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第48話 逗留街


「アスカさん、今日の仕事は?」


「えーっと……あ、そうそう、雨宮くん正規職員になったから、案内しておくところがあるんだ」


 仕事を始めようと、今日の仕事の割り振りをアスカに訪ねると、彼女は思い出したように声を上げた。案内するところがある、と言っているけれど……何処だろう。


「本当は私が案内したいんだけどー……ちょっと立て込んでて……うーんと」


「おっ、そこで暇そうにリードくん、お願いしていい?」


 すまなそうに両手を合わせるアスカ。そしてそのまま周囲を見渡し、ちょっとだらけていたリードに目星をつけたらしい。

 リードは、待ってましたとばかりに椅子から立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 久々に見るけれど……ガタイが良い分威圧感がすごいな、この人。


「おうよ、そんじゃ雨宮、付いてこい!」


 リードは、これまで通った事が無い〝表口〟側の扉を開けて行ってしまった。

 通って良いのか、とちょっとだけ躊躇っていると、アスカが背中を押してくれた。


「大丈夫大丈夫! ほら、行ってらっしゃい!」


「は、はい」


 背中を押されるままに、表口の向こうへ……。

 その向こうに広がっていた景色は、これまで使っていた〝裏口〟側の廊下とさしたる変化はなかった。


「……なんかあんまり変わんないですね」


 なんというか、ちょっと拍子抜け。

 使っちゃいけない、と言われていた側の向こうが、これまで見てきたものとあまり変わらないのだから、それも仕方ないと思う。

 何の為に秘されていたのか、理由も分からないし……。


「此処は廊下だ、反対側と造りは変わらねえ。だがこっち側はな……」


 リードの歩幅に合わせるように少し早歩きで付いていく。

 その道すがら、リードが説明しようとしてくれた時、進行方向から、こちらへ向かってくる何かが見えた。


「お疲れ様でーす」


 すれ違い様に、その影から声を掛けられた。

 その姿は、なんというか。多くのぬめぬめとした触手に覆われた肉塊のようで。

 中央に浮かぶ目玉は何処を見ているか分からず、触手に隠れては、また現れる。


 見ているだけで、自分の内側から何かが引きずり出されそうな感覚が湧き上がる。

 それが空中に浮かんだまま、ぬるぬると這いずるようにして、自分達が来た方へと向かっていった。

 ……なに? あれ。


「…………あれは?」


 これまで部長やアゲハ、タナさん等、何柱かの神々は見てきた。

 でも、あんなものは初めて見る。もの、と言って良いのかもわからないけれど。

 冒涜的な……あるいは……もっと深い、原初の恐怖を表わすような姿をした何か。


 少しだけ、身震いしてしまった。

 あのまま凝視してたら、吐き気すら出てきてしまった、かも。


「ん? ああ、総務部勤めのどっかの神だ。何の神だったっけかな……忘れちまった!」


 こちらの様子を気にするでもなく、リードは笑ってそう言ってのけた。


「まあ、ああいう手合いがこっちの通路にゃゴロゴロしてるからな。ある程度此処に慣れてねぇと、心がやられるとかなんとかでひっくり返っちまう奴が出る。俺だって初めて来た時にゃ腰抜かしたもんだ」


 ああ、なるほど……。

 此処は、12の世界から様々な神が来ている場所でもある。

 アゲハやタナさんは人の姿だった為に忘れかけていたが、神が人の姿であるとは限らない。そういった神々を直視すれば、……いわゆるSAN値に影響が出る、その為の措置だった、ということか。


「此処で働いてりゃあ、だんだんと神ってもんが分かってくる。その上、心だか精神だかにも耐性がついてくるらしい。だから新人にゃあ、それなりに耐性が付くまで使わせねえのさ」


