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第35話 技術の理想郷


 見せられている風景は、まさに無数の知恵と技術の結晶体だった。

 戦艦の船渠(ドック)のように見える場所もあれば、鉄と鋼を鍛え剣を打つ場所もある。

 コンピューターらしき端末の前では、様々な種族の科学者らしき人々が、熱心に何かを計算しているようにも見えるし、また別の場所では、魔術師らしき出で立ちの人々が、立ち並んで討論しているようにも見えた。


 全ての人々が熱心に、真剣に取り組んでいるのが分かる。遠くからでも、その意志は感じられる程の〝気力〟が伝わってくる。

 これが……第9世界の心臓部…………。


「これが地下の大工場区画じゃ、管理局にも〝間貸し〟しとるがの」


「他にもな、ほれ!」


 老人が端末を操作すると風景は一転して、大規模な平野に変わった。

 そこでは農夫らしき人々が、熱心に畑を耕し、果樹を育て、家畜を育てている。

 規模もそこらの農場とは訳が違う。国ひとつ、大地ひとつ全てを費やして、ただその為だけに励んでいるように見えた。


「今見せているのは第9世界の世界群じゃよ。君の第7世界や他の世界とは違って、此処では世界群は全て技術系統別に管理されておる」


 端末が操作される度に、風景は切り替わっていった。

 牧場や農場のような農業に特化した場所だけではなく、建築などの技術の為に創られた世界が見えてくる。


「こんな感じで、各技術系統に適応した世界群と、この基幹世界の大工場でわしらは他の全ての世界を支えとるんじゃ」


「どうじゃ、驚いたじゃろ!」


「ええ、……とても」


 胸を張る老人に、小さく頷き返し。

 これほどの、ただ技術のみを追い求める情熱が、目の前の老人にも、その向こうに見える人々の中にも燃えたぎっている。

 目を奪われる程の熱い魂がこの場に満ちているからこそ、多くの言葉で語るのは失礼とすら思えた。


「この世界はな、幸彦くん! あらゆる技術の理想郷なんじゃ!」


 端末を操作しながら、老人は振り返って笑った。

 その笑顔には、自信と決意が満ちあふれているように感じる。

 理想郷、という言葉に恥じない程の世界を、此処まで何代にも渡って造り上げたという自負がそこにあった。


「この第9世界は12の世界全てに対して開かれておる。どの世界からでも、例え世界を渡る術を知らなくても、必要がある者は、その()()()()を持った者は、必ず此処に辿り着く!」


「その為に此処がある! その為にワシがおる!」


「此処で生まれた全ての技術は、巡り巡って何時か全ての世界にもたらされる!」


「全ての世界に住む命、人類、生命体……その全てにとって、必要な技術をもたらし、そして支える! ただそれだけのために戦い続ける者達が居る! それが此処、技術の理想郷(テクノロジカ)なんじゃよ!」


