第33話 到着、第9世界
コンパートメントへ戻り、暫くの間、満腹による微睡みに浸っていたところ、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「お客さん、お休みの所恐れ入りますが、切符を拝見させて頂きたく」
扉を開けて中に入ってきたのは車掌だった。ぴったりとした制服を着込み、帽子を目深に被っている。
乗車時の車掌とは違う人のようにも見えるが、帽子のせいか、表情がいまいち伺い知れない。
「はい、お願いします」
笑みを返しながら、2人分の切符を見せると、彼は乗車時の検札と同じように切符にハサミで切り込みを入れる。
パチリ、パチリと独特な音を立てるそれは、列車の内装も相まって何処か郷愁を感じさせた。
「どうも。しかし珍しいですね~、お客さん。こんな時に第9世界へ行かれるとは」
「そうなんですか?」
検札を終えた切符を差し出しながら、車掌が話しかけて来た。
言われてみれば、車内で他の乗客を見かけた覚えが無いし、乗車時にもこの列車の側は空いていたような。
「いやぁ、代替わりが終わるまでは加護が弱まりますから、何か用事でもなければ神も人もあまり近寄りません。まあ代替わりが済めばお祭りでごった返すので、お客さん達みたいに、今のうちにって方もまれにおられますが、はい」
なるほど、神格の代替わりとなれば、その力が弱まるのも道理だ。
その世界の大黒柱を据え代えるようなものだろうし、加護の規模、というのはいまいち分からないが、弱まるのも頷ける。
とはいえ、多少の揺らぎがあったところで、何かトラブルが起こる、というわけでもないはずだ。大規模な災害が起こる、なんて状態なら、この列車だって動いていないだろう。
「こやつは管理局の務めで行くのじゃ。わらわはその付き添いよ。お主、来たついでに窓を開けてはくれんかの?」
「そうでしたか、そりゃどうもお務めご苦労様です。ではお開けしましょう、それではちょっと失礼をば」
アゲハが何故かドヤ顔で言う。仕事に行くのは自分なんだけどな。
ともかく、それを聞いた車掌が身を乗り出し、シャッターに手を伸ばして窓を開けてくれた。
すると、その窓の向こう。ガラスを隔てた先には……。
――満天の星空。
いや、星空……なんていう表現が適切かどうか。暗く深い闇の中、無数の星のような煌めきが、流れては過ぎ去っていく。
まるで、かつて本当の幸福を願った詩人の思い描いた〝銀河鉄道〟のようだ。
「おお……これは、見事なものじゃ……」
「あの輝いてるものは〝世界の欠片〟と言いましてね、あれらひとつひとつが、かつて存在した世界のものなのだとか。私にも詳しいことはわかりませんが、まあ綺麗なのは違いありません」
窓の向こうの景色に見とれていると、車掌があの星のように見えるものについて説明してくれた。
かつて存在した世界の、言ってしまえば成れの果てのようなもの。それが、無数にこの世界と世界の合間に散らばって、今もなお輝きを放っている。
今は無くても、存在したことを示す証。それがこの星の煌めき。
――こんな綺麗なものを見たのは、何時ぶりだろう。
ガラス窓を開けて、そのまま身を乗り出して、あの煌めきのひとつに触れる事が出来たら、とすら思えてしまう。
その時、不意に車掌が大きく咳払いをした。
「おっと、いけない。次の停車駅は終点、第9基幹世界テクノロジカ。到着はおよそ3時間後です。何かご入り用の際はお申し付け下さい」
彼は一礼して、扉を開けて出て行った。
先ほどまでの眠気も、今ではすっかりと抜け落ちているし、目の前のアゲハも今は窓の向こうを見て目を輝かせている。
今暫く、こうして窓の向こうを眺めていても良いだろう。
到着まで、まだ3時間はある。
―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――
「おお、そういえばお主に渡しておく物があるのじゃ」
窓の向こうを見ていたアゲハが、不意に何か思い出したように、懐から白い布に包まれた長細い物を取り出した。
「何?」
「ふふん、開けてみよ。わらわからの贈り物じゃ」
受け取って布を解いていくと、其処には20cm程度切れ目の入った白い木の棒……白鞘の短刀があった。
任侠映画に出てくるドス、のようなものだが、単純な外見故に、手の込んだ仕事が為されているように感じられる。鞘から抜いてみれば、その刀身は乱れの無い美しい波紋を刻み、白銀に輝いていた。
