Extra-それぞれの視点:民
――――時は、僅かに遡る。
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そこは、地下の大工場区画。
分厚い防御壁を天井に備えた、有事の際の避難施設ともなるその場所には、逃げ仰せることが出来た地上の人々が、静かに時を待っていた。
地上では、今、大きな災害が起きている。何者かによる襲撃、何者かが呼び出した獣が、人々を食い荒らし、街を灼いていた。
「あのボウヤは大丈夫かねえ……」
避難民の一人、年の割にはしゃんとした老婆は、一人の少年の事を思っていた。
獣蔓延る都市に、その身ひとつで人の安否を気遣いに来た、少年のことを。
「わざわざあんな中、俺達の様子を見にくるなんてなぁ……」
老婆の周囲にも、同じように思う者は僅かに居た。
その数僅かに十数人。
されど、その全てが少年に説得され、その言葉に未来を見た人々。
「あの坊主は、ミラ様のお知り合いなんだろ? なら無事なんじゃないか」
「だが、今になってもあの坊主は降りて来てないぜ。どっか別の区画に避難できてりゃいいんだが……」
「でも、他の区画でも見た人は居ないって言うよ」
「……死んじまった、なんてこたぁねえよな……」
「バカ! 縁起でも無い、そんなこと言うもんじゃないよ!」
各々が各々に、その思いを口にする。
今彼らが知りうる情報から、あの少年の安否は確認出来ていない。
そこから生まれる諦観、諦めと悲しみが、その場を包み始めた。
「アタシらはあのボウヤと約束したじゃないか、信じてやろう」
それを一喝するように、一番年長である老婆が言う。
彼女は、確かに約束を交わした。
明日も飯を食いに来ると、あの少年は言ったのだ。
だから、あの少年を信じて待とうと。
「――――そう、大丈夫さ。彼ならね」
テーブルの向こう。のんきにもお茶を啜っていた優男が呟く。
一人で何かを納得して、微笑みを絶やさずに。
「アンタ……何でそう落ち着いてられるんだい?」
「そりゃあ彼は友達だからさ。怪我もしてるだろうし、辛い思いだってしてるだろうけど」
急須から茶を淹れながら、男は言う。
その振る舞いは、全く以て日常のそれ。非日常に包まれた空気の中で、最も異質な姿ともなった。
「それでも大丈夫だよ。彼がそうで在り続ける限り。だから、慌てず騒がず、彼がまた訪れた時には迎えてやってよ」
「さあ、お茶でも飲んで待ってよう。今はそれでいいんだからさ」
男の微笑みは、周囲の皆を安堵させるに十分なものだった。
今は、待とう。信じて、待とう。
それは祈りとも言えるような、人々の願い。
――――彼らの神の代行者が、その顛末を知らせに来るまで、あと数刻。