 老人の言葉には、断固たる意思がある。

 瞳には、老境に至ってなお輝く炎がある。

 生きとし生けるもの全ての為に、戦い続けるという鋼の意思がある。


 これから数日のうちに、死を迎えようという存在の言葉とも思えない。今よりも先を、その果てを目指す男の言葉だった。

 この老人の何処に、そんな気力と熱い意志が眠っているというのだろう。


 ――ふと、頬を温かいものが流れているのを感じた。

 何故かは分からない。熱に浮かされたのかすらわからない。

 ただ一筋、頬を伝わる熱を感じている。


 その様子を見た老人は、ただ笑うだけだった。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






「おっと、そろそろ幸彦くんを帰さんとミラに怒られてしまうわい」


 ふと、老人が思い出したように呟き、また端末を操作する。

 すると周囲は元の壁面に戻り、先ほど下ってきた階段も元のように現れた。

 そしてまた、ひょいひょいと先に階段を昇って行ってしまう。下る時もそうだったが、昇る時もまた元気な足取りだ。


「ああ、そうじゃ幸彦くん。〝3日後の夜〟に一杯やらんか?」


 階段の途中、足を止める事無く老人が言った。

 酒のお誘いだろうか。まるで仕事帰りに一杯引っかけていこう、みたいなノリでのお誘いだ。


「自分、酒は飲めませんが……それでもよければ」


 この時、自分が酒を飲めない事を少しだけ、後悔した。

 この〝人〟と酒を酌み交わす事が出来たら、きっと……立場を超えた、良い友になれる気がしたからだ。

 例え、あと数日で居なくなってしまう相手であるとしても……出来ればその酒に付き合いたい、と思った。


「なあに構わん構わん。この世の名残に付き会ってくれれば良いだけじゃわい」


 なんでこの人は、そんな朗らかに言ってのけるんだろう。彼の言葉の一つ一つに、心の中の何かが動く気がしてしまう。

 しかし、いや、だからこそ……そこの人に惹かれるものがあるのは間違いない。


 先ほどの東屋まで辿り着くと、彼はよっこらしょとばかりに椅子に腰を下ろす。


「すまんが見送りは此処までじゃ。それではな、幸彦くん! 3日後に会おう!」


「ありがとうございます。では3日後、楽しみにしております」


 老人の見送りを受けて、元来た草原の道を引き返していく。

 閉じられた扉に近づくと、それは勝手に開いて、元の金属製の床が広がるドームへ続く道が現れる。

 そして、扉の先にはミラが控えて待っていた。


「……テクノロジカ様は大層お喜びです。雨宮様、ありがとうございました」


「いえ、自分も……あの方とお会い出来て良かったです」


 深々と頭を下げるミラに、答えるように此方も頭を下げる。。

 ミラは、優しく微笑んで――先にアゲハが向かっていった方向、とは別の方を指し示した。


「では、こちらに。雨宮様を歓待の場にお連れする前に、もう一ヶ所ご案内するよう、とテクノロジカ様より仰せつかっております」


 何か、まだ見せたいものがあったのだろうか。

 それなら、最後まで見て見たい。

 ミラの足取りにあわせ、その場所へと向かっていく。






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






 辿り着いた場所は、多くの……何処かゲームに登場する回復ポッドや、宇宙船の冷凍睡眠装置のような雰囲気を思わせる筒が、数多く並んでいた。

 その中には……人の姿をしたモノが、液に浸された状態で浮かんでいる。


「ここは……」


 見た感じだけでは、何処となくグロテスクなようにも見えなくは無い。

 しかし、悪いモノとも思えない。浮かんでいるそれは、良い夢に微睡んでいるようにも見えた。


「神造人類、……別名、バイオノイドの誕生区画です」

 

「バイオノイド……?」


 バイオノイド……語感からなんとなくだが、意味は想像出来る。

 その想像を裏付けたのが、ミラの説明だった、


「初代のテクノロジカ様が、かつての大戦後に、この世界にたった一人残った人類種を存続させる為のパートナーとして、お造りになられた新たな人類種です」


「そうですね……第7世界における、アダムとイヴにおける〝イヴ〟と言えばお分かりになりますか?」


 彼女の言葉に、頷き返す。

 アダムとイヴと言えば、旧約聖書に登場する最初の人類だ。神が創造したアダムのつがいとして、イヴが創造された、と言われている有名な神話。

 知っている神話ではそれ以外にも、国造りや創世の神話というのはあるけれど、世界的に有名な神話のひとつだ。


「あの方は〝罪滅ぼし〟と仰いますが……その後、何年も掛けてこの世界の人類は数を増やしました。今ではバイオノイドと人類の区別はほぼありません。寿命や体格の差異は勿論、性機能による生殖も可能です」


「……私やアスカのような者、また兵役に就くための者については、一部例外がありますが」


 たった一人しか残っていなかった人類を元に戻す為に、そこまでやるなんて。

 あの老人もそうだったが、人類……生命体に対して強い思い入れがあるのだろう。もしかしたら、神々の大戦で失われた様々な物への……罪悪感、とかだろうか。


 それはそれとして……、此処がアスカの出身地とは聞いていたが、彼女がバイオノイドだとは知らなかった。

 考えてみれば、その辺の身の上話なんて聞いた覚えがない。


「アスカさんは、此処で?」


「……あの子は私の母胎を用いて誕生した子です。ですから……――私はあの子の母親、とも言えますね」


 なるほど、道理でミラとアスカは似ている訳だ。

 外見的に、というより雰囲気に似たものがある。

 その経緯はさておき、少なくとも自分には親子の繋がりがあるのだと思える。

 アスカ自身が、どう思っているかは知らないが……。


「そうでしたか……、いつもアスカさんには面倒を見てもらっています」


 改めて頭を下げる。上司のご母堂(ぼどう)、となれば礼儀は尽くすべきだ。

 すると彼女は、楽しそうに微笑んだ。その口調には、これまでの儀礼的なものではなく、穏やかな慈しみがあった。


「――――どうやらあの子は彼方(あちら)で楽しくやっているようですね。でも、たまには帰ってくるよう伝えて下さいな」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「おぉい……あめみやぁ……まっとったぞ……ぉ」


 ミラの案内で元来た道を引き返し、アゲハの居る案内される。

 ……そこにはぐでんぐでんに酔っ払ったアゲハが居た。テーブルには酒瓶が何本も並んでいる。何本飲んだんだ、あれ。


「良いんですか? あれ……」


「神に年齢は関係ありませんもの。それに寝る子は良く育つっていいませんか?」


 ミラはただ微笑むだけだ。その表情には悪意はないが、作為は感じられる。

 うん、これは……なるほど流石アスカの母だ。初対面とはいえ、アゲハのような子供の扱いは、彼女より一枚上ということだろう。


「あめみー……しゃくー……」


 近づいて見てみれば、もう瞼がトロンと蕩け落ちている。ほぼ意識が無いと言っても良い。

 流石にこれ以上飲ます訳にも行かないだろう。側に控える歓待役らしき人も、もう酒を注ぐ気はないようだし。


「すみません、せっかく色々ご用意頂いた所ですが、ここで失礼させて頂きたく……この街にホテルはありますか?」


 此処でほっとくわけにもいかないので、彼女を寝かせにいこうと決め、ミラに頭を下げる。

 ミラは元からそうなるだろう、と予測していたかのように笑みを浮かべていた。


「はい、そう仰ると思い、外に車を待たせてあります。その者に案内して貰うと良いでしょう。ホテルでは私の名を出して頂ければ通じます」


「……何から何までお手数おかけします」


「それでは、あの方とのお約束の日に、改めてお迎えにあがります。それまではどうぞ、この街で自由にお過ごし下さい」


 うん、やっぱり上手(うわて)だこの人は。

 アゲハへの対処から何から、彼女の手のひらの上、かもしれない。

 下手に怒らせ無いように気をつけよう……。

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