「……って、大丈夫か? 気分悪いのか?」


 リードがこちらを振り返り、声を掛けてくれた。

 ……とりあえず、まだ大丈夫だ。ちょっと胃液が上がってきてはいるけれど。


「だ、大丈夫です……」


「そうか? 気持ち悪くなったらすぐ言えよ。癒療部まで運んでやっから」


「ありがとうございます……。直に、落ち着くと思うので……」


 ああ……これからはああいう神の相手も、することになるんだな。

 これまで会うことがなかったのは、何か新人が入った時の措置が働いていたのかも知れない。

 ……慣れていくしかない……。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






「そういや、うちの上司(ボス)がブチ切れたって話、聞いたか?」


 ふと、リードが笑いながら話題を切り出してきた。

 その話は入院中に聞いている。部長がめちゃくちゃに怒って、会議室を壊滅させた、と。


「ええ、部長が何やら相当怒った、とか」


「部長? おいおい、うちの上司(ボス)っつったら、アスカだろ?」


 ……はい?

 いや、アスカも多分怒ってくれただろうけど。

 此処で話題にするなら、会議室を壊すまで怒ってくれた部長の方が上じゃないか?


 でも、そうじゃないってことはもしかして……。


「そりゃ部長もブチ切れてたけどな、アスカもヤバい。超ヤバい」


「部長がブチ切れて、天文部との調停会議を引っかき回した後に、アスカは笑顔で俺達にこう言った」


「〝連中には、きっちりツケを払ってもらわないとね〟ってな」


 ……………………。

 想像するに、部長も怒った上に、アスカもそれ以上に怒ってくれたのだろう。

 アスカはアスカで、なんらかの手段でもって、報復したと見える。

 だから、あの時アスカの口が重たかったのか……。

 タナさんの「ちぎっては投げ」なんてセリフは、果たしてどっちに掛かっていたんだ……。


「だからアスカを怒らせんのだけは止めとけよ? 怒らせたら部長より怖えぞ」


 怒ってくれたのはありがたいが、あの事件が原因で、アスカや同僚達が何かの処分を受けたりしていたら……。

 それは、流石に自分の本意ではない。


「はい……、あの……天文部の人は大丈夫なんです?」


 リードを引き留めるように足を止めると、彼は同じく足を止め、振り返ってまた笑った。


「ん? 死人は出てねえから気にすんな。管理部からもお咎め無しだ」


 まあ、それなら……。いや、多分良くは無いんだろうけど。

 しかし、そんな事態になってもお咎め無しになるほどって。


「どんだけ嫌われてるんですか、天文部」


「そりゃあ相当にな、会ったら分かる。俺もあいつらは好かねえ!」


 そう言うとリードはまた歩き始めた。

 それに付いていくように暫く歩いて行くと、一つの扉が見えてきた。

 その扉には〝逗留街〟と書かれていて、これまで廊下で見た扉とは違い、2枚の木製の扉で構成されており、何処か門のような雰囲気がある。


「っと、着いたぜ。此処だ、開けてみな」


 言われるままに扉に据え付けられた鉄の輪に手を掛け、押してみる。

 少し重たい扉、両手で体重を掛け、扉を開ける。

 それが開かれた先は……。


「――――――――」


 空には青空。

 目線の向こうには、西洋の町並みにも似た、数多くの建物。

 そして多くの人や、人に似たもの、妖怪や怪異に似たもの、そして神々が行き交う街があった。


「此処が〝逗留街〟! こっちに来てる神々が住んでる街さ」


 反対側の扉を開けて、リードが先に進み出た。


「神々ってのもやることがねえと暇らしくてな。店やらなんやら、色々増やしてるうちに此処までデカい街になったらしい」


 ……なるほど。

 此処は、こちら側に居着いている神々が、自らの役割を果たすために拓いた街、ということか。

 いうなれば学生街みたいなものかもしれない。


「此処を真っ直ぐ行ったら食堂街、あっちに行けば物品街……食堂街は俺達が昼飯食ったり出来る店がある、物品街は小物が売ってたりするから今度覗いてみろ。根源(マナ)じゃねえと取引出来ねえから気をつけろよ」


