第28話 世界を滅ぼした罪
――それは、世界を滅ぼした日の、帰り道。
その日は、ドーンとの訓練を終えた後、少しだけ長居をした。
彼が帰った後も、自分で少し残って訓練する、といって残らせてもらった。
ひとしきり、マネキン相手に剣を振るって、力を使い果たしてから帰る。
今日は神の子の誕生前夜。だからこそ、少し整理する時間が欲しかった。
エレベーターから自分の世界へ帰り、スマホの時間を見た。
時間は深夜0時を回った頃。流石に長居しすぎた。
前夜は終わり、既に当日。
例年なら、簡単なケーキなり買って食べるけど、今日はそんな気になれない。
開いた扉の先、神社の周りは既に真っ暗で、明かりもなく。
あの老爺も既に寝入ったのか、何時もの場所には居なかった。
今日はその方がいいだろう。
きっと顔を合わせれば、何かを話してしまいそうだから。
この神社から、自宅のアパートへ帰る道には、どうしても明かりのない古い坂道を通る。
迂回する事も出来るが、かなりの遠回り。それに今日は、体力を使いすぎた。
遠回りしたら、帰り道で歩けなくなるような気すらする。
「……はあ、疲れた」
不意に、口をついて言葉が出た。
ゆるやかな、とはいえ上り坂。ただでさえ少ない体力を、奪っていく。
行きはよいよい、帰りは辛い、なんて古い童歌みたいな坂だから、仕方なくもあるのだけど。
道中の自販機で買った水を飲みながら、ゆっくりと足を進めていく。
すると、坂の途中でうずくまるような人影が見えた。
こんな時間に、こんなところで……。
もしかしたら、酒でも飲んで酔っ払って、動けなくなったのだろうか。
季節は冬だ、こんなところで眠ったら死んでしまうかもしれない。
そう思いながら、人影へと近づいて、声を掛ける。
「……あの、大丈夫ですか?」
声は掛けたが、反応はなかった。
もしかしたら、本当に動けなくなってるのかもしれない。
服装を見れば、女性のそれ。合コンなりなんなりで飲み過ぎて動けなくなったのだろうか。
「……もしもし、大丈夫ですか? 救急車、呼びましょうか?」
肩に手を掛け、優しく揺するように。
しかし、その人影は動かず、声も上げなかった。
……何かが、おかしいような。
それでも、もしこのまま放置するわけにもいかない。
――人影の前に回り、意識を確かめようとした瞬間。
いきなり、突き飛ばされるように押し倒された。
「くっ、あ、ぁ……!」
その力は強く、こちらの両手を押さえつけてくる。
常人の、女性のものではない。何か、もっと大きなもの。
そして、こちらの目を覗くその顔は、全くの無表情。
何もない、何の感情もない顔で、こちらをじっと見ている。
「は、はなせ、ッ……あ、ぐっ」
いつの間にか、両手は頭の上で、両足もその身体で押さえつけられ、身じろぎひとつ取れない。
例え、万全の状態だったとしても抵抗できない程の強い力が、今自分の身体の上にのし掛かっている。
それに……、何故か、寒い。
季節は冬なのだから、寒くて当たり前。
でも、この制服を着ている限り、外気温で寒いと感じることは殆ど無い。
それなのに、身体が……押さえつけられた所から、どんどん体温が奪われていくように、寒さが身体を包んでいく。
吐く息は更に白さを増し、歯の根は合わず。身体がぶるぶると震え出す。
寒い……さむい…………血の気が、どんどん失せていくような、寒さ……。
でも、この感じ……この冷たさは、前にも…………。
『――イノチ』
自分を押さえつける女が、何かを呟いた。
イノチ、と言ったのだろうか。上手く、聞き取れない。
『ウラメシイ……』
『ネタマシイ……』
女が何かを言う度に、押さえつける力が増していく。
それに、どんどんと、その姿が大きく膨れ上がっていくような気さえ。
……ああ、もしかしてこれは、死霊や幽霊の類か。
この坂で出るなんて聞いたことない。
むしろ、この手の幽霊を見たのは初めてだ。
「あ、ぐ、ぁあ……い、ッあ……!」
腕も、足も、その重さに耐えきれずに、めきめきと嫌な音を立てている。
痛い、いた、い…………。
普段なら、痛みなんかどうにか出来るのに、今は寒さで頭が回らない。
こんなものに、こんなところで殺される訳には――――
『――オマエガ、コロシタ』
「――――、ぁ……」
聞こえて来た言葉に、心の奥底を抉られるような気がした。
自分の罪状を、突きつけられたと思った。
『――オマエガ、ヤッタ』
『――ワタシタチノ、コドモ――』
この死霊は、あの世界の人々の……あの、夫婦の怨念だろうか。
それが、あの時の縁を頼って……ついてきた、のか。
よく見れば、これはあの夫婦の顔に、よく似ている。
それは、怨めしいのだろう。
それは、妬ましいのだろう。
自分は彼女の……彼らの最愛の子を、その未来を奪ってしまった。
……何度謝っても許されないことなのは、承知の上だ。
それを為したのなら、それを為されなければならない。
背負った罪は、何時か償われなければならない。
善因善果、悪因悪果。因果は、応報する。
『……アガナエ』
その言葉に頷くように頭を動かす。
少しずつ、意識がうすれて、いく。
『……ツグナエ』
わかっ、て、る。
……わかって、る、よ。
『……イノチヲクレ』
ああ……それで、すむ、なら……。
『――死ネ』
……、ごめ、ん……な……さ――――――――
◆坂
日本以外でも大体の神話では冥界下り、といってあの世へいく話がありますが、坂は日本でも同様に黄泉比良坂に通じるものです。
故に坂はあの世とこの世の境であり、いろいろ出やすい場所でもあるわけです。
坂でうずくまるものや、うつむいたまま坂を下っていくような存在は〝あちら側〟の者かもしれません。




