第23話 クリスマスのお誘い
「わらわが来たぞ!」
――それは、突然訪れた。
いや、いつも突然現れるのだが。
季節は12月も半ば、そろそろクリスマスシーズンで、街も穏やかな賑わいを見せ始める頃。
かつて、面接の日に出会った幼い少女が突如、神祇部を訪れた。
この子は名を〝アゲハ〟と言う。
白銀の髪を伸ばし、清められた白の着物を纏う少女は、一見すれば平安時代の姫君。ワガママなお姫様だ。
こんなナリ……というか振る舞いでも、一応は神格。しかも、部長より格上らしい。だから真名は聞いていない。
「あっ、来たなじゃじゃ馬娘! 仕事中に来るなとあれほど……!」
アスカが警戒態勢を取った。手に持ったファイル束を持って威嚇している。
実のところ、この子はしょっちゅう来ていると言えば来ているのだ。
大体はアスカが席を外した頃合いを見計らったように現れ、部長をいじり倒して、下手すれば小一時間連れ回してから帰って行く。
場合によっては、自分を含めた他の同僚を相手に雑談したりして、暇を潰していくこともある。
とはいえ、ただのワガママなお姫様という訳ではなく、割と教養もあり、子供らしい可愛いところもあって、いつの間にか話題の花が咲いてしまう。
おかげでアスカに回る仕事が増えたりするのだから、こうなるのも仕方ない。
たまにこうしてアスカと鉢合わせすると、ドタバタ喜劇が始まってしまうのだ。
「ふふん、今日は猫に用事があって来た訳では無いぞ」
「お主、わらわに一日、共として付き合え! 行きたいところがあるのじゃ!」
彼女は、こちらの席まで歩みを進め、指さしていった。
「――はい?」
答えが、出なかった。
正確には、返すべき言葉が見つからなかった。
「いや、雨宮君は仕事中だし。急に何言ってんの」
間に割って入り込むアスカ。これぞ天の助け。
今は仕事中だし、何より神の幼女と連れだって歩くのは、色々と恐れ多い。
親戚の子供とかならさておき、相手は神だ。何があるか分かったものじゃ無い。
「だーかーらー! 行きたいところがあるのじゃ! わらわ一人で行くわけにもいかんから、供を要するのじゃ!」
「それに、わらわ達の手伝いをするのも主らの仕事じゃなかったかの? これは仕事の頼みじゃぞー? 支払いの用意もあるのじゃがー?」
「くっ……」
悪戯っぽく、そして嫌な笑みを向けるアゲハ。
アスカは言葉に窮したようだ。仕事、という意味では〝神々を手伝う〟というのもこの部署のメイン任務と言える。
……この勝負は、アスカの負けだ。
「のう、雨宮とやら。当世では今〝くりすますしーずん〟とやらなんじゃろ?」
突然聞かれて言葉に詰まった。
この子、クリスマスを知っているのか。何処で聞いたんだろう。
確かに、自分の世界ではちょうどクリスマスシーズンに当たる。
昨今の情勢によって、例年のような賑やかな騒ぎではないものの、それなりに年末年始を祝う雰囲気はある。
「まあ、一応ね。言われてみればそろそろクリスマスだよ」
「わらわもそれを見てみたいのじゃ、連れて行け」
……見てみたい、と言われても見るものはそう多くない。
そもそも、クリスマスは今となっては〝季節そのもの〟だ。
こと日本においては、太古のまつろわぬ神を祝う祝祭がどうのとか、神の子の誕生を祝うとか、そういう厳かなものじゃない。
自分も、少額ではあるがこの間もらった冬のボーナスを始め、人々の財布のひもが年末年始へ向けて緩み出し、そして長期の休暇を迎える時期と言える。
とはいえ、クリスマスが近づくと独特の空気になるのは確かだ。
アパートの近くの公園では、毎年この時期になると、外国の姉妹都市と提携したクリスマスマーケットが開かれてもいる。
そんなことを考えながら、出来ればこの子が諦めて……いや、穏便な解決に至ってくれることを願い、アゲハに言葉を返した。
「……っていっても、そんなに見るモノないよ? イルミネーションとかくらいだけど……」
「それでもいい、わらわは今の世がどうなってるのか見たいのじゃ。お主も仕事という名目で遊びに行けるぞ?」
彼女の答えからひとつ確定した。
それは……この子、クリスマスにかこつけて何処かで遊びたいだけだな? という実感。
そうであれば、諦めるという選択肢は絶対にとってくれないだろう。
ならせめて、今日の仕事が終わるまでは待ってもらわないといけない。
それに、イルミネーションを見るなら夜景の方が綺麗だ。
「じゃあ……えーと、仕事終わるまで待っててくれないかな。夜になってからの方が綺麗だと思うよ」
「……本当か? 本当に夜の方が綺麗か?」
彼女が悩みながら聞き返してくる。
まるでどっちのおもちゃを買ってもらうか悩んでる子供のようだ。
「うん、夜になると色々な所に電飾……イルミネーションの明かりがつくから。夜の暗さの中で、キラキラと光るんだ。ずっと綺麗だと思う」
ダメ押しとばかりに続けてみる。
暫く彼女はうなり、首を捻り、考え……そして決断を下した。
「――そうか! よし、ならば後で迎えに来るからの。待っておれよ」
夜になったら迎えに来る、と言って、部長をわしゃわしゃ撫で回した後に去って行った。