 リードが目の前に広がるいくつかの通りを指さしながら説明してくれた。

 そして、最後に少し遠くを指さして。


「んで、向こうにあるのが……花街だ」


 若干、いやらしい笑みを浮かべながらそう言った。


「花街……」


 花街、という単語から想像されるそれ。

 それはつまり、男女の交わりを主とした、お店のある所。

 ……少しだけ、呼吸や、鼓動が早まって来た、ような。


「お、想像したな?」


 その様子を見たリードは、こちらの顔を覗き込むようにして。

 いや、いや……今、顔を見られたら、困る。

 きっと顔は真っ赤のはず。そう思って顔を背けた。


「い、いえ、なにも……」


「良いんだよ気にすんな! お前も男だろ?」


 バン! と大きく背中を叩かれた。

 ……結構痛い。背中がじんじんとする。手形、ついてるんじゃないだろうか。


 そして、こちらの肩に手を回して。


「――だがな、悪い事は言わねえ。花街に行くのは止めておけ」


 と言った。

 いや、行く気はないけれど、……無い、けれど。

 そう言った理由は、気にはなる。


 ……勝手なイメージだけど、リードは〝そういう店〟に通っててもおかしくなさそうだ。

 それをあえて〝止めておけ〟と言う理由は、なんだろう。


「えっと、それは、……何故?」


 そう聞き返すと、先に背中を叩かれたように、肩を叩かれた。


「考えてみろ、此処は神々の街だ。店をやってるのも神々だし、客も大半が神々だ」


「つまり〝手慣れた〟連中ばかりってこった。どうなるか、分かるだろ?」


 そう、此処は神々の街。神々が営む街だ。

 ということは、店を開いているのも神。しかも〝そういう〟店を開いているなら〝そういう〟神、ということになる。

 当然〝手慣れている〟上に、技術だって、人間より数段上……の可能性が高い。

 そんな人に相手をしてもらったとしたら、きっと、何も残らない。


「こってり搾り取られて、1ヶ月くらい使い物にならなくなる覚悟があんなら……止めはしねえよ」


「それは男の挑戦だからな! 誰が笑おうと俺は笑わねえ!」


 リードはガハハと笑いながら言う。ここ、街の往来なんだけど……。


 まあ……いや、流石に1ヶ月使い物にならなくなるのは、困る。

 そんな長い賢者モードなんて、仕事になるわけがない。

 癒療部に行って、カラカラに搾り取られたので栄養剤を下さい、なんて言える訳がない。

 それにリードで1ヶ月使い物にならなくなるのだとしたら……自分の場合はもっと酷いことになりそうだ。


「いえ……やめときます、行ったら死にそうなんで……」


 すっかり血の気が引いてしまった。

 ……いや、興味は、まだちょっとだけ、あるけど。


「まあウチであそこ行って無事だったのは……ハリマの爺さんくらいだからな」


 リードは何を気にするでもなく、そう言った。


 え。

 ちょっと待って。


「ハリマさんが!?」


 驚きを隠せなかった。

 口をついて、素っ頓狂な声が出てしまった。


 あのハリマさんが?

 リードみたいな〝やり手〟に見える男が、使い物にならなくなるような店に行って、無事だった?

