙だけど。なんかあったの? この辺。
「オッケー、じゃあその辺の竹に詰めて、目印に光らせといて。あとせめて川で洗っといてよ。血まみれで汚い」
「なーんでまたそんな手間を。神をアゴで使う気かー?」
「私が使うんじゃないんだもん」
「あー、あの翁か。分かった分かった。あの翁には世話んなっとるでーの」
「よろしくー」
ひとまず竹の神との交渉、おしまい!
対価を払ってとっとと帰ろう。
抜け出してるのを知られたら、竹取じいちゃんが大騒ぎする。
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そして翌日。
「じいちゃーん」
「おお、なんじゃね」
「何時もの林行くんでしょ? もし光る竹があったら取ってくると良いよ」
「そうかそうか、もし見つけたらお前さんの為に取ってこよう。だからばあさんと家に居ておくれよ」
「はいはい」
その後暫くして、息を切らして帰ってきた竹取じいちゃん。
籠の中には、あの竹の神に頼んでおいた財宝。
よーし、これで暫くしたら出て行けるようになるでしょ。
―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――
………………困った。
1年近くも居着いてしまった。
竹取じいちゃんも、ばあちゃんも、自分の子供のように扱ってくれる。
どっかから偉い神官を引っ張ってきて、ご大層な名前までもらってしまった。
流石にこうなると、ちょっと……帰りづらい。
「うーん……」
それはそれとして、最近何やらじいちゃんの家が騒がしい。
最近ちょっと立派に立て直したばっかりだっていうのに、始終辺りで男がうろちょろと。
壁に穴開けるバカもいるし、深夜だってのに外で居座ってるバカもいる。
中でも手紙やらなにやら、特にしつこいのが5人ほど。
「のう、愛しき我が子よ」
さーてあのバカ共をどう追っ払うか……。
何て考えていたら、竹取じいちゃんとばあちゃんが何か深刻そうに話しかけてきた。
もしかして、外が煩いから出て行ってくれとか? それならそれで、ありがたいんだけど。
「なーに? 何でも言ってよ」
「儂らはもう齢70を超えた身じゃ。このまま一人、お前さんを遺して行くと思うと忍びない」
「ほれ、長く通い詰めておる5人の公達がおるじゃろ?」
「そのうち誰かと結ばれて、儂らを安心させてくれぬかと思うてのう」
……うーん。
結婚なんて出来る訳がないしなあ。
何よりじいちゃんもばあちゃんも、まだ元気そうだし。70って絶対サバ読んでない?
「でもさ、あの連中の事よく知らないし……それに絶対浮気するよ、あれ。色好きって有名な連中じゃない」
「そうは言うが……」
とはいえ、延々無視しても連中は日夜通ってくる。
だからウザったいことこの上ない訳で。
じいちゃんもばあちゃんも、最近外に出る度、連中の部下に捕まってるし。
挙げ句にその辺の神々もひっ捕まえて祈る始末。割とクレームが来てて面倒くさい。
……あ、そうだ良いこと思いついた。
「……そうだ。じいちゃん、頼みがあるんだけど」
「あの連中にさ……ゴニョゴニョのニョロニョロよ」
「おお、それは良い。であれば早速伝えてこよう」
これで上手くいけば、連中を追っ払える上に、他の連中も寄りつかなくなる。
よーし、どんな無茶振りしてやるかなー!
そして後日。
何も知らずに集められた5人のバカ相手に、それなりの無茶振りを振ってみた。
「あっちの皇子は、仏様が使ってるっていう石の鉢!」
「こっちの皇子は、金と銀と真珠で出来た枝!」
「どっちの大臣は、燃えないっていうネズミの皮!」
「そっちの大納言は、龍の首の玉!」
「最後の中納言は、燕の持ってる貝殻!」
どれもこれも、まあこの世界じゃ手に入らないだろうアイテム。
というか、見たことなんか無いし。実在するかも知らないし。
「この辺集めて見せてくれたら、結婚でも何でもしてやろうじゃないの!」
……直接、面と向かって言ったわけじゃ無いけど、気持ちとしてはこんな感じで。
竹取じいちゃん経由で話したから、多少の脚色はされてると思うけど。
まー、無理な話だよねー。ぜーんぶ口からでまかせだもん。
これで諦めてくれたら、他のバカ共も近寄らなくなる。
一方こっちは、元手ゼロで緋扇片手に待ってれば良いんだし。
これでじいちゃん達も諦めてくれるはず!
