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第54話 季節移しの儀-2


 出店にはそれぞれ、様々な物が立ち並んでいる。

 食べ物はとりあえず一端ナシ。あれはプレゼントじゃない。

 ということで細工品周りを見に来たが……。


「やっぱりどれも神様の作ったものだなあ……」


 高級品なのは、見て分かる。

 どれもこれも物はいい。物が良いからこそ、困る。

 二人に似合いの品、ってなってくると、難しい。


「お、お兄さん。何かお探しかね」


 細工品を見ていると、出店の店主に声を掛けられた。


「ええ、贈り物を……」


「なら、この辺はどうだい。香木を詰めた袋さ」


 店主が適当に見繕ったのは、小さい真っ白な布袋。

 香木が詰まっている、と言っているが……確かに良い匂いがする。

 外見に派手さはないが、純白で綺麗だ。


「こいつは火にさらすと汚れが落ちる。匂いも上等の一品だよ」


 何とも便利、むしろ雑巾とかに欲しい布だ。

 それはさておきこの匂いなら、アゲハが普段纏っている匂いに近いものを感じる。

 これなら、彼女も気に入るんじゃないかな?


「じゃあ、それ下さい。あともうひとつ……何か良いものありませんか? 女性向けのものなんですけど」


「ああ、じゃあ……この辺なんかどうかね、貝の飾り物なんだが……」


「そう派手じゃないけど、耳に飾っても良いし、髪にも飾れる。留め具を変えりゃ他のモンにもつけられる」


「貝自体も珍しいモンだから、気に入って貰えるんじゃないかい?」


 差し出されたのは、小さな貝に木製の留め具が付いたもの。

 髪や耳飾りにしてもらうのはちょっと気恥ずかしいけど、鞄や筆記用具にちょっと付けるくらいなら、してくれるかもしれない。

 それに、何となくだけど、この貝はアスカに似合う気がしたのだ。


「じゃあそれも下さい、包まなくていいので」


「まいどあり!」


 支払いを済ませ、品物を受け取りポケットへ。

 端末の時間を見ると、二人と別れてから20分程度経っていた。急いで戻った方が良いだろう。


「おお、早かったな! どうじゃ、何を見つけてきたか見せて見よ」


 別れた場所へ戻ると、二人は軽食を食べていた。

 縁日あるあるの、大きなフランクフルト。ちょっと美味しそう。


「これなんだけど……どう?」


 アゲハにせかされるまま、先に買った白い布袋を取り出す。

 それを受け取った彼女は、まじまじとそれを見つめ、触り、匂いを嗅いで。


「――――ほう、これは眞那賀(まなか)か」


「そしてこの袋、なかなか()()()()たな。お主」


 ……?

