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第50話 焼き肉とんとん


「お待たせしました、グラス・ガウのロース・カルビです」


「続いてグリフのハツ、カトブレパスのセンマイ刺し、カイノミです」


「こちらはミノタウロスのタンとロースです」


 暫くの軽い談笑の後、先ほどの店員が両手に皿を抱えてやってきた。

 テーブルの空いた所に、肉がどんどん並べられていく。

 それを見たアスカが、子供のように声を上げた。


「わー、来た来た! 来ましたよー」


 見た目はどれも、サシの入った良い肉だ。

 艶々としていて、店の光を反射して輝いて見えもする。

 ドーンとアスカは嬉々として、互いに場所を分け合うように七輪の上に肉を並べて焼き始めた。


 でも……。


「あの……」


「どしたの?」


「神話で聞いたような名前が聞こえたんですけど……」


 そう、聞こえた肉の名前は牛や豚、と言ったものではなく。

 例えばカトブレパスなんて、ゲームでもちょいちょい出てくるモンスター。

 一つ目で、その目を見てしまったら死ぬ、とまで言われている生き物だ。

 ミノタウロスだって古代神話の生き物。迷宮の主とまで言われた牛人間……。


 食べられるのかな、これ……という不安がわき上がった。


「ああ、ここのお肉はこっちに来てる神々が育てたものとか、第9世界で放牧されてる奴だからねー」


 いや、そういうことじゃなくて……この肉を食べて大丈夫なのか、ということなんだけど……。


「俺も最初は驚いたが、美味いぞ? 味はついてるから、まずはそのまま食べてみるといい」


「あっ、この辺もう大丈夫だよ。食べてみて」


 もう大丈夫、と言われた肉は、既に程よい焦げ目がついていた。

 熱で蕩けた脂が、網の下に滴り落ちる度に、香ばしい香りが立ち上り、空腹の腹が悲鳴を上げる。


「では……」


 意を決して〝カトブレパスのカイノミ〟に箸を付け。

 それをそのまま、口へと運ぶ。


「うわっ、美味しい……!」


 口の中に広がる蕩けた肉の脂と、香ばしい香り。

 表面はカリッと食感が楽しいが、そこから先は舌でこねるだけで解けるような柔らかさ。

 肉に付いた味も、下味以上の激しい主張はせずに肉の良さを一層引き立てている。

 唾液が止めどなく分泌され、口の中の肉を喉の奥、胃の腑へと流しこんでいく。

 一口で、身体一杯に広がる幸福感……。


 こんな美味しい肉を食べたのは初めてだ……。


「でしょー? ここのお肉、ほんとに美味しいんだから」


 アスカが笑って言った。

 うん、文句なく美味しい。皆と来ていたんじゃなければ、一人で黙々と食べていただろう。

 ご飯と食べても美味しいと思う、けど。

 この肉はこのまま食べるのが、一番美味しい気がする。


「でも、ここの名物はこんなものじゃないよ。今日はそれも予約してあるから」


 こんなに美味しいのに、これより更に上が……?

 どんな肉なんだろう……!

 期待が、胸一杯に広がっていく。


 暫く、適宜皿が空いた頃に提供される肉を焼き、食べ、飲んで。

 出された肉はどれも、最初の一口に負けず劣らず美味で。

 焼いてくれる二人や、ミュールと談笑しながら、時間を過ごす。


 そして、今残っている皿が全て空になった頃。

 店員が七輪を追加で2台もって来て、テーブルの上に置いて。


 網を変えるならまだしも、七輪のを増やしたのはなんでだろう、と考えていた時に、店長が大きな皿を運んできた。

 そこには幅30cm程もある、ぐるぐる巻きにされた肉が乗っていた。


「お待たせしました、ブラックドラゴンの一本ハラミです」


「これこれ! これが此処の名物なんだよ! 焼けるまでちょっと時間掛かるけど、楽しみにしてて」


 店長から皿を受け取り、アスカがトングで七輪の上に肉を広げていく。

 ドラゴンの肉、という驚きもあるけど、それ以上にサイズがすごい。

 横並びの七輪3台にようやく乗る程の長さで、厚みはもかなりある。


 どんな味、するんだろう。

 今は、驚きもあるけれど、それ以上に……伝説に出てくる生き物、ドラゴンのハラミの味が楽しみになっていた。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「ごちそうさまでした……」


