表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら異世界管理局! ~World Wide Watcher's~  作者: 坂神 凜
1-2 第7世界のクリスマス
28/70

第26話 世界廃滅


「おはようございま……す?」


 アゲハをクリスマスマーケットに連れ出してから数日後。

 出社すると、部長がおらず、室内の空気がピリついていた。

 誰もが険しい顔をして、席に座っている。仕事をしている様子はない。まるで何かの裁定を待っているかのように、各々が沈黙していた。


 何故か朝早くから居座っている、アゲハを除いては。

 彼女だけは、何も気にしてないとばかりに煎餅を貪っている。


 ……こんな雰囲気は、初めてだ。

 嫌な、予感がする。


「ああ、雨宮くん。――今日の仕事、ちょっとだけ待ってて」


 アスカに声を掛けられた。彼女の顔も険しく、声は少し冷たい。

 異様だ。彼女がこれほどまでに険しい顔をしているのは。


 ……彼女は、人を怒る時にはこういう表情はしない。アーノが何かやらかそうが、アゲハが仕事の邪魔をしようが、もうちょっとコミカルに怒る。

 だから……初めて、彼女を怖いと思った。


「……あの、何かあったんですか……?」


「ああ、……今確認中だけど、久しぶりの〝大事〟ってやつでね。直に部長が戻ってくるから、待っているといい」


 それとなく、隣のドーンに聞いてみる。

 しかし、彼は答えてはくれなかった。それを答えるのは自分では無い、とばかりに。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






