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第44話 これまでのこと


「とりあえずユキちゃん。無事で本当に良かったわ」


 タナさんが椅子を2脚引っ張り出して、ベッド脇に座る。

 まあ、でも無事って言われても何があったかまでは定かじゃない。

 その辺りの記憶が……まだ曖昧なままだ。


「ああ、はい……ありがとうございます。何があったか、いまいち記憶がぼんやりしてるんですけど」


「うん、聞いてるわ。本当ならちゃんと時間をかけて思い出すべきなんだけど……許可は取ってるし、アスカちゃん――良い?」


「ええ、やってあげて」


 うん?

 何かされるんだろうか。なんて考えてるうちに、両手をタナさんに握られた。

 この人の手、思ったより温かいな。なんて考えるうちに。


「アタシはタナトス、ユキちゃん。その名前を口にして」


 言われたとおりに、タナトスと口にした。

 でもこの名前、言っちゃいけないって言われたような……。


「――あ、あ……あ、あアァァあァァ――――!」


 その名前を呼び終えた途端。突然、握られた手から、何かが流れ込んで来た。

 深く深く、身体の奥底。魂の奥底まで、何かの根が張り巡らされるような感覚。

 その根が、封じ込められていた記憶を、暴き出した。

 気持ち悪くなるほどの目眩と共に、記憶の濁流が押し寄せて。


 ああ、今全部思い出した。

 何があったか、何と会ったか、何をしたか。

 全てを、思い出した。


「ちょっと、ターちゃん!?」


「――大丈夫、もう終わったわ。無理に思い出させてごめんなさいね」


 頭がクラクラする。

 吐き出しそうな嗚咽が漏れる。

 心臓が、大きく鼓動する。

 一気に汗が溢れ出し、身体全身を濡らしていった。


「はっ、はぁ……はぁっ……」


「大丈夫……? 雨宮くん」


「ええ、大丈夫、です……いろいろ思い出しました、ありがとうございます」


 全て、しっかりと思い出せた。呼吸も落ち着いてきた。

 だからこそ、気に掛かることも。


「あの、あの子……アゲハと、あの……テクノロジカ様は、大丈夫ですか」


「大丈夫よ。ユキちゃんが寝てた間に何があったか、説明してあげる」


 その後、アスカとタナさんが眠っていた十日間と、起きてからの八日間の間に何があったかを説明してくれた。

 あれから、あの教授と呼ばれた男は、獣使いを放置してあの世界を撤退したらしい。残念ながら、獣使いは死んでいたそうだ。


 自分については、アゲハとミラが自分を回収してくれたと言う。

 その後、鉄道管理局に掛け合って超特急の臨時便を飛ばし、アゲハと共に此処に担ぎ込まれた、ということらしい。

 アゲハは軽傷だが、一応同じく入院中、第9神(テクノロジカ)は無事に生まれてめでたしめでたし、という訳だ。


「――ああ、良かった。ほんとに良かった」


「良くないわよバカ! アンタね……ほんと、消え去る直前だったのよ?」


 ……まあ、タナさんには怒られそうな気はしてた。

 あの時、自分は命を捨てたつもりだった。

 それでも何か出来たなら良い、とまで思っていた。


 ただ、最後の最後。

 未練にまみれて死ぬのは嫌だ、なんて思ってたのは間違いない。

 生き残れて、ほんとに良かった。


「…………ごめんなさい、管理局とも繋がらなくて、あの時はそれしか……」


「……バカね。きっとアゲハちゃんもそう言うわ。今度しっかり謝っておきなさい」


「でも、ちゃんとアタシ達を頼ろうとしてくれたのは、正解よ。頑張ったわね」


 なんとなく、タナさんが怒ってる理由が分かってきた。

 この人は、自分の為に怒ってくれている。怒鳴り散らさず、冷静に。

 自分を大事にしろ、なんて甘ったるい理由じゃなく、自分の為に泣く人を大事にしろと怒っている。

 良い人だな、やっぱりこの人は。


「雨宮くん、本当にごめんなさい……絶対守るって言ったのに……」


「私は、私達は……何も出来なかった」


 アスカは、泣きそうな顔でそう言った。

 そういえば、出張前にそんなことを言ってたな。


 でも、あんな状況じゃどうしようもなかったのは事実だ。


 通信と兵站は戦争の基本。

 ストラテジーゲームでも都市間の連携は基本中の基本だ。それを途絶させるのも、また侵攻の基本とも言える。

 相手にしてやられた以上、どうしようもないのは事実としか言えない。


「良いんですよ、僕はちゃんと生き残れましたし。それにあの状況じゃ多分どうあっても間に合いませんって」


「ううん、今回の埋め合わせは必ずする。――――絶対に、何があっても」


 それだけ責任を感じてくれているのは、少し嬉しくもある。でも過ぎたものはきっとアスカにとって害になる。それは僕の望む所じゃない。

 ……そうだ、とっとと話題を変えよう。


「……そういえば部長は?」


 部長のこともしっかり思い出していた。

 初めて会った時は猫だった、神祇部の部長。さっきまでの説明に、一言も出てこなかったのが少し気に掛かっていた。

 このタイミングの話題には丁度良い。


「……あー。うん、部長は……えー、っとね、そのー……」


 うん?

