第24話 クリスマスマーケットへ
エレベータを降りた先は、何時もの神社の裏手の風景。
ただ少し違うとすれば、社は大分朽ちており、何時もの老爺も居なかった。
ああでも、雀はいつも通り木々に留まっている。冬毛でふっくらしていて可愛らしい雀が、木の枝にちらほらと。
そして、やはりというか外気はいささか肌寒い。
制服のお陰でそこまでではないが、冷え切った風が素肌に当れば、流石に冷たく感じるものだ。
「着いたよ。此処が俺の世界……っていっても、ちょっと違うけど、まあクリスマスシーズンには変わりないと思う」
訪れたのは、正確には自分の出身世界では無い。
何処かの誰かが〝少し違う選択〟をした、分岐世界。こういった分岐世界は各世界に付随しており、まとめて〝第○世界群〟と呼ばれている。
つまり此処は、第7世界群のひとつだ。
自分からすれば、元の世界のようで、少しだけ違う異世界。
それが、此処。
「――なんじゃ、大分寂れとるのう。雀も囀らんし、本当に〝くりすます〟なのか?」
隣に並ぶ少女――アゲハは、神社の有様を見て、呟いた。
何をどう聞いてきたのか、彼女は早々に落胆の色を見せている。
それに、言われてみれば、木々に止まった雀は鳴いてない。
夏のセミよろしく、普段気にしてないものだから気づかなかったが。
とはいえ、冬だ。雀もそうチュンチュン鳴きはしないだろう。
「いや、此処は神社だからね……。クリスマスとは関係ないよ、それに雀だって寒いだろうし」
「そうなのか? なら早う〝くりすます〟が見れる所に案内するのじゃ」
「わかったわかった、……でもはぐれないでね? それに、一人で歩ける?」
袖を引っ張って来るアゲハに少しかがんで、頭の高さを合わせながら話しかける。
彼女の外見もあって、何処か甘やかしてしまう自分がいる。〝子供には〟そう接するべきだ、という認識が働いていた。
「ばっ、バカにしとるのかお主は! ちゃーんと一人で歩けるのじゃ! ほら、とっとと案内せい!」
しかし、甘やかしすぎたのか彼女は怒ったように頬を膨らませて、一人でのしのしと歩いて行ってしまった。
「だから一人で行ったらはぐれるって。――ほら、一緒に行こう、ね?」
彼女を追いかけ、隣に並ぶ。ご機嫌ナナメにさせたのか、むくれっ面のままだ。やれやれ、と思いつつも、彼女に手を差し出して。
少し迷った末に、人差し指だけ握ってきた彼女に、笑みを向ける。
さて、何処を案内しようか――――
―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――
少し、思いついた事があったので、その場所へと向けて歩いて行く。
もしやっているなら……この子もきっと気に入ってくれるはずだと。
「おぉ~! これが〝くりすます〟か! 見事じゃ、まっこと、見事じゃ!」
その道中、彼女は街の所々に彩られたイルミネーションに目を奪われているようで、時々立ち止まり、瞳をきらきらとさせていた。
まるで、初めてのおもちゃをもらった子供のようだ。嬉しそうにはしゃいでいる。
その様子を見ながら、彼女が足を止めた時には同じように立ち止まり、同じように辺りを見て。
「ね、綺麗でしょ。夜になるとこうして明かりが付くんだよ」
「うむ、これは見事じゃ! 世が世であったなら考案者に望みの褒美を取らせておったわ!」
彼女はすっかり機嫌を直し、上機嫌なようだ。しかし、いくら着込んでいても肌寒いのか、彼女の手は冷たさを増して来ていた。
期待している〝イベント〟が行われていることを祈りながら、先へと進んでいく。
「ところでこれがお主の知る〝くりすます〟の神髄か?」
「いや、この先に……ほら、見えてきた。あれが〝クリスマスマーケット〟だよ」
彼女の声に答えつつ、進んだ先に見えてきたのは、広い公園。その中央に、いくつもの出店が立ち並んでいる。
自分の世界でも、例年この時期になると出店される、海外の姉妹都市コミュニティとの共同イベントであるクリスマスマーケット。