 いまいち言っている意味が分からない。

 頭に疑問符を浮かべていると、彼女は楽しげに笑った。


眞那賀(まなか)とは、沈香の一種じゃ。その香りの立ちと、香味の移りから女子(おなご)の心にも例えられる香での」


「後の世においては、そうじゃなー……組香等においては、()()()()男の香とも言われたと言うな」


「……それって褒められてる?」


「無論お主のことは褒めておる、良い物を見つけたな。なー? そう思わんかー? アスカよ?」


 いまいち褒められてる気がしないが、まあ、気に入ってくれた、とは思う。

 そして何故か視線を向けられたアスカは、何処かバツが悪そうな顔。


「どうしたんですか?」


「あ、ああ、うん、何でも無いの。何でも。……ほら、そろそろ儀式始まっちゃうから、行こっか?」


「?」


 そのバツの悪さの理由も分からないまま、アスカの先導で儀式の行われる場所へと向かうことになった。






 ―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――






 儀式の場は、既に厳かな雰囲気に包まれていた。

 居並ぶ神々も、皆沈黙して儀式の始まりを待っている。


 中央にある台座には、儀式に使う祭具。冬を意味する白い布と、春を意味する木の枝が飾られていた。

 季節移しの為だけに造られる、創造部の特注品。

 発注に関わったから、こうして実際に使われているのを見ると誇らしくもある。


「さあ、そろそろ始まるよ」


 隣に並ぶアスカが、小声で囁き掛けてきた。

 ……これから、季節が変わる瞬間を見る。

 場の空気にも引っ張られたのか、自分が緊張しているのが分かる。

 背筋が、張り詰めるような気がした。


 鈴の音色と共に、二柱の神が入場してきた。

 片方からは、黒衣を纏う翁。

 片方からは、緑衣を纏う少女。

 どちらも厳かな足取りで台座へと向かう。


 玄冬の翁が、静かに口を開く。

 舞うように、白い布を振りかざしながら言葉を唱える。

 それは歌のように、静かに辺りに響いた。


「告げよ、告げよ、(くろ)き冬」


「終わりの季節、眠りの季節、全てを包む白き覆い」


「眠れ、眠れ、雪の子よ」


「命が再び巡るまで」


「風よ、風よ、吹きすさべ」


「白き覆いを吹き払え」


「風よ、風よ、鳴り響け」


「去りゆく昨日に別れを告げて」


 ――突風が吹いた。

 吹き込んだ風は、翁の手に持った白い布を吹き上げ、何処かへと吹き飛ばした。


 次に少女が木の枝を持って、同じように口を開く。

 少女の足取りは何処か楽しげで、跳ねるように踊っている。


「告げよ、告げよ、青き春」


「はじまりの季節、芽吹きの季節、全てを彩る青き絨毯」


「起きよ、起きよ、木々の芽よ」


「命は今、此処に巡る」


「花よ、花よ、咲き誇れ」


「此度来たるは花の日々」


「花よ、花よ、舞い踊れ」


「新たな日々の始まりを」


 ――また、風が吹く。

 今度の風は、柔らかく優しい花の匂いを運んできた。

 少女が手に持つ木の枝からは、小さな芽が生えてきているように見える。


「「 ――さあ、迎えよう 」」


「「 輝ける明日を―― 」」


 二柱の神が同時に唱えると同時に、風は大きく吹き込んで。

 少女の持つ枝に咲いた花を風が巻き上げ、辺りに花びらを散らす。

 花は後から後から湧き出るように咲き乱れ、風がそれを吹雪のように舞い散らせていた。

 同時に、周囲の神々から大きな歓声が上がる。


 ――きれいだ。花吹雪なんて、初めて見たかもしれない。

 これが、季節が移り変わる瞬間。目頭が熱くなり、頬に熱いものが流れる。


「……これで儀式はおしまい。どうだった?」


 アスカに声を掛けられて視線を向けると、彼女も目に涙を溜めていた。


「……きれいでした」


「良かった、見に来た甲斐があったね」


 彼女の言葉に頷きを返し。

 ふと横にいるアゲハを見れば、空から舞い散る花びらを空中で取ろうとしている。

 数度の格闘の上、何とか手に取れたようだ。


「さあ、帰ろうか。仕事始まるまで、少し休んで……」


 ――あれ。

 視界が、歪む。ぐらり、と身体の力が抜ける。

 これ以上、立って、いら、れ、な……――――






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 …………目を覚ますと、そこは、前にも見たことのある場所。

 癒療部のベッドだった。


「…………ぐぅ……」


 寝息のような音に気づき、視線をずらすとアゲハが椅子に座って眠っている。

 倒れた後、もしかしたらずっと付いていてくれたのかもしれない。

 ひとまず身体を起こして、今の時間を……。


 ……12時!?

 まずい、仕事あるのに!


 急いで支度をしようとベッドから下りて、ベッドを覆うカーテンの先へ出ると、丁度病室にアスカが入ってきた。


「あ、雨宮くん! 良かった、起きたんだね」


「すみません、今すぐ支度を……」


「ううん、ひとまずそれは良いんだけど……身体の方は大丈夫? 怪我とかしてない?」


 謝ろうとすると、アスカがそれを制して来た。

 身体……は特に、何事もない。元気すぎるでもなく、かったるいわけでもない。

 むしろ良く眠れて、疲れが取れた位だ。


「特に変なところは無さそうですが……」


「良かったー……雨宮くん、間違えて持って帰ったでしょ」


 ん?

