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第45話 入院の日々


 目が覚めてから十日ほどが過ぎた。

 そろそろ多少出歩いても良いだろう、ということでアゲハへ面会する許可が出たので、入院中の病室へと向かう。

 流石に見舞いの品の用意は無いけど、それでも顔を見て何か話せればいい。


 病室の扉を開けると、そこにはベッドの上で眠るアゲハ。

 そして黒衣の、長い黒髪の少女が、眠る彼女の頭を撫でている。これまで会ったことがない少女、アゲハの知り合いだろうか?


「――おや、君も来たのかね。雨宮君」


 ……あれ? この声は、知っている。

 この艶やかな声は……。


「……もしかして、部長ですか?」


「ああ、そうだとも。この姿を見せるのは初めてだったか」


 そう、この声は部長の声だ。

 部長は猫であろうが、人の姿であろうが大体声は同じ。

 最初の面接の時に、女の姿にも成れるみたいなことを言っていたけれど、本当になれるんだ。


「童を相手にするならば、童の姿であればいい。私にとっては、姿形などさしたる意味はないのでね」


「そういうもんですか……」


 言わんとしていることは分かった。

 普段は猫としてアゲハの玩具になってはいるが、遊び相手とするなら同じくらいの子供の姿の方が都合がいいのだろう。

 きっとアゲハにとって、この病室は退屈なはずだ。寝て起きて食べて寝て……なんてサイクルは、とてもとても退屈だろう。


 だから、部長が遊び相手として来ていたんだろうな。

 きっと……今回、守ってくれた礼も兼ねて。


「どうです? あの子は」


「さっき寝た所だ。君よりは先に退院する見込みだよ」


「それは良かった。きっと、彼女に病室は退屈でしょうから」


「違いない。今日も散々文句を言っていたのでね」


 椅子を取り出して、部長の横へ。

 穏やかな寝息を立てる彼女の顔を見ながら、笑みを浮かべる。


「――――部長……僕の為に怒ってくれて、ありがとうございます」


 目線を、部長に向けて呟くように。

 アスカもタナさんも、下手に気を使うな、と言っていた。

 でも、お礼を言うくらいは、してもいいはず。


「構わん。部下を守るのは上司の務め。あの程度、それを果たせなかった罪滅ぼしにすらならんさ」


「しょうがないですよ。あんな敵が出てくるなんて思いませんって」


 罪滅ぼし……と言われても、自分はもう気にしてはいない。

 アスカにも言ったけど、状況が状況だけに、どうしようもなかったのだから。

 ただ……あの、敵の目的だけは聞いておこうと思い、口を開く。


「あの敵、なんなんです?」


「テロリストだ。世界廃滅を標榜する、我々の敵。君はそんなものと戦い、生き延びたのだ」


「運が良かった、としか言い様がない気がしますけどねー……」


 ――テロリスト、何らかの目的の為に、組織や国家に対する破壊工作を行う者。

 まさか、世界単位でのテロリストが存在していたとは思いもしなかった。

 そんなものと戦って、生き残れたなんて……運が良かった、としか。


「否。それが運であれ、実力であれ、生き残ったという事実は重要だ」


「――――――よくぞ、帰還を果たしてくれた」


 部長の紅い瞳に見つめられながら、その手が頭を撫でてくる。

 少しだけ恥ずかしいが、誇らしくもあった。


「さて……それでは、私は戻るとしよう。君はどうするかね」


 程なくして、部長が立ち上がった。

 この人も、仕事のある人だし忙しいはず。いつまでも彼女に構っている訳にもいかないのだろう。


「もう少しだけ、此処に残ります」


「そうか。では、また」


 部長に別れを告げて、またアゲハの元へ。

 よく寝ている、きっとたくさん遊んでもらったんだろうな。






 ―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――






「…………」


 アゲハの顔を見ながら、微笑みを浮かべる。

 この子が一緒についてきてくれなかったら、あの世界を守り切れなかっただろう。

 この子があの場にいてくれなかったら、きっと自分は何も出来なかっただろう。


 誰に聞かせるつもりもなく、その思いを口にする。


「……ありがとう。君のお陰で生き延びれた、あの刀のお陰で助かった」


「君の真名(なまえ)も、ちゃんと覚えてる。……いつかちゃんとお礼するよ。……ありがとう」


 その額を撫でながら、呟くように。

 すると、突然……彼女の口が開いた。


「……馬鹿め、そういう話はちゃんと起きてるときにせい」


 撫でる手が、固まった。

 こんな小っ恥ずかしい事、聞かせるつもりはなかったのに……。


「あ、あー……何時から聞いてた?」


「最初からじゃ。バカ」


「…………ごめん」


 ……全部聞かれてた。

 顔が、上気して真っ赤になっている気がする。……恥ずかしい。


「良い、赦す。赦すが故、側へ来い」


 ベッドから起き上がってきた彼女は、此処に座れとベッドの端を叩いた。

 その通りに、椅子からベッドへ、身体を移す。

 すると、彼女はその細い腕で、背中から抱きついて来た。


「……バカ。バカめ、愚か者め。人を辞めようなんぞ、お主には幾百年早いわ」


 頭が、背中に押しつけられる。

 ぐりぐりと、押しつけてくる。

 ……それに、手は細かく、泣いているかのように震えていた。