 暫くの後、部長が急ぎ足で戻ってきたようだった。

 人の姿を取ったその顔は険しい。


 その様子に、誰しもが部長とアスカの方に目を向ける。


「――部長、どうでしたか」


天文部(アルビレオ)の裁定が下った。結果は……変わらんそうだ」


「……やっぱりですか」


 部長の返答と、アスカの声に、より一層空気が重くなる。


「皆、集まってくれたまえ」


 部長の招集に応え、席の前へ。

 そして、部長が重く、口を開いた。


「本日、天文部より緊急通達が発された。第7世界の一部世界群において、因果律の異常を検知。その結果を受け、因果の再測定を行った結果……」


「世界の廃滅が決定された。当該世界群を〝廃滅世界〟と認定。これより我々〝管理局〟は、世界を滅ぼすための行動を開始する」


 部長の言葉に、全員が、沈黙した。

 誰もが、それを、受け入れざるを得ない――そんな表情で。


「――皆、聞いたね。覚悟を決めて」


 パン、とアスカが手を鳴らす。


「ミュールちゃんは創造部(アポリオン)との連絡伝達、リードくんは逗留している神々へ通達! 受け入れ体制、整えるよ」


「ハリマさんは癒療部(イアシス)へ、アーノくんは戦闘部(エクテレス)との情報連携、ドーンくんは法政部(ノーモス)からの連絡を逐次、報告して!」


 アスカが各々に指示を出し始めた。

 それぞれが、その指示を受けて動き始める。

 最後にアスカは……こちらを見た。


 ――嫌だ。こっちを見ないでくれ。


「雨宮くんは……そうだね、説明するよ」


 ――聞きたくない。だが、彼女は言葉を続ける。


「この間、雨宮くんが行った世界、あるでしょ? その世界の……廃滅が決まったの」


 ――言わないでくれ。


「因果の歪み、は前に軽く説明したよね。……測定して貰ったデータに異常が確認されてね。あの世界周辺で、大きな歪みが起こることが予測されたの」


 ――お願いだから。


「そして、それがもう避けられない事も、分かった」


 ――それ以上は、どうか。


「放っておくと、他の世界……例えば、君の出身の世界にも、影響が出かねない」


 口に出して、声になって、耳に届けば。

 それは、理解出来てしまうのだから。


 ――だから、どうか、やめて。


「だから、私達はこれから、あの世界と、近い世界のいくつかを〝此処へ堕とす〟……その為の準備を、今からやる」


 ――彼女は、全てを言った。

 これから起こること、これから起こすことを。

 口に出し、声にして。それは、死刑宣告のように。


 ――故に、彼女が言っていることが〝理解〟出来てしまった。

 彼女は、いや、管理局はこれから、……あの子と行った世界を、滅ぼすと。

 確かにそう言った。


 理解はしたくない、そんなこと、やって良いはずが無い。

 だが、理解出来てしまった。出来てしまったのだ。


「……あの、あの世界で生きている人は……」


 脳裏によぎる、マーケットの思い出。

 あの人々は、あの夫婦は、あの夫婦の間に生まれる子供はどうなるんだ。

 なんとか救うことは出来ないだろうか。もしもそれが叶うなら、なんだってやる。


 ……どんなことでも、何があってでも。


「……ごめん。〝誰も〟助けられない。神々の受け入れ体制は整えるけど、人は、生きている人たちは、無理」


 しかし、彼女の返答は、冷酷で、残忍なもの。

 救えない、という現実が目の前に突きつけられる。


 脳が混乱する。

 何かが、音を立てて崩れ落ちていくような。

 胸の中で、何かが一気に冷えていくような。


 ――もし、今ここで彼女に抵抗したら、この喪失は止まるのだろうか。

 歪んだ思考が、何処かで起きる。

 それなら、何時ものように、自己を、自我を切断。思考のみを研ぎ澄ませ――


 ――腰につけたキーホルダーが、流れ星の形をしたそれが、ちりん、と揺れた。

 切断したはずの自己が、自我が、冷静さが、その音に引き寄せられるように、身体に回帰して。


 ……そうだ。

 アゲハが、彼女がいる。

 あの世界を知っている、神格でもある彼女なら。もしかしたら、何か……。


「アゲハは……」


「――なんじゃその目は。わらわは知らん」


 椅子にふんぞり返り、煎餅をむさぼる彼女は、何の事もなし、とばかりにそう言った。

 知らない、って。

 何を、言っているんだ。この子は。

 あの時、良い子を産めと、あの夫婦に言ったのを、忘れたのか……?


