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幕間 何処かの誰かの昔話

「ねえ、――――君は、どんな大人になりたい?」


 遠い昔の話。

 季節はそろそろ夏の終わり。神社の境内、拝殿(はいでん)の階段。

 周囲は誰かが花火をやったのか、少しだけ焦げ臭い。


 ほの暗くなってきた空を見ながら、隣に座る女の子が聞いてきた。

 その子は、少し前から一緒に神社で遊ぶようになった、髪の長い可愛らしい女の子で、名前はまだ聞いてない。


「んー、どうだろ。思いつかないや」


「じゃあ、大人になったらどんなことしたい?」


「……誰かの役に立ってみたいかなあ。僕、運動も勉強も得意じゃないから」


「そっか。頑張ってね! ――あっ」


 その子が、急に立ち上がって空を指さした。


「ねえ見て、あれ一番星だよ!」


「どれ?」


「あそこの、一番おっきく光ってる星!」


 その子の指先を追うように空を見る。

 遠い空の向こうに、ひときわ強く輝く一番星。


「それでね、あっちはオリオン座。昔のオリオンっていうえらい人を神様が星座にしたんだって」


「へー、くわしいね!」


 女の子と一緒に見た、夕暮れ時の星空。

 遠い空でで今も輝き続ける星々を、一緒に眺め、笑い合う。


「そろそろ暗くなってきたし、僕はもう帰るね。また明日遊ぼ!」


「うん!」


 階段からぴょん、と立ち上がり、女の子に別れを告げて。

 こんな日々が、何時までも続くと思っていたのに。


 暫くしてから、あの子は神社に遊びにこなくなってしまった。

 名前も結局、聞きそびれた。


 引っ越してしまったのか、それとももう一緒に遊びたくなくなったのか。

 今ではもう、わからない。

 でも、あの子と見た星空は、大切な宝物になった。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






「……――――」


 身体中が痛い。

 殴られた跡が、じんじんと痛む。

 肌が、嫌な汗や吐いた唾液でベトベトしていて気持ちが悪い。

 せっかくの制服も、泥だらけにされてしまった。


 周囲は、焼けた煙草と火薬の焦げた匂い。

 無造作に捨てられた花火のゴミが、今もくすぶっている。


 帰り道、誰かに気づかれるだろうか。

 誰かに見咎められ、何かを言われるだろうか。

 そんなことを考える余裕は、もうなかった。


 もう、涙すら出ない。

 もう、何も無くなってしまった。


 ――きっと、間が悪かったのだろう。

 見知らぬ誰かがいじめられているのを見つけてしまったから。


 ――きっと、機嫌が悪かったのだろう。

 生意気にも、見知らぬ誰かを助けようとしてしまったから。


 ――きっと、運が無かったのだろう。

 人目のない神社の裏手(こんなところ)まで、連れられて来てしまったから。


 それから繰り返される日々が、苦痛を伴うものに変わるとも知らずに、己の意思を優先してしまった。


 状況を正確に観察出来なかった。

 展望を遠大に熟考できなかった。

 選択を適切に選び取れなかった。


 全ては自分の責任だ。

 例え、全てに見放されたとしても、それは、自分の責任だ。

 ゲームオーバーという結果は、全て自分の選択から成るものなのだから。






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






 いつかの日、いつものように土の上で痛みが引くのを待つ。


 周囲にはやはり、煙草の匂い。

 昔は嫌いだったのに、今となっては……何時もの匂いだ。

 捨てられたゴミを片付けるのも、いつの間にか僕の役目になっていた。

 だから、もうこの匂いには、慣れた。


 ……今日は少し、痛みの引きが遅い。

 肩が特に痛むから外れたのかも。そうなると、落ち着くまで待つしか無い。


 壁に身体を預けながら、空を見た。

 特に、意味なんてないけれど。


 でも。


 ――遠くに、とても、とても遠くに……星が見えた。

 暗闇の中で、一条に輝く星が、見えてしまった。


 星というのは、かつてあった天体の影。照応する幻影の如きもの。

 大抵の星は既に無く、その最後の残り火が、遠く遠く幾星霜(いくせいそう)の時を経て、此処に届いているだけの現象。

 今は〝そこ〟に無いのに、今でも〝そこ〟にあるように見えるだけの存在(フェイク)


 そんな星を見て、気づいてしまった。

 気づいてはいけない、知ってもいけないことに、気づいてしまった。


 ――〝そう〟あるように見えるなら、それは贋作(フェイク)でもいいのだと。


 気づいてしまったら、もう後戻りは出来ない。


 身体から、痛みを取る方法を認識した。

 感情から、哀しみを除く方法を理解した。

 心から、苦しみを消去する方法を選択した。


 選択は、成ったんだ――――――






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 ――奪わ(ころさ)ないで。


 遠く、遠く、子供の声が聞こえた気がする。


『大丈夫、俺は君から何も奪わない。俺がその分、君の代わりになるから』


 子供の声に微笑みを返す。


 微笑みとは〝こういう表情(泣きそうな顔)〟で良かったかな。

 後で鏡を見て練習しなくちゃ。

 こういう時の声は〝この声(震える声)〟は大丈夫?

 あとで何かを読んで勉強しないと。


 だから安心して。

 俺は君の味方だから。



 ――――――――――――――――――……

 ――――――――――――――…………

 ――――――――――………………

 ――――――……………………

 ――…………………………



 ――それからの日々は、穏やかなものだった。

 何時もと変わりなく、何時もと同じ、静かで穏やかな日々。

 造り上げた贋作の偶像(ジブン)は、問題なく生きていける。


 喜びへの反応も、哀しみへの反応も、怒りも、楽しさも、全て相手の〝望む反応〟が出来るようになった。

 それが、穏やかな日々を作り上げてくれた。


 例え〝先輩(主犯者)〟がバイク事故を起こして死んだと聞いても。

 例え〝同級生(共犯者)〟が階段から落ちて大怪我をしたと聞いても。

 例え〝友達(同級生)〟が今更ながらに頭を下げに来たとしても。


 ――穏やかな日々はひたすらに続いていく。

◆神域

 神社仏閣、その鳥居や門で囲まれた内側は聖域であり、神域です。

 誰も見てないからって悪い事をするもんじゃありません。

 案外、見てるんですよ。神様は。

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