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第53話 季節移しの儀-1


「そういえば、明日は季節移しの日じゃろ? お主は見にいかんのか?」


 いつも通り、遊びに来ているアゲハに声を掛けられた。

 最近はこっちに来ると、部長を撫で繰り回すより同僚達や自分と話す事が多い。

 とはいえ、部長がいれば撫で回して行くのは変わらないけど。


 今日の話題は、季節移し。

 逗留街の季節を切り替える為の儀式の事だ。

 先日、季節移しを担う冬を司る神〝玄冬(げんとう)の翁〟と、同じく春を司る神〝青春(せいしゅん)の娘〟に会い、儀式の調整をしてきたばかりだ。


 見に行ってはみたいけど、儀式が始まるのは早朝6時前。

 流石にそんな時間から起きていると、仕事に支障が出てしまう。


「ちょっと朝早いからね、見に行ってみたいけどちょっと難しいかな」


「わらわが起こしに行ってやろうか?」


「いいよ、悪いし。それにそんな時間から起きてたら、午後から眠くて仕方ないよ」


 少し残念だけど、寝ぼけ眼で仕事をするわけにはいかない。

 それに金曜日は、ドーンとの訓練日。ふらふらしながら剣の訓練なんて出来る訳がない。


「でも、そういうのを見に行くのも仕事のうちだよ。今日は帰ったらすぐ寝ちゃえばいいんじゃない?」


 キャビネットで書類をめくっていたアスカが、横から口を出してきた。

 言ってることはその通りだと思うけど……、そんなにすぐコロッと眠れる体質ではない。

 どちらかと言えば、眠りにつくまで時間が掛かる方だ。


「流石にそんなすぐ眠れませんよ、普段寝るのは12時過ぎですし」


「あ、じゃあ良いものあげよっか」


 自分のデスクをガサガサとあさり、小さな缶を取り出すアスカ。

 見て見ると、銀色の缶。まるで紅茶を入れる缶のようだった。


「これ、前にもらったお茶なんだけど、飲むと良く眠れるんだ」


「睡眠関連の神様が関わった奴でさ。普段は自分の仕事にしか興味ない神様なんだけど、何か『自分の領域にワシャワシャ生えてきたから駆除ついでに作ってみた』って言ってくれたの」


 ワシャワシャ生えてきたって……そんな急に生えるものか? という疑問はさておいて、睡眠の神が関わってるお茶ならまあ、効果ありそうだ。

 それに彼女がくれるものなら、なおさら安心できる。


「ありがとうございます。じゃあ、試してみます」


 銀の缶を受け取りながら笑みを返すと、彼女も嬉しそうに笑った。


「うん! 良かったら3人で一緒に見に行く? 私も行くつもりだったし」


「ああ、それなら……」


 彼女の言葉に頷き返そうとすると、アゲハに袖を引かれる。


「……誘ったのはわらわが先じゃぞ」


 その頬は少し膨らんで、怒っているように見えた。

 うん……ちょっと、無神経だったかもしれない。起こしに来てくれる、という誘いを断って、舌の根も乾かぬうちに、という奴だ。

 もう少し、気を使うべきだったかな。


「ごめん、そんなつもりじゃなくて……。お店が開いてたら、何か買ってあげるからさ。一緒に行こうよ?」


「……それなら良かろう」


 少しは、機嫌を直してくれたらしい。

 縁日みたいに出店が出る、という話も聞いているし、きっと彼女の気に入るものがあるだろう。

 物で釣るのもどうかと思わなくはない……けど。

 あやすように頭を撫でながら、言葉を続ける。


「うん、ごめんね。誘ってくれて嬉しいよ」


 その後、何処で待ち合わせるか、という話になったが、自分の個室まで迎えに来てくれる、という事になった。

 ひとまず、例え寝過ごして待ちぼうけを食わせる事のないように、きっちりお茶の力を借りて寝ておこう。






 ―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――






 その日の仕事を終えて、寮へと戻る。せっかく自由に使える部屋だし、と毎日ではないが週に何度かは寮で寝泊まりしている。

 アスカから貰ったお茶の缶も持って帰ってきた。


 仕事中に、終末部の骸骨3人衆の一人である〝ルイ〟が来た。

 書類の受け渡しついでに、逗留街で売ってたという面白アイテムを買ったというので、それをお裾分けしてもらった。

 流石に仕事中に試すわけにも行かないので、今度試してみる、と言ってとデスクに置いてある。

 銀色の缶だったし、取り違えたら大変だ。


 時刻は……まもなく20時、と言ったところ。それなら、今からお茶を飲んでしまえば、5時前には目が覚めるだろう。

 夕食は抜いて、明日の朝に食べればいいか。


「えーと、……お、紅茶っぽい?」


 缶を開けてみると中身は、紅茶のような茶色の葉だった。

 少し温めたティーポットにお茶の葉を入れ、沸騰させたお湯を注ぐ。

 とりあえず見た目も紅茶っぽいし、紅茶らしい淹れ方でいいはず。


「…………うわ、にっが……」


 とりあえず2分ほど蒸らして、コップに注いで飲んでみる。

 ……苦かった。

 昔、苦丁茶を貰って飲んだ事があったけど、似たような苦みがあった。

 本当にこれ、眠れるやつか……?


