第49話 歓迎会
「雨宮くん、今日の仕事どう?」
リードに案内された後、神祇部へ戻り、久しぶりの仕事をして。
そろそろ夕方、という頃合いにアスカに声を掛けられた。
「ああはい、もう終わります。でも今日は随分少ないですね」
今日の仕事の割り振りは、大分少ない。
少し周りを気にしてみても、皆そろそろ仕事を終える、という雰囲気だ。
普段……というか以前割り振られていた仕事量からすると、大分少ない気がする。
「そりゃそうだよ、今日は君の歓迎会だもん。皆で早上がりするよ」
それを聞いてみると、彼女はさも当然とばかりに答えた。
朝は忙しいって言ってなかったっけ?
そう思い、残った書類を束ねながら、聞き返してみた。
「良いんですか? 朝は忙しいって……」
「アハハ……まあ、明日から頑張る、ってことで!」
忙しい、というか仕事が溜まってる事は変わりないらしい。
ただ、今日は自分の歓迎会、ということで皆の仕事の割り振りを減らしてくれているみたいだ。
……ちょっと、嬉しい。
「よーし、皆! 雨宮くんの仕事が終わったら、歓迎会に行くよー!」
アスカがぱん、と両手を鳴らして皆に告げた。
「ちなみに今日は、私と部長の奢り! 好きなだけ飲んで食べていいからね!」
その声に、銘々が歓声や喜びの声を上げる。
奢ってくれる、と言っているけどそれはちょっと悪いような気もするけど、此処は好意に甘えておこう。実のところ、長い間休んでいた事もあって、ちょっとだけ懐が寂しかった。
生命保険とかが入ってくるとはいえ……それは手続き上、少し先の話になる。
「アスカさん、お店は何時ものお店ですの? 予約取れまして?」
一足先に、帰り支度を調えたミュールがアスカに聞く。
何時もの店、と言っているけれどお馴染みになっている店があるのか。
しかも予約が必要な店、ということは……人気店なのかな?
「うん、そうだよー。あそこのお肉美味しいからね! ちゃんとコースで予約済み!」
アスカが笑顔で返事を返した。お肉、……ということは、ステーキとか焼き肉だろうか。
そういえば、暫く焼き肉とか行ってないな……。
想像して、空腹が刺激され、口の中には唾液がにじみ出した。
ミュールはその返事を聞いて、微笑みをこちらに向ける。
「あら、それはよかったですわ。きっと雨宮さんも気に入られるはずですわ」
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
全員で逗留街に繰り出して、食堂街と呼ばれるエリアに向かう。
外は既に、若干薄暗くなっていた。
食堂街、そこには無数の飲食店が建ち並んでいる。
そばやうどん、洋食などの見知っている料理を出している店もあれば、まるで聞いたことが無い料理を出している店もある。
店員や客も、神々だったり、管理局勤めの人々だったりするようだ。
集団に付いていきながら見回すだけでも、大分面白い。
目玉焼き、だの蒸しスカラベだの、不穏なネーミングもあることはあるが……。
「ついたよー、此処が〝焼き肉とんとん〟!」
途中から少し大通りを外れ、横道にそれた先に、その店はあった。
先導するアスカが足を止め、指を指す。
その指先には〝焼き肉とんとん〟と書かれた看板。
窓から見える店の中は、ほぼ満員と言える程に賑わっているようだ。
それに、店の外にまで肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる……。
「食堂街の中でも、知る人ぞ知る名店中の名店だよ。うちで何か集まってご飯食べる時は、大体ここ」
「ここの店長さんはね、お肉のスペシャリストなんだよー。焼き肉なら此処が一番!」
アスカ自身も楽しみにしていた、とばかりに少しテンションが上がっているようだ。
そして、そのテンションのまま扉を開けて、店の中に身を乗り出した。
「すみませーん、予約したアスカですけどー」
彼女の声が届いたのか、店の奥から一人の男性が近づいてきた。
細身のように見えるが、しっかりしたがたいをしている。
外見的には、人間っぽく見えるけど……神様かもしれない。威圧感はないけれど、覇気のようなものを感じる。
さっきアスカが言っていた〝スペシャリスト〟という言葉にふさわしい雰囲気だ。
ということは、この人が店長さんか。
「いらっしゃいませ、8名でご予約のアスカ様。こちらのテーブル席へどうぞ」
店長の案内で、入って右手にある、6人掛けの席2つに案内された。
4人ずつ分かれて座る。自分の隣にはアスカ、向かいにはドーン、その隣にはミュール。
テーブルの中央には、少し大きめの七輪が置かれており、少し上には排気用のダクトが伸びていた。
七輪の中では炭……? のような何かが煌々と燃え、じんわりと周囲に熱を伝えている。
「みんなー、飲み物は何にする?」
全員が席に着いたのを確認して、アスカが飲み物の注文をとりまとめ始めた。
「僕はハーブティー」
「俺は、うん、やっぱり麦酒かな」
「俺もだ!」
「では私も麦酒を」
「私は……そうですわね、やっぱり最初は自家製アレースジンジャーハイを頂きますわ」
「私は黒烏龍茶を頂こう」
各々がその声に答えていく。皆、最初の1杯は決めているらしい。
その様子に少し呆気に取られているうちに、自分の番が回ってきた。
「雨宮くんは?」
急いでメニューのドリンク欄を見る。
ドリンクだけでも結構な種類、酒は言わずもがなだが、ソフトドリンクもそれなりの種類がある。
……うーん、此処は。脂っこいものを食べる訳だし、口をさっぱりさせる意味でも……。
「うーんと、そうですね……ああ、部長と同じ黒烏龍茶を」
「うん、オッケー。すみませーん」
アスカが手を上げ店員を呼ぶ。
やってきたのは、先の店長では無く少し小柄な、獣人の女性だった。
「麦酒を3つと、ジンジャーハイ、あとハーブティーと、黒烏龍茶を3つお願いします。あ、飲み物先に出して貰っていいですか?」
「かしこまりましたー」
注文を聞いた店員は、たかたかと小走りで厨房へ戻り。
程なくして全員分の飲み物を持って来てくれた。それをアスカやリードが順次受け取り、皆に回していく。
飲み物はどれも木製の樽ジョッキで運ばれてきた。
こういうの、小説とかで読んで憧れたなぁ。
「それじゃ、皆に飲み物が行き渡ったところで……雨宮くん」
「なんです?」
さて、後は誰かが……きっとアスカ辺りが乾杯の声なり掛けてくれるのかな、とジョッキに手を掛け待っていた頃。
「乾杯の音頭、取ってくれる?」
と言われた。
「え」
「いや、ほら。今日は君の歓迎会だからさ。簡単で良いから」
それはそうなんだけど、こういう場で挨拶するのとかってちょっと苦手なんだけどな……。
どうしよう、と頭を回転させて、言葉をひねり出す。
「え、えーっと……じゃあ……えっと」
言葉を考えながら、頭の中でこれまでのことを少しだけ振り返り。
応募してすぐ面接したことや、部長やタナさん、アゲハ達、神との出会い。
歓迎会を開いてくれた同僚達との仕事や、第9世界で出会った人々や、テクノロジカのこと。
「皆さん、歓迎会を開いてくれてありがとうございます、そして入院中はご迷惑おかけしました」
そして、また、こうして。
彼らとこれからも働ける、という喜びを胸に、ジョッキを掲げて。
「今後、また皆さんと働けるようになって本当に良かったです。……乾杯!」
「「「「「「「 乾杯! 」」」」」」」
その声と共に、皆が一斉にジョッキを掲げた。