 ハリマさんとは席が離れているせいか、そんな身の上話とか聞いた事が無い。

 だから外見から来るイメージと、普段の振る舞いから、紳士的な人、というイメージだったのに。

 そのイメージが、一気に打ち崩された。


「おう、あの爺さん、あんなナリでも第3世界出身の魔族だ。胆力はあるってことよ」


 魔族……。

 イメージでは、翼が生えてて、肌が浅黒くて凶暴な……というものだったけど。

 あの穏やかな紳士であるハリマさんが、魔族だったなんて。

 外見のイメージって、……信用できないものなんだな……。


 そうして少し当惑している中で、リードはまるで悪魔のささやきのように言った。


「だけどな……どうしても見てみたくなったら、爺さんに入り口辺りまでつれてってもらうといいぜ」


「入り口の辺りなら飲み屋ばかりだし、あの爺さんなら良い店を知ってる。綺麗な淫魔族(サキュバス)の姉ちゃんも居るぞ?」


「……やめときます、酒飲めないですし……」


 うん、この身体になる前から酒は飲めない。

 そんな状態で店に行っても、楽しめないはずだ。

 物語に聞く、淫魔族(サキュバス)の女性とか、見てみたい、とも思うけど。

 …………色々、耐えられる気がしない。


「そうか? お前なら姉ちゃん達にめちゃくちゃ可愛がって貰えると思うけどな」


「いやぁ……その、そういう事、あんまり……慣れて、ないんで……」


 リードはそれを聞いて、何かを察してくれたらしい。

 ガハハとまた、大きく笑うだけだった。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「次は此処だ、開けてみろ」


 逗留街を軽く案内して貰った後、廊下へと戻り。

 そしてまた暫く歩いた先、ひとつの扉が現れた。その表札には〝個室(マイルーム)〟と書かれている。


「此処は……」


 扉を開くと、そこは文字通りの個室。それも、そこそこ広い。

 廊下と同じような無機質な壁と床、隅の方にはベッドやちょっとした棚がある。

 加えて、トイレやシャワー、キッチンなどの基本的な居室としての設備が整っていた。


「お前の部屋だよ、寮があるって聞いてるだろ? 此処がその寮だ」


 確かに寮がある、とは聞いていた。

 例えばドーンは、毎週末以外は寮で寝泊まりしている、と言っていたし、アーノはよっぽど元の世界に戻りたくないのか、ほぼ寮暮らしだと言っていた。

 でも、こんな立派な部屋がもらえるなんて。


「インテリアなんかは物品街で買うか、総務部に発注しろ。手狭ってんなら拡張も出来る、そこそこ(マナ)は掛かるがな」


「わかりました、根源(マナ)が貯まったら試してみます」


「一応、こっちに居る神々もこんな感じで個室……いや、領域を持ってる。何れあのガキんちょ(アゲハ)あたりの領域に行くこともあんだろうな。もし行ったら、参考にすると良いぜ」


 リードはそう言うが、インテリアはさておき、部屋の広さで言えば十分だ。

 男一人暮らしていく分には、なんの問題もない。

 こっちで暮らすなら、街で買い物をすればいいし、不便もなさそうだ。というか、殆ど向こうに帰る必要って、無かったりするんじゃないか?


 そんなことを考えていた所、リードがそれを制するように言った。


「ああ、でもな。たまには向こうに帰れってアスカが言ってたぜ?」


「なんでも〝世界との縁〟が切れちまうのは良くねえんだと。俺もたまには帰ってるしよ」


 そういえば退院前にも世界との関わりがなんとか、と言われたのを思い出した。

 出身世界との縁が切れるのは、確かに良くないことだろうし、いくら此処が居心地が良くても、週に1度くらいは帰らないと行けない、ということか。

 まあ、その為に偽装の身分証も発行して貰っているし、向こうには馴染みになった老爺もいる。それに、何年と暮らしてきたあのアパートも、思い入れが無い訳では無い。


 ……でも、ろくに帰っていないというアーノは、どうしてるんだろう。

 殆ど帰っていない、とまで言っていたし、そもそも逃げてきた、とも言っていた。

 ……アーノはもしかして、自分の世界を、捨ててきたんじゃないか……?


 その時、ドンとまた背中を叩かれた。

 思考が、現実に引き戻される。


「ようし、そんじゃ帰るか。今日は仕事が終わったら歓迎会だ!」


 そういって、リードは先に部屋を出て行ってしまった。

 それを追いかけるように、足早で部屋を出る。

 明日にでも、部屋に必要なものを逗留街で見繕ってみようか。

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