「アスカよ、何時から始めるのじゃ。星見がそう定めたならば、そう時間もあるまい」


 アゲハは、その態度を崩さずにアスカへと声を掛けた。

 それを受けたアスカが、重い口調で応える。


「……30分後には、全部門が動き始めるよ」


「だ、そうじゃ。んでお主はどうする」


 アゲハが、こちらを見て。


「――――あと半刻もないぞ?」


 はっきりとそう言った。

 あと30分、それが選択のタイムリミットだと。


「――アゲハ!!」


 アスカが叫んだ。

 その声には、怒りが満ちている。


「……雨宮くんは、アンタと行った世界を滅ぼすんだよ!?」


「どーにもならんのじゃろ」


「アンタは昔からそうやって……! 雨宮くんは――」


 二人が、言い争いを始めた。

 それは何時ものそれではなく、互いの理念をぶつけ合うような、本気の言い争い。

 ……自分のせいだ。自分が、選択できないから、始まったものだ。


「――二人とも、止めろ。今、言い争うことではないだろう」


 部長が、二人の言い争いを制するように一喝した。

 そして、二人の目は……こちらに向けられる。


「…………」


 こんなこと、望まれている答えは分かっているはずだ。

 分かっているはずなのに。今なっても、答えが出せない。


「……――アーノ君、ドーン君、雨宮君を連れ出してくれたまえ。今の彼には猶予が必要だ」


 部長が二人の同僚に指示を出す。

 それを聞いた二人は、全てを理解したかのように、後ろに立った。


「りょうかい~」


「――さあ、行こうか雨宮君」


 二人に両手を取られ、引きずられるかのように。

 思い空気の張り詰めた部屋を後にした。






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






 連れ出された先、廊下の壁際に座らせられる。

 隣にはドーンが座り、向かいの壁にはアーノが寄りかかっている。


「アスカさんもあの子も人が悪いよねー、めんどくさいことは黙っとけばいいのに」


「そう言うな、いつかは起こりえる事だ。彼に近しい世界だからこそ、早々に真実を明かしておかなければ」


 アーノが退屈そうに言葉を吐き捨て、それをドーンがたしなめる。

 普段、仕事中によく見る風景ではある。

 だが、今日は。抱えた膝に、その両手に力が入る。


「――あの……、本当に、あの世界の人々は、誰も、助けられないんですか?」


「無理」


 同僚達なら、何か違う答えを導き出してくれるかもしれない。

 そんな淡い期待すら、あざ笑うようにアーノは言った。


「でも、きっと何か……此処には色々な技術もあるし――」


「だから無理だって、諦めなよ。今の僕達がやれることは、対処療法だけ」


「何でもかんでも出来るなんて、思い上がりが過ぎるよ。全能者にでもなったつもり?」


 ――彼の言っていることは正論だ。

 自分は、ただの人間。神ですらなく、手の届く範囲すら狭い。

 それは、分かっている。それでも。


 腕にぐっと、力が入る。それを感じ取ったのか、ドーンはこちらの右肩を、力強く押さえてきた。

 ――それはダメだ、と。


「アーノ、何もそこまで……」


「これが事実でしょ。それが嫌ならメソメソ泣いて帰って寝れば? 此処に居たってしょうがないしさぁ」


 ――ああ、これはきっと彼らの〝気遣い〟だ。

 彼らは、逃げるという選択肢を用意してくれている。

 それを選んでもいい、とばかりに、アーノは憎まれ役を買っているのだ。


「……っ、く……ぅっ……」


 それが分かった以上、残るのはただの無力感。

 こぼれ落ちていく砂は止められない、という当たり前の事。

 それに抗おうというのは、ワガママだと。

 何より自分自身に突きつけられる現実だけだった。


 肩が震え、涙が落ちる。

 状況は理解している、展望は変わらない。故に、泣く理由なんてないはずだ。

 それなのに、涙は落ちていく。


 どうやら、最近涙もろく――感情的になってしまったらしい。

 こんなところで感情的になるなんて、何に毒されてしまったのか。

 昔は、これまでは〝こんな〟じゃなかったはずなのに。


「……君の気持ちはわかる、なんて言うつもりはない。でも君〝だけ〟の責任じゃない、それは忘れないでほしい」


 様子を見たドーンが、優しく語りかけてくる。


「本当は、こんなことは起きちゃいけない。起こしちゃいけない。だから、俺達がこうして働いているんだ」


「日々の仕事も、書類の整理も、こういうことを起こさないためにある。……今回は起きてしまっただけなんだよ。だから、これは〝俺達全員〟の責任なんだ」


「俺達が、俺達全員が、何処かで……何かで力が及ばなかった。だから、俺達全員の責任で始末をつけなきゃいけない。他の誰かに被害を及ぼさない為にも」


 彼は言葉を続け、最後に。

 目の前に回って、こちらの頬に手を添え、まっすぐに見つめて。


「――だから、君が選ぶべきだ。俺達も、彼女も、皆も……それを尊重する」


 彼は、選べと言っている。

 適切な選択を、ではなく、後悔のない選択を、と言っているんだ。

 ……強いなこの人、本当に。


「ド~ン~、そろそろ時間。行かないと怒鳴られるよ」


 その様子を見ていたアーノが、ふらりと立ち上がり背を向けた。

 もう、30分という時間制限が経ってしまう。


 ――ああ、それなら、そうしよう。そうなってしまうというのなら、そうしよう。


 心は決まった。状況も、展望も、今は関係ない。

 だからこそ、選択は成る。


「……雨宮君」


 立ち上がり、顔を拭く。泣きはらした顔などで、仕事をするわけにはいかない。

 その様子を見たドーンが、本当にそれでいいのか、と確認するように呟いた。


「大丈夫、です。俺、……やります」


 後悔もある、未練もある、悲しくも、辛くもある。


 ――だからこそ、自分で手を下す。

 ドーンは、全員の責任だ、と言った。


 ……だが、今回ばかりは、それは〝ナシ〟だ。

 あの世界の人々を知っているからこそ、あの夫婦との……親子との〝次の〟約束をしたからこそ。


 自分の責任で、自分の判断で、自分の力で、実行する。


 他の誰でもない。

 いや、他の誰かにこの判断を委ねるなんて、許さない。

 他の誰かに、こんな大切なことをやらせたくない。

 自分で、この手で。あの世界を、あの人達を終わらせる。

 

 ――それが、今、選んだ選択肢だった。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「あっ、ドーンくん、電話代わって! アーノくんも連絡来てるから大急ぎで返事! 雨宮くん、は……」


 神祇部に戻ると、そこは戦場のような喧噪に包まれていた。

 電話は常に鳴り続け、誰かがそれに応対し、他部署からの伝達員がひっきりなしに訪れている。

 戻ってきたことに気づいたアスカが、ドーンとアーノに指示を出し直し、そして――こっちを見て、複雑な顔をした。


「雨宮くん……〝それ〟でいいんだね」


「――なんて顔してるんですか、アスカさん。俺なら、大丈夫です。決めました」


 苦笑気味に笑みを返す。

 彼女は、優しい。今ここで逃げていたとしても、明日以降も、何も変わらず接してくれただろう。


 だけど、もう決めた。自分でやる、と。

 覚悟を決めて、前を向く。

 まっすぐに彼女を見つめ、笑みを浮かべ。


「……だから、仕事、下さい。世界を滅ぼす為の仕事を」


 彼女がふっ、と息を吐く。アゲハも、それを見て頷いた。

 そして、何時ものような、はつらつとした顔で。


「……わかった、じゃあ。雨宮くんはすぐに終末部に行って!」


「今回の因果の歪みだけど、ターちゃんが今調べてるの。気になることがある、って言ってたから、手伝って来て!」


「さあ、行動開始!」


「――はい!」


 彼女の指示を受け、動き出す。

 目指すは終末部、やるべきことは定まった。


 さあ、行こう。

 あの、暖かくて、優しくて、大切な……世界を滅ぼす為に。

◆廃滅世界

 他の世界の因果も歪めそうな悪性状態になってしまった世界を、

 管理局では〝廃滅世界〟と呼んでいます。

 こうなってしまったら、世界まるごと堕とすしかありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