 彼女から貰った缶は、確かに持って帰ってきた筈だけど……。

 中身も苦かったけど、ちゃんとお茶だったし。


 頭に疑問符を浮かべていると、アスカが苦笑気味に説明を続けた。


「君が持って帰ったのはルイくんが置いてった方だったんだよ。デスクに置いてあった方が、私があげたお茶」


「本人しょっ引いて聞いてみたんだけど、あれ〝先延ばしのお茶〟だったんだって」


「飲んで最初にやりたい、って思ったこととか、やらなきゃって思ったことが先延ばしされちゃう奴。その代わり、後で一気に反動が来るんだけどね」


 それで眠気が〝先延ばし〟されちゃった、ってことか。

 便利なようで、はた迷惑なお茶だ……。


「使いようによっては、便利なお茶でもあるんだけどねー」


「すみません……」


「良いの、私もちゃんと中身見せてあげれば良かったね……」


 そう言うと、彼女はポケットから小さな布の包みを取り出した。

 広げられた中には、白い糸のような産毛を持つお茶の葉があった。所々、細い白髪のような糸が絡まっている。


「こっちが私があげた方。ごめんね、ちょっと分かりづらかったかな」


「いえ……ちなみにこれを作ったのってどんな神様なんですか?」


「んー? ああ、蜘蛛の神様だよ。完璧仕事人間! って感じだから、君が飲んだお茶はああいう神様に飲ませるのが良いんだよね。仕事休んで貰う為にもさ」


 ああ、じゃあこの白い糸は蜘蛛の糸か……。

 仕事人間な蜘蛛の神……そんな神様、どっかで聞いたことがあるような……。


「あ、そういえばルイさんは……」


 先ほど、アスカが〝しょっ引いて〟なんて物々しい単語を使っていたのをふと思い出した。


「ん? ああ……多分今頃ターちゃんに大目玉食らってるんじゃない? 気にしなくていいよ」


「今度謝っときます……」


 笑いながら答えるアスカ。いや、そこ笑う所じゃないような。

 流石に、自分の取り違えが原因で怒られる羽目になったのは申し訳なさ過ぎる。

 何か、今度お詫びを持って行こう。


 ああ、とりあえずそれは置いておこう。

 彼女に渡さなきゃいけないものがあったんだ。


「そうだ、これ」


 出店で買った、貝殻の飾り物(アクセサリー)をポケットから取り出す。

 倒れた拍子に割れたりしてないか、と思ったけど……買ったときのままだ。


「気に入ったら鞄なりに付けてください」


「これ、私に? あ、ありがとう……」


 彼女はそれを受け取ると、少しの間それを眺めた後、大事そうに胸の内ポケットにしまった。


「ねえ、雨宮くん。これ……」


「――なーにわらわをほったらかして睦言を交わしておるのじゃ、お主ら」


 アスカが何かを言い出そうとした時。

 病室のベッドを覆うカーテンの向こうから、アゲハが顔を覗かせた。

 その顔は若干のむくれっ面、放置されていたことが気に食わないらしい。


「あ、アゲハ。付き添っててくれてありがとう」


「ありがとうではないわ、バカ。心配させおってからに……突如倒れた時はどうしたことかと思ったぞ」


「ごめんってば」


 何はどうあれ心配させたのは事実。とりあえずちゃんと謝っておこう。

 アゲハはひとつ頷いて、赦してくれた。


「良い、赦す。所でお主が今、渡した貝じゃが……なかなか珍しいものを見つけてきたな」


 そういえば、あの貝の正体については特に聞いてない。

 店主からも珍しいもの、と言われただけだ。


「知ってるの?」


「無論じゃ。あれはなー? 大層珍しい貝でなー?」


「――ノーッ!! ダメ、ダメ!」


 アゲハが割ともったいぶりながら、貝について説明しようと口を開いたところに、すごい勢いでアスカが割り込んで来た。


「良いではないか、既に〝緋扇(ひおうぎ)の姫〟は逸話を元に神格化しとろうが」


「それでもダメ! 絶対ダメ!!」


「ワハハ、せっかく教えてやろうと思うたに」


 二人が何を話題に応酬し合ってるのか、よく分からない。

 放置されたまま、よそで勝手に話が進むのを見ていると……なんかこう、もどかしいような感じがする。

 さっきのアゲハの気持ちが分かったような。


「あの、何の話をしてるんですか?」


 ひとまず話に混ぜて貰おうと声を上げると、アスカに制止されてしまった。


「ううん、雨宮くんは気にしないでいいの。むしろ気にしないで、お願い」


「何なら歌のひとつでも返してやってはどうじゃ? 住吉の松を気取る必要もあるまい?」


 カラカラと笑うアゲハ。

 本当に何の話をしているんだ、と思っていると。


「アーーゲーーハーーッ!!」


 アスカが怒った。

 顔を真っ赤にして、アゲハを追い回すように両手を上げている。

 ……一応病室なんだけど、此処。


「ワハハハハ、ではな雨宮! また遊びに行くぞ!」


 ひらりとアスカの手を回避したアゲハは、病室から笑いながら出て行ってしまった。

 結局のところ、話の本題はいまいち分からずじまいである。


「……はぁ」


「なんか……色々すみません」


 大きくため息をつくアスカ。

 まあ、アゲハに振り回される気持ちはよく分かる。


「ううん、雨宮くんのせいじゃないから。……でも、そうだね」


「――――君は()()()()()()男の子だよ。プレゼント、大切にするからね」


 不意に頭を撫でられた。

 その手は、とても優しく、顔も嬉しそうに微笑んでいる。

 ……気に入ってくれたのなら、嬉しい。


「さあ、それじゃ仕事に行って貰っていいかな。私は退院手続きしてから戻るから」


「わかりました」


 手が離れると、彼女は何時もの表情に戻り。

 仕事に戻る為の帰り支度を再確認していると、アスカが何かを呟いた。


「…………本当に……るなんて」


「何か言いました?」


「えっ? ううん、何でも無いよ。ほら、お仕事お仕事!」


 何を言ったのか、いまいちよく聞き取れず。

 聞き返して見るが、アスカは何でもないという風に答えてくれなかった。

眞那賀(まなか)

 諸説ありますが、沈香の中でも伽羅に次ぐ高級品と言われます。

 元は沈香の産地国によって分けられていた分類のひとつです。


組香(くみこう)

 香木を何種類か焚き、参加者がそれぞれ味わって、焚かれた香を当てるゲームです。

 有名処では源氏香(げんじこう)という、源氏物語のどの巻を示す香か、を当てるものであったり、竹取香(たけとりこう)という、竹取物語に登場する5人の求婚者になぞらえ、焚かれたの中で、誰が輝夜姫(伽羅)と共に焚かれたかを当てる、なんてものがあります。

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