「……まあいいや…………後は寝るだけ……おやすみなさい……」


 しょうがないので一気に飲み干して、残った湯で軽く口を濯ぎ。

 アスカが言うには、すぐに眠気が来るという。

 それなら意識がおぼつかなくなる前に、と布団へ潜り込み。

 そのまま目を閉じて。


 ……………………。


 …………………………。

 

 ………………………………。


 おかしい。

 全然眠れない。


 むしろ、目が冴えている。眠るどころじゃない。

 眠気なんて何処にもない。

 少しだけ、心臓の鼓動や、自分の息が速くなっている、ような気もする。


 ……もしかしてもうちょっと煮出すものだったとか? あるいは、煮出しすぎ?

 正しい飲み方を調べようにも、缶にはラベルが無い。

 ちゃんと聞いておけば良かった。


「……もう少し頑張ってみよう……」


 もう一度、目を閉じる。

 深く、深く眠りにつく為に。


 …………………………。


 ………………………………。

 

 ……………………………………。


 眠れない。

 眠気が来ない。寝たいのに。

 もう数時間経っている。そろそろ日付も変わる頃。

 ………………。


 ここから、どうやっても眠る事が出来ず。

 眠れない疲れすら、何処かに吹き飛んでしまった状態が続いている。


 ――――そして……午前4時を迎えることになった。


 結局、どうしようもなく眠れず。

 むしろ眠れる気配すらなく。

 約束の時間が迫ってきているので、諦めた。……久しぶりの徹夜だ。


 軽くシャワーを浴び、朝食用にと買ってあった野菜を切り分けサラダを作る。

 それを食べ終えた頃、ドアがノックされた。


「雨宮くーん、起きてるー?」


 聞こえて来たのはアスカの声。

 応対の為にドアを開けると、既にかっちりと支度を調えた彼女が居た。


「ああ、おはようございます……」


「おはよう! よく眠れた? ちょっと顔赤いけど、起きたばっかり?」


「いや……それが……」


「おー、起きたか雨宮。良く起きれたな!」


 眠れなかった、と言葉を返そうとするが、その言葉に覆い被さるように。

 アスカと同じく支度を調えたアゲハの声が聞こえた。


「おお、おはよう。アゲハもよく起きれたね」


「雨宮くん、もう行ける?」


「ああ、はい。大丈夫です」


 ここで、眠れなかったと言えば二人は心配するだろう。

 とりあえず今は、目が冴えっぱなしだ。儀式を見に行く分には問題ない。

 このまま今日の終わりまで、起きていられればいいんだけど……。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 逗留街は早朝にも関わらず、賑わいを見せていた。

 提灯のようなものや、紙細工、あるいは色の付いた布の飾りなどがあちらこちらに飾られている。

 大通りには出店が立ち並び、簡単な軽食や細工物が売り出されていた。


 価格は、縁日価格と考えると、少し高いけど。


「アゲハ、何か欲しいものある?」


 出店を見て回りながら、アゲハに聞いてみる。

 昨日、何か買ってあげると約束していたし、これだけ店が出ていれば、気に入るものもあるだろう。

 アゲハは少し悩むような素振りを見せ。


「うーむ……。そうじゃ、お主の〝趣向〟で良いぞ。ここで待っててやるから見てくるが良い」


「何かアクセ……飾りが良いとか、服が良いとかない?」


「ない。良きに計らうを許す」


 それってつまり〝何でも良いがセンスのいいもの〟を見繕ってこい、っていうことでは……。

 お昼何にする? と聞いて〝何でも良い〟って言い返されるのとほぼ同じ、割と難しい内容だ。

 実際は何でも良いわけではなく、空気を読め、という奴である。


 少し考え込んでいると、アスカが呆れたように口を開いた。


「そんなこと言ったら雨宮くん困っちゃうでしょ?」


「良いではないか、此奴の趣向の善し悪しを見てやろうと言うものじゃ」


 やっぱりそういう奴だった。

 まあ、でも。これだけ店が出ているなら何かしら良いものがあるだろう。


「大丈夫ですよ、気に入るかは分かりませんけど……何か見てきます」


「ごめんね雨宮くん、でも早めに戻ってきてね? 儀式の本番が始まっちゃうから」


 アスカの言葉に頷き返し、二人と別れて出店を見に行く。


 ……アゲハだけに買ってあげるのも、少し気が悪い。

 付き合ってくれているアスカにも、何か買っていこう。






 ――――――――――――――――――

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