第42話 輝ける星々の一撃をこの手に
……………………。
意識が、白濁している。
此処が何処だか、今、何が起きているのか、分からない。
もしかしたら、死んだのか。
死ぬ直前、脳はその溜め込んだ情報を整理し、消去する為に幻想を見せると言うけれど……。
今見ているものはそういったもの、かな。
「――――おや、君は……」
「久しぶり、という程でも無いが、こんな所まで来てしまったのかい?」
何処かから声がする。
聞いたことが、あるような。何処か、懐かしい声が。
「お茶を出すべきなんだろうけど、此処はあまり長居する場所じゃないよ、早く戻った方が良い。此処の力は、君の身体には毒だろうから」
声の主は、何処にいるのだろう。
周囲を見渡しても、白いばかりで何も見えない。
でも、この声の主は知っている。きっと、何処かで会っている。
つい最近か、それとも遠い遠い昔の事か。それがいつかは忘れたけれど。
「――――ああ、君は今、選択を迫られているのだね。それなら〝何時ものように〟状況を整理してみると良い」
「友達を悼んでくれた礼に、手伝ってあげよう」
その声が聞こえる度に、何処か落ち着くような気がして。
温かいものを飲んだ時のように、心が穏やかになっていく。
「ひとつは、あの男について行って世界を裏切る。これは単純な痛み分けだ。君は負けないが、勝てもしない。でも約束は守られる」
「もうひとつは、君の中にある獣を解放して、世界と契約した〝勇者〟になる。君は人間じゃいられなくなるが、それでもあの男は追い返せるだろう」
「単純な筋としては、この2つ。どちらも、君の旅の終焉を意味するが、それでも君の役割は達成しうるだろう」
「――――さて、どうする?」
提示された選択肢は、どちらも魅力的だ。
世界を守るのが、管理局の務め。
それが達成できるなら、どちらの選択肢でも構わない。
それに、先ほどまでの記憶を辿れば、もう自分の命はないも同然。
最期まで有効に使えるなら、それでいいと思っていた。
――でも、それでも。
そんな状況を認めたら、きっとあの子は泣くだろう。
そんな展望を望んだら、きっとあの人は嘆くだろう。
そんな選択を迎えたら、きっと自分は――
「……君はいつも第3の選択を目指すのだね」
「例えそれが、苦難と困難の夜を往く旅路だとしてもかい?」
声が、穏やかに、優しく笑うように響く。
その声に、小さく頷いた。
「ならば、私は君の友。君がその旅路を愛する限り、私は君の友で在り続けよう」
「私の名前は、次の機会に。それを知るのは今じゃない。君は今、星を知ったばかりなのだから」
星が、見えた。
何も見えない空に、ただひとつ輝く星が。
「そう。今は小さく儚いけれど、それでも夜を往くのなら、その星は君の友達だ」
声が、近くに聞こえる。
後ろから、温かな腕で抱かれるように。首に、胸に、背中に、熱が宿る。
「さあ、立って――――胸を張って歩き出すんだ、我が友よ」
「君の途は、今もなお、続いているのだから――――――」
―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――
「――さあ、選択したまえ。ミスター・アメミヤ」
急に、意識が引き戻された。
目の前には、あの上品そうな男。この男に、選択を迫られている所だった。
今までのは、夢か。それとも……。
いや、そんなことは、関係ない。
選択は、もう決まっている。状況も、展望も、どうでもいい。
残っている力を振り絞って立ち上がる。
右手には、彼女からもらった刀。まだ、しっかり握っていられる。
「――ふむ。残念だ――実に、残念だ」
男に頭を掴まれる。身体が浮き上がり、足は宙に浮く。
頭蓋は音を立てて軋み、まもなく砕かれるだろう。
それでもいい。選択はした。
だから分かる。今なら分かる。
口にすべき言葉も、願いも。
この服に、込められた想いの姿も。
「――――――僕は世界に冀う」
口から漏れる吐息と共に、心に浮かぶ言葉を唱える。
それは、誰かがかつて唱えた言葉。今は遠く、忘れ去られた古い詩。
「それは、紡ぎ織られた祈りの形。聖女の守護者たる魔女の願い。そのひとつを今、此処に」
頭の中で、歌が聞こえる。11人の、あの魔女達の歌声が。
11の祈りのひとつ、誰にも出来て、誰もが悩み苦悩する事。
〝何処かの誰かへ想いを届ける〟
ただ、それだけの為の特権を此処に借り受けて。
世界へ祈り、請い願う。
「それは絶望の果て、暗闇の果て、旅往く者の夜の果てに、燦然と輝く極点の星」
「最果ての海。最果ての荒野。苦難と困難を知りながら、それがどうしたと笑う声。きっと明日はいいことあるさと、空を見上げて歌う旅人」
「それは、14番目の僕の友達。旅する者の護り手にして、子供の夢を守護する者」
「それは、今は小さく儚いけれど。決して消える事の無い、最後の焔」
「今一度、人の身を以て、光輝の星をこの身体に――――」
男の腕越しに空を見た。
煙と炎に包まれた曇天、それでも見えるものはある。
遠く、小さく、儚いものだとしても、そこにあると知っている。
「リソース設定……全投入」
――ああ、自分が燃えるのが分かる。
炎ではなく、光になって。その光を、彼女からもらった刀に託す。
そうだ、構わない。全部全部持っていけ。
ただ、もし、願わくば。
もしも生きて帰れたら、彼女にお礼をちゃんと言おう。
あの子のお陰で、此処まで来れた。
その分くらい、残るといいな。
「さあ――掛かって来いよ、クソ野郎!」
――さあ、眼を開け。胸を張れ。大声で暗闇を笑い飛ばせ。
帰ってきたぞ、子供の夢が。
帰ってきたぞ、寝物語の護り手が。
「顕現せよ――〝輝ける星々の一撃をこの手に〟」
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
――――――ああ、終わった。
全て、終わった。
もう、目も見えない。この手も、最早残ってるか分からない。
自分が立っているのかも、分からない。
最後の最後、自分が自分でいられた、ということだけ分かっていられる。
それでいい。やるだけやった。
満足だ。これで死んでも、顔向けが出来る。
ただ後悔するなら……。
あの子との約束を果たせなかったこと。
新しいあの人に会えなかったこと。
あの店にもう一度行けなかったこと。
……他にも、いろいろ…………。
……ああ。考えると一杯あるなあ。
こんなにも、やりたかったことがあったなんて。
「……や、…………みや、……雨宮……!」
……あの子の声がする。近いのか、遠いのか。
お礼を言わないと。声は届くだろうか。
そうだ。
元気になったら、あの子をあの店に連れて行こう。
元気になったら、あの人に挨拶しに行こう。
そういえば、久しく煙草も吸ってない。
――クソ。
思い返せば未練ばっかりだ。未練と後悔ばっかりじゃないか。
ああ……あの子が泣いている。
ダメじゃないか、子供を、泣かせ、ちゃ……。
――畜生……いきたかったなぁ、……もう、少し……。




