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こちら異世界管理局! ~World Wide Watcher's~  作者: 坂神 凜
1-2 第7世界のクリスマス
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第29話 だれかの、こえが


「――――バカね。前にも言ったでしょう? ()()()()()()()()()、って」


 ……こ、え、が、……す、る……?


「雨宮くん!!」


 その、こえ、は……。

 しって、いる……こえ。

 あっ、た、かい……こえ……。


 おとこの、ひとの、こえ……。

 おんなの、ひとの、こえ…………。


「――離れなさい」


 聞いたことのある、男の人の声と共に。

 身体に、意識に、少しだけ、熱が戻ってきた。

 あの夫婦の怨念が、自分から離れていく。

 誰、だろう……。


「アレの始末はアタシがやるわ。アスカちゃん、ユキちゃんを頼むわね」


「ええ、お願い!」


 いつの間にか、側には真っ赤な車。そして自分の前には男の人がいて。

 隣には自分を揺さぶる女の人がいた。


「雨宮くん、雨宮くん!!」


 身体を何度も揺さぶられる。

 揺さぶられても、声ひとつ出せそうにない。

 そんな必死にならなくても、……これは仕方の無いことなのに。

 ほっといてくれたって、良かったのに。


「大丈夫、大丈夫だから! これ、飲んで、早く!」


 取り出された小瓶を、そのまま口に押し込まれる。

 舌が、動かない。液が流れ込んできても、喉を落ちていかない。

 ただ、口の端から流れ落ちるだけ。


「――ああ……!! ……ごめんね、大丈夫、だから、ね……!」


 彼女は、その瓶を自らの口に運んで。

 そのまま、飲ませてくれた。

 口の中に、濃厚な……蜂蜜のような甘さが、広がっていく。さっきは飲み込めなかったのに、何かに押し込まれるように、喉へと落ちていく。


 すると、先ほどまで痛みや寒さでしびれていた手足や身体に熱が戻り、意識も徐々に明瞭に。

 今、何が起きているのかを判断出来る程に、戻ってきた。


 目の前には、なぜかアスカの顔。そしてその向こうには、タナさんがいる。

 その先には、先ほどまで自分にのし掛かっていた……あの、夫婦の怨念の姿。


「あす、か……さん……?」


「ああ……! 良かった、雨宮くん……」


「あ、あり、がとう……ございます。でも……」


「説明は後! 車に乗って! この中なら安全だから!」


 何かを言う間もなくアスカに車に押し込まれ、身体をぎゅっと抱きしめられる。

 視線を少しずらすと、あの怨念だけではなく、無数の……死霊のような、怨霊のようなものが、いつの間にか、坂を埋め尽くすようにひしめいていた。

 そして、その中央には、タナさんがいる。


「あ、あの……」


「この中なら安全だから、ね。大丈夫、安心して……」


「そうじゃなくて……自分は大丈夫ですから、あの人を……」


 いくらタナさんでも、あの量の死霊を相手にしたら分が悪いような気がして。

 座席に身体を預けながら、目線をアスカへと向ける。

 しかし、彼女は首を横に振った。


「大丈夫、ターちゃんなら……タナトスなら、あんなものに負けるはず無いから」






 ―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――






「――アンタら、ウチの子に手ェ出して…………タダで済むと思ってんじゃないでしょうね」


 窓の向こうには、無数の死霊に囲まれたタナさんの姿。

 それでもタナさんは何時もの様に優雅(エレガント)たれ、と立っている。


『――イノチ――イノチ』


 鳴り響くように聞こえる死霊の声。

 その声を聞く度に、身体から熱が奪われるような感覚さえしてしまう。

 でも、今は抱き締められているからか、落ち着いていられる。


「邪魔よ、消えなさい」


 ――タナさんが指を鳴らした。

 突如、その周囲を埋め尽くしていた死霊が、一声もあげることなく、文字通り消滅した。

 そして、自分を襲ったあの……あの怨念だけが、残っている。


「……あら、案外しぶといわね。あのコの命を吸ったからかしら?」


 タナさんは笑っている。

 が、……その声は、怒りを孕んでいる気がした。


『――イノチヲ――モット――』


「あっそ。それなら、良いわ。それならアンタは、アタシの〝管轄〟」


「――――後悔しなさい、出来る頭があるならね」


 空気が、一変する。

 初めて会った時よりも、もっと強烈な圧。

 死者の王、冥府の主、冥界の君主としての圧が、あの人から発せられている。


「〝奈落へ墜ちよ〟」


 その一言と共に、あの……夫婦の怨念の足下に虚空が開いた。

 まるでブラックホールに引きずり込まれるかのように、怨念は虚空へと消えていく。


『――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――』


 全てが飲み込まれるその刹那。

 この世のものとは思えない断末魔を上げ――そして、消えていった。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「――終わったね、……降りられる?」