この街には、その姉妹都市出身の人が多く居住しており、その為か、その国の特産品などもこのマーケットで振る舞われる。
彼女にとってこれほど珍しいものもそうないだろう。
開催していて良かった。
「――おお、これは……市か! なんと、かようなまでに立派な市が建っておるとは!」
彼女の瞳が、なお一層輝いている。マーケットの明かりを星の煌めきのように映しながら。
「何をしておる、ほら、疾く参るぞ!」
いよいよ待ちきれないというように、手を引かれる。
このままだと、勝手に走り出しそうだ。
「はいはい、人が多いからはぐれないようにね」
彼女の手をしっかりと握り――マーケットの中へ。
―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――
「これはなんじゃ!?」
「それはツリーに飾る飾り、オーナメントって言うんだ」
「こっちは!?」
「それはスノードーム。ひっくり返すとほら、雪が降ったみたいでしょ?」
マーケットは賑わいを見せていた。雑貨や衣類から、紅茶やチョコレート、キャンディなど、クリスマスに関連する商品が多数並んでいる。
別の出店では、ソーセージやワイン、ケーキ等の軽食も食べられるようだ。向こうではサンタクロース撮影会までやっている。
……なかなかの盛況だ。
ごった返している、という程ではないにせよ、人手は多い。
「おや、坊ちゃんにお嬢ちゃん、味見していかないかい?」
ふと、出店の女性に声を掛けられた。恰幅の良い、日本語が流暢な外国のおばさんだ。
そこには缶に入ったチョコレートや、クッキー等。
おばさんには、兄妹だけでふらりと来ているように見えたのだろう。
「ほら、お嬢ちゃん。チョコレート好きだろ?」
薄く透明な包み紙に包まれた、一粒サイズのチョコレートを差し出されたアゲハは、それを不思議そうに見つめていた。
このままだと食べ方が分からず、おばさんの手ごと食べそうな気がしたので、代わりに受け取って包み紙を剥き。
「……ほら、あーんして」
彼女の口を開けさせて、その舌の上にチョコレートをのせる。
最初に想定される風味は、きっと苦み――そこから、甘みと香りが口に広がっていくはずだ。
「……? ……! ――――!!」
思った通り、最初彼女はよく分からない、という顔をしていた。
しかしそこから広がる、外国製のチョコレートに多い、強めの甘さと香り。
それが彼女を驚きと満面の笑みへと変えた。ぴょんぴょん飛び跳ねながら、もっと欲しいとばかりにこちらを見つめている。
「ありがとうございます。……〝妹〟は初めてのチョコレートだったので」
「おや、そうなのかい? ならお嬢ちゃん、こっちも食べさせてもらいな」
きっとアゲハは食べたことが無かったのだろう。少しばかり過剰な反応にも見えるので、軽めの嘘をつくことにした。
すると、おばさんが先より少し色の薄いチョコレートを手渡して来る。何か訳ありげにでも見えてしまったのだろうか。
……少し、申し訳ない気持ちになりつつ、それをありがたく受け取り、包み紙を剥いてアゲハの口へ。
包み紙には〝ヘーゼルナッツ〟と書かれている。きっと彼女の口にも合うだろう。
「――――! うまい、こっちも美味いぞ! 中に何か……これは榛子か! 榛子がこうも甘い菓子になるのか!」
こちらも彼女は大いに喜んだ。
頭を撫でながら、仲の良い兄妹のように振る舞いながら、財布を取り出して、店のおばさんへ微笑みを返す。
並ぶ値段はイベント価格で少し高めではあるが、先日ボーナスも貰ったところで、懐には余裕がある。
「良かったね、アゲハ。――ありがとうございます、せっかくですからいくつか買わせて下さい。〝妹〟も気に入ったようなので」
「いいんだよ。せっかくのクリスマスだ、愉しんでおいで」
おばさんには遠慮させてしまったが、最終的に、チョコレートだけではなく、クッキーや1枚サイズに切ったシュトレンなど、いくつかのお菓子を購入した。
おばさんは、可愛いクリスマスカラーのトートバッグに買ったものを詰めて、アゲハに渡してくれた。アゲハはそれを受け取ってご機嫌な様子。
