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第40話 今、やるべきことを


「名を……? なんでまた……」


「――良いから早く問え!」


 名を問え、と言われた。

 しかし、なんでまた急に……と思い聞き返すと、彼女は顔を赤くしながら怒鳴りつけてきた。


 ……アゲハは、アゲハだ。

 小さな、可愛らしい、そしてワガママな女の子だ。

 でも、それでも彼女は神でもある。

 神でもあるのなら、別の名……真名があるはず。


 ならば、今問うべきその名前は……。


「……貴女の〝真名()〟は」


 ――真名を問う。

 それを受けて彼女は、赤い顔のまま、優しげに笑みを浮かべた。


「それで良い……よくよく聞くが良い」


 そういうと、アゲハは鈴の付いた短剣を、りん、と振るった。

 途端、周囲の空気が変わったように、しんと静まり返る。


「――我が東方に三門在り」


「その名を陽明(ようめい)待賢(たいけん)郁芳(いくほ)と冠し、東方守護たる三門なり――」


「――我が南方に三門在り」


「その名を美福(びふく)朱雀(すざく)皇嘉(こうか)と冠し、南方守護たる三門なり――」


「――我が西方に三門在り」


「その名を談天(だんてん)藻壁(そうへき)殷富(いんぷ)と冠し、西方守護たる三門なり――」


「――我が北方に三門在り」


「その名を安嘉(あんか)偉鑒(いかん)達智(たっち)と冠し、北方守護たる三門なり――」


 踊るように、舞うように。

 歌のように唱える言葉にあわせ、切っ先を四方へと向ける。

 剣の柄から伸びた紐が揺れ、それに連なる鈴が鳴り。その所作に応じるように、ドームの四方に十二の門、淡い光で構成された大門が構成される。


 それに、彼女の舞いにあわせ、その姿が少女の姿から、妙齢のものへ。

 髪は床まで伸び、背も自分を少し上回る程に。

 状況が状況で無ければ、見惚れてしまうような、美しい女性へと成っていく。


 そして、穏やかに鼻に届く薫香。これは……沈香のそれだろうか。

 普段のアゲハからも似た匂いはしていたが、これはもっと艶やかで、複雑なもの。


 それは、典雅(てんが)にして格調高雅(かくちょうこうが)

 主たる者、高貴なる者の姿だった。


()は四神(おう)する大門にして、内裏(だいり)警固(けいご)十二門――」


「――ならば今こそ我が〝真名()〟を(かえ)し、(なれ)の想いに応えよう!」


 剣が、地面に突き立てられた。

 舗装された地面に、するり、とその切っ先が収まって。

 刹那、剣から四方、そして天上へと向かって光が(ほとばし)る。


「その名は〝永焉(えいえん)〟! 日、出(ひ、いず)る国の巫子(みこ)にして、栄華開きし都にて、その平安を司る者!」


「――――此より我が声、我が言葉、皆々(ちょく)と心得よ!」


 ああ、そうか。

 彼女が、かつて自分を末裔と呼んだのは。

 遠い遠い昔、彼女は……。


「いざや此の地に内裏(だいり)()して、四神の護りをもたらさん!」


「――顕現、特権領域・平安宮(たいらのみや)!」


 今此処に、かつての都の中枢たる内裏(だいり)が顕現した。

 四方、十二の門は閉じられ、結界に守られたこの場所は彼女の特権が及ぶ場となった。

 一般人である自分にも分かるほど、この場の空気は澄んでいる。これならあの零落神であろうと、入って来れないだろう。その上、門の周囲にはかつて彼女に仕えていたらしき、兵士達の影も見える。


 しかし、いくらなんでもこれほどの大規模な結界を行使するのは……。


 ――その刹那、彼女は胸を押さえて座り込んだ。

 口の端からは血らしきものすら、溢れだしている。


「アゲハ!?」


「……気にするな、これくらいの代償は覚悟しておったわ……! それよりお主は、為すべきを為せ!」


 駆け寄ろうとするが、その声に静止された。

 やるべき事をやれと、そう言って。


「――わかった!」


 それなら、今やるべき事は避難民の誘導だ。彼女から貰った刀もある、多少の交戦なら、ドーンから受けた訓練を思い出せばこなせるはずだ

 ドームの外に着けたバイクに奔り、街へと急ぐ。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






 街の姿は、昨日までのものと違って、凄惨たるものだった。

 燃えさかる建物の周りには、既に息絶えた人々が倒れていた。その亡骸は、最早……言葉には出来ない。


 ……心が軋む。

 彼らの顔を知っているから、昨日までの姿を知っているから、身体の奥底が締め付けられるように痛む。

 でも、今彼らを悼む暇はない。今、やらなくちゃいけないことはそれじゃない。

 大切なものがこぼれ落ちていく感覚が、自分の理性を研ぎ澄ます。


 ……ある程度周囲を見回ったが、生きている人は見つからなかった。この辺りの人々は、生きていられた人々は逃げられたものだと信じて、もっと先へと向かう。

 そして大通りを抜けて、あの食堂の辺りまで来てしまった。此処はまだ被害が少ないようだ。人の姿も、人だったものの姿も見えない。あの零落した獣の姿も、この辺りには無いようだ。

 食堂の前を通り過ぎる時、中に誰も残ってないことを祈って、覗いてみると……老婆が、座っていた。

 逃げる気すらない、とばかりに箒を持って座り込んでいる。


 なんで、なんで逃げていないんだ……!!