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それから数年。
というか数年も居座っちゃって良いの? という話だけど。
4人のバカ共は、いろいろやってきたが、全部論外。
贋物、賃金未払い、成金、お調子屋。
ヤバい、と思った瞬間は何度かあったけど、でも結局、全員追い返せた。
流石に賃金未払いは酷すぎるので、代わりにじいちゃん達に払って貰った。
最後の中納言は……まあ頑張った方。
他のバカ共みたいにあーだこーだと画策してなかったっぽいから、竹の神に頼んで様子を見に行ってもらったけど……、見知らぬ者にも、立場を超えて真っ正面から相対する度量はある。
結局失敗したけど、ちゃんと巣に自分で取りに行ったし。
でもその後、急に老け込んだって聞いた。
この人ら、すぐ思い煩うからなー。恋の病とか訳わかんない。
一応、見舞いの歌を送ってみたら、その返事を書いてすぐに亡くなったらしい。
手紙をもって来た使いの人が、泣きながら言っていた。
良い上司だったんだろうな……。
流石にちょっと、可哀相な事をしたと思う。
友達としてなら、付き合う甲斐があったかもしれないのにね。
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「ねえ、ターちゃん」
「何よ」
「いくら幻でも、あんな豪勢な迎え方、要る?」
「当たり前じゃないの。そうでもしないと帰れなかったでしょ。2000人も兵士寄越してくるとか、どんだけ話広げちゃったと思ってんのアンタ」
「それはごめんやりすぎた。……でもあの薬、あげちゃって良かったわけ?」
「あの場のノリで不死の薬って言っちゃったけど、あれただの胃薬よ? こないだの連絡で、最近胃が痛い、って言ってたじゃない」
「……えぇ……まあそうだけどさ……」
「でもまあ、おじいちゃん達は使わないわ。それにあの王様も。きっと焼くなり川に流すなりするわよ。そう言う人達だもの」
「それなら良いけど」
「でも、もし誰かが本気で信じ込んで、盗み舐めるなんてしたら……、それだけで死後、神様に成っちゃうかもね」
「……ヤバくない?」
「ま、そうなったらしょーがないからアタシがどうにかするわ。気には掛けとく」
「お願い」
「一応言っとくけど、多分おじいちゃんもおばあちゃんも死後、逸話を元に神に成ると思うわ。それに、アンタの振る舞いもね」
「私も?」
「きっと、アンタより大分お淑やかなお姫様に成るでしょうね。楽しみだわー♪」
「私だってちゃんとお姫様してましたー!」
「どーだか。あの王様に〝何人の心を殺してきたんだ〟って言われた程のじゃじゃ馬だったって聞いたわよ? アタシ」
「ほんとですー。じいちゃん達が教えてくれるから、歌だってわざわざ覚えたんだから」
「ふふふ。……で、どうだった? 人間達」
「………………うーん」
「あら、ちょっとは見直した?」
「えー」
「人間には良いコも悪いコも居るわ。今回、アナタが会えたのは、殆どが良いコ達」
「そうかなー、結構バカも見てきたけど」
「でも、バカの中にも良いコは居たんじゃない?」
「……まあ、それはね」
「それにアナタ、さっき泣いてたわよ。割とガチ目に」
「…………そんなことないですー、演技ですー」
「ふふ……まあ、そういうことにしといてあげるわ」
「……もう」
「そんじゃ帰るわよ、飛ぶ鳥を落とすようなじゃじゃ馬の……竹のお姫様」
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「…………ふーん」
「何よ、私なんか変?」
「随分ご機嫌じゃない? 普段ピアスなんてしないくせに」
「私だってたまにはオシャレします」
「ならなんでアタシとこんな所で呑んでんのよ」
「別に良いでしょー」
「ああ、なるほどね……あん時のアンタ、相当ヤンチャだったものねー。覚えてる? 並み居る男のコを振り回しまくって……」
「その話はしないでって言ってるでしょ!?」
「ヤーダー♪ 怖ーい♪」
「……本気でぶん殴っちゃろか」
「良い思い出でしょう?」
「人の黒歴史をグサグサ突いて何が良い思い出よ!?」
「……黒歴史だって、大事な思い出よ? 恥ずかしくって人には言えなーい♪ なんて思い出のひとつやふたつ、誰だってあるわ。それでいーの」
「出来ればこんなの消したいんだけど!」
「じゃあ何で〝それ〟付けてんのよ」
「…………だって、せっかく貰ったし」
「なら、アンタの〝その〟思い出は大切なもの。大事になさい」
「…………あぁぁぁぁぁ……」
「何ならアタシからあのコに話してあげてもいいわよ? アンタの昔話」
「やめて。マジでやめて。絶対やめて。私死んじゃう」
「冗談よ、ちゃんと黙っておいてあげる」
「ホンットお願い……あんな話、絶対聞かせられないって……」
「でも、知らないにしても〝それ〟選ぶなんて、良いコよねー。アタシも今度何か買って貰おうかしら」
「神が強請ってどうすんのよ……」
「男のコは頼られて強くなるの♪」
「…………ほんと、昔っから変わんないんだから……」