「ごめんってば……本当に、ごめん」


 ……ここ数日、謝ってばかりだが、仕方ない。

 この子も、こんなに心配してくれていたのだから、ちゃんと謝らないと。

 そうして抱きつかれたまま、彼女の文句に謝りながら、時間を過ごす。


 暫くして、落ち着いたのか彼女は抱きつく手を緩めた。

 そして隣に座り、少し赤くなった目で、じっとこっちを見つめて。


「――じゃが、お主はあの時諦めなかった。それだけは褒めてやる。今回はそれだけじゃ、それ以外は褒めてやらん」


「覚えておけ。諦めが、人を獣に堕とす。故に人道を外れ、外道。故に畜生と成り果てるのじゃ」


「諦めるなとは言わぬ。さりとて諦めを受け入れるだけの者は畜生同然。……努々、忘れるなよ」


「……うん」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 目が覚めてから14日。

 退院の許可が下り、明日退院することになった。

 その為の事前説明として、診察室にアスカと共に呼ばれている。


「今日はどうです?」


「特にかわりなく。食事も食べれてますし」


「それは良かった、大分安定してますからね」


 普段、病室で診察されるのと同じような会話。

 この2週間で、当たり前になってきたものだ。


 そんな雑談のような会話を経て、医師が本題を切り出した。


「で、明日は朝退院ということになりますが、その前にお話しないといけないことがあります」


「あんまり聞いてて気分の良いものじゃあないでしょうけど、大丈夫ですかね?」


 その問いかけに、頷き返す。何となく、言われそうなことも予測が付いていた。

 保護者のように横に座るアスカも同様だ。


「良いでしょう、では〝後遺症〟について説明しましょう」


 この間、タナさんが面会に来た時に僕の記憶を読み取ったらしく、それを元にこれまでの経緯の報告書を書いてくれたそうだ。

 それを元に、医師、看護師達がいろいろと検討した結果である、という前置きを踏まえつつ、担当医が説明を始めた。


 まず1つ、今回の騒動で借りた力があまりにも強大すぎて、魂を大きく変質させてしまったという。

 例えば、制服を着ていた時限定だったはずの、若返った姿……これが、固定化してしまったそうだ。

 その他にもいくつか制服についていた力が、魂に焼き付いてしまったという。

 後天的な加護が獲得できた、と言えば聞こえはいいが……。少なくとも、煙草はもう自分では買えない。

 

 今後どうなっていくか、普通に加齢するかどうかも含めて経過観察するという。


 次に、……あの教授が言っていた〝獣性〟というもの。

 それは、自分がいつの間にか心の内側に溜め込み続けた〝穢れ〟や〝澱み〟のようなものだという。

 物語や、テレビ番組等から構成した、他者の為の人格……それを造り上げる時に、切り捨てられた悪性や、自分が感じた苦痛を耐える度に削れていったモノが、徐々に徐々に凝り固まっていたもの。

 早く来てくれれば駆除出来たのに、とまで言われてしまった。


 だが今回、それも魂に深く根付いてしまった。

 魂の中にある自分の心と、同居するような状態になってしまっているとのことだ。

 言ってしまえばもう一人の自分、別の側面を持つ人格が構築されてしまった、ということらしい。


 多重人格……と言えるのかすら分からないし、コミュニケーションが取れるかどうかも不明。

 それが出てくるか、出てこないかも、現時点では分からない。

 これも、暴走の危険性を鑑みて要経過観察、ということになっている。

 上手く折り合いをつけましょう、と言われたけど、どうしろと…………という話でもある。


 最後に、これは後遺症と言えるのか分からないが、もう〝他人の為の人格〟を構築するのは難しいだろう、と言われた。

 ……自覚はある。

 これまではほぼ無意識で、その場に応じた適切な人格や反応を構築していた。

 幾枚もの仮面をその場その場で造り上げていたに等しい。


 それが、もう出来ない。

 やろうとするよりも、先に反応が起こる。

 人格を展開するための表層(レイヤー)が、燃え尽きてしまった。と言っても良い。

 とはいえ、嘘がつけず常に本心を話したりする、と言うわけでもなく、空気が読めない状態になった訳でも無い。普通の人と同じ程度まで戻った……と言えるのかも知れない。

 

 だが、心が、固定化された肉体年齢……中高生のそれに引っ張られる可能性も高く、これまで以上に泣いたり怒ったりしてしまうかもしれない、とのことだった。


「……これだと、前みたいに上手く仕事できないかも知れませんね」


 これまでは、アスカ達や、他の人達に合わせていられた。

 でも、今後はそれが出来ない。仕事をする上で、あまり上手く回らないかも知れないという不安。


 そんな呟きを聞いたアスカは。


「いいんだよ、それでも。仕事は皆でやるもの、でしょ?」


 といって、笑ってくれた。


「まあ、そんなところです。後は月に1度くらい経過を見ましょう。明日の朝、退院したらその日はそのまま帰ってくださいね」


「あれ、仕事しちゃダメでした?」


「うん、ダメ。自分の世界との関わりが薄れててもおかしくないし、少なくとも今週は休んだ方が良いですね」


「そういうもんですか」


「そういうもんです」


 ――――仕事に復帰できるまで、もう少し時間が掛かるらしい。

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