第25話 流れ星の贈り物
マーケットを歩いていると、所々で声を掛けられた。
試食させてくれたり、あるいは小さな飾りをプレゼントしてくれたり。
それほどまでに訳ありげに見えるような振る舞いをした覚えも無いが、……ありがたく、行く先々での好意を受ける。
お陰で小腹は満たされているし、その都度購入した商品でアゲハのトートバッグは一杯になっていた。
最後に、少し身体が冷えてきた気もするので、ノンアルコールのホットワインとホットチョコレートを買ってきて、二人でベンチに腰を下ろす。
アゲハにはマシュマロの浮いたホットチョコレートを渡し、自分はスパイスの効いたホットワインを口につける。
しっかりとしたシナモンの風味と、葡萄の酸味。
――独特の味わいだ。身体が温まる。
「どう? クリスマスマーケット、楽しかった?」
一息つきながら、隣に座るアゲハを見て問いかけた。
少しばかり歩き疲れた気もしている、彼女も少しは疲れただろう。
しかし、答えは満面の笑みで返ってきた。
「もちろんじゃ! 良い所に連れてきてくれた、礼を言うぞ雨宮!」
「それはよかった、来た甲斐があったね」
喜んでもらえたなら良かったと思う。
こうして誰かと来るのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「お主はどうじゃ? 楽しかったか?」
突然聞かれて、少しだけ言葉に詰まる感じがした。
「――うん。一人じゃ来ても寂しいからね」
「そうか! ならば良い!」
「お主は何時見ても遠慮がちな面をしておったからの。たまには良いじゃろ? こういう息抜きも」
「人の生は短い。短いが故に為すべきを為さんと己が道を生きるもの。なれど、たまには寄り道も良いものじゃろ」
含蓄に富んだ言い回しだが、彼女の振るまいを思えば、少しミスマッチな無いような気もして、少しだけ可笑しく感じた。
それでも、彼女なりに気を回してくれたのかもしれない、と思えば、嬉しくも思う。
「――そう、だね」
頷くように答え、空を見上げる。
空気が澄んでいるのか、星々がよく見えた。
……そういえば、昔、こうして誰かと星を見た気がする。あれは、何時の事だったろう。良く思い出せないが、誰かと一緒に星を見て、笑ったような、遠い記憶。
暫くそうして星を見た。
ふと、隣を見ると、飲み干したカップを握りながら、うつらうつらとしているアゲハの姿があった。
彼女は心から、クリスマスの雰囲気を楽しんだのだろう。外見も相まって、遊び疲れて眠る子供のそれだった。
「……ああ、もう、仕方ないな」
流石に、寝入りを起こして連れて行くのは、忍びない。
苦笑を浮かべながら、彼女を背負い、荷物を持って立ち上がる。
駅前のビジネスホテルなら、理由をつければ泊めてくれるだろう。アスカの書いた書類もある。〝兄妹で観光に来ていたが、帰りの新幹線を逃したので一泊させて欲しい〟とでも言えば大丈夫なはずだ。
……行く途中、もう一度だけマーケットに寄っていこう。彼女に何かプレゼントを買ってあげれば喜ぶかな。
そんなことを考えている〝自分〟が、少しだけ微笑ましく思えた。
―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――
なんとか荷物とアゲハを抱えてビジネスホテルに辿り着き、宿泊交渉を済ませる。
アスカに書いてもらった書類が功を奏し、一部屋借りる事が出来た。今日買った何かを、お礼に持って行こう。
無事に部屋に辿り着くと、既にぐっすりと眠っているアゲハを降ろし、ベッドの上へ。
布団を掛けても起きる気配がない。防寒用の羽織を脱がせておこうか、とも思ったが、逆に冷えなくていいだろう、とも思いやめておいた。子供はお腹を冷やすといけない。
しかし……流石に同じベッドで寝る訳にはいかないな。
床なり椅子なりで寝れれば、まあ良いだろう。
「今日は、疲れたな……」
シャワーを浴びようか、とも思ったが、音で彼女を起こすのも気が引ける。
1日くらいは我慢しよう、と考えつつ身体を伸ばす。
ふと、腰につけていたランタンが光っているのが目に付いた。
もらった時には〝オレンジ〟だったのが、今は〝白〟に光っている。きっと、情報収集に必要なだけの時間が経過したのだろう。
これなら、明日起きたら出社して大丈夫なはずだ。
少しの間、ぼんやりと今日の出来事を振り返る。
マーケットの人々は皆笑顔だったし、優しかった。
写真も撮ってもらったし、彼女も大層喜んでいた。
きっと今日のことは、良い思い出になる。
暫くそうしてぼんやりとしているうちに、意識を覆うように穏やかな眠気が訪れ始めた。
それなら寝落ちる前に、とマーケットで買ったアゲハが両手で抱えられる程度の大きさの、クマのぬいぐるみを枕元に置いておく。
日付的には少し早めだが、クリスマスプレゼントにはちょうどいい。
「……メリークリスマス」
眠るアゲハの額から、その髪を優しく払うように一撫で。
今日が彼女にとっても良い思い出になるように、と願いながら、壁際に身体を預け、睡魔に身を任せることにした。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
翌朝、室温がほど良く保たれた部屋で、少女の叫声が響く。
それに叩き起こされるように目を開けると、目の前ではぬいぐるみを抱いたアゲハがベッドの上でゴロゴロと暴れ回っている。
「……どうしたの」
理由はまあ、なんとなく分かる。
分かるがまあ、知らぬふりをするのが大人の振るまいというものだ。
「見ろ、雨宮! 〝さんた〟が来たぞ!」
昨日、サンタクロースの撮影会に並びながらサンタについて説明したのを思い出す。
サンタクロース、子供の夢の護り手にして、クリスマスの聖人。
所以や由来は諸説あるが、12月24日の夜に全世界を回って、子供達にプレゼントをおいていく優しいおじいさん。
赤く光る鼻を持つトナカイが曳くソリに乗り、世界中の空軍が、その日だけはと各国協力の上、最新鋭の戦闘機で護衛、追跡する世界最速の男。
――その正体が誰なのか、等と言う必要はない。
「昨日は良い子だったからね、……本当は24日だけど、今日だけ特例で先に来てくれたのかもしれないよ」
「そうかそうか! 良い奴じゃな、さんたというのは!」
顔を洗ってこよう、と立ち上がると、足に当たる感触があった。
赤い包み紙に包まれ、金色のリボンが巻かれた小さな小箱が、いつの間にか足下に置かれていた。こんなものを買った覚えはない。
「お、お主にもさんたが来たのか?」
アゲハがめざとくそれを見つけ、早く開けろとばかりに見つめてくる。
リボンを解き、開けてみると――
その小箱の中には、小さなキーホルダーがあった。
流れ星を模した銀色のそれは、きらきらと輝いている。
こんなもの、売ってただろうか?
「良かったな、雨宮! お主も良い子と認められたようじゃな!」
ぬいぐるみを抱きかかえながら、笑顔を向けてくるアゲハ。
もしかしたら、いつの間にか彼女が買っていたのだろうか? ずっと一緒に居たし、支払いは自分が全て行っていたから、彼女がこれを買う暇はなかったような。
もしかして本物の……いや、だが……そうだとしても、それを追求するのは、野暮というものだろう。
「――そうだね、ありがとう」
彼女の頭を撫で、笑みを返す。
そして、腰のベルト穴にキーホルダーをつけて。
「さ、顔を洗って歯磨きしたら、ご飯に行こう」
……もうひとつ、良い思い出が出来た。
そう確信しながら、洗面台へと向かった。