 ドラゴンのハラミは、その大きさの通り食べ応えもひとしおだった。

 味も、濃厚ではあるもののくどくなく、厚みがある分、焼けた頃には中が程よいレアになっていて、噛みしめる度に強い旨味が広がっていく。


 本当に美味しかった。身体全身、満足感に満ちあふれている。

 お腹、一杯だ。


「どうだい、美味かっただろう?」


「ドラゴンって結構美味しいんですね」


「はは、そうだな! 此処に来てそう思えるようになったなら、十分だ!」


 使い終わった食器をまとめ、帰り支度を整えながらドーンと言葉を交わす。

 ドラゴン肉なんて、自分の世界じゃまず食べられない。それ以前に、ドラゴンが居ない。

 物語では、ドラゴンは知恵が高く、何百年も生きる者とされているけれど……。

 まあ、それはそれとして、美味しかった。


「ご来店ありがとうございました。今日は歓迎会と伺ってましたが」


 支払いを済ませたアスカに、店の奥から店長がやって来て声を掛けた。

 彼女は、店長に向かって頭を下げる。


「ああ、店長! いつもありがとうございます、今日も美味しかったです」


 店長も同じように頭を下げ、その後、こちらを見た。


「ありがとうございます。……そちらが、新人の方ですか」


「ええ、そうです。雨宮くん、この人が店長さん」


 アスカに前へ押し出されるようにして、一歩前へ進み出て。

 美味しいものを出してくれた感謝を込めて、一礼する。


「雨宮です、今日はご馳走様でした」


「今後ともどうぞごひいきに」


「はい、また伺わせて頂きます」


「またのご来店、お待ちしております」


 店長に見送られながら店の外へ。

 外はすっかりと暗さを増して、空には星が輝き始めていた。


「それじゃ、今日は解散! 二次会行くなら好きに行っていいけど、明日遅刻したら怒るからね?」


「それと、雨宮くんは……今日はもう帰った方がいいかな」


 アスカがいつものように両手を叩き。

 満腹感で少しぼんやりしていると、アスカに苦笑を向けられた。

 部長を除いた男性陣は、皆、二次会に行くつもりらしく、その輪に加わるつもりだったけれど、止められてしまった。


「えー、連れ回そうと思ったのにー」


「ダーメ。病み上がりで二次会なんてもっての外。それに眠そうにしてるし、帰してあげてよ」


 言われてみれば確かに眠い。

 お腹がいっぱいで、睡魔がすぐそこまで迫ってきている気がする。

 場の空気に酔ったのもあるかもしれないけど。


「ああ、確かにそうだな。一人で帰れるかい?」


「はい、大丈夫です、ちょっとお腹いっぱいなだけなんで……」


 気遣うようにドーンが声を掛けてくれた。

 酒を飲んだ訳でもないから、足はしっかりしているし、寮に帰る分には問題ないと思う。


「そうか、ではまた明日!」


「お疲れ様でした」


「お疲れ様!」


 ぺこり、と頭を下げて、男性陣の輪から離れ。

 皆の見送りを受けながら、街の出口へと向かっていく。


 ……美味しかったぁ。また、食べに来たいな。

 ◆食べて良いモノといけないモノ

 管理局において「食べて良い生き物」は魂を持たない生き物と定義されています。

 魂を持つ者は「知恵ある者」や「知性体」と呼ばれていわゆる人権が保障されていますが、魂を持たない者はそうではありません。(人間含めて)

 なので、魂を持たないドラゴンは食べて良いことになっています。


 魂などの定義はまたおいおい……。

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