これは、名工の仕事だ。きっと創造部の職人達が鍛えたものだろう。
「護りの刀じゃ。懐に入れるなりして持っておくが良いぞ」
「あ、ありがとう……でも何で刀を?」
「うむ、刀は古くより魔を退け邪を祓うもの、また縁を〝切り結ぶ〟もの、と言われておるからの。こないだの礼と、わらわとの縁の証という奴じゃ。柄にはわらわの髪を納めておる故、大切にするんじゃぞ」
ニコニコと笑いながら、割ととんでもない事を言う。
髪が入ってる時点で、ヤンデレ的な意味合いの危なっかしいアイテムが思い浮かぶが、相手は神……彼女の場合には聖遺物や御神体みたいなものだ。
……とりあえずありがたく受け取っておこう。少し長さはあるが、ジャケットの内ポケットには入りそうだ。
「昔、わらわが造らせた刀もあったんじゃがのー。焼けたりなんだりで残っておるものはあんまりない上に、それはお主にはちと過ぎるじゃろうと思っての」
「ありがとう、大切にするよ」
受け取った刀を、また布に包んでジャケットの内側にしまう。
少しだけ、胸元が温まるような気がした。
―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――
アゲハとの雑談を交えつつ時間を潰していると、何処からとも無くアナウンスが鳴り響いた。
『まもなく、第9基幹世界テクノロジカの境界に突入します。この先、若干の揺れがございますのでご注意下さい』
アナウンスにあわせて、列車が少し加速したのか、ガタンと強い揺れが起きた。
窓の外を流れる景色が、速度を上げ、光の粒が、光の線へと代わり、徐々に窓の外が白い光に包まれていく。
――突如、強い光と共に、風景が一変した。
窓の外、眼下に見えるのは風に揺らぐ、青々とした草原。
遠い向こうには、山脈の峰。
車両は空中を走っているのか、草原には車両の形をした影が落ちている。
此処が、第9基幹世界なのか……。
創造部以上の大規模な工場があるような雰囲気は無い。アスカが言っていたように、想像していたイメージとは大きくかけ離れていた。
「ほー! 第9世界とはこういう世界なんじゃの!」
アゲハが、窓に身を乗り出して外の風景を眺めていた。
クリスマスに連れ出した時や、先ほどの煌めきを見た時のように、無邪気にその瞳を輝かせて。
「なんだか、穏やかな所だね。もっとホコリっぽいと思ってたよ」
「わらわもじゃ、あのアスカの出身地というからな」
まもなくして、列車がゆっくりと降下を始める。
その行く先には、大きな円形状のドームがいくつか連なった建築物がある。鈍く光を照り返す、金属製と思わしき外壁の建物、きっとそこが駅なのだろう。
降下にあわせて速度を落とし始めた列車は、ドームに開かれた口に向かって進入していった。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
ドームの内部は、その外部とはかけ離れた科学的な近代設備が立ち並んでいた。
床を清掃するロボットや、自販機、エスカレーターなど、見たことのある設備もあるが、意図の分からない機械類もある。内装はつや消しが施された金属パネル製になっており、宇宙船の内部、といった雰囲気を思わせた。
『長らくのご乗車お疲れ様でした。まもなく終点、第9基幹世界テクノロジカ、テクノロジカに到着致します。どなた様もお忘れ物の無きようお願い致します、またのご乗車をお待ちしております』
アナウンスにあわせるように、列車が更に緩やかに速度を落とし、停車する。
……ついに、全くの異世界……9番目の世界に到着したのだ。
「よし、降りるぞ雨宮!」
アゲハが座席から立ち上がり、扉を開ける。
乗車口には先ほどの車掌が待ち構えており、こちらが下車するのを待っていた。
何時までも居座っていたら邪魔になる、早いところ降りることにしよう。
「どうぞ、お気を付けて。お荷物はあちらにご用意してあります。――それと、お待ち合わせの方が」
下車する際に車掌が指し示した先には、カートに乗せられたキャリーバッグが既に用意されていた。
そして、その隣に。
肩程までに整えられた深い緋色の髪、何処かアスカを思わせる、端正な顔立ち。
そして淡く深い紫……滅紫のスーツを着た女性が立っていた
「――お待ちしておりました、雨宮様、アゲハ様」
彼女が、厳かに両手を自身の腹に据え、頭を下げる。
「管理局の通達を受け、お迎えに上がりました」
「第9基幹世界テクノロジカ、神権代行者のミラ、と申します。どうぞ、以後お見知りおきを――――」




