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幕間 教授の実験


 ――――仄かな蝋燭の炎が照らす回廊。


 コツ、コツと小さな音を立てて、階段を下る。

 少年の姿をした〝それ〟は、僅かな微笑みを浮かべながらも、その双眸には歪んだ色を称えていた。


 向かう先には小さな扉があった。ノックもせず、押し入るようにこじ開ける。

 扉の先は小さなホールの3階部分、ホールの中央には黒い渦が蠢き、少女のようなくぐもった悲鳴が断続的に響いている。

 少年の笑みはまるで小さな猫を愛でる少女のように可愛らしく、そして無邪気に蟻の巣に水を流し込む少年のようにはつらつとしていた。


「やっほー〝教授〟……第9世界の攻略、失敗したんだって?」


 その声は全ての女性、全ての男性を魅了しうるに足る美しい声色だった。

 バルコニーに肘を掛けその笑みを向けられた男は口にしていた葉巻を離し、振り返る。


 男は痩せた身ではあったが、その風格は威厳を称えている。ダークグレーのスーツを着こなし、顎髭をたくわえた老人。

 端から見れば、弟子と師匠、あるいは祖父と孫のように見えるだろう。

 それが、教授と呼ばれる男の風体だった。


「ああ、数十……いや、数百年ぶりの失態というところだよ」


「いやー、流石のボクでもあの状態なら撤退を決め込むさ。気にすることじゃないよー?」


「はは、思ってもいないことを。その(はら)の内では微笑んでいるのが分かるというものだぞ」


「やっぱり? まあ嘲笑(わら)いに来た訳じゃないけど、それでもちょっと思っちゃうよねー。()()だーって、ねぇ?」


 ふっ、と教授と呼ばれた男は口から残っていた煙を吐き、感情なく少年へ笑みを返す。

 そして元の通りにバルコニーに肘を掛け、渦の中心への目線を向ける。


「でもさぁ、あの人間ちょーっと気になるよね? ならない?」


「いや、あれは徹頭徹尾ただの"人間"だよ。奇跡のような存在、とも言えるがね」


「ふーん。まーわかんなくは無いけど。言ったらボクも()()()()()わけだしねー」


 同じようにバルコニーに寄りかかりながら、少年はポケットから銀紙に包まれた菓子を取り出し、口へと運ぶ。

 渦の内側からは、自分へ助けを求めるような目線が届いていることに気づきながらも、敢えてそれを無視してほくそ笑む。


「ところで、アレ何? また零落神の改造?」


「似たようなものだよ。ただ、今回は序列第6位以下の下級神だ」


「下級神? なんでそんなもの。ただの雑魚じゃん?」


 序列第6位、と言えば社や信徒も持たない、主立った権能すら得られていないような下級神で、数十年で消滅しうる存在とも言える。

 かの管理局ですら、主だって神格として扱われるのは序列第5位以上、神々として所属してる連中も序列4位以上が当たり前だと聞いたことがある。


「そうだな……〝趣味と実益を兼ねた〟実験、とでも言おうか」


 ――ああ、なるほど?


 少年は己の深紅を(たた)えた右眼と、紺碧に満ちた左眼で改めて黒く蠢く渦の中心を注視する。


 この目の前の男が〝何の為に〟そして〝どのように〟事を為しているのかを見抜いたように笑った。

 彼の目が見抜いたのは、黒い渦が、無数の零落した神の群れであること、そしてその中央には神の一柱が、未だに零落することもなく、悲鳴を上げ、許しを請い、それでもなお"神"であろうとする姿だった。

 しかも、わざわざ神聖性を象徴する白の衣まで纏わせている。


「ゲー、悪趣味ぃ」


 実質悪趣味だ。

 ただ下級神を零落させるだけならばこんな手の込んだことをする必要は無い。

 手軽な手段はいくらでもあるが、"敢えて"その手段をとらず、また視る限りは"目的"も違うらしい。

 それをわざわざ行使している。悪趣味と言う他なかった。


 ――――自らが()()()()()頃ならば、かつての聖剣を向けていたかもしれないな。なんて思う程度には。


「なんなら君も体験してみるかね? ()()()()()()()()()()()だろう」


「絶対ヤダね! なんならアレ、神格としての核奪わずにやってるんでしょ? えげつなー」


「それが目的なのだよ。本来なら零落し反転する程の苦痛、屈辱を与えつつ、敢えて"本来の神"としての性質を保たせているのだから」


 教授と呼ばれた男が葉巻を咥え、息を吐く。

 その顔に感情はなく、ただ苛まれる存在を〝実験対象〟としてしか見ていない。

 後は分かるだろう、とばかりに少年へと視線を移した。


「なるほどね、それが実益ってヤツか」


 ……ふぅ、と少年は息を漏らして苦笑を浮かべた。


「……じゃあ、趣味ってのは?」


 少年は教授とはそれなりに長い付き合いだった。

 教授という男にとって、手段とは最適解こそが適切であり最善である、という思考であることを少年は知っていた。

 だからこそ〝趣味〟と言う言葉を軽々しく使うような性格ではないとも理解している。そもそもこの男に趣味があるなんて思えない。


 だから、何故敢えてその言葉を織り交ぜたのか。

 気になったし、聞いてみよう。どうせ帰ってくる答えは分かりきっていたが。


「ふ。それは今はまだ語るべき時ではないよ、我が友よ」


 やっぱり。

 敢えて仰々しく答える様を見て、ははは、と笑う。


「……やっぱ歪んでるねぇ、教授。でも、あの娘の因果は……なんか面白そうだよねぇ」


 少年の瞳が再び〝それ〟見る。

 因果律と縁を見通す、かつては祝福され、今は淀み歪んだ瞳が、この場にあってただ唯一"神"であろうとする存在に、纏わり付く因果と縁を見つめていた。

 本話を持って第一部の完結となります。

 此処までお付き合い頂き誠にありがとうございました!

 第二部も引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。

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