部長の毛並みが逆撫でされて、ブワブワになってしまった。ミュールさんが苦笑しながらブラッシングをしている。
――しかしまあ、嵐が過ぎ去ったような、あるいは嵐をなんとか先送りしただけのような。
……本当に、大丈夫だろうか。
という不安を覚えながらも、何処かでは久々にクリスマスを愉しもうという気持ちになっていた。
―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――
「……ハァ、ごめんね。付き合わせちゃって」
「いえ、まあでも仕事終わるまで待ってくれるみたいですから」
アスカが両手を合わせて、頭を下げてくれた。
彼女が謝ることでもないので、苦笑しながら首を振る。
「でも、あの子をそのまま俺の出身の所まで連れて行っていいんです?」
今回連れて行くのは、一応は神様だ。
約束してしまったものの、何か世界に影響を及ぼす可能性は捨てきれない。
アスカに疑問を投げかけて見ると、彼女は考えるような素振りを見せた後に、何か思いついたようだった。
「うーん……、あの子なら大丈夫だと思うけど……。あっそうだ! この際、ちょっとだけ〝ズレた〟世界にしようか。ちょうど天文部からの確認依頼もあったし」
彼女がキャビネットから、何かを取り出した。
よく見るとそれは、小さなランタンのようで、中に淡いオレンジの光が滞留している。
サイズ的にも、煙草の箱より少し小さい程度で、キーホルダーのようにぶら下げられそうな留め具もついていた。
「確認依頼ですか?」
「うん、たまに天文部が世界の測定の為にやるんだ。大抵はその世界の神にお願いして、誰か人の手に渡るようにしてもらうけど、今回は君に直接やってもらおうかなって」
受け取ったそれを改めて見てみると、オレンジの光がゆらゆらと揺れ動いている。
そういえば、サービスエリアなんかにこういうキーホルダーのお土産があったような記憶がある。
触っていても、熱さは感じない。落としても困るので、制服のベルト穴につけておくことにした。
「そんな感じで持ち歩いて、暫くうろうろしてくれれば大丈夫。後はこれが勝手に必要な情報を集めてくれるから。落とさないでね?」
「多分、結構時間掛かると思うから、泊まってきてもいいよ。必要なものがあったら用意するから」
泊まってもいい、とは言われたが、この若返った外見だとどうなんだろう。
確か、18歳以下だと親権者の同意書が必要、とかなんとか、それこそ高校生の頃に聞いた覚えがある。
制服を脱いで着替えれば……――いや、それは事案案件だ。男と幼女の取り合わせなんて、警察のご厄介になりかねない。
一応、念のためとして親権者の同意書を、アスカに書くだけ書いてもらっておこう。
「あ、そうそう。あの子に付き合った時間は、残業、ってことでお願いね。一応これも立派な仕事だから」
思い出したように彼女は、残業をつけていい、と彼女はいった。きっと、彼女なりの配慮なんだろう。
まあ、あの少女に付き合うだけだったら、残業はつけなかっただろうし。
小さな心配りが、少しだけ嬉しく思えた。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「雨宮、仕事は終わったかー?」
その日の仕事が落ち着き、時刻もそろそろ18時になろうという時。同僚のうち何人かは既に仕事を終わらせて退社した頃合いに、少女はまた現れた。
外出用なのか、厚手の羽織を着込んでいて、少しもこもこした雰囲気がある。
寒くなさそうで可愛らしい、と思う。
「うん、そろそろ終わるからもうちょっと待っててね」
「うむ、早うするのじゃ」
こちらの仕事はまもなく終わる。後は、簡単な引き継ぎ文書を一通書けばいいだけだ。
よくあるテンプレ文章を織り交ぜつつ、目の前の書類に記述。
その間、彼女は暇そうに、椅子を引っ張り出して座り込み、足をぶらぶらさせていた。
「……終わったよ。アスカさんに許可は取ってあるから、行こうか。何か見たいものはある?」
「そうじゃな、とりあえず着いてからじゃ!」
帰り支度を調えながら少女に聞いてみる。
少女の答えは、案の定というか、思った通りの答えだった。案内ルートは着いてみてから考えることにしよう。
帰る前に荷物の確認、アスカから渡されたランタン型の装置も持ったし、特別な移動に使う為のキーカードも借り受けている。
本来なら自分の世界ではない世界への移動は、別の手段を用いるらしい。ただ今回はエレベーターで移動するためのキーカードを貸してもらっている。
これを持っていれば、今までの行き帰り通りに、彼女の言うところの〝少しズレた〟世界へ行けるはずだ。
「それじゃ、お疲れ様です」
残っている同僚達に挨拶して、部屋を出る。
アーノがまたクスクス笑っていたようだが、気にしないことにした。
「ふっふふーん♪ くりすますっ、くりすますっ♪」
アゲハが楽しげについてくる。
この後一日、良い子にしてられたなら、プレゼントでも買ってあげようか。
……なんて、思いながらエレベーターへと向かっていった。
◆少しズレた世界
雨宮の出身世界ではない、別の第7世界群のことです。




