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こちら異世界管理局! ~World Wide Watcher's~  作者: 坂神 凜
1-2 第7世界のクリスマス
29/70

幕間 バーにて


 此処は、管理局正職員用の施設。

 鉄道車両1両程のサイズの部屋に、いくつかの椅子。棚には各地から集めた無数の酒。

 いわゆる〝バー〟と呼ばれる場所。しかし、バーテンダーと呼ばれるような職員はいない。

 大体、誰かが勝手に訪れ、勝手に酒を飲んで、憂さを晴らして帰る為の、独白の場。


 時は深夜、2時を回った頃。

 其処には一人の女が居た。彼女の名は、アスカ。

 グラスに注いだ褐色の液体に、丸い氷を浮かべつつも、彼女はそれに口をつけることはなく、俯いている。

 一体どれほどの時間、こうしてただ座って、考え続けるのか。それを知る者は誰一人として居ない。

 はずだった。


「――あら、珍しい所で会うじゃないの」


 小さな鈴の音と共に、扉が開かれる。

 普段、この時間、こんな場所を訪れる者はそういない。出来れば誰にも会わず、誰とも話さず、黙って時間を過ごしたい。

 だからこそ、此処を選んだというのに。

 そういう時に、こういう時だからこそ、一番〝会ってはいけない〟存在が、その部屋を訪れた。


 訪れた男の名は、タナトス。

 冥府の王、12世界の冥界を司る者、全ての煉獄の監督者。そして、アスカの古い馴染み。

 だからこそ〝会ってはいけない〟……そう思っていたのに、男は訪れてしまった。


「――アンタ、酒激ヨワなくせに。何してんのよ」


「飲めないけど、飲まない訳じゃないわ。ターちゃんだって飲まないくせに何なのよ」


「アタシは飲めるもの、飲むべき時を弁えてるだけ」


 簡単な応酬の果て、隣に男が腰掛ける。

 男が指を鳴らすと、彼女の前にあるグラスと液体、それと同じようなものが、男の前に現れた。


「とりあえず、ウチの仕事は終わったわ。そっちは?」


「こっちも同じ。八方手を尽くして、ようやく落ち着いたところ。皆は先に帰したけど、私は今日は泊まり込み」


「そう、待機中に飲むなんて、悪いコだこと」


「良いじゃない、どうせウチがやることは殆ど終わったんだから」


 二人の議題は、本日発令された緊急指令。

 ある世界を滅ぼすための準備。他の世界に影響を及ぼさない為に、一部の世界を意図的に滅ぼすという、悪性部位を切除するかの如き振る舞い。

 お互い、何時まで経っても慣れるようなものじゃないが、割り切ることは割り切れている。

 それでも、思う所はあった。割り切れない部分も、少しは残る。

 だから、こういう場所に来て、こうして心をリセットする。そうでもしないとやってられない事は、ある。


「……あの子、寄越してくれて助かったわ。居なかったら今も仕事中よ、ありがとね」


「良いの、彼にとっても良い経験になったと思う。それに、いつかはやらなきゃいけないことだもん」


 男の話題は、アスカの部署に入った新人に移る。

 今日、その新人はアスカの指示で男の部署の手伝いに行っていた。

 世界を滅ぼすということは、その世界に存在していた命や魂を、そっくりそのまま消滅させることを意味する。


 しかし、今回に限っては、違った。

 その世界には、魂と呼ばれるものが殆ど無くなっていることが判明したのだ。

 その調査と、原因の究明、そして僅かに残った魂の回収を新人に手伝わせていた。


「ふゥン……――でも、アンタはちょっと後悔してそう。違う?」


 心の中を見透かしてきたかのように、男は笑みを浮かべながら、顔を合わせずに言葉を投げる。

 女のグラスを握る手が、少しだけ震えた。


「あのコは何時だって〝よりよい〟選択を選ぼうとする。誰かにとって、目の前の相手にとって、よりよい存在であろうとするわ」


「可愛い可愛い着せ替え人形、望まれた者に、望まれた様に成り果てる、使い捨ての粘土細工」


「そう在るべき、そう成るべきなんて――まるで呪いね。だからこそアンタは〝逃げて〟欲しかった。あのコ自身の為に、逃げるという選択肢を取って欲しかった、そうよね?」


「……――だからこそ後悔してるんじゃない? どうであれ、あのコが〝逃げない〟なんて選択をしちゃった、って」


 男がつらつらと言葉を重ねる。答えるように、女の表情は自嘲気味に、唇が歪み。

 彼の言葉は、彼女の心の内側を見透かすように、その思いも、意図も汲み取ったものだった。


「……勝手に権能使って人の心読まないでくれる?」


「やぁねぇ……権能(あんなもの)使わなくても分かるわよ。こう見えて、人生経験豊富なのよ? アタシ」


 男がグラスに口を付けながら笑う。

 からり、とグラスの氷が揺れて音を立て、また一瞬の静寂が訪れた。


「はあ……そりゃ何千年も生きてりゃそうでしょうよ。うらやましい限りだわ」


「ヤッダ! アタシはもう〝生きてもいないし死んでもいない〟わよ! それに――」


 男の言葉を遮るように、彼女は口を挟む。

 手に握るグラスを握り砕かん勢いで、腕に力を込めながら。


「それ以上言ったら本気でぶっ飛ばすわよ。久々に関節技からのフルコース、キメてあげようか?」


「ヤダこわい、そーんな顔しなーいの♪ 女の子は可愛い顔が素敵なんだから」


 冗談めかして笑う男の顔。

 こうして笑う男のそれは、端正で整っているからこそ質が悪い。

 外見という印象の、口調という認識の詐術を駆使し、人の思考を誘導する。

 それでいて、己の本質そのものは隠さず、見ようとすれば見れるようなところに置いておく。

 〝見ようとすれば見えるが、見ようとしなければ見えない〟というのが、この男の立ち回り。