……一応、同僚達への土産も兼ねてるから、全部自分で食べるなんて言い出さなきゃいいんだが。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「あ、そこのお兄さん。ちょっと良いですか?」
大きなクリスマスツリーの前で、一人の男性に声を掛けられた。
傍らには少しお腹の大きい女性。きっと子供が出来たのだろう。
その声に、笑みを向けながら返事を返す。
「はい、なんでしょう?」
「すみません、写真を1枚お願いしたいんですが……」
男性の手には、少し古めかしいカメラがあった。。
いわゆる〝デジカメ〟ではない、写真家が使うような類のものだ。フィルムカメラ、とも言うんだっけ。
きっと趣味人だな、この人。奥さんが苦労しなきゃいいけど。
「ええ、構いませんよ。と言っても、その手のカメラには詳しくないのですが……」
「大丈夫です、このボタンを押してもらうだけでいいですから」
簡単にカメラの説明を受けつつ、手渡されたそれをしっかりと握り込む。
結構、重い。そういえば昔、祖父がこの手のカメラを持ってたな、なんて思い出した。
そして、ツリーをバックにカメラ越しに視点を二人に合わせる。
良い笑顔だ。きっとこの写真は、いつか生まれた子にも見せるんだろう。
「じゃあ撮りますね、はい、チーズ」
パシャリ。
ボタンを押すと、昔懐かしい音共にシャッターが切られた。
ちゃんと撮れている、とは思うがこの手の物は現像しないと分からない。
「ありがとうございます。お礼というほどでもありませんが、よろしければ妹さんと一枚、どうですか?」
ああ、それは良いな。彼女にも良い記念になるだろう。
写真は風景を、その瞬間を切り取り保存するもの。記念としては丁度良い。
手持ちのスマホからカメラアプリを起動させ、男性に渡す。
「アゲハ、こっちにおいで。写真撮ってくれるって」
「なんじゃそれ?」
「絵みたいなものだよ。笑顔で……あの人を見てれば大丈夫」
多分、彼女は写真を理解してないだろうが、後で見せてあげれば良い。
とりあえず二人でツリーの前へ向かい、手を繋いだまま笑顔を作る。
「はい、チーズ!」
スマホのアプリで撮ってもらった後に、そのまま動かないで、と男性に制止された。
どうやら、彼のカメラでも撮るつもりらしい。
「もう一度いきますねー。はい、チーズ!」
パシャリ。
フィルムを使うカメラで撮られたのは久しぶりだ。
自分はカメラに詳しくないが、この男性は趣味人。きっと写真の撮り方は心得ているだろう。
「はい、ありがとうございました。写真は現像したら送りますよ、お住まいはこの辺りで?」
ああ、送り先は……ちょっと難しい。
此処は自分の生まれた世界じゃない、例え同じ名前で同じ住所に住んでいたとしても、それは自分じゃないのだから写真を送られても困るだろう。
ひとまずスマホを返してもらいつつ、微笑みを浮かべて。
「ああ、普段は外国に住んでいるもので……来年また来ますから、もしその時お会い出来ればで構いませんよ」
ちょっと言い訳がましいが、嘘をつくことにした。だがこれは、また来年来る為の口実にもなる。
アゲハもまた来年来たいと言い出すだろうし、その時にアスカを説得する為の材料にもなるはずだ。
「でしたら来年、待ってますね。その時はまた……次は〝3人〟の写真をお願いします」
3人、……そうだな、3人か。
この人と、奥さんと、そしてその子供。
その子にとっては初めてのクリスマス。きっと良い写真になるだろう。
「楽しみにしています。では良いクリスマスを」
「ええ、お兄さんも。ありがとうございました!」
「良き子を産むんじゃぞー!」
二人の夫婦と別れ、スマホに収められた写真を見る。
ツリーを背景に、笑顔の自分と、満面の笑みを浮かべた少女が写った写真。
良い写真だ。それを見て、思う。
――ああ、どうか。
神の御恵みが皆にありますように。
あの夫婦にも、そして隣に言るこの子にも。
そう願う事くらい、許されるんじゃないだろうか。