 アスカが、腕の力を緩め。

 そのまま、車の外に連れ出してくれた。


「ユキちゃん、大丈夫? 怪我、してない?」


「ええ、大丈夫、です。……お二人のお陰で……、でも、どうして……?」


 何故、この人たちが此処に、という疑問はある。

 わざわざ此処に来る理由なんて無いはずなのに……。

 その質問の答えは、静かに否定された。


「そんなことはどうでもいい。ユキちゃん、アタシが怒ってるの、分かるわよね」


「……ごめん、なさい」


 タナさんは怒っている。静かに、それでいて烈火のように。

 それを、あくまでも優雅(エレガント)であれ、と、自分を律して、押さえ込んでいるのだ。

 ……この人達に、此処までさせた自分が悪いのは、間違いない。


「……アレはね、この辺にたむろってた死霊、単なるオバケよ」


「良くないものを引き寄せちゃっただけ。アレが何を言ったとしても、それは貴方の記憶から吸い出した幻影」


「そんなものに命を明け渡すものじゃないわ。……もう、命まで吸われちゃって……あとちょっと遅かったら、本当にアレにトリ殺されてたわよ?」


 その説明を聞いて、何処かほっとした気がした。

 ……あれは、あの世界の人々の、あの夫婦のものじゃなかった。

 それに、安堵する自分がいることに、少しだけ嫌悪も感じている。


「あれって、あの世界の人の、じゃないんですね……」


「当たり前じゃない。そもそもあの世界は閉鎖済みだし、まだ墜落すらしてないのよ? いくら縁があったって、付いてこれる訳ないじゃないの」


「……言われてみれば、そう、ですよね…………」


 そうだ。世界は閉じられたし、まだ墜落もしていない。

 考えてみれば、その通り。それを忘れるほどに、自分は――


「分かってるわ。それだけ、自分の手で終わらせるの、辛かったのよね」


 辛かった。

 ――――うん、そうだ、辛い。でも。


「……………………」


 それを承知で、受け入れた。

 その痛みは誰にも渡したくないと、決めた。


 選んだのは、自分自身だ。

 だから、拳をぎゅっと握って、耐える。歯を食いしばってでも、耐える。

 耐えなくてはいけない。それが最適解だと、信じていた。


 すると、アスカが……。

 この握り込んだ拳を、包むようにして。


「――ねえ、雨宮くん。私って、そんなに頼りない、かな」


 その声は、震えていた。

 今でも泣き出しそうな程に、弱々しく。


「え、……え……?」


「全部知ってるよ。君が、どんな気持ちで、世界を滅ぼすって決めたのか。どんな気持ちで、最後のボタンを押したのか」


「その痛みも、辛さも、苦しさも、悲しみも。そのどれか一つでも……私には、私達には任せられないほど、……私達は、頼りない……?」


「い、いえ、……そんなことは。でも――」


 頼りなくなんかない。アスカも、タナさんも、神祇部の同僚達も。それにきっと、アゲハだって。

 間違いなく、自分より絶対に強い。

 それは力だけじゃなく、精神の面でもそうだ。


 でも、苦痛なんて、誰だって、神様だって背負いたくないはずだ。

 そんなものは全部、自分で……。


「――――――なら、任せてよ!!」


 ――突然、アスカが叫ぶ。

 それは、まるで……非力な自分が、許せないかのようで。


「君の周りには、神祇部の皆や、ターちゃんや、アゲハだって居るじゃない! なんで、一人で背負い込もうとするの!?」


「君が背負い込んでること、私達が知らないと思った!? 君一人に全部背負わせる、なんて誰か言った!?」


「そんな訳ないじゃない、……そんなの、辛すぎるじゃない……! 悲しすぎるじゃない……!!」


 ……慟哭が聞こえる。

 彼女が何度も、何度も……自分の非力を詫びるように泣き叫ぶ。


「頼ってよ、私達を…………お願い、だから………………」


 どう、答えて良いか分からなかった。

 少なくとも、今回の痛みは……自分で負うべきものだと思っていたから。

 ……どう、答えたらいいんだろう。こういう時の答えは、想定していない。


 それに見かねたように、タナさんが口を開く。

 その声には、さっきのような怒りはなく、宥めるような優しさがあった。


「……貴方は、本当はとっても優しいコ。だから、他人が苦しむのとか、例え相手が神様であっても、イヤなのよね」


「でも、アスカちゃんも、アタシ達も……辛いときに頼ってくれない方が悲しいのよ? 信仰って、頼ってもらうことでもあるんだから」


 信仰とは、頼ること……。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 本当に辛いものを頼って良いなんて、思ってもいなかった。

 神様だって人の辛さなんて、聞きたくないだろうに、と思っていた。


「そうだよ……? だから、辛いときでも、悲しいときでも、……私を、皆を頼っていいの。ちゃんと一緒に、背負ってあげるから」


「無理に頼ろうとしなくてもいい。でも、アタシ達が居ること……忘れないでね」


 ……二人の言葉は、とても優しい。

 自分で背負った、あの痛みが、ひとつひとつゆっくりと、涙となって溶け出していく。

 それを、何も言わずに、ずっと見守ってくれた。


「……今日は、管理局に戻ってウチに泊まっていくと良いわ。今のユキちゃんは、命が薄れてるから……きっとまだ良くないモノを寄せちゃうかもしれないし」


「だから眠くなるまで、アタシ達とお話しましょう。いろんなコを呼んで、皆でお泊まり会しましょうか」


 そのまま、二人に連れられ管理局へと戻り、あの面談の日のように終末部に泊まることになった。

 呼ばれてきたアゲハにしこたま怒られたり、わざわざ〝薄れた命〟を補填する、とかなんとかで今日この日に由来のあるという人達? が来てくれたり。

 皆で簡単な食事を取って、雑談をして。


 それは眠るまでの僅か、数時間ほどだけれど。

 ここ十数年で、一番充実したクリスマス当日を過ごす事が出来た。


 今日のことは、きっと忘れないだろう。

 あの日出会った、夫婦の事も。


 ……忘れないことが、きっと。

 自分に出来る、唯一の償いだから。

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