 ――これが、この男の立ち振る舞い。常に優雅に、美しく、エレガントに。その為に己を取り繕う。

 それが主たる者の務め、力ある者、高貴なる者は常に優雅(エレガント)たれ、という己への誓い。

 幾年も前から、変わらない。長い付き合いだから分かる、それが変わらないという強さがある。

 だからこそ、質が悪いというものだと、女は知っていた。


「ターちゃんってば、昔っから変わらないんだから、そういうとこ」


 女の内心を知ってか知らずか、男の話題は新人のそれへと戻り始めた。


「でも今日は――あのコ、すっごいイイ顔してたわよ。初めて見た時なんかとは全然違ってね」


「辛さも、痛みも、ちゃんとしっかり受け入れて、それでも諦めずに、前を向いて〝選択〟した顔」


「英雄や傑物なんていう、意志(プライド)期待(ストレス)希望(プレッシャー)の成れの果てなんかじゃない。今よりも前へ、もっと先へという本当の人の顔」


「そして、全て自分の責任で……あの世界を滅ぼす、って決めた顔」


 男の、最後の言葉が、その厚みが、アスカには妙に気に掛かった。

 しかし、すぐに男の調子は何時もの軽さへ。


「……もーほんっと、あと5歳くらい育ったら食べちゃいたいわ♪ いろんなイ、ミ、で☆」


「……うちの新人に手出さないでよ?」


 ――またすぐ、そうして茶化し始める。

 言いたいことを言い切っておいて、終わった後には場の雰囲気を変えるような言動。


 女はため息をつきながら、グラスから手を離した。

 その様子に満足したように、男はまた、笑みを浮かべる。


「やーねぇ、冗談よ、冗談……でもあのコの実年齢、確か30超えよね、一回くらい脱いでくれないかしら? きっと丹念に仕込んだらいい感じに……」


「ちょっと!? ほんっとにうちの新人に手出さないでよ!? その時はアスカ・スペシャルだけじゃ済ませないからね!?」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「それはそれとしてだけど……あのコの受け入れ、正式に決まったの? そろそろ3ヶ月でしょ?」


 談笑の末に、思い出したように。

 男の話題は、先の新人のまま、果たして彼を受け入れるのかどうかというものへ変わる。

 それを受けた彼女は、少し険しい顔をした。


「うーん、それがね……天文部が何も言ってこないのよ」


「あら、普段なら1ヶ月もすれば有り無しの上申があるのに?」


 〝管理局〟における、正式採用人事の決定権は主に天文部が握っている。

 彼らが見た、それぞれの新人が持つ因果が管理局に適しているかどうかを、天文部は観測した後に、各部署へ通達する。

 今回はその通達が来ていない、と彼女は言った。


「そ、しかも……これ見てよ」


 続けて、彼女は一枚の紙を取り出した。

 表面には〝天文部:特命依頼〟と記載されている。

 それを見た男は驚愕とも、侮蔑とも取れるような表情を浮かべる。


「……うっわ、何コレ」


「天文部からの出張指示……しかも、彼ご指名でね。そろそろ代替わりの時期だと思ってたけど、わざわざ彼を行かせる理由が分からないわ」


 書面に記載されていたのは、第9基幹世界への出張指示。

 原初の14神、第9世界を治める神が、代替わりする為にそれの見届け人を派遣せよ、という内容のもの。

 なかでも異色、と言えるのは此処までの話題に出た、新人を指名するものだったということ。


「何考えてるのかしら、あの星見(ヘンタイ)共。絶対良くないこと考えてるのは間違いないけど」


「何時もの事でしょ、あーもう……今回の世界廃滅の件だって、彼があの世界に行くこと先に知ってたと思う」


「本来、縁の無い別世界への移動って結構大変なのに、わざわざ接続可能な術式仕込んだカードキーまで用意してからに……」


 後から思い返してみれば、辻褄が合う。

 タイミング良く、第7世界群への調査依頼が入っていた。しかも〝もし誰かに行かせる場合のために〟と、特定の世界との移動を可能にするカードキーまで貸し出されていた。

 全て予測の範疇、手のひらの上で踊らされていたという実感。

 それが彼女を苦虫を噛みつぶしたが如く、苦々しい表情へ変える。


「未来観測は連中の十八番だものねぇ……どーすんのよ? これ、行かせるの?」


「近いうちに部長通して話してもらう。その上での判断……いや、どうあれ行くことにはなっちゃうかなぁ……」


 男の声に、彼女は深いため息を吐いた。

 手のひらの上で踊らされている、という状況は、今もなお変わらない。

 それに、変えようとする行為そのものが無駄になることを知っていた。


 その様子を見た男は、ふっと息を吐いてグラスの中身を飲み干して。


「――ま、もし本当に困ったら、アタシがなんとかしてあげるわ」


「それはありがたいけど。ターちゃんそんなに入れあげるタイプだった? もしかして本当に手籠めにしようとなんて……」


「おバカ、違うわよ。あのコに興味がなくはないし、アンタにも借りがたくさんある。でもそれ以上に――」


 男が目を細めながら、彼女の瞳を見つめる。

 僅かな沈黙、ほんの少しの静寂の後に、その口は続く言葉を紡いだ。

 

「アナタが泣く所を、アタシが見たくないだけよ」


 それは彼の本心からの言葉。

 本質から編み出された思いであることを、彼女を理解した。


「……ありがと」


 ――時はまもなく、深夜の3時を回ろうという頃合い。

 一人から始まった夜は、二人となり、静かに、ゆっくりと更けていく。

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