 なんだか、アスカの口が重いような。

 それを見かねたタナさんが、笑いながら説明してくれた。


「今回の件でガチギレしちゃったのよねぇ。壮観だったわよ? いや、もー全盛期の頃って感じで、あれやこれやをちぎっては投げちぎっては投げ。流石にアタシが本気で止めに入ったくらいだもの」


「冗談ですよね?」


 部長がぶち切れた?

 あの人、怒りとかそういうものとは無縁な存在だと思ってたのに。

 っていうか、タナさんが本気で止める程大暴れした?

 ははは、そんなまさか。


「ううん……ターちゃんの言う通り。部長()……めちゃくちゃ怒ってぶち切れて、会議室10個くらいぶっ壊しちゃった、……てへ」


「うへえ……」


 ……なんちゅうことを。

 あの人も神の一柱だとは知っていたけど、どんな神なんだ……。

 しかも、会議〝室〟を壊すって。部屋を壊滅状態に追い込んだのか。

 うわあ……絶対……怒らせないようにしよう…………。


「まあ、あの天文部(ヘンタイ共)には良い薬よ。総務部からの請求もぜーんぶ天文部送りに決まったし、ユキちゃんの正規雇用も取り付けたもの」


「うん、だから……会っても変に気を使わないであげて。部長、気にしてたから」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「あ、そうだ。雨宮くんに渡すものがあるんだ」


 暫くの雑談の後。

 思い出したように、アスカが足下から大きな旅行用トランクを取り出した。


「なんです、これ。トランクですか?」


「そう、これは第9世界からの贈り物。開けてみて」


 テーブルの上にトランクを置いてもらい、その鍵を開けてみる。

 中身には、手紙らしい封筒が十数枚、そしてあの列車で、彼女にもらった刀が納められていた。


「手紙……」


「うん、君が助けてくれた人達からのね。後で読んであげて」


 助けた人……ああ、あの残ってた人達か。無事に逃げられたんだ。

 ……良かった。

 明日、という約束は守れなかったけど……。今度謝りついでに、会いにいこう。


「あと、そのトランクも君への贈り物だよ」


 このトランクも?

 アンティークらしい茶色の革張りで、持ってみてもそんなに重くない。

 この手の物は軽く頑丈に造るのが一番大変だって聞いたことがある、きっとすごい上等なものなんだろう。

 こんなものを貰える程の事をした、なんて実感はあまりない。


「随分上等なものを……そんな大したことしてないのに」


 素直にそういうと、彼女は首を振って、それを否定した。


「ううん、雨宮くん。君は、第9神(あの人)の為に、第9世界の為に、私達の為に戦ってくれた」


「だからそれは、君の為に、君の為だけに造られた、世界が認めたたったひとつの贈り物」


「……特注品……そんなすごいものなんですか?」


「うん。このトランク、持ってるのは君を含めて全世界に10人も居ないよ。ママは持ってるけど……それでも、滅多に造られないんだ。第9世界の人たちが、君の幸せを願ってるって証だよ」


 そんな大切なものをもらってしまっていいんだろうか……。

 世界に10個も無いものなんて、恐れ多くて使えない気がする。


「これに君が入れたものは、何があっても君のもの。神でも人でも、例え管理局であったとしても()()()()()()()()()()()()()()()()


「だから、ちゃんと使ってね。大切なものを入れておくのにはぴったりだから」


 ちゃんと使え、とまで言われてしまった。

 確かにこういう道具は、使わないと意味が無い。出張か、通勤か、そういう時にちゃんと使うことにしよう。


「それじゃ、アタシ達はそろそろ帰るわね。退院したらお祝いしましょう」


 もう結構な時間話し込んでいたようだ。

 二人とも仕事がある身、雑談に花を咲かせすぎるのも良くない。

 せっかく来てくれたのだし、外まで見送ろうと思ったが流石にそれは止められてしまった。


 記憶も戻ったし、退院するのもそう遠くないだろう。

 退院したら、また彼らと働けると思うと、心が躍る。


 あぁ……嬉しいな。

◆第9世界のトランク

 第9世界の技術の粋を集めて造られた旅行用トランク。

 この中に入れられたものはどんなものでも如何なる世界でも、トランクの所有者の所有物として認められます。

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