「お婆さん!」


「アンタ……良く生きてたねぇ! 何か食べるかい、簡単なものしか作ってやれないが……」


 バイクを降り、食堂へ駆け込む。

 すると老婆の張り詰めていた表情が、僅かに和らいだ。驚きの表情の中に、何処か安堵の笑みを浮かべている。

 何か食べるか、なんて聞いている場合じゃ無いだろう……!


「何で逃げてないんですか! 今、外がどうなっているか――」


 まくし立てるように叫ぶ。今は一刻を争うんだ。

 この人だって、外が今どうなってるかは理解してるはずだ。

 このままこの場に居たら、自分がどういう結末を迎えるかも分かっているはず。

 それなのに、何故か老婆は首を振った。


「――分かってるよ、分かってて此処にいるんだ」


「うちは飯屋だ、こんな時だって飯を食いに来る奴がいるかもしれない。その為には誰か一人でも残ってなきゃいけないだろ?」


「アタシゃ何十年と此処で飯屋をやって来たんだ、死んじまった旦那とね。それをたかだか畜生如きの為に逃げ出せるかい!」


 老婆の目には、決意と覚悟が滲んでいる。

 この店と心中しようとでも言うのか。


「――アンタは若いんだ、ババアなんぞに構ってないでとっととお逃げ」


 ……ダメだ。

 こういう目をした人に、命を大事に、なんて言っても通じない。

 命の大切さを知った上で、それ以上に大切なものを守ろうと決めた目だ。

 生半可な、言葉なんかじゃ通じない。

 こんな時でも、一部冷静に働いている思考が、そう言っている。


 それなら……。


「でも、それじゃ……! 明日、俺は何処で昼を食べればいいんですか……!」


「貴女は〝此処は飯屋〟だと言った! なら明日も店を開けなくちゃいけないんじゃないんですか!?」


「俺は、〝明日〟も此処に来るつもりなんです、だから――」


 何事もなく、全てを見届けたら……本当に、明日も此処に来るつもりだった。

 アゲハを連れて、旅立つ別れを伝えに来ようと思っていた。此処の食事は美味しいんだと、彼女に教えてあげるつもりだった。


 だが、今となっては……もう無理だ。

 明日、此処に来れるとは思っていない。自分が無事だったとしても、此処で食事を出来る状況ではないだろう。それくらいの被害が、街には起きている。


 ……だから、これは嘘だ。

 いくら卑劣であろうとも、この状況下では手段を選んでいられない。


「……全く、馬鹿だねぇ。アンタは……。明日は臨時休業でのんびりしようと思ったのに、そこまで言われちゃ……明日も店を開けるしかないじゃないか……」


 その言葉を聞いた老婆は、俯いて声を震わせた。

 ……泣いているのか、床に水滴が垂れ落ちていく。


「――外に、俺が乗ってきたバイクが停まっています。それを使って、地下の工場区画へ逃げてください。ミラさんが避難者の誘導に当たっています」


「……アンタはどうするんだい?」


「この近辺をもう一回りしてから、向かいます。この通り、自分の足がありますから、別の乗り物を探します」


 老婆をバイクの元まで誘導し、乗り込むのを見届ける。

 自分の帰りの足は無くなるが、それこそ自分の足がある。そういえば、きっと納得してくれるはずだ。


「……そうかい。じゃ、明日必ず来るんだよ。アタシはずっと店開けて待ってるからね。そうでなきゃあ承知しないよ!」


 老婆に向けて頷きながら微笑みを返す。

 もし叶うなら、また此処で食事をしたい。そう思いながら、走り出したバイクを見送った。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 それから、自分の足を使って、出来る限り周囲を見回った。

 片手には、アゲハから貰った刀を持って、最大限の注意を払いながら。

 あの老婆のように、自らの生きてきた場所に残って戦おうとする人が僅かに残るばかりで、彼らをどうにか説得して、地下へと逃げて貰った。ある程度顔を知っていたことが、功を奏したと言える。


 自分の手が届いたのは、たったの十数人。

 ……たったそれだけしか、届かなかった。


 ――もう、戻ろう。

 そう考えた直後、瓦礫の影から助けてくれ、という声が聞こえた。


 まだ、生存者がいる……!


「大丈夫ですか!」


 声を上げ、瓦礫を回り込んでその向こうへ回ろうとした時――


「――ッハ! ヴァーカ!」


 目の前に、口を大きく開けた、あの黒い獣が迫っていた。

◆なぞらえの概念

 AにBの要素が見いだせるならAはBと同じものである。

 とする呪術の基本的概念のひとつです。

 例:私は邪神を倒す使命を負っているので、私に相対するなら、お前は邪神の一部。ならば邪神狩りの剣はお前に効果あり!

 というこじつけに等しいものですが、呪術においては〝実に〟有用です。

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